20 Years After -TMN通史-

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help リーダーに追加 RSS 0-3 小室哲哉と音楽の出会い

<<   作成日時 : 2006/11/24 00:49   >>

なるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 1 / トラックバック 1 / コメント 18

小室哲哉の音楽歴は長い
もっとも専門家の訓練を受けたのは、
子供の頃に習ったバイオリンとエレクトーンくらいで、
あとはピアノもキーボードも作曲も、すべて独学によるものである
小室の楽曲は理論的に作られているというよりは、
カンと手グセによるところも多いといわれる
だがむしろ独学だからこそ、独特な音楽センスが醸成されたともいえよう


小室といえばシンセという印象が強いし、
実際にシンセは小室の中で大きな位置を占めている
小室がシンセに興味を持つことになるきっかけは1970年大阪万博で、
冨田勲指揮のシンセパフォーマンスを見たことだったという
時に小学校6年生のことだった
シンセを手に入れたのは中3の時(1973年頃)
家のエレクトーンを親に黙って売って(!)手に入れたという


小室の場合、ウツ・木根のように、
当時日本で流行っていたフォークの影響はほとんどない
中1の頃に聞いていたこともあったが、
中2の頃から洋楽マニアになったようだ
T-Rexの「The Slider」が、
小室が自分で買った最初のレコードだった
中学校時代に放送部に所属していた小室は、
様々な洋楽のロックミュージックに触れることができた


高校の頃には早稲田実業に入学したこともあり、
新宿周辺で刺激的な毎日を送った
ロック喫茶やライブにもよく通ったらしい
David Bowieファンのいとこも良い話し相手だったらしい
いとこの件は「深層の美意識」で詳しく触れられている


ロック少年としては、やはり初めはギターに憧れていたようだ
文化祭では叔父からもらったエレキギターを持ってバンドとして出演し、
The Beatlesの「Hey Jude」を演奏した
しかしギターはあまり上達しなかったようで、
高校の頃にはシンセをメインにするようになった


特に大きな影響を与えたのがプログレッシブ・ロックである
後に小室はTM NETWORKの「Major Turn-Round」で、
自らプログレを試みるが、
そのタイトルチューン「Major Turn-Round」の構成
「First Impression」「Second Impression」「Third Impression」)は、
明らかにELPの「Brain Salad Surgery」をモデルにしている


また「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」から、
「Rhythm Red Tour」の頃のライブビデオでは、
ライブ中に小室がキーボードに飛び乗ったりしているところを見ることができるが、
これは多分ELPのキース・エマーソンのパフォーマンスをまねたものだろう
小室が非道な手段でシンセを買ったきっかけも、キースに憧れたことだった
高校時代にはひたすらキースのプレイをまねていたという


ちなみに、
後にTMの「Self Control」に収録される「Here, There & Everywhere」と、
渡辺美里「eyes」に収録される「きみに会えて」は、
小室が中学校時代に作った曲、
渡辺美里「lovin' you」に入っている「そばにいるよ」は、
高校時代に作った曲である


小室は消費音楽の代名詞のようにいわれることがあるが、
(ほとんど言いがかりだが)
あれほどたくさんの曲を作っているにもかかわらず、古い曲も結構大事にしている
特に「きみに会えて」は相当マイナーな曲だと思うが、
たとえば1993年に「Hit Factory」でセルフカバーしているし、
1998年、kEIKOとのアンプラグドライブでも演奏している
ちなみにこのアンプラグドライブは、
他にもマイナー曲を含め80年代の曲をたくさん演奏しており、
一部のファンには嬉しい選曲だったと思う


1974年、小室は高校の仲間たちと哀婉というバンドを結成した
ロックバンドだったが、歌よりは楽器の演奏がメインだったらしい
曲はT-Rexやプログレの楽曲だったが、
高校での流行とは違ったこともあり、あまり評価されなかったという


この頃知り合いだった学習院高校女子部の学生を通じ、
小室は業界に接触するようになった
音楽業界でのアルバイトもこの頃から始まる
小室は高校〜大学時代から、
プロの仕事を目の前で見る機会に恵まれていた
高校時代からディスコのバイトで演奏などもしていたという


1977年の2月頃、小室はイラプションというバンドを結成した
高校卒業の間際の頃だが、
エスカレーター式に大学に進める高校だったため、
小室には時間がかなりあり、
真剣にバンド活動をやってみようという気持ちになったらしい


当時都立の高校で有名だったギタリストと、
他の2人の4人で組んだそのバンドはプログレをメインにしており、
バンド名もEL&P「Tarkus」「Eruption」から取ったものだった
1977年の春から夏にかけて、ギタリストが綿密に立てた計画に沿って、
様々なコンテストに出場した
小室曰く、地元では注目される存在だったという
小室の本格的な音楽活動はこの時からと言って良いだろう


小室によると、プロデビューへの登竜門とされたYAMAHA主催の「East West」には、
三回参加したという
1977年には「East West '77」の決勝に進み、
バンドとしてはダメだったものの、
小室個人としてベストキーボードプレイヤー賞を獲得した
この時にはデビュー前のSouthern All Starsやシャネルズも参加しており、
桑田佳祐がベストボーカル賞を獲得したという


ただ「East West '77」決勝大会(1977/8/27)の公式記録を見るに、
出場者に小室の名前はなく、
キーボードで受賞したのS・D・B・Fの稲田保雄である
他にも色々な点で、小室の発言と公式情報は食い違っている

・小室は優勝をサザン、準優勝はたぶんシャネルズとするが、実際の優勝者はリバーサイドとカシオペア
・小室は審査員を後藤次利とするが、公式ページの審査員12人に後藤はいない
・小室は会場を渋谷とするが、実際には中野サンプラザ


ただ小室が具体的な大会名や出場者名を挙げながら、
まったくの虚構を話すとも思えない
少なくともサザン・シャネルズが「East West '77」に出場したのは間違いない
推定であるが、おそらく小室が言っているのは、
全国大会決勝ではなく、地区大会の決勝で、
審査員や会場・受賞者が異なっているのはそのためではないか


これについて傍証になる情報を「East West '77」の公式記録から探してみるに、
サザンもシャネルズも東京B地区から出場している
東京B地区への出場者はヤマハ渋谷店とシブヤ楽器から出ており、
渋谷エリアの地区だったらしい
もしも渋谷エリアの東京B地区の地区大会決勝にイラプションが出たとすれば、
小室が会場を渋谷としていることとも整合する
また小室が優勝者であるカシオペアなどに言及しないことも、
カシオペアが埼玉地区から出場したため、
地区大会で顔を合わせることが無かったせいと考えれば良い


以上、「East West '77」の件について推測をしてみたが、
この問題についてご存知の方がいらっしゃったら(サザン・シャネルズファンなど)、
教えていただければと思う


小室は「East West '77」の会場で、
コロンビアのディレクターから声を掛けられ、プロデビューも誘われた
当初はイラプションとして誘われたのが、
小室にバンドを結成させてデビューさせるという話にもなったという
この話は結局実現しなかったが、
以後様々なミュージシャンへの楽曲提供の機会を与えられるなど、
音楽業界に入っていくきっかけになったらしい


木根・ウツとの出会いもイラプションとして活動していた時期である
府中市民会館でフィルモア楽器主催のジョイントライブが開催され、
イラプションがフリースペースと一緒に出演する機会があった
木根はこれを1978年とも1979年とも言っている
この時小室は、フリースペースの楽屋まで、木根にシンセを借りに来た
後のTMのメンバー3人の、記念すべき最初の顔合わせである


この時小室の演奏を見ていた木根の印象は、
「ブロンドのヘアピースにシルバーの衣装で華麗な演奏を披露していた。歌詞はすべて英語だった」というものだった(「電気じかけの予言者たち」より)
演奏曲には小室がサイパンに行った時にビーチで作った曲などもあった
それをMCで聞いた木根はカチンと来たと、後に言っている
ウツは、「こいつとは友達になれないな」と思ったという
この時代の写真はたまにテレビでも出るが、
長髪を金色に染め、
ラメ入りの服にロンドンブーツという出で立ちで街を歩いていたという


バンちゃんさんによると(本記事コメント欄)、
1977/8/28に府中市民会館でイラプションのライブがあり、
後日楽器点で販売されたライブのテープによると、
以下の五曲を演奏したらしい

1.イラプション(インストルメンタル)
2.バリエーション オブ バ チャイコフスキー(インストルメンタル)
3.マイフェアレディ フロム サイパン リトルラブ
4.よく聞き取れない (ユダヤチュー て聞こえる)
5.エニータイム オーケー


この時、3曲目のMCで、
小室がサイパン旅行した時に作ったと言われており、
会場とMCの一致から見て、
小室と木根の初対面はこのライブの時かと思われる
木根の言う年代(1978年か1979年)と齟齬があるが、
木根の勘違いの可能性が高いように思われる
(バンちゃんさんの写真には「FUJICOLOR 77」とプリントがあるとのこと)
「East West '77」の件も併せ、
小室は本格的な音楽活動を始めた1977/2頃から半年程で、
なかなかの活躍ぶりを見せていたようである


この後に結成されたギズモというバンドも、
イラプションと同様にプログレのバンドだった
すでにデビューしていたBow Wow(今のVow Wowの前身)の弟分で、
プロデビューこそしなかったが、ライブではBow Wowの前座を務めていた
「銀星団研究所」によると、1978年11月28日、東横劇場のライブに出演している
また「銀星団研究所」のサイトには、ギズモの貴重な写真が掲載されている
小室を含め3人のメンバーの写真である


さらに小室はこの頃話題になった覆面バンド銀星団(シルバースターズ)に、
「Digital "Cheap" Snake」という名前で参加したらしい
銀星団は1978年頃に活動を初め、
1979年から1981年にかけて3枚のLPをリリースした
銀星団はBow Wowメンバーを中心にしていたらしく、
ギズモの縁で小室も関わったのだろう


この点については、公式には明らかにされていないが、
Bow Wowファンや小室ファンの検証の結果、
ほぼ間違いないだろうといわれている
小室は匿名ではあったが、
実はSPEEDWAY以前にプロデビューしていたことになる
ただし結成当初の1978年には、まだ小室は参加していなかったらしい
(当初はキーボードがいなかった)
また「Digital "Cheap" Snake」のクレジットは、
1979/11/25リリースの「銀星団」にはあるものの、
1980/11/5リリースの2ndアルバム「SEE」には見えない
小室はSPEEDWAY加入の前後に脱退したのであろう


以上を踏まえると、大学生時代の小室の活動歴は、
だいたい以下のようになるだろう
(1980年代については、別章で触れる)

・1977イラプション
・1978ギズモ
・1979銀星団
・1980SPEEDWAY
・1981STAY
・1983TM NETWORK



大学時代(1977〜82頃)の小室



(2006/8/5執筆 2006/11/24・2007/9/13・2008/9/8加筆)

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コメント(18件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。最近このブログを知りました。最近の活動は追っていないのでファンと言っていいのかは判りませんが、古い話も初めて知った話が多く、すごく面白かったです。

ここの記事に書いていいのか分からないのですが、最近1981年の『ぴあ』を読み直していて、渋谷屋根裏の当時のライブスケジュール欄に小室哲哉さんの名前を見つけたので、抜き出してみました(80年以前にはありませんでした。82年以降はチェックしていません)。

06-27 小室哲哉&STAY@渋谷屋根裏昼の部
07-29 小室哲哉&STAY@渋谷屋根裏昼の部
08-29 小室哲哉&STAY@渋谷屋根裏昼の部
09-26 小室哲哉&STAY@渋谷屋根裏昼の部
10-16 SHAFT@渋谷屋根裏昼の部
SHAFT……真樹村サトシ(vo,g),小室哲哉(key),岡本英利(b),サミュエル岡本(ds)
10-17 小室哲哉&STAY@渋谷屋根裏昼の部
12-28 小室哲哉 and STAY、スピード・ウェイ@渋谷屋根裏昼の部

こういうデータも何かの役に立つでしょうか? 今後も更新楽しみにしています!
polytope
2008/05/13 17:57
大変貴重な情報どうもありがとうございます
こんな時代のライブ情報が分かるなんて、思っていませんでした
ステイの活動時期が判明しましたし、大感謝です!!

それにしても小室さん、インディーズでもぴあでチケットを売るくらいの活動をやってたんですね
近日中に初期の記事を改定しようと思っているので、その時に参照させていただきます
蒼い惑星の愚か者
2008/05/14 00:08
お役に立つならよかったです。少し補足ですが、当時の『ぴあ』は都内各所のライブスケジュールは載ってるんですが、チケットを買う買わないは直接ライブハウスに行かないとダメでした。載ってるだけマシ、というんでしょうか……。

あと、雑誌がどこかへ行ってしまったのでどうしようもないのですが、スピードウェイは当時『Player』79年3月号に写真付半ページ程度の記事、『新譜ジャーナル』79年6月号の新人グループ紹介コーナーにやはり半ページ程度の記事がありました。もちろん両方ともまだ小室さんはいない時期ですけど、もし機会があれば探してみてください。
polytope
2008/05/14 20:12
ぴあのお話、補足ありがとうございます
当時はぴあに電話するシステムじゃなかったんですねぇ

スピードウェイの雑誌情報も初耳でした
ローラースケート姿のウツの写真が出てる雑誌はTVで見たことありますが、あれとは別ですよね
1979年3月というと、まだインディーズの時代でしょうか
なんとかして見たいですね
熱心なファンが保管しているのかな…
あと当時、スピードウェイがラジオで演奏したらしいんですよね
録音している人なんていないだろうけど、一度聞いてみたいです
蒼い惑星の愚か者
2008/05/15 02:08
はじめまして、通りすがりの者です。昔好きだったアマチュアロックバンドを検索していてこちらに辿り着きました。おこづかいが少ない子供だったのでアマチュアバンド(500円位)しか見に行かれませんでした。

昭和52年8月、古い話ですが・・・私が好きだったバンドは2つありましてその一つがイラプションでした。

バンちゃん
2008/06/17 23:12
8月中に2回見ましたがあまりに昔すぎて1回目・2回目の記憶がゴチャゴチャなのですが・・・少なくとも一つはアマチュアロックバンドのコンテストでした。(両方だったかも)
何の賞だかよくわからなかったけどイラプションは入賞して商品を貰ってました。
小室氏のシルバーのジャンパー(革ジャンみたいな形)とシルバーのロンドンブーツは目に焼きついて今も忘れられません。しかもすごい美少年!!外国のミュージシャンみたいで格好よかったです。この年は冷夏だったので真夏にジャンパーやロングのブーツを着用してても平気だったんですね。


バンちゃん
2008/06/17 23:13
2回目に見た8月28日 府中市民会館の方は主催者の楽器店が当日のライブのテープ販売予約を受け付けていました。
1000円だったような・・・
後日テープを受け取りに行くと市販のソニーのテープにダビングしてありました。
どうやって録音された物なのか・・・
この時代のことだからラジカセを客席に置いて録音したんじゃないかと・・・・
ボーカルのMCの声が小さくてなかなか聞き取りにくいんです。
実はこのMCではじめてキーボードがコムロ君という名前だとわかりました。

1曲目は『イラプション』ていう曲でした。
あと4曲位入ってました。
今度曲名調べてみます。


バンちゃん
2008/06/17 23:14
あらためてテープ聞いてみたところMCはベースの人でした。

曲名は聞き取れないのもあり、聞き間違いもあるかもしれませんがとりあえず書いておきます。

1.イラプション(インストルメンタル)
2.バリエーション オブ バ チャイコフスキー(インストルメンタル)
3.マイフェアレディ フロム サイパン リトルラブ
4.よく聞き取れない (ユダヤチュー て聞こえる)
5.エニータイム オーケー


バンちゃん
2008/06/18 13:07
当時コピーバンドが多いアマチュアの中、イラプションはオリジナル曲ばかりですごい才能だと思いました。
数年後テレビに出ているTMNを見た時、キーボードの小室氏を見てすぐにイラプションのコムロ君だと気づきました。
私は、TMNはまったく詳しくないのですが、こちらのHPのTMN通史はすごいなーと感心してしまいました。


バンちゃん
2008/06/18 13:30
ものすごい貴重な情報、どうもありがとうございました!
1977年って! 先見の明ありすぎます(笑
シルバーのジャンパーにロングブーツっていう風貌も、木根さんが語り継いでいるのと同じ雰囲気ですね
こんな情報出てくるなんて、ブログ始めて良かったです
それにしてもすごいお宝テープですねぇ…

曲名しか判断材料がないのですが、イラプションというのは、バンド名の語源になったELPのインスト曲とは別ですか?
2曲目のチャイコフスキーは、ELPがアレンジしたNutrockerのさらにリミックスかなぁ…
マイフェアレディはミュージカル曲のリミックスかもしれませんね
5曲目は完全にオリジナルでしょうかね

この世にこんなものがまだ残っているというのが、ホント感動です
近いうち(夏くらい?)にここの記事を更新する時、参照させていただきます
また何か分かったら、是非情報をお願い致します
蒼い惑星の愚か者
2008/06/19 03:07
ELPの曲がわからないのでさっきユーチューブで確認してきました。
ELPのtarkus(eruption)とNutrockerはイラプションの1・2曲目とは違いました。
3曲目はMCでコムロ君がサイパンに旅行した時に作ったとか言ってるので・・・
たぶん全曲バンドのオリジナルだと思います。
実は、この日のステージの写真がどこかにあるはずなので探してみます。
客席から昔のバカチョンカメラ(フラッシュやズーム機能なし)で撮ったので小さくてたいした写真ではありませんが。

バンちゃん
2008/06/19 21:46
わざわざ調べてくださったようですみません
イラプションとかは、曲名を似せて中身は違う曲なんですね
一度聞いてみたいです
写真があるというのもすごいですね
当時は撮影OKだったんですね(そりゃそうか)

サイパンで作った曲と言うと、木根さんの「A Tree of Time」にあるエピソードを思い出します
木根さん20歳の頃=1977〜78年、とある楽器店主催の対バンのコンサートで、小室さんがシンセを借りに来たことがあったそうです
その時小室さんのバンドの演奏の時、ギタリストがMCで、「次の曲は小室君がサイパンに行ったとき、ビーチで作りました」といって曲紹介したそうです
多分三曲目は、まさしくこの曲ではないでしょうか?
いろんなことが符号してきて、また感激しています

ちなみに木根さんの「電気仕掛けの予言者たち」によると、1978年、会場は府中市民会館だったというので、バンちゃんさんがイラプションを見た会場と、MCだけでなく会場も一致します
あるいは年代は木根さんの記憶違いで、本当はこの出来事は1977年のことだったのかもしれませんね
蒼い惑星の愚か者
2008/06/20 01:56
イラプションの写真2枚見つかりました。
写真の白い縁取りに FUJICOLOR 77 とプリントされてるので77年の写真です。

2枚のうち1枚に演奏中のコムロ君が写ってます。
舞台上の機材(照明?)がかなり邪魔なんですがシルバーのジャンパーとシルバーのロンドンブーツもチラッと見えてます。
顔のところにマイクのコードがかかってるのがかなり残念。

木根さんの本は読んだことがないのですが何だか怖いくらい一致しててビックリ!
まさか2年続けて同じ場所で同じMCってことはないですよね。
もし木根さんの78年府中市民会館が77年のことだとしたらすごいかも。
私以外だれも覚えていないだろうとずっと思っていたので・・・




















バンちゃん
2008/06/21 22:28
そういえば1977年にはYAMAHA主催の「East West '77」で、小室氏がキーボードで賞を獲得って・・・何か違いますよね。
検索したら別人が賞獲ってますものね。

もしかして East West '77 と 78年府中市民会館がゴッチャになってるとか?
仕方ありませんよね。私だって1回目2回目がゴチャゴチャなんですもの。

でも確かに私が見た楽器店のコンテストではイラプションは入賞して商品貰ってました。
ふと思ったのですが木根さんも府中市民会館のコンテストに参加してたのかしら・・・





バンちゃん
2008/06/21 22:40
イラプションの写真出ましたか! …いいですねぇ
木根さんに見せて、府中の事実関係を確認したいところです
ところでEast West '77の典拠は、2007/1/5のラジオ特番Double DJ Showでの小室さんのトークです

・East Westに3年出場したが、一度決勝まで進んで、バンドとしてはダメだったが、
個人としてベストキーボードプレイヤー章を獲得した
・その時の会場は渋谷、優勝はSouthern All Stars、準優勝は多分シャネルズ、審査員は後藤次利だった

小室さんの勘違いがあるとしても、一緒に出場したバンドまで間違えているとは思えないので、この点は信頼して良いと思います
サザンはEast West '77で入賞し、1978/6にデビューしており、シャネルズはEast West '77で入賞、'78で優勝していますから、小室さんが出場したのもEast West '77だろうと考えました
(以下続く)
蒼い惑星の愚か者
2008/06/23 09:02
ただEast West '77について改めて調べてみると、おかしい点もあります

・サザンとシャネルズは入賞しただけで、優勝はリバーサイドとカシオペア
・ベストキーボード賞は稲田保雄
・会場は中野サンプラザ
・審査員に後藤次利はいない

しかし具体的な大会名や出場者名を挙げてまでまったくの虚構を話すとも思えないので、
どこかで小室さんの勘違いが入ったものと思われます

これについて私が考えたのは、小室さんが出場したのは全国大会決勝ではなく、首都圏の地区大会の決勝だったのではないか?という可能性です
つまり小室さんがベストキーボード章を取ったのは、地区大会だったのでは、ということです
もしそうならば、バンドで受賞できなかった小室さんは全国大会には進めず、一方で優勝・準優勝したサザン・シャネルズは全国大会に進んで入賞したということで、
矛盾なく説明はできます
(さらに続く)
蒼い惑星の愚か者
2008/06/23 09:03
これを裏付けられないか?と思い、YAMAHAのサイト(http://lmc.yamaha.co.jp/archive/east/77/)を見てみました
するとサザンとシャネルズはともに東京B地区出身となっています
東京B地区のバンドはヤマハ渋谷店とシブヤ楽器から出場しており、渋谷周辺で活動するバンドだったようです
多分東京B地区大会は渋谷で行なわれたはずで、小室さんはこれに出場したのではないでしょうか
(多分その前に楽器店の予選を突破して)
この大会出身のビッグネーム、カシオペアに小室さんが言及しないのも、埼玉地区から出場したので、渋谷の地区大会では見ていなかったからでしょう

そう考えると気になるのは、全国大会でベストキーボード賞を受賞した稲田さんも東京B地区ということです
小室さんが東京B地区大会でベストキーボード賞を受賞したのならば、この方を破っていたということです
もしもバンドとしても入賞して全国大会に進んでいたら、案外全国大会でも同賞を取っていたのかもしれません

長文になりましたが、改めて考え直したところはこんな感じです
いかがでしょうか
蒼い惑星の愚か者
2008/06/23 09:06
この推測を詰めるには、サザンのデビュー前のエピソードを調べるというのが有効かもしれません
渋谷地区大会で優勝していたことが分かれば、以上の推測はかなり確かなものになると思います
これから気をつけてアンテナを貼っておこうと思います
蒼い惑星の愚か者
2008/06/23 09:09

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