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小室哲哉の音楽歴は長い もっとも専門家の訓練を受けたのは、 子供の頃に習ったバイオリンとエレクトーンくらいで、 あとはピアノもキーボードも作曲も、すべて独学によるものである 小室の楽曲は理論的に作られているというよりは、 カンと手グセによるところも多いといわれる だがむしろ独学だからこそ、独特な音楽センスが醸成されたともいえよう 小室といえばシンセという印象が強いし、 実際にシンセは小室の中で大きな位置を占めている 小室がシンセに興味を持つことになるきっかけは1970年大阪万博で、 冨田勲指揮のシンセパフォーマンスを見たことだったという 時に小学校6年生のことだった シンセを手に入れたのは中3の時(1973年頃) 家のエレクトーンを親に黙って売って(!)手に入れたという 小室の場合、ウツ・木根のように、 当時日本で流行っていたフォークの影響はほとんどない 中1の頃に聞いていたこともあったが、 中2の頃から洋楽マニアになったようだ T-Rexの「The Slider」が、 小室が自分で買った最初のレコードだった 中学校時代に放送部に所属していた小室は、 様々な洋楽のロックミュージックに触れることができた 高校の頃には早稲田実業に入学したこともあり、 新宿周辺で刺激的な毎日を送った ロック喫茶やライブにもよく通ったらしい David Bowieファンのいとこも良い話し相手だったらしい いとこの件は「深層の美意識」で詳しく触れられている ロック少年としては、やはり初めはギターに憧れていたようだ 文化祭では叔父からもらったエレキギターを持ってバンドとして出演し、 The Beatlesの「Hey Jude」を演奏した しかしギターはあまり上達しなかったようで、 高校の頃にはシンセをメインにするようになった 特に大きな影響を与えたのがプログレッシブ・ロックである 後に小室はTM NETWORKの「Major Turn-Round」で、 自らプログレを試みるが、 そのタイトルチューン「Major Turn-Round」の構成 (「First Impression」「Second Impression」「Third Impression」)は、 明らかにELPの「Brain Salad Surgery」をモデルにしている また「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」から、 「Rhythm Red Tour」の頃のライブビデオでは、 ライブ中に小室がキーボードに飛び乗ったりしているところを見ることができるが、 これは多分ELPのキース・エマーソンのパフォーマンスをまねたものだろう 小室が非道な手段でシンセを買ったきっかけも、キースに憧れたことだった 高校時代にはひたすらキースのプレイをまねていたという ちなみに、 後にTMの「Self Control」に収録される「Here, There & Everywhere」と、 渡辺美里「eyes」に収録される「きみに会えて」は、 小室が中学校時代に作った曲、 渡辺美里「lovin' you」に入っている「そばにいるよ」は、 高校時代に作った曲である 小室は消費音楽の代名詞のようにいわれることがあるが、 (ほとんど言いがかりだが) あれほどたくさんの曲を作っているにもかかわらず、古い曲も結構大事にしている 特に「きみに会えて」は相当マイナーな曲だと思うが、 たとえば1993年に「Hit Factory」でセルフカバーしているし、 1998年、kEIKOとのアンプラグドライブでも演奏している ちなみにこのアンプラグドライブは、 他にもマイナー曲を含め80年代の曲をたくさん演奏しており、 一部のファンには嬉しい選曲だったと思う 1974年、小室は高校の仲間たちと哀婉というバンドを結成した ロックバンドだったが、歌よりは楽器の演奏がメインだったらしい 曲はT-Rexやプログレの楽曲だったが、 高校での流行とは違ったこともあり、あまり評価されなかったという この頃知り合いだった学習院高校女子部の学生を通じ、 小室は業界に接触するようになった 音楽業界でのアルバイトもこの頃から始まる 小室は高校〜大学時代から、 プロの仕事を目の前で見る機会に恵まれていた 高校時代からディスコのバイトで演奏などもしていたという 1977年の2月頃、小室はイラプションというバンドを結成した 高校卒業の間際の頃だが、 エスカレーター式に大学に進める高校だったため、 小室には時間がかなりあり、 真剣にバンド活動をやってみようという気持ちになったらしい 当時都立の高校で有名だったギタリストと、 他の2人の4人で組んだそのバンドはプログレをメインにしており、 バンド名もEL&P「Tarkus」の「Eruption」から取ったものだった 1977年の春から夏にかけて、ギタリストが綿密に立てた計画に沿って、 様々なコンテストに出場した 小室曰く、地元では注目される存在だったという 小室の本格的な音楽活動はこの時からと言って良いだろう 小室によると、プロデビューへの登竜門とされたYAMAHA主催の「East West」には、 三回参加したという 1977年には「East West '77」の決勝に進み、 バンドとしてはダメだったものの、 小室個人としてベストキーボードプレイヤー賞を獲得した この時にはデビュー前のSouthern All Starsやシャネルズも参加しており、 桑田佳祐がベストボーカル賞を獲得したという ただ「East West '77」決勝大会(1977/8/27)の公式記録を見るに、 出場者に小室の名前はなく、 キーボードで受賞したのS・D・B・Fの稲田保雄である 他にも色々な点で、小室の発言と公式情報は食い違っている ・小室は優勝をサザン、準優勝はたぶんシャネルズとするが、実際の優勝者はリバーサイドとカシオペア ・小室は審査員を後藤次利とするが、公式ページの審査員12人に後藤はいない ・小室は会場を渋谷とするが、実際には中野サンプラザ ただ小室が具体的な大会名や出場者名を挙げながら、 まったくの虚構を話すとも思えない 少なくともサザン・シャネルズが「East West '77」に出場したのは間違いない 推定であるが、おそらく小室が言っているのは、 全国大会決勝ではなく、地区大会の決勝で、 審査員や会場・受賞者が異なっているのはそのためではないか これについて傍証になる情報を「East West '77」の公式記録から探してみるに、 サザンもシャネルズも東京B地区から出場している 東京B地区への出場者はヤマハ渋谷店とシブヤ楽器から出ており、 渋谷エリアの地区だったらしい もしも渋谷エリアの東京B地区の地区大会決勝にイラプションが出たとすれば、 小室が会場を渋谷としていることとも整合する また小室が優勝者であるカシオペアなどに言及しないことも、 カシオペアが埼玉地区から出場したため、 地区大会で顔を合わせることが無かったせいと考えれば良い 以上、「East West '77」の件について推測をしてみたが、 この問題についてご存知の方がいらっしゃったら(サザン・シャネルズファンなど)、 教えていただければと思う 小室は「East West '77」の会場で、 コロンビアのディレクターから声を掛けられ、プロデビューも誘われた 当初はイラプションとして誘われたのが、 小室にバンドを結成させてデビューさせるという話にもなったという この話は結局実現しなかったが、 以後様々なミュージシャンへの楽曲提供の機会を与えられるなど、 音楽業界に入っていくきっかけになったらしい 木根・ウツとの出会いもイラプションとして活動していた時期である 府中市民会館でフィルモア楽器主催のジョイントライブが開催され、 イラプションがフリースペースと一緒に出演する機会があった 木根はこれを1978年とも1979年とも言っている この時小室は、フリースペースの楽屋まで、木根にシンセを借りに来た 後のTMのメンバー3人の、記念すべき最初の顔合わせである この時小室の演奏を見ていた木根の印象は、 「ブロンドのヘアピースにシルバーの衣装で華麗な演奏を披露していた。歌詞はすべて英語だった」というものだった(「電気じかけの予言者たち」より) 演奏曲には小室がサイパンに行った時にビーチで作った曲などもあった それをMCで聞いた木根はカチンと来たと、後に言っている ウツは、「こいつとは友達になれないな」と思ったという この時代の写真はたまにテレビでも出るが、 長髪を金色に染め、 ラメ入りの服にロンドンブーツという出で立ちで街を歩いていたという バンちゃんさんによると(本記事コメント欄)、 1977/8/28に府中市民会館でイラプションのライブがあり、 後日楽器点で販売されたライブのテープによると、 以下の五曲を演奏したらしい 1.イラプション(インストルメンタル) 2.バリエーション オブ バ チャイコフスキー(インストルメンタル) 3.マイフェアレディ フロム サイパン リトルラブ 4.よく聞き取れない (ユダヤチュー て聞こえる) 5.エニータイム オーケー この時、3曲目のMCで、 小室がサイパン旅行した時に作ったと言われており、 会場とMCの一致から見て、 小室と木根の初対面はこのライブの時かと思われる 木根の言う年代(1978年か1979年)と齟齬があるが、 木根の勘違いの可能性が高いように思われる (バンちゃんさんの写真には「FUJICOLOR 77」とプリントがあるとのこと) 「East West '77」の件も併せ、 小室は本格的な音楽活動を始めた1977/2頃から半年程で、 なかなかの活躍ぶりを見せていたようである この後に結成されたギズモというバンドも、 イラプションと同様にプログレのバンドだった すでにデビューしていたBow Wow(今のVow Wowの前身)の弟分で、 プロデビューこそしなかったが、ライブではBow Wowの前座を務めていた 「銀星団研究所」によると、1978年11月28日、東横劇場のライブに出演している また「銀星団研究所」のサイトには、ギズモの貴重な写真が掲載されている 小室を含め3人のメンバーの写真である さらに小室はこの頃話題になった覆面バンド銀星団(シルバースターズ)に、 「Digital "Cheap" Snake」という名前で参加したらしい 銀星団は1978年頃に活動を初め、 1979年から1981年にかけて3枚のLPをリリースした 銀星団はBow Wowメンバーを中心にしていたらしく、 ギズモの縁で小室も関わったのだろう この点については、公式には明らかにされていないが、 Bow Wowファンや小室ファンの検証の結果、 ほぼ間違いないだろうといわれている 小室は匿名ではあったが、 実はSPEEDWAY以前にプロデビューしていたことになる ただし結成当初の1978年には、まだ小室は参加していなかったらしい (当初はキーボードがいなかった) また「Digital "Cheap" Snake」のクレジットは、 1979/11/25リリースの「銀星団」にはあるものの、 1980/11/5リリースの2ndアルバム「SEE」には見えない 小室はSPEEDWAY加入の前後に脱退したのであろう 以上を踏まえると、大学生時代の小室の活動歴は、 だいたい以下のようになるだろう (1980年代については、別章で触れる) ・1977イラプション ・1978ギズモ ・1979銀星団 ・1980SPEEDWAY ・1981STAY ・1983TM NETWORK ![]() 大学時代(1977〜82頃)の小室 (2006/8/5執筆 2006/11/24・2007/9/13・2008/9/8加筆) |
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ネットで話題!アイドル議員 藤川優里の画像・動画
青森県 八戸市 の 藤川優里(ふじかわゆり) 市議会議員 が 美人 過ぎてネット上で大騒ぎになっている。 あまりのネットでの炎上ぶりに 藤川優里 議員のホー... ...続きを見る |
アイドル議員 藤川優里の画像・動画 2008/01/30 15:49 |
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はじめまして。最近このブログを知りました。最近の活動は追っていないのでファンと言っていいのかは判りませんが、古い話も初めて知った話が多く、すごく面白かったです。 |
polytope 2008/05/13 17:57 |
大変貴重な情報どうもありがとうございます |
蒼い惑星の愚か者 2008/05/14 00:08 |
お役に立つならよかったです。少し補足ですが、当時の『ぴあ』は都内各所のライブスケジュールは載ってるんですが、チケットを買う買わないは直接ライブハウスに行かないとダメでした。載ってるだけマシ、というんでしょうか……。 |
polytope 2008/05/14 20:12 |
ぴあのお話、補足ありがとうございます |
蒼い惑星の愚か者 2008/05/15 02:08 |
はじめまして、通りすがりの者です。昔好きだったアマチュアロックバンドを検索していてこちらに辿り着きました。おこづかいが少ない子供だったのでアマチュアバンド(500円位)しか見に行かれませんでした。 |
バンちゃん 2008/06/17 23:12 |
8月中に2回見ましたがあまりに昔すぎて1回目・2回目の記憶がゴチャゴチャなのですが・・・少なくとも一つはアマチュアロックバンドのコンテストでした。(両方だったかも) |
バンちゃん 2008/06/17 23:13 |
2回目に見た8月28日 府中市民会館の方は主催者の楽器店が当日のライブのテープ販売予約を受け付けていました。 |
バンちゃん 2008/06/17 23:14 |
あらためてテープ聞いてみたところMCはベースの人でした。 |
バンちゃん 2008/06/18 13:07 |
当時コピーバンドが多いアマチュアの中、イラプションはオリジナル曲ばかりですごい才能だと思いました。 |
バンちゃん 2008/06/18 13:30 |
ものすごい貴重な情報、どうもありがとうございました! |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/19 03:07 |
ELPの曲がわからないのでさっきユーチューブで確認してきました。 |
バンちゃん 2008/06/19 21:46 |
わざわざ調べてくださったようですみません |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/20 01:56 |
イラプションの写真2枚見つかりました。 |
バンちゃん 2008/06/21 22:28 |
そういえば1977年にはYAMAHA主催の「East West '77」で、小室氏がキーボードで賞を獲得って・・・何か違いますよね。 |
バンちゃん 2008/06/21 22:40 |
イラプションの写真出ましたか! …いいですねぇ |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/23 09:02 |
ただEast West '77について改めて調べてみると、おかしい点もあります |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/23 09:03 |
これを裏付けられないか?と思い、YAMAHAのサイト(http://lmc.yamaha.co.jp/archive/east/77/)を見てみました |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/23 09:06 |
この推測を詰めるには、サザンのデビュー前のエピソードを調べるというのが有効かもしれません |
蒼い惑星の愚か者 2008/06/23 09:09 |
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