20 Years After -TMN通史-

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zoom RSS 1-6 1974 & メディア出演(1984年)

<<   作成日時 : 2006/12/02 21:40   >>

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「金曜日のライオン」の失敗で、
急遽「1974」のシングルカットが決定したことは、すでに述べた
リリースは1984/7/21である
7/17には大阪で、7/31には東京でライブが予定されていたから、
これと合わせたリリースだったのかもしれない


この時は「Rainbow Rainbow」所収の音源をそのまま出すのではなく、
ボーカルを新たに撮り直し、音を追加し、
ミックスをやり直すほどの力の入り方だった
危機意識の反映だろうか


アルバム版ではイントロに女性の声が入っていたが、
シングルではこれが省略され、曲自体は短くなっている
この原曲の声は、当時18歳だった「Matsumura Ami」という女性である
当時の立場はよく分からないが、まもなく事務所タイムマシンのスタッフになった


曲についてはカップリングの「パノラマジック」とともに、
「 1-1 フレッシュサウンズコンテスト 」で触れているので、ここでは省略するが、
これがTM NETWORKの原点の2曲であるという点は、改めて強調しておく
シングルとして両曲が選ばれたのは、こうした両曲の位置づけも関わるのだろう


シングルのジャケットはメンバーの写真である
小室はまだ三つ編みだが、ウツは髪が黒くなり、髪の長さも伸びている
木根の部分はジャケットの裏に回されており、明らかに扱いが異なる
CD化に当たってはジャケットの裏が再現されなかったので、
CDではこの写真を見ることはできないが、白黒の軍服っぽい服を着ている
3人の衣装は6/18渋谷でのデビューライブの時のものである


1974のリリースに合わせて、PVも作成された
絵コンテは小室が書いている
「Vision Festival」「All the Clips」に収録され、
「Decade」にも一部カットの上で収録されている


冒頭はメンバーがかわいらしい化け物と一緒に車に乗って登場する(木根も化け物サイド)
車を運転しているのは小室で、助手席はウツである
おそらく小室が車で色々なところに連れて行ってくれるという設定と思われる
場面が変わるときにUFOの絵が出てくることから見ると、
自らを宇宙人になぞらえているようだ
さらに言えば、この車自体がUFOだということだろう


そしてこのUFOはタイムマシンでもあるようだ
最初の場面は学校で、3人が高校生の格好をしている
メンバー16歳=1974年をイメージしているようだ
これは過去へタイムスリップしたシーンと考えられる
このシーンのロケ地は、関東学院大学の教室である


次は謎の医務室に場面が移る
小室がビーカーをいじったり、木根が医者やってたり
この部分だけは少しかっこいい


次は「SCHOOL CONCERT」の文字が出て、
TMのメンバーが演奏するシーンになる
だが「SCHOOL」なのに、観客は全員化け物だ
なぜたくさんの着ぐるみを用意してまで化け物を出したかったのか、よく分からない
この部分は鍾乳洞で撮影をしたそうで、
ウツは寒さのために風邪をひいてしまったという


小室によると、この部分はUFOの中でのライブという設定らしい
あれ? 「SCHOOL CONCERT」?
それはともかくとして、
最後はTMがUFOに乗って宇宙に帰り、PVは終わる


突っ込みどころ満点のビデオではあるが、
まあ以前の2本よりは…という出来である
今見れば100点満点で5点くらいだが、
前作が-50点くらいだから、相当マシに見える
小室も当時は満足していたらしい


同じ時に作られたPVとして、
「1/2の助走」もあった
ただしこれは夜の街の映像を背景に、
「1974」の頃のメンバーの写真が映るだけのものである
しかし「金曜日のライオン」「Rainbow Rainbow」と比べれば、
まだ見れるかもしれない
なお、写真は徹底的に小室とウツで、
木根は最後に3人並んだ写真が出るところで登場するだけである


「1/2の助走」のPVは、
「All The Ckips」などTM単独名義の商品には収録されていないが、
EPIC/SONYミュージシャンのビデオクリップ集「ミュージック・フラッシュ vol.T・U・V」に、
「1974」とともに収録されている
(本記事タクタクさんコメント参照)


さて、「1974」は意外なところで火がついた
北海道である
北海道ではこの曲が8月終わり頃から盛り上がってきて、
一時期北海道限定で2位まで行ったという
2005年、ウツ・木根中心で開催された「Spin Off from TM」では地方ごとに思い出の曲が演奏されたが、
北海道では地域限定ヒットの思い出によって「1974」が演奏されている(5/3・5/4)


当時北海道には新しい音楽がヒットする土壌があったらしく、
(安全地帯もそうだったらしい)
全国で売れるための登竜門としての位置にあった
当時札幌のEPIC/SONY営業所でプロモーションを担当していた山口三平が、
テレビでTMを重点的に流す方針を取ったが、
これがうまくいったのである
この功績があったためか、山口は後にTM作品のディレクターを担当することになる


なお小室とウツは6月、EPICスタッフとともに初めて札幌を訪れたというが、
これは「1974」リリースの1ヶ月前である
おそらく「1974」を北海道で売り出す戦略を詰めるためのものだろう
ならばTMデビューの失敗を踏まえたEPICスタッフの緊急ミーティングは、
これ以前に行なわれたものと考えられよう


「1974」は全国ヒットというには程遠く、
北海道での売り上げが全セールスの半分を占めていたというが、
局地的にせよ売れたことで注目を集めたことは、以後の活動にもプラスに働いただろう
全国的に見ると、オリコンでは前作「金曜日のライオン」は200位にも入らなかったのに、
「1974」は97位に入り、念願のベスト100入りを果たした


TM NETWORKは北海道のテレビ番組に頻繁に出演した
常連だったのは北海道文化放送の「おもしろザウルス」で、
8月末から12月の4ヶ月間で5回も出演している



また北海道文化放送では1984/9/22、
「1974スペシャル」という30分の特番も組まれた
この映像は、一瞬だけ「Decade」に収録されている
小室が三つ編みでビニール傘を差しているあの映像である


オープニングのナレーションで、番組の内容はおおまかに分かる
時代を感じることも出来るので、以下に引用しよう

ハーイ みなさんご機嫌いかがですか?
わーんばーんこー
さぁ、いよいよやってきました
「TM NETWORK 1974スペシャル」
ただいま大ヒットばく進中、ご存知「1974」をひっさげて、
我らがTM NETWORKのすべてをお送りします
北海道のみんなが火を付けたのは、この「1974」
あの名作プロモーションビデオが、どうやって出来たのか
なーんてこと知ってるかな? 知りたいでしょ?
ま、それは見てのお楽しみってな感じなんですよ
後半のスペシャルゲストは、なんとあの大江千里君
東京は原宿に彼らを迎えて、
最新情報に並木道、人の波、雑踏かきわけて、
たっぷりの25分間だよ!
さ、そろそろ始めようかな?
TM NETWORK 1974 スペシャル レッツ・ゴー!


北海道効果でお呼びがかかったのか
12月のライブの宣伝を目当てとしたレコード会社のプッシュか、
TMは9月頃から何度か他のTV番組にも出演するようになった
曲を演奏したものとしては、現在以下の出演が確認されている
演奏曲はいずれも「1974」である


・1984/8/4  「オールナイトフジ」(フジテレビ)
・1984/9月? 「ファンキートマト」(テレビ神奈川)
・1984/9/23  「レッツゴーヤング」(NHK)
・1984/10月? 「5時SATマガジン」(中京テレビ)
・1984/10/29 「ヤングプラザ」(テレビ大阪)


「オールナイトフジ」「ファンキートマト」はレコード音源・口パク
「レッツゴーヤング」「5時SATマガジン」「ヤングプラザ」は生歌である


「オールナイトフジ」の服装は、
「1974」のジャケットと同じものである
シングルのプロモーションのため、あえて同じ服にしたのだろう
他の番組では、木根は「1974」ジャケットの軍服を着ているが、
ウツ・小室は別の服で、ウツは黒のジャケット、小室は白のシャツである
これは7月のデビューライブで着ていたものと同じである
ただし「ファンキートマト」の木根は白のYシャツにネクタイ、
「5時SATマガジン」では小室が赤のジャケットを着ている
また「レッツゴーヤング」では2番がカットされ短くなっている


なお「5時SATマガジン」「ヤングプラザ」では
小室の三つ編みがなくなって短くなっている
また木根は後ろ髪を上だけ残して後頭部を剃り、
上から髪を垂らすようになる
オシャレな髪型ということだったのだろうが、ゴキブリの羽のように見える
この木根のヘアスタイルは、
「TM VISION U」収録のPV群で見ることが出来る


当時の音源としてより貴重なのが、ラジオ出演である
たとえば前章で触れた通り、「ライブロックショウ」では、
「Headz 7」のライブ音源から4曲が放送されている


また9/23「サンデージャンボ special」という番組で放送されたライブ音源もある
(日付はポコ太さんのご指摘で修正しました)
ライブは「カリビアーナ・ハイ」でスタートする
ファーストライブと同じイントロ(少し短い)である
その後は「金曜日のライオン」「1974」を演奏している


結果として、「1974」のシングルカットは、
一応成功したといえるだろう
曲が「金曜日のライオン」よりも分かりやすい曲であり、
PVの出来もマシであったことは一因だろう
以後も1986年頃まで、「1974」はTMの代表曲の一つとして扱われた


もしここで見通しが立たなかったら、
以後の展開も変わっていたはずであり、
TMにとって「1974」は、この意味でも重要な曲なのである

(2006/8/17執筆 2006/12/2・2008/9/24・2013/4/18・2016/11/9加筆)

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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
1974special  うんうん
あれDECADEに収録されたのは冒頭だけなんですね

わたしは あの冒頭部分は知りませんでした。
そこからあとの放送部分は こちらになると思います。
(参考までに)
http://www.nicovideo.jp/watch/sm5705724

そっか、北海道の番組だったのですね 納得です。
kaiesan
2009/01/02 13:04
昔の記事に今更ですが…。
1/2の助走は市販されたエピックソニーのコンピレーションビデオに収録されています。
タイトルは「ミュージック・フラッシュ vol.1 2 3 special」です。
Beeシリーズのものらしいですよ。
タクタク
2015/10/12 19:28
ええ! そのビデオは知りませんでした
貴重な情報、ありがとうございます
調べてみたら、中古などで取引されていますね
1974も入っているようで…

とりいそぎ、加筆しておきます
青い惑星の愚か者
2015/10/14 00:17
管理人さま。こんばんは。
目標に掲げてた『年内に第1章の加筆追記完了』達成おめでとうございます。

加筆追記の予定を長引かせてしまった要因の1つは・・・ワタシのコメントや情報の追記もありますね(汗)・・・反省。誠にお疲れ様です。

確か記憶が正しければ・・・某映像サイトに「TM-1974」のタイトルでレッツゴーヤングの出演映像が観れました。

当時の宇都宮さんの見目が洗練されてきて、個人的な感想では・・・あのrhythmred期やexpo期に近い『美麗ウツ王子』っぽい感じですね 。

男女問わず溜め息ものの麗しさに、動画サイトのコメント欄でも「ウツ、マジでカッケー」「この美青年、誰?www」というような反響の書き込みが凄かったです(笑)

左耳のピアス風おおぶりロングイヤリングが印象的で、衣装の上下を黒で決め、モデル並み足長ほっそりスタイルに・・・目を擦りながら思わず3度見(笑)。若き頃の見知らぬウツの美青年っぷりに画面を食い入ってしまいました。

TM御三方のビジュアルも洗練されてきて完成形が見えてきた感もあり、1番だけのショートバージョンでも生歌生音バンドアレンジの『1974』に耳も魅せられて、何度もリピート再生するくらいのドはまりっぷりでした(爆)

あしからず。

話題のレッツゴーヤング収録日は、TM VisionのPV『fantastic vision』撮影時に近い時期だったのでは?と推測しました。
かしこ。
2016/12/31 01:48
レッツゴーヤングの映像はアップロードされているんですね
やっぱあの不自然な赤髪じゃない方がかっこいいですよね(笑)

Fantastic VisionのPVは、小室さんがChildhood's Endレコーディングの頃と同じ髪型をしており、しかも1984/12/27札幌公演の時とは髪型が違いますから、1985年撮影でしょう
またPVの背景は、スタジオの部屋や廊下っぽいです
PVは2月頃には出来上がっているので、撮影は1985年1月から2月頃と推測しています
青い惑星の愚か者
2017/02/04 04:09

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