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みんなの「その他」ブログ


第6部完

2015/11/26 03:07
まず告知です
12/27(日)、大阪で適当な集いをやろうと思います
15:00から茶でも飲みつつ、夜は食事をつまみながらしゃべくります


参加ご希望の方がいらっしゃいましたら、12/22(火)までに以下のアドレスまで、
名前(実名でなくても可)・連絡先(携帯など当日連絡可能なメアドなど)・性別を明記の上、
以下に連絡をお願いします
確認したいことなどありましたら、同アドレスまでお気軽に問い合わせ下さい

tm_on_the_planet%yahoo.co.jp (%を@に変える)


さて、11/25、TM NETWORK 30th最後を飾る商品として、
DVD/BD「30th Final」がリリースされました
私も先ほどBD2枚を見終えて、この記事を書いています


これまでの作品と比べて魅力が薄いとも言われている本作ですが、
それでもTM 30thの締めくくりと思いながら見ると、なかなか感慨深いものがあります
既発売の「Quit30 Huge Data」とかぶるところも多いですが、
単独の作品として見れば、なかなかの充実したライブだったようにも思います
しかしこれで本当に終わりなんですねえ…


個人的には「Screen of Life」なんかは今回見れて良かったなあと思います
あと「Here, There & Everywhere」の前にウツが「クレタアイランド」とつぶやいた後、
木根さんが即興でギターで「Electric Prophet」のフレーズを弾いていたんですね
ウツも茶目っ気ある表情で、なかなか微笑ましかったです


ライブ映像を見終えて思ったのは、
小室さんのソロの冒頭で流れた「Self Control」のフレーズ、
この音でウツの歌付きで「Self Control」が演奏されていたらかっこよかったんじゃないかなあ…
もちろんウツの体調的に無理だったのでしょうけど、
結構勢いを感じさせる音色だったので残念な感はあります


このライブ、周知の通り中盤でINTERMISSIONが設けられました
この間会場のスクリーンには、
「incubation Period」「START investigation」「the beginning of the end」「Quit30」
のダイジェスト映像が流れたのですが、
なんとBDにもこの映像がそのまま収録されていました


ええーこれはいらねえだろお…と思いながら、
いざ見てみるとそれなりに面白く見れました
各ライブ、演奏風景よりも寸劇などを中心に編集されており、
これは本当にライブ映像のダイジェストなのか?といささかの不安を感じさせましたが…
なんかウツが歌っているところの映像は半分もなかった気もします


あと最後のスタッフロールには、
「incubation Period」以来の各ライブのスタッフも表示され、
さらにライブの設定資料画像なども小さくですが映りました
おお、ここにきてこれは、結構貴重じゃないですか?


最後はライブ会場のスクリーンにも映ったQRコードが出て、BD/DVDは終わります
このQRコードを携帯のリーダで読み取ると、
リットーミュージックのサイトにつながり、
やはりライブ当日と同じメッセージを見ることができます
これはいつまで有効なんでしょうか
せっかくQRコードがあるので、
リンク先が消える前に一回くらいは試してみることをお勧めします


DISC2の「オールナイトニッポン」ダイジェストは、
正直どうでもいいなあと思っていたんですが、
改めて再生してみると、そのあまりのゆるさに和みます
特に小室さん、ホント自由ですね
メンバーも映像内で言っていましたが、
MCが一切なかった30周年ライブを補足するものと考えれば、
多少の積極的な意義もあるかもしれません
ただニコニコ動画で放送しなかったおまけ映像とかも少しだけ入れて欲しかったなあとは思いましたが


さて、ここに来て、TM 30th最後の企画が来ました
「30th Final」のキャッチフレーズを考えて、
Twitterで投稿しよう!というものです
TM NETWORKオフィシャルサイトより

2012年から3年の歳月を重ねてきたTM NETWORKならではの物語、コンサート全35公演の集大成となる「TM NETWORK 30th FINAL」がBlu-ray/DVDとしてリリースされました。

見る人、感じた人により、様々な解釈があるであろう、この「TM NETWORK 30th FINAL」に、あなたが思うキャッチコピーをつけてください。

応募はカンタン。"TM NETWORK 30th FINAL ー "のあとに"あなたが思うキャッチコピー"と"#tmnetwork"と付けてTwitterから投稿するだけ。投稿は何度でもOK。

メンバーの心に響いた素晴らしいキャッチコピーは公式キャッチコピーとして採用され、オフィシャルサイトなどで使用される可能性がございます。

募集期間は、2015年11月25日から12月7日 23時59分まで。

プロ・アマチュア問わず、どなたでも応募いただけますが、未発表のオリジナル作品に限ります。

「TM NETWORK 30th FINAL」をじっくりとご覧頂き、最高のキャッチコピーをお待ちしています。


早い話がBD/DVDの販促企画ですが、
TM 30th関連の最後のイベントということで、
興味のある方は乗っかってもよいかもしれません
上記にある通り12/7が締切なので、お忘れなきよう


ただし「オフィシャルサイトなどで使用される可能性がございます」とあり、
募集だけしておいて結局何もやらないことも十分に考えられます
最近ではTM 30th特設サイトで募集した「Memory of TM NETWORK」、
評価が高い投稿には何かあるかもとか言って煽っておきながら、
結局何もありませんでしたね


以下、ソロ活動について
前回も触れましたが、小室さんは11/26と12/3、
浦沢直樹さんと一緒に「ミュージックポートレイト」に出演予定です
また11/29にはUmabiテーマソング「#RUN」を手掛けたことの関連で、
東京競馬場パドックで坂本美雨さんと一緒に無料ライブを行ないます
「#RUN」でコラボした神田沙也加さんじゃなくて美雨さんなんですね


12/10には「ポタフェスLIVE 2015」出演します
これ、主催が株式会社タイムマシンていうんですが、
もしかして社長がFANKSなんでしょうか?
なお小室さんは年末のフェス出演の予定はないとのことです
それにしても、12月のディナーショーなども含めると、
小室さんは年末まで忙しそうです
「Remode2」の本格的な制作は年明けになるのでしょうか


12/2リリースのTeddy Loidのアルバム「Silent Planet」では、
小室さんも「Above The Cloud」でコラボ参加するそうです
試聴音源はSoundCloudで聞くことができます
次世代クリエイターとのコラボが目立つようになった1年でしたね
小室さん自身も制作に関わるカバーアルバム「#globe20th」も、
その流れで捉えてもよいかもしれません


木根さんの「本棚に入れたくなるCD」リリースに合わせて、
ヴィレッジヴァンガードの愛知・岐阜・三重の数店舗には木根さん特設コーナーが設けられましたが、
11/27には岐阜のイオンモール各務原店と名古屋中央店で、
「キネヴァンミニライブ」と題する木根さんのライブイベントが行なわれます


木根さんはテレビでは、
11/17「ペケポンプラス」に出演しました
ラジオにもマメにいろいろ出ていたようです
11/20にはネットラジオ「木根ラジ!」全四回が完結しました


以上、近況の整理でした
では本題に入ります

----------------------------------------------------
本ブログ、前回の記事を以て第六部が完結しました
実に2013年から2年もかかってしまいました
特に2014年はTM本体の活動が充実していて、
過去の話どころじゃありませんでしたしね…
実際に過去記事よりもライブレポなど近況記事の方がアクセス多かったです


第六部で扱った期間は1996年から2001年の6年間でしたが、
実質的には1999・2000年の2年間の活動を対象としたものです
この2年間のうち、1999年はSONY系列のTRUE KiSS DiSC時代、
2000年はインディーズのROJAM時代となります
再結成当初構想していた活動は、
2000年に入って小室さんとSONYの衝突で破産になり、
1999年の活動は結局その後につながらないあだ花となってしまいました


2000年、TM NETWORKはこれを仕切り直す形でROJAM.COMに移籍し、
ようやくまとまった成果を生み出しました
アルバム「Major Turn-Round」と、
全国ツアー「Tour Major Turn-Round」です
その活動時期は、2000年7月から2001年1月の半年となります


この期間は、再始動後初めてTMの本格的な活動が実現した点でも意味がありますが、
新作を中心として明確なコンセプトも設けた全国ツアーが実現した点でも注目されます
これ以後のTMは新作をメインとしたライブを行なうことはなくなり、
過去の遺産で食いつなぐミュージシャンに堕してしまった側面も否定できません
これと比較すれば「Major Turn-Round」期は、
TM NETWORKが「終了」前の「EXPO」期から引き続き、
現役ミュージシャンとして活動した最後の時期と評価できると思います
それだけの覇気をこの時期のTM NETWORKは秘めていました


余談ですが、実際には新作メインのライブは「Tour Major Turn-Round」で終わりではありません
TMは2014年の30周年ツアー「Quit30」で、
ニューアルバム「Quit30」楽曲を軸とした選曲と演出をファンに見せてくれました
ただしこれは実に「Tour Major Turn-Round」から13年後のことでした
TMの歴史について、きわめて極端な時代区分をしてしまえば、
創造的な活動を実行していた1984〜2001年1月の17年間、
過去の遺産で食いつないだ(食いつなごうとした)2001〜2011年の11年間、
30周年に向けて新たな活動を実行した2012〜15年の3年間と分けることもできるかもしれません
私は全国ツアー「Quit30」が実現したことは、
それくらい大きな”事件”だったと思っています


もっとも「Major Turn-Round」で試みたのは、
プログレッシブロックと言う人を選ぶジャンルであり、
再始動後初の本格的活動として妥当だったのかといえば、疑問もあります
この時期の活動によってふるい落とされたファンも少なくなかったようです


また「終了」前のTMの作品は、
概して小室哲哉が新ジャンルに挑戦する形で生み出されてきましたし、
その際には洋楽・邦楽の流行も意識されていました
これに対してプログレッシブロックは、
ジャンルとしては小室さんが新たに挑んだものではありませんでしたし、
当時の流行ともまったく無縁のものでした
「Major Turn-Round」は自らの音楽活動の原点を開示したものと言うことができ、
その点では「終了」前の活動とは異質だったと言えます


むしろ同時代の音を意識した新ジャンルへの挑戦という姿勢は、
「Get Wild Decade Run」に始まる1999年の3枚のシングルにこそ顕著でした
しかしその時期に試みたものはセールス的にも失敗に終わり、
以後小室さんはTMで新しい音を追求することを前面には出さなくなります
それはTMファンの中心がすでに20代後半から30代前半に達していたと言う、
世代の問題もあったのでしょう


以後小室さんの音楽的実験は、よりファンの世代層が若いglobeで主に行なわれるようになります
このTMへの諦念は、
「Major Turn-Round」の次の作品となる2002年「Castle in the Clouds」の作風にもよく現れています
そのコンセプトは80年代J-POPでした


「Castle in the Clouds」がキャンペーンソングとして依頼されたと言う事情も考慮すべきではありますが、
小室さんはTMでやるべき音は最先端の実験的な音ではなく、
懐古的なJ-POPであると考えていたのだと思います
あるいは「J-POPであるべき」というほど積極的なものではなく、
「新しい音を試すユニットではない」という否定的な位置付けだったのかもしれませんが、
いずれにしろ私はこの曲について、
小室さんがミュージシャンとしての情熱を注いで作ったようには感じられません


たとえば木根さんが語る本作制作のエピソードを見るに、
小室さんはミックスの過程で、
「これ以上やると、全然80年代じゃなくなるね」
と言って、最新の音にならないようにブレーキをかけていたといいます
これを木根さんは肯定的な筆致で書くわけですが、
当時globeでトランスを推し進めていた小室さんにとっての本作の位置付けを物語る話と思います
残念ながら小室さんにとってこの頃のTMは、
音楽の実験場ではなかったのです


「Major Turn-Round」であんな気迫のこもった音を作っていたのに…という思いもありますが、
小室さんの中でTMの位置付けが下がったと短絡的にいうことも妥当ではないかもしれません
1999年に新しい音にチャレンジして失敗した上で、
自らの原点の音を持ち出すという「逃げ道」を使ったTMは、
その後再度新しい音を試みる挙に出ることもできず、
自縄自縛状態になってしまったのではないでしょうか
そう考えれば80年代の再現という懐古路線は、
この状態を打破する一つの可能性ではあったのかもしれません


その後も2004年にはglobeで実験済みだったトランスをTMに取り入れますが、
これも少なからぬ批判がありました
これに対して同時期にオリジナルアレンジで過去曲を演奏した「tribute LIVE」は、
小室さん抜きだったにもかかわらず一定の評価を得ます


新しい音を拒絶し過去のヒットメドレーを望む多くのファン
実際にはそれがファンのすべてではなかったにせよ、
それが一定の声を形成する中で2007年には、
オリジナルのままでヒットメドレーを演奏する「TM NETWORK -REMASTER-」が開催されます
これは「tribute LIVE」のやり方をTM本体に取り込んだものでもありました
辛辣な書き方をすれば、ここにTMは過去の遺産に成り下がりました


以上のように考えると、
「Major Turn-Round」は確かにすばらしい作品ではあったものの、
TM NETWORKの継続的な活動を見据えたものだったとは言い難いところがあり、
「とにかく何か一つ形になるものを」という感じで作られた作品だったようにも感じられます
いわば「Major Turn-Round」は再始動期TMを代表する金字塔であると同時に、
その後の活動の停滞を招いた因縁深い作品だったようにも思います


ただこれまでも書いてきた通り、
TMが「とにかく何か一つ形になるものを」出すことができたことは、
2000年当時においては少なからぬ意味がありました
何しろこの頃は小室さんの環境の激変期であり、
新たにプロデュースを手がけたミュージシャンも、
そのほとんどが1・2枚のシングルリリースのみで終わっています
その中でアルバムリリースにまでこぎつけたのはTMだけでした


実際には1999年の活動が失敗に終わったTMも、
そのまま放置される可能性は十分にありましたが、
そのような中でアルバムと全国ツアーを実現したことは重要です
もしもこれが実現できていなかったら、
TM NETWORKはここで空中分解していたでしょう
30周年はもちろん、2004年の20周年ツアーさえも実現していたか疑問です
その点でTMの再始動は満点とは程遠いものでしたが、
ギリギリセーフのラインには入ったと言えると思います


ここでこれまでの恒例に従って、
第六部の期間にリリースされたもので私の好きな曲を挙げておこうと思います

◇Sランク
該当なし(ごめんなさい)

◇Aランク
・MESSaGE
・Ignition, Sequence, Start
・Cube



以上が第六部の中心となる1999年・2000年に関してですが、
その前後、1996〜98年と2001年も第六部では扱いました
その前の第五部では1995年までを扱っています
つまり本ブログでは、1995年と1996年の間で時期を分けています


通常の時期区分ならば、
TMN「終了」の1994年を以て一つの時代の終わりとすると思います
そしてその後はTKブームの時代ということになるでしょうか
その点で本ブログの時期区分は少々特異ではありますが、
これは本ブログがTKブログではなく、
あくまでもTM NETWORKのブログであるということから来ています


周知の通り、TM再始動は1999年に実現しました
しかしTM再始動宣言はすでに1997年に行なわれており、
本来は1998年の間に活動を再開するはずでした
またTMNの3人は1996年から3人で共同作業を行なうなど、
再始動の可能性をにおわせる活動を行なうようになっていました


つまりTM再始動実現に到る流れは1996年から始まるわけで、
だから第六部の開始も1996年となり、
第五部はその動きが現れる前の1995年までとしたわけです


第六部の終わりを2001年としたのは、
2001年末までTMの活動は「Major Turn-Round」の延長上のものしかなかったことによります
2001年春、小室さんの吉本移籍を以て時期区分しようかとも思いましたが、
2001年の間にはTMは吉本から作品を発表していませんから、
TK史ではなくTM史を考える上では、
むしろ「Major Turn-Round」後最初の作品が発表された2002年を以て画期とするべきでしょう
「Castle in the Clouds」


もっとも第六部では、2001年の小室さんの話は扱いませんでした
これは2002年以後のTMに直結するので、第七部で扱う予定です
(つまり2001年は第六部・第七部両属期)


さて、こういう時期区分の話は多くの方には関心がない問題でしょうが、
書いている方としてはなかなか頭を使います
なぜならば私のブログでは、
ブログテーマとして「6 1996-2001」などを設定し、
各記事が第何部に属しているか、
その部がどの時代を扱うものを明示しているのですが、
この方式を採っている以上、
第七部を始める際には終わりの時期も決めておかないといけないからです
そして第七部終わりを決めるためには、
第八部の始まりを決めなければいけません


これについてはやはり、
2008年の小室哲哉逮捕を避けて通るわけにはいきません
これ自体は小室さん個人の問題ですが、
その余波で予定されていたTM25周年の活動がなくなっただけでなく、
TM自体が消滅する可能性も極めて濃厚だったからです
私も当時はかなり悲観的に、
今回の事件によって、このブログの当面の着陸目標は決まりました
2008.11.4です

書いたりもしました
実際にこの事件が第七部の大きなポイントになることは間違いないです


しかし繰り返しますが、本ブログがTM史を扱う以上、
時期区分はTMの活動を基準とすべきです
第七部と第八部の区切りもTMの新しい動きを見据えて設定するべきでしょう
それは明らかに、2012年3月の震災復興支援イベント「All That Love」です
TMはこのイベント参加を契機に活動を再開させ、
30周年に向けて継続的な活動を完遂しました
ならば第八部は2012年から開始という線もありえます


しかし私は、敢えて第八部を2010年からにしようと思います
つまり第七部は2009年までです
消極的な理由としては、「EXPO Folk Pavilion -Revival-」「SMALL NETWORK」など、
2009年までTM25周年の残骸的企画が散見するということもあります


そしてもう一つ、2009年6月執行猶予付き判決確定の後、
小室さんが年末の2009/12/20「芸能界の告白特別編」に出演し、
自ら詐欺事件への反省を述べたことがあります


これは一種の「ミソギ」としての出演だったと考えられ、
2010年1月にはさっそく、
小室さんの熊本・福岡・鹿児島でのピアノコンサートが発表されます
さらに4月にはAAAへの楽曲提供が発表され、
2011年にはソロアルバム「Digitalian is eating breakfast 2」もリリースされました


以後小室さんは、ソロライブ、ソロ楽曲制作、楽曲提供を精力的に行ないます
そうした中で11月、TM NETWORKの震災復興支援イベント出演依頼があり、
これを契機にTM再始動が実現しました


このTM再始動は、もちろんウツと木根さんの地道な活動も前提としてありますが、
小室さんも執行猶予判決の後に着実に活動を再開していたことも重要でした
TM25周年は2008年に小室事件によって遂行不能になりましたが、
小室さんは2009年に執行猶予を得た後、年末に「ミソギ」を行ない、
2010年に音楽活動を再開させたことがTM再始動を可能とする前提となり、
2011年TMのイベント出演オファーを受け、2012年にTMは復活しました


2008年の小室事件は2009年を以てひと段落を迎え、
2010年からは小室さんの音楽活動再開からTM再始動へと向かう、
と整理してもよいでしょう
つまり2012年からのTMの活動に向かう流れは2010年から始まるわけです


以上を踏まえて私は、第七部を2001〜09年に設定したいと思います
これは2000年代のほぼ全期間に当たり、全部で9年間となります
もっとも2001年は小室哲哉分だけで(ウツ木根TMは第六部で言及済み)
実質的に扱うのは2002〜09年となりますが、
それにしても第一部〜六部と比べれば、圧倒的に長期間です
なにしろ第二部〜四部は、各2年程度しか扱っていませんから、
その4倍近い長さです


とはいえ、第七部の最大の特徴は活動の密度の薄さです
TMの継続的活動があった時期を具体的に挙げると、

・2002年11月〜2003年2月=4か月
・2004年2月〜6月=5か月
・2007年10月〜2008年5月=8か月

の3期だけで、合計1年5か月にしかなりません
むしろ「tribute LIVE」や小室事件など、
TM以外の話が第六部以上に増えてしまうでしょう
できるだけそこらへんは、スマートに流してしまいたいですが…


なおこの後、2010年からは第八部となりますが、
次の活動への動きが始まったところで時期区分すると言う方針を援用すれば、
30thの次の活動が始まるまでは第八部の終わりを確定できず、
したがって第八部の位置づけを定めることもできません
2015年現在では、第七部が「TMN通史」で扱う最後の「歴史」ということになります


とはいえ第七部は、
苦難の初期を扱った第一部、黄金期を扱った第二部〜四部、
「終了」を扱った第五部、再始動を扱った第六部と比べて、
あまり一般の需要もないものと思います


第六部もその点では微妙だったかもしれませんが、
最後は「Major Turn-Round」という名作を作って終わりますから、
一応最後がクライマックスとなっています
これに対して第七部は終始活動が微妙な上、
結末はリーダーの逮捕ですからね…


さらに言えば、私自身も書く意欲はそんなに高くありません
もともとは1992年まで書こうと思って始めたブログでしたしね
ということで、更新頻度は第六部以上にゆる〜〜くなる気がしております
一応月1程度では更新するつもりですが、
この点はどうぞ御寛恕下さい


なお本ブログ、今月で開設9周年となりました
あと1年で10年となりますが、
TMファンとしては、なんか「終了」の二文字がちらつきますねえ…
まあ「終了」と銘打ってまでアピールするものもないんですけどね


ただ第六部が終わったと言うことで、
ここでしばらくは新記事更新はお休みして、
過去記事の加筆作業に入ろうと思います
TM 30thの間にいろんな資料が出ましたので、
それを踏まえて書かないといけないことがかなり増えました


正直、早く過去記事を直したくて仕方なかったので、
自分としては、やっと第六部終わった!という感じです
過去記事更新は春の間には終わるようにするつもりですが、
どうなるかは、生暖かく見守っていただければと思います
ちなみに更新完了箇所などは随時報告いたします


そういえば、本ブログのタイトル「20 Years After」、
開設した2006年当時は、
TMデビューの1984年から約20年ということで付けたものでしたが、
その後も周知の通り、なかなかブログの更新が進まなかったため、
扱っている記事とリアルタイムの時間差がずっと約「20 Years」のままでした
(更新遅!)


それが第六部を書いている間に、とうとう14年前までたどり着きました
(2015年の時点で2001年の記事)
しかし第七部を始める2016年にはまた15年前、
つまり四捨五入してまた20年前になります
我ながら趣旨を忠実に守るブログだなあと自画自賛しております(?)
さすがに第七部が終わるころには「10 Years After」になっているでしょうか
いや、そもそも第七部が終わるかどうかも分からないんですけども


そんな期待と不安を抱きつつ、しばらく休眠期間に入りますが、
これからもお時間の余っている時にでも、
適当に当ブログまでチラ見しに来ていただければと思います



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6-31 ROJAM時代のウツと木根

2015/11/02 23:52
11/2にBD/DVD「30th Final」のジャケットが発表されました
「Be Together」のサンプル映像もアップされました
またmumo予約特典が発表されました
A3クリアポスターらしいです
これで安心してamazonやHMVで予約できると言うところでしょうか


小室さんに続いて、ウツのディナーショーも発表されました
12/26ヒルトン東京だそうです
小室さんのディナーショーは12/25までですから、
理論上は両方出ることも可能です
また11/15にはU_WAVEの「Fifth Element」最終公演の様子が、
ニコニコ生放送で放映されます


木根さんは10/31ソロ再始動公演「REBOOT」を開催しました
これに合わせてOTONANOで、ネットラジオ「木根ラジ!」始まりました
「木根テレ!」と同様に、また藤井徹貫がついてきます
第一回は10/23、第二回は10/30に公開され、第四回まで予定されています


木根さんの「電気じかけの予言者たち-CLASSIX-」は、
10/23に発売されました
また「本棚に入れたくなるCD」のリリース日は11/1となりました
VILLAGE VANGUARDの名古屋・岐阜・三重の数店舗では、
12/15までCD発売記念イベントとして、
サングラスや直筆歌詞草稿などが展示されるそうです


11/12にはSONY MUSIC SHOP限定で、
木根さんのSONY時代のライブDVDが再発売され、
2枚のミニアルバム・2枚のフルアルバムがBlu-spec2版でリリースされます
各商品にはシングルのカップリング曲や未発表音源が追加されています
また5作品同時購入すると、
「木根テレ!」番組ロゴデザインオリジナル巾着袋が特典としてついてきます
特典が欲しい人はそんなにいないと思いますが…


去年SONY時代のウツやTKプロデュース作品の多くが、
Blu-spec2で再発売されたにもかかわらず、
木根作品は「Remember Me?」しかリリースされていませんでしたが、
このたび限定販売とはいえ、その他の作品もようやくリリースとなりました
私はこの手のものは興味ありませんが、
まだBlu-spec2化されていないのは、T.UTU・BOYO-BOZOと、
「tk-trap」、サウンドトラックなど小室さんのインスト作品群などとなりますね


小室さんは10/22から上海に渡り、
テレビ出演、DJ、ピアノコンサートなど、色々やってきたようです
上海戯劇学院金融総裁班特別芸術顧問賞や上海国際芸術祭青年創想特別貢献賞も受賞するなど、
音楽的評価として意味があるかどうかは別として、
中国での扱いは意外と良かった模様です
この後は12月のディナーショーとなります


11/26・12/3には、小室さんが浦沢直樹さんと一緒に、
「ミュージックポートレイト」出演します
もう撮影は終わったようです


globeトリビュートアルバムは「#globe20th -SPECIAL COVER BEST-」と題し、
12/16リリースになったようです
また10/25にはtofubeatsさんとのコラボユニットTK feat. TK名義で、
競馬サイトUmabiのテーマソングとして「#RUN」のMVが発表されました
小室哲哉プロデュース、tofubeats編曲とのことですが、
プロデュースというのは作曲のことでしょうか
ボーカルは神田沙也加さんが担当しております
MVも含めて、結構良い出来じゃないかと思います
気が付いたら、CD化していないソロ曲やコラボ楽曲が結構増えてきましたね

「a new lease on life」
「Internet for Everyone」
「The Spark (Tetsuya Komuro Remix)」(DJ Afrojack作品のリミックス)
「22世紀への架け橋」(ヒャダインと合作)
「Good Click Creats Good Music!」(SHIGEOと合作)
「#RUN」(TK feat. TK名義)


以上3人のソロ活動を踏まえ、
木根さんおよびウツ&小室さんのロングインタビューがdwangoのサイトに発表されました
3人一緒のインタビューにしないのは、
TMの活動がない間はあえて一緒にメディアに出ないようにしているんでしょう
木根インタビューは特にTM話が多めで、
ウツ&小室インタビューはU_WAVEメインです
しかしウツ、「体調はね…。結構、キツイよね」って、
なんか体調、まだあまり良くないんですねえ…


では本題に入ります
第六部の個別記事は今回で終わり、次回でまとめとなります

------------------------------------------------------------------
2001年のTM NETWORKの可能性は、
2月のある時期まではまだ残っていたと思われる
それをうかがわせるのは、
FM愛知・FM大阪で2001/3/2〜30に放送された「Menicon Monthly Magazine」である


本番組は1ヶ月ごとに特定のミュージシャンをパーソナリティとして、
毎週金曜日に30分ずつ放送するものである
2001年3月にはTM NETWORKが担当し、
「月刊TM NETWORK」なる番組を放送したのである
番組内でかかる曲はすべてTMで、
ほとんどすべてが「Major Turn-Round」の曲だった


ただしこの時点ではTMの活動は皆無となっており、
番組内でも今後のTMはほとんど話題にならなかった
出演するのはウツと木根だけで、
小室は録音されたメッセージだけでの出演だった


これが何のための出演だったのか、
今となっては極めて不可解だが、
おそらく話を引き受けた時点では、
TM NETWORKはその後も活動する予定であり、
だからこそ宣伝の場としてこの番組を引き受けたのだろう


番組の情報は2月半ばに告知されており、
遅くても2月上旬には話がまとまっていたと考えられる
おそらく1月下旬、
「Tour Major Turn-Round」終了の頃には話が来ていただろう
その頃ならばTMリミックスアルバムおよびアジアイベント計画はまだ生きていたはずである
木根も2月半ばの会報で、年内のソロ活動はないと言っており、
TMは継続的な活動が想定されていたと考えられる


「Menicon Monthly Magazine」は2/19と3/6に収録された
その番組内で、今後のTMについて触れられなかったのは、
収録までの間にアジアイベントが立ち消えになったためだろう
ウツと木根は3月下旬にソロ活動再開を宣言するが、
それもイベント計画中止によるものと考えられることは、前回触れた


なお「Beat Club それゆけTM NETWORK」も、
2000年以来小室が出演しない中で、
ほぼ看板だけの状態ながら一応続いてきたが、
2001年9月についに終了する
これもTMの名前で番組を続ける意味がなくなったことの反映だろう


ただしウツと木根のソロ活動も、
一応3人の連携の下で行なわれる形式を取ろうとしたようである
一つは、ウツと木根をSONY系列のTrue Kiss DiscまたはEPIC/SONYから、
小室のROJAM.COMに移籍させたことがある


これに伴い二人のソロ作品も、ROJAM POP SHOPで販売された
TM作品とは異なり、二人のソロ作品は店舗での一般販売も行なわれており、
ROJAMのネット通販戦略は事実上無意味なものとなった
ただし盲点だが、2001年のウツ作品の店舗販売分は、
シングル・アルバムともに絶版なので、
現在正規金額で新品を購入できるのはROJAM POP SHOPのみである
購入を考えている方は、頭の片隅に留めておいてほしい
(なお木根作品はまだ店舗分も在庫あり)


ウツは4月にはスタッフとミーティングを開き、
シングル・アルバムの制作について打ち合わせを行なった
ウツの新作は奇妙な制作形態がとられた
Produceはウツ、Co-Produceは木根、Executive Produceは小室というのである


小室が最高責任者ということになっているが、
小室の関与の形跡はほぼ見出せない
Co-Producerの木根は臨席していたようだが、
実際にどの程度の意見を出していたのかも疑問である


要はウツの新作を3人の共同プロデュースと言う形式にして、
現実には動いていない3人の活動が存在するかのように見せようとしたものだろう
4月からROJAMをスポンサーに始まった深夜テレビ番組「radio TK」「Club TK」で、
木根が小室とともにレギュラー出演したのも、
2人の連携が行なわれているポーズを示すためと思われる


そうした形式に沿うものとして、
8/1にはウツのROJAM楽曲第一弾として、
シングル「Runnning To Horizon」がリリースされた
これは言うまでもなく、1989年小室ソロデビューシングルである
TMの名前を使わないまでも、
TMを意識させる楽曲をここで出してきたのである


そもそも「Running To Horizon」は、
かつて「Dive Into Your Body」と同時に制作され、
片方をTM、片方を小室のシングルにしたという経緯があった
つまりウツは1989年に「Running To Horizon」を歌う可能性もあったし、
また小室版が発表された後もそれを望む声は強かった
それをここで実現したのである


カップリングには「Hundred Nights, Hundred Stories」が収録された
木根作曲・小室みつ子作詞である
木根はRENTのウツをイメージして作ったという
本シングルは表題曲・カップリングともにみつ子作詞で、
作曲はそれぞれ小室哲哉・木根尚登という、
いかにもTM NETWORKを髣髴させる布陣だったことになる


ただしウツははじめスタジオで、
「Running To Horizon」を原曲通りに歌ってみたものの、
その頃のウツが歌うには若すぎたため、
キーを下げたりテンポを遅くしたりした
またそれに合わせて久保こーじも曲にアレンジを施した
その結果、原曲とはかなり異なる雰囲気になった


その結果商品化されたものを聞いてみるに、
こんなものを出してくるくらいならば、
没にするかカップリングと入れ替えるかすべきだったのではないかと思う
前回述べた「Ignition, Sequence, Start」とも合わせ、
小室陣営が関わったウツソロリミックスにはロクなものがないというのが正直な印象である


8月のシングルリリース後、ウツはアルバムのレコーディングに入った
タイトルは「LOVE-iCE」と言い、10/25にリリースされた
アルバムのコンセプトはラブソングだった
「Major Turn-Round」と同様にインディーズでのリリースだったため、
音楽チャートには登場せず、売上などは不明である


先行シングル「LOVE-iCE」は作詞前田たかひろ・作曲石井妥師、
カップリング「rhythm of love」は作詞Marc Panther・作曲浅倉大介である
作詞には小室陣営の人脈が登用されており、
木根・浅倉の登用は1996年の「Easy Attraction」を思わせる
石井の登用もソロ活動初期の1992〜95年をファンに思い出させただろう
ウツとしても総力戦で挑むつもりだったと思われる


特に注目されるのは石井の復活である
1995年にウツとBOYO-BOZOを組んでいた人物だが、
その商業的失敗を受けてウツはソロ名義に移った
その後石井はウツと音信不通になってしまったのだが、
この時実家経由で連絡が取れて、石井の楽曲提供が実現したのである
「LOVE-iCE」では小室・木根・浅倉・石井の楽曲が各2曲、
その他2曲という布陣になった


10/22〜11/14には「Tour LOVE-iCE」が開催されている
「Tour White Room」がコンセプト重視だったことから、
このツアーではラフさを重視し、
楽曲を聴かせるのを基本に据えたという
またサポートメンバーは、あえて全員若手にした
このメンバーはウツも気に入り、
翌年の「Tour Ten to Ten」でもほぼ同じメンツとなった


ツアーでは1曲目にロックナンバー「Energy Source」が演奏され、
2曲目では直接続ける形でTMの「Open Your Heart」が、
ロックアレンジで披露されている
ウツは1996年のファンイベントでもこの曲を演奏していたが、
意外とお気に入りなのだろうか
TM NETWORKでは絶対に演奏されないと思われ、
この時の演奏は貴重である


木根も「LOVE-iCE」制作に陪席する一方で、
自らのソロ作品も作っていた
2001/9/1リリース「浮雲」と11/26リリース「徒然」である
タイトルから見て、当初からペアで構想されたものだろう
木根ソロの新作は、
実に1998年「The Beginning Place」以来3年ぶりである


2001年の作品はシングルでもフルアルバムでもなく、
ミニアルバムでのリリースとなった
以後2003年まで、木根の作品はミニアルバムでのリリースのみとなる


「浮雲」「徒然」はどちらも6曲入りで、
TMカバーを1曲ずつ入れている
TMカバー曲は、「浮雲」「Girl Friend」
「徒然」「Winter Comes Around」である
「Girl Friend」はライブ音源)
「LOVE-iCE」同様、TMとの関係を意識させるラインナップである
1996年にTKプロデュースを前面に出してリリースした「Remember Me?」で、
TMカバー曲を収録したのと同じやり方である


作詞としては木根自身の他、
両アルバムの1曲目とタイトル曲に当たる「不眠症ジェニー」「浮雲」と、
「ポニーテール」「つれづれ」で、
小室関係者の前田たかひろが担当している
他に小室みつ子と藤井徹貫も見える
徹貫が脚本家だけでなく作詞家としてもTM関係に顔を出してきた


なお翌年の作品になるが、
木根は2002/5/29にもミニアルバム「RUNNING ON」をリリースしたが、
こちらでは全曲作詞・作曲を木根が担当している
TMのカバーはないが、
5曲入りで、5曲目は森口博子による「Unknown Town」のカバーが入っており、
最後の一曲がおまけ的な音源になっている仕様は同じである


木根はミニアルバムリリースと並行して、
「talk & live 番外編」「talk & live vol.7〜歌酔曲〜」を開催する
「番外編」「talk & live」と違ってバックバンドを従えず、
一人か二人で気軽に地方の小さな会場を回ると言うものである


以後身軽さと言うメリットと、
おそらくライブ規模の縮小という現実の前に、
木根のツアーは番外編が中心になっていく
「talk & live」は2001年12月から2008年11月の7年間で、
vol.7〜11の5回開催されるが、
「talk & live 番外編」は2001年9月から2010年9月まで9年間で、
vol.1〜10の10回開催されている
なおその後は、2012年にソロ20周年記念の「talk & live」
2013年にソロ「RESET」前の最後の「talk & live」が行なわれた


ただウツと違い、木根はソロ活動だけに専念せず、
他の歌手への楽曲提供にも積極的だった
globeやウツへの楽曲提供はすでに触れたが、
他にもTKプロデュースの新人台湾歌手林建亨(KEN)のデビュー曲「発射」を作曲し、
2001/7/17にリリースしている


また声優の椎名へきるには、
8月から翌年3月まで5枚のシングル楽曲を提供した
この関係は意外と続くようで、
2006年には木根・椎名でユニットひだまりを結成し、
2015年にも木根が椎名の20周年ライブに参加している


なお木根はこの頃ウツとともに、森口博子や椎名へきると共演している
それは毎年12月開催の「Act Against Aids」で、
2001/12/1にはガンダムつながりで森口「Eternal Wind」とTMの「Beyond The Time」
2002/12/1には木根提供曲の椎名「Jungle Life」とTMの「Resistance」を披露した
2000年には小室も加わりTM NETWORKとして参加したのだが、
それは一度きりで終わってしまった


以上のように、ウツと木根は3人の連携の雰囲気を残しながらも、
実態としては再びソロ活動へと回帰していった
さらに翌年になると、連携の形式すら放棄され、
小室の求心力は失われていく


もっとも小室はともかくとして、
ウツと木根は相変わらず一緒に活動する場面も見られた
1993年以来連年出演していた「Act Against Aids」もあるが、
この頃では2001/9/24日本武道館で開催された「AKASAKA Live 20th Party」も挙げられる
この時の出演者の一人にウツがおり、
ソロ曲の「少年」「Dance Dance Dance」「Runnning To Horizon」「LOVE-iCE」を演奏したが、
その後はゲストとして木根尚登が登場し、
一緒にTMの「Wild Heaven」「Dive Into Your Body」を演奏した



一方この頃小室はGaballとglobeに集中しており、TMを動かす気配はまったくなかった
この経緯については、2001年春まで遡って見る必要があるが、
それはどちらかといえば2000年代の小室やTMの活動の前提となるものであり、
「終了」したTMの再始動の過程を見る第六部の趣旨からは離れることになる
そこで2001年の小室哲哉については、第7章で改めて触れることにしたい


LOVE-iCE
ROJAM
2001-10-25
宇都宮隆
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Amazonアソシエイト by LOVE-iCE の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 32 / トラックバック 0 / コメント 9


6-20 ROJAM.COM

2014/08/29 23:14
毎年のことですが、夏で更新が遅れました
そんな中、50万ヒット達成しました!
30周年の間に50万行くかな…とか思っていましたが、存外早かったです
アクセスいただいている皆さん、どうもありがとうございます


そして! 皆さん待望の! ニューアルバムリリースが! 8/22に!
正式告知されました!


タイトルは未定ですが、リリースは10/29、「Tour Quit30」初日です
mumo特典次第ですが、ツアー初日に参加する方は、
一番早く確実に入手できるのはツアー会場かもしれません
会場購入特典もあるでしょうし


ただ今回は、来ました、avex商法!
A(CD1枚3240円)・B(CD2枚3780円)・C(CD2枚+DVD4320円)の3種類がリリースされます
B・Cの2枚目のCDは「特典CD」なので、インストとか別バージョンを集めたおまけ音源でしょう
Cのみに付くDVDは、インタビュー映像かメイキングでも入るのでしょうか
心配なのはBとCに付くCDが別の内容という場合ですが…大丈夫と信じています
avexならマジでよくやる手なので心配ではありますが


それとmumoで購入すると、予約特典が付きます
ところがこれがまたやらしくて、A・B・C全部別の特典のようです
つまり全パターンコンプリートしたい方は、
同じCDを3枚購入しないといけません
しかもこの特典がまだ発表されていない上、
10/7正午までに予約しないと発売当日に届かないそうです


このパターン、「START investigation」の時、
発売日郵送保証期限を過ぎると同時にゴミ特典の内容(BD収録の音源を1曲抜き出したCD)を発表するとともに解約不可にした悪魔の所業を思い出させますよね…
さてどうするか…
きっとどうでもよいものだとは思うんだけど、これが特典音源とかだったらどうしよう…
ポスターとかステッカーなら要らないんだけど


特典とか全然気にしない方は、送料無料のamazonをお勧めします
Cは3639円に値引きされており、mumoで送料払ってAを買うよりも安いです
(なおamazonでA・Bを買うと値引きはありませんが10%のポイントがつきます)


SONYの再発版CD「Colosseum T・U」「Classix 1・2」「Groove Gear Sound Selection」「final live LAST GROOVE 5.18/5.19」
SONYのサイトで4枚セット購入すると、特典でバッグがつくそうです
相変わらずのSONYクォリティで、特典自体は本当にどうでもよいものですが、
どうせCD購入予定の方はどうぞ
しかし今こんな特典を発表しててこ入れて、よほど予約が少ないのかな…?


あとSONYサイト、再発版アルバムのジャケットが出ていますね
「Classix 1」のジャケのタイトルの部分が「Classix 1・2」になっているとか、
その程度ですけども


8/27にはTM NETWORKオフィシャルサイトで、
BD/DVD「the beginning of the end」の内容が発表されました
5/20ファイナルの全曲が入る他、5/19の日替わり曲「Accident 2014」も収録されます
またBD限定版の小室さんコメントは、ライブと今後の構想を語るインタビューとのことです
多分すでに収録は終わっているんでしょう


さらにこれに合わせて、BD収録の「Rainbow Rainbow 2014」公開されました
「Get Wild」でも「Self Control」でも「Be Together」でもなくこの曲とは、良いですねえ
きっとリリースまでにあと2曲くらいはアップされると思います


そういえば9/24のBD/DVDリリースまで1ヶ月切ったんですね
さらにその1ヶ月後はニューアルバムとツアー開始
いよいよSeason2開始です!


「Tour Quit30」、各プレイガイドでのプレオーダーが始まっています
ローソンなどすでに一度当落発表を出したところも、
チケット一般販売日の9/24まではまだ時間があるので、
まだしばらく先行予約は行なわれると思います
なかなか希望のチケットが当選しないという方、
今しばらくがんばってみて下さい


9/10発売の「Keyboard magazine」2014年ATUTMN号では、
TM NETWORK特集が組まれます
小室さんや坂本美雨さんのインタビューがあるそうですが、
「the beginning of the end」「Tour Quit30」や新譜の話もあると思います


ソロについて
もう結構経ちましたが、8/13「FNSうたの夏まつり」小室さんが出演しました
E-girls×TRF「EZ Do Dance」、E-girls「Feel Like Dance」、華原朋美「恋しさとせつなさと心強さと」、郷ひろみ×高見沢俊彦×氣志團×小室哲哉×浅倉大介「One Night Carnival」あたりは、以前「ぼくらの音楽」などでやったものの再演や発展版ですが、
渡辺美里さんとのコラボ「My Revolution」は目玉でしたね


あと今年の「EDM TOKYO」での玉置浩二さんとのコラボが影響しているのか、
玉置浩二×高見沢俊彦×小室哲哉×森山直太朗×WaT×miwa「田園」にも参加しました
この曲では全員でギターを弾きながら、
WaT・森山さん・miwaさん・玉置さんが順番に歌いましたが、
ギターのみの高見沢さんはともかく、ギターのみの小室さん…
意味はあるんでしょうか(一応コーラスもしていましたが)


9/24(東京)10/4(大阪)の小室さん・坂本美雨さんのbillboardコラボライブ、
8/18にチケットが売り出されました
8/28現在でまだチケット購入可です
多分10/4頃にはアルバムレコーディングも終わっていて、
このライブの後はTMツアーの音源作りとリハーサルが始まるんでしょう


その他、すでに決まっていた9/14「The Big Parade 2014」に加え、
9/12「ASOBINITE!!!」への出演も決まりました
いずれもチケットは発売中です
ちなみに「The Big Parade」はライブではなくトークでの出演なんですね


木根さんは9/3「ナカイの窓」に出演します
DVDの宣伝してくれるかな…
木根さん、今回は即興で作曲して歌うそうです
TM NETWORK木根尚登が即興作曲を披露!
中居とゲストが考えた歌詞に木根のメロディーが合わさり・・・
まさかの短時間で名曲が誕生!!
木根尚登生歌は必見!



以上、近況でした
次回はアルバム情報とか出ているかな?
では本題に入ります

--------------------------------------------

小室が2000年に拠点としたのはROJAMだった
小室はこれ以前、
1996年末にRupert Murdochと共同で香港にTK NEWSを設立したが、
Murdochが手を引くことを決定したことを受け、
1998年に社名をROJAMに改めた


社名は「MAJOR」の5文字を逆から並べたもので、
つまりメジャーの対極=マイナーな存在としての命名だった
メジャーなものも最初はアマチュアだという意味が込められていた
これは2000年のTMのアルバム「Major Turn-Round」のタイトルにも反映される


ROJAM創設の時点で小室が目指していたのはアジア市場への進出であり、
1998年には台湾や香港でRingやgrace.ipをデビューさせ、
1999年にはアルバム「Teen’s Ring」「RPG」をリリースしている
実際に台湾や香港では、小室楽曲はある程度売れていたらしい
(具体的な数字は知らないが)


その後ROJAMは目立った動きがなかったが、
2000年1月にSONYから距離を取ることを決意した小室は、
TM NETWORKやKiss Destinationなど個人的に関わりの深いミュージシャンについて、
ROJAMからCDをリリースするようになる
木根の書いていることを信じれば、
TMは6/9にSONY系列のTRUE KISS DiSCからの撤退を正式に決定したらしい


ただしROJAMからのCDリリースは
SONYとの決別の上で強行されたわけではなく、
一応SONYの同意の下で行なわれたものである
(ネット限定で独自の音楽ソフト販売を承認)


ウツ・木根についてはよく分からないが、
小室は2000年度いっぱいはSONYとの専属契約も継続していた
2000年12月「Major Turn-Round」ライナーでは小室のみSONY所属になっている
9月発売の「日経エンタテインメント」では、
TMが戻ってくることを期待してSONYがネット販売を許可したと推測している


しかしそれでもSONYを介さずにCD作品のリリースを行なうようになったことは、
TMの歴史上大きな意味を持つものである
事実として、これ以後TMがSONYに戻ることは現在までなく、
ROJAM移籍はSONYという制約からTMを解放する契機となった
(それが戦略的に良かったのか否かは別にして)


SONYもしばらくTM NETWORKのサイトを続け、ROJAM作品の情報も掲載していたが、
8月終わりにはTM NETWORKのBBS、11月終わりにはTMサイト自体が閉鎖された
おそらくここらへんの複雑な関係が、
2000年のライブ映像が商品化されなかったことと絡んでいるのだろう
「Tour White Room」「Log-on to 21st Century」


ROJAMについて話を進めると、
私は会社関係の話は疎いのでよく分からないのだが、
(ここらへん、詳しい方、補足お願いします)
この時にROJAMはかなりの改組をしたようである


もともとディスコ経営やCD出版など、
アジアでの音楽ビジネスを展開していたROJAMだったが、
小室は2000年にそのグループ会社として、
IT事業を視野に入れたROJAM.COMを設立した


この構想自体は以前からあったものかもしれないが、
本格化したのはSONYと小室がもめた1月以後だろう
3月にはROJAM.COMの準備は佳境に入っていたらしい
出資者にはTK NEWS以来の出資者だったNTTの他、
当初からかは不明だが、2000年末には小室との関係を修復したavexも名を連ねていた


小室は4/18に香港の海逸酒店で会社設立に関わる記者会見を開いた
この時は木根尚登・Marc Panther・DJ Dragonも同席している
小室は当初エグゼクティブプロデューサーとして、
この3人を含むプロデューサーたちにROJAM作品の制作を任せるという構想を持っていた


不安しか感じない会見


小室のIT事業参入は、おそらく取り巻きの誰人からか、
うまい話に乗せられてしまったところもあるのだろう
時に1999年から2000年にかけては、
いわゆるITバブルが急速に進んだ時期でもあり、
確実に儲かるなどと言われてその気になってしまったのではないか


ITバブルは実際には2000年3月を頂点に急速に収束した
その中で1〜2月頃から準備を始め4月にIT事業に参入というのは、
これ以上はない最悪のタイミングだったと言える
(そもそもバブル状況が進行した後に参入を考える時点でアウトだと思う)


小室はこれ以後数年かけて、
儲けを出すどころかTKブーム期の稼ぎを根こそぎ吸い取られ、
まもなく借金生活に転落することになる
かつてマリックブーム収束の頃にマリックとタッグを組んだり、
バンドブーム収束の直前にハードロックを試みたりしたことを彷彿させるが、
この時のミスのダメージはそんなものと比較にならないほど大きかった


ただ小室としては必ずしも儲け話に目がくらんだというだけではなく、
ROJAMでやろうとしていたこともたしかにあった
新技術への関心や未来志向の強い小室としては、
インターネットの可能性は早くから注目していたところでもある
その長い構想の具体化と実行を試みたのがROJAM.COMだったともいえる


ROJAM.COMの一つ目の眼目としては、
レコード会社や広告代理店を使わずネットで広告し、
音源・映像の配信を行なうことがあった
いわば音楽ビジネスのあり方自体を変える試みでもあった
これは以前述べた通り、1995年頃から小室が考えていたことだった


特にネット配信については、
TM NETWORKで大々的に展開させようと考えていたようである
小室は春頃からTM inter-NETWORKというコンセプトを用い始め、
7月の「Log-on to 21st Century」のパンフレットでは、
1990年頃にTM-INTERNET-WORKに改称する案があったものの時機早尚として見送られたと言う、
藤井徹貫のしょうもない文章が載せられるに至る(ドン引き)
「電脳伝説」とかのたまわっているが、正直電脳というより電波である

電脳伝説起動。
TM NETWORK覚醒、再結成発表から1年を費やし、伝説は現実になった。
日本の音楽を変えたギガ・ユニット誕生。それは10年以上をかけた構想の最終章の開幕を意味する。つまり、TM NETWORKに秘められた最後の謎解きでもある。
構想の発端は87年4月29日のこと。「Get Wild」のビデオ・クリップを撮影するため、彼らは英国領香港にいた。そこは東洋と西洋が交錯する黄金郷だ。いうなれば地球規模の情報が集約するインテリジェント・サーバーだ。まさにINTERNATIONALの縮図である。
その驚異の地で出会ったのがコンピューター・ネットワーク。(中略)
香港が与えた、この2つの衝撃から、TM-INTERNATIONAL-NETWORK構想が誕生したのである。
日本でのコンピュータ・ネットワーク(JUnet)発足は1984年。偶然か必然か、TM NETWORKのデビューと同時である。
米国で事態が大きく動いたのは90年のことだった。政府および学術機関に限定されていたコンピュータの使用制限が撤廃されたのだ。その影響力に注目した小室哲哉は、ユニット名のTM-INTERNET-WORKへの変更を提案。しかし、時期尚早を理由に断念。それでも時代はTM-INTERNET-WORK構想を追認するかのように動いた。
93年、日本でもインターネットが一般に解禁。
また、ヨーロッパ原子核研究所が開発したWWW(World Wide Web)と米国イリノイ大学スーパー・コンピュータ応用センターが開発したWWWブラウザ(Mosaic)が出揃った。(中略)
それらの大変動を受け、TMinternetWORKへのシフトを含み、TMNを終了。小室哲哉は自らの構想を具現化するタイミングを窺った。(中略)
音楽のネット配信の可能性が現実のものとなった99年、TMinternetWORK構想を再提案。
「Get Wild」から始まった構想を具体化するため、「GET WILD DECADE RUN」で動き始めたのである。同時に、香港で生まれた構想を実現するため、ROJAM.COMを構想誕生の地に設立。遂に準備は整った。
圧倒的なデジタル・エンタテインメントTM NETWORK起動。
「今世紀最後にして最大の発明」であるインターネットをも掌握したSFユニットがリボーンし、時代よりも早く新世紀を開門。現実はかつての伝説を凌駕する。
電脳新世紀到来。



木根の「続・電気じかけの予言者たち」によれば、
小室から初めてTM inter-NETWORKの話を聞いたのを2月8日としている
だが「Log-on to 21st Century」パンフレット所載の木根メールでは、
1/7に「前々から、あなたが言っていたとおり、TM-INTERNET-WORKの時代かも」と小室に言っており、
明らかに「続・電気じかけの予言者たち」と矛盾する
以前触れた通り、このメールの文章は改変されていると見るべきだろう


一方2/8木根が小室からTM inter-NETWORK構想を聞かされたというのは、
実際に本で語られているほど具体的な構想が語られたかはともかくとして、
前後関係から考えれば、時期的に十分ありえる話である


その後小室は2/29にtk56のBBSで、
「Tmは3人からまた実験的な発表をさせてもらいます」と書き込んでいる
「実験的な発表」とは楽曲のネット販売とともに、ネット配信の構想も含むだろう


小室の構想では、完成した楽曲を配信する以外に、
クリック音のみ、リズムトラックだけ、
ギターやシンセが加わったトラックなども順次配信することにより、
楽曲ができあがる過程をリスナーにも伝えるという構想を持っていた
小室が3月終わり頃のインタビューで述べていた、
TM新曲のバックトラックのバラ売り計画も、
おそらくこれと関わるものだろう


このようなものを求めるのは一部のよほど重度のファンだけだろうし、
CDの形で店頭販売するにはあまりにも需要が限定的だが、
パッケージにするコストがかからないネット配信ならば問題はない
またネット配信ならば、楽曲が出来てすぐに公開することも可能であり、
リアルタイムの反応を知りたい小室としては、この点も魅力だった
2010年代の今ではそれほど違和感なく聞こえるが、
当時はかなり実験的な試みだったと言える


ただし完成楽曲の音源配信は後に実現したものの、
制作過程のトラックの配信・販売が行なわれることはなかった
その上、当時のリスナーは、
必ずしも気楽にネットショッピングができる環境にあったわけではなかった
そのような中でTM NETWORKのニューシングルは、
3枚いずれもネット限定で販売された
これは一部のファンから非常な反発を買った


CDのネット販売は2000/8/10TMのシングル「MESSaGE」から始まった
通販サイトはROJAM POPSHOPと言った
9月からは「ショッピングモール」も開く予定だった
CD・楽器・機材・洋服・自動車・関連出版物なども販売する計画で、
品目は2万点を目標に掲げていた


しかしCDや楽器はともかく、自動車をネット購入することがあるのかは疑問だろう
(ここらへんの金銭感覚のおかしさは、ビジネスには決定的に不向きである)
小室が現実的な感覚を失い、取り巻きのうまい話に乗せられていた様子がうかがわれる
結局CDとTMのツアーグッズ以外の販売は実現しなかった
当然2万点の商品販売も実現していない


それどころか11月には、年末発売のアルバム「Major Turn-Round」を、
新星堂・TSUTAYA限定で店舗販売する方針を発表する
これはネット通販戦略の一つの挫折とも見られる
ただこれはネット限定販売のみ承認していたSONYとの交渉の結果、
店舗を限定して販売することが承認されたためかもしれない


なお小室とSONYの関係が切れた2001年には、
ROJAMから発売されたウツの「LOVE-iCE」や木根の「浮雲」「徒然」が店舗でも一般販売される
ROJAM POP SHOPでの販売も行なわれたが、その意味はほとんどなくなった
さらに2002年以後のウツ・木根・TM作品は吉本R&Cからのリリースとなり、ROJAMの通販はなくなった
早い話、ネット通販構想は失敗に終わったのである


話を戻すと、ROJAM.COM第二の眼目は、アジア規模での人材発掘である
ここでもネットを前面に出し、
まずは中国でネット上でのオーディションを行ない、
選ばれた歌手を実際にデビューさせるという企画が行なわれた
2000年3月、ROJAMウェブサイト上で行なわれたClick Auditionである


この結果、香港での盧靖珊と譚凱hのデビューが決定した(ともに女性)
それぞれCeina Jade、Zoie Tamの名前でデビューし、
2000/7/25Celina「Good News, Bad News」以後、数枚のCDがリリースされている
日本ではほとんど知られていないが、
香港ではAEONグループによって大々的にCMが流されたらしい


ただ彼女らの歌唱力はかなり悲惨なものだったようで、
レコーディングは大変苦労したようである
本当に思いつきで動いてしまった企画だったのだろう
Click AuditionはROJAMの目玉企画とされ、
当初は日本でもZoieを大々的に押すとともに、
次のClick Auditionも2001年2月に行なう予定だったのだが、
実現した形跡はない


もう一点、ほとんど実を結ばなかったものの、
コンビニを拠点とした商品流通という試みもあった
これも目の付けどころとしては悪くなかったと思う
ただネット販売の件も含めて時期尚早な発想でもあり、
悪く言えば実現性を無視した思い付きだった印象も拭えない


2000年4月からはTMのレギュラーラジオ番組として、
サークルKをスポンサーにつけて、
「Beat Club それゆけ! TM NETWORK」が、
全国FM各局で放送された
(もう少しましなタイトルはなかったのだろうか…)
サークルKのタイアップは、
おそらくコンビニ流通を視野に入れたものだろう


この番組ではサークルK限定のTM関連商品として、
2000年9月にTM NATWORK(納豆)が、
2001年1月にTM熱湯WORK(入浴剤)が発売された
音楽ソフト販売の構想もあったが、結局実現しなかった
SONYからの承認を得られなかったということもあるようである


なおTM NETWORK名義のレギュラー番組は、
実に1993〜94年の「TMN United」以来6年ぶりのことである
放送は2001年9月まで1年半続いた
ちょうど2000年3月に「コムロ式」が終わったため、
TMの主な情報源は以後「Beat Club」となる
ただしこの番組に出演するのは毎回木根とウツのみだった
(数回の例外はあったが)


小室はこの番組に毎回コメントで登場することになっていたが、
やがてそのコメントも来ないことが増えてきた
3人のトークを期待したファンには、
むしろウツ・木根と小室の距離を感じさせる番組だったかもしれない


ファンのフラストレーションも、この頃にはかなり高まっていた
彼らの多くは、再始動TM NETWORKは期待はずれだったと思って、
TMを見限ってファンから足を洗ったが、
一方でネット上には小室への不満を書き込むファンも現れる
木根はこれに対してフォロー役に回ることが多かったが、
この関係は以後2008年の小室逮捕まで長く続く


もっともファンの怒り・失望も仕方ないところがある

「Yes To Life Festival」開催による木根ソロライブの日程変更
「Happiness×3 Loneliness×3」リリース延期(1999年11月→12月)
・1999年12月のハワイイベント中止
・2000年1月ファンクラブ発足の予告うやむやに
・2000年3月のアルバムリリース予告実行されず
・春のTMライブ実行されず
・tk56で延々とTMの新曲レコーディング中発言(2000年1月〜7月)


私もTM再結成には初めから冷めて接していたが、
この頃には気にもしなくなっており、脳内にTMのことはなくなっていた


ただし小室がROJAMに拠点を移すきっかけがTMの問題だったことから見ても、
この時点の小室がもっとも重点を置いていたのはTMだったように見える
(それゆえ小室の「先進的」な試みのど真ん中に入れられてしまったのだが)
その点で小室にとっての2000年は、TMの年ではあったのだと思う
7月のROJAM.COMグランドオープンイベントがTMメインで企画されていたのも、
それがファンの望む形に合致していたかはともかくとして、
この頃の小室にとってTMがやはり第一だったのだろう


ともかくも小室は2000年、1983年以来の古巣だったSONYと距離を取り、
ROJAM.COMに拠点を置くことになる
この動向の最終的決着は2001年TMの吉本移籍だったが、
第六部の残りの章では吉本移籍以前のTM NETWORKの動向を見ていくことにしたい


Major Turn-Round
ROJAM
2001-06-15
TM NETWORK
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6-19 SONY期TMの終焉

2014/08/06 03:08
更新が少し遅れました
今更ですが、坂本龍一さんのガン公表に続いて、
氷室京介さんが聴覚障害により「卒業」を宣言しました


前後の世代のビッグアーティストたちの相次ぐ体調不良を見ると、
去年の小室さんとウツの病気を思い出します
いつ何があってもおかしくないんだなあと感じます
正直活動を追いかけるのも楽ではありませんが、
追いかけられるだけ幸せなんですよね…


さて、8/1ローソンチケットのメールマガジンによると、
TM NETWORK 30th Season2のツアータイトルが、
「30th WINTER TOUR 2014 Quit30」になったようです
これで決まりかな?
Quit…やめる・立ち去る… なんか不安なタイトルですねえ
まあ、きっと大した意味はないと思いますが


FC会員の方と小室メルマガ会員の方は、
チケット当落通知が来たことと思いますが、いかがだったでしょうか
私はFCとメルマガで、希望公演のチケットは確保できましたが、
叶わなかった方は、ローソンなど各プレイガイドでの先行受付もありますので、
そちらに賭けてください


なおローソンチケットではプレリクエストが始まっており(8/13まで)、
8/20からはチケットぴあで札幌の、8/22からはe+で名古屋の先行があります(8/6現在)
他の公演の先行予約も順次、発表されると思います


Season1「the beginning of the end」のBD/DVDも、
amazonで2000〜3000円近く値引きをして予約を受け付けています
送料も無料ですので、普通に買うよりもかなり安いです
(ブログ右側の商品一覧にもリンクを貼っておきました)
他にもHMVなど各所で割引の上予約を受け付けていますので、
ご吟味の上ご予約下さい


BD/DVDリリース日に合わせて、
SONYお得意のBlu-Spec2商法も来ました
今回の対象は「終了」直前にリリースされた、
「Colosseum T・U」「Classix 1・2」「Groove Gear」「final live LAST GROOVE 5.18/5.19」
となっていますが、
さすがにオリジナルアルバムほどの価値がないことはSONYも理解しているようで、
それぞれ2枚組み3240円でのリリースで、少しお徳になっています
(オリジナルアルバムは1枚で2160円)


「Groove Gear」はBOX中のCD3枚から、
オリジナル音源の大部分を除いてデモ・ライブ音源中心の2枚組みで販売です
タイトルも「TMN Groove Gear 1984-1994 Sound Selection」となっています
この音源は「Groove Gear」「World Heritage」など高額のBOXを持っていないと手に入らなかったので、
嬉しい方もいらっしゃるかもしれません


これで80〜90年代の音源がBOX以外で高音質版がリリースされていないのは、
「Open Your Heart」「Another Meeting」「Detour」の3曲だけですね
私はどっちにしろこの手のものは要りませんが、
むしろ「Major Turn-Round」の先行シングルやDVDが、
品切れで入手困難になっていることの方が問題と思います
こちらはどうにかならないもんですかね…
もちろんこの頃はROJAMですから、SONYは関係ない話なんですけど


7/31には木根さんの「震・電気じかけの予言者たち」が発売になりました
思わせぶりなタイトルでしたが、「震」というべき内容はありませんでした
というか、意図的に外したんでしょうね


小室事件以後の話はあまりなく、
メインは「SPEEDWAY」のレコーディング話です
この頃の活動に関心がない方には、大した価値はない本だと思います


ただ2007年のGWの頃からアルバム制作の話が始まっていたというのは初耳で、
思ったよりも早くから動いていたようです
しかし一方で、レコーディングにはかなりてこずっていた様子もうかがえます
色々と大変だったんでしょうね…


それだけに、「incubation Period」の打ち合わせで、
ウツが「あの頃のてっちゃんが戻ってきた」と思ったというエピソードは、
かなり重いものを感じました


なお冒頭に、小室さんが(CAROL2の)「最終章」を書き上げるためにロンドンへ旅立ったとあるのですが、
となると、やはりインドネシアだけでなくロンドンもCAROL2執筆の取材と絡むものだったようです
小室さんの言う「最後の取材旅行」は1つと思い込んでいましたが、
2つとも「最後」だったんですね
これは論理学的思考の裏をかかれたなあ…(自分だけ?)


木根本発売日には新宿紀伊国屋でサイン会も行なわれましたが、
木根さんの販促活動はまだ続き、
今度は8/10の15:00よりTSUTAYA Tokyo Midtown 1Fでサイン会です
詳しくはリンク先をご覧下さい
ただ対象者はTSUTAYAオンラインショップで8/6午前6時までに本を購入した方限定で、
この記事をアップする数時間後に締切なんですけど…(ごめんなさい)


小室さんはtwitterによると、
7/18以前に帰国、7/19朝にCAROL2原作を書き上げ、7/21校了したとのことです
全部で65000字とのことですが、
文庫本なら100ページくらいの量ですね
本と電子書籍として発売する予定のようです


そして原作が出来た後、7/22頃から作曲に入ったようで、
7/27にはCAROL2の20分程度の原曲ができたそうです!
さて、さて、どんな曲なんでしょうか?
Season2に向けて動き出してきましたね!


小室さん、9/14にはデジタルミュージックの夏フェス「The Big Parade 2014」出演します
また9/24の19:00と21:30にBillboard Live TOKYOで、
10/4の16:30と19:30にBillboard Live OSAKAで、
坂本美雨さんとコラボライブを行ないます
このコラボは4月以来ですが、前回が楽しかったんでしょうか
東京1本目の開演と2本目の開場の間が1時間45分であることを考えると、
長くて1時間半くらいかと思いますが、
関心のある方はどうぞご参加下さい


テレビでは、8/13「FNSうたの夏まつり」に小室さんが出演します
この番組の出演は、ここ数年の恒例となっていますが、
今回はかなり多く、7曲で演奏するとのことです
渡辺美里さんとのコラボもあるそうです
ただ、そんならTMもやってよ…と思いますが


ということで、Season2に期待を膨らませつつ本題に入ります
ある意味で、TMの歴史を二分する事件に関するお話です

--------------------------
1999年末までのTM NETWORKは、
翌年3月のアルバムリリースと、「桜の咲く頃」のライブを計画していた
ところが年が明けると、何らかの事情でライブ開催は困難となり、
アルバムリリースも中止となった
これを受けてウツと木根は、
TMレコーディング用にスケジュールを空けていた2月、
それぞれの夏のソロ活動に向けて準備を始めた


いわば再始動したTMの活動計画は、ここで一度白紙化したのだが、
この事態急変の背景は何だろうか
公式見解では小室の沖縄サミット担当によるものとされるが、信憑性は薄い


同じ頃から小室は、香港のROJAM.COMを拠点とした大規模音楽ビジネスを志した
詳しくは次章で触れるが、2000年の小室は、
拠点をSONYグループのレーベルTRUE KiSS DiSCからROJAM.COMに移し、
TM NETWORKやKiss Destinationもここに移籍する
(ただし鈴木あみはTRUS KiSS DiSCに残し、SONYとの関係も残した)
小室は1993〜97年はavex、1998〜99年はSONYと組んだが、
2000年には独自の活動を始めるのである


この事情を考える上で参考になるものがある
小室はROJAM.COMでインターネットによる音楽ソフト販売を始めたが、
インターネットがまだ十分に普及していなかった当時、
この試みはファンの間では不評だった
2000/9/5、小室はtk56のチャットでファンからの不満を聞かされた後、
日が明けてからBBSにネット販売の背景をかなり赤裸々に書き連ねている

みなさんへ。
最大の決定原因は大手メーカーの僕、もしくは、僕たちの、
初回出荷の減少にあります。
大変、驚かれるはなしかと思いますが、TMの場合、もし、お店に
おいてもらったとして、初回、2万枚から3万枚です。
メーカーから、許可をもらっているのは、ネット販売だけです。
コンビニ等でおければみなさんにとって、良心的なんですが
許可はおりてません。
2万枚全国のお店においてもらうか、通販で買ってもらえる人にお届けするか、
今は、2とうりしかないんです。
アイデアはあっても契約問題があります。
お店において、80位くらいでがんばりますか?
それとも先進てきなことをやりますか?
新曲はもうできてますよ。
ダウンロードなら、明日、送れます、。ただで、、、。


以上を見るに、当時のTMは新譜をリリースしても、
店舗販売用にプレスされるのは2〜3万枚程度となっていたらしい
明言はしていないが、これはSONYからリリースする場合の条件だろう
おそらく3月リリースのアルバムの制作が中止されたのも、
この条件が小室にとって受け入れがたいものだったためである


もちろん初回分が売れてまだ売れる見込みがあれば追加プレスはされるが、
当時SONYはTMの新曲が2〜3万枚程度しか売れないと見込んでいた
そして小室は、そのことを不満としてSONYから離れ、
独自の販路開拓を目指すことになったと考えられる


2〜3万枚という数字の意味だが、
再始動後最初の新作「Get Wild Decade Run」が23万枚売ったことと比べれば、
TMのCDプレス枚数は1/10に抑えられてしまうということである
SONYがこのような極端な緊縮を試みたのは、
これ以前にTMが経営陣の目算を大きく下回る成績を出してしまい、
大量の不良在庫を作ってしまったことがあったと考えられる


この件が小室に申し渡された時期は大体予想できる
前章で触れたように、TMのアルバム制作延期と絡む最初の動きは、
2000/1/4の木根宛て小室メールである
この1/4という日付を考えれば、
プレス枚数縮減の直接の契機は、
「Happiness×3 Loneliness×3」の週間ランキング発表の可能性が高い


ここまで触れてこなかったが、
小室が政府のキャンペーンソングと言う権威を得て期待を寄せていたこの曲は、
セールス面ではまったくの失敗に終わったのである
この曲は2000/1/3のチャートで9位、5.2万枚の成績を出した
(同日発売の鈴木あみ「Happy New Millenium」は同週2位、30.3万枚)
「Get Wild Decade Run」「10 Years After」の初動は、
それぞれ11万枚と10.5万枚であり、
これらと比べれば一挙に半減したことになる


最終的なセールスも8万枚に終わり、
「10 Years After」(17万枚)の半分以下である
「Get Wild Decade Run」(23万枚)から見れば、
リリースのたびに2/3、1/3と売り上げを減らしていたことになる
SONYはこの時に数万枚規模の不良在庫を抱えることになったと考えられる


イカしたCMだったんだけど…


この成績は2000/1/3付けチャートの数字だが、
通常のオリコンチャート発表スケジュールを考えれば、
雑誌の形では1999/12/28、業界内では12/27に発表されたはずである
(ただ年末なので、多少変則的になった可能性はあるかもしれない)


SONY経営陣はこの成果を見て、
年末年始を挟んで小室にプレス枚数制限の通達に至ったものではないか
もちろん事前の発注枚数などから、おおよその結果は事前にわかっていただろうが、
その決断は具体的な数字が出てから下されたのだろう


それにしても2〜3万枚とはあまりにも低く見すぎな印象もあり、
上記BBSの書き込みには、小室の誇張も入っている可能性もある
だが2曲タイアップを付けていた同シングルが8万で、
しかも「Get Wild Decade Run」以来、
TMがリリースごとに売り上げを減らしていた現実を考えれば、
タイアップ無しのシングルで10万のケタを期待することは難しかっただろう


なお「Happiness×3 Loneliness×3」の次のメジャーシングルは、
2002年の「Castle in the Clouds」だが、
これはタイアップ付きで3.6万枚の売り上げである


以上見たように、成果を上げられなかった小室は、
SONYから契約上厳しい条件を突きつけられた
小室はなおSOYN上層部と交渉しただろうが、
1月半ばにはTM新作の制作を中止する方向で話がまとまったらしく、
1/18にはウツがソロ活動再開の意志を表明している


なお小室は鈴木あみ2ndアルバム「infinity eighteen vol.1」リリース(2000/2/9)から2ヶ月余りで、
4/26に3rdアルバム「INFINITY EIGHTEEN vol.2」をリリースしている
レコーディングは2〜3月だろう


「infinity eighteen vol.1」のタイトルから見て、
鈴木あみが1年以内にvol.2をリリースすることは、当然予定されていただろう
(鈴木あみ18歳の2000/2/9〜2001/2/8の間)
だがそれにしても、2ヶ月間隔でのアルバムリリースはかなり特異である
しかも「vol.2」はプロデューサー時代の小室に特有のシングル詰め合わせアルバムと異なり、
先行シングルは4/12リリースの「Thank You 4 Every Day Every Body」のみだった


売れ線のシングル曲を欠く代わりに実験的な楽曲を多く詰め込んだ「vol.2」は、
同日発売のHello! Project「プッチベスト」に敗れて2位となった
売上も急落しており、1stアルバム「SA」から3rd「vol.2」の売上を並べると、
187.9万枚(年間9位)→106.3万枚(年間15位)→42.7万枚(年間50位)となっている
なおシングルでも、「vol.1」先行シングル「Don't need to say good bye」は34.6万枚を売ったが、
その後の「Thank You 4 Every Day Every Body」「Reality」は20万枚程度の売上にとどまった


当時小室最大の稼ぎ頭だった鈴木あみのセールス度外視の不可解なアルバムリリースは、
あるいは小室がTMのために確保してあったレコーディングとライブ準備の期間が空いたのを埋めるべく、
予定外で行なわれたものではないかとも思う
同じ頃、ウツもソロアルバム「White Room」のレコーディングを行なっているが、
つまりTMの予定が突如白紙化したことで空いた時間に、
メンバーは他の仕事を入れることにした可能性がある


TMの話に戻ると、2000年度の去就はともかくとして、
SONYとの1999年度の契約は必ず履行せねばならない
そのため2000/3/23契約消化のために、
ベスト版「Best Tracks -A message to the next generation-」がリリースされた
前章で触れた通り、おそらく1/21のTM会合を受けての措置である


1年前のベスト「STAR BOX TM NETWORK」「STAR BOX TMN」は、
企画ベストだから別枠ともいえるが、
それでも2年連続のベスト版リリースはいかがなものだろうか
さらに1996年12月にはシングル集「Time Capsule」もリリースされており、
なんと3年余りで4枚のベスト版がリリースされたことになる
もちろんSONY側も無価値なことは承知の上でのリリースだろう
成績は26位、3.5万枚だった(一応「2〜3万枚」よりは多く売れている)
なおなぜか、1999年の3枚のシングルは収録されなかった
さらにこの時、TMN「終了」以前のオリジナルアルバムも、
廉価版CDで再リリースされた


こうして3/23には、
TMの過去のアルバム再発版とベストアルバムがリリースされたが、
木根も同日これに便乗して、
初のソロベスト「The Best of Naoto Kine 15 Goodies」をリリースした
1992〜98年の楽曲を対象にしたものである


こちらは100位圏外なので成績は不明である
木根は1999〜2000年に新作リリースがなく、
2001年からはSONY以外のレーベルから新作をリリースするので、
偶然ではあるが、本作はSONY時代の全木根楽曲からのセレクションとなった


なお2012年にはこの時期の楽曲を新録したベスト版「キネバラ」がリリースされたが、
新録となったのは「The Best of Naoto Kine」と収録対象曲がかぶるという理由の他、
契約の問題でSONY時代の音源が使えないという問題もあったからだろう
後にTMの「Easy Listening」(2004年)・「DRESS2」(2014年)や、
小室の「Digitalian is remixing」(2012年)で、
SONY時代楽曲のボーカルや音を完全新録にしているのも、
おそらく同様の理由である


ただウツの場合は2007年の15周年記念DVD BOXや、
2003年までのシングルを収めた「Original Singles」などで、
SONY・ROJAM・R&C時代の作品をまとめてリリースしている
ウツだけ契約が異なったのだろうか
だとすれば、スタッフに先見の明があったということだろう


小室も2000/3/23、プロデュース作品を集めたベスト版として、
「ARIGATO 30 Million Copies」をリリースしている
SONY・avex・orumok・ポニーキャニオンなどレーベルの壁を越えてのリリースである(発売元はavex)
TKブーム期の作品を収録したもので、
TMN「終了」以前の楽曲はtrf「EZ Do Dance」のみである


しかし「ARIGATO」と言うタイトルのダサさに加え、
わざわざ「30 Million」(3000万枚)というセールス実績をつけるあたり、
本当にゲスなタイトルだと思う
そして本作の成績は5位、24.3万枚だった
かつてのTKブーム時代ならばミリオンも行っただろうが、
時に世間の注目は宇多田ヒカル・浜崎あゆみ・モーニング娘。などに向けられており、
TKはすでに過去の存在になりつつあった


ともかく小室哲哉は2000年に入るとともに、
TMをめぐる意見の対立から、SONYと距離を取るようになった
そして2000年3月(1999年度末)には、
契約消化のための間に合わせ商品の濫発によってお茶を濁した


その後2000年にTKプロデュースでデビューした歌手に、
清水まなぶ(4/26「サンキューニッポン」)、
坂口実央(5/13「Enjoy Bad Days, Enjoy Good Days」 )、
MIYUKI(7/11「Feel The Revolution」)がいるが、
作品は休眠状態だった小室個人レーベルfactoryorumokからリリースされた


坂口実央は音楽通信講座TK Music Onlineの特待生としてデビューした
TK Music Onlineは1999年から小室哲哉監修で行なわれていたもので、
小室が実質的な指導を行なっていたとは思われないが、
デビューチャンスも用意しているというのが売りとされていた
いかにも小室の名前を使ったビジネスと言うにおいがするが、
坂口はその信憑性を高めるためにデビューさせたものだろう
「特待生」というのも、実質的には通信講座とは関係ない人選だったことを思わせる


清水まなぶは「ビッグコミックスピリッツ」連載の「TKman」関連のオーディションでデビューしたもので、
小室・木根プロデュースとなっているが、作詞作曲は清水自ら行なっている
MIYUKIは、かつて「ASAYAN」でデビューをかけて鈴木あみと争い敗れた女性である


小室が2000年にデビューさせた歌手は他にもいるが、
その多くはfactoryorumokやROJAM.COMの所属であり、
SONYからデビューした例はほとんどない
例外は2000/8/9TRUE KISS DiSCからデビューした中野さゆりで、
566 featuring 中野さゆり「Never Say Why, Never Say No」をリリースした
ただこれはSONY主催のアニメ「金田一少年の事件簿」ボーカリストオーディション受賞者という特殊な事情があり、
小室もこの一曲以外に中野には楽曲提供を行なっていない
2000年の小室は、概してSONYと積極的な関係を持とうとしなかった


おそらくこれと関連するのが、小室とavexの関係である
小室は1997年のavexとの対立以来、SONYに拠点を戻していたが、
2000年にSONYから距離を取るようになったことにより、
今度はavexに再接近を始め、avex側もこれを受け入れた


これ以前、1998〜99年の小室は、
以前からプロデュースを続けていた安室奈美恵とglobeを除き、
avexからの新作リリースは行なっていなかった
しかし2000/8/30には女性R&BユニットBALANCeが、
シングル「Move Your Body」でavexからデビューしている
avexで新たな歌手のプロデュースを始めるのは、
実に安室奈美恵(1995年10月)以来のことだった


BALANCeは一般にはあまり知られていないが、
2ndシングル「Get Into You Suddenly」は、
2012年「Digitalian is remixing」や2014年「EDM TOKYO」にリミックス版が収録されており、
小室の自信作だったようだ


ただ坂口にしろMIYUKIにしろBALANCeにしろ、
この頃の新たなTKプロデュース作品はまったくヒットチャートに現れなかった
(最大の成果が30位・1万枚のMIYUKI「Feel The Revolution」
彼女らは当初アルバムリリースも予定されていたが、いずれも実現していない


なお小室は2000/11/30の「Yes To Life Festival」で、
TRFとBALANCeを出演させている
この後TRFは2001年元旦、
小室のイベント「Rendez-vous in Space OKINAWA 2001」にも出演した
1997年後半以来小室とTRFの関係は絶たれていたが、
その関係が3年ぶりに復活したのである


2001年のTRFはBALANCeメンバーとともにzentoと言うユニットを結成し、
小室の書き下ろし楽曲をひっさげて、
各地でトランスイベント「zento」を開催している
その音源は商品化されなかったが、
2001年にアナログシングル「zento ep1」として配布された


TRFのバックにいたのは小室とavexの対立の契機を作った千葉龍平であり、
そのTRFが小室と関わるようになったのは、
この時点で小室とavexが一定の歩み寄りを見せたことを示す
これ以後、avexが小室の新作リリースに合わせて強力な新作をぶつけてくるような妨害措置を行なうことはなくなる


もっともすでにavexは小室抜きでも、
浜崎あゆみなどで小室作品以上のセールスを実現しており、
情勢としても小室がavexに協力を求めて頼ってきた形だった
かつて対立した頃と異なり、
小室の発言力がavex全体に影響を及ぼす可能性はほぼなかっただろう


またavexとしても、
CDセールスが急減して活動が停止状態に陥っていたTRFを小室に任せてみることは、
成果はさほど期待できなかったにせよ、損になることはなかったはずである
一方で旧TKファミリーでも、
TRFと違って一定の成績を上げていたhitomiは小室と関わることはなかった


小室としても今さらavexに拠点を戻すつもりはなく、
あくまでも敵対関係を解消するという程度の話だったと思われる
avexの松浦勝人についても、小室への感情的なしこりが取れたのは、
逮捕後の小室が援助を求めてきた2009年のことであり、
それまではあくまでもビジネス上の関係改善に過ぎなかったと見られる


小室が新たな拠点としようとしたのが、香港のROJAM.COMだった
そして1984年EPIC/SONYでのデビュー以来SONY所属だったTM NETWORKも、
2000年にはROJAMに移ることになる
このあらましについては、次章で触れることにしたい


BEST TRACKS~A message to the next generation~
エピックレコードジャパン
2000-03-23
TM NETWORK:TMN
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6-18 計画の白紙化

2014/07/17 01:03
BD/DVD「the beginning of the end」の発売が決定しました!
発売日は9/24です
Season2開始の1ヶ月前ですね
mumoのサイトによれば、去年の「START investigation」と同様に、以下の3タイプでのリリースです(値段は税込み)

・BD初回生産限定版:10800円
・BD通常版:8100円
・DVD:7020円

初回生産限定版の特典は、
「小室哲哉によるライブの解説や今後の構想についてのロングインタビューと、フォトギャラリーを収録予定」
とのことです
これが欲しいかどうかで2700円(アルバム1枚分)変わりますので、
購入される方は慎重にお考え下さい


なおmumoは去年「START investigation」の時、
特典付き予約締切日まで特典の内容を発表せず、
特典発表(DVD中の1曲の音を収録したCDというゴミ)と同時にキャンセル不可にするという、
法治国家では考えがたい商法を華麗に披露いたしましたが、
これは批判が多かったのか、今回は最初から特典を発表しています
「ウォールステッカー(A4サイズ) (1枚)」とのことです


これまでの例を考えれば、
9月頃にはamazonで2000円前後の割引で予約できるようになるはずです
(しかもmumoと違って送料無料)
2000〜3000円払ってステッカー1枚が欲しいという方以外は、
9月まで予約を待つのをお勧めします


おそらく今回のBD/DVDは、
カメラが大々的に入っていた5/20の国際フォーラム公演の映像が収録されるものと思います
日替わり曲だった「Accident 2014」は収録してくれるんでしょうか?
ここ2年avexから発売されたBD/DVDでは日替わり曲も収録されているので、大丈夫と信じたいですが…


ただそういう細部はともかく、前回のツアーは実にすばらしい内容でしたので、
商品化は実に嬉しいです
今回は過去2年のライブと異なりライブシネマもWOWOWもありませんが、
ライブに行けなかった方々は、今回のBD/DVD購入を強く推薦致します
ぜひ!どうぞ!ご購入を!


Season2のチケット予約は、すでにFCで始まっていましたが、その他も動き始めています
参考までに、予約開始日・締切日・当選発表日を列挙すると、以下のようになります

・ウツ・木根FC: 7/1|7/22|7/26
・小室メルマガ: 7/12|7/27|7/31
・TM VISAカード:7/23|8/10|8/13
・ローソンプレリクエスト:8/1|8/13|?

以上を見れば分かる通り、前の予約受付の当選発表から数時間〜数日で、
次の予約受付が締め切られるようになっています
逆に言えば、きっちりとチェックしていれば全部申し込めるということでもあります
どうしても行きたい公演がある方はご注意ください
なお現在はまだ発表されていませんが、
おそらくこの後はチケットぴあやe+、ローソン2次先行などがあると思われます


7/12には「The Music Day 音楽のちから」にTM NETWORKが出演しました
前編・後編合計11時間で約70組が出演するという壮大な規模の特番で、
前半が「ミリオンヒット満載!」(懐メロ)、
後半が「最新ヒット曲満載!」(現役ミュージシャン)というコンセプトだったので、
てっきりTMは前半に出て「Get Wild」でも歌うんだろうと思っていました


ところがフタを開けてみると、
なんとTM NETWORKは後半の部で、しかもトリの嵐の直前、
つまり最後から2番目という特等席での出演となりました
びっくりしましたよ!
嵐ファンが待ちかねる中で、視聴率一番取れるところじゃないですか!
何かavexのごり押しでもあったの?(笑


演奏曲は「Get Wild 2014」「I am 2013」でした
2曲歌う歌手の多くは昔のヒット曲と最近の曲を組み合わせていましたが、
TMの場合は「Get Wild」「I am」ということになったんですね


まさか「I am」をやるとは!と感激!
テレビでTMだけで新曲を演奏したのって、実に2004年の「Music Fair」「Screen of Life」)以来です
実際は2年前に「SMAP×SMAP」でも「I am」をやっているんですが、
この時はSMAPとの合唱で、むしろ歌はSMAPがメインでしたからね


ちゃんとTMのトークコーナーもありました
(たいしたことはしゃべっていなかったけど)
ただし番組会場の幕張メッセでは演奏せず、
テレビで流れたのは事前に撮影したスタジオ映像でした
まあしかし、大勢のジャニーズファンの中でTMが歌っても反応微妙そうだし、
これはこれでよかったかなと思います


それに3人の周りをレーザー光線が囲むという、
なかなかイカス演出も見れたりしました
3人とも元気そうでした
ウツなんて、「Get Wild」サビのところで一瞬ピョンと飛んでいました
もしかして「Fanks Cry-Max」のケンケンパーダンスの再現!?と思いました
実際はあんなんじゃなかったけど、タイミングがまったく同じだったんで…


演奏は、両曲とも一部だけでしたが、テレビ用にアレンジされていました
まずイントロでは、小室さんのソロで「My Revolution」の歌メロを弾きます
なぜマイレボ!?と思いましたが、渡辺美里さんの誕生日だったんですね
すごい昔ですが、1986年「Fanks Dyna-Mix」ファイナルで、美里さんが見に来ていた時、
「Rainbow Rainbow」の間奏に「My Revolution」のフレーズを入れたことがありました
あれ以来のTM+美里曲コラボでした


その後は、「Get Wild」オリジナルのイントロから歌に入ります
テレビでは「Get Wild 2014」のイントロは長すぎるんでしょうね
ただオケ自体は2014でした
1番を歌い終わると、小室さんがピアノ音色のシンセで間をつないで「I am 2013」に移り、
やはり1番を演奏して終わりました


少々残念だったのは、歌を目立たせるように音を調整したのか、
オケの音が小さく、全体的に迫力が弱く感じてしまったことです
「I am」サビの勢いがライブと比べてかなり控えめな印象を受けましたが、
多分これも音のバランスが影響しているんでしょう


なお私は見損ねましたが、
翌日「Live Monster」で、同じ日の映像(TMのコメント)が少し流れたようです
多分大したものではないんだろうけど、どんなんだったんだろう?


小室さんはテレビ出演の翌日7/13、海外に向けて出発しました
場所はインドネシアです
小室さんは「処女作といえる著作の取材 旅行の最後にある国へ出かけて行きます」とTweetしており
CAROL2の取材旅行のようです


て、あれ?
CAROL2の取材旅行の話は以前していたけど、
この間のロンドンがそれに当たるものと思い込んでいました
実はインドネシアだったんですか!?


インドネシアの某所がCAROL2に出ることも明言しています
これはまったく予想外でした
ロンドンは関係なかったのかなあ
しかしそれなら、ロンドンにはいったい何をしにいったのでしょうか


まあ詳しいことはよく分かりませんが、
ワールドカップも終わり、小室さんもいよいよ休養モードを脱して、
Season2に向けて本格始動となるのだと思います
月末くらいから、音作りを始めるのでしょうか


小室さんがCAROL2の物語を書いている中、
7/31には木根さんの「震・電気じかけの予言者たち」が発売されますが、
発売日の18:00から木根さんが紀伊国屋書店新宿本店8Fイベントスペースでサイン会を行ないます
このサイン会、整理券制のようで、
7/19の10:00時より2階文学・文庫カウンターで予約をすると整理券がもらえるようです
翌日も整理券が余っている場合、電話予約も受け付けるとのこと
詳しくは紀伊国屋書店のサイトでご確認下さい


では本題に入ります
今回からいよいよ2000年です

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小室哲哉は1999/10/25「Yes To Life Festival」で、
TMのアルバムを2000/3/31以前にリリースし、ライブを「桜の咲く頃」に行なうと言っていた
12/30のスタジオライブでも、やはり3/31までにアルバムをリリースし、
それに先行してツアーも始めたいと言っている


2000年の小室のスケジュールを見ると、
たしかにTMに集中すべく考えていたように思える
そこでここでは、1999〜2000年の小室の仕事を通覧してみよう
いわゆるTKブーム終息期に当たる時期である


TM NETWORKの再始動は、
globe「Tour Relation」ファイナルを待って、
1999年5月終わりに公式に宣言された
この後6月にハワイでTM NETWORKのレコーディングを行ない、
7月には2枚のシングルをリリースした


その後は9〜11月のウツの「RENT」公演が終わってから、
本格的活動の準備に入る予定だったと思われる
それは2000年年始の海外でのカウントダウンライブで、
幕を開ける予定だったのだろう


この間に小室は、TM以外のプロデュースワークをひと段落させている
まずglobeは、7〜8月にアルバム「Cruise Record」の制作に入る
本作はBEST+NEWアルバムと言う形式で、
過去の全シングル曲(および「You Are The One」globeバージョン)に新曲を加え、
9/22に2枚組でリリースされた


本作は276.3万枚という、当時の小室としては破格のセールスを実現した
1999年度だけで265万枚を売り、年間3位である
これは実に小室プロデュース作品の中で、
「globe」「Faces Places」「Sweet 19 Blues」に次ぐ4番目の成績である
小室は1995〜97年には毎年アルバムでダブルミリオン記録を出していたが、
1998年には断絶してしまっていた(アルバム年間チャート10位に一作も無し)
それが1999年に復活したのである


ただし小室は宇多田ヒカルを越えると言っていたが、
これは見栄の張りすぎで、同年度の宇多田は、
「First Love」で736.6万枚という日本記録を打ち出している(最終的に765万枚)
また「Cruise Record」は事実上ベスト版であり、
その点ではいかにも過去の業績に頼った成績であった
新曲も11曲収録されるが、歌入りは5曲だけで、
他の曲は事実上インタールードである
なお歌入り5曲中、1曲はリードシングル「still growin' up」
2曲はリカットシングル「biting her nails」とそのカップリング「Shock Inside My Brain」である


1998年の小室はglobeを中心に活動していた
年内に2枚のアルバムを出して、それぞれのリリース後全国ツアーを行なったし、
さらに1999年「Tour Relation」の前には、
リミックスアルバム「first reproducts」のリリースも行なっている


だが「Cruise Record」の後は、
コカコーラの無料招待ライブ「Touch the globe LIVE 2000!」がライブハウスで7公演行なわれたくらいで、
2ヶ月27公演を行なった「Tour Relation」ほどの力の入れようは見られない


しかも2000/3/29には、globeメンバー3人がそれぞれ「globe featuring 〜」名義で、
事実上のソロシングルを同時リリースし、
中でもKEIKOは年内に一人でテレビ出演や2度のソロツアーを行なっている
この過程を見るに、小室は「Cruise Record」を以ってglobeにひと段落をつけ、
KEIKOソロがうまくいきそうな場合には、
3人での活動を休止させることも考えていたのではないか


実際にはその後もglobe3人の作品は発表されるものの、
2000年のシングルリリースに合わせた3人でのテレビ出演やライブはなかった
2000年のglobeは、事実上半休止状態となっていた
globeは2001年から新たな展開を見せるようになるが、
第一期は1999年「Cruise Record」で締めくくられたといえる


これに対して1999年に小室が力を注いだのがTrue Kiss Destinationである
(途中でKiss Destinationと改称)
1999/4/7「AFRiCA」でメジャーデビューし、
その後も立て続けにシングルを出した
globe「Cruise Records」制作後、9〜10月の小室の仕事は、
Kiss Destinationのアルバム「Gravity」の制作が中心だったと思われる
本作はバージョン違いを除くと15曲が収録されるが、
その中の8曲はインディーズアルバム「TRUE KiSS DESTiNATiON」収録曲のリミックスで、
他にも2曲はシングルとしてすでに発表されていたから、
レコーディング時に新たに作詞・作曲を行なったのは5曲だけである
(しかもその中からはさらに2曲がシングルとなっている)
この点では「Cruise Records」に近い作りの作品ともいえる


「Gravity」レコーディングは10/22まで行なわれ、11/17にリリースされた
10月にはTMの「Happiness×3 Loneliness×3」レコーディングとかぶっていたことになる
おそらく小室は、「Gravity」レコーディングに費やす時間を少なめに見積もっており、
「Happiness×3 Loneliness×3」との並行作業も可能と考えたのだろうが、
実際には予想以上に時間がかかってしまったのだろう


Kiss Destinationの活動は、「Gravity」リリースを以ってひと段落する
もちろん小室は恋人asamiのいる本ユニットをこれで終わらせるつもりはなく、
アルバムの成績を見てその後を判断するつもりだっただろう
だが本作のセールスは6万枚にとどまり、ヒットとは程遠いものだった
新曲レコーディングは翌年年始から行なわれたものの、
活動はしばらく落ち着きを見せる


当時小室が継続的にプロデュースを担当したものとしては、
他に安室奈美恵と鈴木あみがあった
小室は「Gravity」制作後の1999年11月から2000年1月には、
2人のアルバムのレコーディングを行なっており、
2000/1/26には安室奈美恵「Genius 2000」
2/9には鈴木あみ「infinity eighteen vol.1」がリリースされている


以上をまとめれば、この頃の小室の主な仕事は、
6月TM→7〜8月globe→9〜10月Kiss Destination→11〜1月安室・鈴木あみとなり、
その間の10〜11月には並行して「Happiness×3 Loneliness×3」レコーディングと「Yes To Life Festival」でTM NETWORK関連の仕事もこなしていたということになる


その後は1/17〜2/1にglobe「Touch the globe LIVE 2000!」があり、
他にも単発のシングルリリースもあったものの、
まとまった仕事はここまでだった
おそらく3月末までにリリース予定だったアルバムは、
2月頃に制作することになっていたのだろう
1999年のウツは、年明け早々からTMのアルバム制作に入ると発言しており、
これを信じれば1月から「Touch the globe LIVE 2000!」と並行して、
TMのニューアルバム制作を行なうことが計画されていたと考えられる


TMは1999年の間にシングルでの既発表曲が5曲あり、
木根の作曲や小室みつ子の作詞も想定されていたはずである
仮にアルバムが10曲入りで、
小室曲7割・木根曲3割の典型的な比率で楽曲が制作されたとすれば、
小室はあと3曲、木根はあと2曲を作れば良いことになる
他に既発表曲のリミックス作業も想定されていただろうが、
それでもアルバム制作は1・2月中には完了する見込みだったのだろう
そしてその後は、TM NETWORKのツアーが計画されていたものと思われる


ところがこの計画は年明けの頃に変更を余儀なくされたらしい
詳しい事情は不明なものの、
1999/12/30には「桜の咲く頃に」行なうと予告していたTMのライブが、
「あじさいの頃」になるかもしれないとのことが、
2000/1/4の小室のメールに書いてあったと、木根は言っている
年末年始の1週間の間に、事態の変化があったらしい


なおメールの文面は「Log-on to 21st Century」のパンフレットに掲載されているが、
まったく手を加えていない原文と考えることは難しく、
細かいところまで信用するのは危険である
たとえば1/7木根メールでは、
「前々から、あなたが言っていたとおり、TM-INTERNET-WORKの時代かも」とあり、
「Log-on to 21st Century」のキーワードTM inter-NETWORKに言及があるが、
TM inter-NETWORKは小室が2000年にROJAM.COMでIT事業を推進したことと絡むものであり、
2000/1/7の時点で「前々から、あなたが言っていたとおり」といわれるものとは考えがたい
メール中でもいかにも取ってつけた一文であり、
おそらくパンフ編集の際に挿入したのだろう


だが木根によれば、ウツは1/8の木根の渡米に先駆けて、
TMが動かないならば夏にソロ活動を行なう意志を木根に伝えていたという
これ以前に小室から二人にTM延期の打診があったことが推測され、
その点でも1/4小室から二人にメールが送られていたことは十分に考えられる


日付や内容を前後の出来事や木根の本と合わせてみても、
メールに書かれている趣旨に顕著な矛盾はなさそうで、
存在しなかったメールを作文してパンフに掲載したことまで疑う必要はないと考える
以下、メールの細部はともかくとして、
メールの存在とそのメイントピックは信頼できるとして話を進めたい


木根は1/8ロスに飛び、小室に会った
1/4のメールを受け取ってから飛行機を予約して渡米したわけではあるまい
タイミングから見て、おそらく木根は、
アルバム制作の打ち合わせのために渡米することになっていたのだろう
そして小室はそれに先駆けて、1/4に木根にメールを送ったのである


小室はロスで木根に、小渕首相から沖縄サミット歓迎式典の演出担当を依頼されたことを告げた
(沖縄サミットは2000/7/21開催)
木根によれば、1999/10/20「Happiness×3 Loneliness×3」謹呈の儀で、
小渕はすでに小室にこのことを告げており、
その後外務省から連絡が入り、12月に正式決定したという


サミットテーマソングである安室奈美恵「Never End」は、
サミットに先駆けて7/12にリリースされ、
チャートで2位、64万枚を売り、年間32位を獲得した
安室が産休からの復帰後に50万枚を越えたのは、
復帰記念シングル「I Have Never Seen」(65.7万枚)と本作のみである
またこれは小室哲哉最後のヒット曲でもあり、
以後小室は本作を越える売り上げを出していない


話を戻すと、小室が木根に話したのは、
式典の準備を全力でやりたいので、TMのライブは難しいということだったと言う
しかしこの理由付けはいかにも不審である
サミットがTM NETWORKの活動にも直接影響するものならば、
当然小室は話が来ていた10月か、決定通知のあった12月の時点で、
他の2人やスタッフにも言っているはずである
これは3人だけの問題ではなく、
レコード会社や事務所も関わる問題なのだから、なおさらである


しかも11〜12月には、
「Happiness×3 Loneliness×3」のレコーディングやPV撮影、
ミレニアムライブのリハーサルと本番、
元旦特番「小室哲哉ミレニアムチャレンジ」など、
3人で会う機会は比較的多かった時期である
1月になって木根と2人で会う時になって初めて切り出す話ではない


またサミットが官邸や役所との煩瑣な連絡を伴うものだとしても、
その公演時間は20分程度で、しかも半年後、7月の話である
この準備のために「桜の咲く頃」=3〜4月のライブが不可能というのは納得がいかない
むしろ小室が提示していた「あじさいの頃」=6〜7月の方が困難だろう
つまり「続・電気じかけの預言者たち」での木根の説明は、
この部分についてははなはだ不自然であり、真実味を感じないのである


だが2000年のTMの活動が不透明になったのは事実である
サミットはおそらく木根がファン向けに書いた言い訳に過ぎないが、
この時小室から木根に何らかの事情が説明され、
それは木根もウツも受け入れざるを得ないものだったのだろう
それがなんだったのかは、別章で触れることにしたい


話し合いの内容はともかく、ロスの小室・木根会談の結論として、
1/20に3人で会うことが決まった
これはglobe「Touch The globe LIVE!」Zepp Fukuoka公演の前日である
実際の会合は、小室の用事のために1日ずれ、
Zepp Fukuoka公演当日、公演開始前に行なわれた
小室はこの時点では、globeのツアーと並行してTM新曲の制作も行ない、
3月のアルバムリリースも実現させるつもりだったと木根は言っている
レコーディングは香港で行なうという案もあったという


だがglobeのツアーが終わっても小室から2人に進捗状況の連絡はなく、
2/10には木根から香港レコーディングの問い合わせを行なったらしい
この時点ですでに年度内アルバムリリースの予定はタイムアップだろう
結局アルバムもライブも年度内には実現しなかった


実はこれ以前2/8には、
ベスト盤「Best Tracks」が3/23にリリースされることが告知されている
これはオリジナルアルバムが出ないことを前提として、
年度内にアルバム1枚のリリースを行なう契約を消化するための措置だろう
ということは、2月初めには、
オリジナルアルバムリリース中止は決まっていたことになる


つまり小室がこの頃TMの新曲を作っていたとしても、
年度内にリリースすることは想定されていなかったのだろう
会合前の1/18には、ウツが小室宛てのメールで、
「桜の咲く頃」のTMライブがなくなったため、
アルバム・ライブを含むソロ活動を再開したいとの旨を伝えている
TMのライブがなくなったということは、
TMのアルバム制作の話もなくなっていたはずである
1/19にはウツがEPIC/SONYスタッフとミーティングを行なっているが、
これはソロ楽曲のリリースと関わるものと考えられる


おそらく1/21の会合の時点では、
すでにTMのアルバム制作とライブの中止は決定済みであり、
それを前提に今後どうするか話しあったのだろう
ベスト盤リリースはその結果と考えられる


ウツはこの時の会合について、
「もう少し落ち着いた時期に仕切り直したい」と小室が発言したことを述べている
「仕切り直し」とは、3月のアルバムリリース中止に他ならない
木根の発言は矛盾が多く、おそらくウツの発言の方が事実に近いのだろう


2000/3/28「コムロ式」最終回より、TMやめてないアピールの小室


1999/10/25に告知されたTMのFC発足の件も、
当初の発足予定だった1月を過ぎても行なわれなかった
ファンクラブ発足はライブ開催が前提だろうから、
ライブが延期になりその後の予定も定まらない状況下で、
なかったことになったのだろう
もちろんその後ライブは開催されたのだから、
その時にファンクラブ始動としても良かったはずだが、
それは現在まで果たされていない


なおVHSとLDでのみリリースされていた「Decade」「final live LAST GROOVE 5.18」「final live LAST GROOVE 5.19」の3点の映像作品は、くしくも1/21にDVD化している
おそらくこの頃にFC発足とライブツアー日程を発表する予定だったのだろう
いわば過去の記念的映像作品をリリースすることで、
TMの本格始動を盛り上げようという計画だったと考えられる


ウツ・木根は2月にはともに夏のソロ活動に向けて準備を始めている
ウツはソロアルバム「White Room」のレコーディングに入り、
木根も「talk & live vol.6 えんぴつを削って」の打ち合わせを行なった
(公演日はは2000/6/19〜27)


ウツはレコーディングを始める前にスタジオミュージシャンなどを手配する必要もあり、
1月には各方面に声をかけて準備していたはずである
ウツはTM本格始動の暁にはTMに軸足を置く予定だったのであり、
ここで1998年夏以来2年ぶりにソロ活動を再開させた意味は重い
結局TM存続の如何は別にして、
1992年以前のようにTMを中心にした活動は困難であると、
メンバー自身が見切りをつけざるを得ない状況になったのである
その後ウツは現在までTMの活動の有無にかかわらず、
ソロの音楽活動を継続的に続けている


なおTM3人は2/19にもミーティングを行ない、
ウツがEPIC/SONYからTRUE KiSS DiSCに移籍することが決定された
そして翌日から5/17にかけて、ウツはソロアルバムのレコーディングを開始する
これは「White Room」と題して6/21にリリースされた
5/24には先行シングルとして「Flush」がリリースされている


「White Room」は藤井徹貫の考えたシナリオに基づき、
アルバム全体で一つのストーリを構成するコンセプトアルバムだった
当時ウツはこれをSuite Albumと呼んでいた
1/28にはウツと徹貫がEPIC/SONYスタッフとミーティングを行なっており、
この頃には大まかな方針は決まっていたと見られる
徹貫のシナリオは後に小説「White Room」としても発売されている


ウツはこれ以前、1999年の間に、
ソロ楽曲を募集して時折レコーディングも行なっており、
8月には年内にシングルを出す予定も発言していた
おそらくこの頃に蓄えていた楽曲に、
コンセプトに合った作詞・アレンジを施したものが、
「White Room」に収録されたのだろう


結果は33位、1.5万枚で、オリジナルアルバムでついに20位圏外となった
前作「fragile」(17位、2.7万枚)から2年のブランクということもあり、売上は半減した
一方アニメタイアップのついた「Flush」は25位、2.2万枚で、
シングルの方が売れたという珍しいパターンである
だがいずれにしろこの作品については、
ウツがやりたいことをやったという印象であり、
それはそれでよかったのだと思う


「Tour White Room」はZeppクラスのライブハウスを全国11箇所回るツアーだった
これまでのウツはホールツアーだったが、
この時からは現在まで、もっぱらライブハウスツアーを行なうようになる
日程は7/8〜8/8の1ヶ月で11公演だった
サポートはギター葛城哲哉、ベース木下裕晴、ドラム山田亘、キーボード佐々木真理の4人である
木下は元L⇔Rのメンバーである
葛城は実にT.UTU with The Band以来のサポート復帰である


ウツとサポート4人には、それぞれ小説に沿った役名も与えられた(ウツはJ)
ライブオープニングではステージの前に白いブラインドが吊られており、
ステージ上が「白い部屋」であることを示しているのだろう
曲間にもストーリーに即した演出が入るなど、趣向を凝らしたライブだった
おそらく2度の「RENT」公演に刺激されたものであろう


話はウツソロに逸れてしまったが、
再びTMに戻ってみると、
2000年に入ってTMの活動が急にストップしたのはなぜだろうか
すでに話がかなり長くなっていることもあり、
この点については次章で触れることにしたい

(2014/7/17執筆、2016/6/6加筆)

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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 13 / トラックバック 0 / コメント 11


6-11 TM NETWORK再始動へ向けて

2013/12/28 01:31
BD/DVD「START investigation」
一週目のチャートではBD5752枚、DVD1489枚となりました
特典付きがBD版しかなかったため、
セールスがBDに集中する形になったようです


去年の「incubation Period」は一週目にBD5780枚・DVD3433枚を売ったので、
BDはほぼ同じ、DVDは半分以下に減少となりました
セールス全体が前回に及ばなかったのは、
前回が特別なライブだったことと、
今回はウツの体調を考慮しての特殊演出があったことから、
仕方ないところがあるでしょう


なお「incubation Period」はBD3位、DVD10位を獲得しましたが、
今回はBD8位、DVD28位となりました
DVDはともかく、前作とほぼ同じ売り上げのBDもランクを下げたのは、
この一年のソフト数の増加によるところが大きいでしょう


ただ上位の多くは映画やアニメ作品で、
音楽チャートではBD3位、DVD10位となっています
さらに最近オリコンでは音楽BD・DVDの総合チャートができたようで、
こちらでは5位でした
実質的に意味のあるランクは、この5位でしょうかね
1〜4位は水樹奈々・2PM・いきものがかり・シドでした


今週は音楽BD・DVD総合チャートの上位9作品がすべて初登場で、
今作のランクはめぐり合わせも悪かったともいえます
まあ、あえてこの週にリリースしたのは、
ランキングにこだわっていなかったためもあるのでしょう
ちなみに2週目は、
公表されている音楽DVD30位内(30位1127枚)・音楽BD10位内(10位2532枚)には入っていませんでした
1週目で7200枚強を売ったことを考えると、
総売り上げは7500〜8000枚くらいになるのでしょうか


ソロ関連では12/23、
木根さんのクリスマスライブ「Wonder Three」が開催されました
Green Daysのレポによれば、半分弱がTMの曲だったようです
まあ珍しい曲はなかったみたいですね
以前の年越しライブの「一途な恋」とか、
葛城さんとのコラボライブでの「Time To Count Down」みたいなのは…
ラストは「Remember Me?」のようです
ライブレポには「RESET」が書いていませんが、やらなかったんでしょうか


5月の宣言によれば、木根さんのソロの音楽活動は、
これにて一区切りということになります
来年はTMに専念することになるのでしょう
まあ再来年はひょっこり再開とかするかもしれませんが…


しかし木根さん、Twitterでもブログでも、
RESET宣言に関わる発言をまったくしていません
「"RESET" Tour」「Wonder Three」の記事はあるのに)
これはこれで、何か物足りない感じもします
大晦日か年明けくらいに何か発言があるのかな?


あと来年2/1の小室さんと坂本美雨さんのコラボライブ、
結局一般は瞬殺で取れませんでした
もしもいけなくなったという方がいらっしゃれば、
定価でお譲りいただけるとうれしいです
連絡は以下までお願いします
>tm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%を@に変える)


さて、本題に入ります
タイトルを見れば分かるように、
今回の記事でTM NETWORKは復活します


正直、最近のここはTMブログではありませんでしたし、
書く方も感情移入しづらいため、つらかったのですが、
やっとTMの話が書けます
今年の更新はこれにて終了ですが、
来年の記事では第六部最後まで基本的にTMの話が続きます!

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1999/3/27、国立競技場、
Jリーグのヴェルディ川崎vs鹿島アントラーズ戦開幕前のセレモニーで、
木根尚登が観衆の前に登場し、マイクを取った

こんにちは、木根尚登です。僕はサッカーを愛する一人として、ヴェルディの復活を強く願っています。ヴェルディの復活は、Jリーグはもとより、日本のサッカー界の発展をもたらすと強く信じております。そこで大変微力ではありますが、僕たちTMNとして、ヴェルディの応援ソングを歌わせてもらうことになりました。これからもヴェルディ、そしてJリーグを、本当に盛り上げていきたいと思っています。また選手の皆さんも大変な時期とは思いますが、一つ一つ乗り越えて、優勝に向かって頑張ってほしいと思います。またサポーターの皆さんもより一層の応援をよろしくお願いします。どうもありがとうございました。




ここで木根が述べたように、
TMNは1999年、ヴェルディのサポートソングを担当することになった
これがTM NETWORK(当時はTMN)復活記念曲「it’s gonna be alright」である
この時点では曲名も決まっておらず、リリース情報も明かされなかったが、
曲は45秒だけ会場に流された
スクリーンには「TMN 4001 Days Groove」の映像が映され、
「Song by TMN」と明記された


実はヴェルディの件は、
本来EPIC/SONYから木根ソロの話として持ち込まれたものだった
サッカー好きのミュージシャンとして木根に声がかかったものだという
木根は「続・電気じかけの予言者たち」で、これを1998年終わりとするが、
magnetica会報では1999/2/1のこととしている
打診の段階と正式な依頼の段階の差かもしれない


2/23には木根とEPIC/SONYスタッフのミーティングがあったが、
その時スタッフが、これをTMNで引き受けることを提案した
木根はそのことは念頭になく、驚いたと言うが、
このことをゆっくり考える時間はなかった


というのも、本来この話は1999年Jリーグの2ndステージ(8〜11月)用に依頼されたものだったが、
2/26になって、できれば1stステージ(3〜5月)もお願いしたいという話になったのである
1stステージ用楽曲の締切は3/13で、かなり急な話だった
ただし1stステージが3/6スタートだったことを考えると、
本来の楽曲締切は2月中だったはずである
おそらく本来の担当ミュージシャンが締切に間に合わなかったために、
木根に代役の打診が来たものだろう


そこで木根はこの件を相談するため、小室に会いたいと伝えて連絡を待った
小室から木根に電話が来たのは2/28で、
木根のサッカーチームHot Legsの試合中のことだった
小室は府中でglobe「first reproduct」のレコーディング中で、
木根実家の近くにいるから、今から会おうというのである
実際には木根は山中湖で試合をしていたのだが、
一刻も早く話をしたかったため、試合を途中で抜けて府中に向かった


日はすでに変わって3/1になっていたと思われるが、
木根はヴェルディサポートソングをTMNで引き受けることを提案した
小室は3/10からglobeの「Tour Relation」を控えており、
かなり厳しいスケジュールだったが、この話に乗り気だった
そこで木根は翌3/2、ウツを西麻布に呼び出しこのことを告げた
ウツは驚きながらも了解したという


小室は3/11から3/12に日が替わる頃から、
スタジオで約50秒分の音源制作および作詞を始めた
「続・電気じかけの予言者たち」は30秒とするが、当時のmagnetica会報に従う)
3/12には小室が作ったデモトラックに合わせ、
木根とウツが別のスタジオで歌入れを行なった


ただウツはこの頃風邪気味だった
そこで風邪薬を飲んだところ、薬が体質に合わず、
意識を失って家の玄関で倒れ、クチビルなどを腫らしてしまったため、
口を大きく開けられない状態での苦渋の歌入れとなった
このボーカルトラックは小室に送られ、
トラックダウンされて3/13早朝に日本テレビに納品された


考えてみればTMN「終了」シングルの「Nights of the Knife」も、
ウツがノドの調子が悪い中でレコーディングされたものだったが、
再結成曲も同じことになったわけである
なんとも幸先悪いスタートになったものである
ウツ曰く、がけっぷちのレコーディングベスト3に入ると言う


なおこの時点でどの部分がレコーディングされたのかはよく分からないが、
冒頭のサビの部分で50秒あるので、あるいはここだろうか
正直この部分だけだと、歌詞はほとんど「LaLaLaLaLa」だけで、
会場は大変微妙だったのではないかと思う


ともかくこの5年ぶりのTMN新曲「it's gonna be alright」は、
翌3/14、ヴェルディ川崎VSセレッソ大阪戦の中継後、
曲名もTMNの名も伏せてテレビで流された
そして冒頭で触れた通り、2週間後の3/27には、
木根によって国立競技場でTMNの曲であることが明らかにされたのである
1997年の再結成宣言以来遅々として進まなかったTMN再結成は、
こうしてようやく動きだした


TMN再結成の実行は、1998年の間もメンバーは気にしていた
おそらく秋の間には電話などで、
1999年に再結成に向けて動くことを確認はしていたのだと思う


一つには、ウツのベスト版「The Best “Files”」が、
1998/12/12にリリースされていることがある
そこにはT.UTU、BOYO-BOZO、宇都宮隆名義の曲以外に、
TMの「Get Wild」「Still Love Her」「Love Train」も収録された
TKプロデュースの「discovery」「if you wish...」もアルバム初収録となった


TM NETWORK/TMNの楽曲を3曲も入れるのは、
ソロのベスト版としてはかなり異例だろう
これは売り上げを期待したものというよりは、
TMメンバーとしてのウツの経歴を強調する意図から出たものではないか


また本作はソロの歴史をここでいったんまとめる意図もあったと思われる
ウツは6月の「Tour fragile」終演後、
9〜12月の「RENT」公演を挟みながら、
翌年のソロ活動の予定は入れていなかった
ウツは後に、TM復活後はそちらに軸足を置くつもりだったと発言しており、
本作のリリースは翌年のTMN再結成を前提としていたものである可能性がある


1998/11/14発行のmagnetica会報には、
「TMN再活動には前向きです」と始まる小室のインタビューが掲載された
おそらく10月下旬前後のインタビューだろう
大したことは言っていないが、
要するに活動を再開するタイミングを待っていることが主張されている


ここで小室がインタビューに登場したのは、
この時点でTMN再結成の見込みが高くなっていたからであろう
おそらくTMNは「RENT」公演終了後に再結成の準備を始めることが、
3人の間で合意されていたものと考えられる
そしてこれを踏まえて、
12月の「The Best “Files”」リリースが決定したのだろう


再結成の動きが最初に目に見える形で示されたのは、
1999年元旦放映の小室哲哉特番「TK Presents Nice Dream」である
この番組の一コーナーで、ウツと木根が出演したのである
このコーナーでは3人で「Seven Days War」が演奏された
小室がピアノ、木根がアコギというアンプラグドライブである
「ラーラー」のコーラスは小室の生歌だった
ラジオ・テレビ・ライブすべてを含め、
3人が一つの場に集まって演奏をしたのは、
1994/5/19の「終了」ライブ「TMN 4001 Days Groove」以来のことである


また番組の最後では、小室ピアノを伴奏に、
出演ミュージシャン全員で「You Are The One」が演奏された
1997年元旦のライブでは木根は参加したがウツはVTR映像での参加である
だがこの時には二人ともちゃんと出演して歌った
3人の生「You Are The One」が実現した唯一の機会である


なおこの時には小室ファミリー自体の減少もあり、
一人当たりの担当時間がオリジナルよりかなり増えている上、
参加ミュージシャンも原曲とは様変わりしている
現役小室ファミリーで不参加なのは、
産休からの復帰直後の安室奈美恵、
すでに小室と破局していた華原朋美(破局自体は未公表)、
台湾人のRing、小室よりも格上の甲斐よしひろがいるが、
それらを加えても1997年と比べるとかなり寂しい印象である
以下に各パートの担当者を書いておく


1番Aメロ:KEIKO
1番Bメロ:宇都宮隆
1番サビ:asami
2番Aメロ:鈴木あみ・未来玲可(合唱)
2番Bメロ:木根尚登
2番サビ:tohko
ラップ:Marc Parther(途中で番組放送終わり)


3人が一同に会したのは、
1997年12月にTMN再結成の意志確認をした時以来だった
ただこの時は木根が風邪を引き40度の高熱を出してしまったため、
大した話はできなかったようだ
木根は番組が終わると、すぐにマネージャーの車で帰宅した


ウツはこの時、小室とスケジュールを調整し、
1/14に2人で打ち合わせを持った
木根によれば、この時に小室はこのような趣旨のことを言ったという
「今年こそ絶対にTMを動かしたいね」
さらに2/11、ウツと木根はFM大阪「Jay-Land Shuffle」に出演したが、
この時小室もロスからメッセージを送り、
「TMのことは前向きに考えています」と発言している


この時点ではTMN再結成の具体的なスケジュールは未定だったらしい
おそらく小室はこれを元旦に3人で相談をするつもりだったのだろう
(木根の風邪でできなかったが)
小室としては、再結成のタイミングがこれ以上遅れてしまうと、
TMNも忘れられてしまうと考えたらしい
それはおそらくウツも木根も抱いていた危惧だっただろう


ただウツは1998年のミュージカル「RENT」が思いのほか好評で、
千秋楽日の打ち上げで、プロデューサーから再演の出演も依頼された
その日程は9/17〜11/7で、リハーサルも考えると、
7月から11月初めのウツは、これにかなり拘束されることになる
再演ということもあり、初演と比べると負担も小さかっただろうが、
それでも9・10月にTMの本格的な活動を期待することは難しくなるだろう
おそらく1/14の小室・ウツ会合は、
「RENT」再演依頼の諾否の相談が主眼だった


結論として、小室はウツの「RENT」出演を前提にスケジュールを組むことになった
小室としてもTrue Kiss Destinationの活動が計画されていたから、
1年をフルでTMNに使うつもりも無かったのだろう
この話はまもなく木根にも伝えられたようだ


この頃から木根のTKプロデュース作品への関与が再開するのも、
TMN再結成方針の具体化とも連動するものだろう
具体的には1999/3/17リリースの未来玲可「海とあなたの物語たち」に、
木根が「One Sided Love」を提供している
大賀埜々「little bit of love」(シングル「orange」カップリング)以来のことである
なお1998/2/18リリースの「little bit of love」は、
リリース日から考えて1月以前にレコーディングされたはずで、
ちょうど1998年のTMN再結成が計画されていた頃の楽曲提供だったことになる


さて、小室・ウツ会談の時点で、
globeの「Tour Relation」が3/10〜5/25に開催されることは決定済みだった
これにウツの「RENT」の日程を考えれば、
TMNが実質的に動ける期間は6〜8月ということになる
おそらくTMN再始動は夏に短期的に行ない、
「RENT」が終わった頃に本格始動という計画だったのだろう


なお小室は「Tour Relation」以前に、
True Kiss Destination「True Kiss Destination」、globe「first reproducts」、鈴木あみ「SA」などを作成しており、
「Tour Relation」と並行してTrue Kiss Destinationのシングルをレコーディングし発表した
TMN再始動はこの後からという筋書きだったのだろう


ただこれ以前の1997年末、
1998年夏のアルバムレコーディングを計画したにもかかわらず、
その後小室に予定が入って話が流れてしまったことを考えると、
1999年1月に、6月頃からのTMN再始動を計画したというのでは、いかにも心配である
再び思わぬ仕事が入って話が流れてしまう恐れも十分に考えられただろう


あるいは木根が2月に緊急のタイアップの話を持っていったのは、
TMNを無理にでも動かすための「保険」だったのかもしれないし、
小室もその点を意識して、
厳しい日程の中で「it's gonna be alright」を制作したのかもしれない
締切間際の話だったのは、小室をすぐに動かすためにはむしろ有効だっただろう


「it's gonna be alright」レコーディングの後、
小室はしばらくglobeのツアーやTrue Kiss Destinationに専念していたが、
木根とも連絡は取っていたようである(ウツとも取っていただろう)
ただ3月下旬から4月はTMにはほとんど動きがなかった


だが小室は4/21〜28の「Tour Relation」大阪城ホール7公演を終えた翌日、
4/29には東京芝のスタジオに入り、
翌日にかけて「it's gonna be alright」フルバージョンのオケ制作を行なった
木根は小室と同じスタジオにいたが、
ウツは別のスタジオで歌入れを行なったものらしい
この時点でウツはBメロとサビの歌入れを行なっている
(ただし後にシングル化されたのはさらに歌入れし直したもの)


さらにウツ・木根は5/8、「Tour Relation」マリンメッセ福岡公演を見に行き、
その後3人で打ち合わせの場を持った
おそらく1997年以来、3人でのまともな会合はこれが初めてだろう
この時に、復活第一弾シングルを「Get Wild」リメイク版とすること、
および復活名義をTMNではなくTM NETWORKとすることが決定された
(3/27の木根の国立競技場での発言ではまだ「TMN」である)


この頃から2000年まで、小室はTM作品では「humansystem」推しだったが、
これはまさしくTM NETWORK期を代表する一枚である
TM史上最大の知名度を誇る「Get Wild」もTM NETWORK期の楽曲で、
再結成するに当たってはTMNよりもTM NETWORK名義の方が、
より受けが良いと判断したのだろう


またこれは冗談だろうが、
小室はTM再結成と「TMN終了宣言」との矛盾について、
「TMNは終了したがTM NETWORKは終了していない」という屁理屈も使っている
さらに2012年の活動を思わせる発想だが、
TM NETWORKは1999年に結成され、
タイムマシンで1984年の世界でデビューしたという筋書きも一案として提示された


こうしてついにTM NETWORK再結成の計画が具体化したこの日、
ウツ・木根は小室主催のクラブイベント「True Kiss Destination Nite」に同行し、
ステージに上って、TM NETWORK復活を宣言した
日付はすでに5/9になっていた
この時フロアには「Love Train」「Get Wild」「Self Control」が流され、
ウツも少し歌を披露したという
こうしてTM NETWORK再始動への動きが、現実の日程に上ってくるのである

(2013/12/28執筆、2016/5/4加筆)

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6-10 小室哲哉、avexとの決別

2013/12/02 02:25
前回告知しましたが、当ブログの12/30池袋忘年会は12/22締切です
申し込み先はtm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%を@に変える)です
参加希望者は1.名前(本名でなくても可)、2.性別、3.携帯アドレスをご連絡下さい


さて、BD/DVD「START investigation」の収録内容と、
BD限定版の付録とmumoの特典が、11/20に発表されました

01.Opening
02.Children of the New Century
03.MISSION PART1
04.IGNITION, SEQUENCE, START
05.BEYOND THE TIME
06.Human System
07.Here, There & Everywhere
08.She was not a human
09.Green days 2013
10.A Day In The Girl's Life <CAROL組曲>
11.Carol (Carol's Theme T) <CAROL組曲>
12.In The Forest <CAROL組曲>
13.Carol (Carol's Theme U) <CAROL組曲>
14.The Other Side Of The Future <CAROL組曲>
15.Just One Victory
16.Diner Opening "You can Dance"
17.Jam Session
18.一途な恋
19.DIVE INTO YOUR BODY
20.COME ON EVERYBODY+Come on Let's Dance
21.Be Together
22.Get Wild
23.Dawn Valley
24.RESISTANCE
25.Love Train
26.Ending "Fool On The Planet"

<Special>
・I am
・Tetsuya Komuro Movie Commentary(初回生産限定盤Blu-ray Discのみ収録)
・「TM NETWORK CONCERT -Incubation Period-」発売記念スペシャルイベント@渋谷公会堂(初回生産限定盤Blu-ray Discのみ収録)


かなり意外なのですが、
あの「You Can Dance」は一曲になるんでしょうか?
あと「Green Days」の前の寸劇の曲、
「She was not a human」っていうんですね
特典については、渋谷公会堂イベントの映像は、
どの程度収録されているか謎ですが、嬉しい追加ですね
そういや、あの時に流していた「新曲」はどうなったんだ…


そしてmumoの予約特典ですが、これが衝撃でした
具体的には「Get Wild」「I am」のライブ音源入りCDです
これmumoのサイトによれば、「Blu-ray Disc / DVDに収録されている、さいたまスーパーアリーナで披露したライブ音源になります」とのことです


って! なんじゃよ! このゴミクズは!


ええ、私、これを注文してしまいましたよ
mumoで注文するとamazonより3200円高くなるのですが、
その分でBDの音を2曲分抜き出したゴミCDがもらえるのですか…
私、特典の内容がダメならキャンセルしようと思っていたのですが、
特典発表と同時にキャンセルできなくなっていました
明らかに特典が無価値なことを自覚した措置です


mumoには20日までに注文すれば発売日発送と書いてあったのですが、
その日になった途端ゴミクズ発表&キャンセル不可とは、こいつはやられました
まさにavex商法にひっかかったという感覚でいっぱいです
こんなあくどい商売を躊躇なくできるなんて、マジ油断なんねー
今後注文する方、mumoで予約しても良いことはまったくありませんから
amazonか楽天かHMVあたりでお買い上げ下さい
DVD・BDとも、12/11発売です


そして来年のTM30周年についても、少しずつ動いているようです
小室さんが11/28の00:01(11/27の深夜)に、
「明日はおじさん3人組の、お仕事を引き続き、進めますね。」
Tweetしています
小室さん一人でやっているのか、3人で打ち合わせしているのかは分かりませんが、
少なくとも11/27以前には何かが始まったようです


なお来年のTMの話について、先々週の「Radio Digitalian」で少しコメントがありました

いよいよ来年は30年ということで、おかげさまで宇都宮君も僕も木根さんも、みんな健康状態が良くなってきて、来年に備えて準備を整えていますので、はっきりはいえませんが、いよいよ来年は、来年の4月21日からは30周年なので、それ以降ですかね、以降から1年間、いろいろなところに、いよいよ動くんじゃないかと言う気がします


これを見るに、もしも問題がなければ、来年は4月以後に全国ツアーが開催される予定のようです
おお! やっと!
2008年の「SPEEDWAY and TK Hits!」以来6年ぶりの全国ツアーが!
これはできる限り大々的にやってほしいですね!


その他ソロ関連では、小室さんは、
12/4に「FNS歌謡祭」、12/7に「白黒歌合戦」に出演します
また木根さんは「"RESET" Tour」が終わりました
これで残すところは12/23のクリスマスライブのみですね
なお「"RESET" Tour」最終公演は、来年DVDになるそうです


では本題に入ります
宣言しておきますが、今までで一番痛い話です

---------------------------------------------------
1997年後半は、プロデューサー小室の折り返し地点となった
小室がTKブームを作り出したavexと対立してしまったのである
1995年夏まで、trfを中心としていた第1期、
globe・安室・華原を中心にヒット曲を量産した第2期を経て、
これ以後TKブームは末期の第3期となる


第1期TKブームの始まる中で「終了」したTMNは、
ブーム最盛期の第2期に再結成の兆しを見せ、
ブームが終息する第3期になってTM NETWORKとして復活する


avexの松浦勝人によれば、TKブームの時代、
小室は業界の経営陣から有利な条件を出させるため、
複数の関係者を競わせるという方策を取ったらしい
小室の周辺には様々な権利関係が入り乱れていたが、
小室はそれに振り回された側面もあると同時に、
利用しようともしていたわけである
こうしたことが積み重なり、小室と松浦の関係は険悪になったのだろう


小室とavexの関係が特に悪化したのは、
1997/3/1〜24「globe@4_domes」の後らしく、
松浦によれば、この頃から小室は人が変わったように傲慢になったという
だが小室との決別を最初に決意したのは松浦ではなく、
松浦の盟友だったホワイトアトラス(avex系の芸能事務所)の千葉龍平だった


「globe@4_domes」でピアノソロ「Time To Count Down」


1997年7月、何があったのか分からないが、
千葉は電話で小室と何らかの話をして大喧嘩になった
その結果千葉は小室の周りから、
ホワイトアトラス関係者をすべて引き上げさせることにした
当時小室のマネージャーだった伊東宏晃は、
ロスアンゼルスで小室の身辺の世話をしていたが、
千葉はこれに対しても帰国を命じ、
小室か自分かどっちを取るか迫ったという


すでに小室への反感を高めていた松浦は、千葉側についた
EPIC/SONYの丸山茂雄は小室とavexの仲介を試みたが、
松浦・千葉はそこで提示された条件をすべて断り、
以後小室抜きでやっていくことを決意する
以後a-nationなど仕事で小室と接触することはあっても、
和解は実に小室逮捕後の2009年まで行なわれなかった


当時小室関連楽曲はavexのセールスの半分以上を占めており、
小室との決別の決断は大変なものだったと思われるが、
必ずしもビジネスのみでは動かない松浦・千葉の人間性も感じさせる
なお千葉は事の責任を取ってホワイトアトラス社長を辞任したが、
顧問役として実質的な指導権は維持した(社名はアクシヴに改称)


1996年の小室作品は、レコード会社・レーベルに関わらず、
ほぼすべてavex系のプライムディレクションの管理下でリリースされていた
だがこの体制は小室とavexの決別の結果、事実上崩壊した
小室は古巣のSONYを拠点に体勢の再整備を行なうが、
それまで頼っていたスタッフで別れを告げざるを得なくなった者もいたに違いない


もっともavex系TKファミリーの所属事務所は、
必ずしも一枚岩だったわけではない
そのため以後もavexからはTKファミリーの楽曲がリリースされる
だが千葉が直接関わっていたTRFとhitomiは、
すでに契約済の仕事が終わるとともにTKプロデュースから外された


TRFは1997年には新曲リリースがなかったが、
1998年元旦にベスト版「WORKS」をリリースしてTK時代の総決算をし、
2/18からは4ヶ月連続で3枚のシングルと1枚のアルバムをリリースした
さらに1999年にかけては5枚のシングルと1枚のアルバムをリリースしており、
1997年とは打って変わって非常に積極的な活動が見られた


作曲者としてはDJ KOOの他、富樫明生・木村貴志・菊池一仁など、
avex生え抜きのミュージシャンが登用されている
ただしセールスをアルバムで見ると、
「WORKS」100.1万枚、「UNITE」18.3万枚、「LOOP#1999」9万枚と、
またたく間に数字を落とし、
2000年以後は活動が停滞する


一方hitomiは、1997/11/12リリースの「deja-vu」までTKプロデュースが続いた
7月以前にシングル「Busy Now」「problem」の2枚がリリース済で、
アルバム作成までの契約も済んでいたためだろう
翌年4/22にはhitomi自身の作詞・作曲に成る「空」がリリースされる
これは久保こーじプロデュースで、小室の人脈ではあるが、
TKプロデュースの名前は用いられなかった


1999/2/24にベスト版「h」をリリースしてTK時代に決着をつけた後は様々な作曲家を登用するが、
この頃になると「WISH」「there is」「体温」など、
TK時代とは別の魅力ある楽曲が多く発表される
同年のオリジナルアルバム「thermo plastic」を聴く限り、
セールス面はともかく、千葉は小室に“勝った”と感じる
さらに2000〜02年にはTK時代に匹敵する売り上げを実現した
小室のイメージが極めて強かったTRFと違い、
それが薄かったhitomiは、脱小室に成功したといえる


以上2組以上に複雑な経緯をたどったと思われるのがglobeである
というのも、globeはKEIKOが千葉のホワイトアトラス所属だが、
Marc Pantherはピムコーポレーション所属で、
千葉の一存ではその去就を決められないからである
その巨大なセールスを考えれば、
活動継続に当たっては様々な綱引きがあったはずである


1997年夏から1998年初めまで、globeの活動は極めて低調だった
それまでのglobeのアルバムのリードシングルを見るに、
1st「globe」は5枚、
2nd「Faces Places」は4枚(他にリカットシングルも1枚)に及び、
このシングル詰め合わせのお得感がglobeの巨大セールスの一因でもあった


ところが3rdアルバム「Love again」のリードシングルは、
1997/10/15リリースの「Wanderin’ Destiny」一曲だけである
この曲はドラマ「青い鳥」(10〜12月放映)の主題歌だが、
このタイアップはドラマ制作中の夏には決まっていたはずで、
その突然の中止・差し替えはavexの信用問題からも不可能だったのだろう


だが「Wanderin’ Destiny」はPVの作成もなく、
TV出演などのプロモーションもほとんどなかった
その後もglobeは活動らしい活動がない


アルバム「Love again」のリリースは年度内最終日1998/3/31で、
リードシングルとしてリリースされるべきタイトルチューン「Love again」も同日発売された
業界の常識では、有力な新譜はオリコン集計日(月〜日曜)を念頭に置いて、
水曜リリース(実質的には発送日である2日前の月曜日から発売)にするものだったが、
「Love again」は火曜日リリースという異例措置だった
このため「Love again」は一週目は日曜日分30.3万枚しか集計されず、
3/25水曜リリースのスピッツ「フェイクファー」31.3万枚に敗れて2位となった
(翌週=発売2日目〜8日目は54.2万枚で1位を獲得)


もっとも1stアルバム「globe」も日曜3/31のリリースであり、
発売日のみで「Love again」の異常さを強調するのは不適切かもしれない
だが「globe」の場合は水曜日3/27にリードシングル「FREEDOM」がリリースされており、
年度内リリースと言う縛りの中で計画的に(戦略的に)設定されたものだったように見える
これに対して「Love again」リリース日の遅れには、
globeをめぐる状況の混乱が背景にあったようである


本作のレコーディングはロスの小室と日本のKEIKO・Marcの間で、
わずか10日程度で行なわれた
(もちろんオケ作成はそれ以前からロスで行なわれていただろうが)
しかもその完成は、リリース6日前の3/25(水)だった
リリース1ヵ月前までにはレコーディングを完了するのが通常であるにもかかわらずである
ジャケットなどは先に作ってあったとしても、
CD100万枚のプレス・梱包・配送を4日後の日曜までに済ませたことは驚くべきで、
各所に相当の無理をさせて実現させたものと思われる
またその内容も、1st・2ndと比べると満足なものとは言い難く思う


この日程はリリース日以上に異常である
おそらくglobeの3rdアルバムについては、
直前まで権利関係の調整に手間取り、
リリース中止や活動休止も十分にありえる状況だったのだろう
これがTMN復活宣言のその後に混乱をもたらした可能性があることは、
前章で述べた通りである


実際にMarcは「Tour Love again」パンフで「Wanderin’ Destiny」について、
「ちょうどglobeが、ばらけてしまっていた時期もあり、運命をさまよっている、そんなことを考えていた」
というコメントを書いているらしい


この「ばらけてしまっていた時期」とは、
「Wanderin’ Destiny」制作から「Tour Love again」開始の間、
すなわち1997年秋頃から1998年7月以前のある時期のはずである
おそらく上記の「Love again」リリース前の混乱に対応するものだろう


なお1997年5月の小室の台湾ライブにglobeとして参加したKEIKOが、
11〜12月の中国ツアーに参加しなかったのは、
小室と千葉の関係が背景にあった可能性がある
TRFも台湾ライブに参加しながら中国ツアーには参加していないが、
KEIKOとTRFがともに千葉の関係者であることは果たして偶然だろうか
(千葉の影響下にないMarcは参加している)
しかもKEIKOは、当初は参加予定だったにもかかわらず、
体調不良という不自然な名目で出演が中止になっている
またglobeは1996・1998・1999年には「紅白歌合戦」に出演したが、1997年だけ出演していない
これもやはり同様の事情で出演できなかったのかもしれない


これに対して安室奈美恵はライジングプロダクション、
華原朋美はTK State所属で、ホワイトアトラスと関係がなく、
レーベルも安室はavexだが、華原はPioneer系のorumokだった
したがってavexの件はさほど影響しなかったと思われる


なお華原は1998年、orumokからワーナーミュージックに移籍する
これによりorumokには現役所属ミュージシャンがいなくなるが、
会社自体はfactoryorumokに改称して存続させた
この事情はいまだによく分からないが、
華原周辺からデビュー以来の人脈(avex関係者も含め)を排除しようとしたものかもしれない


華原の移籍第一弾シングル「tumblin’ dice」は1998/6/17にリリースされたが、
これは松浦が関わっていたEvery Little Thingの「Forever Yours」リリース日と同日である
これは小室側が仕掛けたもののようで、松浦は小室の仕打ちに怒ったという
ただしこの時はEvery Little Thingが1位を獲得し(華原は2位)、
セールスも初動でそれぞれ20万・11.1万という大差がついた


さらに安室・華原の二人は、まもなく退場を余儀なくされる
まず安室は1997年秋に妊娠が明らかになり、
10/22にTRFのSAMとの結婚と産休が発表された
安室は同年の紅白歌合戦を以って1年間音楽活動を休止する
1998年末からは活動を再開し、一定のセールスを保つものの、
そのファッションカリスマの地位は次第に浜崎あゆみに奪われた
(今では奪い返した感もあるが)


華原は1997/9/18「たのしくたのしくやさしくね」あたりから、
セールスが下降傾向を示す
1998年、ワーナー時代の華原のシングルは20万枚にも届かず、
1998/11/26リリースの3rdアルバム「nine cubes」も、
5位、26.1万枚の成果に留まった
2nd「storytelliing」の136.6万枚と比較すれば、
安室・globeと比べても凋落が著しい
もともと小室の恋人というブランドで売れていたところがあったため、
TKブームの沈静化をもっとも直接に受けてしまったといえるかもしれない


小室が頻繁に海外に行くようになったことも影響しているのだろうが、
1998年には華原と小室の関係がうまくいかなくなり、
華原はテレビでの行動・言動におかしいところが散見するようになる
12月には小室との関係が最終的に破局を迎える
直接の契機は華原の浮気だが、小室とasamiの関係もあるだろう
1999年以後の華原は精神を病んで入院を繰り返し、
以後再起まで長い間悲惨な日々を送ったことは周知の事実である


華原は1999年5月に事務所を移り、
年内は松浦勝人プロデュースで活動を行なった
松浦期最初のシングル「as A person」の曲名は、
明らかに小室へのあてつけだろう
(「A(一人)」が大文字なところも含め)


そのリリースは1999/7/22とされ、
TM NETWORK再始動第一弾シングル「Get Wild Decade Run」にぶつけられた
(その前週には7/14鈴木あみ「Be Together」に浜崎あゆみ「Boys & Girls」がぶつけられている)
明らかにTM再始動に対するネガティブキャンペーンである
これは当時精神的に弱っていた華原の悪意と見るべきではなく、
小室を敵視する松浦の作戦だろう


ちなみに「as A person」は28.7万枚を売り、
1998年TKプロデュース末期の華原や、
再始動期TM NETWORKを越える成績を上げている
ただしその後はセールスが急落する
11/25リリースのアルバム「One Fine Day」は7位、5.7万枚で、
結果として松浦期の華原の成績はTK期を大きく下回った


このように小室は1997年半ば以後、avexと決別しただけでなく、
期せずして次々と有力なTKファミリーを失った
人気低落とavexとの決別の因果関係はなんとも言えないが、
建て直しに当たりavexの助力を得ることができなくなったことは、
少なからぬ意味を持っただろう


その上avexは、独力で“小室越え”を目指し尽力していた
中でも特に期待されたのが、
1997年にブレイクを果たしていた松浦プロデュースのEvery Little Thingである
彼らの楽曲は明らかにTKサウンドを意識しており、
(特にデビュー曲「Feel My Heart」は著しい)
作曲者を含む女性ボーカル+男性2人という当初の編成もglobeがモデルだろう
松浦自身、プロデュース方法は小室から学んだと言っている


Every Little Thingの最盛期は1998年に来た
1998/2/11シングル「Time goes by」でミリオン(115万枚)を達成し、
さらにアルバム「Time to Destination」は352万枚を売って、
年間3位を獲得したのである
(1・2位は合計1000万枚を売ったB’zのベスト版)


一方同年のTKプロデュース作品の最高記録は、
安室ベスト版「181920」の年間11位、167.7万枚だが、
新作ではglobe「Love again」(年間12位、165.8万枚)となり、
両作を足しても売り上げは「Time to Destination」に満たない
ここにavexは小室との決別後、早くも“小室越え”を実現した


さらに1998/4/8には、浜崎あゆみが松浦プロデュースでデビューする
現在まで長くavexを支えている存在である
浜崎は12月まで9ヶ月で5枚のシングルを立て続けにリリースし、
1999年元旦の1stアルバム「A Song for ××」は、
早くも1位を獲得して145万枚を売った


作曲は星野靖彦・木村貴志・菊池一仁・長尾大などavex作家陣が担当したが、
作詞は浜崎自身が担当した
「女性の気持ちを代弁する女性のカリスマ」という位置は、
加藤ミリヤや西野カナなど現在まで健在だが、
そのモデルはここから発しているといえる


浜崎は以後も高セールスを出し続け、2000年代前半までが絶頂期だった
特に2001年のベスト版「A Best」は429.5万枚を売り、年間2位である
(1位は宇多田ヒカル「Distance」447.2万枚で、発売日も同じ)
小室の最高記録であるglobe「globe」の413.6万枚をも超える数字だった
結局小室とavexのタッグが崩壊した後、
継続的な成果を出したのは小室ではなくavexの方だったのである


1997年の時点でavexがここまでの成果を出すことは分からなかったし、
TKファミリーが急速に失速することも分からなかった
だがavexとの決別の意味の大きさは、小室も分かっていただろう
あるいはだからこそ小室は、
海外進出を推進せざるをえなかったのかもしれない
(客観的に見れば、サポート体制が動揺した時に行なうことではないのだが)


そして日本国内においては、
減り行くTKファミリーを補充するために、
新たなミュージシャンを手がける必要がある
ただしその際には、avexの影響力のないレーベル・事務所に頼る必要があった


小室が期待した新人は3人おり、いずれも若い女性歌手だった
一人はtohko、一人は未来玲可、一人は鈴木あみである
tohko・未来はポニーキャニオンからデビューし、
鈴木あみは当初SONY系列のSMEJからデビューした後、
同じSONY系列のTRUE KiSS DiSCに移籍した


このうちで未来は調べが付かないが、
tohko・あみのマネージメント契約は、
ともにエージーコミュニケーションと交わされた
同社社長の山田衛志はMarc Pantherが属するピムコーポレーションの社長でもあり、
avexの影響が及ばないところだったようである


tohkoは1998/1/14「Bad Luck on Love」でデビューした
ランクは14位だが、ロングセールスとなり、32.8万枚を売っている
もっとも本作は日向大介との共同プロデュースで、作曲・編曲も日向だった
2ndシングル「LOOPな気持ち」も日向作曲・編曲だが、作詞は小室である
3rdシングル「ふわふわふるる」では小室が作詞・作曲・編曲をすべて担当した
(作詞はMarc Pantherとの共作)


tohkoはどのような経緯でデビューしたのかよく知らないが、
一説に1996年冬頃に小室が見出し、1年のボイストレーニングを行なったらしい
(本記事Mさんコメント)
従来のTKファミリーと異なるのは、
外見重視ではない点と歌唱力の高さである
特にその歌唱力については、大いに期待できるところだったし、
提供された曲も良曲が多い
「Bad Luck on Love」も佳曲だが、
小室作曲の「ふわふわふるる」もなかなかである


ただシングルは「Bad Luck on Love」以外はあまり売れなかった
1stアルバム「籘子」は3位、29.6万枚を売っており、
新人としては十分な成績だが、大ヒットといえるほどの数字ではない
tohkoは翌年までTKプロデュースが続くが、
初期作品を超える成果は出せなかった


2人目は未来玲可(みくれいか)で、
こちらは久保こーじとの共同プロデュースだった
デビューシングル「海とあなたの物語」は7位、31.3万枚のセールスを記録した
未来は3人中知名度が一番低いが、
実はデビュー曲の売り上げはtohko・あみと同レベルである


だが2ndシングルはリリースが中止され、
1999/3/17リリースのアルバム「海とあなたの物語たち」は、
小室作曲が2曲のみという内容となった(1曲は「海とあなたの物語」
成績は26位、2.2万枚に終わり、その後未来は引退した
実際に歌唱力・容姿ともに微妙なところもあった


結果として成功を収めた唯一の例は鈴木あみである
1998年2月、「ASAYAN」のオーディションでグランプリを取り、
1998/7/1に「love the island」でデビューした
グアム大夏祭’98キャンペーンのタイアップがあり、
そのためにグアム島をイメージしてこのタイトルになったのだろう
なお、あみの事務所社長の山田衛志は「ASAYAN」のプロデューサーでもある


「love the island」は5位、28.8万枚の成果を上げた
デビュー曲の売り上げではtohko・未来を下回ったものの、
小室は以後1〜2ヶ月に1枚のハイペースであみのシングルを出し、
1999年までは平均40〜50万枚の安定したセールスを出している
1999/3/25には6枚ものシングル曲を収めた1stアルバム「SA」がリリースされ、
1位、187.9万枚の成績を収めた
年間チャートでも9位である


女性のファッションカリスマ的存在だった安室や、
小室の彼女として売り出された華原と異なり、
あみは純粋に典型的なアイドルとして売り出された
実際に“きれいさ”ではなく“かわいさ”で言えば、
TKファミリー中でも随一だろう


そのためあみはTKファミリーでは珍しく、
男性ファンが主な支持層となった
それは当時のavexが取り込んでいない層でもある
メディアでは浜崎あゆみと並ぶ人気女性歌手として扱われた


鈴木あみは歌唱力はあるわけではないが、
声は明るくキュートで、好感が持てる
小室に近いTKファミリーは、KEIKOや華原など、
次第に歌に妙な癖がついてしまうケースが多いが、
あみはその点も免れた
1999〜2000年の小室哲哉は、
実質的に安室奈美恵と鈴木あみでそのステータスを保っていた


この他、ほとんど売れなかったが、
意外なところで甲斐よしひろがある
甲斐は1998年にポニーキャニオンからSMEJに移籍し、
1998/9/9リリースの「Tonight I Need Your Kiss」以後、
年内に矢継ぎ早に3枚のシングルをリリースしている
(4枚目も用意されていたが未発表)


さらに以前触れたところだが、
True Kiss Destinationも少し遅れて活動の準備を始め、
1999年初めにデビューする(夏にKiss Destinationと改称)
R&Bブームを意識したもので、セールスは振るわなかったが、
年内いっぱいは小室がもっとも力を入れたユニットだった


True Kiss Destinationのレーベルは、
小室がニューヨークに設立したTRUE KiSS DiSCで、
当初はインディーズだったが、まもなくSONYグループに入った
またasamiはtohko・鈴木あみと同じく、
エージーコミュニケーションに所属している
True Kiss Destinationもやはりavexの影響下にないところからデビューしたことになる


以上、TKブームの収束とそれに対する小室の対応について長々と述べてきたが、
まとめていえば、1997年後半、小室はavexと決別し、
手元に残ったTKファミリーも次々と人気低落、あるいは活動休止となった
そのため音楽活動を継続するために、
avexの影響下にない事務所・レーベルに頼る必要が出てきた
その結果が1998〜99年の鈴木あみやTrue Kiss Destinationのデビューだった
avex設立以前から活動していたベテラン甲斐よしひろも、当然avexの影響はない


以上のように考えると、思い当たる節があるだろう
1997年夏頃、ウツ・木根が小室のプロデュースから離れたソロ活動を再開した一方、
直後の9月になって今度はTMNの再結成に向けて動き出したことである
この方針の混乱は、おそらく小室とavexの決別が影響しているのではないか
おそらく夏になって小室の予定が突如白紙状態になったことで、
ウツ・木根のプロデュースとその先のTMN再結成も、
先行き不透明になってしまったものと思われる


そして木根の発言を信じれば、
独自の活動を再開し始めたウツ・木根に対して、
小室は9月にTMN再結成を持ちかけた
TMNもそのメンバーもEPIC/SONY所属であり、
ネームバリューを考えてもその再結成は、
avexとの対抗上有効な手段と考えられただろう
小室もそこに目をつけたのではないだろうか


かくして1997年12月、TMN再結成が宣言された
しかしこれはもはや音楽活動自体が目的というよりは、
業界内の勢力争いの手段にTMNの名前が持ち出されたという方が正しい


もちろん小室は再結成するからには、
しかるべき形で活動するつもりだっただろう
だが小室とavexの決別直後、情勢は極めて流動的だった
avexと袂を分かった小室との関係を強めようと、
様々な輩が近寄ってきたことも想像に難くない


この頃から目立つようになる山田衛志などは、その筆頭と思われる
なにしろ、tohko、鈴木あみ、globe、True Kiss Destinationなど、
1998年の小室が活動の核としたものは、ほぼ山田絡みである
その中で山田と関わらないTMNの再結成が、
1998年に後回しにされてしまったのは、
小室側の情勢として仕方ないところがあったのだろう


ファンとしては、そんな業界側の事情は知ったことではないが、
そもそもTMN再結成宣言自体が業界側の事情によるものだったのならば、
それが業界側の事情(力関係)で覆るのも、また仕方のないことだろう
「小室利権」の膨張によって、
事態はTMN「終了」に至る1992〜94年よりも複雑になっていたのかもしれない


次回からは、いよいよ再結成期TM NETWORKの話に入る
この時期はウツも木根もファンも、そして小室も、
数年間、あるいは10年近く、業界の論理に振り回され続けた
そのような中でTM NETWORKの活動は、
到底満足とはいえない形で行なわれることになる

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6-9 TMN再結成宣言とその後

2013/11/19 03:01
11/10を以ってU_WAVEの「Tour フォースアタック」が終了しました
ウツ、お疲れ様でした
ツアー特設サイトは11/30を以って閉鎖するとのことですので、
動画など保存しておきたい方は早めにどうぞ
たぶん来年のTMライブの頃に合わせてBDがリリースされるでしょう
最終日には小室さんも観客席にいたらしいです
ウツのツアーは終わり、次は11/23から、
木根さんの「"RESET" Tour」となります


小室さんは12/29、幕張メッセで「COUNTDOWN JAPAN 13/14」出演が決まりました
夏の「SUMMERSONIC」といい、
今年の小室さん、長く出たかった舞台への出演が次々と実現した感じですね
以前言っていた「DEBF EDM Winter」、本当に作るのかは分かりませんが、
あるいはこのライブ用の音源を元にするつもりかもしれません


あと、たぶんまた後ろでTRFの伴奏とかするだけでしょうけど、
小室さんが12/4の「FNS歌謡祭」出演します
ええ、もうTMとかは期待しませんよ…
BDリリースの一週間前ですけど、宣伝もないでしょうね


さて、以前からぼそぼそとコメント欄に書いていた東京忘年会featuringポコ太さんの件について
もともと可能な日程が12/28〜30しかなかったのですが、
12/28にウツディナーショー、12/29に「COUNTDOWN JAPAN」が入りました
あえてこれとぶつけるのもいかがなものかという気もしますので、
これを避けると、一意的に12/30(月)になります
店は未定ですが、時間はとりあえず18:00池袋駅集合ということに致します


なかなか集まりずらい日程ではありますが、
それでも大丈夫と言う方、以下に参加の旨をお伝え下さい
締切は12/22(日)一杯とします

tm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%を@に変える)

連絡必須事項は以下の3点です

・お名前(本名でなくても結構です)
・性別(当日の識別のために大事ということが前回分かりました)
・携帯アドレス(当日緊急連絡用にお願いします)

参加するかどうかお悩みの方は、
とりあえず打診メールをいただければ、いろいろとお答えします


なお今回は(も)これと言った凝った企画はまったく考えておりません
ただファン同士でTMの思い出などを語らうだけの地味な集いです
派手なオフ会的なものをお考えの方は期待外れになると思いますので、
その点はご了承下さい


では本題に入ります
今回はタイトルからしていよいよ!という感じもしますが、
前回にもましてもやもやする内容となっています

-------------------------------------------
小室哲哉は1997/12/25ラジオ特番「TK Radio Musuem」で、
1998年にTMNを再結成しニューアルバムも出すことを宣言した
さらに1998/1/17、小室の深夜レギュラー「komu@com」の冒頭でも、
小室は同様の発言をしている

一応第一期プロジェクト終了というので、94年に一回ちょっとお休みをしてるTMN、これこそが、メンバーというか、3人のうちの1人のメンバーで、一応まだ在籍しているわけですね、僕も。で、だから、一応僕が今まで入っているバンドというか、ユニットというのがこの3つ(注:globe、H jungle with t、TMN)なんです。で、3つ目のTMNですね、98年、ちょっとやってみようか、またちょっとねって感じで、3人で話をしまして、今年きっとですね、ニューアルバムを作らなければ、という予定になっています。3人ともそんなに、こう大げさには考えないで、軽い気持ちで、リラックスして、たまたまアルバムが出るのが6年ぶりだったと、そんな感じで作るのが理想の感じだと思んですが、今色々とにかくアイデア練ってますね。そうですね、夏頃には、たぶん夏くらいですね、アルバムができるんじゃないかと思います。というわけで、今年TMN復活という、すばらしいニュースでした。



今年TMN復活という、すばらしいニュースでした。


1996年に一年間かけて盛り上げていたTMN復活への動きが、
1997年には「エルマーの冒険」を除き、まったく動きが止まってしまった
ファンの間でもTMN復活への期待はすでに薄まっていたと思われる
そんな中で、小室は突然TMN復活宣言を行なった
TMN復活は、当時新聞各紙でもインタビューの形で掲載された


木根によれば、TMN復活は1997/9/21、
ロスアンゼルスで、小室から木根に提案されたのだという
小室が木根の「友よ、風に抱かれて」のテープを聴いて気に入り、
(11/1リリース「誰かが君を愛してる」のカップリング)
楽曲を1曲一緒にロスでレコーディングしようということを木根に提案し、
木根はこれを受けて小室のいるロスに渡ったのだが、その時の出来事だった
もっともレコーディングは一つの名目に過ぎず、
実際は小室が相談するために木根をロスに呼んだということだろう


木根は帰国後、ウツにこの話を伝え、
さらに「終了」前のTMNプロデューサー小坂洋二にも伝えた
事の重大さから考えて、9月終わりには一通り済んでいただろう
木根によれば、その後12/23に3人で会って40分程度の会合を持ち、
TM再結成について意志の確認を行なったという


ただここらへんの話は、文字通りに受け取って良いか疑問で、
少なくとも12/23に3人で決めたというのは、一種の儀式に過ぎないだろう
実際には11月には3人はTMN再結成を前提として動いていたと見られる


たとえば小室はTK Gatewayのサイトで、
11/21に「TMNは再結成しないのですか」との質問に対し、
「解散していない」「来年動く」と答えている
これはかなりのフライング発言だが、
この時点でTMN再結成は既定路線だったのだろう


現在も確認できるのは、1997/12/5木根尚登「talk & live vol.3」ファイナル渋谷公会堂公演のMCである
この様子はDVD「木根尚登 Talk & Live in 渋谷公会堂」で見ることができるが、
この時にウツがゲストで出演し、「Still Love Her」を演奏したが、
この時のトークは以下のようなものだった

木根「でまあ、TMはどうなるの?」
ウツ「はい?」
木根「いや、なんかメールでね、やるやらないなんていうのを噂で聞いたんだけど」
観客エー!
木根「でも、僕とウツははっきり聞いてないよ」
ウツ「え?」
木根「聞いてない。特にウツなんて、何も聞いてないね」
ウツ「僕は何も知らない」
木根「ウツはまあ、レコーディング中で…」
ウツ「君がそういうこと流しているんじゃない? 話によると。スポニチとか日刊に、いつも」
木根「教えてやろうか? 立岡(M-tres代表)。立岡ってやつなんだよ」
ウツ「ハハ」


相変わらず適当に期待させて盛り上げるだけで、
結論を出さずに話題は断ち切られたが、
ファンにTMN復活を意識させることが目的だったことは明らかだろう


しかもこのライブにはカメラが入っており、
上述の「komu@com」で1998/1/17・24に放映された
上記トーク(の途中まで)の放映は1/24である
1/17が小室のTMN復活宣言の回でもあることを考えれば、
この放送スケジュールは意図的なものに違いない


12月初頭の木根ライブにウツが出演するのは、
11月中には決定していたはずである
その前提にはTMN復活計画があったに違いない


こうして1997年12月と翌年1月にはTMN再結成が宣言され、
しかも小室哲哉によって夏頃のアルバム制作も明言された
しかし周知の通り、これは実現しなかった
つまり1月から夏の間に、なんらかの事情でこの計画は延期されたのである


この再結成宣言の前後、
ウツは10月頃にソロのレコーディングに入り、1998年初めまで続いた
その成果としてリリースされたのが、
1998/2/21シングル「見えない灼熱」、4/1「Howling」、4/29アルバム「fragile」である
リリース間隔から見ても分かる通り、
これらは一連のレコーディングの中で作られたものである


なお「fragile」は楽曲の過半をNOBODYが担当し、
「Butterfly」以来のロックテイストの強いアルバムとなっている
「fragile」で楽曲の募集をした際は、なかなか気に入る曲が来ず、
NOBODYに依頼したところ、いきなり9曲送られてきて、しかもどれも良かったという
NOBODYはかつて矢沢栄吉のレコーディングやライブに関わったロックバンドで、
80年代には多くの楽曲を提供してヒットを世に出していた
(1984年アン・ルイス「六本木心中」、吉川晃司「モニカ」、1988年荻野目洋子「ストレンジャーtonight」、浅香唯「C-Girl」など)


そしてアルバムリリース翌日の4/30から6/7にかけて、
ソロツアー「Tour fragile」が開催された
アルバムと同様のロック仕様のツアーだった
同ツアーではTMNの「69/99」や、
1996/3/25リリース大谷健吾「baby, do not cry」収録のBOYO-BOZO作曲「君のせいじゃない、僕のせいじゃない」も演奏された
前年の「E.A.Grandstand」でTM楽曲が演奏されなかったことを考えると、
特に前者はTMN再結成宣言を期待するファンのことも考え、
TMN楽曲をセットリストに入れたものだろう
ウツによれば、世紀末が近いということでこの曲を選んだと言う


特に特徴的だったのはサポートメンバーで、
ギター(2人)・ベース・ドラムはThe Mustarde Seedsというロスのバンドである
かなりの意気込みを持って臨んだツアーだったといえるだろう
なお唯一の日本人サポートだったキーボードの吉村龍太は、
1996年以来TUBEや吉川晃司のサポートを勤めてきたが、
この時初めてウツのツアーに参加した
2000年にはTM NETWORK復活ライブ「Log-on to 21st Century」で、
サポートを務めている


このようなサポートの構成だったため、
ウツは3月に一度ツアー打ち合わせのため渡米し、
さらに4/15にも渡米してツアーのリハーサルを行なった
また3月末から4月にはアルバムやツアーのプロモーションのためにメディアにも出演している
このように見ると、ウツはツアー準備中の4月やツアー本番の5月には、
ソロ活動以外にまとまった時間を取ることは困難だったはずである


ならばTMNのレコーディングが可能だったのは、3月以前か6月以後しかない
アルバムを夏に作成する予定だったということは、
つまりウツのソロツアーが終了してからレコーディングを始めるか、
少なくとも歌入れはソロツアー後に行なう予定だったのだろう
具体的には6〜8月頃が想定されていたものと考えられる
ただ1月の木根は、早ければ春にシングルを出したいと言っており、
ウツのソロツアーの合間にパイロットシングルを作成する計画もあったようである


ところがTMN再結成宣言の後、
4月の時点では話がほとんど進んでいなかったようである
ウツは4/6放送の「真夜中の王国」のインタビューで以下のように述べる

「僕もその(TMNの)ために開けるのが大変なので、前後のスケジュールが入ってきちゃっているので、どうなるかわからないですね」
「待っていると大変なことになっちゃうので。よくあることで」
「一応やるとは言っています。電話で、進めているという会話だけはちょっとしました」


メディアでは情報を小出しにしつつ、
裏でこっそり話を進めるというやり方はよくあるだろう
だが上記のウツの発言を見るに、
本来の予定の通りに事が進んでおらず、
ウツ自身も事態がどうなっているのか分かっていないように見える


5/12にはウツが後述の「RENT」記者会見に出席したが、
そこでも来年になるかもしれないという発言したようである
さらに6/7のウツインタビューも見てみよう
(7/10放送「TK Spark Com」

えっとTMのことはですね、もう僕よりも皆さんの方がご存知だと思うんですが、まああの、メンバー的には、木根もよく分からないと言っているし、小室もうーんとうなっている状態で(苦笑)、僕のところに来ている情報は、とりあえず、一応スケジュール待ちということで、まあ、やるかやらないかは、ちょっとまだこの場ではいえないんですが、一応僕の気持ち的にはやる方向ではいるんですが、ただ僕の方もちょっと忙しいんで、どうなるか分かりません。でも待っててみてもいいんじゃないですかね。


これを見るに、事態はむしろますます混迷しているように見える
小室はこの頃、7/12〜8/3にglobeの「Tour Love again」を控えており、
6/7の段階でTMNがまったく動いていなかったのならば、
TMNのレコーディングはもはや絶望的といえるだろう
実際に以後もTMN再結成の動きはしばらく起こらない


ウツに関してはもう一つ気になることがある
1998年2月下旬、ミュージカル「RENT」日本版の出演依頼を受け、
悩んだ末に3/10渡米して翌日アメリカ版を観劇し、
3/12日本に電話して、引き受けることを関係者に伝えたのである


「RENT」初演の公演期間は9/24〜12/20であり、
そのリハーサルは8月から予定されていた
これでは夏にアルバムをリリースしても、
TMNとしての本格的な活動は不可能である
おそらく3月にウツがこの話を引き受けた時点で、
年内のTMN再始動は不可能と判断されていたのだろう
つまり1/17から3/10の2ヶ月足らずの間に、
夏のTMNレコーディングの予定を妨げる何かがあったと考えられる


その直接の原因は、「Tour Love again」かもしれない
しかも7/1〜5の小室は中国・グアムの記念式典に出席し、ライブも行ない
7/6〜11にはツアーのリハを行なった
7/14にはパリで「Rendezvous 98 Electoronic Night」も行なわれた
7月の小室はTMNどころではなかった
さらに6/30までにはツアーの準備もあった


一方ウツの「Tour fragile」は6/7終了だが、
その後ウツのノドを休ませる期間も必要だろうから、
歌入れが可能なのは実質的には6月後半からとなる
こうして見ると、6月後半にはシングルレコーディング程度ならば可能としても、
アルバムを作るほどの余裕があったとは到底思えない
可能性があるのは8月の1ヶ月のみとなる
アルバムの作成に十分な時間とは言いがたいだろう


しかもこの頃の小室は下火になっていたTKブームの火を絶やさぬ様、
ヴィジュアル系ブームに対抗してglobeをもり立てようとしていた
小室は「Tour Love again」前後、
「wanna Be A Dreammaker」以下のglobeのシングル4枚を立て続けにレコーディングした
そのリリースは9月初めから10月初めに及び、
8〜9月の小室はこのレコーディングにかなりの時間を割いたと思われる


以上見たように、夏前後の小室の仕事は、
グアムやパリのライブなど単発のものを別にすれば、
globe関係のものが中心となっている


ここで少し遡ってみると、
1998/3/31リリースのglobeのアルバム「Love again」は次章で触れるように、
かなり急なスケジュールでレコーディングされており、
リリースもかなり直前に決まった
おそらく「Tour Love again」も、同じ頃に決定したものだろう
ツアーがアルバムリリースから3ヶ月半も日を空けて始まったのも、
急遽日程が組まれたためと思われる


おそらく12〜1月の時点ではglobeツアーの計画はなく、
小室はウツのソロツアー終了前後にTMNのレコーディングを開始する予定だった
ところが2月頃になって7〜8月のglobeのツアーが決定したため、
TMNの予定が延期になってしまったという可能性が考えられる


いずれにしろ3月頃には、
年内のTMN再結成は実行できない可能性が濃厚だったと考えられる
活動に空白ができることを覚悟して待つか、
TMNは諦めて予定を入れるか、ウツは判断に苦しんだだろう
ウツが「RENT」出演に応じるかどうか悩んだというのは、
おそらく年内のTMN再結成を諦めるか否かという点も含めてのことだったのだと思う


なお木根も5/30に9thシングル「Unknown Town」をリリースした
これは7/25公開の映画「キリコの風景」の主題歌だが、
木根はその映画音楽も担当し、自ら出演もしている
これらはTMN再始動以前に発表されるものとして作成されたのだろうが、
その後ニューアルバム「The Beginning Place」のレコーディングに入ったのは、
TMN再結成がうやむやになってしまったことを前提にしたものである


この間の小室は、日本ではglobeを中心に活動しており、
さらにロスアンゼルスを拠点に、海外進出を積極的に行なっていた
1999年のウツのインタビューによると、
ウツは1998年に3人で集まったことがなく、
1999年初め、小室が日本に帰った時にやっと3人で会合を持ったという
1998年の小室と木根・ウツの接点は、
従来よりも薄くなってしまったものと思われる


個別の事情は他にいくらでも挙げられようが、
根本的な問題は、小室がTMNを復活させたくても、
他に手がけるべきプロジェクトが大量にあり、
小室自身もTMNのみに関心を向けていたわけではないという点にあると思われる
したがってTMN以上の可能性があれば、
TMNは先延ばしにされてしまうことになった


この間、木根・ウツのソロ活動の成果は、
必ずしも芳しいものではなかった
木根は10/21、10thシングル「永遠のスピード」をリリースした
1997年9月小室とともにロスでレコーディングした曲を商品化したもので、
TKプロデュースの名義だった
さらに10/31には「誰かが君を愛してる」「Unknown Town」も含めて、
3rdフルアルバム「The Beginning Place」をリリースする


「誰かが君を愛してる」の成績が85位で終わったことは以前述べたが、
「Unknown Town」は映画主題歌というタイアップがありながら、
100位圏外の成績に終わった
TKプロデュース名義の「永遠のスピード」も77位に留まった
さらに「The Beginning Place」は85位、4千枚の成績で、
4.9万枚を売った前作「Remember Me?」と比べれば、
一気に売り上げが1/10以下に落ち込んだ


木根作品の100位圏内ランクインは、
シングル・アルバム合わせて「The Beginning Place」が最後となる
以後1999〜2000年には新譜をリリースせず、
2001年以後はしばらくミニアルバムのリリースを続けて、
シングル・フルアルバムは2005年まで作成されない


一方ウツの「見えない灼熱」「Howling」はともに1万枚台であり、
失敗に終わったTKプロデュース「if you wish...」の4.2万枚と比べても遠く及ばない
アルバム「fragilie」もロックを目指した意欲作ではあったが、
セールスは前作「easy attraction」の4位14万枚から17位2.7万枚へ急落している
なお1998/12/12リリースのベスト版「The Best “Files”」は1万枚である


ともかくTMN再結成記念の年となるはずだった1998年は、
実際には1996〜97年と1999年の狭間となるTM暗黒の一年となってしまった
その背景には、おそらく中心となるべき小室哲哉の立場の変化がある
次章ではこの点について、少し時間をさかのぼって見てみようと思う


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6-8 エルマーの冒険

2013/11/06 01:54
DJ Afrojack「The Spark」のリミックス、
前回は「Afrojack Club Edit」が小室さんのミックスだと書きましたが、
これは勘違いでした! ごめんなさい


小室さんのミックスは「SPARK (Tetsuya Komuro Remix)」で、
10/30にdirrtyremixes.comで公開されました
このサイト、無料DLができますので、とりあえず聞いてみたいと言う方、是非どうぞ


10/31にはTOYOTAがスポンサーのyoutube番組「白黒歌合戦」で、
小室さんとヒャダインさんが一緒に出演して
司会のナオト・インティライミさんらとトークをしました


ヒャダインさん、世代的にもそうだろうとは思いましたが、
若い頃は小室さんの影響でシンセを買って、曲をコピーしていたそうです
なんと中学生時代に使っていたEOS B700を、今回のために実家から取り寄せました
キーが一部壊れており、かなり使い込んでいたことが分かります
ヒャダインさんはその場で「EZ Do Dance」「Boy Meets Girl」を弾いていました


その後は小室さんが演奏を替わって、
「Time To Count Down」「Get Wild」を即興演奏しましたが、
ヒャダインさんは「俺のEOSを小室さんが触ってるー!」と言って喜んでました
小室さんは小室さんで、「音いいですね」と、
昔の自分が開発したEOSの音を自画自賛していました
ともかく小室さん、楽しそうで良かったです


若手のカミングアウトでは、
11/2の「FNS歌謡祭」でゴールデンボンバーの鬼龍院翔さんが、
小室さんに熱烈なファンアピールをしていました
鬼龍院さんのTwitterには、
「収録終わりに尊敬する小室哲哉さんが握手して下さり感激した…(⊃-^)いやぁぁぁ嬉しかった!!(⊃-^)」
と書かれています


演奏よりも演出に重点を置く金爆のスタイルって、
案外小室さんの影響があるのかもしれませんね
昔TM Jr.がどうこうという話がありましたが、
実はTMの遺伝子を受け継いでいるのは金爆ということなのかな…


なお12/7「白黒歌合戦」(18:00〜)では、
小室さんがヒャダインさんと一緒に新曲を演奏するとのことです
しかも二人とも歌うつもりのようで(小室さんも!)、
マニアックな人にはたまらないことになりそうな気がします
そりゃまあ「歌合戦」ですからねぇ


しかし今回はコブクロやゆずが目標だそうで、
かなり本格的に歌うかもしれません
もっともこの二人でコブクロ・ゆずって、
全然得意分野を生かしていない気がしますし、
結局そんなにコブクロ・ゆず風にはなりえないとは思いますが


以上、もっぱら小室さんの話になりましたが、
ウツについては、小説「White Room」の電子書籍版が発売されました
本作と連動した「White Room」のBlu-spec2版リリースを受けてのものでしょう
それほど売れるとは思えませんが、
こういうのを手軽に販売できるあたりが電子書籍の魅力なんでしょうね


また12/28にウツのファンイベントが開催されるそうです
例年のクリスマスディナーショーに当たるものでしょう
木根さんのクリスマスライブは、葛城さん・西村さんがサポートと言うことで、
TMの曲を多めにやることになるとのことです


他に既出情報ですが、
TM NETWORK「START investigation」の再放送が、
11/21の21:00〜22:30にWOWOWで予定されています
さらに12/27の22:30〜24:00にも三度目の放送が予定されています
前回録画し損ねた方は、予約しておいてください


最後に、アクセスが40万越えました
みなさん、どうもありがとうございます!
約1年で10万くらい増えたから、
来年30周年の年内に50万行くかな?


では本題に入ります
前回の記事では1997年から始めて、1999年まで話を持っていってしまいましたが、
今回は1997年の状況を、TMN周辺に限定して見ていきます。

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1996年末、「Detour」の発表によって、
TMN再結成の可能性が示唆されたが、
それはゲームもしくはベスト版のボーナストラックという位置付けに過ぎない
おそらく3人の計画としては、
3人による本格的な音楽活動は1997年からになるはずだった


その始まりとして期待されていたのが、
アニメ映画「エルマーの冒険」である
原作は「My Fathers’s Dragon」と題するアメリカの絵本で、
主人公エルマー=エレベーターが島に竜の子供ボリスを助けに行く物語である


日本では絵本の日本語版も普及していたが、
その映画版は1997/7/5に公開された
夏休みの子供向け映画として期待されたものだろう
配給は松竹だった


この映画では音楽は木根尚登が務めた
1995年の「ユンカース・カム・ヒア」の実績も前提になっただろう
「エルマーの冒険」サウンドトラックは、
木根尚登名義で7/21にリリースされている


ただ小室哲哉も音楽監修として名を連ねている
実際に関与したのはほぼ木根だっただろうが、
製作サイドとしても小室の名前は欲しかったに違いない
また小室・木根側としても、
TMNメンバーの共同作業の名義を示すことは意味があっただろう
ただ、今回の記事はタイトルが「6-8 エルマーの冒険」であるにもかかわらず、
私は木根のサウンドトラックを聞いたことがないので、
大変申し訳ないことながら、こちらには言及できない
(ホントすみません)


本作で小室が実質的に関与したのは、
オープニングテーマとエンディングテーマである
オープニングはYŪKI「dragons’ Dance」
エンディングは宇都宮隆「if you wish,,,」で、
どちらもTKプロデュース、作曲・編曲小室哲哉だった
作詞は「dragons’ Dance」はMarc Panther・小室哲哉、
「if you wish...」はMarc Pantherである
7/5には有楽町の丸の内ピカデリー2で、
木根・ウツ・YŪKIが舞台挨拶を行なっている


YŪKIは言うまでもなくTRFのボーカルだが、
この曲がソロデビュー曲となる
映画ではエルマー役の声優も勤めている


trfは1995年末に「Brand New Tomorrow」をリリースした
小室自身はこれがtrfで一番好きなアルバムだと言っている
売れ線から外れたR&B・Hip Hop路線のアルバムで、
ヒット曲メーカーになることを強いられていた小室としては、
むしろやりたい音にチャレンジできた作品という印象が強いのかもしれない


ただ「Brand New Tomorrow」は商業的には失敗した
セールスは100万枚超で、
前作「dAnce to positive」(238.2万枚)から大きく売上を落としている
(それでもかなりのセールスだが)


この頃はglobe・安室・華原のブレーク期で、
一般にはTKブームの最盛期とされるのだが、
そのような中でのtrfのセールス低減は、
マスコミの扱いにも影響しただろう
彼らのバックにいた千葉龍平も小室に不満を持っていたという


この対策としてtrfは1996年、
大文字でTRFと表記を改め(これは現在まで続く)、
矢継ぎ早に5枚のシングルをリリースした


その中でも「Hey! Ladies & Gentlemen」「Brave Story」などは、
なかなか悪くない作品だと思うのだが、
この頃になるとセールスは20〜30万枚程度になり、
シングルがすべてミリオンを出していた1年前とは状況が一変した
1996年にはアルバムも出す予定だったのだが、
これも立ち消えになってしまう
YŪKIのソロデビューや声優登用も、おそらくこの流れの中で、
TRFの解消も視野に入れたものだったのだろう


ただし1995年秋頃にYŪKIのソロ名義で「teens」という曲が作られ、
森永チョコレートのCMで使われている
この頃はtrfの余勢を買ってソロ活動も行なうという、
より積極的なプランだったのかもしれない
ただし「teens」は後に「Brand New Tomorrow」にtrf名義で収録された


一方の「if you wish...」はウツのTKプロデュース第二段シングルである
実に前作「discovery」から8ヶ月の間隔を空けてのリリースとなった
この間にもう一曲くらい出すこともできたはずだが、
「Gaball Screen」「エルマーの冒険」と、
何らかの企画と絡めて話題性を持たせようという計画だったのかもしれない


ウツはこの空いた時間を使って、
5/3〜7/3に「Tour E.A. Grandstand」を開催している
「easy attraction」(E.A.)の第二段ツアーだが、
アルバムリリース無しで開かれたツアーは、
2010年「Jumping Jack Show」以前ではこれのみである
(当初ネット配信のみで楽曲を発表していたU_WAVE名義のツアーは除く)
なおツアー最終日7/3の東京国際フォーラム公演では、木根がゲスト出演している


ウツは本ツアーから、武道館規模の会場は用いず、
数千人規模のホールを回るようになる
サポートメンバーの内、キーボード菊地圭介・ベース平野健多やコーラスは、
「Tour easy attraction」と変わっておらず、
その点で前ツアーと連続性の強いものだったが、
ドラムは山田亘から阿部薫に、
ギターは白田一秀から西山毅(Hound Dogのギタリスト)に替わった


当初本ツアーでもドラムは山田の予定だったのだが、
予定が合わなかったため阿部に変更になったという
阿部はTM時代からの縁だが、ウツソロでは初めての参加である
阿部は本ツアーで「やまびこ8号」を歌っているが、
これは1997/7/9ソロデビューシングル「Night Eyes」のカップリングである


こうして「エルマーの冒険」では、
木根の映画音楽とエンディングテーマ「if you wish...」によってTMN3人の共同作業が実現した
しかも「Detour」の時とは異なり、
一般公開の映画によって、TMNファン以外にもその成果が示されたのである
おそらく3人は、これをTMN復活へのワンステップとするつもりだっただろう


ミュージックステーションで「if you wish...」


しかしそこには必ずしも成果が伴ったわけではない
「dragons’ dance」「if you wish...」は、
それぞれ6/25・7/2にリリースされたが、
「dragons’ dance」は10.4万枚、11位で、
すでに人気が低落していたTRFのシングルと比べても、
半分程度の売上となった


そして「if you wish...」は4.2万枚、18位の成績で、
より深刻な結果となった
「discovery」が12万枚、10位を獲得したのと比べれば、
その低落は明らかである


この原因の一つは、楽曲の方向性の問題だろう
「dragons’ dance」「if you wish...」ともに、
いわゆる小室系のノリの良いアッパーチューンでも、
日本人好みのバラードでもない
分かりやすいサビを備えカラオケで盛り上がれる曲を期待した層には、
ほぼ無縁な作りだった


小室としては比較的自分の自由が利く映画音楽で、
新しい方向性を試してみたかったのかもしれない
他にもこの頃では、安室奈美恵「How to be a girl」
hitomi「problem」なども、
こうした試みの一端が感じられるように思う


これらの楽曲群はセールス面で大成功を収めることはなかった
だがそもそもTKサウンドは露出過剰だったこともあり、
すでにリスナーに飽きの兆候も出ていた頃だった
いずれ多少の軌道修正断行の必要はあったのだろう


個人的にこの頃の曲はもっと評価されて良いと思う
「dragons' dance」の壮大なオケなどは、今聞いてもなかなか良いと思う
しかし「if you wish...」がTMN再結集アピールの面で、
十分な効果が期待できる作りだったかといえば、かなり難しかったと思う


ましてやそのような楽曲を「エルマーの冒険」という子供向け映画に使ったのは、
映画を見る層からの広がりを期待したのならば、
かなり無謀だったといわざるをえない
小学校低学年が「if you wish...」の渋さを理解できるとは、
私には到底思えない
(同じことは、安室「toi et moi」をポケモンに提供した時も思った)
子供向けだからこそ「Crazy Gonna Crazy」「Body Feels Exit」など、
分かりやすいTKサウンドが求められたのではないか


実際に「if you wish...」は100位内に3週しかランクインしておらず、
映画による人気拡大はほぼなかったと言ってよい
YŪKIもこの後ソロ活動も声優業も継続させることはなく、
その点でも「エルマーの冒険」は失敗だった
(YŪKIの場合は別章で述べるように、事務所の問題もあったのだが)


ウツも同様に失敗に終わったが、
そのダメージはかなり大きかったと思われる
もともとウツがソロ活動開始からまもなく小室に再接近したのは、
1995年のBOYO-BOZOの失敗が大きい
そこで1996年にはTMNのイメージに近いスタイルに戻り、
松本孝弘・浅倉大介などの曲も含む「easy attraction」をリリースした


この方向の延長線上にTKプロデュースもあり、
松本提供曲「少年」やTK第一弾「discovery」で、
ウツは再び人気を一定度回復した
ところが「if you wish...」ではまた人気の低落を招く結果になった


その低落はどの程度のものだったか
実は「if you wish...」の4.2万枚とは、
BOYO-BOZOの「JUMP」6.2万枚を下回る数字である
つまりウツ側としては、TKプロデュースの看板をもらったにもかかわらず、
オリジナルシングルとしては過去最低の成績となってしまったのである
(1995年リカットシングル「Bang! Bang! Bang!」は除く)


もっともこの結果は小室のせいというだけではなく、
長期に渡って新作が出なくなったことを契機に、
ウツから卒業するファンが続出したと考えた方が良いかもしれない
この頃のウツファンは、
1991年以前からの旧TMNファンが大部分を占めていたと考えられるが、
ならばこの時点ですでに6年以上が経過していたことになる
中学生以来のファンは、もう高校を卒業していた頃であり、
高校でファンになった者ならば、社会人になる頃である
かなりのツワモノファンでない限り、自然淘汰される時期だったのだろう


ただ少なくともウツソロの人気維持は、
TKプロデュースによっても困難であることが明らかになった
そして「if you wish...」リリースから数ヶ月後の秋、
ウツはアルバムのレコーディングに入る
11月上旬にはレコーディング中のことが語られており、
10月中には始まっていたと見られる
これは翌年春にリリースされるとされており、
実際に4月に「fragile」としてリリースされた


ところがこのアルバムでは、小室の関与がまったくなかった
また「if you wish...」リリースから間もなくレコーディングを始めたのに、
「fragile」には「discovery」「if you wish...」が収録されていない
「if you wish...」の失敗があったとはいえ、
セールス面ではTKシングル2枚を入れた方が有利なことは明らかだが、
ウツは本作において、意図的に小室から離れる方向を示したと見られる


また木根も11/1、小室と無関係に「誰かが君を愛してる」をリリースする
レコーディングは1997年9月頃らしく、
この頃にはTKプロデュースの看板を外すことは決定していたと見られる
このタイミングはウツと同じであり、共通の背景があった可能性が高い


特に木根の場合は、小室への依存度はウツよりも高かった
たとえば1995年のシングル売り上げは数千枚規模まで落ちていたのに対し、
TKプロデュースの「Remember Me?」は10万枚を越え、
木根の音楽史上圧倒的な成績となった


メディアでも木根は小室との関係をより強調していたし、
大賀埜々への楽曲提供など、小室経由で目立つ仕事を手にしていた
「エルマーの冒険」は100位圏外だったが、
これはサウンドトラックという媒体の性格を考えれば、予想された結果だろう
むしろ翌年に映画「キリコの風景」の映画音楽を担当したように、
この仕事は木根にとって活動の幅を広げる要因にもなったと思われる


そのような状況にあった木根にとって、
たかがウツのシングル一作の失敗のみで小室から離れるというのが、
得策だったとは思われない
実際に木根が小室から離れたことは、セールス面で大きな影響を及ぼした


「誰かが君を愛してる」は85位、3千枚のセールスだが、
前作「Remember Me?」(9位、10.3万枚)と比較すると、
成績のあまりの低落ぶりには驚かざるを得ない
なにしろ10.3万枚が0.3万枚になったのである
(字で書くと「1」が一つ落ちただけにも見えるが)
前作を購入した新規層がほぼ定着しなかったことをうかがわせる


ただ本作は1995年の「橋はどこにあるの」(61位、6千枚)をも下回っており、
この成績はTK効果の消滅とともに、固定ファンの減少も一因と見るべきだろう
全体として見れば1997年後半は、
ウツ・木根ともにTKプロデュースから距離を取るとともに、
ファン離れが急速に進んだ時期でもあった


この動向を見るに、少なくとも「エルマーの冒険」公開の7月まで、
TMN3人は小室を中心に接近する方向性を示していた
ウツも木根もソロ作品には小室の関与が見られた一方、
リリースの頻度は小室の戦略を反映してか、かなり遅くなった
ところが秋になると、木根もウツも小室と関係なくソロ作品の制作に入った


これはどのように考えるべきか
一つには、TMNの再結成を前提に、TMNとの区別のために、
ソロで小室の関与を外したとも考えられよう
つまり「エルマーの冒険」の後でTMN再始動に向けて動き出すことが確定していたため、
ソロはあえて小室から離れたのだという考えである


だが後のウツの発言によれば、
TKプロデュースのアルバムを出す予定が流れたことがあったという
これがタイミングとしてありえたのは1997年頃しか考えられない
とはいえウツは1996年末からたびたび、
次のアルバムの候補曲の選定を行なっていると発言し続けており、
全曲小室作曲とする予定ではなかったようだが、
2枚のシングルを続けて担当したことを考えても、
小室がアルバムにも関与することになっていたと考えるのは自然である


ならばウツが小室作曲のシングルをあえて外した「fragile」のレコーディングを始めたのは、
少なくとも当初の予定に沿ったものではなかったことになる
木根のニューシングルも同じ文脈でリリースされた可能性が高い


どうやら1997年後半、
小室・ウツ・木根の3人の活動には何かがあったらしい
これは「if you wish...」の失敗によるものなのだろうか
このことの詳細はよく分からないが、
それは一つには、この時の再結成が実現しなかったため、
関連する情報が残っていないことも大きいのだろう


次回はこの後に行なわれるTMN再結成宣言周辺の動向から、
当時の3人をめぐる状況を確認することにしたい

(2013/11/6執筆、2016/4/30加筆)

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6-7 TKの海外進出と地盤沈下

2013/10/23 03:36
U_WAVEの「Tour フォースアタック」が始まりました
私は行っていませんが、参加した方によれば、7月よりは元気そうだったとのことです
きっと順調に回復しているものだと思います
ツアーパンフに新曲CDが付属していることは前回書きましたが、
その中で「AI」「Still the one」は10/12にiTunesで配信が始まっています


TM NETWORK関係の商品では、
BD/DVDの「START investigation」が、
amazonでも値下げが発表されました
BD限定版=7808円、BD通常版=5855円、DVD=5075円となっています


また11/27、なぜかいまさら「Dress」だけがBlu-spec2でリリースされます
小室さんの誕生日だけど、何か関係あるんでしょうか


小室さんは9/30に来年のTM NETWORKについて打ち合わせがあったようで
30周年の日程はおおよそ決まっているのだろうと思います
まだレコーディングはしていないものの、曲はできているそうで、
「うつに元気になって新しい言葉を歌ってもらいましょう」と言っています
(でもウツ、U_WAVEの新曲はレコーディングしているんですが…)


3月頃にはTMのレコーディングがあったはずですが、
仮にこれと同じ曲ならば、
新しく作詞し直してまたレコーディングするということでしょうか
というか、もう30周年なんだから、
シングルとかじゃなくてアルバムを出してほしいです
今回出なかったら、もうオリジナルアルバムは永久に出ないですよね


一方小室さんは10/13にTwitterでファンから、
「globeは2015年まで完全復活しないのですか?」と質問され、
「完全復活は、2014/4/21からでしょう」と答えています
この日付は明らかにTM NETWORK30周年を意識したものです
小室さんの回答では分かりづらいですが、
要はTM30周年が終わったら、2014年の間にglobeを復活させる考えのようです
ありそうなのは、globeデビュー記念日の8/9の新曲リリースでしょうか


実際のところglobeが順調に復活できるかは予断を許しませんが、
少なくとも小室さんはglobeの活動のための時間は空けておくはずです
だとするとTM30周年の活動は、4月から始まって、
夏頃には終わってしまう可能性が高いです


正直、30周年が終わった後にTMが継続的に活動するかはかなり疑問なので、
30周年はできるだけ長くやってほしいのですが、
20周年が2月のシングルリリースから6月のライブまでだったことを考えると、
実際こんなところかなあ…とも思います


さて、小室さんは一連のライブイベントと「DEBF EDM 2013 SUMMER」作成が終わってから、
ますますやる気モードのようです
まず10/11には DJ AFROJACK「The Spark」のリミックス音源「Afrojack Club Edit」が、
DJ AFROJACKのサイトで公開されましたが、
これは小室さんのリミックスとのことです
4/26に来日中のDJ AFROJACKに会っていましたが、この時の縁ですね


また来年には「DEBF EDM WINTER」の制作、TM NETWORK30周年、歌姫探しを考えていると言っています
EDMシリーズ、また出すんですね
しかし少し前にTM EDMを年内に出すとか言っていたんですが、
もしかしてこの企画は消えたんでしょうか…?


「歌姫探し」については、小室さんが10/14に、
「もし、勇気と自信と度胸があり僕の奏でる音で、一緒に作品を創りたい女の子、存在するのなら、今、僕に教えて下さい、just in timeです」
とTweetしたところ、Yahoo!ニュースなどに取り上げられたこともあり、
応募が殺到して、帰宅してからもチェックする日々が続きました
(10/20に締め切りました)
これが形になるのかどうかはともかくとして、
思いつきがすぐに反応となって返ってくる様子に楽しんでいるようです


もう少し近い話では、
小室さんが11/2に「FNS歌謡祭」に出演するそうです
毎回思いますが、なんでTM NETWORKとして出ないかなあ
その方が受けもいいだろうに…


さて、本題に入ります
長かった1996年の話は前回で終わり、
今回からはしばらく1997〜98年の話です
正直、本ブログで一番つまらないところになることは間違いないですが、
「通史」と銘打っている以上、仕方なく書きます
どうかしばらくお付き合い下さい

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小室哲哉は1994年のTMN「終了」後も、
trf・篠原涼子・H jungle with tなどで商業的成功を収め、
1995年に「TK Dance Camp」を成功させた
1996年にもglobe・安室奈美恵・華原朋美作品を中心にさらなる躍進を遂げ、
1997年元旦にはTKファミリーのチャリティソング「You Are The One」をリリースし、
さらに同年2/19リリースの安室奈美恵「Can You Celebrate?」は、
約230万枚の売り上げという、小室作品最大の成果を上げている


ここまでの小室哲哉は、
プロデューサーとしてまったく順風満帆の3年間だった
このような中で、小室はさらなる展開として、海外進出を試みる
もともと小室がインターネットに積極的だったのも、
ひとつには海外との連携を視野に入れていたこともあり、
インターネット普及事業への参加自体も海外進出志向とも関わるものだろう


小室はこれ以前、1994〜95年にはEUROGROOVEで、
ヨーロッパへの進出を試みていた
これは商業的成果を求めたものというよりは、
自らの音を本場で流したいというミュージシャン的な欲求による部分が大きかったのだろう


だが小室は1996年末から、アジアにも注目を向けるようになる
12月にはアメリカのメディア王Rupert Murdochとともに、
香港に音楽ビジネス会社としてTK Newsを設立し、
ここを拠点にアジア市場進出を目指した
中国・台湾などを潜在的な巨大市場として目をつけたものだろう


この頃から小室はロスアンゼルス郊外のマリブに豪邸を建てて住所を移し、
日本と海外をせわしなく往復する日々を過ごす
後に2007年、この頃の日々を回想した曲が、
TM NETWORK「SPEEDWAY」収録の「Malibu」である


小室のアジアでの活動を具体的に見てみよう
まず5/27・28には台北市立中山足球場で、
「TK Pan-Pacific Tour in Taipei」が開催された
(ツアーといっても一会場二日の単発ライブだが)
これには小室の他、安室・TRF・globeが出演し、
それぞれのヒット曲を披露した
当時台湾ではTK作品が大ヒットしており、
海外進出第一弾としては妥当なところだっただろう


さらに11〜12月には、日中国交正常化25年記念イベントとして、
北京・上海・香港で「TK Presents Groove Museum」が開催された
小室はこの頃中国政府より、音楽親善大使に任命されていた
11月には安室、12月には華原が出演し、
小室・Marc Panther・OliviaのユニットTK Museumの出演もあった


なおOliviaはアイドルグループD&Dのボーカルで、日米のハーフである
英語を母語としていたため、小室が海外進出に当たって注目したものだろう
後で述べる小室・Jean Michel Jarre共作の「Together Now」でもボーカルを務めている
小室との関係は「Together Now」以後無いようだが、
Oliviaはこれを契機にソロ活動を始め、D&Dからは事実上脱退した


TK Museumのサポートとしては、DJ DragonとVJの原田大三郎がいた
実現はしなかったものの、TK Museumはこの後、
小室・DJ Dragon・原田に中国歌手を加えて活動する予定だったらしい
小室と原田の共演はこの時が初めてのようだが、
DJ Dragonについては、1995年のクラブイベントt jungle mで知り合っていたという
2000年頃から小室はDJ Dragonとtatsumakiというユニットで活動を初め、
2001年からはこれに原田を加えてGaballを始める
この”TKブーム以後“の活動の種は、中国ツアーでまかれたことになる


中国ライブの台湾ライブとの違いは、globeのKEIKOやTRFがいないことの他、
中国現地歌手の出演があったことである
現地歌手としてはgrace ip(葉佩雯)・陳引・DAI RAOが参加した
これは当然中国での事業展開を念頭に置いたものだろう
このうち、grace ipは1998年にTKプロデュースで香港デビューしている


さらに1997年には、小室監修の台湾の音楽番組「小室魔力」が始まった
明らかに日本で小室が関わっていた「ASAYAN」の台湾版である
番組内オーディションでグランプリを取った林楡涵はRingとして、
1998/4/23シングル「Process」で日台同時デビューを果たす
これは当時「ASAYAN」オープニングテーマでも使われた


1999/7/22にはRingのアルバム「Teen’s Ring」がリリースされた
このアルバムには自身の3枚のシングルの他、
安室「a walk in the park」や華原「I’m proud」の中国語カバー版が収録されている
ただ少なくとも日本では、
「Process」(14位、7.1万枚)以外ほとんど売れなかった


以上のように、1997〜99年の小室はアジア市場に目を付け、
様々な活動を展開しようとした
ところがMurdochは1997年終わりに、
この事業からの撤退を決定した
商業的成果を上げることは困難と判断したためだろう


だが小室は撤退せず独力でこれを発展させ、
1998年1月にRojam Entertainmentを、
同年に上海にRojam Discoを設立する
小室としては1997年の活動は準備期間であって、
本格的な展開は1998年以後と考えていたと思われ、
ここで引くわけには行かなかったのだろう
(Ringやgrace ipのデビューは1998年)


だがアメリカのメディア王が無理と考えたものを、
小室が独力で成し遂げられると判断したのは、
その事業の巨大さを考えれば、極めて危険な試みだった
もちろんこれは後の小室没落を知る者の結果論ではあるが、
小室の無謀な試みや散財がこの頃から目立ち出すのも事実であり、
没落の種はこの頃からまかれていた


なお小室は1998年にはグァム政府の観光局の依頼で、
観光キャンペーンのテーマ曲として、
鈴木あみのデビュー曲「love the island」を作り、
さらに7月にはグアムでglobeのアコースティックライブを開催している


中国・台湾・グァムと、政府関係者筋との縁がうかがわれるが、
この方向性は1999年、自民党との関係にもつながるものだろう
これは小室の目指す海外進出に必要なものだったのかもしれないが、
傍目から見ているとむしろ胡散臭さを感じるところもあった


小室はこの頃、軽く日焼けをして、鼻のホクロを取り、歯並びを直すなど、
全体的に微整形を施す(ついでにロン毛も復活する)
海外との交渉の際に、素の弱々しい雰囲気を隠すためもあるのだろうが、
身の丈以上のところに手を出そうと無理をしている印象で、
個人的には大変違和感を感じた頃である


さて、以上述べてきたところはアジア方面での活動だが、
この頃の小室の活動拠点はアメリカのロスであり、
ここを拠点に欧米向けの音楽活動も活発化させた
まず1997/7/9には、1992年「Pure」以来5年ぶりに、
ソロシングルとして「Speed TK-Remix」がリリースされた
これは1997/6/13公開のハリウッド映画「Speed 2」のテーマ曲である


「Speed 2」はヒット作「Speed」の続編で、
「Speed」テーマ曲のリミックスを小室が手がけたのである
したがって本作の小室の担当は編曲で、作曲ではない


この曲は後に格闘家桜庭和志の入場曲になったこともあり、
小室ソロ曲では1989年の初期作に次いで有名と思われる
また小室哲哉名義での公式アメリカデビュー作ともなった
小室も自身のソロライブや、
2008年のTMツアー「SPEEDWAY and TK Hits!」などで演奏している


また1997/8/1には、
Backstreet Boys「Backstreet’s Back」「Missing You」を提供している(ただし共作)
外国ミュージシャンへの楽曲提供は、
1995年にC&C Music Factoryに提供した「Silent Lover」(C+C+TK名義)もあるが、
同時代的な人気を考えれば、これをはるかに上回る仕事だった


1997年秋にはフランスのJean Michel Jarreと親交を深め、
その成果は1998/4/22リリースの共作「Together Now」として発表された
フランス開催の1998 FIFA World Cup公式テーマソングとして依頼されたもので、
この上なく豪華なタイアップが付いていた
小室の名前はここに全世界に知られることになったのであり、
小室の音楽生活の中で、もっとも誇るべき成果といえる


7/14にはパリのエッフェル塔前のシャン・デ・マルス公園で、
Jeanとともに「Rendez-vous 98 ELECTRONIC NIGHT」を開催している
ワールドカップの日程が6/10〜7/12だったので、
その終了に合わせた日程である
この映像の編集版は中国ツアーのTK Museum楽曲を収めたCDとともに、
11/26リリースの「TK 1998」に収録された
もっともこの時に演奏されたのはすべてJeanの曲であり、
(小室関連は「Together Now」のみ)
小室とJeanは決して同格扱いではなかった


エッフェル塔前にて


「ELECTRONIC NIGHT」は、小室の音楽史上で重要な意味を持つ
それまでステージ上の小室はおおむねキーボード奏者だったが、
このライブではミキシングコンソールを用いて音源の調整を行なうリアルタイムミックスが重視された
この点でDJイベントに近いライブだったといえるが、
小室は2001〜04年のトランス期、
globe・Gaball・TM NETWORKでもこの手法を積極的に用いている


この時はエッフェル塔の手前で花火を上げまくったが、
その火の粉が群集の中に落ち、ステージのテント生地にも着火するというアクシデントがあった
この火は数分で消火され、中断されていたライブも大歓声の中で再開された
小室がこの時の体験を元に、トラブルによるライブ中断の演出を取り込んだのが、
1999年globe「Tour Relation」であり、
2012年TM NETWORK「incubation Period」だった


さて「ELECTRONIC NIGHT」では、
旧dosのダンサーasamiも前座として歌っている(曲目は不明)
おそらくこの頃には、小室の新ユニット構想が立ち上がっていた
ニューヨークに設立したインディーズレーベルTRUE KiSS DiSCの第一弾アーティストとしてデビューするTrue Kiss Destinationで、
小室とasamiの二人のユニットだった


1998年秋頃にはTrue Kiss Destinationのレコーディングも始まる
翌年1/19にはデビューシングル「Precious Moments」をリリースし、
翌月には1stアルバム「True Kiss Destination」が発表された
本作ではニューヨークのミュージシャンも多く参加している


1998年はMISIAのブレイクに見るように、
日本ではR&Bが盛り上がりつつあった
そこで小室はR&Bユニットdosの旧メンバーとともに、
自らR&Bを試みたのである
結果としてTrue Kiss Destinationは成功しなかったが、
1999年の宇多田ヒカルの大ヒットを見ても、
R&Bに注目した小室の見立て自体は正しかった


これ以前、dosの活動はほぼ1996年に限られる
1997年元旦リリースの「You Are The One」に参加したのが、
おそらく活動の最後である
ただ1997年には4/16にボーカルtaecoが「deep Grind」でソロデビューし、
9/10にはTK Product featuring asami名義で「10 TO 10」がリリースされている


そしてtaeco・asamiの中で小室のおめがねに叶ったのがasamiだった
asamiが個人的にも小室と付き合い、後に結婚・出産に至るのは周知のことである
交際開始時期はよく分からないが、
True Kiss Destination結成はその関係を前提としたものと思われる


なおasamiは後に小室について語ったインタビューで、
1999年1月頃から付き合い始めたと言っている
だが同月に華原・小室の破局報道がされたことを考えると、
これは自らの交際が略奪であるという指摘を避けるべく設定したものだろう
同インタビューでは、後にKEIKOに小室を略奪されたことを暴露しているが、
これはその非道徳性を言外に非難したものである
仮に自分が1998年から小室と交際していたことにしてしまうと、
その非難は自らに跳ね返ってくることになる


さて、TRUE KiSS DiSCは設立後まもなくSONYグループ傘下に入った
True Kiss Destinationはその後1999年4〜11月に5枚のシングルをリリースし、
11/17には2ndアルバム「Gravity」をリリースした
(この間、ユニット名をKiss Destinationに改称)
小室はこの頃TM NETWORKも復活させたから、
TM、globe、Kiss Destinationの3ユニットに属していたことになる
その中で1999年、もっとも力を注いでいたのがKiss Destinationだった


他にも1999年の小室は、
ハワイのオアフ島に豪華なレコーディングスタジオを作り、
アメリカのR&B女性グループBlaque Ivoryに楽曲提供し、
シカゴのHip HopユニットInfamous Syndigateと関わるなど、
(鈴木あみやKiss Destinationの作品に関与)
アメリカ臭が極めて目立つ


マリブの豪邸や高級なヨット・車の購入など、
派手な生活がアピールされるのもこの頃である
国内での存在感の低下を補うため、
にこうした点を意識的にアピールしたところもあるのだろう
(こうした虚勢は逮捕まで続く)


当時の小室には高価な買い物を勧めてくる連中が群がっており、
小室はそれを言われるがままに購入していたという
Rojam破綻以前から、小室周辺にはすでに不穏な空気が流れ始めていた
TKブームが終わりを告げようとしていたこの頃、
取り巻きたちは小室の仕事から収益を得るのではなく、
小室の財産を吸い取る方針にシフトしたのかもしれない


ついでに触れておくと(他に触れる機会もなさそうなので)、
1999〜2000年の日本テレビ系列で、
深夜に放送された宣伝番組として、
「哲にいさん」「コムロ式」があった
1997〜98年にはフジテレビ系列で、
「komu@com」「TK SPARK COM」が放送されていたが、
局を変えて番組の雰囲気も一新された


「哲にいさん」では小室の妹という設定の3人のトークを挟み、
小室関係の情報を流すのだが、
この脚本が大変寒々しいものだった
(妹役の一人は後に歌手デビューする島谷ひとみ)
そこで紹介する小室情報も、
外国での生活やら散財ぶりやら忙しい日々やらで、
「小室はこんなことしてるぞ、すごいだろう?」
とひたすらアピールするのだが、
それが音楽的には驚くほど空虚な内容である


脚本のひどさのため、
ハイテンションなナレーションも白々しく感じられて仕方なく、
私などはこれを非常に冷めた目で見ていた
そのさなかのTM復活もやはり素直には歓迎できず、
あまり興味も湧かなかったというのが正直なところである


たとえばTM NETWORKの紹介に際しては「唯一の野外ライブ」として、
1988年の「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」の映像(明らかに屋内)を何度も流していた
「唯一の野外ライブ」は1986年読売ランドの「Fanks "Fantasy" Dyna-Mix」だが、
「Dyna-Mix」の一致から同じものと判断したのだろう
小室の音楽歴を悉知するスタッフが関与していないことは明らかである


ずいぶんと話が先まで行ってしまったが、
要点をまとめれば、小室は1997年以後、
積極的に海外進出を図った
ところが、すでにここまででもたびたび触れていたが、
その間に日本ではTKブームが収束に向かっていた
そのことを端的に示したのはTrue Kiss Destinationで、
小室が満を持してリリースした「Gravity」は、
7位、6万枚の成績に終わった


シングルでの最大の成果は、
1999/5/12リリースの「Girls,be ambitious!」で、
9位、22.6万枚を記録し、
TOTOのカバー「AFRiCA」も16位、6.2万枚の成果を出したが、
他はシングル・アルバムともに3万枚に満たない成績だった


「Gravity」は楽曲自体はよくできており、
その点では末期TKプロデュース作品でも随一だが、
それでも失敗したのはボーカリストasamiの魅力の問題もあろう
MISIAや宇多田と張り合うには、
asamiではカリスマも歌唱力も足りなすぎた
だが失敗の原因はそれだけなく、
「TK」イメージの陳腐化もあったに違いない


小室のネームバリューは、
1998年からプロデュースを始めた鈴木あみの成功によって、
同年中にはまだ一定度は保たれていた
しかし1999年には、小室が全力で売り出そうとしたユニットが失敗した
“小室が出せば売れる”というかつての業界の了解事項は、
この時点で過去のものになっただろう
以後も小室は鈴木あみ・安室・globeで一定の数字は出すが、
それらは過去に売り出しに成功したものの遺産である


小室はなおも新しい歌手・ユニットを次々と手がけたが、
成功した例は一つもない
実際に中野さゆり・MIYUKI・小林幸恵・BALANCe・zento・R9・female non fictionなどを挙げられても、
ピンと来る者はほとんどいないだろう


True Kiss Destination失敗の頃には、
すでにTKブームといえる状況は失われていたといえるが、
これはそれ以前から徐々に進行していた事態だった
TKブームにとって、上昇から下降への曲がり角は、
私見では1997年半ばである


実は小室にとって1997年とは、
最大のヒット作「Can You Celebrate?」を発表した年であるとともに、
ミリオンヒットを出した最後の年でもある
小室最後のミリオンシングルとなったのは、
1997/4/23華原の「Hate tell a lie」(105.8万枚)である


小室はそれ以前にも1〜2月に、
「You Are The One」「FACE」「Can You Celebrate?」
でミリオンを達成しているが、
4ヶ月4作のミリオン達成に対して、
5月以後にはミリオン作が出なくなる


これ以後の小室作品では、
安室「How to be a girl」(5/21、77.2万)、
華原「Love is All Music」(7/2、65.3万)、
globe「Wanderin’ Destiny」(10/15、87.6万)
などが最大限のところとなり、
これ以外は安室と鈴木あみを除き、
50万を越すこともなくなる


一方アルバムではまだミリオンの壁は守っていたが、
実はより顕著に数字を落としたのはアルバムの方である
比較のために前作と併記しよう

安室「Sweet 19 Blues」(1996/7/22、335.9万枚)
「Concentration20」(1997/7/24、193万枚)=43%減
華原「Love Brace」(1996/6/3、257.1万枚)
「storytelling」(1997/12/24、136.6万枚)=47%減
globe「Faces Places」(1997/3/12、323.9万枚)
「Love again」(1998/3/31、165.8万枚)=49%減

このように見ると、TKファミリーの三大ミュージシャンは、
いずれも1997年前後の1年間でセールスを4〜5割減少させており、
ある意味でシングル以上にTK凋落を顕著に示している


なお小室は1994〜97年には年間10位内に数作をランクインさせていたが、
1998年には1作も入っていない
小室が海外に目を向けている間、
足元の日本ではそのブームが終わろうとしていた
その背景にあったものは何か
小室はこのことを調べるため、1998年にマーケティングを行ない、
旧globeファンがもっとも多く流れたのがL’arc〜en〜Cielであるという結論を得た


L’arcはすでに1996年末、
アルバム「True」でミリオンを達成するほどの人気を得ており、
翌年メンバーの不祥事で活動を一時休止したが、
活動再開後には大人気を博し、1998〜99年頃に全盛期を迎えた
1998年にはシングル「Honey」「花葬」「侵食」の3枚を同時リリースしていずれもミリオン近いセールスを記録し、
翌年にはアルバム「ark」「ray」を同時リリースしてともにダブルミリオンを達成している


他にもこの頃の日本では、
L’arcを含むヴィジュアル系バンドが盛り上がっていた
Luna Seaは早くからX Japanとともにヴィジュアル系バンドの代表的地位にあり、
1994年「True Blue」以後たびたびチャート1位を獲得していた
1997年にはバンドの活動が一時休止したが、
リーダーの河村隆一は4枚のシングルと2枚のアルバムを出し、
特に2ndアルバム「Love」は278.8万枚の大ヒットとなっている


1996年にはGlayが「グロリアス」「Beloved」などで人気を伸ばし、
1997年以後最盛期を迎えた
特に1997年のベスト版「Review」は487.6万枚を売り、
globe「globe」が出した日本記録を打ち破った
1997年度のみで333.4万枚を売って、アルバム年間1位も獲得している
シングルでも1998年に「誘惑」が161.1万枚を売り(最終的に162.6万)、
シングル年間1位を獲得しているし、
1999年も「Winter, again」で163.8万枚を売り(最終的に164.2万枚)、年間2位となっている


1997〜99年にはこれらビッグバンドだけでなく、
有象無象のバンドが毎週チャートをにぎわせる状況になっており、
SHAZNAやMalice Mizerなど、
いささか色物系のバンドもヒット曲を出すようになっていた
まさにTKブームに代わる「ブーム」である
その他、ヴィジュアル系には含めがたいが、
黒夢やThe Yellow Monkeyも多くの名作を発表していた


ヴィジュアル系の盛り上がりは、
ライブハウスでの地道な活動によるところも大きい
一方この頃の小室はドームなど巨大規模のライブでしか姿を現さなくなっており、
業界人やら海外やら、一般人には手の届かないところを相手にしていた


その意味でヴィジュアル系バンドは、
当時の小室とは対極的なところから現れたといえる
TKブームの基盤だったタイアップ・メディア露出至上主義は、
もともと80年代バンドブーム終息の後に現れたものだったが、
今度はそれが新たなバンドブームによって取って代わられようとしていた


また1997年頃の小室は、
1994〜96年のような分かりやすい曲をあまり作らなくなっていた
小室は、いわゆる「四つ打ち」に飽きていたとも言っているし、
実際にTKサウンドの過剰露出の結果、
そうした音は世間でもすでに飽きられ始めていた


しかもその対応として出された新たな楽曲は、
以前の「四つ打ち」サウンドほどとっつきやすいものでもなかった
熱心なTKファンならともかく、
TKブームに乗って聴いていただけの浮動層には魅力は薄かっただろう


特に安室・華原などは、音楽的魅力というよりは、
若い女性の憧れとしてメディアに取り上げられたところがある
ならばそのブームが陳腐化したり別のブームが来たりすれば、
浮動層が離れていくのは容易だったと思われる
複雑な仕掛けのないヴィジュアル系の音などは、
その点で格好の対象だった


つまりはTKサウンドが飽きられて新しいブームが生まれたということだが、
そうはいってもこれらはいわば浮動層の問題であって、
小室が音楽活動を堅実に続けていれば、
その流れは一定のところで留まっただろう
しかし実際にはTKブームは時を追って退潮していく
その結果が1999年のTrue Kiss Destinationの失敗だった


おそらくTKブームの急激な退潮は、
日本国内での小室のサポート体制の変動も関係していた
しかし本章はすでにかなり長くなっていることもあり、
この点はもう少し後で触れることにする


本章では、1997年にTKブームが見かけの派手さにもかかわらず失速を始め、
1999年には事実上終わりを迎えていたことを確認しておきたい
この時代観は、TM NETWORKの歴史を考える上でかなり重要である
TMNは1997年終わりに再結成を宣言し、1999年に実行したが、
このタイミングはまさにTKブーム退潮の過程での一コマだったのである


つまりTMN再結成の話は1996年当初の目論見とは異なり、
TKブームの恩恵を受ける形ではなく、
その失速を補う形で宣言され実行された
このタイミングが示す意味については、
次章以下でTMNを絡めつつ見ていくことにしたい

TK 1998
ソニー・ミュージックアソシエイテッドレコーズ
1998-11-26
小室哲哉
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト by TK 1998 の詳しい情報を見る / ウェブリブログ商品ポータル
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タイトル 日 時
第五部完
第五部完 今日9/26は、木根さん55歳の誕生日でした 木根さん、おめでとうございます ちなみに小室さん、このタイミングでTwitterで、 「木根さん、50年以上生きてきてなににを思います?幸せだよね、、、。間違いなく、、。 」 とか、何か意味深なことをつぶやいています 木根さんはさらりと、「そうですね。ほんと、ありがたいです。」と返していますが… ...続きを見る

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2012/09/27 00:38
5-28 「終了」後のウツと木根
5-28 「終了」後のウツと木根 「incubation Period Limited Edition」の予約特典ポスターのデザインが、 ライブシネマのサイトで公開されました ↓こんな感じみたいです ...続きを見る

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2012/09/07 05:16
5-27 TKブームの到来
5-27 TKブームの到来 8/11、「FREEDOMMUNE 0」が開催されました 去年は台風で中止になりましたが、今回は実現しました 小室さんも待望の出演となりました ただ、見てはいたのですが、録画失敗…orz 誰か録画した方とかいませんでしょうか… セットリストは小室さんのFacebookに出ていますが、 1曲目はオリジナルの「DOMMUNE2012」、 5曲目は去年の「FREEDOMMUNE 0」代替ライブのオープニング曲「DOMMUNE2011」です 「Get Wild '... ...続きを見る

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2012/08/13 01:26
5-26 「終了」の完了
5-26 「終了」の完了 7/20に、Blu-ray/DVD「Incubation Period」のmumo予約特典が発表されました TM NETWORKオフィシャルサイトより転載します ...続きを見る

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2012/07/22 02:21
5-16 終了
5-16 終了 1994年4月21日、 TM NETWORKが「Rainbow Rainbow」でデビューしてちょうど10年目の記念日、 TMNのニューシングル「Nights of the Knife」がリリースされた日、 全国の朝刊各誌に大々的にTMN「終了」宣言が掲載された ...続きを見る

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2011/11/22 02:04
5-15 TMNかtrfか
5-15 TMNかtrfか ニュースで騒がれましたが、 10/24にKeikoさんが倒れ、緊急手術を行ないました オリコンニュースより  音楽プロデューサー・小室哲哉(52)の妻で歌手のKEIKO(39)が24日夕方、都内病院に救急搬送されたという一部報道に対し、所属事務所のエイベックス・マネジメントが25日、病状を公表した。「くも膜下出血」と診断されたKEIKOは25日未明から5時間にわたる手術を受け、無事成功。現在は意識が戻り、1ヶ月の入院を予定している。  同社によると、KEIKOは24日夕方、首の後部に激痛... ...続きを見る

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2011/11/01 04:38
5-10 TMN10周年への道
5-10 TMN10周年への道 7/30、東京南青山のSpiral Hallで開催されるシンセイベント「Yamaha & Steinberg EXPO 2011」に、 小室さんが出演してTalk&Liveを行なうとのことです ...続きを見る

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2011/07/14 00:06
5-9 続・サポートメンバーの活動(TMN期)
5-9 続・サポートメンバーの活動(TMN期) 小室さんのDummuneライブ、各所で話題のようです 再放送とかありませんかねぇ… とりあえず当日のUstreamの観客によるUstweetのログに、 リンクを張っておきますね ...続きを見る

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2011/06/22 01:00
5-8 木根尚登、ソロデビュー
5-8 木根尚登、ソロデビュー 7/2と7/3の渋谷Duo Music Exchangeで、 ウツ・木根さん・浅倉さん+ゲストにより、震災復興支援ライブとして、 「フォークパビリオン2011」を開催するそうです magneticaのサイトより ...続きを見る

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2011/06/03 03:06
5-6 trf 〜TK RAVE FACTORY〜
5-6 trf 〜TK RAVE FACTORY〜 震災以後動きが無かった小室さんですが、理由が判明しました チャリティイベント用の楽曲を作っていたんですね 4/19、オフィシャルサイトで公表されましたが、 イベントのチケットはe+で4/19から発売です イベントについては、oricon styleの記事を転載します  アジア太平洋地区を活動拠点とする特別非営利活動法人「国連の友Asia-Pacific」は19日、東日本大震災被災者の心のケアのために立ち上げた『Friend’s Whistle!』(トモダチの笛)プロジェクトのキックオフ... ...続きを見る

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2011/04/20 01:55
5-5 小室、avexと接触
5-5 小室、avexと接触 発売延期になっていた「Digitalian is eating breakfast 2」、 5/4リリースになったようです ずいぶんずれ込みましたね ...続きを見る

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2011/04/05 02:46
5-1 小室哲哉の離脱
5-1 小室哲哉の離脱 3/23リリースの「Digitalian is eating breakfast 2」の情報が来ました Oricon Styleの2/1の記事より  音楽プロデューサー・小室哲哉が、自身名義では約22年ぶりとなるオリジナル・ソロアルバム『Digitalian is eating breakfast 2』を3月23日に発売することが決定した。フィーチャリングボーカルとして男女7人組ユニット・AAA(日高光啓・浦田直也)、ヒップホップ歌手・Zeebra、歌手・坂本美雨ら多様なアーティストを迎える... ...続きを見る

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2011/02/07 01:59
第四部完
第四部完 更新さぼってしまいました 実生活の方で割と忙しくて… 中途半端なところで終わっていたので、 気になっていたんですが、 いつのまにか一ヶ月経っていました ...続きを見る

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2010/07/09 02:59
4-33 V2
4-33 V2 来週5/5、 AAAに提供した「逢いたい理由」がリリースされる小室さんですが、 6/16リリースのソロアルバムも公式に発表されました TOMO Shopのウェブサイトより [名称] 小室哲哉/アルバムCD【タイトル未定】2010/06/16発売 [記号] AVCG-70075 [発売日] 2010/6/16 [価格] \3,000(税込) ...続きを見る

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2010/05/01 00:55
4-29 TMN終わりの始まり
4-29 TMN終わりの始まり 去る3/18・19日、小室さんのソロライブが行なわれました 咲花林のライブレポによれば、3/18福岡ライブでは熊本ライブのセットリストに、 「Many Classic Moments」「World Groove」「survival dAnce」「Boy Meets Girl」「寒い夜だから…」「Wanderin' Destiny」が追加、 「Time To Count Down」「I'm Proud」「I Believe」「Don't wanna cry」「愛しさとせつなさと心強さと」がカ... ...続きを見る

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2010/03/24 00:17
4-17 月とピアノ
4-17 月とピアノ 1986年の「FANKS」、1988年の「T-Mue-Needs」、 1989年の「FANKS!! ‘89」、1990年の「リニューアル」など、 新たな活動を始めるたびに、 常にキャッチフレーズを提示してきたTMだったが、 1991年のTMNのコンセプトは「月とピアノ」だった ...続きを見る

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2009/10/12 03:12
4-16 TMN最後の挑戦
4-16 TMN最後の挑戦 半月ぶりの更新になります 9/30には「The Singles 2」がリリースされました 「Time Capsule」で勝手なエディットが加えられていた「Rhythm Red Beat Black version 2.0」は、 今回はちゃんとフルコーラス入っていましたね ...続きを見る

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2009/10/01 21:29
4-6 リニューアル
4-6 リニューアル 今週も話題はないですね つうか、当分あるはずもないんですけど ...続きを見る

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2009/06/17 22:46
第三部完
ということで、第三部がやっと終わりました 年代で言えば、長かった1980年代がついに終わったということになります 途中で(現代の)TMの活動復活と新作発表という予期せぬ事態が起こって、 そのレポートを挟んだりしたため、長引いてしまいました もちろん、嬉しい誤算です(笑 ...続きを見る

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2008/07/23 01:18
3-27 ライター・木根尚登
3-27 ライター・木根尚登 本日、「別冊宝島」の「音楽誌が書かないJポップ批評」シリーズで、 「TMN&小室哲哉 ポップス神話創世」が発売されます(680円) 表紙はこんな感じ↓ ...続きを見る

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2008/05/19 04:34
3-26 俳優・宇都宮隆
3-26 俳優・宇都宮隆 GW中から忙しく、更新の間隔が空いてしまいました(;´Д`) 次回からはちゃんと一週間ペースで更新しますので、お許しを ...続きを見る

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2008/05/10 03:19
3-25 メディアミックス
3-25 メディアミックス SONY Music Shopのサイトより ...続きを見る

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2008/04/29 01:34
3-16 FANKS!! '89
3-16 FANKS!! '89 会報情報によると、 「TM NETWORK -REMASTER-」のC.C.Lemonホール公演二日目、 ウツの右足が重度のネンザになり、 武道館ではサポーターをつけて出てたらしいです 全然分かりませんでした 年なんでしょうかねぇ まあ昔からよく怪我はしてましたけど… ...続きを見る

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2008/02/10 02:13
3-7 YAMAHA関連企画
3-7 YAMAHA関連企画 MySpaceとR&Cのサイトで、 「SPEEDWAY」の中から、 「Action」「Teenage」の試聴が出来るようになりました 小室さんのボーカルが目立っています 特に「Action」は小室メインでは?というくらい ちなみにR&Cサイトの試聴ファイルの数字を変えると、 実は他の曲も聞けたりするんですが、 パシフィコ横浜ライブの最後にかかっていた曲は「You Can Find」でした インストと思ったけど、「作詞:小室哲哉」なので、歌もあるっぽいですね ...続きを見る

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2007/11/19 00:46
3-1 T-Mue-Needs
3-1 T-Mue-Needs TM NETWORKのMySpaceが出来ました 「Welcome Back 2」「N43」を試聴することができます! さらにR&Cのディスコグラフィのページでは、 この二曲に加えて「Memories」も試聴可 ...続きを見る

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2007/10/05 09:02
第二部完
ついに長かった第二部が終わりました 話題が多いだけに、なかなか終わらなくて(汗 ブログをこちらに移したのが第二部を始めた頃だったので、感慨深いです ついでに言えば、 前のブログ(20 Years After -TM NETWORK通史-)が去年の8月に始まったので、 一年を超えたことになります アクセス数も1万行きそう…かな? ...続きを見る

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2007/09/29 00:21
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2-35 サポートメンバーの活動 (ハンバーグ&カニクリームコロッケ含む)  ニューシングル「Welcome Back 2」の詳細発表!(リンク先に画像あり) YRCN-90003/¥1,260(税込) 2007年10月31日発売 ...続きを見る

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2007/09/29 00:15
2-14 EARTH
2-14 EARTH DJTKのアルバムが、5/23発売のようです 全貌はまだ分かりませんが、J-POPのカバー曲集の模様 ...続きを見る

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2007/04/02 00:22
2-2 The FANKS! ―FUNK, PUNK, FANS,―
2-2 The FANKS! ―FUNK, PUNK, FANS,― 1/5、NHK-FMの「近田春夫×小室哲哉 Double DJ Show 」、 1980年代の音楽史を振り返るという番組でしたが、 半分小室さんの音楽歴語りになってました しかし最近の痛々しい活動の数々の中で、 久しぶりに面白い番組でした ...続きを見る

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2007/01/10 08:51
2-1 My Revolution
2-1 My Revolution あけましておめでとうございます 今年もよろしくお願いします ...続きを見る

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2007/01/04 10:43
第一部完
てなことで、やっと第一部が終わりました 旧ブログの記事を移して来るだけなんですが、 改行も含め文章を微調整したり書き加えたり、 カテゴリーごとに色をつけたりしてたら、 (アルバム名・曲名・ライブタイトルで同名のものがややこしいので) 結構時間かかります 本当はさっさと旧記事を移転してしまおうと思ったのですが、 年内は序章・第一部を移すだけで精一杯でした ...続きを見る

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2006/12/31 01:49
1-14 Timemachine Cafe
1-14 Timemachine Cafe TM NETWORKのファンクラブTimemachine Caféは、 1984/9/1に設立された 「1974」の部分的ヒットによって、 ファンを組織することが可能になったのであろう この頃に開催が決定した「Electric Prophet」の動員とも関わるのかもしれない ...続きを見る

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2006/12/11 02:15
1-2 TM NETWORKデビューに向けて
1-2 TM NETWORKデビューに向けて 1983年9月、EPIC/SONYと正式に契約したTMの3人は、 以後1984年4月のデビューまでの約半年間、 アルバムの音作りに加え、デビュー後の方針が固められていった とにかくコンセプトから入るのがTMである デビューの時も、特徴的な方針が採用されることになった ...続きを見る

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2006/11/26 03:30
0-7 小室・木根・ウツその後
0-7 小室・木根・ウツその後 1981年から1983年の間、木根・ウツはSPEEDWAY、 小室も自らの音楽活動を行ないながら、作曲・演奏の仕事をこなしていた 特に小室の仕事に関しては、現在でもある程度追うことができる ...続きを見る

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2006/11/24 01:38
0-6 小室脱退後のSPEEDWAY
0-6 小室脱退後のSPEEDWAY 小室哲哉はSPEEDWAYに加入して、 楽曲制作で大きな役割を果たしただけでなく、 様々な企画を考えるアイデアマンとしても活躍した ...続きを見る

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2006/11/24 01:24
0-3 小室哲哉と音楽の出会い
0-3 小室哲哉と音楽の出会い 小室哲哉の音楽歴は長い もっとも専門家の訓練を受けたのは、 子供の頃に習ったバイオリンとエレクトーンくらいで、 あとはピアノもキーボードも作曲も、すべて独学によるものである だがむしろ独学だからこそ、独特な音楽センスが醸成されたともいえよう ...続きを見る

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2006/11/24 00:49
0-2 SPEEDWAYデビュー & The Esther
0-2 SPEEDWAYデビュー & The Esther 1979年、木根・ウツたちはSPEEDWAYとして、 東芝EMIからプロデビューを果たした 東芝の新人スカウトから声をかけられたことがきっかけだったという バンド名の由来は、映画「スター誕生」に登場するバンドの名前だという ...続きを見る

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2006/11/24 00:28
0-1 木根・ウツと音楽の出会い
0-1 木根・ウツと音楽の出会い 今更いうまでもないが、TM NETWORKは3人のメンバーで構成されている ...続きを見る

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2006/11/24 00:07
ブログ開設
fruitsブログで8月から、 「20 Years After -TM NETWORK通史-」というブログをやっていたのですが、 最近調子がおかしいので、ブログが消えない内に移転することにしました ただ手軽にブログを移転する方法が分からないので、完全に手作業になります なので、これから日を追って、 少しずつfruitsブログで書いてきた内容をアップしていこうと思います ...続きを見る

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2006/11/20 00:28

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