帰ってきた小室哲哉

2020/7/24、小室哲哉が音楽界に復帰いたしました!

復帰作は、7/24配信開始の乃木坂46のニューシングル「Route 246」です。
小室さんはこの曲で、作曲・編曲を担当しました。
6/11に小室さんが急にラジオに匂わせ出演をしたので、水面下で復活しようとしているな?とは思っていましたが、予想以上に早い展開でした。


小室さん復帰情報は、7/16に各メディアで発表されました。
7/16の日刊スポーツ朝刊では、小室さんの最近の写真も出ており、割とちゃんと準備していたようです。
他にもいろいろなところで報道されていますが、元になるのは乃木坂のプロデューサーの秋元康さんと小室さんのコメントですので、これをFashion Pressのサイトから引用します。

■秋元康コメント
小室哲哉は古くからの友人です。一度は引退した彼ですが、時々、会って食事をする度に、音楽への熱い想いは消えていないことを知りました。いろいろな事情はあるのでしょうが、何とかもう一度、小室哲哉に音楽に携わる機会を持って欲しいと思いました。
「曲を書いてよ」そんな話を何度かするうちに、彼がようやく重い腰を上げました。ブランクがあった分、なかなか、思うようなイメージのものが書けないようでした。
結局、7回も書き直しをしてもらったのですが、その作業すら楽しそうでした。この人は本当に音楽がないと生きていけないのです。音楽にのめり込むとまわりが見えなくなってしまう不器用な人です。そのせいで多くの方に迷惑もかけたのでしょう。でも、小室哲哉はそれを音楽でしか返すことができないのです。
乃木坂46に、書き下ろしてくれた「Route 246」を聴いてください。彼の音楽への想いが伝わって来ると思います。

■小室哲哉コメント
多いなる友情と才能を持った秋元康さん、同じく近しい知人に一年間背中を押され、今回悩みに悩んで作曲・編曲を手掛けさせていただきました。
ここ数年ゼロからアートを学び、改めて概念、すなわちコンセプトを持った創造物の貴重さを感じています。
今回のコンセプトは友情でした。友人の期待に応えたい一心で今作を作りました。一貫した、らしさは表現されているのでは?と感じています。


ここからは、小室さんが秋元さんおよび近しい知人の勧めで、楽曲制作を行なったことが分かります。
6/11のラジオでも、今年になってから小室さんが秋元さんに言われて曲を作り、ダメ出しをされていることが語られていましたが、それとつながります。
なお「知人」は松浦勝人さんとも考えられますが、あるいは小室さんの元マネージャーで今乃木坂の運営統轄部長をしている菊地政利さんかもしれません(本記事かっとさんコメント)。
また後述の7/22のZOOM会議によれば、すでに「Route 246」以前にも6曲作っているそうです。
7/16の時点でMVの写真も公開されていたので、採択が決定したのは結構前と考えられ、ラジオ出演の時点で決まっていたのかもしれません。


なお小室さん復帰報道の直後、ASKAさんが自身のブログで、6/13に小室さんと会って新曲を聞かせてもらったことを明かしました。
実際に6/13のASKAさんのブログには、5年半ぶりに(=2015年以来)「あるミュージシャン」が来て、制作中のデモテープを聞かせてくれた上、6時間も会話したことが書かれています。


「Route 246」のデモテープを聞いたASKAさんは、これを「The 小室」と言っています。
小室さんはこの曲で復帰することが決まったため、知人に聞かせに行った可能性が高いだろうと思います。
ならばこの直前の6/11のラジオ出演時も、やはり復帰を前提としたものだった可能性が高いと思います。
またはラジオで世間の反応を様子見した上で、最終的な採用決定に至ったのかもしれません。


小室さんの復帰作となった「Route 246」は配信限定シングルなので、CDチャートには集計されません。
乃木坂46にとっては、6/17リリースの前シングル「世界中の隣人よ」に続く配信シングルとなります。
コロナウィルスの影響で握手会ができないため、握手券を付けてCD売上を稼ぐ手法が使えず、配信シングルにしているのでしょう。
来月リリースのAKB48や欅坂46の新曲も配信シングルとなるようです。


このように売上が普段ほどは問題にならない状況下だからこそ、秋元さんも実験的に小室さんに楽曲を依頼することができたともいえます。
なおオリコンの集計では、「世界中の隣人よ」は1週目で2位・20471DL、2週目で23位・4325DLを達成しています。


「Route 246」は7/22深夜(日付は7/23)の「乃木坂46のオールナイトニッポン」で初公開されました。
番組では新曲が小室さんの復帰作という点をアピールするために「小室ナイト」なる特集を組み、「Get Wild」など小室さん関係の楽曲を2時間にかけて流し続けました。
7/29まではradikoで聞くことができます


この番組で曲を聞いたところ、すぐに小室さんと分かるメロディでした。
復帰第一弾ということで、王道的な曲を出してきたということだと思います。
全般的にシンセのフレーズがとても目立っており、小室さんの存在がアピールされている印象です。


正直、歌と曲の相性(というよりミックス?)があまりよくない気がしますし、いろんな要素を詰め込み過ぎでこなれていない印象(これはラストアイドルの時も感じましたが)もあるのですが、サビの歌メロなんかは覚えやすく作ってあって、熱心なファンじゃない方にも広まると良いなと思います。


曲のテーマは友情とのことですが、秋元さんの歌詞を読むと、「今のためにもがこう」「人の目気にして生きていたってしょうがないよ」「君ならばできるはずだ」など、全体として苦しんでいる友人に再起を促している内容となっています。
これは秋元さんから小室さんへの激励にほかならないと思います。
小室さんが作った曲で、秋元さんが小室さんを応援する、という構成になっているわけです。


なお歌詞にはしつこいくらいたくさんの「WOW WOW WOW WOW」が登場します。
個人的には耳障りな気がするんですが、これって多分小室さんの歌詞に「WOW」がたくさん出ることを踏まえて、あえて小室さん風の歌詞にしているんだと思います。
秋元さんなりの小室さんのオマージュなのかなと感じました。


ところで小室さんの復帰報道が出た7/16、久保こーじさんが溝口和彦さんなど仲間と一緒に、小室さんの復帰を祝うZOOM会議を開き、これをyoutubeに生配信しました。
どうも小室さんも参加はしないまでも、見てはいたようです(7/22の久保さんのZOOM会議も、小室さんがいろんな人に適当に招待していたようです)。


途中でDJ Dragon・古市憲寿・nishi-kenさんなども合流し、一緒に小室さんのことを語りました。
番組後半には久保さんが泥酔して(よほど嬉しかったんでしょう)、第三者には聞いていられない状態になっていたんですが、そうなる以前の冒頭部分では、引退から復帰に至る経緯を具体的に語ってくれました。
これは本人からも今後語られないかもしれないので、結構貴重かと思います。


これによれば小室さんは2018年1月の引退会見の後、桜が咲く頃にはすべての仕事を終えていたそうです。3~4月頃でしょう。
これ以前から小室さんが耳鳴りに苦しみ、2017年夏には入院もしていたことは知られていましたが、その症状はさらに悪化していたようです。


小室さんは仕事を終えた後、GW前に聴覚障害で病院を受診し、その診察結果を受けて入院しました。
久保さんによれば4月20日頃から一ヶ月半くらいだったと言います。
ただ2018/5/22の「女性自身」の記事には、小室さんの「5月中旬」の退院日に行なわれたインタビューの様子が掲載されており、「5月上旬」から入院していたと書かれています。
これを信じれば小室さんの入院期間は半月程度ということになり、一ヶ月半というのは久保さんの記憶違いということになりますが、あえて整合的に理解すれば、この後まもなく再入院したのかもしれません。
いずれにしろ、入院の開始は4月終わりから5月初め頃と考えられます。


そして小室さんは最初の受診の時点で、完治まで1年半程度かかると言われたそうです。
2018年4~5月から1年半とすれば、2019年10~11月までということになります。
ならば小室さんは去年の終わりまで、音楽活動ができる体ではなかったことになります。
2018年の衝撃的な引退後、ファンの方々は小室さんの音楽活動再開を望み続けていましたが、実は引退してもしていなくても、どうせ音楽活動は続けられなかったわけです。


小室さんは先のラジオで、去年の秋くらいから曲を作り始めていたことを明かしていました。
このタイミングは、10~11月頃に耳が完治見込みだったことと関わる可能性があります。
また11月にはウツの「Dragon The Carnival」を見に行き、Blu-rayに収められた通り、仲間と音楽の話をしたいと改めて感じていました。
小室さんは治療がひと段落した段階で、また活動を再開したいという意欲が高まってきたのではないかと思われます。


この少し後の年末には、松浦勝人さんとケンカをしてしまったわけですが、それは復帰に向けた何らかの動きの一環だったのかもしれません。
なお現状で耳が完治しているのかは分かりませんが、少なくとも最近のレコーディングでは耳がつらい様子はなかったと、溝口さんが言っていました。


今回小室さんを直接復帰に導いたのは秋元康さんでした。
久保さんの証言によれば、小室さんの引退会見後に久保さんに問い合わせの連絡をしてきたのは、秋元さんとYOSHIKIさんでした。
秋元さんは会見直後から、自分が小室さんを復活させると意気込んでいたと言います。


会見当時すでに話が進んでいた秋元さんプロデュースの「ラストアイドル2nd Season」の仕事は、中止されず最後まで遂行されましたし、2019/8/1の「双葉郡中高生交流会 FUTABA 1 DAY SUMMER SCHOOL」でも、秋元さんの声掛けで小室さんが登壇しました。
他にも陰に陽に、小室さんが表に出やすい環境を作ってくれていたのでしょう。
今年になってから小室さんに楽曲制作を行なわせ、これを乃木坂46の新曲に登用したのは、その最たるものです。
私自身は秋元さんには何の関心もなかったのですが、まさかこんなキーパーソンになるなんて、昔は思ってもいませんでした。


配信限定とはいえ、乃木坂のシングル曲という扱いは、たぶん今世紀に入ってから、小室さんのもっとも大きな仕事です。
人気アイドルへの提供曲としてはSMAPもありましたが、シングルのカップリングだったし、安室さんへの最後の提供曲もアルバムの一曲でした。
今回の提供曲は、これらよりもアピール力はあるでしょう。
たぶんこれに匹敵する仕事だったPANDORAの「Be The One」は、発表前に引退会見しちゃいいましたからねえ…。


先のラジオによれば、小室さんはオンラインのヒット曲を作りたいとのことでした。
これが乃木坂の配信シングルのことだけを念頭に置いた発言でないならば、今後SNS上で何かを発表するようになるかもしれません。
いずれにしろ今回の乃木坂のシングルの成果が本人のやる気に大きく響いてくると思うので、うまくいくといいなと思います。


さらにもう一つ、気になる動きがあります。
「乃木坂46のオールナイトニッポン」の後、「Route 246」配信開始直前の7/23に浜崎あゆみさんの公式twitterにアップされた動画で、次の活動の予告動画の中に、一瞬「T」「K」の文字が現れます。
これは乃木坂46に続いて、浜崎さんへの小室楽曲提供もあるのか?と深読みさせられます。


そして7/24、浜崎さんのニューシングル「Dreamed a Dream」7/31に配信されることが発表されました。
去年小室さんが松浦さんから、浜崎さんへの楽曲提供を依頼されて断ったとの情報が出ていましたが、結局復帰第2作として提供することになったようです。
(この件見過ごしていましたが、本記事アップの数分後にクレジットマニアさんからtwitterで情報をいただき、追記しました)
小室さんのオケはどんな感じになるのかまだ不明ですが、浜崎さんのボーカルトラックは7/30まで期間限定でyoutubeに公開されています


avexのCEOから退いた松浦さんですが、小室さんの復帰に向けて動いてくれたことがうかがえます。
なかなか周到に準備していたんですね。
この先の活動計画も、ある程度は決まっているのかもしれません。


小室さんの年表を作る場合、先の引退は2008年の逮捕とならぶ大事件でした。
逮捕後の小室さんは、2010/5/5にAAA「逢いたい理由」で復帰し、その1年9ヶ月後の2012/1/25にTMでのイベント出演が発表、「All That Love」自体は3/20に開催されました。


もしも今回も同じくらいのサイクルで動くならば、2020/7/24の復帰の後、1年9ヶ月後の2022年4~5月頃にTM再開の発表があり、1年11ヶ月後の2022年6~7月頃に復活ライブが開催されることになります。
同じサイクルになる根拠は何もないんですが、あと2年くらい、ゆっくり待っていようと思います。


こうして絶望的状況が一挙に希望へと向かっていったわけですが、そうした中で9月から開催される4回目のtribute LIVEへの期待も高まってまいりました。


こちらのライブタイトルは「tribute LIVE SPIN OFF from TM 2020」と告知されていましたが、7/18には正式タイトルが発表されました。
「tribute live SPIN OFF T-Mue-needs」です。
誰しもが忘却していたT-Mue-Needsを、ここで出してきました。
去年のBlu-ray BOXに「T-Mue-Needs STARCAMP TOKYO」の映像が収録されたことで思い出したんでしょうか。


「SPIN OFF T-Mue-needs」のFC先行受付は7/27までに行なっており、当落の発表は7/31となっています。
おそらくその後、8月に入ったら一般発売も行なうものと思われます。
まあコロナ対策で会場に入れる人数が制限されるから、ほとんど落選するんでしょうし、ウィルス感染者が増加傾向にあることを考えれば、客の入場そのものがなくなる可能性も高い気もしますけど。


「SPIN OFF T-Mue-needs」とtribute LIVE映像Blu-rayの宣伝企画として、ニコ生で「「SPIN OFF from TM」ライブ映像同時視聴ナイト」が、7/18・25・8/8・15の4回にわたって配信されます
それぞれ1時間半程度、tribute LIVEの映像を流しながらウツと木根さんが思い出を語るというものです(最後の30分程度は有料会員限定)。
第1回・2回・3回・4回それぞれ、「tribute LIVE 2003」「SPIN OFF from TM 2005」「SPIN OFF from TM 2005 8 Songs,and more」「SPIN OFF from TM 2007」のDVDの映像が流されます。


木根さんは「ユンカース・カム・ヒア」(1990/1/25発売)の30周年企画として、YouTubeに「ユンカースチャンネル」を開設し、トーク番組と小説朗読劇を配信するそうです。
トーク番組は7/19・22・26・29・8/2の5回、朗読劇は8/14・15・16の3回となります。


トーク番組はすでに2回分公開されていますが、「きねさんかなさんのトーク&LIVE」と題し、大谷香菜子さんと2人でトークを行ないます。
木根さんは今、ユンカースの絵本を出す予定とのことで、その宣伝も兼ねての企画と思われます。


以上、近況の整理でした。
今回は小室さん復帰のビッグニュースがあり、近況だけでかなり長くなっていることもあり、通常の記事は来月に回します。

Route 246 - 乃木坂46
Route 246 - 乃木坂46

7-29 Spin Off from TM②

6/17にSONYから告知がありました。
「Gift from Fanks T」収録の「グリニッジの光を離れて」の作曲者が小室哲哉とされていたのは木根尚登の誤りなので、ブックレットをSONYに送れば正しい記載のブックレットに交換するとのことです。


貴重な未発表曲だったのに随分とお粗末なことですが、誤りが公式に発表されたことは良かったと思います。
この発表については、ミツカワさんのブログ「TM NETWORKの重箱のスミ!!」に詳しく書かれています。
私も多少関わったりしていますので、ご関心のある方は御覧ください、


otonanoのTMサイトでは、「Decade」「All The Clips」のBlu-ray版販促企画として、先月から藤井徹貫氏によるTM関係者へのインタビューが「WITNESS OF TIME MACHINE」と題して連載されています。
1人目は伊東俊郎さんでしたが、6/30から始まった2人目のインタビューは、なんとTMのプロデューサー小坂洋二さんでした。
4回の連載になるようです。


小坂さんはSONY期TMのキーパーソンだったにもかかわらず、これまで簡単な形でしか発言を聞くことができなかったため、今回は貴重な機会になるかもしれません。
80年代TMの成功て、3人の力だけじゃなくて、小坂さんの舵取りのうまさがあってのことだと思うんですよね。
新しい情報が出てくるのが楽しみです。


7/4にはyoutubeライブで「TM 12H LIVE! TM NETWORK 35 Anniversary THANKS! FANKS!! and…」が配信されました。
内容は「TM VISION」「Dragon The Festival Tour」「Fanks Cry-Max」「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「eZ」「TMN 4001 Days Groove」など、SONY時代の映像を12時間放映するというものでした。


その中で一つ注意を引いたのが、「EXPO」リリース時の購入者用プレゼントビデオの放映です。
これは制作以来29年間、現在までまったく商品化されてこなかったもので、存在すら忘れていた方も多かったと思いますが(私も)、今頃出してきました。
私は配信はほとんど見ていないのですが、この「EXPO」ビデオの前後だけは見ました。
まあ内容は今更のことばかりなんですが、ようやくその内容を知ることができました。


また「EXPO」ビデオの前に流れたので偶然見られたのですが、「eZ」「Rhythm Red Tour」が、1991年3月放送分(仙台公演)と5月放送分(代々木公演)がともに配信されました(ただし一部カット)。
3月の「eZ」はライブビデオ「World's End Ⅰ」(仙台公演の商品化)の販促企画と考えられますが、放送された曲の内で「World's End」「69/99」「World's End Ⅰ」に収録されませんでした。
ただこちらは2015年になって、「TM NETWORK THE MOVIE」特典映像として収録されました。


一方で5月の「eZ」放送分は、全曲ライブビデオ「World's End Ⅱ」(代々木公演の商品化)に収録されましたが、「World's End」にはイントロなどで「World's End Ⅱ」に用いられなかったカットが用いられています。
今回はこの「World's End」も配信されました。
地味に特典映像でした。
ちなみにこの配信映像、アーカイブ化はされないぽいですね(7/5現在)。


ウツの動向について。
これまで「それゆけ歌酔曲!!」は、公演中止が次々と告知されていましたが、残っていた7/27以後の6公演の中止も6/26に告知されました。
結局今年の「それゆけ歌酔曲!!」は、観客を入れた公演は一本も行なわれずに終わりました。
ただし6/29・30・7/6・7のマイナビBLITZ赤坂4公演は、ニコ生で無観客ライブの有料生配信が行なわれることになりました。
赤坂はすでに配信されていた3公演に合わせ、合計7公演が配信されることになります。


ところが6/20にmagneticaから、意外な発表がありました。
「tribute LIVE」「Spin Off from TM」「Spin Off from TM 2007」に続くTM tribute live第4弾として、「tribute LIVE SPIN OFF from TM 2020」の開催が告知されたのです。
実に13年ぶりのtribute liveとなります。
9/14~11/23の2カ月余、14公演で、メンバーは当然これまでと同様、ウツ・木根・浅倉・葛城・阿部さんの5人編成です。
(仙台公演のみ浅倉さんの代わりに元SOPHIAの都啓一さん)


ウツのソロツアーの流れから見れば、シンセ3人の変則的な編成で開催され小室楽曲を多く演奏した2018年の「Tour Thanatos」、同じくシンセ3人編成でTM楽曲のみを演奏した2019年の「Dragon The Carnival」に続き、2020年には木根さんも加えてTM曲を演奏する「Spin Off from TM 2020」の開催ということになり、どんどんTM成分が濃くなってきている印象があります。


もっともこれは計画的なものだったとは考えられません。
「Spin Off from TM 2020」は9/14開始ですが、木根さんのソロツアー「2727ツアー」は、本来9/21に名古屋、9/26に渋谷で開催して締めとするはずでした。
これがコロナ騒動で中止されるまで、「Spin Off from TM 2020」の開催はありえなかったはずです。


「2727ツアー」は5/9に7月までの公演中止が告知され、6/1に全公演中止告知が出されました。
全公演中止が決まったのは5月末と考えられます。
木根さんも含めた「Spin Off from TM 2020」の開催は、これを受けて決定したはずです。


6/10にはウツの会報送付(通常は15日頃)が遅れることが告知されました(6/19送付)。
これは「Spin Off from TM 2020」のスケジュール調整が会報編集スケジュールに間に合わなかったためと考えられます。
この間ウツ・木根や他のメンバーは、かなりドタバタだったようです。
仙台公演で浅倉さんが参加できないのも、急遽スケジュール調整が行なわれたためと考えられます。


とはいえ、5月末から2~3週間ですべてが手配できるはずがありません。
おそらく「2727ツアー」中止決定以前から、浅倉さんたちにも選択肢の一つとして打診していたのでしょうし、会場も大部分は毎年秋恒例のウツのソロツアー用に確保していたものと考えられます。
ウツの本来の計画では、6月15日頃の会報でソロツアー開催の決定とFC優先予約の連絡が行なわれるはずだったのでしょう。


今回注目されるのは、14公演のすべてがニコ生で有料配信されるということです。
なかなか斬新なやり方ですが、「それゆけ歌謡曲!!」の配信が収益的にも良く、ビジネスモデルとしてあり得ると判断したのかもしれません。


皆さんご存知の通り、コロナ騒動の結果、ライブの開催は全国的に困難になりました。
6/19からはライブハウスの営業再開が認められるようになりましたが、現時点では出演者と観客の間は2m、観客間は1mの距離を空けなければいけません。
これに準拠すると、たとえば150人のキャパシティの池袋Adamには7人しか入れないそうです。
グランキューブ大阪など3000人近い規模の会場でも、本来のキャパシティの15%程度しか入れません(2888座席で388人)。


このキャパシティは座席を設けた会場を基準としているので、Zepp Tokyoの場合はスタンディングの2700人の15%ではなく、座席設置の場合の1200人の15%で、180人となります。
より小規模な会場ではさらに条件が厳しくなるでしょうが、仮に15%入れたとしても、Blue Live広島は350席×0.15=48人、仙台 Rensaは250席×0.15=38人です。
実際にはこれよりも観客が少なくなるでしょうから、会場にいる半分くらいがスタッフや関係者という可能性すら十分にありそうです。
この人数で5人を見られるなんて贅沢な空間な気もしますが、当選確率はとんでもなく低くなりそうですね。


magneticaも「客席数の拡張が可能となった場合は、通常座席の追加販売を予定しております」と告知しているので、今後の情勢次第では席がもっと増えるかもしれませんが、逆に情勢が悪化したら中止になるかもしれないです。
なお7/15までにmagneticaの会員になると「Spin Off from TM 2020」の優先予約に申し込め、ニコ生配信も会員価格で視聴できるそうです。
木根さんはFCをなくしてしまったので、優先予約の窓口はウツだけなんですね。


いずれにしろZeppですら200人入れられないなんて、興行としては赤字にならざるを得ないので、有料配信を前提にしないと採算がとれないはずです。
その場合、配信の視聴者数を一定以上稼ぐことが前提になりますから、通常のソロツアーではその点で十分な期待ができないという事情もあったのでしょう。
今回の企画は、ツアーが中止になった木根さんの救済というだけではなく、ウツも(または他のメンバーも)tribute LIVEを再開する動機はあったのだろうと思われます。


「Spin Off from TM 2020」開催に合わせて、過去の4本のtribute LIVEのDVD作品がBlu-ray化されます。
FC会員はwebshopで購入予約が受け付けられています。
4枚セットで11000円(税込み)+送料で、9月上旬発送予定だそうです。随分安いですね。
まだ告知はされていませんが、一般販売もあるようです。
さらにFC限定で「Magnetica 25th Anniversary Book 2015-2020」の刊行が決まり、やはりwebshopで予約受付中です。


最後におまけですが、去年アニメ映画化した「ぼくらの七日間戦争」が、今度は舞台で上演されるそうです
9/11~20、かめありリリオホールです。
TMの「Seven Days War」「Girl Friend」が使われるのかどうかはわかんないですけど。
コロナ対策があるから、あまり客を入れられなそうですが、無事上演できると良いですね。


では本題に入ります。
なんか思わぬ「Spin Off from TM」の復活に(偶然)合わせて、本ブログも「Spin Off from TM」の話題です。



会場にオープニングSE「Bang The Gong」が流れる。
これはCD音源そのものである。
「Give You A Beat」のCD音源をオープニングSEに使った「tribute LIVE」と同様の始まりである。
1分程度のオープニングの間に5人がステージに現れ、それぞれの持ち場に入る。


1曲目「Castle in the Clouds」
かって「Laugh & Peace Premium Night」「Fan Event in Naeba」では演奏されたことがあるが、シングルであるにもかかわらずフルライブでは初演奏である。
この選曲は「Double-Decade Tour」で演奏されなかったことの埋め合わせの意味もあろうが、1曲目がこれになるとは、おそらく誰も想定していなかっただろう。


なお以下の大部分の楽曲は原曲に沿ったアレンジで演奏されたが、ところどころ変わったところもある。
たとえば「Castle in the Clouds」では、浅倉によってピアノ音色のシンセがかぶせられた。


「Jean Was Lonely」
2012年のウツソロツアー「20 miles」でも演奏されており、ウツが好きなのかもしれない。
「Tour TMN EXPO」ではこの曲で木根がシンセを担当したが、この時の木根は普通にギターを演奏している。

7-29.jpg

「雨に誓って」
間奏では浅倉が楽しそうである。
半年前に発売されたファン投票ベスト「Welcome to the Fanks!!」では、前曲とともに意外な収録曲となった曲であり、そのことも考慮して冒頭に演奏されたものだろう。


この後でウツのMCが入る。
本章ではツアー中盤の4/28横浜Blitz公演(FC会員限定の特別メニュー)を収録したDVD映像に基づき記述するが、そこでは以下のように述べられている。

ウツ「どうもこんばんは。Yeah!  Spin Off Tourへようこそ! まああの、皆さんもご存知の通り、今日はですね、ツアーの中でも、ちょっとスペシャルな日というかね。なんで、多少なり、スペシャルなメニューとなってます。(スペシャルは)いっぱいじゃないですよ。ねえ、大変ですよね、いっぱいやったら(木根に振る)。」

木根「うんあの、あるものでやりくりしながら、最後までがんばってやりぬきます。」

ウツ「そんな感じで、最後まで楽しんでいってください。」


もちろん他の日には、スペシャルメニューの説明ではなく、「Spin Off from TM」の趣旨説明が行なわれた。
この時に行なわれたパフォーマンスに、ウツが「Spin Tourへようこそ!」と言ってくるっと回るというものがあった(Spinと掛けたもの)。
またライブの公式的な位置づけを述べることもあった。
その一例を以下に挙げておこう。

えー、2年前ですよね、ちょうどTM tributeていうね、ちょうどこのメンバーで始まってですね、約2年後になったんですが、ちょっとね、みんなに好評だということで、ちょっと、多少なりね、形は変わったんですが、でもTMの良き昔の時代の曲を何曲かご用意して。もうすでに3曲で、もういっぱいいっぱいですから。あれなんですね、曲自体はとてもいいんですけど、やっぱ若い僕が歌うべき曲が多いと、思う。


ウツがMCを終えると、次の曲に入る。
ここから3曲はいずれも各会場1・2日目で日替わりで、地味で普段あまり聞けない曲が続いた。


まず1曲目、1日目は「it’s gonna be alright」
1999年の再始動後最初に発表された記念すべき曲だが、影が薄く、会場には何の曲か分からないファンもいたかもしれない。
木根は「今回歌わなかったらいつやるか分からない」と言っている。
ライブではサビの「ララララ」のコーラスが小室のねっとりコーラスではないため、印象が結構違う。


2日目はこれが「80’s」に変わった。
2番後の間奏は、オリジナルではシンセ中心に構成されていたが、この時のライブでは葛城のギターが強調されている。
またこの曲でも、サビの小室コーラスがないことが曲の印象を変えている。


両曲は1999年のTRUE KiSS DiSC時代のシングルカップリング曲で、ウツが歌ったのは史上この時が初めてである。
しかしDVD収録日の公演では両方演奏されなかったため、残念なことに映像を見ることはできない。


次の曲は、1日目には「クリストファー」が演奏された。
メンバーはリハーサルの時になって、最後の人名列挙の部分が歌詞カードに書いていないことに気づき、スタッフを交えながらみんなでCDから聞き取ったという。
この部分の人名は、スタッフの手元にも記録がないのだろう。


2日目はここが「This Night」になった。
レア度は「クリストファー」以上かもしれない(「クリストファー」は木根ソロで演奏したことがある)。
アウトロのブラスパートはギターで代用された。


以上の両曲は1988年「Kiss Japan Tour」以来の演奏となる。
このツアーでは事前予告で、20年くらい演奏していない曲を演奏すると発表されていたが、これらの曲のことだろうか。
なお「This Night」「Kiss Japan Tour」では原曲と大きく異なるアレンジで演奏されたので、オリジナル通りに演奏されたのはおそらく史上この時だけである。


ウツが木根を紹介して、阿部とともにステージから去る。
木根がギターを外してステージ中央のマイクスタンド前に立ち、軽く曲紹介をして歌を始める。
曲は木根ボーカルのTMN曲で、1日目は「Looking At You」、2日目は「月はピアノに誘われて」だった。
木根としては、ギターを持たず手ぶらで立ちながら歌うのは落ち着かなかったらしい。
なお「月はピアノに誘われて」では、木根のピアノパートを浅倉が担当している。


DVD収録日の4/28には、以上3曲の内「it’s gonna be alright」「80’s」は両方カット、「クリストファー」「This Night」は両方演奏され、木根ボーカル曲では「月はピアノに誘われて」が演奏された。


木根は1曲歌い終えた後もマイクスタンド前に立ち続け、「え?まだ歌うの?」と周りに聞く演技をする。
ここからは木根・浅倉・ウツのソロコーナーである。


木根は気に入ったら会場の物販で500円で買って欲しい旨を宣伝した上で、ソロの新曲「My Best Friend」を演奏する。
木根はこの曲ではベースを演奏した。
以後木根は、ソロやtribute LIVEで時折ベースを演奏した。
TMでも2008年「TM NETWORK play SPEEDWAY and TK Hits!!」でベース演奏を披露している。


「My Best Friend」「Spin Off from TM」開始日の4/8にリリースされた。
1998年の「永遠のスピード」以来、実に7年ぶりのシングルである。
SPEEDWAY休止後、TMデビュー前に、木根のソロでオーディション用テープに吹き込んだという、大変古い由来を持つ曲である。
当時のオケとアレンジは小室が担当したという。
2人で行動することが多かった1982~83年頃の曲だろうか。
CDのジャケットには高校2年生の時のライブの写真が使われている。


歌詞は高校の頃以来の友人に捧げるものに書き直されたが、そこにはウツを意識した人物も登場しているという。
「初恋の娘の名前をあいつは覚えている 恋の行方風に乗りいつしか風になった」の部分だろうか。
また「夢はかなったかな? 死んだあいつの分まで」の部分は、多摩の音楽仲間の阿部晴彦のことを謳っているものと思われる。
木根はTMを振り返るライブに合わせて、過去を振り返る曲をリリースしてきたのである。
2004年に小室との別れを念頭に置いて作った「風のない十字路」とも多少連動しているのかもしれない。


木根は演奏を終えると、「キーボード、浅倉大介」と言って、浅倉を紹介し退場する。
浅倉コーナーも日替わりで、1日目は「Quantum Mechanics Rainbow Ⅵ」、2日目は「Techno Beethoven」が演奏された。
いずれも派手な照明の下での演奏となった。
このうちFC盤DVDには前者が収録されている。


阿部のカウントとともに、一点してロック調のイントロが流れる。
ウツが登場し、ウツのソロコーナーが始まる。
曲は配信曲第1弾「Slash!」である。
なおウツはこの曲の前で、ベージュのジャケットから黒・金色の縞柄のジャケットに着替えた。


演奏が終わると、ウツが「どうもありがとう!」と言って、阿部・葛城・浅倉・木根の順にメンバー紹介を行なう。
さらに続いて、ウツの配信曲の宣伝を行なった。
会場によっては作曲者の浅倉も、「ウツの気持ちいい声を最大限に活かせたらと思って、がんばりました」などとコメントしている。
木根もこれに乗っかって浅倉に、「大ちゃん、俺にもこういう曲書いてよ。はやーいやつ」などと絡んだりした。
「はやーいやつ」、木根は歌えるのだろうか?


ウツはこれに続き、地方限定曲に関するコメントやライブ音源配信の説明を行なった
このMCコーナーの時間はかなり長く取られ、時には10分を超えることもあった。
レア曲を多く演奏したライブだったこともあり、「I Want TV」「You’re The Best」「一途な恋」など、TM史上の不遇曲の話題に触れられることも多かった。
木根が「I Want TV」「Dragon The Festival」「Get Wild」などを即興で歌うこともあった。


MCの話題は毎回異なるので逐一言及はしないが、追加公演の5/14Zepp Tokyoでは、木根がMCコーナーで披露してきた即興パフォーマンスの総集編が披露されている。

・名古屋初日(4/23):木根作「愛知の歌」
ギターを弾いて手が痛い演技をして「アイチ!」というだけ。

・名古屋2日目(4/24):木根作「愛・地球博のテーマ」
「名古屋の愛・地球博は、2004年のエキス「ポッ」」(口に指を入れて音を出す)と歌う。

・仙台2日目(5/1):ヒップホップ風オケ付きの曲
「I Love You, I Love Tokyo. Thank You!」と歌う。
(当日はこの歌の前に、木根がラップで牛タンの食べ方を歌ったりクイズを出したりした)

・札幌初日(5/3):芸人ヒロシのネタのパロディ
「浅倉大介です。今年で37歳です。いまだにミッキーマウスが好きです。一日中ディズニーランドにいても、全然飽きません」
(ちなみに当日は他のメンバー3人や小室のネタもあった)


この後は、地方限定曲の演奏が行なわれた。
演奏曲は以下のとおりである。

・4/8・9:Zepp Tokyo「Still Love Her」
・4/16・17:Zepp Fukuoka「Maria Club」
・4/20・21:大阪なんばHatch「アクシデント」
・4/23・24:Zepp Nagoya「Human System」
・4/30・5/1:Zepp Sendai「Resistance」
・5/3・4:Zepp Sapporo「1974」
・5/7:Zepp Osaka「Beyond The Time」
・5/14・15:Zepp Tokyo「あの夏を忘れない」


本来はこの枠では地方にゆかりの曲を選ぶことになっていたが、実際に地方と関わるのは、福岡の「Maria Club」と札幌の「1974」くらいである。
ツアーのレギュラー曲と比べると曲のレア度はむしろ低く、TMで80年代以来の演奏となったのは、「Maria Club」「Resitance」くらいである。


「Still Love Her」「Human System」「1974」「Beyond The Time」「あの夏を忘れない」の5曲は再始動後のTMでも演奏された曲であり、「アクシデント」は半年前にウツソロ「Tour Overtone」で演奏されたばかりである(Aメロのギターなどアレンジは異なるが)。
また東京追加公演で演奏された「あの夏を忘れない」は、2000年に横浜アリーナ「Log-on to 21st Century」で演奏されているから、演奏するならば東京以外にした方が喜ばれたと思う。


各曲について簡単に触れると、「Still Love Her」ではいつものように、ウツがアコースティックギターを弾きながら歌った。
「Maria Club」では、オリジナルにないミュンミュンしたシンセが加わっている。
「1974」はウツの高音部の歌がきつくなっているように感じる。


地方曲に続くのは「TIME」
アレンジは「Childhood’s End」版に準じているが、冒頭の声のSEはなくなっている。
Aメロでドラムが前面に出されているアレンジは、自分としては好みである。
だが「TIME」は名古屋まで8公演で演奏されたが、FC限定の横浜公演で削られ、その後の9公演でも演奏されなかった。


バラードコーナー2曲目は「Girl Friend」
人気曲の割にTMではほとんど演奏されてこなかった曲である。
ここまで「雨に誓って」「クリストファー」「This Night」「Maria Club」「Resistance」「TIME」「Girl Friend」は、いずれもTMでは1988年が最後の演奏になっている(1991~92年の「Tour TMN EXPO」のフォークパビリオンを除く)。


ウツは「どうもありがとう」と言って曲を締め、ライブ本編最後のMCに入る。
ここではレアな選曲などについてウツと木根で雑談をし、ツアー目玉曲である次につなげた。


次から2曲は日替わりである。
まず1曲目は、1日目は「Your Song」だった。
曲の長さは「Twinkle Mix」に準じているが、ライブ用に編集したアレンジとなっている。
ファン待望の演奏だったが、3分半程度で終わってしまった。
全体としてポップさが抑えられ、ロックの雰囲気になっており、シンセの音が意外と抑えられている。
またイントロをはじめ、この曲の特徴であるオーケストラヒットは、この時はまったく使われていない。


2日目は「Twinkle Night」が演奏された。
これは史上初のフルライブでのバンド演奏である。
イントロや間奏で目立つホーンセクションパートがなくなるなど、原曲と異なるライブアレンジとなった。
原曲であまり強調されないギターが目立つのも、印象が異なる一因だろう。
2番後の間奏は浅倉と葛城の掛け合いとなっており、一つの盛り上げ場となった。


次の曲は、1日目は「Self Control」だった。
「Fanks Cry-Max」版のイントロで始まるお決まりのライブアレンジである。
2日目は「Get Wild ‘89」である。
「tribute LIVE」と同様、「Get Wild」「’89」での演奏となった


以上2日分4曲は、FC限定の横浜公演では全曲演奏された。
(ただし「Get Wild ‘89」は次の「Be Together」の後)
その後の公演では「Self Control」「Get Wild ‘89」は日替わりに戻ったが、「Your Song」「Twinkle Night」は両曲とも演奏されるようになる。
ファンの間でも両方聞きたいという意見が強かったのだろう。
「TIME」が省かれたのは、このあおりと考えられる。


続いて「Be Together」
「Give me all night」のセリフで始まる「Camp Fanks!! ‘89」「TMN 4001 Days Groove」のアレンジである
サビ前では「Double-Decade Tour」と同様にくるっと回ったが、このパフォーマンスは以後も踏襲されて2010年代まで定着する。


「Dive Into Your Body」
間奏が長い恒例のライブバージョンである。
以上、盛り上げ曲3曲を連続して演奏し、ライブ本編は終了した。
ウツは「どうもありがとう!」と言ってライブの終わりを告げ、他のメンバーと一緒にステージから退場した


アンコールではメンバーがツアーグッズのTシャツに着替えて再登場する。
ウツと木根はアコースティックギターをスタンバイ。
ウツは多少のMCを挟み、「じゃあ僕と木根君で作った曲に行きましょうか」などと言って曲に入る。


曲は「Another Meeting」
ソロや2人でのライブでは何度か演奏している曲だが、商品として映像が残っているのはこの時のものしかない。
意外と貴重な演奏だった。


ただし追加公演の5/7と5/15には、この曲は外された(5/14には演奏された)。
両日は、メンバーがステージに現れてジャンケンしたり(5/7)クジを引いたり(5/15)してから、各自の持ち場に入り演奏を始めるというパフォーマンスがあった。
これは演奏パートをランダムで決めたという演出だが、実際には初めから持ち場は決まっていたものだろう。


曲はChuck Berry「Jonhny B. Goode」のカバーで、ボーカル阿部、ギター浅倉、キーボード葛城、ベースウツ、ドラム木根だった。
かつての「Tour TMN EXPO」でのMetal Pavilionを意識したものだろう。
2003年にはFolk Pavilionが再現されたから、この時はMetal Pavilionだったわけである。
なおギターにはM-tresの立岡正樹も参加した。


「Johhny B. Goode」の後は、ボーカルの阿部によるメンバー紹介と短いMCを挟んで、最後の曲に入った(「Another Meeting」の時はMCを入れずそのまま続けた)。
曲は「You Can Dance」である。
「tribute LIVE」の時と同様に、ウツが間奏で阿部に食べ物を食べさせる遊びもあった。
なお木根は、この曲でベースを担当した。


演奏が終わると、ウツは「どうもありがとう」と言って礼をする。
メンバーはステージ前方に出た客席に手を振り、退場する。
退場曲は「Presence」のインストである。
ツアー初期には「月とピアノ」が流されることもあった。

SPIN OFF from TM-tribute LIVE 2005- [DVD] - 宇都宮隆
SPIN OFF from TM-tribute LIVE 2005- [DVD] - 宇都宮隆

7-28 Spin Off from TM①

6/11に急な告知がありました。
同日25:00~26:00、TOKYO FMほか全国FM各局で放送されている「TOKYO SPEAKEASY」に、小室さんと古市憲寿さんが生出演することが発表されたのです。
小室さんのメディア生出演は、実に2018/2/6にPandoraとして出演した「うたコン」以来、2年4ヶ月ぶりとなります(生収録でなければ2018/2/25「ラストアイドル2nd season」以来)。


いったいどういうこと?どんなテンションなんだろう?と思って聞いてみたら、古市さんの誘導が良かったのもあるのでしょうが、小室さんはものすごい饒舌に、いろんなことをペラペラしゃべってくれました。
先日の「Dragon The Carnival」のBlu-rayの映像でも感じましたが、そろそろ表に出てきたがっているんでしょうか。
なお番組twitterには、スタジオの写真がアップされています


小室さんは2018年の引退の後、聴覚障害もあり、しばらく音楽には関わっていなかったそうなのですが、小説や脚本は書いていたそうです。
そういや、TM30周年後に次の小説の構想もあるとか言ってましたね。
渋谷のハロウィンに現れたテロリストを、ロボットになった109ビルがやっつけるという奇想天外な話らしいんですが、やはり何もせずにいることはできない方なんだなあと思います。


2019年秋頃からは、ピアノで建築に音楽を付けたりすることを始めたとのことです。
2016年のオーストリア・リンツの「ARS ELECTRONICA FESTIVAL」出演以来、アート関係の方との付き合いが広がり、その延長でやっていたそうです。
TM30周年の後、小室さんが関心を示したのがリンツでのインスタレーションでしたが、これがまだ続いていたんですね。


ちなみに小室さんによれば、年末の松浦さんとの衝突は、作曲の依頼を断ったためだったそうです(それ「だけ」なのかは別にして)。
その時点で小室さんは作曲をやる気はなかったようですが、今年になってやる気になってきたとのこと。
そうした中で秋元康さんから曲を作ってみるように言われ、3曲ほどレコーディングもしました(結局秋元さんからダメ出しされたらしいですが)。
時期はコロナが大変になる前の頃というので、今年の2~3月頃のことでしょう。


これと同じ頃には松浦勝人さんからスタジオに遊びに行こうと誘われ、そこでシンセを弾くこともあったそうです。
松浦さんは小室さんと一緒に2/23にクラブに遊びに行っているので、この前後のことかもしれません。
秋元さんや松浦さんが、小室さんの音楽活動再開のきっかけを与えようとしていることがうかがえます。
そもそも小室さんが今回出演したのは、番組のプロデューサーの秋元康さんから勧められたためなのだそうです。
番組の最後には、「もう復帰しましょうよ」という秋元さんのメッセージも読み上げられました。


小室さんが今注目しているのはオンライン上の音楽鑑賞で、今のコロナ騒動の中で急激に進んだと言っていました。
もしも30歳若ければ自分もオンラインのアーティストとして活動していたと言っており、表面的にはもう遅いみたいな言い方をするんですが、自分にはオンラインのヒット曲がまだないから1曲作りたいとも言っていて、明らかに復帰の志向を示しています。
古市さんから「完全にそれ復帰宣言じゃないですか」と突っ込まれて、否定しながら「練習してみているだけなんで」とか言っています。
練習てのは秋元さんに言われて3曲作ったことを言っているんでしょうけど、復帰するつもりがないのに何の練習なんですか、先生?(笑)


ただ優しい古市さんは小室さんが答えやすいようにいたわりつつ、「引退て言ってから復帰しますというのは、勇気がいりますよね?」と振り、小室さんから「いりますよもちろん。あと批判もあるだろうし、そう簡単に『はい』というわけにはいかないので(復帰したいけどしづらい[心の声を補足])」という言葉を聞くと、「でも批判するのは、これ部外者じゃないですか。もちろん部外者には引退会見したのに復帰するなという人はいるだろうけど、でもやっぱりファンは待っているていうか」と小室さんに迫ります。
しかしなんつうか小室さん、発言を文字化すると、本心駄々洩れのかわいいおじさんですね。


小室さんは古市さんの追及に対し、年齢もあるのでメディアに出る気はまったくゼロだし、ファンの前でライブをやる気はないと言うのですが、楽曲はちょっと違うかな(楽曲を発表するのは許されるかな)とも言っています。
いやそれって昔、プロデューサーになるから表には出なくなるとか言っていた(のにすぐに表舞台に出た)のをめちゃ思い出すんですが。
たぶん楽曲発表で調子に乗り出したら、どうせ表に出てくるんでしょう!
まあともかく今は、オンラインに出す新作で注目されたいという意欲が先行していることは伝わりました。
しかし多くのミュージシャンがコロナの苦境にあえぐ中で、新しい事態の可能性の方に目を向けるあたりは、いかにも小室さんだなあと思いました。


多分小室さんは、もうじっとしているのに我慢できなくなっているように感じます。
どんな形かは分かりませんが、案外年内には何か新しい音を聞かせてくれる可能性もあるんじゃないかなあと思いました。
今回はまったく期待もしていなかったところから、大変うれしい出来事があり、めちゃテンション上がりました。


その他の近況も整理しておきます。
コロナウイルスが収まってきたことを踏まえてか、6/2にSONYから新商品の発表がありました
もともと「TM NETWORK 初のBlu-ray化となる映像作品発売を準備中!!」と告知されていたものですが、予想通り「Decade」「All the Clips」でした。
8/26リリースで、それぞれ4950円と6050円(税込み)となります。


商品名がそれぞれ「Decade 2020 HD Remaster」「All the Clips 1984-1999 Refinement」となり、ゴージャス感がアピールされています(私は買う気はないですけど)。
購入者特典も店舗ごとに色々と設定されていますが、SONY MUSIC SHOPの2点同時購入特典の「ステンレスミニボトル ポケットサイズ」は、「Get Wild (Ver. 0)」の小室仮歌の「ステンレス」を意識しているのでしょうが、ちょっと面白いですね。


「Decade」「3D Pavilion」「Crazy For You」「Think of Earth」が、もともと上映用の3D映像(左右に色の入ったメガネをかけると立体に見えるもの)だったものが、「このたび発見された<2Dフル・カラー>のオリジナル・マスター素材へ差し替え編集」されたとのことです。
また「このたび発見された」ですか…(イラッ)。


「All the Clips」には特典として、終わりに「Self Control and the Scenes from "the Shooting"」が追加収録されます。
収録曲名を見ると、一瞬「Time Passed Me By」「Spanish Blue」「Here, There & Everywhere」のPVが収録されているように勘違いしてしまいますが、これって「Self Control」PVのメイキング映像のBGMですので、だまされないでくださいね!


そして当初4/21に予定されていたTMライブ映像配信企画が、7/4の10:00~22:00に決定しました。
「TM 12H LIVE! TM NETWORK 35 Anniversary THANKS! FANKS!! and…」というタイトルだそうです。
商品化済みの映像を編集して垂れ流すだけと思いますが、ライブblu-rayを購入されていない方はどうぞご覧ください。


ウツの「「それゆけ歌酔曲!!」ギア―レイワ2」は、すでに4・5月の公演が中止・延期とされていましたが、7/7マイナビBLITZ赤坂公演までの8公演も中止になりました。
現在開催の可能性があるのは、7/27以後の6公演のみとなります(仙台・札幌・広島・福岡)。
ただし6/2・3の赤坂公演については4/7公演と同様に、ニコ生の有料チャンネルで無観客ライブが配信されました。
上記SONYのBlu-rayリリース情報発表が6/2に行なわれたのは、このウツ企画に合わせたものだったのでしょう。


木根さんはすでに「2727ツアー」の7月までの公演は中止告知が出ていましたが、6/1には8・9月分も含む全公演の開催を見合わせることが告知されました
コロナウイルスの状況次第で今後振替公演を行なうことも考えているそうですが、現状では未定とのことです。


5/24・29には、木根さんが久保こーじさんのLINE LIVE番組「#SAVE THE ARTIST」に出演しました。
youtubeには5/24分5/29分ともにアーカイブされています。
私は見ていないのですが…。


木根さんがかえるのピクルスのアニメ版の主題歌を担当することが決まりました。
これってテレビで放映するんでしょうか? またはキャラクター制作会社のチャンネルで動画配信されるとかなのでしょうか。
正直あんまりよく分からないのですが、5/31にはピクルスのバースデーイベントのネット生配信があり、木根さんのライブも30分ほど行なわれたそうです。


今回の近況は以上です。
それでは本題に入ります。



2005年が始まったばかりの1/21、ウツと木根のオフィシャルサイトに告知が出された。
「Spin Off from TM -tribute live 2005- Tour」の開催である(未確認だが、多分浅倉FCでも告知があったと思う)。
出演者としてウツ・木根・浅倉大介の3人が発表され、数日後には3人のFC会員に向けてライブの優先予約の案内が送られた。


ツアータイトルに「tribute live 2005」とある通り、本ツアーは2003年に開催された「tribute Live」の第2弾である。
要するに、小室哲哉を欠いたTMメンバーの全国ツアーである。
当初はウツ・木根・浅倉の3人の名前だけが出されたが、結果としては「tribute Live」と同様に、葛城哲哉・阿部薫を含む5人でのライブとなった。


2003年の「tribute LIVE」はウツ・木根を中心としたライブであり、サブタイトルにも「UTSU & KINE's SELECTION」とあった。
しかし「Spin Off from TM」は浅倉を含む3人がメインの形式で、後述のようにライブでは3人のソロコーナーも設けられた。
ライブパンフレットでも3人は数ページにわたって写真が掲載されているのに対し、葛城・阿部は最終ページに小さくプロフィールが掲載されるだけである。
これは「tribute Live」で浅倉・阿部・葛城3人がサポートとして横並びの扱いとされたのとは異なっている。
浅倉の動員力も期待しての措置だろう。


SPIN OFFはこの頃地上波ドラマや映画でよく使われるようになった言葉で、そこから取ったものと考えられる。
メンバーは「波及する」という意味を強調し、TMから外に波及するものを表現したものとしている。
ツアータイトルのロゴマークの下に5本の矢印が描かれているのも、TMからの波及を意味しているのだろう。


ツアーは当初4/8~5/4の1ヶ月間、土日を中心に6会場12公演が発表されたが、最終的に4/28横浜BlitzでのFC限定公演と5/7のZepp Osakaおよび5/14・15のZepp Tokyo追加公演が加わり、8会場16公演となった(Zepp Tokyoは4/8・9も含めて4公演)。
リハーサルは3月末から4月初めにかけて1週間行なわれ、4/7にはZepp Tokyoでゲネプロが行なわれた。
日替わり曲を設けたため曲数が多くなり、リハーサルは連日長引いたという。
具体的な曲目は後述するが、この時はオープニングSEを除いて、実に合計32曲も用意された。


小室を除くという特殊なツアーが、この時に再度開催されたのはなぜだろうか。
2003年の「tribute Live」は、本来TMのツアー用に抑えていた会場を転用したものである可能性が高く、またTM20周年に向けた活動という名目もあったし、小室哲哉公認という言い訳めいた説明も一応はあった。
ところが「Spin Off from TM」では当初こうした説明が一切なく、その後もTM本体や小室との関係がことさらに語られることは少なかった。
「TMからの波及」と言いながら、本体のTMについてはむしろ腫物に触るが如きである。


このライブを行なうに当たりどのような意志決定があったのかは、現状でほとんど情報がない。
それはTMの活動と関係ないところで行なわれたため、TMの歴史が語られる際にも言及されないためでもある。
木根の「電気じかけの預言者たち」シリーズでも、1997年から2004年までのTM関係の活動は継続的に記されてきたが、TMに関わる活動がなかった2004年後半から2007年初めまでは記録がない(そのためこの時期の歴史を書くことは困難が多い)。
以下にFC会員に送られたビラの文章を引用しておくが、TMの曲をやること以外、コンセプトに関わることはまったく記されていない。

There is a TM SONGS for all of you.
大好評だったTM NETWORK tribute LIVEが帰ってきます。
宇都宮隆・木根尚登と浅倉大介が結集。鳥肌もののセット・リストを決定!
ヒット曲からマニア心をくすぐる楽曲まで、TMナンバーを披露します。

SPIN OFFとは波及効果。つまり、未来に向け、TMをより知ってもらうためのイベント。
夢に向かい、TMの波紋をより広げるためのライブ。だから、TM未体験オーディエンスも熱烈歓迎。
当然、マニアであればあるほど、深く楽しめる仕掛けも満載。TM好きの秘孔を直撃。

また、ロックヴォーカリスト宇都宮隆、アコースティックな木根尚登、
テクノロジーを自在に操る浅倉大介、それぞれの音楽性も最大限に発揮します。
彼らの強烈なオリジナリティーにもご期待ください。
もしかしたら、新曲誕生も……。さらなるサプライズも……。

TMナンバー炸裂。怒涛の一夜。共に歌い、踊り尽くし、心を震わせましょう。
It might be able to meet the great impression!


なおこの時に限らないが、徹貫の変な英語は本当にやめた方がよい。
最後の英文も意味不明だが、冒頭の「a TM SONGS」など、一目でおかしいと気付くと思うのだが。


本ツアーに関して多少とも準備段階の様子が推測できるのが、2/4に「コンサートは会議室で行われている?」というタイトルでウツFCのmagenticaのサイト上に掲載されたウツ事務所M-tresの石坂健一郎名義の文章である。
文章はいかにも空虚な徹貫文なのだが、これをあえてウツではなく石坂の名義で出したのは、ファンの様子見の意味もあったのだろう。


全文引用は省くが、ここからは2月上旬(4日以前だから2/1~4)に、ウツ・木根・浅倉とスタッフのミーティングがあったことが分かる。
ウツ・木根のFC会報の編集締切がこの頃なので、それに先立って行なわれたものだろう。


ミーティングでは候補曲・ライブの内容が話し合われ、葛城哲哉・阿部薫への参加依頼が決定された(本当にこの時になって決まったのかは疑わしいが)。
さらにツアーの意味付けについても議論されたらしい。
逆に言えばそれまでツアーを行なうことの建前は、議論されてすらいなかったことになる。
要するに、後に本ツアーについて語られた意義はすべて後付けであり、小室抜きのTMツアー開催はそうした建前とは別のところで既定路線とされていたのだ。


ウツによれば、「Spin Off from TM」の企画は、ファンの要望を受けたスタッフからの提案だったという。
スタッフからすれば、TM20周年の盛り上がりが消え去る前に、小室抜きでももう一度ツアーを行ないたかったことは、ビジネスとしては理解できる。
石坂名義の文ではミーティングでの議論につき、

TMという大きなブランドイメージを壊さず、且つ、初めて観る人、10年ぶりにTMの曲に触れる人、20年間愛し続けてくれている人、 それぞれの人達が楽しめるイベントにしたい、また、自分たちも楽しみたいというのが、ある種の結論めいたものになった。


と記され、さらに木根が以下のように語ったことも記されている。

あたりまえだけど、どんなに楽しんでも、音楽だけはキッチリやろう、僕達はMusicianであり、20年間築き上げたTMブランドを守っていくことが出来るたった何人かの内の一人なのだから。


これが本当に木根の発言そのものかはともかく(多分徹貫の文飾が加わっている)、この文章が木根の了解下で公開されたことは認めて良かろう。
そこに見える「TMブランドを守っていくこと」が、この時に提示された後付けのライブ開催意義だった。


この文章を真に受けて論じれば、この頃TMというブランドは、意識的に守らないと失われかねないものとされていた。
なぜ失われるのかといえば、それは本体が活動できないからに他ならない。
だから動けるメンバーだけで動くべきだという主張には賛否あろうが、もっともらしい理由付けではある。


ウツ・木根は「Spin Off from TM」に参加したのだから、この場合TMが活動できないのは小室のせいだったことになる。
「Spin Off from TM」の企画が立ち上がったのがいつかはよく分からないが、2004年後半のある時、小室がTMを再開する見通しは当分ないと判断されていたのだろう。


M-tresはglobeのツアー「globe decade」(2004/11~2005/1)を手掛けていたから、スタッフと小室の意志疎通は「tribute LIVE」の時よりも容易だったはずである。
実際に石坂は、「globe decade」中に、小室と「Spin Off from TM」の話をすることがあったという。
スタッフは小室の動向をよく把握した上で、20周年の熱気が残っている内に、小室抜きでTM関連関連企画をもう一度だけやろうと考えたのだろう。


この頃の小室がTMを再開する見込みがなかったことは、「Spin Off from TM」後の木根の、

TM NETWORKは現存しているわけだし、終わったわけじゃないから、その点ではいつかまた動くTMにつながる活動だと、僕は解釈しています。


との発言からもうかがえる。
TMが「いつかまた動く」というのは、いつ動くかまだ見通しが立っていないことの裏返しでもあろうし、「解釈しています」というのも、決定はしていないことを含意しているのだろう。


2003年に「tribute LIVE」を積極的に推進した木根が、この頃に以下のように悲観的な発言をしているのは、少々気になるところである。
20周年をやり切った今、TMについては諦観の様子もあったのかもしれない。

一瞬思ったりもしたんだよ、この5人で新たなバンドを組んだらどうかと。

万が一にも、TMが完全解散したら、どうなるだろうかとも考えたよね。


以上を見るに「Spin Off from TM」は、木根よりもウツ側、さらに言えばスタッフ側の主導性が強かったように見える。
実はこの時にスタッフが第2の「tribute LIVE」開催を推進したのは、TM20周年の余勢を利用したひと稼ぎというだけではなく、もう少し事情があった可能性も考えられるのだが、それについては別章で触れることにしたい。


このように様々な問題が伏在する中で本ツアーが開催されたことを受けて、当然ながら小室抜きの活動が恒例化することに危惧を抱くファンも多かった。
実際にこの2年後には、tribute LIVE第3弾として、「Spin Off from TM 2007」が開催される。
ただ一方で、「Spin Off from TM」はファンと楽しむライブを目指したこともあり、観客には好意的な意見も多かったようだ。


本ツアーはtribute LIVE第2弾とされたことから分かるように、2003年の「tribute LIVE」を引き継ぐツアーという位置づけだった。
そのため2003年と同様に、音源は浅倉が作成し、また基本的にはオリジナルアレンジの再現が志向された。
ただし「Your Song」「Twinkle Night」など、浅倉独自のアレンジが加えられた曲もある。


2003年には「終了」以前の定番曲を中心にセットリストが組み立てられたのに対し、「Spin Off from TM」では2003年に演奏されなかった曲を中心に選曲された。
そのためこの時は、「終了」以前でもレアだった曲が多く選ばれることになった。
時期的なバランスも取られており、選曲は「終了」以前の全アルバムから行なわれている。
また「tribute LIVE」と違い、「終了」後の曲も対象とされた。


「Spin Off from TM」の地方限定曲(後述)以外の選曲で「tribute LIVE」とかぶるのは、「Get Wild ‘89」「Self Control」「You Can Dance」「Dive Into Your Body」の4曲だけである。
再始動後のTMフルライブで演奏された曲とのかぶりを考えても、これに「Be Together」が加わるのみである。
大部分は1994年以来11年以上ぶりに演奏された曲だったことになる。


選曲は2月から考え始め、3月には確定していたが、TM本体では絶対に演奏しなさそうな曲を選ぶ方針だったという。
あまりポジティブな印象を受けない選曲基準ではあるが、20周年ライブのフォロー企画としては悪くなかったかもしれない。


ライブで特に目玉とされたのは先述の「Your Song」「Twinkle Night」で、3人が出演した3/12東海ラジオ特番「Spin Off from TM」でも両曲を演奏することが特にアピールされた。
両曲は1985年のミニアルバム「Twinkle Night」に収録されるが、本作リリース後のツアーはなかったため、ライブでの演奏の機会は当時も非常に乏しかった。
「Your Song」は1987年「Fanks! Bang The Gong」で演奏されたことがあるが、「Twinkle Night」はクリスマスのライブやファンイベントで臨時に演奏されたことがあるくらいである。


その他にも特にライブ前半はレア曲尽くしで、たとえば「雨に誓って」「クリストファー」「This Night」「TIME」「Girl Friend」などは、「Tour TMN EXPO」のフォークパビリオンを除き、TMでは80年代以来演奏されてこなかった。
「Jean Was Lonely」「Another Meeting」などTMN期の曲もレアである。
なお「雨に誓って」「Jean Was Lonely」はツアー冒頭で続けて演奏されたが、これは2004年年末にリリースされたファン投票ベスト「Welcome to the Fanks!」に収録されたことが影響しているのだろう。


また再始動後の楽曲は、ライブの機会が限られたため、ほとんど演奏されていなかったものも多く、「Spin Off from TM」ではこうした曲もいくつか救済された。
たとえば「Castle in the Clouds」はシングル曲にもかかわらず、フルライブでの演奏はこの時が初めてだった。
また「it’s gonna be alright」「80’s」は管見で史上初の演奏になる(「80’s」は木根ソロでの演奏例があるかもしれない)。
あるいはこれも「Welcome to the Fanks!」に収録されたことが関わるのかもしれない。


本ツアーでは大部分の会場で、2日続けて公演が行われた。
これは日替わり曲を数曲用意して、各会場の初日と2日目のセットリストを変更したためである。
全18曲中、ツアー前期には6曲、後期には5曲が日替わりだった。


日替わり曲を入れてツアーの動員を稼ぐことは、他ミュージシャンではしばしば見られるもので、ウツのソロライブでも行なわれたことはあるが、TM本体では「終了」ライブ「TMN 4001 Days Groove」以外に行なわれたことがなかった。
だが「Spin Off from TM」でうまく動員に結びつけられたためか、日替わり曲は2007年の「Spin Off from TM 2007」でも採用され、2008年にはTMの「SPEEDWAY and TK Hits!!」でも設けられた。
その点でこの時期のtribute LIVEは、次期TMの活動の前史として見ることもできる。


なおライブ会場は「tribute Live」でも半分がライブハウスだったが、「Spin Off from TM」では全部がライブハウスになった(ほとんどがZepp)。
これはウツソロと同程度の会場である。
ホールよりも小規模な会場で公演数を増やし(「tribute LIVE」の9公演から倍増して16公演)、リピーターとなる固定ファンに頼って動員総数を稼ぐ方針に転換したともいえる。


さらに遠征を行なうディープなファンの動員も期待していたようで、本ツアーでは地方ごとの特別曲枠も1曲ずつ用意された(DVD収録用の横浜Blitz公演のみ無し)。
「Spin Off from TM」は横浜を除き7会場で開催され、地方限定曲は8曲用意された(Zepp Tokyoは4月2公演と5月2公演で別の曲を演奏)。
これらの音源は公演後6/30まで、ORICON STYLEのサイトで期間限定で配信された。
日替わり音源の配信は、熱心なファンほど嬉しかっただろう。
この点はとても有意義な企画だったと思う。
後のTMでも採用してほしかったものである。


なお詳細は別章で扱うが、ライブ音源配信はこの頃M-tresが行なっていた試みと関わるものである。
すなわちウツはこの頃新たな活動形態を試みていたが、その最初の試みがCDではなく配信音源による新曲発表だった。
ウツの配信音源第一弾は「Slash!」だった。
配信日は2005/3/23で、「Spin Off from TM」開始の約半月前だった。
以後新曲の配信は毎月1回、2年近く行なわれることになる(着うた・ORICON STYLEで1曲210円で配信)。


配信日とツアー開始の日程の近接は偶然ではないだろう。
ウツの新しいソロ活動の宣伝を行なうことは、「Spin Off from TM」の一つの使命だったと考えられる。
実際に「Slash!」は本ツアーでも演奏された。


先に挙げたツアー告知文で新曲の発表がほのめかされたのも、一見するとTMの新曲と期待させられてしまうが、実際にはウツと木根の新曲のことだった。
ここまで触れていなかったが、「Spin Off from TM」のテーマとして掲げられたものに「温故知新」があった。
「昔のことを尋ねて新しいことを見出す」というのは、過去のTM曲を演奏するとともに、ソロの新曲も聞いてもらうことをポジティブに言い換えたものである。


「Slash!」の作詞は井上秋緒、作曲・編曲は浅倉大介だった。
配信第3弾「Dawn Moon」も同じ制作陣である。
一方配信第2弾「Hold on blue」と第4弾「Lost Sky」は、ともに作詞井上、作曲木根で、編曲は葛城哲哉・Ch@ppyだった。
Ch@ppyは当時葛城哲哉が組んでいたバンドTrance Noise Machineのメンバーである。
浅倉・木根・葛城が関与したこれら4曲の制作陣は、「Spin Off from TM」との関わりの中で選ばれた。


「Spin Off from TM」では、ウツだけでなく、木根と浅倉にもソロ曲の演奏枠が設けられていた
木根については、TM曲「Looking At You」「月はピアノに誘われて」から1曲(日替わり)を演奏した後、続けてソロのニューシングル「My Best Friend」が演奏された。
この曲についても、詳細は別章で触れることにする。


浅倉の演奏曲は日替わりで2曲用意された。
1曲は「Quantum Mechanics Rainbow Ⅵ」、1曲は「Techno Beethoven」である。
前者は2004~05年に7枚連続でインディーズからリリースされた「Quantum Mechanics Rainbow」シリーズに収録されている曲である。
「Quantum Mechanics Rainbow」シリーズは、3/3に最後の「Red Trigger」がリリースされたばかりだった。
また後者は2002年「21st Fortune CD」に収録された曲である。


なお浅倉は「Spin Off from TM」開催直前の3/25・26に、東京国際フォーラムでソロライブ「Quantum Mechanics Rainbow」を開催している。
「Spin Off from TM」のリハーサルはその後から始まったが、音源の準備などもあっただろうから、浅倉にはそれなりに負担だっただろう。


本ツアーのステージ上の配置は、前方中央にウツ、観客側から見てその右に木根、左に葛城、後方は観客から見て右に浅倉、左に阿部というものだった。
「tribute LIVE」と比べると、左右の配置が逆になっている。
ステージの背景と床にはツアーのロゴマークが貼られた(床は2階席からしか見えなかっただろうが)。


演出や機材などにアピールすべき工夫は特になく、その点ではいかにも過去の曲を演奏するだけのライブだった。
「tribute LIVE」のようなお遊びコーナーやフォークコーナーもない。
その中であえて一つだけ挙げれば木根のベース演奏があり、ソロ曲「My Best Friend」およびアンコール曲「You Can Dance」で披露された。

7-28.jpg
木根尚登・オン・ベース


「Spin Off from TM」開催に当たっては、関連商品が少なからず発売された。
ウツの新曲配信・木根の新曲CD・ライブ日替わり曲配信についてはすでに触れたが、他に「tribute LIVE」のDVDリリースもあった。
実に2003年の公演から2年越しのことである。
これはウツのソロDVDと同様に、一般の流通には乗らなかったが、FCで先行販売された他、ツアー開始日の4/8からはライブ会場およびmagneticaのwebshopでも販売され、ツアー終了後には在庫品が新星堂でも取り扱われるようになった。


最後に、「Spin Off from TM」に関する商品を整理しておく。
本作についてはライブDVD「Spin Off from -tribute LIVE 2005-」が最良の資料で、FC・新星堂で販売された。
新星堂で売られた通常盤は2005/10/1リリースである。
「tribute LIVE」のDVDと違い、ライブ開催から半年で速やかに商品化された。


DVDに収録された4/28の横浜Blitz公演は、収録を前提にFC会員限定で開催されたライブで、2日分のセットリストを組み合わせた特殊な内容である(その点で通常のツアーとは少し趣が異なる)。
具体的には、ファンの間で需要が大きかった見られる日替わり曲「クリストファー」「This Night」「Your Song」「Twinkle Night」「Self Control」「Get Wild ‘89」を両方演奏し、代わりに日替わり曲「it’s gonna be alright」「80’s」を両方外した上、「TIME」や地方曲も演奏されなかった。
木根ボーカル曲では「Looking At You」は演奏されず、「月はピアノに誘われて」が選ばれた。


なお本ツアーは横浜Blitz公演の前後でセットリストが変わった。
具体的には4/30のZepp Sendai公演以後「TIME」が削られ、「Your Song」「Twinkle Night」が両方演奏されるようになり、また追加公演の5/7・15には、アンコールの「Another Meeting」がChuck Berry「Johnny B. Goode」のカバーに差し替えられた。


以上の如くセットリストの変更が行なわれたため、DVDでは「it’s gonna be alright」「80’s」「Looking At You」「TIME」「Johnny B. Goode」の5曲を見ることはできない(「Johnny B. Goode」はそんなに需要はないだろうが)。
また通常盤ではウツ・木根・浅倉のソロ曲も収録されていない(後述の通りFC盤には収録)。
特に「it’s gonna be alright」「80’s」はTM史上一度も演奏されたことがなく、tribute LIVEではあっても、是非入れてほしかった曲である。
「TIME」もこの時点では映像がまったく存在しなかった上、個人的にも好きな曲だったので、入れてほしかったところである。


ただしライブ参加者にとってもっとも気になったと思われる地方限定曲については、意外な形で救済された。
「Spin Off from TM」のDVDと同時にリリースされたドキュメントDVD「Spin Off from TM -8 songs, and more.-」に、スタッフ資料用の固定映像ではあるが、全曲が収録されたのである。
この時の企画は、本当に丁寧にフォローされているという印象である。


なお「8 songs, and more.」には、ウツ・木根・浅倉が地方曲8曲について思い出を語る映像と、曲の演奏シーンが収録されている。
またエンディングのスタッフロールでは、BGMにTMの「Presence」のインストが収録されており、意外と貴重な音源である。


この2枚のDVDは、FCでは一商品として先行販売された。
またFC盤にはソロ曲を1曲収めた特典ディスクもついており、合計3枚組となっていた。
つまりウツFCのmagneticaで申し込むと、ウツソロ「Slash!」のディスクが付いてきたということである
木根FCなら木根の「My Best Friend」、浅倉FCなら浅倉曲「Quantum Mechanics Rainbow Ⅵ」である(「Techno Beethoven」は未商品化)。
これをすべて揃えるためには、3人のFCに入って3種類のDVDを購入しないとならないが、私はいまだにこれを成し遂げたファンを知らない。
ここまでハードルが上がるとファンとしても手を出す気は失せるだろうし、FC側も全部を買わせることは念頭になかったと思う。
ただ金にこだわらなければ、FC盤3種類を全部揃えれば4/28に演奏された曲の映像はMCを除いてすべて揃う上、地方曲の様子も知ることができる(日程の都合で収録されなかった6曲は残念だが)。


なお通常盤のライブDVDは5500円、「8 songs, and more.」は4800円、3枚組FC盤は1万円だった(税込み)。
この値段設定を見ると、ライブ2本の映像をほぼすべて収録したTMの「Double-Decade Tour "NETWORK"」が1万円で売られたのは、当時は高いとも言われたが、良心的だったといえる。


音源としては、地方曲がすべて期間限定で配信されたことは、先に述べた通りである
他に2007年にiTunesで配信された「TM NETWORK tribute LIVE EP Edition #1~3」には、各Editionごとに「tribute LIVE」「Spin Off from TM」の音源が2曲ずつ収録されている。
その内の「Spin Off from TM」の音源は、「Get Wild ‘89」「Be Together」「Dive Into Your Body」「Girl Friend」「Self Control」「Castle in the Clouds」となる。
なおmora版は内容が異なり、「Dive Into Your Body」「Girl Friend」「Self Control」の代わりに、「クリストファー」「月はピアノに誘われて」「You Can Dance」が収録されている。


また2010年にiTunesで配信された「TM NETWORK tribute LIVE 2005」「Lead」「Second」には、「Jean Was Lonely」「雨に誓って」「クリストファー」「This Night」「月はピアノに誘われて」「Your Song」「Twinkle Night」「Another Meeting」の音源と、「Dive Into Your Body」「Self Control」の映像が収録されている。
これら配信音源を網羅すれば、地方曲とソロ曲を除く全DVD収録曲(15曲)の視聴が可能である。
ただしDVDが入手できれば、これらはまったく不要である。


以上が本ツアーの概要である。
具体的な内容については、次章で見ていくことにしよう。

SPIN OFF from TM-8songs,and more.- [DVD] - 宇都宮隆
SPIN OFF from TM-8songs,and more.- [DVD] - 宇都宮隆

7-27 ポスト20周年へ

緊急事態宣言も先が見えてきた中、緊急事態とは特に関係ないですが、今回から本ブログの書式を変えることにしました。
これまで本ブログでは、文章の途中で短く改行を入れ、末尾には句点「。」をあえて入れていませんでした。
これは特にポリシーがあってのことではなかったのですが、書き始めた頃は辞典的な事項は書かずにおおまかなことだけを書くという方針だったため、各記事の内容がそんなに長くなく、短く区切るというスタイルでもそれほど読みづらさはなかったということもあります。
(今では初期記事もどんどん加筆を入れているので、結構長くなっていますけど)


実は本ブログの当初の方針としては、細かい事実関係はファンサイトやwikipediaにお任せして、活動のおおまかな流れを追うことを主旨としていたはずでした。
具体的なデータもできるだけ入れないように書こうと思っていたのです。本当は…。


ところがブログを書き続けているうちに、だんだん細かいことも書くようになってきました。
多分2008年のリーダー逮捕あたりで、はりきって書いちゃったのが影響しているのかもしれません。
これはやべーなーと思ったのは、「EXPO」の記事を書いていたら、ブログの上限字数(当時の)を超えてアップできなくなってしまった時です。
その後は上限字数を気にしながらの執筆となりました。
(ただし去年くらいのブログの仕様変更によって上限字数は大幅に緩和されました)


そんな長文ブログに変貌したにもかかわらず改行多用・句点なしの文章が続くのは、はなはだしく読みづらいとは自覚していたのですが、途中から文体を変えるのも一貫性がないなあと感じながら現在まで来ました。
しかし私こと青い惑星の愚か者は、愚か者なりに決心しました。
TM20周年関連記事が終わったタイミングで、これからは普通の文章にします!


しばらくは試行期間ということにしますけど、不満の声がたくさん出てこない場合は、今後このままでいくつもりです。
その場合、今書いている第7部が終わったら、過去記事も順次文章を修正していこうと思います。
ご感想などありましたら、頂けると幸いです。


さて、昨今のコロナウィルス騒動の中で、メンバーの新しい活動はほとんど聞こえてきませんが、一応近況整理しておきます。
まず「Gift from Fanks」は、T盤・M盤ともに売上は1万枚程度となりました。
なおウェブラジオ「Gift from Fanks」は、当初4/24まで公開とされていましたが、5/23まで延長されました


ウツの「Dragon The Carnival」は、フライングゲット日の4/20付けの音楽blu-rayデイリーチャートで2位を獲得しました。
リリース日4/21に他の作品リリースがほとんどなかったこともあったようですが(通常のスケジュールでは水曜日=4/22リリース)、ウツソロ名義の作品がチャート一桁台に出るて、すごいことです。
ウィークリーチャート(5/4付け)では6位の成績で、こちらでもベスト10入りです。
売上枚数は825枚で、TM30周年ライブのblu-rayが7000~8000枚くらい売っていたのと比べると、1/9~1/10くらいとなります。
ただウツの場合、売上の過半がチャート集計外のFC盤通販と考えられるので、実際の売上は2000枚前後でしょうか。


ウツと木根さんはGW明けに、ライブ中止の追加を告知しました。
ウツは5/19・20の赤坂公演と5/26・27大阪公演(延期分)です。
月末までの緊急事態宣言延長によって、開催を断念せざるを得なくなったのでしょう。
まあどう考えても無理な情勢でしたけど。
次は7/6・7に延期されたマイナビBLITZ赤坂公演ですが、これもどうなるかなあ…。


木根さんはすでに6月の4公演が中止とされていましたが、7月の7公演も中止にされました。
中止は開催2カ月前までに告知するそうなので、月明けには8月公演についても告知されるでしょう。


最後に、松浦勝人さんが5/15にavexのCEOからの退任を発表しました
会長職には留まるそうですが、avexの経営からは離れ、クリエイターとしての活動に専念するとのことです。
実際に経営面での影響力が皆無になるわけではないでしょうが、発言力は今までほどではなくなるでしょう。
仮に小室さんが音楽活動を再開する気になっても、今までほどのバックアップを得られるかは疑問です。
まあそんな捕らぬ狸の皮算用をしても意味はないんですけど、一応軽く触れておこうと思いました。


では本題に入ります。



2004/6/25の武道館公演「Double-Decade Tour Final」を以て、TM NETWORKの20周年の活動は終わった。
厳密には「Eternal Network」のインタビュー作成の仕事が残っていたが、これも7月前半には終わる。
以後3人がTMの仕事を入れた形跡はない。


このスケジュールは、遅くても年始には規定路線だったと見られる。
前章で見た通り、SONYの特設サイトDOUBLE-DECADE.COMが、2月初めに立ち上げられた当初から6月末日閉鎖と予告されていたのは、20周年の活動が6月を以て終わることが決まっていたからであろう。


ファンの中には、ライブで披露されたままCD化されていなかった「Green Days」を気にする者もいただろう。
実は本作はリリースの計画もあったらしく、ウツは8月のインタビューで、「秋にはシングルとかそういう形でたぶん発売されるとは思うんだけど」と発言している。
もしもこれが実現した場合、その後にTMの活動が続いたのか、20周年最後の置き土産で終わったのかは分からないが、いずれにしろ実現はしなかった。


8/26には「Eternal Network」特設サイトに小室のコメント動画がアップされたが、そこでは次のTMの活動はゾロ目の年(22周年=2006年)になるとの発言があった。
この背後にどの程度具体的なプランがあったかは疑わしいが、これに先立つglobeデビュー記念日の8/9には、以後1年間globe10周年の企画を行なうことが宣言されている。
ならばこれが終わる2005/8/9までTMの活動は考えがたく、その後の準備期間も考えれば、TMは早くても2006年になるということだったのだろう。
要するに2005年が終わるまで1年半、TMの活動がなさそうな空気はかなり濃厚だった。
また以下で見るように、3人はTM20周年遂行と並行して、2004年後半のソロ計画を進めていた。


2004年のクリスマスには、TM3人のFC会員に3人名義のクリスマスカードが届けられた。
2003年にも20周年の活動に先立ってのクリスマスカードが送られたが、2004年のそれは20周年の活動を経て感じたことを述べてファンに感謝を述べたものだった。


そこではいつか次の活動を行なうことをにおわせながら、具体的なことは何も触れられていなかった。
文章自体は徹貫の作だろうが、中途半端な英語が随所に挟まりイラっとさせられる。
最後の文章のみを以下に引用しておこう。

DOUBLE-DECADE前は思っていました。僕たちからのプレゼントだと。しかしDOUBLE-DECADEを終えた今は思っています。FANKSからのプレゼントだったと。だからいつかきっと お返しをしなくちゃ。僕たちらしい方法で、僕たちらしい音楽にして、この気持ちを。
Surprise may come to you in the near future. Thank you.


これに先立つ12/1には、ウツ・木根が恒例の「AAA」に出演した。
木根は森口博子と一緒に出演して松田聖子「Sweet Memories」を演奏した後、ウツと一緒に「いい日旅立ち」など懐メロを数曲披露した。
TMN再始動宣言後の1998年から2003年まで、ウツ・木根は「AAA」で必ずTM楽曲を演奏していたのだが、この時からは演奏しなくなる。
それはTM20周年の活動が終わり、次のTMがいつになるのか、または次があるのかも分からなかったことも関係しているのだろう。


以下、2004年における3人のソロ活動を確認してみよう。
まずウツはすでにTM20周年が始まったばかりの2月に、秋からのソロ活動について言及しており、5月には10・11月のツアー日程も発表している。
この発表は、5~6月のTM「Double-Decade Tour」に合わせたものであった。
ソロツアーの宣伝として、より集客力のあるTMのツアーは逸することのできない機会だった。


ウツは2001年以来、常に秋に新譜をひっさげたソロツアーを開催していた。
当然その前には、新譜のレコーディングを終えている必要があるが、そのための準備は春から始めていなくては間に合わない。
そのためには、TM20周年の終点もあらかじめ定めておかなくてはならなかったと考えられる。


ウツの具体的な動向を見るに、当初は「Double-Decade Tour」と並行してソロの準備を行ない、秋のソロツアー前にシングルとアルバムを出す予定だった。
ところがこの予定はかなり遅れ、ウツが実際に曲を集め始めたのは武道館公演後で、レコーディングは8月末から始められた。
シングルのリリースもなかった上、アルバム「Overtone」もフルアルバムではなく、6曲入りミニアルバムになった。
ウツが先行シングルを切らずにアルバムを出したのはこの時が初めてであり、スケジュールの遅れが影響しているのかもしれない。


9月にはレコーディングとツアーリハーサルが重なるなど、かなり忙しい状況になっていた。
ツアー「Tour Overtone」では、新譜「Overtone」から「Set Me Free」「The Long Night is Over」の2曲しか演奏されず、アルバムツアーとしての体をなしていなかったが、新曲の完成がリハーサルに間に合わなかったのかもしれない。


こうして制作された「Overtone」のリリースは11/3となった。
「Tour Overtone」は10/2から始まったが、11/6・7のZepp Tokyo追加公演2本を除き、アルバムリリース前に開催されるという変則的なスケジュールである。
ライブ会場では、「Set Me Free」1曲を収めたCDを付録とするライブパンフレットが販売されたが、これは当初のシングルリリース計画と関わるものかもしれない。
なお東海ラジオでは10月からツアーに合わせて、ウツのラジオレギュラー「声ボンナイト」が始まった(2005年3月まで)。


「Overtone」では原田真二がプロデューサーとなり、楽曲提供も行った。
前作「wantok」で吉田建をプロデューサーに起用したのに続き、本作でも知名度のあるミュージシャンを起用したのである。
ウツと原田の縁は、以前述べたように、2003/12/30「ザ・ベストテン」特番で共演したことから始まった。
もっともソロのプロデュースを依頼したのはその時ではなく、アルバム制作を企画する段になって白羽の矢が立ったものらしい。


本作では原田へのプロデュースの依頼から作曲の締切まで、1か月程度しかなかったという。
これもアルバム制作の準備の遅れに起因するものかもしれない。
当初ウツは全曲の制作を原田に依頼することも考えていたものの、結局3曲に留まったというが、時間が足りなかったためだろうか。


「Tour Overtone」のサポートとしては、ドラムに阿部薫が入った。
またベースの平野建多やコーラスの日永沙絵子は、1996年の「Tour Easy Attraction」や1997年「E.A. Grandstand」にも参加したことがある。
ウツによれば、歌に集中するライブにするために、気心の知れた顔ぶれを中心にしたのだという。


このツアーではTMの「アクシデント」が演奏された。
ただしDVD「Tour Overtone」に収録された11/7最終公演のみ、これがTMの「Here, There & Everywhere」に差し替えられた。
それまでTMで「Here, There & Everywhere」が演奏されたのは、楽曲発表直後の1987年「Fanks! Bang The Gong」のみであり、アルバム「Self Control」中でも影の薄い曲だった。
(なお「Fanks! Bang The Gong」では3人のアコースティック演奏だったので、バンド演奏は「Tour Overtone」が史上初)
これが演奏されたのは、10/20に人気投票が終わった「Welcome to the Fanks!」に本作の収録が決まったことによるのかもしれない。
これ以後本曲は、tribute LIVE・TM・ウツソロで頻繁に演奏されるようになる。


ただし11/7の最終公演ではウツの声の調子が悪く、アンコールの「The Long Night is Over」「Trouble in Heaven」がカットされ、当然DVDにも入らなかった。
そのため2005年リリースのベスト盤「The Best 2000-2004」には、11/6公演の音源から「アクシデント」「The Long Night is Over」が収録されている。


木根もTM20周年の活動と並行してソロの準備も行なっており、8月からのソロツアー「talk&live 番外編 vol.4」開催を、TM武道館公演以前の6月に発表している。
「talk&live 番外編 vol.4」は8/27~10/8に6公演行なわれた。
新譜のリリースは伴わないツアーで、過去の曲の他、洋楽スタンダードのカバーなどを演奏した。
TM20周年で演奏されなかった「風のない十字路」も演奏している。
また9月からは2006年まで、森口博子とのコラボライブ「Voice two Voice」を散発的に開催するようになる。
木根はさらにこれに並行して、「真・電気じかけの預言者たち」の執筆も行なった


木根がこの時から始める新機軸として、舞台への挑戦がある。
その初演は劇団IOHの「家族対抗歌合戦」で、2005/3/12~27の16日間、新宿シアタートップスで毎日上演された。
木根は役者として出演したほか、音楽も担当している。
舞台の告知は上演9カ月前の2004年7月に行なわれており、TM20周年終了とともに始まった試みということになる。


木根がこの舞台に関わるきっかけは、「CAROL Tour」のダンサーであるU2ロケットの石山博士を介して、2003年に演出担当の林邦應と出会ったことだった。
同年にミュージカル「天使は瞳を閉じて」の楽曲制作を行なったことで、舞台関係者と会う機会も増えたのかもしれない。
なお偶然のようだが、林はTMライブの舞台監督だった鬼塚玲二の弟子筋に当たる人だという。


木根は「家族対抗歌合戦」以後、継続的に舞台に出るようになったわけではないが、2009年にも同じIOHの舞台「天使の涙」に出演するなど、時折舞台とも関わるようになっていく。
これは2016年、自ら劇団こどもみかんを立ち上げる前提にもなっただろう。


最後に小室について見てみよう。
2004年後半の小室がリリースした作品は、7/28発表の藤井隆「タメイキ」(アルバム「オールバイマイセルフ」収録)を除くと、11/25リリースの2amのシングルをプロデュースしたくらいである。
本作は10月から放送が始まったアニメ「ゾイドフューザーズ」日本版のオープニングテーマとエンディングテーマを収録したシングルだが、まったく売れなかった(チャート193位)。
なお小室は「ゾイドフューザーズ」日本版の音楽を担当したが、実質的にはシングル2曲しか関わっていないようである、


2amのボーカルは2曲それぞれ別で、オープニング「enemy of life」は雨上がり決死隊の宮迫博之(当時くずのボーカルとしても活動)、エンディング「Self Control 2004」はかつて小室がプロデュースした天方直実である
「Self Control 2004」は曲名だけ見るとTM曲のカバーかと思ってしまうが、まったく関係はない。
どういうつもりでこの曲名にしたのだろうか。


もとより2amは吉本の仕事としてこなしたものに過ぎないと思われる。
この頃の小室が軸となる活動として想定していたのは、他の2つだった。
一つはすでに触れたglobe decadeである。


2004/8/9、小室はglobeツアーの開催を告知し、それは10年間のベストヒットライブになると述べた。
実際に11月から翌年1月にかけて開催されたツアー「globe decade -access best seasons 1995-2004-」は、この宣言の通りのベストヒットライブだった。
これは2年半ぶりのglobeライブであり、またglobe最後のフルライブでもあった。


このツアーのサポートはギターの葛城哲哉のみで、ほとんどの音は小室が制御するという「Double-Decade "NETWORK"」以後のTM20周年ライブと同様のスタイルが取られたが、日本初の24bitフルデジタル・サウンドシステムを採用するなど、音へのこだわりがより強く打ち出された。
これは翌年avexが高音質音源の配信について研究・実験を行なう事業として立ち上げたHigh Definition Sound laboratry(HD Sound Lab.。エグゼクティブ・プロデューサーは小室)と関わるものかもしれない。


なお2002年にglobeに加入したはずのYOSHIKIは、このライブにはいなかった。
この時点では、YOSHIKIは2005年から参加すると説明されたものの、これも結局実現していない。
10周年記念アルバム「globe2 pop/rock」の発売前日の2005/8/9に開催されたリリースパーティでは、YOSHIKIが参加する時にはglobe extremeの名義を用いるとされた(つまりglobeの通常の活動にはYOSHIKIは参加しない)。
もちろんこの名義は、現在まで一度も使われていない。
2002年に大々的にアピールされたYOSHIKI加入の、なんとも尻すぼみな結末だった。


小室の活動のもう一つの軸は、サッカーとの関わりだった
小室自身がこの頃サッカー好きだったこともあるが、もう一つ、大分トリニータのスポンサーになったことも関係していた。
大分は妻KEIKOの実家だが、小室はKEIKOの父など家族との親交も厚く、KEIKO実家に行くことも多かった。
そのためKEIKO実家が喜ぶことをしたかったということがあったらしい


その契機となったのは2003年11月、小室とKEIKOが大分開催の国際親善試合(日本・カメルーン戦)を観戦した時に、大分トリニータのGMからスポンサーとなる打診を受けたことだった。
これを受けて翌年6月にはトリニータのスーパーバイザーに就任し、8月には企画会社Tribal Kicksを設立してトリニータのメインスポンサーとした。


Tribal Kicksは2006年1月まで1年半、トリニータに毎月1200万円を支払う契約を行なった。
当時すでに負債を抱えていた小室が、総額2億円以上のスポンサー料を出す契約をしたことには驚嘆する。
案の定この契約はまもなく破綻するのだが、小室はそれほど無理をしてでも、本腰を入れてサッカー業界に食い込もうとしていた。


小室はトリニータとの契約に前後して、活動拠点を大分に移すことを決意した。
2004/6/8には「Double-Decade Tour」福岡公演が行なわれたが、小室はその終演後に大分に移動し、翌日県庁を訪れて広瀬勝貞県知事に面会して、大分を拠点に活動を行なうことを宣言した。
なお小室はこの面会後、午後に広島に移動し、広島公演を行なっている。


大分への拠点移動宣言は、ファンにとっても寝耳に水の話だった。
以後2008年の逮捕まで、小室は大分と東京を行き来しつつ活動を行なうようになる。
FM大分ではこの頃、小室とKEIKOがパーソナリティを務める「オフサイドライン」が始まった。
期間は把握していないが(聞いたこともないが)、7月頃から始まったらしい。


2003年のglobe東京ドームライブ中止以来、小室がまともに仕事をしなくなっていたことは、これ以前から見てきたところである。
この間の小室は仕事への情熱を失い財産を浪費する日々だった。
ところが小室は年末にTMの新曲制作を自ら申し出るなど、やる気を見せるようになる。
2004年1月に制作された「Screen of Life」の歌詞に、「死に際のスクリーンとてもすてきな大作にクライマックスを作りましょう」とある通り、小室はふさぎ込んでいた日々から抜け出して、絶望的な状況でもがんばろうと決意をしていた。


6月に作った「Green Days」の歌詞についても、曲名の「Green」は青信号の意味で、前に進む意味であると、小室自らライブMCで述べている。
小室は自らの生きる決意を歌う歌詞を作り、自らを鼓舞させ前進しようと考えていた。
ここでいう前進とは、発言のタイミングから見て、大分での活動のことだろう。
歌詞に「緑の芝生を歩いて思った」というのも、大分を拠点としたサッカー関係事業を念頭に置いたものにほかならない。


小室は6/25にTM武道館公演「Double-Decade Tour Final」が終わるとともに、すぐに大分での活動に着手する。
6月末のFC会報では、今後サッカーとダンスミュージックをミックスしたイベント・パッケージを始めることが宣言されている。
7月にはサッカーを音楽や映像と合わせてプレゼンテーションするプロジェクトを立ち上げる計画に言及しているが、これもおそらく同じことだろう。


小室はこの頃から、サッカー番組や雑誌のサッカー特集などに顔を出すようになる。
8/1には大分スポーツ公園総合競技場で、トリニ-タと上海申花との国際親善試合の前に小室が出演し、数分の音楽パフォーマンスを担当した。
8/4には静岡スタジアムエコパで、ジュビロ磐田vs FCバルセロナ戦の開催セレモニーも担当し、KEIKOも共演して「I Will Survive」「AIDA 決めてくれー!」などを演奏した。


10月からはスカイパーフェクTV!で、月1回30分「Electone Stagea Presents Tribalkicks TV」が放送された。
「FOOTBALL+MUSIC=GROOVE」がキーワードだった。
原田大三郎もプロデューサーとして協力している。

7-27.jpg
「フットボールと、ミュージック」(キリッ)



番組では国内外のサッカー選手の映像やインタビューが流されたが、有料チャンネルということもありほとんど話題にもならず、3回放送されて終わってしまった。
番組ではサッカー選手に音楽の質問などをするのだが、有料放送でこれを見るサッカーファンはどの程度いたのだろうか。
なお見たことはないが、年末12/30にはBSiで、特番「小室哲哉 サッカーの音色」が放送されている。


一つ「Tribalkicks TV」で注目すべきこととして、BGMとしてKEIKOボーカルの「I Want You Back」「Happiness×3 Loneliness×3」が流されたことがある。
これら2曲は後にDJTK名義でリミックスされ、配信およびCDとして商品化したが、番組で流れたのはそのラフミックスである。


TMの「Double-Decade Tour」に並行して小室が各地のクラブで開催したイベントでも、小室のDJプレイに加えて、KEIKOの「Just One Victory」「I Want You Back」のカバーが披露されている。
当初は「Just One Victory」「I Want You Back」と同様に商品化の可能性を考えていたのかもしれない。
小室は「Just One Victory」をトリニータのオフィシャルサポートソングにしようとも考えており、TMの20周年ライブで本曲が演奏されたのもこれと関わると思われる。
「Double-Decade Tour」のMCでも、口コミでこの曲を広めてほしいと言っている。


「Tribalkicks TV」のBGMとしては他に、「Anthem of Tribalkicks」「KEIKO Meets Football」「Off the Pitch」「We Love Football」「Football Will Rock You」などのオリジナル曲(未商品化)や、翌年のglobeのシングル「Here I am」のプロトタイプが用いられており、小室が本番組に精力的に取り組んでいたことも分かる。
なおこれらの演奏では、スポンサーYAMAHAのエレクトーンStageaが用いられた。


Tribal Kicksが形にした仕事は実質的にこれらだけであり、2005年にはこの方面での活動は息をひそめる。
そこにはある事情も絡んでいたのだが、これについては別章で触れることにしたい。
ともかく小室はTM20周年が終わるとともに次の活動に移っており、そこにTMの影はまったく見えなかったのである。

Cream Of J-POP ~ウタイツグウタ~ - DJTK
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