7-33 泥沼の中、再起目指して

「SPIN OFF T-Mue-needs」は11/15に仙台公演を終えました。
今度の11/22・23 Zepp Tokyoの本公演ファイナルと、12/1・2中野サンプラザの追加公演を以て、9月から続いたツアーは終わりを迎えます。
このタイミングでコロナが再拡大の様相を見せ、東京も厳しくなってきましたが、無事完遂できることをお祈り申し上げます。
なお10/25 Zepp Namba公演から、アンコールにも日替わり曲が加わり、現時点で3パターンが披露されています。
Zepp Tokyoと中野ではどうなるでしょうか。


ウツFC会報「Magnetica」の2018年分が、電子書籍「Magnetica archives 23」として11/25に発売されます。
また来年1~2月頃に「SPIN OFF T-Mue-needs」写真集が発売されるそうで、Zepp Tokyoおよび中野のライブ会場でオーダーカードを販売とのことです。
このオーダーカードの情報をウェブサイトに入力すると注文できるとのことですが、後日通常の通販も受け付けるそうです。
オーダーカードの意味て何?とも思いますが、グッズとして持っていたいファンを想定しての商売でしょうか。


木根さんは11/3にFM世田谷「田中さんラジオ」、11/8にFM大阪「あわじ感動!音楽島」に出演したそうです。
また11/8放送のアニメ「かえるのピクルス―きもちのいろ―」では、木根さんが声優として出演しました。
来年1/27~31に下北沢のGeki地下Libertyで開催される舞台「ウィークエンドシアター・ファイナル公演」にも、特別出演するそうです。


小室さんは10/24に「Ground TK_002」、10/31「TK/MusicDesign/父母ヶ浜」を開催しました。
「Ground TK_002」は見ていませんが、演奏は「Precious Memories」一曲だけだったそうです。
「Ground TK」シリーズは、基本的にはトークイベントと割り切った方が良さそうです。


「TK/MusicDesign/父母ヶ浜」では、十数分のインスタレーション披露と1時間程度のライブが行なわれました。
ピアノをメインにシンセも使ったライブでした。
演奏は「Never End」で始まり「Get Wild」で締めました。
「Get Wild」「Get Wild Song Mafia」に収録された「Sick Indivisuals Remix」です。


TM曲が多かった「Ground TK_001」と打って変わって、今回はTMは「Get Wild」のみで、他は「Sweet 19 Blues」「Departures」「You Are The One」「Boy Meets Girl」「Can You Celebrate? Art Mix」など、90年代プロデュース曲が目立ちました。
他には「Route246」「My Revolution」のほか、「You Raise Me Up」「Robinson Crusoe」のカバーも演奏したのは意外な選曲でした。


サポート無しのインストライブ1時間程度の配信でシステム利用料金含め6000円近く取るのは高過ぎな印象もあり、活動再開を広める気がどの程度あるんだろうかと思わなくもないですが、復帰後初めてまとまった演奏をしてくれたのは良かったと思います。
今後もトークの配信とかするよりも、作曲や演奏の仕事を中心にしてほしく思います。
「Route246」でまあまあうまく復帰できたのに、その後に何も続いていない気がするので。
本当はちゃんと準備をしていて、今はその前振りだというなら良いのですが。


11/16にはシンポジウム「地球のOS書き換えプロジェクト」に登壇して、建築家の隈研吾さんとトークを行ないました。
小室さんは建築に音を付けることについて語っていたようです。
小室さんは6月に出演した「TOKYO SPEAKEASY」で、去年秋頃からピアノで建築に音楽を付けることを始めたと語っていましたが、おそらく同じことを言っているのでしょう。
なお本シンポジウムを企画した吉川稔という実業家は、「TK/MusicDesign/父母ヶ浜」も企画しており、キーパーソンの一人のようです。


あとよく分からないのですが、小室さんは瞑想アプリRussellMEに楽曲提供をしたそうです。
このアプリを配信しているラッセル・マインドフルネス・エンターテインメント・ジャパン株式会社は、元avexの千葉龍平さんが立ち上げた会社です。
アメリカに移住していた千葉さんは、アメリカで流行しているマインドフルネスなる瞑想法にはまり、avexから離れてこの会社を立ち上げたそうです。
小室さんもこれを勧められ、「新しいじぶん」を発見したそうです。


え、千葉さんて今そんなことになってんの?てびっくりして調べてみたら、2016年にavexを退社していたんですね…。
会社はアメリカで設立された後、2018年には日本法人が設立され、RussellMEは今年7月14日に公開されたようです。
RussellMEの展開があまり思わしくないため、小室さんに協力が求められたというところでしょうか。
これは千葉さんがビジネスチャンスと見て仕掛けてきているのか、本当にはまり込んでいるのか、小室さんも本気ではまっているのか、なかなか判断しづらいですね…。細木数子とか嫌な先例があるだけに…。


私が望む形の活動にはなかなか向かわないなあと感じますが、今しばらくは期待せず観察していようと思います。
いずれTM再開の可能性もまったく皆無というわけではないと思うので…。
では本題に入ります。

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前章では2005~06年頃の小室の窮状を見た。
その頃の小室はTM NETWORKには関わっていなかったが、他の音楽活動は皆無だったわけではない。
本章ではこれについて、駆け足で見ていくことにしたい。


この時期の小室の仕事は、globeがメインワークとなっていた。
globeの楽曲制作は2004年後半の全国ツアー「globe decade」の頃から始まっており、ツアーでは新曲「Judgement」が披露されている。
デビュー11年目の初日に当たる2005/8/10には、この「Judgement」を含む10周年記念アルバム「globe2 pop/rock」がリリースされた。


「globe2」のタイトルはファーストアルバム「globe」を意識したものであるとともに、サブタイトル「pop/rock」は原点としてのポップスとロックに回帰したこと(つまりトランスではないこと)を示したものである。
ここで小室はglobeのトランスからの決別と、分かりやすい音楽作りを宣言する。


ただオケはポップになっているが、デビュー期のような「分かりやすさ」が言うほど実現されているかというと、先行シングル「Here I am」はともかくとして、他の楽曲については必ずしもそうでもない。
本作は10周年の記念作品だったにも関わらず、売上は2003年の前作「Level 4」(5.1万枚)を下回る4.9万枚となった。


また「Level 4」以来の問題として、新メンバーYOSHIKIの件があった。
YOSHIKIは「globe decade」にも「globe2」にも参加していない。
小室は「globe2」のリリースに当たり、今後YOSHIKIが参加する場合はglobe extremeの称を用いると発表した。
これは通常の活動にYOSHIKIは参加しないという告知であり、事実上はYOSHIKI加入の清算宣言だった。
実際にYOSHIKIを含めた活動は、以後一度も行なわれていない。


その一方で、年内には「globe featuring~」名義でゲストミュージシャン2組(ボーカリスト・ラッパー)とのコラボで新曲を出すことも宣言された。
基本メンバー3人に恒常的な4人目のメンバーを入れるのではなく、臨時的なコラボレーションを行なって話題性を作るという方針を示したのである。
要するにDJ pushやYOSHIKIとのコラボで話題を作ろうとした(そしてスベった)2002年と同じ戦略が立てられたわけである。
だがこの計画はうやむやになったため、誰とコラボをする予定だったのかは分からない。


2006/3/23には、extremeでもfeaturingでもないただのglobeの新作として、2枚組アルバム「maniac」がリリースされた。
Disc1は新曲10曲を収めるが、Disc2はそれまでアルバムに入っていなかったメンバーのソロ名義曲や過去曲のリミックスの寄せ集めである。
さらに同年8/9には、ミニアルバム「new deal」をリリースする。
実に2年で3タイトル4ディスクを商品化したわけで、この前後の小室の活動の中でこの密度は突出している。


だがその作品を聞くに、トランスから離れた後、新たに目指すものも見つからない中で暗中模索で作られたようにも感じられる。
小室は「maniac」について、新しい分かりやすさを探し求めるとともに、あえて簡単には理解されなそうな曲も入れたという。
それがアルバムのタイトルの所以なのだろう。
小室が楽曲制作に当たり迷いをぬぐいきれず、確信を持てていなかったことがうかがえるが、それは作品の評価が概して芳しくなかったことの裏返しでもあろう。


売上も「maniac」は2.8万枚、「new deal」は1.4万枚と、みるみる内に低減していった。
ランキングの面でも、「globe2」が5位を獲得したのが、globe史上最後のチャート10位内ランクインとなる。
2004/8/9の「globe decade」企画の始動から「new deal」リリースまで丸2年、小室の活動の中心はglobeに置かれ続けたが、ファン離れは止まらず、2006年秋からしばらくは活動を止めることになる。
結果的にはこの2年間が、globeのまともな活動が行なわれた最後の時期となった。


avex関連では他に、2005/12/21にiTunesでセレクション楽曲集「globe winter tracks」が配信されている。
中国映画「恋愛中的宝貝」主題歌の「Reason」は、当時これでしか聞けなかった。
(ただし映画公開当時はKCOソロ名義の曲だった)


また2006/11/29には、小室が10年ぶりにTRFに楽曲提供を行なった(「We are all bloomin’」)。
TRFはデビュー15周年に向けて同年から活動を再開していたが、その中の1曲を小室が提供したのである。
ただこれはシングル1曲のみの提供で、かつてのようなプロデューサーとしての起用ではなかった。


小室が2005~06年にglobe作品を集中的に制作したのは、一つは妻KCO(KEIKO)の存在があってのことだろうが、おそらくそれとともに大きかったのは、2005年初頭にavexがプロデュース契約料未償還分約7億円の回収に乗り出した件である。
前章で触れた通り、小室はその返済を約束したというが、すでに多額の借金を負っていた小室が7億円の返済などできるはずがない。
小室は即時返済を免れるために、契約料分の業務を行なう姿勢を示すべく楽曲制作を行ない続ける必要があった。


実際には1作品数万枚程度の売上で7億円も償還できるはずがないのだが、少なくともその意志を示す必要はあった。
「globe2」で売れていた頃への回帰を宣言したのも、売上に結び付く作品を要求されていたという事情もあったのかもしれない。
しかし返済猶予を得るための楽曲作りというのも、本人にとってはつらい作業だっただろう。


小室にはavex以外に、もう一つ楽曲制作を義務付けられているところがあった。
所属先の吉本R&Cである。
2002~04年には細々ながらTM NETWORKの作品をリリースしていたが、2005年度(2005年4月~2006年3月)にはそれもなくなったため、TM以外の仕事を何かしなくてはならなかった。
だが2005年度の小室は、驚くほど吉本の仕事をしていない。


そのような中で2006/1/5、「ガチコラ」の企画が発表された。
スタジオに呼び出された吉本芸人が小室哲哉と遭遇し、その場で小室が作曲、芸人が作詞を行なってレコーディングし、それを携帯電話サイトで着うた・着ギャグとして配信するというものである。
これらは後にアルバム「TKプロジェクトガチコラ」として2006/7/5にCDリリースされ、収録の様子を収めた同タイトルのDVDも同日リリースされた。
DVDの成績は把握していないが、少なくともCDは80位・0.3万枚と振るわなかった。

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誰得企画



またガチコラ名義ではないが、小室は大木こだまひびきの「チッチキチー」のネタを用いたシングル「チ」、次長課長が「JK」名義でリリースした「晴れる道〜宇宙人に合わせる顔がねぇ!」、麒麟が「きりん」名義でリリースした「サイクリングリサイクル」も手掛け、それぞれ2006/4/26・5/31・8/2にシングルとしてリリースしている。
「晴れる道」「ガチコラ」にも収録)


「晴れる道」はアニメ「ケロロ軍曹」の主題歌、「サイクリングリサイクル」は同番組のエンディングテーマで、前者は20位・1.7万枚、後者は65位・0.4万枚の成績を上げた。
当時小室は「ケロロ軍曹」にはまり、ウェブの書き込みでもその口調をまねるほか、テレビでも物まねを披露していた(大変痛々しかった)。


他にR&Cからリリースされた作品としては、女優の青田典子がバブル青田名義でリリースした「ジーザス」がある。
これはテレビのバラエティ番組「ロンドンハーツ」の企画として青田をCDデビューさせたもので、楽曲は1997年の小室の未発表曲だった。
ほとんど売れなかった吉本芸人の楽曲と異なり、これは番組の企画性もあり、12位に入り、2万枚を売った。
90年代の懐メロ的な扱いではあったが、この時期に小室楽曲がテレビで大々的に使われた稀有な例である。


以上が2005~06年の小室がR&Cからリリースした作品だが、いかにも吉本がノルマとしてやらせた仕事であり、小室が主体的に動いたものには見えない。
ガチコラ作品リリースの直後には、小室が吉本を出るという情報も週刊誌に書かれており、これ自体は誤報だったものの、小室は「サイクリングリサイクル」を最後に吉本から作品を発表しなくなる。


avex・吉本関連以外に、小室はSONYの玉置成美のシングルを1枚だけプロデュースしている。
曲はTMの「Get Wild」のリミックスで、カップリングには玉置の「Shining Star☆忘れないから☆」の小室+DJ Dragonによるリミックスも収録されている。
2005/11/2にリリースされた。
サビの部分の符割は原曲から変えられており、この部分は面白い。
若々しさにあふれる「Get Wild」である。


玉置は2003年のデビュー以来チャート10位内の常連だったが、この時どういう経緯で小室に白羽の矢が立ったのかは不明である。
特にタイアップがあったわけでもなく(むしろ小室が関与しなかったカップリング曲「CASTAWAY」にタイアップが付いた)、なぜ「Get Wild」が選ばれたのかも分からない。
あるいは新曲で依頼されたが、満足なものが作れなかったのかもしれない。


ただチャートでは7位・4.7万枚を売っており、同時期のglobeと変わらない成績を出した。
本作の存在により、「Get Wild」は80年代(オリジナル盤・「Get Wild ‘89」)・90年代(「Get Wild Decade Run」)・00年代・10年代(アルバム「Get Wild Song Mafia」)のすべてで10位内にランクインするという、微妙な成果を上げることになった。


2006/2/22リリースの楽曲集「The Greatest Hits―小室哲哉作品集―a」「The Greatest Hits―小室哲哉作品集―s」「TK Instrumental Works Selection 1985-2003」にも簡単に触れておく。
「The Greatest Hits a」はavex、「The Greatest Hits s」「TK Instrumental Works Selection」はSONYからリリースされた。
「The Greatest Hits」はa盤・s盤ともに2枚組で、レーベルの枠を超えて選曲されており、2018年の「Tetsuya Komuro Archives」の先駆けとなる企画である。


TM曲はa盤に「Get Wild」「Dive Into Your Body」、s盤に「Love Train」「Seven Days War」「Self Control」「Nights of the Knife」が収録されている。
s盤には他にも、小室ソロ「Running To Horizon」、渡辺美里「My Revolution」「悲しいね」「卒業」、宮沢りえ「ドリームラッシュ」「No Titlist」などTM期の楽曲が収録される。
またs盤に収録される電気グルーヴの「Rhythm Red Beat Black (Version 300000000000)」は、電気・TMのアルバムには収録されていないため、微妙に貴重である。


以上が2006年前半までの小室の仕事である。
最後の楽曲集は本人の関与もほとんどなかったと思われるので除くとしても、この頃の仕事のすべてとは言わないが、借金返済猶予のためやノルマ達成のための仕事が目立ち、全体的に閉塞感が漂っていることは否定できないと思う。


こうした中で小室が試みた新たな活動がある、
覆面DJ”DJ TK”である。
DJ TKとしての正確な活動期間は把握していないが、小室は2005年から月1回のペースで東京都内のクラブでDJプレイを行なっていたという。
2005/8/9の目黒CLASKAでの「globe2」リリースパーティの後、DJ TK名義でプレイしているので、この頃には活動を始めていたと考えられる。


DJ TKの話を聞いて小室に声をかけたのが、SONY時代の恩人、丸山茂雄である。
丸山はSONY退社後の2005年12月から、自らが代表を務めるに・よん・なな・みゅーじっくで、音楽配信サイトmF247を始めたが、小室もそこで配信をしないかというのである。
音楽配信はミュージシャン側次第で有料にも無料にもできる仕様だった。
DJ TKの楽曲は、ここで2006年いっぱい配信された。


DJ TK配信第1弾は佐野元春「SOMEDAY」のリミックス「Someday mF remix」で、2006年1月に配信された。
小室は丸山から協力を求められた時、この曲のリミックスをやってみたいと考え、ボーカルトラックを借りてきてもらったという。
丸山とEPIC/SONYの縁も考えた選曲だった。
小室はこの後佐野作品のリミックスとして、「SOMEDAY 2006」「アンジェリーナ mF Prepromix」も配信している。


DJ TKの配信楽曲には、J-POPのリミックスとオリジナル楽曲があった。
リミックスには佐野楽曲の他にウルフルズの「ガッツだぜ!DJ TK Mix」があったが、これは小室がヒット前のウルフルズにアドバイスしたことがあるという逸話も踏まえての選曲だろうか。
小室ソロ曲の「I Want You Back (mF247 remix)」も、KCOボーカルで配信された。
これは2004年の「Tribal Kicks TV」のBGMに使われた音源のリミックスである。


オリジナル楽曲としては「if you like it or not」があり、KCOがラップ調の(ひどい)英語ボーカルを入れている。
「@Buddha Bar」
はクラブを意識したハウス楽曲、「Arashiyama」はアンビエント風楽曲である。
なお「Arashiyama」は、後に2008/4/30にiTunesで12:36のロングバージョンが配信された(原曲は7:27)。
Gaballの原田大三郎が作成したSHARP製TVのAQUOSのデモ映像を見てインスピレーションを受けて作ったのだという(別にAQUASの公式タイアップ曲ではない)。


これらの作品群を聞くと、小室はこの頃どのような方向で行くべきかを、自由の利く配信音源の中で探っていたものと思われる。
ノルマとして作らざるを得なかったavexや吉本の楽曲では困難な音楽的実験を、DJ TKの活動で試みていたのだろう。


こうした中で小室は2006年秋以後、avex・吉本から楽曲の発表を行なわなくなる。
同じ頃には新会社TKCOM設立に向けて動き出し、年明けからここを拠点に国際的な音楽活動を展開することを目指した。
「TKCOM」は「TK」「KCO」を掛けた命名である。
中心となったのは楽曲のネット配信である。
TKCOMのサイトや小室のMySpaceでは、Gaballの「Represent_01」「Kuta Moon」のDJ TK名義のリミックスを公開したほか、年末にはiTunesで「Music Makes Me Wonder」をアメリカ・イギリス向けに配信している。


2007年初めには、男性歌手kimeruのプロデュースも発表された。
2007/5/16にはシングル「with you」がリリースされている。
2006/11/15に浅倉がkimeruに「Starry Heavens」を提供しており、その縁で紹介されたのかもしれない。


2007年には、DJ TKのアルバム制作も行なわれた。
年始には小室がアルバムリリースの予定に言及しているので、2006年中には決まっていたと見られる。
おそらくTKCOM設立準備と同じ頃に立ちあがった企画だろう。


この時は既発表トラックのリミックスの他に、新規のレコーディングも行なわれた。
レコーディングは難渋したが、2007/5/9には完了した。
リリース日は当初2007/5/23の予定だったが、レコーディングの遅れにより7/4に延期された。
タイトルは「Cream of J-POP~ウタイツグウタ~」である。


mF247ではアルバム制作中の4月から、Podcast「DJTK制作日記」が連日配信され、小室によって制作状況が簡単に報告された。
また5/9にはDJ TKのオフィシャルブログが立ち上げられたが、これは2020年現在でも残っている
ただ小室はブログにあまり積極的でなかったようで、たまに自らも記事を書くことはあったが、大部分はスタッフが予定を書くだけのブログになってしまった。


スタッフは一般のブロガーを集めてDJ TKプロモーションのための宣伝会議を開いたりしたが、本音を言えばプロモーションをどうすればよいか途方に暮れていたのだろう(なお参加はしなかったが本ブログにも声がかかった)。
その結果開催されたのが11/8~11の「DJTKメイドカフェジャック」だが、これは秋葉原のメイドカフェ「カフェ・メイリッシュ」でDJ TKグッズ(ラミネートカード)がもらえるスペシャルメニューが設けられただけで、しかも小室が来るわけではなかった。


11/11にはタワーレコード秋葉原店でメイリッシュのメイドが出演したインストアイベントも行なわれたが、リリースから4ヶ月も経って何をしているのだろうか。
なおこのイベントで「Cream of J-POP」を購入すると、先着100名で「Arashiyama(mF247 Limited Version)」のCDをもらえた。
これはmF247で配信されたものと同じ音源だが、CDを手に入れる機会はこの時しかなかった。


「Cream of J-POP」の収録曲は、既配信曲の「SOMEDAY」「アンジェリーナ」「ガッツだぜ!」「I Want You Back」の他(いずれもアルバム用の新アレンジ)、忌野清志郎「JUMP」、松任谷由実「Wanderers」、hide「Rocket Dive」が選ばれた。
また自身の曲からも、渡辺美里「My Revolution」、篠原涼子「恋しさとせつなさと心強さと」、TM NETWORK「Happiness×3 Loneliness×3」を選曲している。
「Happiness×3 Loneliness×3」はKCOボーカルで、「I Want You Back」と同様に、かつて「Tribal Kicks TV」のBGMとして放送されたもののリミックスである。
自身の曲がすべてSONY関係なのは、丸山を通して使用許可を取りやすかったためだろうか。


収録予定曲はレコーディング中にたびたび変更されており、TMの「Self Control」「Be Together」「Seven Days War」「Love Train」が候補に挙げられたこともあった。
この内で「Self Control (247 Special Mix)」はシンプルなオルゴール音色のインスト音源で、CDに記載されたURLにアクセスすると、期間限定でダウンロードすることができた。


正直に言って私はDJ TKの作品にさほどの魅力を感じなかったものの、常に欧米の流行を意識した発言をしてきた小室が、邦楽に目を向けた企画を出してきたことは興味深い。
「Cream of J-POP~ウタイツグウタ~」というアルバムタイトルを見ても、J-POPの歴史を自分なりに咀嚼し直したいという意欲がうかがえる。


その中に自分の曲を3曲加えたのは、J-POPの歴史に自らの音楽歴を位置付けたいという意識の表れでもあろう。
参考までに、「Cream of J-POP」収録楽曲をオリジナルの発表順に並べると以下のようになる。

「アンジェリーナ」(1980)
「SOMEDAY」(1980)
「My Revolution」(1986)
「Wanderers」(1989)
「I Want You Back」(1989)
「恋しさとせつなさと心強さと」(1995)
「ガッツだぜ!」(1995)
「Rocket Dive」(1998)
「Happiness×3 Loneliness×3」(1999)
「JUMP」(2004)


2007/1/5、小室は近田春夫とともにNHK FMの正月特番「ダブルDJショー」に出演し、80年代以後のJ-POPの歴史を2時間語り明かした。
すでに「Cream of J-POP」の企画が決まっていた時期に当たる本番組の内容は、小室の関心を反映したものでもあるのだろう。
小室もこの頃では珍しく、楽しそうにトークをしていた。


しばらく絶えていたメディア出演も、同時期に再開させる。
2006年秋からは翌年春にかけて、細木数子の「ズバリ言うわよ!」に、KCOとともに集中的に出演した(2006/10/3・12/23・2007/1/2・4/3)。
番組のチョイスとしては最悪の部類だが、小室はとにかくメディアに出る機会を求め、個人的な人脈を活用して、自らの活動を世間にアピールしようとした。


本番組では2006/10/3、アメリカの新人ラッパーNipsey HussleとKCOとのコラボによる坂本九「SUKIYAKI」のカバーが披露された。
この音源は後にTKCOMのサイトで公開され、2011年にはアレンジが加えられた上で、「Reality」のタイトルで「Digitalian is eating breakfast 2」に収録された。


2007/1/2には小室とKCOによるTKヒットメドレーライブが十数分放送された。
この日はYOSHIKIも出演している。
4/3には小室の自宅でロケが行なわれ、なんとStevie Wonderが招かれた。
小室の人脈総動員というところだろう。


2007年4月には、埼玉の尚美学園大学芸術情報学部の特任教授に就任する。
前年から関係者に打診していたものだろうか。
大学では音楽特論(新世紀音楽概論)を担当した。


以上が2005年から2007年前半の小室の動向である。
この時期の小室作品は、商業的にはほとんど成果を上げなかったが、どん底と言われるこの時期において、2006年終わり頃に再起を目指して、TKCOM設立・kimeruプロデュース・DJ TK名義のアルバム制作決定・メディア出演など、(成果の有無は別にして)新たな動きを示していたことはうかがうことができよう。
そのいずれもavexや吉本からは距離を置いたものであり、成果が出なかったそれまでの活動から離れて新機軸の活動に可能性を見出したものということができる。


これが何に起因するのかは、前章で触れたところから推測できるだろう。
前章で見た、2006年8月の小室の5億円詐取事件である。
小室は2005年の吉田麻美による印税差し押さえ以後、暴力団系の闇金融に頼りつつ、globe「maniac」やガチコラ楽曲の制作を行なう綱渡りの日々を送っていたが、2006年7月には借金返済の遅延によって追い詰められた。


この状況を打破すべく実行した5億円の詐取により、最優先案件だった闇金融および銀行への返済を果たした小室は、しばらく金策に苦しまず再度音楽活動に専念する道が開けた。
おそらくここで小室は、再起をかけて動き出したのである。


そして以前触れた通り、2007年6月にはTM NETWORKの活動再開が宣言された。
これは要するに、準備万端だったウツ・木根に小室が再合流する宣言にほかならなかったが、以上の時間軸を見れば、これもやはり5億円詐取を受けた小室再起の一環だったと見るべきだろう。
次章ではこれを踏まえて、TM再開の動向を確認していくことにしたい。

Cream Of J-POP ~ウタイツグウタ~ - DJTK
Cream Of J-POP ~ウタイツグウタ~ - DJTK

7-32 越えてしまった一線

ウツと木根さんによる「Spin Off T-Mue-needs」が7公演を終え、前半戦を終えました。
私も10/18の福岡公演に参加してきました。
これまでで一番良い席だったので、感激しました。
正直、配信で見ても微妙な気分だったんですが、現場で見ると何か盛り上がるものはありました。


セットリストは10/3のZepp DiverCity Tokyo公演で日替わりメニューが登場し、福岡公演はその変形メニューとなりました、
ネタバレ防止のためにコメント欄に書いておきますが、個人的には日替わり曲(4曲目)がとてもうれしかったです(しかも意外なアレンジで)。
しかし4曲目のもう1個の日替わり曲も聞きたかったので、そこらへんは残念でした。


セットリストは、今後もう少し微調整が入るかもしれません。
特に11/15の仙台公演では、浅倉さんの代わりに都啓一さんがキーボードのサポートに入るので、キーボードソロの曲は変わるかもしれません。


また12/1・2の追加公演も決まりました。
会場は「Dragon The Carnival」追加公演と同じく、中野サンプラザです。
キーボードは浅倉さんと都さんの2人とも出演します。
今公演数を増やせたということは、経営者側の収支も悪くないのでしょう。
なお11月からは会場でのグッズ販売が3点セットのみではなく、全種類行なわれるようになるそうです。


一方で毎年開催していたウツの年末ディナーショーは、今年はコロナウィルスの感染拡大を勘案して開催しないそうです。
まあそりゃあそうでしょうね。


木根さんは、10/12に神谷えりさんとのコラボライブ「eri kamiya meets naoto kine special live」を開催しました。
こちらは3000円で有料配信もありました。


また10/9・16には、WEBラジオ「伊藤銀次のPOP FILE RETURNS」に出演しました。
こちらはしばらくアーカイブとして公開されるようなので、まだお聞きになっていない方はどうぞアクセスしてみてください。


木根さんは自分のソロCDの他は、TMの「Decade」「All the Clips」の宣伝をしていましたが、今宣伝するのそれなんだ!?
「Get Wild」退勤の話題も出ましたが、木根さんは知らなかったフリをしていました。
またTMの再開の可能性について触れられた時、あまり積極的な発言はしていませんでしたが、来年はオリンピックがあるからその後でということを言っていました。
まだTM再開の話は固まっていないけれど、考えてはいるというところでしょうか。


10/12には、小室さんの配信イベント第2弾「Ground TK_002」の開催が発表されました
10/24(土)の19:00~20:00で、10/27までアーカイブされるようです。
視聴は税込み3850円です。


内容は、小室さんの講義(前回と同様に撮影済のトーク動画を流すのでしょう)と対談・ミニライブとなっています。
前回と同じ時間配分ならば、ミニライブは十数分でしょうか。
「Ground TK」シリーズは毎回対談を入れるようですが、今回はロンドンブーツ1号2号の田村淳さんが対談相手です。


またすでに告知されていた香川県三豊市父母ヶ浜で開催される「父母ヶ浜芸術祭Vol.0」中のイベント「TK/MusicDesign/父母ヶ浜」も、税込み5500円で有料配信されるそうです。
10/31(土)の16:00開始で、11/8まで配信されます。
instagramに以下のような説明が出ており、単独ライブイベントのようです。

日本のウユニ塩湖と言われる、香川県三豊市父母ヶ浜を舞台にした小室哲哉単独ライブ
「TK/MusicDesign」は、MusicDesignerである小室哲哉が、様々なロケーションで、環境や空間と融合した”音”をみなさまにお届けする配信ライブです。
小室哲哉が奏でる”音”をぜひ体感ください。


十数分のライブに4000円払うよりは、こっちの方が意味あるかなあ…と現時点では思っています。
ライブ開催後もしばらくは見られるようなので、課金するかどうか悩んでいる方はネット上の評判など見てから考えても良いかもしれません。


最後におまけ情報を。
「Get Wild退勤」のtweetでバズったshotacさんが、小室さんから直接お礼の動画を送られたそうで、その動画がご本人のtwitterにアップされています。
この件はネットニュースにも取り上げられています。
小室さん、ネットからのヒットを目指したいと以前言っていましたが、それが実現したことで嬉しかったのかもしれません。


では本題に入ります。
現実がよくなってきたところなのにとっても嫌な話になりますので、見たくない方はここらへんで引き返してください。
あの「事件」の話です。
こんな話を今頃蒸し返すなというご意見もあるでしょうが、私はこの事件に触れないと2007年のTM再開には言及できないと考えており、熱心なファンの方から反感を買うことは承知の上で書きました。


以前から述べているように、本ブログはTMの歴史を振り返ることを主旨としております。
もちろんTMや小室さんにはうまくいってほしいと思っていますが、私としては彼らを応援するファンサイトを作っているつもりも、ファンの交流サイトを運営しているつもりもありません。
色々と思うところがある方はいらっしゃると思いますが、この方針については逮捕と裁判の記事まで継続するつもりですので、ご了承下さい。

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これまで数回にわたり、2005~07年におけるウツ・木根の動向を見てきた。
そこに小室が絡む場面はほとんど見られず、TMの活動は完全に止まっていた。
ところがそうした中で、2007/6/7「Spin Off from TM 2007」のステージ上で、11月のTM NETWORKライブの開催が宣言された。
突如の告知だったが、その背後には何があったのか。


それまで「Spin Off from TM」に参加してこなかった小室の動向がこれに関わっていることは、容易に想像できよう。
要するに2007年6月以前に、小室にTM参加を促す何かがあったのだ。
そこで本章では、これまでの小室哲哉の動向を見ていくことにしたい。


なおこの動向の最終的な結末となったのが、2008/11/4の小室逮捕である。
これについては2009年の裁判記録があり、そこで事件に至る経緯が詳細に判明する。
もちろんそこで述べられたことがすべてではありえず、事件に関わることが裁判で必要な範囲で語られたに過ぎないという点は留意すべきであろう。


またこの事件の捜査を主任検事として担当した前田恒彦は、2010年9月に文書偽造をめぐるフロッピーディスクのデータ改竄事件で逮捕され有罪判決を受けたという、いわくつきの人物である。
この事件は、検察の想定する事件の構図に合わせるために、証拠となるデータの内容を書き換えたというものである。
前田は検察の読み通りの自供を容疑者から引き出すことで知られていたが、これ以前から疑惑の捜査がしばしば見られたという。


この疑惑の捜査の一つが、まさに小室事件だった。
2010/10/18のTBSの報道によれば、前田が立証上で邪魔なメールを削除するように、部下に指示したと証言した検事がいた。
ただしその部下は実際にはメールを消さずに、前田に消したと報告し、そのことは結果として捜査に影響しなかったという。
また検察庁によれば、前田も部下もこの件について否認しているとのことである。


この件には不鮮明なところも多く気になるところだが、供述調書をはじめとする事件の関係書類が、検察によって分かりやすく整理されている可能性は考えるべきだろう。
ただ細かいところは疑う余地があるとしても、そこで語られている事実関係については、矛盾が見出されない限り基本的に準拠して良いと考える。


この事件については経過についても不審な点があり、報道の当初も様々な推測が行なわれた。
この点は以前本ブログでも取り上げたことがあるが、「諸事情」で削除した経緯がある。
ただ本章の趣旨はそこにはないので、今回この点はあまり深く掘り下げず、事実関係の推移のみ整理することを心掛けることにしたい。


以下、具体的な叙述に入ろう。
小室は2003年には引きこもり状態となっていたが、TM NETWORKの楽曲制作に入った年末頃から音楽活動への意欲を高め、2004年4月から始まったTM20周年記念ライブも、無事遂行することができた。
TM20周年企画が6/25に終わると、小室は妻KCO(KEIKO)の実家山田家がある大分に拠点を移し、globe10周年ライブとサッカー事業を中心とした活動を行なった。
以上はこれまで見てきたことの確認である。


2003年とは打って変わって、2004年には積極的な活動に出た小室だったが、この頃それまで長く経理を担当してきたあるスタッフと対立してしまう。
そのスタッフは以前から小室に対して、浪費を抑えて出費を半分にしてほしいと伝え、SONYのスタッフからも忠告してもらったが、小室はこれを聞かなかったという。
浪費の多くは山田家に関わるものだったが、小室はこれに口出しをすることはなかった。


小室は2000年12月にはavexからプロデュース料として10億円を前払いされ、2001年9月には富士銀行(2002年からみずほコーポレート銀行)から10億円を借り入れていた。
みずほコーポレート銀行への借金は2005年までに7億円程度が返済され、avex前払い分も3億円近くは償還していたから、両者に対する負債20億円は10億円程度に半減していたはずだが、小室は2004年の時点で総額20億円程度の借金があったという。
avex・銀行以外のところに対して10億円程度の負債が発生していたらしい。
結局2001年の負債総額は、2004年になっても減っていなかったことになる。


経理担当スタッフはこうした現状を憂慮して小室に進言したのだろうが、逆に小室に疎まれ、7月には退社することになったと述べている。
後述する平根昭彦・木村隆がこれに代わって呼ばれたのは2004年5月なので、小室とスタッフとの関係破綻もこれを少し遡る頃と推測される。


小室は5月には大分のサッカーチームトリニータのスーパーバイザーに就任しており、これ以前からメインスポンサーの話も進められていたに違いない。
スタッフが小室に進言したのは、これと絡むものだろう。
トリニータのスポンサー契約料は月1200万円だったが、20億円の借金返済の目途が立たない中でこれを進めるのを止めようとしたと推測される。
平根は、小室がこの話を進めたのは山田家に対する見栄のためだったと述べているが、それが本当だとすれば、小室としては山田家に自分の仕事を誇示するという至上命題を、財政「ごとき」の問題でスタッフが反対することなど許せなかったのかもしれない。



こうして経理スタッフの離反を招いた小室は、新たなスタッフが必要となった。
そこで5月には友人を介して平根昭彦・木村隆に会い、協力を求めた。
かつては具体的な財政状況を把握していなかった小室も、この時には20億の借金があることを理解していたらしい。
おそらくスタッフとの騒動を経て、把握することになったのだろう。


小室はこうして、平根を社長、木村を監査役として、イベント会社Tribal Kicksを設立し、8月から待望の大分トリニータのメインスポンサーの地位を得た。
メインスポンサーとしての契約期間は1年半であり、この時点で小室は1200万円×18ヶ月=2.16億円の支払い義務を負うことになった。


なおこのTribal Kicksとまぎらわしいものに、Tribal Kickがある。
Tribal KickはかつてLittle Birdと言っていた小室の芸能事務所を2003年夏頃に改称したものである。
2003年10月~2004年10月の木根のFC会報には、会報の監修として明確に「Tribal Kick」と記されており、2004年設立のTribal Kicksとは別法人と思われる(木根は2004年までLittle Birdから引き続きTribal Kickに所属していた)。
平根・木村は小室のマネージメントも担当していたというので、おそらく2004年以後はTribal Kickにも関わっただろう。
小室の財政管理もイベント会社Tribal Kicksの業務ではなく、事務所Tribal Kickの業務と見られる。
(逮捕当時の報道は両者を混同してともに「トライバルキックス」として扱っている可能性がある)


いずれにしろ小室は平根・木村を迎えた5月から、実質的に新体制を取るようになったと見られる。
時にTM NETWORK20周年ライブの真っただ中のことだった。
小室が再起の意志を宣言する「Green Days」を作ったのも、この頃のことだった。


2004/5/20には、小室とKEIKOがROJAMの株を全額売却している。
借金返済の方策であるとともに、新体制に移るに当たっての決意表明でもあったのだろう。
小室はこれによってROJAM会長を辞任したと報道されている。
2003年下半期の小室・KEIKOの持ち株は4.2億株なので、これが全部この時に売却されたとすると(当時の株価は1株0.09香港ドル=約1.3円)、計算上では5.5億円程度の現金を得たことになる
株式上場当時の株価が74億円相当だったことを考えれば、確保した現金はその1割以下に過ぎないが、それでも当時の小室にとってはありがたい資金だったに違いない。


なお平根・木村体制下の小室は、借金返済と生活費で月1700~2300万円が必要だったという。
仮にこれが事務所運営費(人件費)やトリニータのスポンサー料を含むものだったとすれば、年間2.4億円の出費だったことになるし、含まないものだとすれば、それ以上の出費だったことになる。


後述の吉田麻美による年間1億円の差し押さえが始まった2005年には年収8000万円だったという証言があるので、それ以前の2004年の小室は1億8000万程度の年収があったと見られる。
だとすれば出費をもっとも少なく見積もっても、小室は赤字経営に陥っていたはずである。
7億円の臨時収入があっても、これでは借金はあまり減らなかっただろう。


小室逮捕後にインタビューに応じた関係者が一様に語っているように、当時の小室は様々な知人に借金の依頼をしていた。
平根・木村にも個人的に借金をしていたようで、木村は2004/9/1に小室の口座に9900万円を振り込んだという。
小室はROJAM株を売却した3カ月後には、すでに新たな借金が必要な財政状況に陥っていたと見られる。
時に小室が大分トリニータのスポンサーになってから1ヶ月も経っていない頃であり、スポンサー就任がいかに無謀な判断だったか分かる。


平根は、木村の9900万円振込の後、小室の楽曲から著名な3曲の著作権(この場合は著作権使用料取得権か)をTribal Kicksに譲渡させた。
これによって企業価値を高く見せ出資者を募ると小室に説明したが、結局融資は集まらなかったと、裁判の供述調書で述べられている。
小室は翌年の2005年7月、友人の喜多村豊(豊可)への借金2億円の代物弁済のために、喜多村が代表を務めるTK Tracksに290曲分の著作権を譲渡している(なお小室が権利を持っていたのは全806曲)。
さらに木村は、知人の実業家Sにも接触し、電話で著作権譲渡の話を伝えたが、断られたという。
後述の通り、木村は後にSに著作権売買の話を持ち掛けるが、その手口の片鱗はこの時点ですでに見えている。


新体制を築いた小室が金策に忙殺されている中で、小室の破滅を決定づける出来事が起こった。
小室は2004年8月を最後に、前妻吉田麻美への養育費(月200~390万円)及び家賃(月150万円)の支払いを止めてしまったが(9月には小室が財政難に陥っていたことは先述)、麻美はこれを受けて小室を東京地裁に訴え、2005年1月に小室の著作権使用料(印税)を差し押さえる権利を認められたのである。
その金額は1年で1億円、総額7億8000万円だった。


麻美の差し押さえは一見すると、喜多村が行なったことと同じに見えるが、決定的に異なる点がある。
小室は806曲中の約300曲について、印税を得る権利を喜多村に譲渡した(自分の印税取得権を放棄した)が、他の500曲近くについては継続的に印税を得ることができた。
つまり定期的な収入が減少したとしても、無収入になるわけではなかった。


ところが東京地裁の判決では、麻美が優先的に全印税を差し押さえることになった。
つまり小室は麻美の差し押さえが終わるまで印税を1円も得られなくなったのであり、給与やライブなど印税とは別枠の収入しか頼るものがなくなった。
小室はそれまで約1億8000万円の印税を得ていたと考えられるから、これを月割にすれば1500万円になる。
麻美が1億円を差し押さえるためには約7ヶ月かかる計算であり、つまり小室は8月頃まで印税収入がない状態に陥ったと考えられる。


東京地裁の判決は、すでに自転車操業状態だった小室にとって、極めて厳しいものだった。
avexは2005年に入って、おそらく小室が返済不能になることを見越して債券の回収に乗り出した。
小室はこれに対して返済の約束をして先延ばしをするとともに、2006年までavexの仕事を最優先させるようになる。
その成果が8月リリースの「globe2 pop/rock」であり、その後もglobeを続けるという宣言だった。


一方の大口債権者としてみずほコーポレート銀行があったが、こちらはavex以上に厄介だった。
小室は融資を受けた時に自らの著作権を担保にしていたから、返済不能と判断された時点で印税収入をすべて取り上げられてしまうことになるからである。
さすがに小室はこの返済は優先させていたものの、6月には延滞が続くようになっていた。
2005年の時点で未返済分は3億円余りだったという。


銀行は2005年7月、小室に対して担保の差し入れを要求したが、小室は優先的に返済することを約束して待ってもらった。
おそらくこの頃に麻美の1億円差し押さえが終わったと見られ、以後12月までは返済を続けたようである。
だが年が明けて2006年分の差し押さえが再開すると、また返済が滞った。
麻美の呪縛は、こうして小室を苦しみ続けた。


このような中で、大分トリニータへのスポンサー料は2005年2月から支払われなくなる。
2004年8月から1年半の支払いの約束は、わずか半年で終わってしまった。
この延滞のタイミングは、1月の麻美の差し押さえ開始が契機になっていると見て良い。
このためTribal Kicksは、3月からトリニータのメインスポンサーから外されて一般スポンサーになったが、メインスポンサーを失ったトリニータは収支を悪化させた。


当時トリニータはすでに億レベルの債務超過に陥っており、小室のスポンサー料未払いが加わったことで存亡の危機に立たされていた。
そのため2005年9月には、Tribal Kicksの問題を公表する(なおどうやってしのいだかは不明だが、2020年現在でもトリニータは存続している)。
トリニータによれば、スポンサー料は8月までで7000万円が滞納されていた(Tribal Kicksの主張では5200万円)。


こうして小室が妻の実家を喜ばせようとして始めたサッカー事業は、むしろ大恥をさらす形で終わった。
思い描いていた再起プランが破綻した小室は、以後延々と金策を行ないながら、前払い金返済の要求を免れるためにavexの楽曲制作を続けるという、地獄のような日々を送ることになる。


ここまでの小室の動向を整理すれば、以下のようになろう。

・2004年8月から大分トリニータへのスポンサー料支払い開始
 →9月から麻美への慰謝料・養育費支払いを停止
・2005年1月から麻美による印税差し押さえ
 →2月にトリニータへのスポンサー料支払い停止


ここまで来れば小室はもはや破産するしかないように思われるが、小室はKEIKOやその実家に窮乏の様子を見せたくなかったというから、その選択肢にはなかなか踏み切れなかったのだろう。
小室に金を貸していた木村も、破産を思いとどまらせることはあっても勧めることはなかったはずである。
平根も小室の連帯保証人にもなっていたため、自らの破滅を回避するためにも、小室を止めるわけにはいかなかった。
小室は自らが作りだした人間関係に縛られて、自転車操業の継続を強いられてしまったと言えるし、それを振り払う決断もできなかった。


そもそも慰謝料・養育費は非免責債権の一つで、破産によっても免除されない。
また破産手続きを行なえば、著作権使用料取得権は破産管財人によって債務者に引き渡される見込みが高く、そうなれば小室は印税収入無しで7億8000万円を完済を義務付けられることになる。
つまり小室をもっとも追い詰めていた慰謝料・養育費は、法的措置を取られた時点で何としても払い続けるしかなかったのである。
こうなれば小室は、麻美の差し押さえが完了する2012年まで金策を続け、走り続けるしかない。
なんという絶望的な状況だろうか。


このような状態の小室に、麻美はさらに追い打ちをかける。
すなわち2005年9月、小室の不倫とKEIKOの略奪婚、そして慰謝料・養育費未払いの件を、週刊誌およびテレビで暴露したのである。
この時点で麻美はすでに年間1億円の印税差し押さえを認められて実行していたのだが、その件については一切触れることなく、小室の家賃支払い停止によってマンションを追い出された悲劇のシングルマザーとして自己演出した。

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麻美は2005年に音楽活動を再開し、4/6には「Strong Woman」、11/16には「If you feel me?」をリリースしたが、ほとんど売れなかった。
おそらくこの暴露運動は小室への復讐とともに、不振だった音楽活動の宣伝も目的としたものであり、実際にテレビに出演した時にもちゃんと宣伝を行なっている。
ただこの宣伝はほとんど効果がなかった。
翌年リリースのアルバム「BADONKADONK」は248位・653枚という散々な成績に終わり、以後新譜のリリースは行なわれなかった。


麻美の意図はともかくとして、この件は小室に意外なダメージとなった。
麻美の暴露話(およびおそらく同時期のトリニータの件も)によって、小室の財政状況が金融業界に知れ渡り、借金に応じてくれるところがなくなったのである。
小室は年末には平根から、「もうまともな会社からは借りられない」と言われていたという。


2006年1月に麻美の印税差し押さえが再開すれば、また無収入の日々が訪れることは明らかだった。
しかし借金の返済期限は次々と迫る。
小室は危険を覚悟の上で、2005年12月にワシントン・グループの河野博晶という人物から1億7000万円を借りた。
河野が主要株主を務めるA・Cホールディングズ(旧南野建設)は、これ以前に株価操縦事件など、きな臭い事件を起こしていたところである。
平根によれば、山口組系暴力団と深い関係が噂されているところだった。


小室はこの1億7000万円を各所の借金返済に充てた上、返済期限の2006年2月までに借金の返済ができなかったため、平根を通じて3億円の追加融資を依頼して、そこから1億7000万円を返済した(返済期限が伸びる代わりに利子が増えた)。
3億円の返済期限は5月だったが、印税が差し押さえられている中で返済などできるはずがない。
その返済は8月まで延びた末、常軌を逸した方法で返済されることになる。


この借金の金利は、なんと月利5%だった。
ならば1億7000万円も、2月に返済した時点では1億8700万円程度に増えていたはずで、額面では3億円借りたと言っても、手元に渡ったのは1.1億円余りだったと見られる。


この3億円を8月に一括返済したのならば利子は約34%になり、総額で約4億円を返済する必要がある。
実際に小室が8月に返済したのは3.44億円だったので、本来の返済期限の5月に5000万円程度を返済していたのだろう。
((3億円×1.05^3-5000万円)×1.05^3=3.4415億円)
となれば、小室は約2.8億円(1.7億円+1.1億円)を受け取った8カ月後までに、総額約3.9億円(0.5億円+3.4億円)を返済したことになる。
3億円弱の負債が半年余りで1億円増えたということである。
目先の問題を先送りするために長期的に債務を増やす選択を採ることは、これ以外にも多々行なわれてきたに違いない。


小室にはもう金を借りるあてもなかったが、2006年の印税は夏まで入ってこない。
そのような中で小室は、河野だけでなくみずほコーポレート銀行への返済も延滞せざるを得なくなる。
銀行はついに債権の回収は困難との判断を下し、2006年7月にはTribal Kicksにその旨を連絡した。


小室は8/1に銀行員と面会し、延滞分を8/3・11・31日に支払うことを約束して納得してもらったが、この約束が果たされない場合は法的措置を取ると告げられた。
いわば銀行からの最後通告であった。
小室はいよいよ追い詰められた。


8月の返済額は総額4000万円だったが、仮に印税が入ってきても月1000万円程度の見込みであり(5ヶ月で5000万円)、全額を支払うにはとても足りなかっただろう。
そして担保の著作権をすべて奪われてしまったら、河野への借金返済は絶望的である。
数億円の借金を背負ったまま裏社会に一生付きまとわれることになることは必定である。


このようにX-DAYを目前に控えた2006年7月、平根と木村は小室に、以前出資をお願いしたSのことを伝えた。
2人はこれまでも何度かSと接触し、小室の持つ楽曲の著作権を担保として5億円の融資を依頼していた。
小室が著作権を担保として銀行から借金したことで追い詰められていたにもかかわらず、彼らはまた同じことをしようとしたわけである。


Sはこれを断ったが、著作権自体には関心を持ち、著作権の購入ならば考えるという姿勢を示した。
これは印税受取の権利ではなく(おそらくTribal KicksやTK Tracksへの著作権譲渡はこちら)、著作権自体の取得を意味するものだった。
そこで平根・木村は小室も連れて、7/30に東京の芝公園のホテルでSと面会し、10億円での著作権売却の約束を取り付けた。


後日木村はSに電話して、まず1億5000万円を振り込んで欲しいと伝えた。
その期日は8/3だったが、これは銀行への最初の返済日を念頭に置いたものであろう。
だがSは、頭金を支払う前に合意書も交わすことを主張する。
そのため8/3の銀行への返済は、木村が立て替えた。


小室らは8/7にまたSと面会して話し合いを行ない、書類の件も含めてSと合意を得た。
なおこの時小室は、ピアノで作った「dependent」という曲のCDをSに渡した。
どういう曲かは不明だが、「Wow War Tonight」のサビの部分が入っていたという。


Sはこれを受けて、8/9に1億5000万円を、8/29に3億5000万円を振り込んだ。
それぞれ8/11・31の銀行への返済を意識したものだろう。
小室らはSに対して、10億円の内でまず5億円を振り込むように依頼していたが、2度の送金はこれに応じたものだった。
小室の印税は麻美によって差し押さえられているため、慰謝料・養育費の残額を一括で支払ってこれを解除し、Sに著作権を売却するという理屈だった。
5億円を一括払いすれば差し押さえを解除する合意が麻美との間にできていると、小室は説明したという。


だがこれまで見てきたように、小室がSを頼ったのは、銀行や河野への借金返済のためだった。
実際にこの5億円は、銀行・河野や木村の立て替え分(1億5000万円)の返済に充てられて、たちまちなくなった。
当然麻美の差し押さえも解除されず、Sへの著作権移転も行なわれなかった。


そもそも806曲中の3曲の著作権使用料取得権はTribal Kicks、290曲はTK Tracksにすでに譲渡しているのであり、これらも再移転しない限り、Sは806曲分全部の印税を得ることはできない。
また印税の取得権だけならばともかく、小室の著作権自体はSONYやavex・R&Cなど音楽出版社に譲渡されており、小室がこれを売却することもできない。


この中で著作権が自分の手元にないことについて、小室は認識していなかったという。
一方で著作権使用料取得権の二重譲渡の問題については、すでに平根が問題を指摘して消極的な態度を取っていた。
だが木村は、いずれSに真実を知られた時には小室のビジネススキームを提示して納得させるか、または別の人から借金をして返済すればよいと主張した。
小室もこれに同意したが、完全にその場しのぎの詐欺行為である。
小室・木村はこのことによって後に詐欺罪容疑で刑事告訴されたが(犯行を主導したのは木村とされた)、これに反対した平根は不起訴となった。


もちろんSは著作権移転が実行されないことに気が付いた時点で、苦情を言ってくる。
木村は売却額の総額を10億円から7億円に減額することで一回Sを納得させたが、これも所詮は時間稼ぎに過ぎず、結局最後まで著作権は移転されなかった。
これが小室の逮捕へとつながっていくわけだが、その結末については後に回すことにして、次章ではこの前後の時期の小室の音楽活動について見ていきたい。

(2020/10/20執筆、11/19加筆)

近況だけまとめ

前回の記事で、よほどのことがない限り9/14・15の「Spin Off T-Mue-needs」開催に合わせた更新はしないと書いたにも関わらず、早速更新してしまった愚か者です。


とはいえ、実は別に「よほどのこと」があったというわけではないです。
私としては至って冷静に(さほど盛り上がりもせず)この10日ほどを過ごしました。
ただ近況として書くべきことが蓄積してしまい、これをためてしまうと次回は近況だけで終わってしまいそうだという判断から、「近況の消化」のための臨時更新に来た次第です。


9/11、突如twitter上で「Get Wild退勤」という小ネタがバズり、一時twitterでトレンド入りしました。
さらに9/15には、関ヶ原の戦い420周年のネタtwitterで、東軍に敗れた石田三成のアカウントが「Get wild退却の時間だ!!!!」とつぶやき、これがまたもトレンド入りしました。


この影響で「Get Wild」のダウンロード数が9/11だけで4000以上を記録し、デジタルシングルランキングでデイリー2位となりました。
9/12には4位で、9/13~15にも10位を保ち続けています。


9/21付けの週間チャート(9/7~13分)では、「Get Wild」10位になっています。
来週も週間20位くらいには入っているかもしれません。
昭和時代の曲がこんなことになるって、えらいことです。
ただストリーミングチャートでは30位にも入っておらず、この違いはよく分かりません。


小室さん、6月の「TOKYO SPEAKEASY」でオンラインのヒット曲が欲しいと言っていましたが、新曲ではないものの、まさに近い現象が起こったと思います。
「Route 246」の成績もあわせ、幸先の良い始まりに見えます。


ちなみに週間チャートによれば、「Get Wild」の9/7~13のDL数は10838で、これを含む累積DL数は130136です。
オリコンによれば、この累積値は2017/12/25以後の集計とのことなので、「Get Wild」は2020/9/6までの約2年8カ月で、12万回DLされたことになります。


実は「Get Wild」はTM曲ではDL数の優等生で、すでに2017年10月にはダブルプラチナ(50万DL)を達成しています。
以前本ブログでもこの件は取り上げたのですが、2005年の配信開始から毎年3~5万程度のDL数をコンスタントに達成していたようです。
この2年8ヶ月のDL回数も12万ですから、年平均4.5万回程度DLされていたはずです。
(去年は劇場版「シティハンター」公開の効果で、他の年よりもDL数は多かったとは思いますが)
にわかには信じられないのですが、これって毎日100人くらいDLしている計算になりますよね。


統計がない2017年11~12月のDL数を合計5000~8000程度と見込み、2017/10までの50万DLと2017/12/25以後の13万DLを合わせると、現状で「Get Wild」のDL数は64万程度と推測されます。
日本レコード協会では、75万DLを達成するとトリプルプラチナの記録が与えられますが、今後も年間3~5万DLが続けば、2023年頃には達成できそうです。
シングルのレコード・テープ・CDはオリジナル版だけで27万を売っていますが(1989年と1999年のシングルCDを含む)、これを合わせるとミリオンも見えてきました。


なお2017年に調べた時には、TMでゴールド(10万DL)以上の記録を取った曲は「Get Wild」しかなかったのですが、今調べてみると、2018年1月には「Still Love Her」がゴールドを達成していました。
他に将来ゴールドを達成する可能性があるとすれば、「Beyond The Time」でしょうか。


なお配信音源で他の小室さん楽曲を検索してみると、他に「My Revolution」「恋しさと せつなさと 心強さと」「Departures」「Don't wanna cry」「逢いたい理由」「負けない心」「No Cry No More」がゴールド、「Can You Celebrate?」がプラチナ(25万DL)となっていましたが、ダブルプラチナ(50万)に達しているものはなく、「Get Wild」の独走状態です。


さて9月中旬には、小室さんとウツ・木根さんによるイベント・ライブが開催されました。
小室さんは9/12の「Ground TK」、ウツと木根さんは9/14から始まった「Spin Off T-Mue-needs」です。


「Ground TK」はSHIBUYA QWSで開催されました。
こちらはe+の配信サービスStreaming+での有料配信です。
会場には共演者の河瀨直美さん・レスリー=キーさんやスタッフだけでなくマスコミ関係者の席もあり、プレスリリース的な意味もあったようです。


webニュースを見ると、会場ではまず小室さん・河瀬さん・レスリーさんのトークがあったようです。
(この部分は配信されていませんが、トークの一部はネット記事になっています)
この日はQWSでのレスリーさんの写真展「母と子の写真展 by LESLIE KEE」の開催が始まった日でした。
「Ground TK」はそのオープニングイベントとして催されたものです。


河瀬さんは自ら監督となった映画「朝が来る」の公開が10/23に控えており、トークではこれに絡んだ話が行なわれたようです。
なお9/18には、河瀬さんがエグゼクティブディレクターを務めた「なら国際映画祭2020」にも、小室さん・レスリーさんがゲスト出演するとのことです。


配信は、小室さんが自分の音楽的ルーツについて語った収録動画から始まりました。
Instagramで公開されていた小室さんの動画は、この一部を編集したものでした。
その後はレスリーさんの撮影により、小室さんと河瀬さんの音楽トークがQWSから生配信されました。
おそらくトーク前半が終わった後で上記収録動画が流され、トーク後半の配信へとつなげられたのでしょう。
後半のトークでは、小室さんの引退宣言時の気持ちや復帰の心意気などが語られました。


最後には小室さんのシンセによる15分程度のミニライブがありました。
1曲目「Departures」はミスタッチが多すぎてハラハラしましたが、次の「Route 246」からは多少持ち直しました。
「Route 246」のサビ頭のフレーズは、意外とライブに使うと映えますね。
その後は「Beyond The Time」「Over The Rainbow」「Seven Days War」と続き、最後は「Get Wild」で締めました。
さらにその後河野さんのリクエストで「Sweet 19 Blues」が演奏され、イベントは締められました。


7曲中3曲がTMで、しかも本編の締めが「Get Wild」だったことから見て、小室さんも今一番注目してもらえるのがTMであることはかなり意識しているのかなと思います。
「Get Wild」は新しい攻撃的なアレンジになっていました。
まあ安室さんが引退してglobeの活動は不可能と来たら、TMをアピールしますよね。


小室さんは先述の「なら国際映画祭2020」の他、10/31~11/8に香川県三豊市で開催される「父母ヶ浜芸術祭 Vol.0」にも出演するそうです。
昔オーストリアのリンツで共演した脇田玲さんも一緒に出演します。
小室さんがEDMの後に可能性を追求していたのが脇田さんとのインスタレーション作品でしたが、こちらの関係もまだ続いていたのですね。
将来化けるといいなと思います。


一方tribute LIVE第4段の「Spin Off T-Mue-needs」は、コロナの情勢次第では無観客になるかとも思ったのですが、9/14・15のKT Zepp Yokohama公演は無事客を入れた形で開催されました。
私は有料配信で両日見ました。


今回はウツと木根さんにとって、コロナの流行下で客を入れた初めてのライブとなったため、なかなか気を使っていました。
演者5人の間にはアクリル板が置かれ、30~40分ごとに5分程度の換気時間も設けられました。
もっともここで休憩時間として確保できたことは、ウツとしては好都合だったと思います。
なおライブの時間は普段通り約2時間でしたが(初日は5分ほどオーバーしましたが2日目で2時間に短縮)、これは換気時間を入れての時間なので、ライブ自体の時間はもっと短いです。


観客はマスク着用の上、ソーシャルディスタンスを保って数席空けて着席しました。
入場・退場もスタッフの規制に従い行なわれたようです。
ライブ中は声を出してはいけないため、みんな手を振ったり拍手したりして反応していました。


セットリストについてはネタバレ防止のためにコメント欄に書いておきました。
首都圏の会場は2日で1セットになっていたので日替わりがあると思っていたのですが、お遊びコーナー以外はありませんでした。
今回はチケットが限られていたので、1会場に2回行けるファンがほとんどいないことも考慮したのかもしれません。


曲名を伏せて少しだけ書くと、3曲目を除いて定番曲はありませんでした。
2005・2007年のtribute LIVEもレア曲を演奏するという触れ込みながら定番曲も結構入っており、今回はその点で特徴的なセットリストでした。
現場で見たわけではないですが、パソコンで見た感想では個人的にはインスト曲(2曲)が良かったです。
特に9曲目はライブで見ることは一生ないと思っていた曲なので驚きました。
前からライブ映えする曲と思っていたので、うれしかったです。


ただ今回配信を見て強く思ったのは、「そういやtribute LIVEてこんなのだったなあ」ということです。
ツアーが始まったばかりなのであまり詳しくは書けませんが、去年の「Dragon The Carnival」のグレードアップ版みたいなのを期待していた身としては、肩透かし感を覚えました。
ここらへんについては、ツアー終了後にまた書くかもしれません(書かないかもしれませんけど)


ソロ活動では、木根さんが母校の東京都立川市立第六小学校の開校70年記念歌「未来は僕らを待っている」を作ったことが報じられました。
完成は8月だったそうです。
「Spin Off T-Mue-needs」の初日公演でも、ウツがこのことを話題に出し、木根さんに演奏してみるように促しましたが、木根さんは本気で焦り、ようやくサビの一部だけを歌っていました。


また木根さんは9/14の「Spin Off T-Mue-needs」の開始に合わせ、新譜「R2」の通販を去年の「R1」と合わせて開始しました。
「R1」には「Get Wild」のカバーが入っているということで、この件は「Get Wild退勤」のブームに便乗してウェブニュースにも掲載されました


以上、近況の消化でした。
次回の更新は来月前半を予定しています。

tribute LIVE SPIN OFF from TM LIVE Blu-ray 4DISC - 宇都宮隆,木根尚登, 宇都宮隆, 木根尚登
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7-31 Spin Off from TM 2007

Blu-ray「Decade 2020 HD REMASTER」「All the Clips 1984~1999 Refinement」が8/26にリリースされました。
私は特に手を出すことはしませんでしたが、週間Blu-rayチャートではそれぞれ7位・2736枚、6位・2956枚の成績でした。
ほぼ既存DVDのアップコンバートに過ぎない割には売れました。
一応新作ではあった2015年の「TM NETWORK THE MOVIE」は初動5位・3360枚ですから、ほとんど変わりません。
意外と需要あったんですね。


otonanoのサイトではBlu-ray発売と連動して、8/25と9/1にwebラジオ「上柳昌彦 presents FUN FUN FANKS!」前・後編が公開されました。
アナウンサー上柳昌彦さんがウツと木根さんを相手に30分ずつ当時の話をするという企画です。


タイトルは、昔ニッポン放送系列で放送していた上柳さん司会の「FAN! FUN! TODAY」を意識したものです。
この番組では当時TMが大変お世話になっていて、上柳さんとTMも仲良く付き合っていました。
上柳さんの話し方も当時と全然変わっていなくて、ウツ木根以上にそちらに懐かしさを覚えました。
このwebラジオは9/30までの限定公開となっています。


これまでotonanoでは、「WITNESS OF TIME MACHINE」なるインタビュー企画が続いていましたが、こちらもwebラジオと同じ9/1を以て終わりました。
最後は小坂洋二さんのインタビューで締められましたが、なかなかこれまで聞けなかった小ネタも知れて良かったです。
小坂さんだけ他の方よりもインタビューが多かったのも良い配慮ですね。


小坂さんが引退後の小室さんと会って2人で話した(「哲学の話」をしたとか)という、気になる情報も出ました。
小室さんの復帰相談などではないようで、時間ができた中で自分の人生を振り返りつつ語りたくなったものだろうと思います。
小室さん、他にもきっといろんな人と会って話していたんだと思います。
引退からの2年間は、自分のことを見つめ直すのに良い時間だったのかもしれないです。


2018年夏の「Fanks Cry-Max」のBlu-ray化発表から始まり、劇場版「TMN final live LAST GROOVE 5.18/19」、Blu-ray BOX「TM NETWORK THE VIDEOS」、ベスト盤「Gift from Fanks」と続いてきたTM35周年企画(という名の過去作品再版企画)が、2年経ってようやく完了となりました。
次回40周年企画もあると良いですね。
その時はできれば未公開ライブ映像をもっと大々的に…!!


そしてまもなく9/14から、tribute LIVE第4弾「Spin Off T-Mue-needs」が始まります。
コロナウィルスはいまだ収まっていませんが、今のところ当初の予定通り観客を入れて開催する模様です。
グッズの会場販売はパンフ・ライト・マスクのセットのみにし(通販では他商品もあり)、チケット転売チェックを厳格化するなど、コロナ対策に色々と気を使っている感じです。
ツアーファイナルは2ヶ月半後ですが、その頃はどうなっているでしょうか。


なおツアー開催と併せて発売された過去のtribute LIVEのDVDソフトのBlu-ray盤は、FC版の発送が始まったようです。
一般向け商品は9/30リリースです。


ソロでは、結構前から出ていた話ですが、木根さんと「かえるのピクルス」のコラボ企画が動き出しました。
10/4からBS12でアニメ「かえるのピクルス– きもちのいろ -」始まりますが、その主題歌「Hopping On」を木根さんが担当します(作詞小室みつ子)。
また木根さんは声優も担当するそうです。


去年の「R1」に続く木根さんの新譜「R2」が、通販限定でリリースされます。
発送日は分からないですが、9/9~13にオフィシャルサイトで予約すると、サイン入りフォトカードがもらえるとのことです。


CDは5曲入りで、1曲はTMN「Looking At You」のリテイク、1曲はTM「Quit30」没曲の「僕は君の為に成る」です。
「僕は君の為に成る」は少し気になるけど、どうしよう…。


小室さんの新たな活動も、9/1に発表されました。
「Spin Off T-Mue-needs」開催直前の9/12に、「TETSUYA KOMURO ONLINE PROGRAM「Ground TK」」なるイベントを開催するとのことです。
Streaming+というオンラインサービスを用いて配信を行なうもので、チケットはe+ですでに販売中です(3500円)。
9/19まで視聴可能のようです。
内容は「小室哲哉音楽とアートの講義」「小室哲哉×河瀬直美トーク」「小室哲哉ミニライブ」の三本立てで、正直ミニライブ以外はあまり心惹かれないのですが、復帰後初めてファンの前に姿を現す機会ということになります。


今回のイベントは、avexは特に関わっていないようです。
avexのオフィシャルサイトも2019年からまったく更新されていません)
avexと関係が深いニコ生を使わないのもそのためでしょう。


主催はMusicDesign 株式会社というところらしいですが、なんですかこれは?
小室さん、また新しい会社を作った?
小室さんのマネージメントがどうなっているのかとか少々気になるところです。
変な取り巻きがついていないと良いのですが。


なおイベント開催発表と合わせて、小室さんがinstagramを始めました
シンセを弾いている動画も2本上がっていて、一つは「Get Wild」をちょっとだけ弾いたもの、一つは即興演奏をしているものです。


ただ後者の方は(多分小室さんじゃなくて撮影しているスタッフの方の)雑音が一瞬入っています。
こんな雑な仕事ぶりでMusicDesign大丈夫なのか?と、のっけから不安にさせられます。
まあまだ何も始まっていませんので、しばらく様子を見ていようと思います。
「Spin Off T-Mue-needs」が終わった頃にウツ木根と合流してもらえると嬉しいです。


それでは本題に入ります。
tribute LIVE第4弾が始まる直前に、第3弾までの全記事を終わらせました。
ちなみに次回ですが、よほどのことがない限り、「Spin Off T-Mue-needs」初日公演での更新はしないと思います。



U_WAVEのツアー「U_WAVE Second Theme」が2006/11/4に終わった後、同月半ばのウツFC会報発送に合わせて、tribute LIVE第3弾「Spin Off from TM 2007 -tribute LIVE Ⅲ-」の開催が発表された。
当初は2007/3/3~4/19の予定だったが、後に5/12・13・6/7・8の4公演が追加され、11会場20公演となった。


「Spin Off from TM 2007」は、2年前の「Spin Off from TM」と同様にライブハウスを中心としたツアーだった。
メンバーがウツ・木根・浅倉大介・葛城哲哉・阿部薫の5人だったことも、前回と同様だった。
すでに11月には、5人でパンフレットの写真撮影を行なっている。
リハーサルには2/15~28の2週間が当てられ、ツアー初日前日の3/2にゲネプロが行なわれた。


このツアーでは、「Spin Off from TM」以上に開催趣旨の説明がなかった。
ライブタイトルも「Spin Off from TM」の2007年版という以上の意味はなく、いかにも安直な命名である。
公演内容にも独自の要素はほぼなく、前ツアーと曲を入れ替えただけと言って良い。


むしろ前回のツアーで試みられた会場ごとの限定曲演奏など、演者側の負担になる企画はなくなった。
一言で言って惰性感の濃厚なツアーだった。
ツアー開催告知のキャッチコピーも、何を言っているのか分からないひどいものである。

未来は過去にある。
タイムマシンに乗り、TM NETWORKのオリジナル曲がやって来る。
あの頃の音がそのまま生で聴こえる。
あの時の曲が時を越えて目の前で鳴る。
80年代の少女も、バブルを知らない世代も、21世紀少年も集結。
貴重なTM ARCHIVEに酔いしれる。

そして、過去は未来になる。


もっともこの時になぜ「Spin Off from TM 2007」が企画されたのかは、一考の余地があろう。
2003・2005年に続く2年周期のサイクルが既定路線化していたようにも見えるが、私は裏にもう少し別の意味があったことも考えている。
ただしこの問題については次章で扱うことにしたい。


本ツアーの開始に合わせて、ウツはソロ名義楽曲として、「Get On Your Express」を2006/12/27に配信した。
以後2007/5/30配信の「fly drive」まで毎月1曲ずつ、合計6曲が配信される。
これまで1年半、継続的にU_WAVEの楽曲を配信してきたウツだが、2006年11月のU_WAVEツアー終了とともにソロ名義の活動を再開し、U_WAVEはいったん活動を休止させた。


「Get On Your Express」は木根尚登の作曲である。
ついで翌年1月配信の「Taste Sweet」は浅倉大介作曲・井上秋緒作詞という、2005年の「Slash!」「Dawn Moon」と同じタッグでの制作だった。
ウツの配信曲6曲は、木根と浅倉&井上が交互に楽曲制作を担当したが、この体制は2005年の「Spin Off from TM」の時と同様である。
ただし2005年に木根曲の編曲を担当したCh@ppyは外れている。


2005年には木根曲の作詞も井上だったが、2007年には「Get On Your Express」はシンガーソングライターの山本成美、「Magenta」「We are the sound」は田中花乃が作詞を務めた。
山本は1995年の木根ソロアルバム「liquid sun」で作詞を担当し、ウツソロでも1998年「fragile」や2004年「Overtone」で作詞を行なっている。


田中は2001年「Jungle Life」以来、木根の椎名へきる提供曲の作詞をしばしば行なっており、この縁による登用と思われる。
田中は2009年からU_WAVEやウツソロなどの作詞に関わるようになるが、ウツとの関係の始まりはこの時である。


「Get On Your Express」の編曲は木根と溝口和彦だが、溝口はかつてTKプロデュース作品を担当した他、木根プロデュースの椎名へきる「Sadistic Pink」「Wings of Time」にも関わっている。
木根は田中花乃と合わせて、意外とへきるの時の人脈を活用していた。


「Magenta」編曲者の吉村龍太は1998年のウツソロツアー「Tour fragile」や2000年のTMライブ「Log-on to 21st Century」のサポートを務めた人物である。
「We are the sound」を編曲した中村修司は、この頃木根のアルバムを共同で制作していたパートナーである。


ツアー中、これら配信曲6曲と、2005年の配信曲4曲を収めたウツのソロアルバムのリリースが発表された。
「takashi utsunomiya from SPIN OFF 2005 to 2007」である。
本作は6/7・8のツアーファイナル会場のNHKホールで先行販売され、6/13に一般発売された。
「U_WAVE」と同様に、M-tres名義のインディーズ版である。


本アルバムには一応一曲だけ、未発表曲「SPIN OFF」が収録されているが、他はすべて既配信曲だった。
既配信曲をアルバムにまとめるというやり方は、U_WAVEと同様である。


一方の木根は2007年年始から「talk & live 番外編 vol.7」を開始し、ソロ15周年企画として年間50本ライブ開催を宣言していたが、この50本は「Spin Off from TM 2007」も含むものだった。
ただ2005年とは異なり、木根は「Spin Off from TM 2007」に合わせてソロ公演を行なうことはなかった。
特にリハーサルからツアー中盤に到る2~3月には、ほとんどソロの予定を入れていない。


「Spin Off from TM 2007」では、2005年と同様にウツ・木根・浅倉が一曲ずつソロ楽曲を演奏した。
2005年と違ったのは、葛城哲哉と阿部薫のソロコーナーも、短時間ながら設けられたことである。
当初は予定されていなかったコーナーだったが、リハーサル中に入れることが決まった。
葛城・阿部は基本的に日替わりで、2人のどちらかが2~3分演奏したが(フルコーラスの時間は与えられなかった)、通常公演の最後に当たる4/18・19のSHIBUYA-AX公演の頃からは、2人とも演奏の時間が与えられるようになった。


これら5人のソロコーナーおよびその前後のMCと、その合間に演奏されたTM曲1曲の時間には、合計45~50分程度が充てられた(ファイナルでは1時間近く)。
ライブ全体が2時間超だったことを考えると、ソロとMCがライブの4~5割を占めていたことになる。

7-31.jpg
和気あいあいMC



TM曲は、オープニングSEを除き15曲が演奏された。
2005年と同様にTMライブでは演奏されなそうな曲が選ばれたが、一方で「Get Wild」「Self Control」「Be Together」など定番の盛り上げ曲も含まれた。
この点はバランスの取り方に苦心したところだろう。
基本的には前半にレア曲、後半に定番曲が中心に演奏された。


2005年には目玉曲として「Your Song」「Twinkle Night」が挙げられたが、この時は「Dragon The Festival」の演奏が事前に告知された。
80年代のライブ定番曲だったにもかかわらず再始動後は一度も演奏されていなかっただけに、たしかにアピールポイントにはなっただろう。


その他のレア曲は2005年同様に日替わりとなった。
具体的には「Here, There & Everywhere」「Come Back To Asia」「風のない十字路」「君がいる朝」「Sad Emotion」「Time Passed Me By」である。
日替わり曲の数は6組12曲だった2005年から半減している。
またレア曲を演奏するという試みも、2度目ということでいささかマンネリ気味になってきた感は否めない。


なお日替わりは基本的に各会場初日が「Here, There & Everywhere」を含む選曲、2日目が「Come Back To Asia」を含む選曲だった(通常版DVDに収録された最終公演の映像は「Come Back To Asia」を含むセットリスト)。
ただ7公演目の3/21のZepp Sapporoと14公演目の4/10の広島クラブクアトロは各1公演だったため、それぞれ初日・2日目のセットリストが採用された。
8~13公演目のZepp Sendai・横浜Blitz・Zepp Fukuoka公演(各2公演)では、初日・2日目のセットリストが逆になったらしい(全公演そうだったのかは未確認)。


選曲で注目されるのは、「Presence」「Take it to the lucky(2004年版)」「風のない十字路」「君がいる朝」など、最新アルバム「Easy Listening」収録曲が多く選ばれていることである。
歌入りの曲7曲中4曲だから、半分以上を選曲したことになる。
「Easy Listening」リリース直後の「Double-Decade “NETWORK”」でさえ5曲しか演奏されなかったのだから、この曲数は注目に値する。
これは同時代(とはいえ3年前だが)のTMを強く意識させる選曲である。
これらは観客からあまり歓迎されなかったようだが、過去だけを見ているわけではないという、ウツ・木根の一つのメッセージでもあったのだろう。


一方「Double-Decade “NETWORK”」以下の20周年ライブでトランスアレンジで演奏された「Love Train」「Just One Victory」は、この時はオリジナルバージョンで演奏された。
この2曲はかなりメジャー曲のイメージがあるが、オリジナルで演奏されたのは1999年の再始動以来初めてである。


今一つ注目すべきは、アレンジを加えずオリジナルのまま演奏するという「tribute LIVE」の基本方針が微調整されたことである。
具体的には「We love the EARTH」で、アコースティック風のアレンジが加えられており、DVDでは「Acoustic Ver.」と題されている。


このアレンジは、ウツのアイデアだった。
アレンジを変えるかどうかについては議論があったが、アコースティックコーナー企画という位置づけとしてこれを行なったという。


他の曲についても、随所でアレンジが加えられている。
それまでのtribute LIVEでも完全にオリジナル演奏だったわけではないのだが、それと比べてもアレンジの程度が大きくなっている。
2003年にはTM本体との差別化を強調するために、オリジナルでの演奏を強調していたが、2007年のウツはこのライブでの演奏について、「どうしても今の音となる」との発言をしており、オリジナルの忠実な再現にはそれほどこだわっていなかったようだ。
メンバー自身、3回目のtribute LIVEとなって、さすがに飽きが来ていたのかもしれない。


そもそも生ドラムのないトランス版「Take it to the lucky」をドラム入りで演奏した時点で、アレンジを前提とした選曲だった。
一方で同年末にはTM本体においても、原曲に準じた演奏を主旨とする「TM NETWORK -REMASTER-」が開催されている。
この時点でtribute LIVEとTM本体のライブは、小室がいるかいないかという点以上の相違はあまりなくなっていたともいえるし、またはTMのライブがtribute LIVE化したということもできる。


演奏面では、木根が2005年に続いてベースを担当した(アンコールの「Children of the New Century」)。
これはウツが提案したものだった。
木根は他の曲ではおおむねエレキギターかアコースティックギターを担当したが、アコギも正確にはエレクトリック・アコースティックギターが用いられた。
これはこのツアーで初めて導入されたものである。


2005年には地方ごとの演奏曲があり、その音源はライブ後にネット配信されたが、2007年には地方限定曲がなくなったので、このサービスは行なわれなかった。
ただしウツソロ曲の「Dawn Moon」「Taste Sweet」「Get On Your Express」の3曲は、ツアー終了後の6~8月に配信された。
この中で「Get On Your Express」以外ははDVD化されていないので、配信音源以外で聞くことはできない。


またツアー開催に先立つ2/14には、2003年と2005年のtribute LIVEの音源を「TM NETWORK tribute LIVE EP」「Edition #1~3」として配信している。
これらは2005年の地方限定曲と異なり期間限定ではなく、現在(2020年)まで配信され続けている。


ステージ上でのメンバーの配置は、観客から見て左から木根・阿部・ウツ・葛城・浅倉という順番だった。
このうちで阿部と葛城の定位置はステージ後方で、前方はウツ・木根・浅倉だった。
それまで後方だった浅倉が前方に出てきたのは、浅倉ファンへの配慮だろう。


本ライブを知るための資料としてはDVDがある。
これはファイナル6/8のNHKホール公演の様子を収めたもので、通常版は9/12にリリースされた。


本作についてはウツ・木根・浅倉FCで先行販売された特別版もあり、ボーナスディスクが加えられた。
ボーナスディスクには日替わり曲を中心としたライブ映像とドキュメンタリ映像を収録しており、「Spin Off from TM 2007 Document Movie」と題された。
2005年の「Spin Off from TM -8 songs, and more-」に当たるものである。


ただし「8 songs, and more」は単品リリースされたが、2007年のボーナスディスクは単品では売られなかった。
おそらく「8 songs, and more」の売上が思わしくなかったのだろう。
なおtribute LIVEについては、2003~07年のライブDVDと「8 songs, and more」の4枚をまとめた廉価版Blu-rayが2020年に再販されたが、「Spin Off from TM 2007 Document Movie」はこれに含まれていない。


2005年の時にはウツ・木根・浅倉のFCで1曲ずつソロ曲を入れたボーナスディスクが作成されたが、2007年にはウツ・木根ソロ曲が通常版に収録され、浅倉の「Winter Mute」はボーナスディスク(3FC共通)に収録された。


ボーナスディスクには他に阿部「ネギがキライ」と葛城「Solo」も収録され、またTMの曲では本編ディスクに入らなかった「Here, There & Everywhere」「風のない十字路」「Sad Emotion」「Chase in Labyrinth」の他、「Childhood’s End」「Take it to the lucky」「Be Together」の別会場映像も収録された。
なお6/7・8にはaccessの出演があったが、映像の収録はない。
浅倉ファンからすれば残念なことだろうが、おそらく権利上の問題があったのだろう。


ボーナスディスクに収録される曲の内、「Childhood’s End」「Take it to the lucky」はSHIBUYA-AX公演(4/18・19)の映像である。
「ネギがキライ」はNHKホールでの演奏であることが曲中の阿部のセリフから分かるが、NHKホール公演では6/7に「Off Rec」、6/8に「ネギがキライ」が演奏されたので、この映像は本編DVDと同じ6/8に収録されたものということになる。
「Solo」もおそらく同じく6/8の映像だろう。


「Chase in Labyrinth」「Winter Mute」は6月には演奏されなかったので、5月以前の映像と考えられるが、収録日は分からない。
おそらくSHIBUYA-AXの映像だろうか。
他のTM曲4曲については判断の材料がないが。SHIBUYA-AX公演かNHKホール公演の可能性が高い。


8/10にはソニーマガジンズより、DVD付きドキュメンタリブック「Spin Off from TM 2007 -tribute LIVE Ⅲ- Document Book with Memorial DVD」が発売されている。
DVDの内容はツアー後のインタビューやツアー中の楽屋・リハーサルの様子などである。
ツアー終了後にDVD付きドキュメンタリ本を販売するというやり方はTM20周年の時の「ETERNAL NETWORK」と同様である。
このDVDには、本編DVDと別日程の「Dragon The Festival」「Secret Rhythm」の映像が一部収録されている。


これらDVDを持っていれば不要な商品だが、ライブ音源として「SPIN OFF from TM 2007 tribute LIVE Ⅲ」「Lead」「Second」が配信されている。
2010年に、2003年・2005年・2007年の音源がそれぞれ「Lead」「Second」に分けられ、4/21から9/15まで月1回、合計6回かけて配信されたが、その中で最後の2回に当たる。
「Lead」には「Take it to the lucky」「Dragon The Festival」「Presence」「Come Back to Asia」の音源と「Love Train」の映像、「Second」には「君がいる朝」「Time Passed Me By」「Come On Everybody」「Just One Victory」の音源と「Be Together」の映像が収録されている。
一つの目玉だったはずの「We love the EARTH」を入れなかった事情はよく分からない。


以下ではライブの様子に触れよう。
ただし特筆すべきことはあまりないライブなので、簡単に済ませようと思う。


2005年と同様、開演前のステージに幕はかかっていない。
会場にオープニングSE「Childhood’s End」が流れ、開演を告げる。
2003年は「Give You A Beat」、2005年は「Bang The Gong」と、これまでオープニングには80年代のアルバム1曲目のSE的楽曲が使われてきたが、この時も同様の始まり方だった。
こうした構成のパターン化(発想の乏しさ)はオープニングに限らずライブ全般にうかがえ、この後のTMの「TM NETWORK -REMASTER-」「TM NETWORK play SPEEDWAY and TK Hits!!」にも引き継がれる。


打ち込みのドラムの音が鳴り響く。
1曲目は誰も予想していなかったであろう2004年版「Take it to the lucky」である。
イントロにサビのフレーズが入るタイミングでステージが明るく照らされ、ウツが登場する。


この曲は「Double-Decade “NETWORK”」以下のTM20周年ライブでは、一貫してアルバムバージョンで演奏されたが、この時は史上唯一、シングル「NETWORK™」バージョンで演奏された。
また2004年バージョンに生ドラムが入ったのもこの時だけである。
ウツはこの曲でサングラスをかけながら歌い、演奏が終わるとともにこれを客席に放り投げた。
なおアウトロはアレンジが加えられており、結構かっこよい。


2曲目「Dragon The Festival」
イントロでは「TMN 4001 Days Groove」の時と同様に、葛城のギターが会場を盛り上げる。
本ライブの目玉だったはずのこの曲を早くも2曲目に持ってきたのは、しばしばウツが言うように、この曲を歌うのが疲れるため、体力が残っているうちに演奏したのだろう。
2019年の「Dragon The Carnival」でも、やはりこの曲をライブ序盤で演奏している。


基本的に演奏は「Zoo Mix」に準じたアレンジだが、サンバ風のパーカッションが強調されている点はオリジナルに近い。
浅倉はかつて「Landing Time Machine」でこの曲をカバーしただけに、自分で演奏してみたかったと思われ、実際にこのツアーで一番印象に残った曲として挙げている。


かつてライブでの目玉だったマジックワードの詠唱が2周だけで終わってしまったのは物足りない。
ウツはステージ上から一緒に詠唱するように求めたが、一瞬過ぎて付いていけない観客がほとんどだっただろう。


なおDVDのライナーにはマジックワードも含めた歌詞が掲載されているが、「Guarapiranga」が「Gala Bilanka」になっている。
(Guarapirangaはブラジルの地名)
当時インターネット上には、耳コピでGala Bilankaと書いているサイトがあったので、おそらくスタッフがそれを見て採用してしまったのであろう。
個人的にマジックワード詠唱は大好きなので、このスタッフの仕事にはがっかりである。


この後のウツMCは毎回変わったが、初期は以下のようなものだった。

どうもこんばんは!「Spin Off TM tribute Ⅲ」へようこそ。えー、あっという間のⅢということなんですが、よくぞ続いたと。2003年からですか? 今回3回目なんですが、前回も来てくれた方々もたくさんいると思うんですが、TM NETWORK、それからTMNと、このへんの曲をですね、僕と木根君が、微妙な選曲をしましてですね。さっそくね、カモンドラゴンザフェスティバルと、すごい曲から来たんですが、え―こんな感じで、いろんな曲がボンボン飛び出してくるんで、最後まで皆さん、楽しんでいってください。


「Presence」
「Double-Decade “NETWORK”」以下の20周年ライブでやった曲であり、この時点ではあまりレア感はなかっただろう。
間奏の葛城エレキ→木根アコギの流れはこの時も再現されたが、「Double-Decade Tour」にはあった最後のウツ口笛はなかった。


次は日替わり曲である。
初日は「Here, There & Everywhere」だった。
2004年のウツソロツアー「Tour Overtone」で1日だけ演奏されており、それを引き継いでの選曲である。


これと日替わりで演奏されたのが「Come Back To Asia」である。
これ以前には1988年の「Kiss Japan Tour」後期に演奏されたのみである。
このライブでは、最後をドラムソロで終えるオリジナルのアレンジも再現された。


次の曲も日替わりで、初日は「風のない十字路」、2日目は「君がいる朝」だった。
どちらも「Easy Listening」収録の木根バラで、先行シングルのカップリングという共通点があるが、20周年ライブでは演奏されなかった。
そのため両曲を救済しようと選曲したのだろう。
1999年のシングルカップリング曲「it’s gonna be alright」「80’s」「Spin Off from TM」で日替わりで演奏したのと近い位置である。


両曲が演奏されたことは極めて珍しい。
もっとも「君がいる朝」は2002年のイベント「Laugh & Peace Premium Night」で演奏されたことがあり、後にもウツのソロライブで演奏されたが、「風のない十字路」をウツが歌ったのはこのツアー以外にない(木根のソロツアーではある)。
その点で非常に貴重である。
なお「風のない十字路」では、曲の終わりでウツが両肘を横に広げ、全身で十字を表現した。


ウツは木根を紹介して退場する。
木根はアコギを持って、「では失礼して真ん中に」と言ってセンターに来て観客に挨拶し、軽いトークを交えつつ、ニューアルバム「道」や年間50本ライブ企画の宣伝をして、演奏に入る。
なお木根は各ライブ会場で、アルバムの購入予約または購入者とライブ後に握手会を行なった。


演奏曲としては、「道」から「君への道」が選ばれた。
ただし5/12のZepp Nagoya公演と6/7のNHKホール公演のみ、「Seasons」を演奏している。
「seasons」「道」の収録曲)


木根は演奏を終えると、「キーボード浅倉大介」と紹介をして退場する。
浅倉に照明が当たり、演奏が始まる。
曲は2002年のアルバム「21st Fortune」のオープニングナンバー「Winter Mute」である。
葛城・阿部も交えた3人での演奏だった。
2005年とは異なり日替わり曲はなく、全日程で「Winter Mute」が演奏された。


ファイナルの6/7・8NHKホール公演では、ここのメニューが変わった。
木根が紹介するのが浅倉ではなく、accessだったのである。


木根がぽつりと「access」というと、「Drastic Mermaid」のイントロが流れ、舞台袖からaccessの貴水博之が現れた。
フルコーラスではなくショートバージョンでの演奏だったが、予想外のゲストに会場は盛り上がった。
その後は貴水と浅倉の短いMCが入り、7月に4年ぶりのニューアルバム「binary engine」がリリースされることが告知され、そこから1曲ということで、新曲「瞳ノ翼」が演奏された(これもショートバージョン)。


以上で浅倉の時間が終わると、ウツソロの時間である。
木根→浅倉→ウツの流れは、2005年と同じである。
ウツコーナーでは基本的に「Dawn Moon」が演奏されたが、5/12のZepp Nagoya公演のみ「Taste Sweet」、6/7・8のNHKホール公演のみ「Get On Your Express」が演奏された。


主に演奏された「Dawn Moon」は、2005年の配信曲である。
ウツはこれまで演奏する機会がなかったのでやりたかったらしい。
リハーサルが行なわれた2月の時点で、すでに2曲の新曲が配信されていたにもかかわらず、2007年楽曲からは選ばれなかったことになる。
ただし「Taste Sweet」「Get On Your Express」は2007年の配信曲である。


曲の演奏が終わるとMCが入り、浅倉とウツが曲紹介と宣伝を行なった。
基本的にここのMCは短時間だったが、ツアーも終わりに近づくと雑談も行なわれ長くなった。
特にNHKホール公演では貴水も呼ばれ、合計十数分のMCとなった。


この後はTMのバラードが1曲入る。
初日は「Sad Emotion」、2日目は「Time Passed Me By」で、どちらも木根が手掛けた音数の少ないバラードである。


ウツボーカルによる「Sad Emotion」のバンド演奏は、実に1986年の「Fanks Dyna-Mix」以来となる(木根ソロでの演奏例はある)。
一方「Time Passed Me By」はイベントなどで演奏されることがあったが、フルライブでの演奏となると、1988年「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」以来となる。
「Time Passed Me By」は人気曲なので、反響もあっただろう。
ただ個人的には、「Sad Emotion」を聞けたことの方がうれしかった。


この2曲では木根がアコギかと思いきや、意外にもアコギは葛城で、木根は電子ピアノを担当した。
特に「Sad Emotion」では、オリジナルにない葛城のギターが随所に加わっており、せつない雰囲気をよく出している。
「Time Passed Me By」の間奏のコーラスは、木根と葛城が二人で行なった。


この後はまたMCに戻り、ウツがメンバー紹介を行なう。
続いて葛城か阿部のソロコーナーが設けられた。
DVD映像を見ると、葛城・阿部のソロでは、ウツがギターを、木根がベースか電子ピアノを演奏している。
阿部のソロでは、最後に「ワンタイム!」「ツータイム!」「スリータイム!」と掛け声をかけてジャンプをし、最後は「テンタイム!」と言って十回ジャンプをして曲を締めるという演出があった(数え間違えた木根に抗議した上で、やり直して終わる)。


葛城・阿部のソロは本来日替わりだったが、4月からは2人とも演奏するようになったことはすでに述べた。
なお3/21のZepp Sapporo公演でも2人が演奏したが、これは葛城哲哉の誕生日にちなむ特別企画で、阿部は持ち歌「おたんじょうび」を歌い、スタッフがケーキを出して葛城を祝った。


葛城・阿部ソロの演奏曲は日によって異なり、葛城は「Love Songは歌わない」「Love Machine」「SOLO~ギタリストを撃つな!!~」などだった。
阿部薫は唯一のソロアルバム「心に太陽」から、「ネギがキライ」「Off Rec」など、コミックソング的な楽曲を歌った。


葛城・阿部コーナーの前後には、十数分の長時間MCが設けられた。
ツアー前期には後に行なわれたが、後期になると前に行なわれたようだ。
5人のソロコーナーの前後のMCだけで、実に20~40分程度が費やされた。
この時間には会場からのリクエストで、即興で「I Want TV」「Nervous」「Passenger」「Get Wild」などを適当に歌ったりしたらしい。


「We love the EARTH」
天井のミラーボールが会場を照らす中で、浅倉の穏やかなシンセ演奏の下、ウツも木根も椅子に座ってアコギを持って演奏する。
TMではやらなそうな落ち着いたアコースティック風アレンジで、その点ではtribute LIVEで演奏した意義はあるかもしれない。


なお本ツアー当初の計画では、ウツソロの後「We love the EARTH」を演奏し(葛城・阿部ソロ無し)、その後に「Sad Emotion」「Time Passed Me By」(日替わり)を演奏するという流れになっていた。
アコースティック曲とバラードを続けて演奏し、ゆったりとした時間を設けようと考えていたのだろう。
これを組み替えた「Sad Emotion」「Time Passed Me By」―葛城・阿部ソロ―「We love the EARTH」の流れは、一連のくつろぎコーナーとして設けられたと考えられる。


「We love the EARTH」が終わると、ウツは「どうもありがとう」と言って木根とともに退場する。
浅倉・葛城・阿部で「Secret Rhythm」
かつて「Rhythm Red Tour」をサポートした3人による再現である。
当初は木根もこの曲でベースで参加する計画だったが、リハーサル中にその話は自然消滅したという。


それにしてもここまで1時間近く、ウツは1曲歌っては休憩を繰り返している印象である。
体力的につらい年になったのだろうか(49歳)。


この後はウツ・木根も再合流して、盛り上げ曲を立て続けにノンストップで演奏する。
ウツはベージュの上着姿から上下とも白・グレーのパッチワーク柄の衣装に着替え、木根は白地の衣装から赤のジャケットに着替えている。


曲は意外な「Chase in Labyrinth」である。
「CAROL」組曲の曲が単独で演奏されたことになるが、「Double-Decade “NETWORK”」「Just One Victory」が単独演奏されたことで、これでもいいと考えたのだろうか。


この曲は1994年の「TMN 4001 Days Groove」で「CAROL」組曲を演奏した時も省かれ、1996年の小室のライブイベント「tk-trap」でも「CAROL」組曲から唯一外された。
(後の2015年「Quit30 Huge Data」「30th Final」でも)
1989年「Camp Fanks!! ‘89」以来現在まで、TMでは一度も演奏されておらず、「CAROL」組曲最大のレア曲と言ってよい。


だが会場でこれが演奏された時、客席はかなり微妙な空気だった。
ロックチューン「Secret Rhythm」から木根的なポップチューンへというつながりの悪さもあっただろう。
実はこの曲を演奏したのは、この後の演出との絡みがあったのだが、ファイナルのNHKホール公演では「Come On Everybody」に差し替えられてしまった。
レア度でははるかに劣るものの、曲のつながりは明らかにこの方が良かった。


「Love Train」
先にも触れたように、実は再始動後初めてのオリジナルでの演奏である。
この後は「Get Wild」「Be Together」「Self Control」のお決まり定番3曲で本編を締めた。
「Get Wild」は2003・2005年に続いて「’89」である。


ここまで盛り上げ曲は連続5曲となった。
それまで温存しておいた体力を全開というところだろう。
選曲はあまり面白くないが、休憩時間やインストを挟まずにこれほど盛り上げ曲を続けたことは、おそらく再始動後のTMでは見られなかったと思う。


本編が終わると、ウツが「どうもありがとう!」と言って他のメンバーとともに退場したが、その後メンバー5人はツアーグッズのTシャツを着て会場に再登場する。
ウツが「みんなどうもありがとう!」と言った後、「Just One Victory」の演奏が始まる。


この曲は、本編で演奏した「Chase in Labyrinth」とセットでの選曲だった。
「Just One Victory」の間奏では「Chase in Labyrinth」のCD音源が流れるが、この部分はライブで2度目となるため、ウツはここを観客に歌わせようとしたのだ。
ただ微妙すぎる演出のため、客席の反応はあまりよくなかった。


曲を終えると、木根が楽器をアコギからベースに持ち帰る。
ウツも「ベース、木根尚登」と紹介。
最後の曲「Children of the New Century」に入る。
再始動後では「Log-on to 21st Century」以来2度目の演奏となる。


なお初日3/3のみ、アンコールの曲順は逆だったのだが、最初が「Just One Victory」の方がやりやすいということで、翌日からは曲順が替えられた(「Chase in Labyrinth」演出があまり盛り上がらなかったためもあるか)。
「Childhood’s End」で始まって「Children」で終わる方がきれいだという理由付けも行なわれた。


演奏が終わるとメンバーはステージ前方に出てきて、観客に手を振る。
そして最後にウツが「今日は本当にどうもありがとう!」と言って改めて手を振り、5人で退場する。
退場曲は「We Are Starting Over」のインストだった。


なお6/7にはアンコール冒頭で貴水がウツから呼ばれ、「Just One Victory」を一緒に歌っている。
だが6/8は貴水が最後の挨拶で出てきただけだったので、この日に収録されたDVDでは貴水が加わった「Just One Victory」の様子を見ることができない。


DVDにaccessの演奏が収録されていないことを考えると、権利の関係で貴水の映像を入れることができず、そのため6/8のアンコールでは貴水に歌わせなかったのかもしれない。
なお6/8の様子を収めたはずのDVDでは、退場シーンでも貴水が見えない。
あるいはここだけ別日程の映像に差し替えているのかもしれない。


ところで6/7・8のファイナル公演については、木根のベースや貴水のゲスト出演などよりも、はるかに重要な出来事があった。
それはアンコール後のウツのMCである。
(ライブDVDには収録されていない)

えーと、それではですね、お知らせがあります。11月、パシフィコ横浜で楽器フェアがあるんですが、TM NETWORKとして、やることが決定しました。リーダーがリーダーなもんで、決定はしましたが、詳しいことはまだ決まっていないので、ホームページなどで、追跡して下さい。


この日、おそらく一番の歓声が鳴り響く中、5人は退場した。
2004年6月に活動を休止してから3年、もうTMはないのではないかとすら思われていた中で(少なくとも自分はそう思っていた)、ウツから思わぬ発言が飛び出した。


ここで言及されたTMのライブとは、11/2・3にパシフィコ横浜で開催されることになる「TM NETWORK –REMASTER-」のことだが、この時急遽宣言されたTM再開の背後には一体何があったのか。
次章以後は、第7部後半の中心となる2007年のTMの活動の前提となった動向を確認してみたいと思う。

SPIN OFF from TM 2007-tribute LIVE III- [DVD] - 宇都宮隆
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