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20 Years After -TMN通史-

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20 Years After -TMN通史-
ブログ紹介
TM NETWORK(TMN)の歴史を通史的に振り返ってみたいと思います(予定)。方針についてはこちら(ブログ開設記事)

【注記】本ブログの文字の色は以下を意味しています
 ・青字=曲名・シングル
 ・緑字=アルバム
 ・赤字=ライブ・イベント
 ・黄マーカー=ビデオ・DVD
 ・赤マーカー=テレビ・ラジオ番組
 ・緑マーカー=書籍


※twitter始めました! https://twitter.com/planet_tm
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FANKS! CRY! MAX!

2018/10/09 02:46
色々と忙しくて、更新遅くなりました
10/3、「Fanks Cry-Max」増補版Blu-rayが発売されました


本商品のリリースについては、早くから告知されていましたが、
9月に入ってDVDのリリースも発表されました
こちらだと定価3500円です(Blu-rayは4500円)
公式発表では映像と音をレストア・リマスターしたことになっていますが、
今回のBlu-rayと前回のDVDの画質の差は大してありませんので、
DVDで十分と思います


今回のアピールポイントは、
「Dragon The Festival」「Nervous」の収録でした
前者の「Dragon The Festival」は、
これまでDVD最後のライブダイジェスト映像に3番の音源が1分ほど使われており、
映像も1部使われていましたが、
ちゃんとした形で映像が出ることはこれまでなく、
その点でこの曲が入ったのは、なかなか注目されるところでした


この曲は毎回演奏が10分もの長さに及んだため、
当時のライブビデオには端折って収録されましたし
「Fanks "Fantasy" Dyna-Mix」)、
ライブCDにも収録されることがありませんでした


この曲はFANKS時代のTMのライブには欠かせないものであり、
必ずライブ終盤に演奏してみんなで体力を消耗する時間となっていました
しかし現在のライブ関連商品の乏しさのため、
この頃の「Dragon The Festival」の雄姿は後世まで伝えられず、
TMN以後のファンにはこの曲の存在感があまり強くありません


2015年の「TIME MACHINE BOX」付属DVDに、
「LIVE TOMATO」で演奏された1988年の「Dragon The Festival」が収録されたことは、
この点で画期的でした


ただしこちらは「Kiss Japan Tour」に準じたアレンジでした
私は1986年「Fanks Dyna-Mix」から1987年「Fanks Cry-Max」の時期のアレンジが好きなので、
「LIVE TOMATO」の映像は嬉しく見ていたものの、
もう一個前の時期の映像がなんとか見られないかなあ…と思っていました
そこで今回の情報を聞き、大変楽しみにしていた次第です


一方「Nervous」は、
すでにプレゼントビデオ「Fanks The Live 4」に収録されていたため、
期待度はそんなに大きいものではなく、
あのビデオがそのまま入るんだなあてくらいにしか考えていませんでした
ただビデオではアウトロの部分がカットされていたので、
あわよくばその部分が入ってくれるかもなあ…くらいの期待でした


以上のような発売前の状況でしたが、
その後不安な情報が、後出しジャンケンのように出てきました
amazonのサイトに、収録時間が50分と表記されたことです


旧版DVDは、Warningとかの部分や宣伝映像などを除くと、39分余りでした
つまり2曲分で収録時間が11分しか増えていないことになります
ライブの「Dragon The Festival」が10分近く演奏されていたことを考えれば、
この時間は短すぎるのではないか?という疑念がここで生まれました


この疑念への回答は、商品が手元に届いてから得られることになります
なんと「Dragon The Festival」は、
2番後の間奏からしか収録されていないのです!
考えてみれば、2曲追加とはあっても、
2曲を完全収録するとはどこにも書いていませんでした


「Fanks "Fantasy" Dyna-Mix」には「Dragon The Festival」が3番の直前まで収録されているから、
両方合わせればライブバージョンの全貌は分かるでしょう?というところでしょうか
しかしこんな中途半端な収録をすることは、事前には一切告知していませんでしたよね、SONYさん?

ホントにクズだな、お前!


なお増補版の実際の収録時間は48:58で、50分もありませんでした
多分Warningの部分とか商標表示の部分とか、
そこらへんを含めて50分ということだったのでしょう
また旧版の最後にあったダイジェスト映像もなくなっていました
収録内容の出入りがややこしいので、以下に整理しておきます
秒数はあくまでもおおよその目安としてご参照ください



旧版本編37:53(無し)ダイジェスト映像1:12宣伝映像0:41
増補版追加2曲11:05(無し)



以上を踏まえた上で気にかかったことがあります
それは楽しみにしていた「Dragon The Festival」ではなく、
「Nervous」の方です
増補版「Fanks Cry-Max」(以下「新」)への収録に当たって、
「Fanks The Live 4 The Fanks」(以下「4」)をそのまま使ったわけではないようなのです


たとえば「4」では1番の後の間奏で、
17・18フレーズ目だけブラス系の音がなくなります
実際にライブでブラス音が消えていたことは、
ビデオ発売の2年前にNHK-FMで放送された「Fanks Cry-Max」のライブ音源でも確認できます
音のメリハリをつけるために小室さんが加えたアレンジでしょう
しかしこれを何かのミスと考えたためか、「新」ではブラス音が追加されています
こういうのは余計な手を加えずにライブのままで出してほしいものです


ただそれ以上に重視したいのが映像です
「新」と「4」では、使われているカットが全然違うのです
たとえばイントロは、「4」では以下のようになっています

・1フレーズ目、ステージ遠景(客席右側から)
・2フレーズ目、ステージ全体(正面から)
・3フレーズ目、ウツアップ(左から)
・5フレーズ目、小室アップ
・6フレーズ目、山田アップ
・7フレーズ目、小室アップ
・8フレーズ目終わり、小室・山田
・9フレーズ目、ステージ遠景
・13フレーズ目、ウツアップ(左から)
・17フレーズ目、小室・山田
・21フレーズ目、ステージ全体(ステージ背面から)


これに対して「新」では以下のようになっています

・冒頭にイントロ前のシーケンサあり(「4」には無い)
・冒頭、ステージ遠景(客席右側から)
・2フレーズ目終わり、ウツアップ(左から)
・5フレーズ目、ステージ全体(正面)
・5フレーズ目終わり、山田アップ
・6フレーズ目終わり、小室アップ
・8フレーズ目終わり、小室・山田
・9フレーズ目、ステージ全体(正面)
・13フレーズ目、ウツアップ(左から)
・17フレーズ目、小室・山田

全体として、画面の切り替えの頻度が、
「4」よりも「新」の方が少ないことが分かります
メンバーの動きをじっくりと見られる仕様と言えます


ただし歌に入った後は、むしろ「新」の方がカットが増えます
特に2番について、「4」はAメロからBメロが終わる直前まで、
客席右側のカメラで撮った映像をずっと使っています
これに対して「新」では、

・「コンクリート座り込む」:客席左カメラ
・「口笛忘れたStray Kids どんなに楽しい夜も」:客席右カメラ
・「帰る時は独りさ」:ウツアップ(背面カメラ)
・「約束いつまでも待ってる 大人になりたくはないさ」:客席右カメラ
・「うつろに流れてる背中に」:小室・木根アップ
・「ひろがる夢なんか見えはしない」:ウツアップ(ステージ左カメラ)

となっており、場面がはるかに頻繁に切り替わっています


「新」ではこれまで見られなかった新カットをたくさん見ることができますが、
逆に見られなくなった映像もあります
たとえば以前はイントロで、
ステージと客席が一緒になって「Nervous」ダンスをやっていたのが印象的でしたが、
それも見られなくなりました
私が今回の異変に気付いたのも、この部分を見た時でした


正直、カットが変わったからどうした?と思われる方が、
ファンの大部分だろうと思います
しかしこれは今回の商品だけに関わらない問題をはらみます
数年前にSONYは「CAROL Deluxe Edition」リリース時に、
「奇跡的に発見された」テープとやらを使って、
素材からライブ映像の再編集を行なったわけですが、
今回の「Nervous」も素材から編集を行なったものだとすれば、
「Fanks Cry-Max」も同様に素材が保管されていることになります


もしもすでに素材が廃棄されているのならば、
どんなに要望を出しても、編集済み映像以外が発表されることはあり得ません
今回追加予告された2曲が、どちらも不完全ながら発表済みのものだったことは、
編集済み映像以外は出せない=素材はすでに存在しないということを匂わせるものであり、
その点でかなりの絶望感を醸し出すものでした


しかしフタを空けてみると、「Nervous」は「4」の映像の使い回しではなく、
素材から編集し直したものでした
ということは素材の残り方次第では、
他の曲も編集して発表することが可能であるということになります


問題は素材がどれくらいあるのかです
この点で「Nervous」の映像は、
可能性とともにその限界も感じさせるところがありました
ここで問題になるのは、「4」でカットされていた「Nervous」最後の部分です


「新」ではこの部分も音は収録されていたのですが、
映像はスロー再生の処理がされていました
おそらくこの部分の素材はちゃんとした形では残っておらず、
「新」では終わりの数秒間の部分に手を加えて、
それっぽい映像を作ったものと考えられます


この件について、少々気にかかる情報があります
「新」の発売直前になって、SONYのotonano内に商品サイトが立ち上がりました
そこには、以下のようにあります

フィルム撮影のため演奏曲の一部しか撮られなかったが、素材をすべて検証し、
今回「Dragon The Festival」「Nervous」の2曲を追加収録。
映像と音をレストア・リマスターしグレードアップしてよみがえる。


ここで目に付くのが、「フィルム撮影のため演奏曲の一部しか撮られなかった」とある部分です
つまり初めから撮影はライブの一部でしか行なっていなかったと言うのです
これは80年代ではしばしば見られたことですが、
ここで素材が一部しかないことが、初めて公式に明らかにされました
「Dragon The Festival」が後半だけしか収録されていないのも、
その前は撮影していなかったためと考えることもできます


ということは我々は、
「Fanks Cry-Max」の全映像を見ることは未来永劫できないことになります
何なんでしょう、新しい映像が提供されたと同時に感じさせられるこの絶望感は…
ただ「奇跡的に発見」とか言って平気で前言を撤回しそうな不信感も、
SONYからはぬぐえないんですけどね…


また上記の解説文では、素材があったのが「Dragon The Festival」「Nervous」のみであるとは書いていません
当然、他にも存在する可能性はあります
SONYが今後それらを商品化することも考えられるでしょう


ここで検討してみる価値のある映像があります
旧版「Fanks Cry-Max」最後のダイジェスト映像です
BGMは「Dragon The Festival」の3番で、
映像も「Dragon The Festival」を含みますが、
別の曲も入っているようです
1分余の映像ですが、こちらを全部見てみましょう


まず最初の約25秒と、最後の20秒は、
メンバー動きや照明を「新」と比較することにより、
「Dragon The Festival」の映像であることが確認できます
BGMで流れている音とウツの動き・歌も一致しています


ただしカメラのカットは「新」と異なっています
ここから「新」の「Dragon The Festival」の映像も、
事前に編集されていたものの転用ではなく、
素材からの新編集であることが分かります


最後の20秒の前には、
約7秒間、ウツが会場に向けて両手を振っているシーンがあります
これは同一のカットがないので判断が難しいですが、
「Dragon The Festival」2番の後の間奏シーンの可能性が高そうです
(BGMの演奏とは別のシーン)


特に後半4秒の腕振り4回では、
ウツが前を向いて手を前に1回、
右を向いて手を左右に2回、
左を向いて手を左右に1回振りますが、
これと同じ動きっぽいものは、
遠景で分かりづらいものの、
「新」でも確認できます


右一回目(ダイジェスト映像)


右一回目(「新」映像)


これ以上に分かりづらいのが、
冒頭25秒の後に来る5秒ほどのシーンで、
暗くて何をしているのかすらよく分からないのですが、
ウツがステージの前方に来て右を指さし、
くるっと回っています
近くに木根さん・松本さん・日詰さんは来ていません


これは「Dragon The Festival」でMagic Wordの詠唱が終わった後、
松本孝弘さんを指さしたシーンかもしれません
「新」では松本さんがこれを受けて前に出てきて、
エレキを演奏して盛り上げるシーンが収録されています


「新」では松本さんを指さした後のウツの動きが分からないので、
ウツがくるっと回ったことを確認できないのが残念です
とりあえずこの部分については、
「Dragon The Festival」である可能性が否定できないということを指摘しておこうと思います
(つまり他の曲の映像とは確定できない)


この冒頭30秒と最後27秒、合計約1分を除き、
ダイジェストシーンには10秒の映像が含まれていますが、
ここに「Dragon The Festival」以外の映像が使われているようです
シーンは合計4つあります
その内の3番目は「Nervous」イントロの映像で、
「新」にも同一のシーンがあります


2番目は小室さんが客席側を向いて両手でシンセを弾き、
さらにシンセを右手で叩きつけるシーンですが、
これは正直言ってどの曲かまったく分かりません
ただ衣装が「Maria Club」以後のものであり、
動きから見てハイテンポの曲であると推測でき、
また「Fanks The Live 1」に収録されていない曲とすれば、
可能性があるのは「Come on Let's Dance」「Dragon The Festival」「Nervous」「You Can Dance」の4曲です
「You Can Dance」の間奏とかかなあ…


注目すべきは残り2個、合計5秒程度の映像です
(自分、どこまで必死なんだ…)
まずは1番目の映像ですが、ここでは木根さんが後半の衣装で、
DX100を携帯してウツ・松本さん・日詰さんと一緒に前に飛び出ます
木根さんがDX100を使ったのは「You Can Dance」です
この曲の間奏に入るシーンなどでしょうか



最後に4番目は、ウツがハンドマイクを持ちながら、
日詰さんの近くで笑顔で変な腕の振り方をしながら歩き、
最後は両手の人差し指で上をツンツンしています
これは衣装が「Maria Club」の前のもので、
かつアップテンポの曲です



可能性があるのは「Passenger」「Spanish Blue」「Rainbow Rainbow」ですが、
「LIVE TOMATO」を見る限り、ウツは「Spanish Blue」では、
ポケットに手を入れてマイクスタンドの前で歌うスタイルだったようなので、
「Passenger」「Rainbow Rainbow」のどちらかの可能性が高そうです
「Passenger」のサビ部分?(ウツは歌わず踊っている時間)


要するに、未発表曲の中でも、
「You Can Dance」および「Passenger」「Rainbow Rainbow」のどちらかは撮影していたはずです


しかしここまで来て、あれ?と思うことが出てきました
「Fanks Cry-Max」では「Self Control」前のMCに入る以前は、
「Dragon The Festival」「Nervous」「You Can Dance」の3曲が続けて演奏されました
この3曲をすべて撮影していたとすると、
「Nervous」の最後だけ撮影しないなんてことはありえるだろうか?ということです


とはいえ、素材が残っていれば「新」でもちゃんと使っていたはずだし、
やはり素材は残っていないのでしょうが、
それはなんらかのトラブルによるものなのかもしれません
あるいはテープがなくなって交換していたことなども考えられます


となると、「Nervous」からすぐに始まった「You Can Dance」も、
最初の部分は収録されていない可能性がありそうです
しかしどうせ「Dragon The Festival」も中途半端な形でしか収録していないんですから、
だったら残っている部分だけでも商品化して欲しいものです

とにかくあるものはさっさと全部出せや、SONY


以上、長々と生産性のない話を続けてきましたが、
その他の近況についても触れましょう
まず木根さんは9/16に「2525ツアー」を終えましたが、
今度は12/15に「new STORY」なる特別ライブを開催することが告知されました(昼夕2公演)
羽田空港国際線旅客ターミナル内のTIAT SKY HALLというところでやるそうですが、
あの空港にこんなスペースあったんですか!?


また10月には4週にわたり、
FM青森・FM仙台・FM宮崎の「佐藤竹善のモーニング アンダンテ」出演します
今年の竹善さんとのコラボライブの関係なのでしょう


一つ気になる告知として、FC「Tree of Time」の年内での休止があります
私は会報を読んでいないので事情はよく分からないのですが、
運営が厳しかったんでしょうか
TMの活動がなくなったことが関係しているのかもしれません


木根さんはこの告知に先立って、61歳となった9/26に、

皆さん誕生日のお祝いメッセージ感謝です!61歳からの活動は新しい形で、と考えています。個人のSNSをスタッフのSNSに統合して、こういう時代だからこそ、出来るだけ直接、いろんな方々に僕の音楽を届けに行きたいです。皆さんと一緒に物語は続きます。益々の応援宜しくお願いします!


とtweetしています
これを見る限り、少なくとも音楽活動をやめるわけではないようです
「物語は続きます」とありますが、
12月のライブタイトル「new STORY」は、新形態の活動に移ることと関わるのでしょう


twitterではSNSの統合についても言及されています
現状でも個人twitter、スタッフtwitter、FC会報、公式サイト、ブログ、Facebook、instagram、MySpaceなどがありますが、
すでにブログとかFacebookとかはほとんど使われていないし、
たしかに整理した方が良いかもしれません
しかしTree of Timeのwebsiteが消えてしまうと、
公式情報を調べられるなくなって面倒なので、
これだけは残してほしいですが…


木根さんのツアーが終わったのと前後して、
ウツの「Tour Thanatos」が9/21に始まりました
ツアーの趣旨はよく知りませんが、
今回は小室さんの曲を多目に演奏しているようです
小室さん引退が関係しているのでしょう
サポートに浅倉さんを加えた時点で、意識していたんでしょうね


しかし小室さん引退、木根さんFC休止と来たら、
ウツもツアー終了とともに何か発表とかしないか心配です
「25th Anniversary Final」とか銘打っているし…
私、これは割と杞憂でもないと思っているんですよね


小室さん関係の振り返り番組としては、
9/9に「関ジャム〜完全燃SHOW〜」で「90年代と小室哲哉」特集が組まれました
「SUNNY」監督の大根仁さんや主演の篠原涼子さんも出演するなど、
映画の宣伝を兼ねた特集だったようですが、
伊東俊郎さんも出演し、スタジオにいる小室さんのことを回顧したりしていました
篠原さんが小室さん関係でテレビに出るのも、多分20年くらいなかったですよね


9/25にはBSプレミアム「アナザーストーリーズ」で、
特集「小室哲哉という”革命”」が組まれ、
久保こーじさんや松村慶子さんも出演しました


特に松村さんが小室さんのこと語るて、めちゃ珍しい機会だったと思います
吉祥寺の楽器屋に天才がいるという噂を聞き、
19歳の頃(1977〜78年)の小室さんに会いに行ったのが始まりだったというのは初耳でした
小室さんがギズモをやっていた頃ですね
大学生時代の小室さんにスタジオを自由に使わせていたと言うのも初耳でした
小室さん、なんでアマチュア時代からスタジオにこもれたんだろうと思っていましたが、
こういう背景があったんですね


番組のメインは、90年代プロデューサー時代の多忙ぶりと、
その没落の過程についてでしたが、
この構成は企画の最初に決まっていたんでしょうね
正直ここらへんはもういいんですけど、
小室特集として企画すると、どうしてもこうなるんだと思います


ただ逮捕前(正確にいつかは不明ですが)、
久保こーじさんが小室さんに会いに行っても、
部屋で寝ていて出てこなかったという話などは、
多分精神的に追い詰められて鬱状態になっていたんだろうなあと思いました
ちょうど今のブログで扱っている辺りの時代から5年ほど、
小室さんが普段何をしているのか分からない状態になりますが、
その頃の状態のおおよそは想像できそうです


あと久保さん、今でも小室さんに会っているような話をしていました
小室さん、昔の仲間や部下との親交を温めて心を癒しているんでしょうか
活動再開とかは措くとして、
今までのつらい日々からやっと離れられたことだし、
ゆっくり休養を取ってほしいです


最後に、安室奈美恵さんが9/16に芸能界を引退しました
9/15には沖縄コンベンションセンターで最後のステージに立ち、
最後には小室さんの「How do you feel now?」で締めて退場したそうです
これが安室さんが最後に披露した曲ということになりました


このライブ、定番曲はほとんどなく、
演奏した8曲中の4曲は、
過去のコラボ曲をコラボミュージシャンと一緒に歌うというものでした
もしも小室さんが引退していなかったら、
きっと小室さんもゲストに呼ばれていたんだろうなあと思います


しかし安室さんの華やかな引退劇を見るに、
小室さんがやろうと思っていた引退イベントてこんな感じだったんだろうなあと思います
実現していれば、マスコミでも関連の特番を組んだりしていたでしょうし、
商品のリリースももっと派手にできたんでしょうね
安室さんの最後が見事だっただけに、うらやましく感じてしまいます


今回は前回から間が空いたこともあり、近況整理が長くなりました
通常記事は次回の更新で書くことにします
次回はもう少し早めに更新するつもりです


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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 33 / トラックバック 0 / コメント 5


7-9 TM NETWORK tribute LIVE@

2018/08/30 22:04
amazonで「Fanks Cry-Max」増補版blu-rayの予約が始まりました
こちらだと3756円で、定価の4860円よりも1000円ちょっとお得になります
他のショップでも予約受付中ですが、
現状ではDMM(3596円)が一番安い感じでしょうか
購入をお考えの方はご参考までに


小室さんが音楽を担当した「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のサウンドトラックが、
8/29にリリースされました
これが小室さん最後の新作となるのでしょうか
全25曲を収録しています
出色の出来とは思いませんが、
まだやっていける水準なのになあ…と感じました
映画は8/31に公開されます


8/26には、PANDORA「Be The One」を主題歌とする「仮面ライダービルド」が、
1年の放送を終えました
いろんなものが決着を迎えている感じですね
なお「Tetsuya Komuro Archives」はまだランキングに入っており、
合計10万枚を越えました


前回書き忘れていたんですが、
ウツのソロツアーのタイトルが「Thanatos -25th Anniversary Final-」に決まりました
タナトス… ギリシア語で「死」てのは、何か含意があるんでしょうか
(まあ何もないんだろうとは思っていますが)
「ξ」とか「Idios」とか、ここ数年ギリシア語にこっているのは、
ウツかスタッフの嗜好なんでしょうか


なおウツは8/25、NACK5の「浅倉大介 Neo Age Circuit」に出演しました
多分ツアーの宣伝でしょう
一部公演は、すでに一般発売が始まっています


木根さんは6月から地道に全国ツアーを回っていますが、
残るは関東の公演だけとなり、
ファイナルの9/16が見えてきました
8/11にはラジオ高崎の「Air Place Saturday」に出演し、
高崎公演の宣伝をしたようです
9/12にはラドンナ原宿で、
「あべ静江&太田美知彦  〜西日本を中心とした豪雨災害支援チャリティーライブ〜 Vol.2」ゲスト出演します


8/24には渡辺美里さんの「M・Evolution Tour」かつしかシンフォニーヒルズ公演にゲスト出演し、
「さくらの花の咲くころに」「点と線」「eyes」を演奏しました
MCもかなり長かったようです


「GREEN DAYS 〜緑の日々〜」のレポートによれば、
木根さんは数年後にでもTMの「引退試合」をやりたいと言ったそうです
あくまでも木根さんの願望ですが、実現してほしいですね
また美里さんによれば、小室さんの引退会見の後、
木根さんが「今はそっとしておいてあげて」と言っていたそうです


では本題に入ります
なおしばらく多忙につき、次回の更新は遅れるかもしれません
あしからず

-----------------------------
2003/2/16「Live Epic 25」が開催された大阪城ホールで、
来場者に対して参加ミュージシャンに関するチラシが配布された


TM NETWORKのチラシには、
表に「キヲクトキロク」および3人のソロの新作の広告、
裏に3人のFCの宣伝が載せられていたが、
裏にはさらに半面を使って、
「TM NETWORK tribute LIVE -UTSU & KINE’S SELECTION FROM TM SONGS-」の告知と、
木根尚登名義の趣旨文が書き込まれていた


趣旨文は長文に渡るものだが、
第7部におけるTMの混迷ぶりを示すものとして重要なので、
以下に全文を掲げておきたい


TMを愛するみなさんへ

 昨年10月、2年ぶりのシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」をリリースしました。それは80年代のTM NETWORKを意識した楽曲でした。だから、取材等で小室もREWINDという言葉を使っていたのでしょう。僕も「CASTLE IN THE CLOUDS」をきっかけにかつてのTM楽曲(小室メロディ)を聴き直し、その素晴らしさを痛感しました。
 J-POP全体に目を向ければカヴァー・ブームです。当然、アレンジを一新したセルフ・カヴァーも頻発しています。しかし、オリジナルの存在感の大きさは歴然とした事実です。これは僕に限らず、誰もが感じている現実でしょう。だとしたら、アンチ・カヴァーという試みがあってもいいのではないでしょうか。オリジナル直視主義と言ってもいいですが。つまり、TM楽曲をできる限りオリジナルに忠実なアレンジで再生してみたいという思いが芽生えました。
 また、2004年4月にデビュー20周年を迎える僕らTM NETWORKは、今一度、原点を確認するのも意味があると考えました。いわば20周年に向けての前夜祭でしょうか。
 その気持ちを素直に小室とウツに提案しました。でも、なにぶん突然の提案です。小室の03年のスケジュールは、当然ですが、すでに決定済み、僕とウツのスケジュールが合わせられるのも6月だけという情況。でも、今回の主旨は、TM NETWORKの楽曲をオリジナル再生することだから。 小室に無理を言いました。TM NETWORKのコンサートにはならないけれど、僕とウツだけでTM NETWORKの楽曲をやらせてくれないかと。
 小室もスケジュールの調整を試みてくれましたが、結果的に6月を空ける事は不可能でした。しかし、「僕が出演せず、ライヴでTMの楽曲をやるのであれば、大介の出演が絶対的に必要だね。もしも大介がOKだったら、ギターは葛Gドラムはベーアンしかないでしょ」と、ひとつの提案を投げ返してくれたのです。
 奇跡的にとでも言うのでしょうか、大ちゃんのスケジュールも6月ならどうにかなるという事でした。葛Gやベーアンも時間をやりくりしてくれました。各スタッフも奔走してくれました。提案者として、ここまでの一連の動きを見ていたら、みんなTMが好きなんだ、みんなTMを愛してくれているんだと胸にしみてきました。だから、メンバーである僕とウツがいるけれど、これはTM TRIBUTE BANDだと思うようになったのです。昨年、ソロ活動10周年を迎えた僕のなかにも、もちろんウツのなかにも、誰よりも強いTMへの感謝や賞賛(TRIBUTE)があるわけだから、これはTM TRIBUTE BANDだと。
 04年のTM20周年を前に、TM好きが大集合という事です。となると、僕はプロジェクトリーダーというよりも幹事長なのかもしれませんが。とにかく、せっかくTMをTRIBUTEするのなら、TMを心から愛してくれているみなさんと一緒に楽しみたいと思います。ステージと客席が一緒となり、ライブ会場全体で、TMの楽曲を楽しみませんか。
 そうそう、今回のライブと新譜制作は、まったく別のプロジェクトだけど、新しい音のほうも、20周年に向け、徐々に制作を始めています。そちらもお楽しみに。
木根尚登


言い訳がましく空虚な装飾の目立つ文体はいかにも藤井徹貫の作文だが、
ここではその詮索は措いて、
「tribute LIVE」について述べられている公式見解を整理しよう

1)「Castle in the Clouds」では80年代TMを意識、かつての楽曲の素晴らしさを再認識
2)ツアーでは過去のTM楽曲をオリジナルに忠実に演奏したい
3)TM20周年を前に原点確認することにも意味がある
4)木根は小室とウツに相談したが、スケジュールの都合で、6月に小室抜きで開催せざるをえない
5)小室が自らの代役として浅倉大介を指名、葛城哲哉・阿部薫も参加
6)今回はTMを愛している人々によるTM TRIBUTE BANDによるツアー
7)20周年に向けた楽曲制作も進行中


1)2)3)はツアー開催の理由として挙げられているものだが、
一言で言って建前に過ぎず、真実味は皆無である
6)は木根の思いを述べたもので、
2004年に向けた発言である7)とともに、
ライブ開催の事情を考える上で意味はない


結局問題になるのは、4)5)の部分である
つまりこのツアーの企画の中心は木根であり、
その参加メンバーは小室の意向で決められたと言う点である


この点をもっとも詳しく書いているのは、
木根の「新・電気じかけの予言者たち」である
その流れは前章で他の情報も参照しつつ触れたが、
ここで改めて整理してみよう


まず2002/12/18木根・ウツのミーティングがあり、
20周年に向けた活動を行なう方針が立てられたが、
小室のスケジュールの調整が付かなかった
しかし木根は年始に、小室抜きのツアー開催を考え、
1/29に渡米して小室と会い、その開催承認を得た
これを受けて2月初めにはスケジュールが決定し、
上記の通り2/16に発表された


上記の筋書きを見る限り「tribute LIVE」は、
たしかに趣旨文4)にあるように、木根が中心の企画だった
ウツもこの件を木根から聞かされて驚いたことを述べている
なおウツは最終的には木根に説得されたものの、
当初はこの企画に否定的だった
TMは3人でやらないといけないというこだわりを強く持っていたようである


また趣旨文5)では、
小室が浅倉を代役として挙げ、
さらに葛城・阿部の参加を提案したことになっている
TMN時代のサポート陣である
これも1/29の木根・小室会見の時のこととして、
「新・電気じかけの予言者たち」に記されている


ただし実際には小室が後からglobeの活動を入れたことで、
もともと計画されていたTMのツアーが実現困難になり、
その代わりに「tribute LIVE」の開催が決まったと見られることは、
前章で推測したところである
「tribute LIVE」開催の事情について、
木根はつじつま合わせを行なっている疑いが強い


それならば、1/29に小室が浅倉を指名したと言うのも、
鵜呑みにするのは危険だろう
小室が同意したことはたしかだろうが、
実質的には木根が提案したものだったのではないか


そもそもTMの曲を演奏する上で、シンセ担当を誰にするかは、
真っ先に考えなければいけない問題である
木根がアメリカまで行って小室に会いに行く際に、
小室の代役について具体案を用意していかないことなど、
およそあり得ないことだろう


そしてその場合、浅倉をはじめとする3人には、
事前に内諾を取っていたと考えるのが自然である
「新・電気じかけの予言者たち」では、
会談後にサポート候補者3人に連絡したところ、
3人ともすぐに参加を承諾したとされ、
特に浅倉は木根が帰国したその日に承諾したというが、
実際には木根が渡米以前に3人に内諾を取っていたのだろう


なお浅倉は2002年に7年ぶりにaccessの活動を再開させたばかりで、
2003/4/4からは全国ツアー「Livin' GHOST」を開催する予定だった
このツアーは5/18まで開催された後、
6/1にファイナルの仙台サンプラザ公演を行なうことになっていた


一方「tribute LIVE」は5/27・28・30から始まることになっており、
それ以前の5/16からリハーサルが行なわれた
つまりaccessのツアーと重なる日程だった
普通では考えられないスケジュールである
木根やスタッフが浅倉に頼み込んだものに違いないが、
このような過密スケジュールの浅倉がさらに別のツアーを組む場合、
関係各処との調整は必須のことである
これを即答したということ自体、
木根の話の創作性を裏付けるものである


他に木根・小室会談で決まったものとされるものに、
「tribute LIVE」というツアータイトルがある
「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
木根は小室に対して、スタッフたちと考えたツアータイトル案をいくつか出した


その中には「TN NETWORK CONCERT」や、
「UK NETWORK CONCERT」があった
隆・尚登の頭文字でTN、あるいは宇都宮と木根の頭文字でUKという発想である
またはTMNから哲哉(T)を除き、
「MN NETWORK CONCERT」という案もあったというが、
正直、どれもこれもセンスがなさすぎる
いや、センス以前に、飲み屋で中年オヤジの雑談で交わされる冗談以上のものではない
これらも「tribute LIVE」のタイトルを引き立たせるための創作かとも疑われる


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
小室は「TM NETWORK」という言葉は入れるべきと主張した
しかしあくまでもTMのツアーではないということで、
小室が提案したのは、tributeという言葉を入れることだった
要するに、「tribute LIVE」というタイトルは小室が考えたものだと言う


当時日本では洋楽・邦楽とも、
トリビュートアルバムやトリビュートライブが盛んに行なわれていた
1990年代には死没していたミュージシャンや解散していたバンド、
あるいはかなり老齢のミュージシャンの作品を扱ったものが多かったが、
2002年には「The Blue Hearts 2002 Tribute」「一期一会 Sweets for my SPITZ」など、
TMと同世代か、より若い世代のトリビュート盤もリリースされ、
しかもかなりの成果を上げていた


したがってTMのトリビュート企画もあり得るものではあった
実際に2003年1月の時点では、
TMのトリビュートアルバムのリリース計画が確認できる(前章を参照)
結局この企画はなくなったのだが、
この時ツアータイトルとして「tribute」の言葉が出たのは、
この流産したアルバムを意識したものだったのかもしれない


トリビュートライブについても、
日本でのトリビュート盤流行以前から欧米で広く見られた
2002年にもロンドンで豪華メンバーによるGeorge Harrisonの追悼ライブ「Concert for George」が開催され、話題になった
日本でもこの頃には矢沢栄吉・はっぴえんどのトリビュートライブが開催されている
「TM NETWORK tribute LIVE」というタイトルの前提には、
このような先例が存在したのだろう


結局この小室の案が採用されて、
本ライブは「TM NETWORK tribute LIVE」と名付けられることになったという
ただ本件に関する小室のエピソードは疑わしいものが多く、
私はライブタイトルが本当に小室の案だったのかも疑うべきと思う
たとえば「TN NETWORK CONCERT」などと同様に、
木根側が提案したタイトルの一つに過ぎなかった可能性もあるだろう
ただサポートメンバーの指名と違い、
絶対にありえないと断言するだけの矛盾があるわけでもないので、
ここでは判断を保留しておきたい


tributeとは、あるミュージシャンに敬意・賞賛の意を捧げることであり、
つまりこのツアーは、TM NETWORKを称賛するライブだという位置づけになる
ステージ上ではTMの曲が演奏されるが、
それはその場にいないTM NETWORKに捧げるものであり、
演者はTMではないということになる
それは、このツアーがTMのツアーではないという説明にも通じる


木根側の案とされる「TN NETWORK CONCERT」なども、
TM NETWORKのツアーではないという点で方針は一致していた
木根の趣旨文でも自分を含む演者をTM TRIBUTE BANDと位置付けているし、
ウツもTMのツアーではないということを何度も強調している
TMメンバーがTM曲を演奏するが、TMのツアーではない
こうした矛盾に満ちた立場を、彼らは堅持した


しかし一方で、TM20周年の前夜祭として開催するツアーである以上、
TMをまったく匂わせないタイトルもまた不可である
その結果として採用された「TM NETWORK tribute LIVE」というタイトルは、
なんとも苦肉の案であると思う


あらゆる人が思うことだろうが、
木根・ウツが自らTMにトリビュートするというのは、
意味が分からないだけでなく、失笑せざるをえないネーミングである
「トリビュート」を文字通りに取った場合、
ステージに上がるのが木根・ウツとかつてのサポート3人であるというのは、
TM関係者以外にTMを敬愛する者が誰もいないということにもなろう


もちろんトリビュートの名称は後付けであって、
現実は小室が参加しないままでTMツアーを行なうことの正当化に過ぎないのだが、
要するにこれほど無理な理由づけをしなければ説明できないほど、
不自然なツアーだったということである


ただ救いだったのは、
この頃の小室はTMでやるべきものが見出せず、
可能性を見出していたglobeに注力しようとしていたものの、
まだTMをやめるつもりはなかったことである


木根のMC中の発言なので割り引いて考える必要があるが、
この頃木根が小室に対して、
これで最後でいいから20周年はちゃんとやろうと言ったところ、
小室は「30周年もやろうよ」と答えたと言う
小室の中でTMは、いつ動かすかはともかくとして、
残すことは自明の前提だったのだろう


だが小室を外して全国ツアーを開催するという先例を作ってしまったことの意味は大きい
こうした先例が一度出来上がってしまえば、
メンバーもスタッフもなし崩し的に、
同様の企画を繰り返し立ち上げることになるだろう


事実、2004年のTM20周年の活動の後には、
「tribute LIVE」の第2弾・第3弾として、
2005年に「Spin Off from TM」
2007年に「Spin Off from TM 2007」が開催される
それぞれ「tribute LIVE 2005」「tribute LIVE V」とも題されていた


つまり2002年以後に開催されたTM関係のツアー4本の内、
20周年記念ツアー「Double Decade Tour」以外の3本には、
小室が参加していなかったのだ
この時点ではもはや「tribute LIVE」は特別企画などではなく、
むしろ小室のいるTM NETWORKこそが、
特別企画的存在に成り下がっていたとも言える


2005年以後の小室はウツ・木根とまったく別に活動をしていたが、
自身の都合から、2007年にTMの再開を提案する
ここに「tribute LIVE」中心の活動形態はようやく終わりを告げるが、
こうした偶然がなかったならば、
「tribute LIVE」が開催され続ける一方で、
TMが事実上消滅していたという事態は、十分に考えられたと思う


余談だが、私は2005年以後のTMを見て、
その歴史は事実上終わったと本心から思った
そこで今後語るべき音楽活動が新たに呈示されることはないと思った私が、
歴史的生命を終えたTMの活動の軌跡をまとめようと思って始めたのが本ブログである
すでにそこから10年以上経ってしまったが…


ただ2003年に限って言えば、
「tribute LIVE」はTMの活動を求めるファンの要望に応えるとともに、
2001年以来の活動空白期間に進行していたファン離れを、
ある程度食い止める役割を果たしたと考えられる
それはTM20周年の遂行に当たって、たしかに一定の役割を果たしたのだろう


以上がこのツアーのコンセプトだが、
肝心の音については、趣旨文2)にあるように、
過去の曲をオリジナルで演奏すると言う点が強調された


なおこの場合の過去の曲とは、「終了」以前を指す
この時に演奏された最新の曲は1991年の「Wild Heaven」で、
1999年以後の曲は演奏されていない
要するに選曲の面でも編曲の面でも、
新しい要素を一切排除したライブだった


TMのライブでは大幅なアレンジが加えられることが多く、
それが一つの醍醐味でもあったが、
それは小室の手によるものだった
だがこの時は小室がいなかったため、
その点での遊びができなかった
そのためオリジナル演奏という原則を立て、
そこにポジティブな理由づけをしたのだろう


もちろん浅倉ならば面白いアレンジもできただろうが、
accessのツアー中の浅倉の負担を増やすことも難しかっただろう
また小室がいないことに対するファンの違和感にも配慮して、
浅倉のアレンジはあえて加えなかったのかもしれない
浅倉もオケに音を加えたり削ったりする時は、
必ず木根やウツに確認を取っていたと言う


とはいえライブということもあり、
もちろんサポート3人の個性的な音は随所に加わっている
またインストコーナーの「組曲Vampire Hunter “D”」などは、
曲の改編が行なわれているわけではないが、
音色などに浅倉のこだわりが感じられるところではある


小室はライブ音源作成用に、自らが持っているシーケンスデータを提供した
この点はやはり「tribute LIVE」が小室の承認下で行なわれたことを示している
演奏曲のほとんどは1999年の再始動後初めて演奏されたものなので、
(例外は「Beyond The Time」「Kiss You」「Self Control」「Seven Days War」「Dive Into Your Body」
提供されたものの多くは1994年以前のデータということになる
ウツも20年近く前のデータや80年代のコーラスを使ったと言っている
ただ実際には、浅倉やスタッフが新たに作ったものも少なからず含まれていただろう


このようにして「tribute LIVE」は開催された
かなり変則的なライブだったこともあり、
客の入りには不安もあっただろうが、
実際にはおおむね会場も埋まり、
木根の感想では、ファンの反応もよかったとのことである


これは再始動後のTMが、
まともなライブ活動をほとんど行なっていなかったこともあろう
これ以前の唯一の全国ツアーは、
2000〜01年の「Tour Major Turn-Round」だが、
これはかなり人を選ぶ選曲・演出のライブだった


首都圏では2000年の単発ライブ「Log-on to 21st Century」があったが、
地方のファンにとっては、過去の曲に初めて触れることができたのが、この「tribute LIVE」だった
小室がいないといっても、素直に喜ぶファンが多かったことは想像できる


本ツアーについては、2005年のtribute LIVE「Spin Off from TM」開催に合わせて、
FCおよび新星堂でライブDVD「tribute LIVE 2003」が限定販売された
(「2003」が付いたのは、2005年に後継企画が開催されたため)
本DVDには2003/6/27 Zepp Tokyoのファイナル公演の様子が収録されており、
MCおよび日替わり曲以外の様子を知ることができる


また2007年のtribute LIVE「Spin Off from TM 2007」開催時には、
「tribute LIVE」「Spin Off from TM」のライブ音源が、
「TM NETWORK tribute LIVE EP」の「Edition #1〜3」として、
iTunesやmoraなどで配信された


「tribute LIVE」配信曲は、「Wild Heaven」「Beyond The Time」「Fool on the Planet」「Come on Let's Dance」「Love Train」「Seven Days War」となっている
ただmoraは配信曲の組み合わせが異なり、
「Come on Let's Dance」「Fool on the Planet」の代わりに「1/2の助走」「組曲Vampire Hunter "D"」が配信された
他にも別テイクを配信したサイトがあったかもしれない


さらに2010年には3度のtribute LIVEから、
音源4曲+映像1曲のEPが各2点、合計6点の商品がiTunesで配信された
「tribute LIVE」からは「TM NETWORK tribute LIVE 2003 Lead」「TM NETWORK tribute LIVE 2003 Second」がリリースされ、
前者は「Don't Let Me Cry」「The Point of Lovers' Night」「永遠のパスポート」「1/2の助走」の音源と「Beyond The Time」の映像、
後者は「Girl」「Spanish Blue」「Kiss You」「All-Right All-Night」の音源と「Get Wild '89」の映像を収めている


これらを集めれば、配信だけで「You Can Dance」「Self Control」「Dive Into Your Body」とSEの「Give You A Beat」を除く全曲が手に入ることになる
ただそもそもこんな回りくどいことをしなくても、DVD1枚を買えば済む話である


以上、「tribute LIVE」開催に至る流れと、その意義について述べてきた
ライブの具体的な内容については、次章で触れることにしたい


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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 39 / トラックバック 0 / コメント 10


7-8 失われた2003年

2018/08/02 20:27
まず告知です
8/17(金)の夜に大阪の某所で、
「TM NETWORKの重箱のスミ!」のポコ太さんこと、
カラフルポップリフレクションのミツカワさんと、
宴など催そうと思います


関心のある方には詳細をお伝えしますので、
tm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%は@に置換)までメールをください
ブログへのメッセージかtwitterへのDMでも結構です
なお参加人数が会場の規模に達した時点で募集を締め切りますので、
その点ご了承ください


近況について
本日8/2、劇場版「シティハンター」の映像が少し公開されました
全国ロードショーは来年2/8とのことです
BGMはオリジナルの「Get Wild」ですが、これは本番もそうなんでしょうか
なんつうか、もしもTMがあと一度だけ動くなら、
色んな意味でこれが最後のチャンスな気がします


さて、SONYがまた大人商法(悪い意味で)を始めました
10/3に「Fanks The Live 1 Fanks Cry-Max」の増補版DVDをリリースします


本作は1989年リリースのオリジナル版では6曲が完全収録されていましたが、
「Electric Prophet」「Dragon The Festival」も一部のみ収録)
これに「Nervous」「Dragon The Festival」の2曲が追加されて8曲になり、
値段が2倍の4860円(税込)になります(2004年版DVD=税抜2300円)
そういや2013年にDVD「Digitalian is eating breakfast」も、
7曲を8曲に増やして値段を2倍にしてリリースしていましたね…


なお「Nervous」は1989年のプレゼントビデオ「Fanks The Live 4」にアウトロ終わりを除き収録されており、
「Dragon The Festival」もオリジナル版に一部収録されているので、
今回の初公開映像は実際には1曲分もありません
つうかちょっとしか入っていない「Electric Prophet」も完全収録しろよこのクズ会社


また1987年の「Fanks Cry-Max」では、
インストを含め18曲が演奏されました
これまではその中で6曲だけがDVD化されていましたが、
今回の増補版リリースによって、未収録分が12曲から10曲になりました


まだ10曲…
半分以上がSONYの蔵に隠されていることになります
TMの今後の活動がなくなってしまうという、
過去商品を出す絶好のタイミングなのに、
SONYはふざけているんでしょうか?


いや、商売的には分かります
熱心なTMファンは未発表映像1曲だけでも(または全部既発表でも)買うけれど、
完全版映像を出しても購入者はあまり増えないのでしょう
「CAROL Deluxe Edition」「TM NETWORK THE MOVIE」みたいなクズ商品でも、
それなりに売れてましたもんね…
それなら何度も増補版を作って1・2曲ずつ増やしていった方が、
ファンから金を吸い取り続けることができるということだと思います


しかしこの売り方は、商売としては正しいとしても、
まったく誠意が感じられません
極めて青臭いことを言わせてもらえば、
スタッフはファンに顔向けできる商品を作っていると思っているのでしょうか
もしも私がSONYスタッフだったとして、
テレビで「顧客満足度〇%!、業界ナンバーワン!」とかのCMを見たら、
恥ずかしくて外を歩けませんよ


ただSONYはあるいは今回の商品で、
今TMの過去作品がどれくらい売れるのか観察しようとしているのかもしれません
今回売れれば、「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「Rhythm Red Tour」なんかでも、
同様の手口を図る可能性もあるでしょうし、
また次の「Fanks Cry-Max」アップデートも検討するかもしれません
そういう可能性を勘案した上でSONYに献金すると割り切って購入するのも、
割り切れるならば良いかと思います


私はまったく割り切れませんが
…くそう、くそう、くそう!!
「Dragon The Festival」なんておいしい曲を入れられたら、
こんな鬼畜商品でも買わざるを得ないじゃないか!
ちくしょう…ちくしょう…


正直言って、商品化できそうなライブ映像中では、
「Fanks Cry-Max」は私がもっとも見たいものの一つです
それだけにこうした悪辣な商法は本当に腹が立ちます
しかし何もできない無力感…
ちくしょう!


ということで、いらだちがドアを叩きながら、
他の近況を手短にまとめましょう
まず小室さんは、「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」のセールス、
T盤が5.0万枚、K盤が4.9万枚に達しました
ラジオでもまだ特集が組まれているようです
「SUNNY」公開後にも売れるかもしれませんね


ウツは7/25に過去のFC会報の電子版「Magnetica archives」の未配信分の内、
vol.19(2012〜13年分)の配信が始まりました
この後の分も、今後順次配信の予定です


木根さんは7/25、日本テレビ「一周回って知らない話」に、
親バカ枠で娘のSHAOさんと一緒に出演しました
ちなみにMarc Pantherさんも一緒に出演していたんですが、
木根さん、DJ KOOさんに続いてMarcさんもバラエティ進出ですか…
なお木根さんとMarcさんは、当初は7/18出演予定でしたが、7/25に変更されました


最後に、6/30・7/27にTRFとaccessがそれぞれのデビュー25周年を祝してジョイントライブを開催しました
最後には出演者全員で「Get Wild」を演奏し、
東京では終演後の客出しBGMが「Nights of the Knife」「Seven Days War」だったそうです


では本題に入ります

------------------------
話は「Castle in the Clouds」のリリース日の2002/10/30に遡る
この日渋谷TSUTAYAで行なわれたトークイベントで、
TM3人は最後にそれぞれ締めの言葉を述べた
これは後日Barksのウェブサイトで配信されており、公式に準じたものと見て良い


木根「TMもね、シングルだけじゃなくてね、来年またね、アルバムとかね(木根、小室の顔を覗き込み、小室「そうね」)、アルバムのための楽曲作りを、ぼくも頑張ります」

ウツ「今回また、2年ぶりのシングルなんで、特に昔の80年代のTMのにおいというか、すごいしたいい曲だと思うんで、是非どんどん友達に、いいぞこいつはみたいに、どんどん広めてやって下さい」

小室「今回これで音をね、今の2000年に入ってからも、もちろん音的にはいろんなことやっているんですけれども、僕たちが一番活動していた80年代の音みたいなにおいも出しているんで、こういう音が今どうなのかなっていうテストみたいな意味合いもあるんですね、今回ね。なので、すごく反響とか楽しみなんですよね。聞いてみてそれを反映して、音作りの段階も、これからTMの音とかは作っていきたいなと思っているんで」


一見のんきな雰囲気の3人



以上の中でまず気になるのは木根の発言で、
2003年のアルバムリリースを視野に入れたものとなっている
本来「Castle in the Clouds」は、
キャンペーンソングとしての単発の仕事ではなく、
その後につなげていく考えがあったことが分かる


木根の発言は明らかに自らの楽曲制作を念頭に置いており、
ここでいうアルバムとはオリジナルアルバムと考えざるを得ない
これ以前にはリミックスアルバムの計画が存在しており、
また翌年2月には過去音源を集めた「キヲクトキロク」がリリースされるが、
これらとは別の話だったことになる


アルバムに関する発言をしていたのは木根だけではない
ウツは11月初め頃に「Castle in the Clouds」と絡めて、
「その延長上にあるのがアルバム作りってことになると思う」
と発言しているし、小室も同じ頃、
「いずれアルバムとしてまとめられればいいなと思っているところです」
と言っている


これらウツ・小室の発言からも、
やはり「Castle in the Clouds」リリースの後には、
新曲を収めたオリジナルアルバムが計画されていたと見るべきだろう
ただトークイベントでの「来年頑張る」「これから作っていきたい」という3人の発言を見る限り、
10月中にはまだアルバム作成に向けた具体的な作業には入っていなかったらしい


さらに上記トークイベントでの小室の発言に注目すると、
小室は「Castle in the Clouds」で、
あえてテストとして80年代風の音にして反響を試し、
その反響をこれからTMの音につなげようと考えていたと述べている


また小室は同じ頃の別のインタビューで、
「Castle in the Clouds」を「ニューアルバムへの布石でもある楽曲」とも言っている
小室は「Castle in the Clouds」の音作りを、
アルバム制作につなげていこうと考えていたようである
その意味で「Castle in the Clouds」は、
次のアルバムのパイロットシングルとして位置付けられていたのだろう


この頃3人には、TMの活動をしないといけないと言う使命感もあった
それは2004年にTM20周年のアニバーサリーイヤーが控えていたことがある
たとえば「Castle in the Clouds」制作に先立つ8/27、
Laugh & Peaceキャンペーンソング担当決定を受けたTMの記者会見で、
木根は以下のように述べている

そうこうするうちに、もう20周年くらいになってしまうんです、もうあと何年かすると。そこに向けてなんか少しずつ、またいい形でできたらねってことで、また今回これ、いいきっかけだったので、集まりました。


これを見る限り、2002年の活動再開では、
当初からTM20周年につなげることが意識されていた
1994年のTM10周年企画が「終了」に代わってしまった過去も踏まえ、
20周年はちゃんとやりたいという気持ちもあったのだろう


以前述べた通り、2002年のウツと木根は、
本来のソロ10周年記念日周辺に当たる11〜12月を含む10月以後のスケジュールを空けていた
9月の「Castle in the Clouds」レコーディングの後、
TMは20周年に向けた活動に入るはずだったと考えられ、
オリジナルアルバムの制作もその一貫だったのだろう


私はこの頃、TMのアルバムレコーディングが計画されていたが、
10月末の「Castle in the Clouds」リリースの頃には、
その予定がすでに狂い始めていたものと推測する


magenetica会報などからこの頃のウツのスケジュールを見ても、
10月以後年内は数回の「Castle in the Clouds」プロモーション以外活動がない
これがソロ記念日の前後の本来のスケジュールとは考え難く、
何らかの事情でスケジュールが空いてしまった可能性が高い


木根のミニアルバム「ci è la musica」のレコーディングも、
おそらくこのことと関わっている
本作のレコーディングは10月に始まった
リリース日が12/21であることを考えるに、
レコーディングは11月中下旬まで行なわれたものだろう


木根は2002年のソロツアーを、
ソロ10周年記念日の12/2から、あえて半年以上前倒しして行なっていたが、
こうして空けておいた10・11月にソロレコーディングを行なったのは、
やはり本来のスケジュールと見るには不自然である


この時期のTMの予定を考えるために、少し後の活動まで視野に入れてみると、
「TM NETWORK tribute LIVE -UTSU&KINE’S Selection From TM Songs-」が注目される
このツアーは「TM NETWORK」を冠してはいるものの、
ウツ・木根とサポートメンバーが行なったもので、
要するに小室哲哉抜きで開催されたものである
2003/5/27から1ヶ月間かけて、全国6会場で8公演開催された
(後にZepp Tokyoの2公演が追加で発表され7会場9公演になる)
以下、少し話題を変えて、このツアーの開催の経緯を確認してみたい


木根の「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
木根は2003/1/29にハワイの小室を訪れて、
小室抜きでこのツアーを開催することに同意を得たとされている
木根が海外まで行って小室とTMの話をしたことは、
同時期に木根がweb上でも触れている


「tribute LIVE」の開催とそのスケジュールは、
2月半ばのウツ・木根のFC会報で発表された
この時にチケットのFC優先予約のお知らせも送られている
会報編集の時間も考えれば、ツアースケジュールは2月初旬には決定していなくてはならない
木根・小室会談が行なわれた1/29は、
ツアー開催の最終的決定を下すリミットというべきタイミングである


この時間軸を考えれば、木根が小室の承諾を得る以前から、
ツアー会場はすでに押えられていたと見ざるを得ない
(1/29の後の数日で会場を確保するというスケジュールは無理がある)
要するに1/29の会談は、小室の最終的な追認を得るための手続きであり、
計画はこれ以前から進んでいたのである


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
「tribute LIVE」の企画の始まりは、
TM20周年に向けてアクションを起こすべきというスタッフの意見だった
2002年年末のことだったという
magnetica会報からは、木根が12/18にM-tresの事務所で、
ウツとTM20周年の打ち合わせを行なったことが知られ、
年末のスタッフの意見が出たのは、おそらくこの時だろう


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
この件について年内に小室と相談していたが、
小室のスケジュールの調整ができないまま年越しを迎えた
そこで木根は小室抜きツアーを開催しようと考え、
年明け早々M-tresに来て、その意向を伝えたという
ウツは木根からこの案を聞いた時、かなり抵抗感があったが、
木根はウツを説得し、M-tresスタッフとともに構想を練り始めた


上記の筋書きを信じれば、
年末にツアー計画が出て、年始に木根が小室抜きツアーを決意、
スタッフは小室の同意を得ないまま会場を確保し、
1月末に木根が小室に会って追認を得た、ということになる


このスケジュールは不可能ではないとしても、
かなり急な印象はぬぐえない
またリーダーの同意を得る以前からツアー会場確保を始めるというのも、
通常のバンドならばありえない事態である


そもそも木根の言う筋書きは事実と見て良いのだろうか
木根がTMの動向の中で微妙な出来事について、
しばしば歪曲していることは以前触れたところである
小室抜きツアーの開催という異常事態について、
同様の曲筆が施されている可能性は考えるべきだろう


ここで注目したいのは、ウツがこのツアーの決定について、
少々異なるニュアンスで語っていることである
しかもそれは開催決定告知の直後であり、
2004年5月発売の「新・電気じかけの予言者たち」の1年以上前である

もともとこのあたり(「tribute LIVE」開催時期)にTMのツアーというプランも念頭にあったけど、小室が他の活動スケジュールや状況で、どうしても調整がつかないという結論が出てしまったんだ。そこで、今回リーダーの木根が、小室がいないからやらないということではなく何か方法はないか、という考えが出てきたんだよね。


スケジュールの都合で小室が参加できなかったこと、
木根を中心に小室抜きツアーを企画したことは、木根の発言に一致するが、
本来「tribute LIVE」と同じ頃(2003年5〜6月)にTMのツアーが企画されていたことは、
木根が触れていない点である


さらに遡って2002年10月後半頃、
ウツは「Castle in the Clouds」のリリースを踏まえた上で、
以下のように述べている

今回のリリースをきっかけに、TMはまた発信だなと思ってますけど、特に20周年にちなんだコンサートや新しい試みには力を入れていきたいですね。


ここでいう「20周年にちなんだコンサート」とは、
後の歴史を知っている者が見ると2004年の20周年ツアーかと感じてしまうが、
この時点でこれからの発信の一環として述べていることを考えれば、
2003年5〜6月頃のTMツアーだった可能性の方がむしろ高いのではないだろうか
つまり「Castle in the Clouds」制作の時点で、
TMはアルバムだけでなく全国ツアーも計画していたことになる


これら断片的情報からは、
ツアーの準備がいつから始まったのかはまったく分からない
だが2003年に小室抜きツアーの企画を立ち上げ、急遽会場を確保したと考えるよりは、
2002年の時点ですでに会場を確保していたと考えた方が、
はるかに理解しやすいと思う


たとえば2000年の「Tour Major Turn-Round」は、
開催5ヶ月前にはスケジュールがおおよそ決まっており、
同様のスケジュールならば5月開始のツアーの会場は、
2002年中には確保していなくてはいけない
2004年5月開始の「Double Decade Tour」も、
具体的な会場確保状況は不明だが、開催自体は2003年中に決まっていた


要するにTMのツアーが2003年5・6月頃開催予定だったのならば、
2002年中には会場が確保されていた可能性が高い
しかしこれが小室の都合で実現困難になってしまったため、
小室抜きで開催することを木根が立案し、
ウツと小室を説得したという流れが推測できる


そのように考えれば、
アクションを起こすべきとのスタッフの発言があった2002/12/18の会合とは、
実際には木根がいうようなポジティブなものではなく、
ツアーを中止にすべきかどうかの話し合いだった可能性が高い
中止にする場合、当然会場に対して一定のキャンセル料支払い義務が発生する
そこで木根は、小室抜きツアーを開催してこれを回避することを考えたのではないか


もちろん小室抜きツアーに変更する場合、
大規模な会場はキャンセルすることになっただろうし、
サポートメンバーの都合で日程の微調整は必要となっただろうが、
全会場キャンセルと比べれば、負担ははるかに小さかったと考えられる


なお12/24NHK FMの特番「TM NETWORKスペシャル」では、
中村貴子から翌年のツアーについて聞かれると、
小室は「(話題は)ちらほら出ていますね」と言った上で、
「どうなんですかねえ、ツツジ…紅葉?」と言って、曖昧な態度に終始した
小室の消極的な様子がうかがえる


「tribute LIVE」について注目すべきは、
2003/2/16〜23の「Live Epic 25」の会場のチラシで、
初めて開催が告知されたことである
「tribute LIVE」のチケットは3/30以後各会場で一般向けに発売されたが、
ウツ・木根のFCではその前から優先予約が始まった
そしてさらにこれとは別枠で、
「Live Epic 25」参加者に配布されたチラシで、
来場者限定で優先予約の電話番号も告知された


TM20周年へのウォーミングアップを宣伝するには、
たしかにEPIC世代が集まる「Live Epic 25」は格好の場である
「Live Epic 25」の企画は夏には始まっていたから、
メンバーが活動のスケジュールを立てるに当たり、
早くから念頭に置いていたとしても不思議ではない


ならば「Live Epic 25」会場での告知は、
TMツアーとして計画されていた段階で、すでに予定されていたものかと思われる
ウツ・木根FCの会報発行も「Live Epic 25」とほぼ同時だったから、
日程発表のタイミングとしてはベストだった


ここまでで検討したところでは、
本来のスケジュールに関して推測されるところは、
以下の2点である

・TMは2002年10・11月頃に、アルバムのレコーディングを始めるはずだった
・TMは2003年2月半ばに全国ツアーの日程を発表し、5〜6月頃に実施する予定だった


ここで私は、以上の推測にさらなる推測を重ねたい
それは上記のアルバム制作と全国ツアーが一連のものだった可能性、
すなわち2003年の全国ツアーはアルバムツアーだったという可能性である


これは必ずしも積極的な根拠があるわけではないが、
そもそもこれまでのTMの全国ツアーは、
デビュー以来すべてアルバムリリースに連動して行なわれてきた
この時だけアルバムと無関係のツアーが予定されていたと考える方が不自然だろう
だとすればこのアルバムは、
ツアーが開催される5・6月頃までにはリリースされる予定だったはずである


また先に見たように、私はこのアルバムの制作は、
本来10・11月頃に開始されるはずだったと推測している
その予定が遅延してからの計画は、当時のウツ・木根の発言からうかがえる


たとえばウツは10/26「玉川美沙 Bravo!」(TBSラジオ)で、
12月にはレコーディングに入らないと4月にTMの新作を出せないと述べ、
11/9「雄冶・ナイクのSaturday Nice Try」(TBSラジオ)では、
木根が春にアルバムを出したいと述べたという
(これらについて詳しくご存知の方、情報いただければ幸いです)


ウツの言う新作について、
12月レコーディング開始で4月リリースという間隔から判断すれば、
シングルではなくアルバムと見るべきである
木根の言う春のアルバムと同じことを言っていると見て良い
おそらくレコーディング開始が10・11月から12月に変更され、
それに伴いリリース予定日も遅く設定し直されたのだろう
もしも10・11月にレコーディングが始まっていれば、
2・3月頃にはアルバムがリリースできていたはずである


これ以前、2000年のレコーディングを見るに、
8〜9月に先行シングル「Igintion, Sequence, Start」が制作され、
9〜11月にその他の曲がレコーディングされた後、
12月にアルバム「Major Turn Round」がリリースされた
この例では先行シングル制作開始から4ヶ月、
アルバム曲制作開始から3ヶ月後のタイミングでアルバムがリリースされている
このペースでレコーディングができれば、
10・11月制作開始、2・3月リリースは十分可能だし、
それならば2月の「Live Epic 25」でも宣伝できただろう


しかしアルバム制作開始は12月に変更された上、それすら実現しなかった
こうした中で木根は、せめてシングルだけでもリリースしたいと考えたようで、
年始に発表された(おそらく年末の)インタビューで2003年の活動を聞かれた時、
以下のように述べている

TM NETWORKとして、03年春ぐらいにシングルを作って、そのあとアルバムがあってライブができたらいいなっていうのは、3人のなかにあります



以上の過程を整理して見れば、2003年のリリース計画は、

2月頃アルバム(9月以前)→4月頃アルバム(10〜11月)→できれば春にシングル(年末)→すべて中止


という形で後退し続けたと推測できよう


以上の経緯を踏まえて考えれば、12/18のウツ・木根の打ち合わせは、
アルバムリリースの中止を前提として、
確保済みのツアー会場をどうするか相談したものと考えられよう
また逆に、ウツ・木根がしばらくアルバム制作にこだわったのは、
ツアー会場を確保していたという事情もあったのかもしれない


このように考えた場合に改めて注目されるのが、
音源集「キヲクトキロク」のリリースである
本作のリリースは11月初頭に発表され、翌年2/5にリリースされた
10月下旬にはリリースが決定されていたものだろう


これまでの考察に従えば、
10月の時点でアルバムリリースは4月を目標とするようになっており、
2002年度(2002年4月〜2003年3月)にはアルバムリリースができなくなっていた
これを受けて「キヲクトキロク」の年度内リリースが、
代替措置として急遽決定されたのではないだろうか
要するにかつて2000年3月のアルバムリリースが中止された代替として、
ベスト盤「Best Tracks」がリリースされたのと同じケースということである


もっともオリジナルアルバムと比べれば、
寄せ集め音源集に過ぎない「キヲクトキロク」の価値の低さは明らかだった
そのため小室は年度末になって、
駆け込みでR&Cから次々と新商品を企画する


2/26のライブアルバム「TK Presents Synthesized Trance vol.2」リリースは別枠だろうが、
年明けにはR&Cからの「Piano Voice」「Piano Wind」(さらにavexから「Piano globe」)リリース(2003/3/19)が告知された
一部新曲もあるものの、過去曲をピアノで演奏しただけのものや、過去のインスト音源そのままのものも含む、なんとも中途半端な作品である


さらに同じ頃、3/26の「Tm Network トリビュート アルバム」のリリースも発表された
この企画は1月中に中止されたが、
HMVのサイトには現在も本商品の痕跡が残っている


同サイトには以下のような商品説明が見える
おそらく急な企画だったため、参加ミュージシャンが集まらず、
企画が中止になったのだろう

レア音源に続いてTM NETWORKのトリビュート盤が発売します!詳細はまったく未定ながら、若手のアーティストを中心としたトリビュート盤となりそうです。


これらの間に合わせ企画は、
「キヲクトキロク」と同様にTMのアルバムが年度内にリリースできなくなったことの埋め合わせだろうが、
本当にがっかりする仕事ぶりといわざるを得ない


以上のように考えた場合、2002〜03年のTMのリリース計画は、
以下のように推移したことになる

1. 2002年9月以前:2002年度内にシングル・アルバム発売、2003年度にTMツアー
2. 2002年10・11月:2002年度内にシングルと音源集発売、2003年度にアルバムとTMツアー
3. 2002年12月:アルバム制作の中止決定とTMツアー中止の検討
4. 2003年1月:TMツアーの代替として2003年「tribute LIVE」開催


さらにこの前にはもう一段階あった
2002年1月時点で予定されていた秋のリミックスアルバムリリースである
これは5〜6月頃まではメンバーが発言しているが、その後言及されなくなる
おそらく7〜8月頃に「Castle in the Clouds」の制作スケジュールが固まる中で、
リミックスアルバムを秋に間に合わせることが難しくなり、
年度末のオリジナルアルバム計画に変更されたのだろう


以上の推測が正しいものだとすれば、この頃のTMは、
リミックスアルバム・シングル・オリジナルアルバム・全国ツアーの内、
シングル以外はすべて遂行できなかったことになる
「キヲクトキロク」「tribute LIVE」などは、
本来の計画の残骸か間に合わせの企画だった


この間小室はほとんどTMに関わっておらず、
「tribute LIVE」は完全に木根主導だった
この活動計画の後退は、小室の都合によるところが大きかったと見るべきだろう
その始まりが2002年10〜11月頃にあるとすれば、その背景は推測できる
小室の結婚である


小室とKEIKOは11/22に挙式することを10/6に発表した
以前述べた通り、式の日取りは細木数子が語呂合わせによって決めたものだった
つまりこの日程は、他のスケジュールとの調整を経て決まったものではなく、
この日しかないと言う形で決められたものである
それは当然、以前から決まっていたスケジュールの一部に変更を要求することになっただろう
これがTMのレコーディング日程変更にもつながったものではないか


さらに小室は12月に入ると、新婚旅行を兼ねてハワイに旅立ち、
以後断続的に日本に帰国しながら、
翌年2月にかけてロスアンゼルスおよびハワイで、
ピアノアルバムおよびglobeのアルバムの制作に入った
これらの制作は帰国後も続き、3月初めまでかかった


この間、TMのレコーディングが行なえるはずはなかった
木根がハワイまで「tribute LIVE」開催の許可をもらいにいった1/29は、
このglobeのレコーディングの最中のことだった


小室がTMの全国ツアーへの参加を拒否した理由として、木根・小室は、
2003/7/9に予定されていたglobe東京ドームライブに専念することを挙げている
TMツアーは6月終了予定だったから両立は可能なはずだが、
あえてTMを詰め込むほどの動機はなかったものか


要するに2002年10〜11月以後TMのために確保されていたはずの日程は、
すべてglobeの活動に置き換えられてしまった
なぜ小室がこのようなことをしたのかはよく分からないが、
新妻KEIKOに晴れ舞台を用意するために、
全力をglobeに捧げようとしたのかもしれない


ただ音楽的な問題として、
そもそも小室がTMでやるべきものを見出せていなかったこともあるのかもしれない
本記事冒頭のコメントにある通り、
小室にとって「Castle in the Clouds」は、
反響を得るための「テスト」としての側面があったが、
手応えはあまりよくなかったのではないだろうか


小室は後に「Castle in the Clouds」について、
「メンバーには申し訳ないなと思いますけど、TMの立ち位置をどこに寄せるべきか、位置づけをとても悩んでいた時期でした」と述べている
何をすればよいか分からないTMよりは、
トランスという方向性は決まっていたglobeの方が、
小室としては手が付けやすかったと見ることもできる
またライブMC中の発言なので割り引いて聞くべきだろうが、
TMでトランスをやることについては、木根が難色を示していたらしい


キャンペーンソングにおける80年代の再現、
言い換えれば懐メロJ-POP路線というオファーは、
一つの可能性ではあっただろう
ただそれは小室の音楽的動機を刺激するものではなかった
「Castle in the Clouds」の中途半端な仕事ぶりは、
その反映なのだろうと思う


小室が2002年にこのような状態でTMを動かしたのは、
一つにはウツ・木根やスタッフ・ファンから、
再結成したからには一定の周期で活動しなくてはならないという圧力を受けていたからだろうし、
またより大きい要因としては、
業績不振だったR&Cから成果が見込まれる作品のリリースが求められていたこともあったのだろう


言うなれば「Castle in the Clouds」は、
ミュージシャンとしての動機とは別のところで、
仕事として作った作品という性格が強い
この延長上でのアルバム制作が実現しなかったのも、
さらに全国ツアーに参加する意欲が湧かなかったのも、
一言で言えば機が熟していなかったということと思う


以上、本章はこれまでにないほど推測を交えたものになったが、
この推測に従えば、TM20周年への道のりは、
極めて不穏な形で始まったことになる
それはあたかも、「終了」という結末で終わったTM10周年に向けた活動にも似たところがある


たとえば1年以上TMの活動を休止した後、
世間の反応を見るためにパイロットシングルを1枚だけ出すも、
これに続くアルバム制作を放棄して別ユニットに専念するという過程は、
偶然ながら1993年の動向と驚くほど類似する
TM20周年に至る動向を10周年の時と比較して、
対比的に図式化すれば、以下のようになる

・1993「一途な恋」不振 →アルバム制作を中止しtrfへ
・2002「Castle in the Clouds」不振 →アルバム制作を中止しglobeへ


さらに言えば、1993年には「一途な恋」の前に、
リミックスアルバム「Classix T・U」がリリースされているが、
2002年にも当初は「Castle in the Clouds」の前に、
リミックスアルバムがリリースされる予定だった
影響関係があるわけではないが、不思議な一致である


もっともTM10周年の時には直前にtrfが成功を収め、
TMNが「終了」することになったのに対し、
20周年の時にはglobeが失敗したことで、
TM20周年は無事遂行され、「再終了」も行なわれなかった
これはTMファンにとっては幸いなことだったようにも見える


だが別の見方をすれば、TMN「終了」が小室の成功の結果であるのに対し、
TM20周年の実現は小室の失敗の結果だったとも言える
その意味でTM20周年に向けて展開された活動は、
「終了」以上にネガティブな要素にまみれたものだったと言うこともできるだろう

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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 32 / トラックバック 0 / コメント 13


7-7 Live Epic25

2018/07/10 19:38
6/27「Tetsuya Komuro Archives」がリリースされました
T盤は3位→9位、K盤は4位→10位で、
これまでそれぞれ4.2万枚・4.1万枚を売っています
最後ということで、ソロとしてはこれまでにない売り上げになりました


リリースの前後には、各処のラジオ番組で小室哲哉特集が組まれました
小室さん自身が出演できないから、ラジオに集中したのでしょう
テレビでは、7/7に日本テレビ「The Music Day 伝えたい歌」で、
華原朋美・鈴木亜美・TRF・hitomiによる小室ソングメドレーが披露されました
ニコ生でも6/27にアルバムの特番が組まれ、
木根さん、浅倉さん、DJ KOOさん、Marc Pantherさん、Def Willなど、
小室さんと縁の深い方々もゲスト出演したそうです


東京では、6/26から小室さんの機材が展示されました
タワーレコード新宿店ではDJ LIVE仕様、
タワーレコード渋谷店ではショルダーキーボード、
SHIBUYA TSUTAYAではTM NETWORK仕様で展示されたそうです
好評だったためか、当初7/2までとされていたのが、7/9までに延長されました
さらに7/2からは渋谷駅でアルバムの壁面広告も掲示されています
小室さんがこんな扱いをしてもらえるなんて、もう最後でしょうねえ…


これまですっかりスルーしてきましたが、
「Tetsuya Komuro Archives」リリースと同日の6/26には、
小室さんプロデュースのDef Willが、
1stアルバム「Def Will」をリリースするとともに、解散を発表しました


実は本作には小室さんの新曲が2曲入っており、
「Tetsuya Komuro Archives」収録曲とともに、
歌モノでは最後の新規音源となります
アルバムを出してから解散しようということだったんでしょう
今までは全部デジタルシングルで、
CDは1枚もありませんでしたしね


Def Willは本当に鳴かず飛ばずでしたが、
1stシングル「Lovely Day」なんか聞く限り、
今の若い人に届く音を作ろうとしていたんだろうなあとは感じます
(私は好きじゃないですけど)
病状悪化のタイミングを見るに、小室さんが自信を失う前提として、
globe20周年とともに、Def Willの失敗もあったんだと思います


さらに正式なアナウンスはまだ出ていませんが、
8/31公開の映画「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のサウンドトラックが、
8/29にリリースされるようです
劇中で使われる90年代TK楽曲と劇伴のインストが入るのでしょうか
小室さんの新作は、これで最後となるかもしれません
あとあるとすれば、「ガーディアンズ」の音源集でしょうか
多分11/27の誕生日のあたりで、
また記念商品など出すんじゃないかと推測はしていますけど


リットーミュージックからは、
「Tetsuya Komuro Archives」リリース日に合わせて、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」が発売されましたが、
さらに今月からは、ウツFC会報「Magnetica」のvol.73〜88(2012〜17年分)の電子書籍版が、
「MAGNETICA archives」19〜22として配信されます
vol.72まではTM30周年の時に配信されていたのですが、その続きですね
「Tetsuya Komuro Interviews」のついでというところでしょうか
この際、昔の小室FC会報とか木根FC会報も電子書籍化してしまえば良いと思います


木根さんは7/18、日本テレビ「1周回って知らない話」出演します
またいつものエアギターネタと、TMは多摩ネタを披露するのでしょうか
Marc Pantherも共演するようなので、TKネタは入れてくると見て良いと思います
しかしTMの木根さんとglobeのMarcてよく対比されていましたが、
本当に同じ立ち位置になりましたね…


最後に、7/5発売の「文芸春秋」に、
小室さんの引退会見のほとんどが虚偽であるという記事が掲載されました
1月の小室さん不倫報道が叩かれたため、仕返しのタイミングを待っていたのでしょう
ベスト盤リリースが話題になる時を狙ったのもあるでしょうが、
この号を最後に編集長が変わるそうなので、
編集部の怨恨を晴らすべく(完全に言いがかりですが)、
ギリギリまでネタ集めをしていたのだと思います


本誌に便乗したネット記事やそれらへのネットの反応については、
魚類の脊髄反射並みのリテラシーの低さにいささか驚いていますが、
冷静に見ればやっかみにしかならない「週刊文春」の低劣な小室批判は、
多分そのミスリードを誘う書きぶりも含め、
世論を刺激すること自体を目的として自覚的にやっているのでしょうから、
ここで逐一変なところを指摘しても意味はないでしょう


ただ一つだけ誤解が広まっている感があるので指摘しておくと、
無料の文春オンラインの予告記事には、
「知人から提供されたKEIKOの近影と共に、本人の「ファンへのメッセージ」が寄せられた」
とあり、あたかもKEIKO本人がこの件の告発に関わっているかのように書かれています
また本記事には、怒りのコメントを寄せたKEIKOの「親族」2人も情報源として登場します
どうもここらへんから、
KEIKOさんの関係者が小室さんと対立しているように思っている人が少なくないようです


そこで記事本文を読んでみると、
文春記者はこの「親族」「知人」のコメントを取った上で、
KEIKO実家に行って親に会いましたが
「申し訳ありませんが、取材にはお応えできません」と言われただけでした
結局KEIKOから「ご心配いただき、ありがとうございます。私は元気です」という、
当たり障りのないコメントのみを得て、記事を締めています
記事にKEIKOとその家族が登場するのは、この部分だけです


要するに今回の情報を提供した「親族」は、
KEIKOと同居している家族とは別人であり、
KEIKOやその家族とは別に動いている人たちです
KEIKO実家との連絡はあるでしょうが、
事の全容を知っていたり、利害を同じくする人である確証はありません


記事にはKEIKOの生写真を記者に提供した「知人」も登場しますが、
提供を了承したのは「親族」とされています
より実態に即して言えば、「親族」が「知人」に提供をお願いしたのでしょう
KEIKO本人の了承を取っていないのは、
KEIKOに法的責任能力がないことも関わるのでしょうが、
いずれにしろやはりこの告発は、KEIKOの意志とは無縁と考えられます


これら素性の怪しげな人々の情報は、
いずれも信頼に値するものではありません
少なくともKEIKOやその家族がどう考えているのかは、
現状の情報ではまったく分からないとしか言えないでしょう


家族ではないのに口を出してくる「親族」の狙いは、
ネットニュースレベルの想像なら色々できますが、
(離婚時に後見人としてKEIKOに慰謝料を多く取らせてたかろうとしているとか)
所詮無責任な想像しかできませんし、
他人が下世話に首を突っ込むことでもないだろうと思います


もっとも報道直後には、
オウム関係者死刑執行とか西日本の記録的豪雨とかいろんなことがあり、
この報道はあまり話題にもなりませんでした
私怨のある文春は食いつき続けるかもしれませんが、
多分すぐに風化すると思っていますし、実際にもうしている感じです


小室さんを叩いている人もいますが、
これらはもともと小室さんが嫌いな人か、騒ぎたいだけの人でしょうから、
放置しておけばよいことでしょう
ただこれが原因で小室さんのストレスがまた悪化したりしないかなあ…
と心配にはなります
実際に一部ゴシップ誌は取材に押しかけたりしているようです


では本題に入ります

-----------------------
2002〜03年のTM NETWORKは、80年代回顧の傾向が強かった
もっともこれは必ずしもメンバー自身が目指したものというわけではなく、
たとえば2002年活動再開時の新曲「Castle in the Clouds」が80年代風になったのは、
タイアップ元の吉本および日本テレビ側の意向によるものだった
世間的にTMに求められているのが80年代風のものだという、
業界側の読みもあったのだろう


この流れが最終的にたどり着いた先が、
2003年の「tribute LIVE」だったとも言えるが、
その間にもう一つ、80年代回顧の流れを作ったものに、
今回取り上げる「Live Epic25」がある


TM NETWORKは1983年にEPIC/SONYと契約して以来、
長くSONY所属のミュージシャンとして活動しており、
1999年の再始動においても、
その作品はSONY傘下のTRUE KiSS DiSCからリリースされていた
しかし2001年SONYによる小室専属契約の解除、
およびウツ・木根のROJAM移籍により、TMはSONYとの関係を清算した


TM NETWORKに限らず、
80年代の邦楽界を沸かせたEPIC/SONY所属ミュージシャンは、
21世紀に入る頃には多くが活動を停止したり、移籍したりしていた
すでにEPIC/SONYのレーベル名も無く、
1998年にEPIC Recordsと改称されていた


しかしそうした現実のレーベル所属関係とは別に、
かつてEPIC/SONY時代の黄金期を築いたスタッフたちによって、
イベントを開催しようという動きも立ち上がった
2003年は、1978年のEPIC/SONY立ち上げから25周年の節目だったため、
これを記念するライブイベントを行なおうというのだ


これが「SUNTORY presents EPIC RECORDS JAPAN 25th ANNIVERSARY “Live Epic25”」である
2003/2/16に大阪城ホール、2/22に代々木体育館で開催とされたが、
反響が大きかったためか、
後に2/23代々木体育館公演も追加発表された
動員数は合計3万人というところだろうか


この企画が立ち上がった背景には、
EPIC/SONY設立者丸山茂雄の去就があった
丸山は1998年2月から、
SMEJ (SONY Music Entertainment (JAPAN) Inc.)の社長を務めたが、
2000年12月にこれを退いた
2001年4月からはSCE (SONY Computer Entertainment Inc.)の会長を務めたが、
翌年7月に70歳でこれも退任したことで、
SONYでは一線から退くことになった


関係者はこれに合わせて、
丸山に感謝の意を表するイベントを開催しようと考え、
かつてのEPIC所属ミュージシャンに声をかけた
この企画は早くから計画されていただろうが、
丸山のSCE会長退任頃から本格的に動き出したと見られる
2002年8月末には開催が発表されたが、
この時点では大江千里・大沢誉志幸・佐野元春・TM NETWORKの出演が予告されていた


TMは言うまでもなく、デビュー当時から丸山にお世話になった身である
またイベントの幹事は、かつてのTMの映像監督坂西伊作だった
2002年時点で現役で活動している旧EPICミュージシャンを代表する一組として、
TMは当初からノミネートされていたに違いない
なお音源集「キヲクトキロク」のリリース日が2003/2/5に設定されたのは、
2週間後の本イベントでの宣伝効果も考えてのことだろう


本イベントはサントリーが協賛についた
そのためサントリーはこのイベントに関連して、
「サントリードリームキャンペーン」を行なった
モルツビールなどサントリーのビール・発泡酒についている応募券6枚を集めて応募すると、
抽選で3000名を「Live Epic25」に招待し、
5000名に企画版アルバム「EPIC25 1980〜85」「EPIC25 1986〜1990」をプレゼントするというものである
応募期間は2002/9/20〜11/30とされた(消印有効)


ここで企画版「EPIC25」も含むEPIC 25周年企画についても触れておきたい
まず有料音楽チャンネルviewsicでは、
2002年11月から2003年3月にかけて「Live Epic25」と前後して、
かつてEPIC/SONYが制作した音楽番組「eZ」が再放送された
TMや小室哲哉の出演回も放送されている


同番組のTM・小室出演分については、
2010年代に様々な商品に分散して収録されたが、
この頃はまだほとんど商品化されていなかった
当時ビデオ録画できなかったファンには貴重な機会だったはずだ


SONYの企画版アルバムとして、
上記「EPIC25 1980〜85」「EPIC25 1986〜1990」もリリースされた
80年代EPICの代表作を各15曲、計30曲集めたものである
2002/11/20に同時リリースされ、
それぞれ50位・18508枚、47位・20171枚を売っている
なお両作には「Live Epic25」優先予約ハガキが封入されていた


TM作品からは、前者に「金曜日のライオン」、後者に「Get Wild」が収録された
「Get Wild」はともかく「金曜日のライオン」が80年代EPICを代表する30曲に選ばれたのは、
かなり意外である


もちろんこれは1980〜85年という縛りがあるからだが、
そもそもこの縛りの中でTMが入れてもらえたのは、
当時における一定のTMの存在感を示してもいよう
なお2枚とも曲が収録されているミュージシャンは、
佐野元春・ラッツ&スター・大江千里・渡辺美里・バービーボーイズ・TMの6組である


さらに2003/1/1には「The Legend」と題して、
旧EPIC/SONY所属ミュージシャンのベストアルバム11枚が、
完全限定生産でリリースされた
またこれと同日には、
「EPIC25」「The Legend」に収録されなかった曲を集めたコンピレーション版として、
「EPIC25 Special Edition」もリリースされた


「The Legend」をリリースしたのは、
大江千里・大沢誉志幸・小比類巻かほる・佐野元春・The Street Sliders・TM NETWORK・バービーボーイズ・松岡英明・The Mods・ラッツ&スター・渡辺美里の11組で、
シークレットゲストを含む「Live Epic25」出演者と同じ顔触れである


この中でTMとバービーボーイズは、
3年前にもSONYの企画ベスト「STAR BOX」をリリースしており、
(特にTMはTM NETWORK名義とTMN名義の2枚)
他のミュージシャンもたいていは複数のベスト盤がすでに存在したから、
多くは記念品以上の意味は持たなかっただろう
ただThe Street Slidersは、おそらくこれが唯一のベスト盤である


TMについては珍しい音源が入っているわけでもないので、
今から入手する必要はまったくない
なおTM盤には、なぜか1987年までの楽曲しか収録されていない
後述のファン投票でも対象曲は1987年以前である
1987年以前という縛りでもあったのだろうか


当時のチャートでベスト300圏内に入ったのは6組で、
初動は美里89位・TM96位・バービー100位・佐野118位・千里230位・Mods300位だった
TMは美里に次ぐ好成績だったことになる
ただ2週目、バービーは82位、美里は87位、佐野は98位に上がったのに対し、
TMは110位に落ちており、
総売上もこれら3組に次ぐ4番目(1.1万枚)となった
「STAR BOX TM NETWORK」の8位・8.9万枚と比べると、
企画としてもかなり小規模なものだったことが分かる
なお「The Legend」中で一番売れたバービーボーイズは1.5万枚である


本題の「Live Epic25」に話を戻そう
最終的に本ライブ開催前の告知で出演するとされたのは、
鈴木雅之・大沢誉志幸・小比類巻かほる・大江千里・The Mods・バービーボーイズ・TM NETWORK・渡辺美里・佐野元春の9組だった


これらのミュージシャンたちは、各3〜4曲を演奏した
当初は出演ミュージシャン1組当たり4〜5曲を演奏するとされていたが、
曲数の減少は出演者が増えたことによるのだろうか
演奏曲は合計34曲に及び、公演時間は4時間近くとなった


SONYは本ライブ開催に先立ち、
公式サイトで各ミュージシャンの演奏希望曲の投票を行なった
1位の曲は必ず演奏するとの触れ込みだった
TMの最終的な1位は把握していないが、
中間発表1位は「Self Control」で、
ライブ本番でもラストはこの曲で締めている


バービーボーイズはこのイベントのために再結成した
参加者中で唯一日替わり曲を用意したほどの気合いの入り様だった
ただライブ映像の商品化は拒否したため、
後日発売されたDVDにはバービーの出演部分は収録されていない


鈴木雅之は桑野信義・鈴木聖美との共演もあった
鈴木はEPICでの経歴を考えれば、
ラッツ&スター(またはシャネルズ)での出演が望ましかっただろう
「The Legend」もラッツ&スター名義でリリースされている


だがメンバーの一人である田代まさしは、
覗きと覚醒剤所持で2001年に逮捕されたことで、
この頃は芸能活動を中止していた
おそらくこのため、ラッツ&スターでの出演は叶わなかったのだろう
ただし鈴木はシャネルズ「ランナウェイ」や、
ラッツ&スター「め組の人」「ロンリー・チャップリン」を歌っており、
自己紹介でも「こんばんは、ラッツ&スターです」と挨拶している


同様の問題があったのが岡村靖幸である
当初は岡村も本ライブへの出演が告知されていたのだが、
その後出演がキャンセルされた
その理由は公式には発表されていなかったが、
この頃岡村が覚醒剤所持で逮捕されていたためだった


ライブ当日はその代役として、
松岡英明が出演して1曲だけ演奏した
「The Legend」には岡村がなく松岡が入っているが
このラインナップも、急遽差替えられたものだろう


当日のサプライズゲストとして出演したのが、
元The Street SlidersのボーカルHARRY(村越弘明)で、
The Street Slidersの「風が強い日」を歌った


「The Legend」にThe Street Sliersがあることを見るに、
HARRYの出演は早くから決まっていたものだろう
The Street Slidersでの出演を希望する者は多かったはずだが、
彼らはすでに2000年を以って解散しており、
HARRYのみの出演となったと考えられる


この他も旧EPIC/SONY所属ミュージシャンは少なくない
たとえばDreams Come True、エレファントカシマシ、Chara、東京スカパラダイスオーケストラなどは、
出演すればそれなりに盛り上がったと思われる


だがおそらくこの時は、
レーベル初期に当たる80年代半ばまでのデビュー組に限定し、
特定のファン層にアピールする布陣にしたのだろう
それは企画版「EPIC25」が、
1980〜90年を対象としていることからもうかがえる


なおスムーズな進行を心掛けたためか、
サポートミュージシャンは複数の出演者で共通とされた
(The Modsやバービーボーイズなどバンド編成の出演者は別)
TMの時には、ギターに佐橋佳幸・葛城哲哉、
ドラムに江口信夫がついた


2/10には全出演者が集まってリハーサルが行なわれた
しかし小室はglobeのレコーディングでハワイにおり、
リハーサルはウツと木根のみとなった
TM揃ってのリハーサルは、2/16大阪公演の直前のみである
仕方ないことではあるが、
「小室のみ欠席」状態はこの頃から常態化していく


出演順を見ると、ライブでトリを務めたのは、
EPIC/SONYを隆盛に導いた立役者佐野元春だった
その前を担当したのが渡辺美里である
これは80年代EPIC/SONY最大の売上を誇った点からも妥当だろう


そしてその前が、TM NETWORKである
松岡・HARRYを含む11組中で最後から3組目という位置は、
やはりTMの存在感を示しているのだと思う
さらにいえばこの時点でSONYに在籍していないミュージシャンの中では、
一番の扱いだったとも言える


TMの前の出演者は本イベントの目玉バービーボーイズであり、
その前はサプライズゲストのHARRYである
この辺りからが終盤の盛り上げ所というところだろう
なお会場スクリーンでは、バービーボーイズ演奏前に1980〜87年の映像が流れ、
演奏後に「eZ」から1988〜92年の映像が流れた
これはバービーの時だけステージのセットを変えたためらしい


「eZ」の映像が終わると、TMの出番である
オリジナル版「Be Together」のイントロが流れ、
スモークの中でステージ中央の奥からTM3人が登場
小室と木根は走って持ち場まで移動し、
ウツはイントロに合わせてゆっくり歩きながらマイクスタンドまで移動する


木根はベージュのジャケットをTシャツの上に羽織っている
ウツはシャツの上にスカーフを巻き、
黒地に青の模様の入ったジャンパーを羽織る
ウツの衣装は、正直なんだこりゃ?と思う
小室はTシャツの上に上着姿だが、
日によって着ている服が違ったらしい



「Be Together」間奏の小室シンセは、
特殊なエフェクトが掛けられているが、
基本的にオリジナルバージョンでの演奏である
この曲では木根と葛城が並んでギターを演奏するなど、
TMファンには嬉しい演出もあった


なお小室はこのライブでヘッドフォンを付け、
ミキシングコンソールの操作も行なった
これはglobeのトランスライブのスタイルを受け継いだものか
これをTMに持ち込んだのは、おそらくこの時が初めてだが、
このスタイルは翌年の「Double Decade “NETWORK”」でも採用される


2曲目は「Get Wild」
イントロでは小室に照明が当てられ、
シンセでジャジャジャと「GeGeGeGeGeGeGeGet Chance」のサンプリングボイス連打
曲の最後は、キュイキュイというシンセ音が継続的に入っている
この音は「Double Decade “NETWORK”」でも使われた
また会場によっては「ゲワーイゲワーイ」のサンプリングボイスも入った
このサンプリングボイスは、多分この時だけと思う


曲が終わるとともに火薬特効
そしてウツMC(以下2/23)

どうもこんばんは。TM NETWORKです!(ぺこり)
びっくりしていないですか?(火薬の件)
このツアー(?)にかなり心臓が弱い人がいるんで、かなりきついみたいなんですが。


木根胸を抑えながら、「ちょっと痛いです」
ウツ、笑いながら話を続ける

EPIC25周年、おめでとうございます! Yeah!
EPICは25周年、そしてですね、TMもほとんど近いですね、来年20周年!


これを受けて木根

20周年を迎えることになりました。
それに向けてね、一つ一つまたぼくらも頑張って行こうと思っていますけども。


ウツ「ですね」
この間、ウツと木根の2人だけでMCが進む
小室はヘッドフォンをしながら、次の曲のイントロの準備


木根のMCは続く
「でも、関係ないけどいいですか?」
ウツ「どうぞ!」
木根「今一つ、戦争をしようとしている指導者たちに言っておきたい一言、「Self Control」ですね」
会場ウォー!


シンセソロで「Self Control」イントロスタート
間奏のフレーズを荘厳な音で手弾きする
アレンジは「Log-on to 21st Century」の時と同様、
「Fanks Cry-Max」の始まり方である
なお2/22には、ウツが冒頭から歌詞を大幅に間違えた


以上の3曲がTM演奏曲となる
おそらくこの組み合わせは、
当時一般客にもっともアピールしそうな曲を、
80年代楽曲から選んだものだろう
この時点ではさほど特別な意味はなかったと思う
実際に直後に行なわれた「tribute LIVE」では、
「Be Together」はセットリストから外されている


だがこの組み合わせは2004年「Double Decade “NETWORK”」以後、
TMのライブ定番曲として固定化し、
2008年に至るまで、すべてのTMライブおよびtribute LIVEで、
この3曲は必ずセットリストに入るようになった
(ただし日替わり曲の場合もあり)
2012年「All That Love」「incubation Period」でも同様である


このように3曲の存在感が高まる契機は、
「Live Epic25」の選曲にあったように思う
私は当時「Self Control」「Get Wild」「Be Together」の3曲を、
TMライブマンネリ化の象徴として、
ライブ定番3点セットと心の中で呼んでいた
もちろんそれは「Live Epic25」の問題ではなく、
後にそれを固定化させたメンバー・スタッフの問題だったのだが


話を「Live Epic25」に戻そう
「Self Control」の演奏が終わると、
ウツは「どうもありがとう!」と述べ、3人は退場した


その後は渡辺美里である
最初は「きみに会えて」だが、
この時作曲者の小室も登場し、グランドピアノを演奏した
続く「My Revolution」でも小室はピアノを演奏した
以上2曲が終わると、
美里は「哲ちゃんサンキュー!」と言って小室と握手
小室はここで退場した


美里はこの後さらに、
「恋したっていいじゃない」「10 Years」を演奏して退場した
続いてトリの佐野元春は3曲を演奏し、
その後にTMを含む全出演ミュージシャンをステージに呼んだ
そして丸山茂雄に感謝の意を述べた後、
参加者全員で佐野の代表曲「SOMEDAY」を演奏した


楽器担当者はその楽器を演奏し(木根はギター)、
ボーカリストはコーラスや手拍子・タンバリンを担当した
ウツはタンバリン、小室はギターを弾いた


以上でライブは終わった
最後には出演者の紹介が行なわれ、ステージに幕が下りた
エンドロールでは当日のライブのダイジェスト映像が流された


なお本ライブは2/23公演の一部は、
5/7NHK BSの「スーパーライブ GOLDEN 80's 〜あの頃音楽は輝いていた〜」や、
5/21NHK BS2「スーパーライブ 「あの日、僕らの青春時代」 〜時を越えた80年代サウンド〜」で放映された


さらに8/20には、2枚組のライブDVDもリリースされている
ただすでに述べた通り、
DVDリリース告知当初はバービーボーイズも収録予定とされていたが、
その後当人たちの意見により収録は見送られることになった


実はTMについて見る場合、このライブについては、
会場で配布されたチラシも大きな「事件」だった
それは第七部のTMの一つの動向を導くものでもあったのだが、
これについては次章で触れることにしたい


LIVE EPIC25 [DVD]
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2003-08-20
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 25 / トラックバック 0 / コメント 14


7-6 キヲクトキロク

2018/06/19 19:37
6/27リリースの「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」の収録内容について、
既発表のT盤・K盤に加えて、
6/19に9枚組BOXのボーナスディスクの内容も公開されました


T盤4枚・K盤4枚・ボーナスディスク1枚の9枚の内、
選曲は1990年代が中心で、全体の過半を占めています
ただ注目すべきはむしろ2010年代、
逮捕後の音楽活動再開期で、
いろんなところに提供していて入手が難しかった楽曲が集められています


私はこんなのあったの?て思ったのもありました
小室曲1曲のためだけにアルバムを買うのはためらわれた方には、
2010年代分を入手するだけでも価値があるかもしれません
もしかしたらこの選曲、
発売中止になった「JOBS#2」の残骸なのかもしれないです


未発表曲としては、K盤に梅田彩佳 「MY HISTORY」と、
Tetsuya Komuro feat. Beverly「Guardian」
ボーナスディスクの甲斐よしひろ「against the wind」が収録されます


「Guardian」は今後ゲーム関係の商品に収録される可能性もありますが、
他の2曲は多分この商品以外では聞けないものになるでしょう
なお 「MY HISTORY」は新曲、
「against the wind」は1999年頃にレコーディングされながら、
これまでお蔵入りしていた曲です


他に1980年、Missオレンジ・ショックの「愛しのリナ」あたりも、
一部のコアファンには嬉しいところでしょうか
郷ひろみとかtaecoとか、
単発TK作品を集めたい方にも重宝するかと思います


もっともTKファンには一定の意義はあっても、
TMファンには特に意味がある作品にはならなそうです
TM収録曲は「Self Control」「Get Wild」「Beyond The Time」「Seven Days War」「Get Wild '89」「Love Train」「I am」の7曲ですが、
ファンならだいたい持っているものでしょう
私としては、出費する必要がなくなったので安心しているところです


「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」と同日には、
リットーミュージックよりTower Record限定で、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」発売されます
4860円です


これまでリットーミュージックからは、
2013年までの「Keyboard Magazine」「Keyboard Land」の小室さん記事を集めた電子書籍「Tetsuya Komuro Interviews」vol.0〜4、
2014年分の記事を加えて白黒印刷された「Tetsuya Komuro Interviews Complete」が発売されていましたが、
今回のはこれに2015年以後の記事を加えてカラー印刷にしたものです
これで3回目ですが、さすがにこれで完全版でしょうか
他の雑誌でもこういうの出ませんかね


ウツはソロ25周年のファイナルツアー開催が発表されました
9/21〜11/23の2ヶ月で11公演です
て、あれ、最終日にはすでに26年目に入っているんですが…


今回はT.UTU with the BAND名義でもU_WAVE名義でもない、
久しぶりのウツソロのバンドツアーです(2012年以来)
特徴的なのはバンド編成で、
ギターの西山毅さんの他は、
キーボードが土橋安騎夫さん、浅倉大介さん、nishi-kenさんの3人となっています
キーボード3人編成、何か特別な狙いはあるんでしょうか


木根さんはDVDと「2525ツアー」の宣伝か、
6/16にFM西東京の「WEEKLY MUSIC TOP20」に出演しました
また8/24にはかつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールで、
渡辺美里さんのツアーにゲスト出演するとのことです
木根さん作曲の曲をやるんでしょうか
美里さん、少し前に「ribbon」の豪華版アルバムを出したので、
「さくらの花の咲くころに」あたりをやるかもしれません


それでは本題に入ります

---------------------
2002/10/31、シングル「Castle in the Clouds」がリリースされた直後、
TMのアルバムのリリースが11月初頭に発表された
「Castle in the Clouds」リリース前に決定していた企画だろう
アルバムのリリースは、翌年2/5とされた
当時のHMVのサイトの解説文は以下の通りである


80年代から90年代の音楽シーンを常にリードし、
現在活躍している多くのアーティストに影響を与えてきたTM NETWORK。
これまで決して裏側を見せることのなかった彼らが、
数々のヒットを世に出す中で、結局未発表を決心した楽曲や、
CDに収録されなかったリミックス、そしてああのヒット曲のデモまでを
当時のストーリーとともに世に送り出すことが決定!!
同時に彼らがより自由な音楽活動の場を求めて
インディーズレーベルよりリリースした楽曲も収録。
TMファンにとっては涙ものであり、それ以外にもかなり興味深い作品に
仕上がっています!詳細は分かり次第告知します!


上記にあるように、翌年発売予定のアルバムは、
未発表楽曲・未発表テイク・デモ音源に加え、
ROJAM時代の楽曲を収録するというものだった


この企画版は「キヲクトキロク〜Major Turn-Round」と題してリリースされた
DISK1の蔵出し音源集1枚と、
DISK2の「Major Turn-Round」を合わせた2枚組で、
3240円で販売された


TMのアルバムタイトルが日本語なのは、
2018年時点で史上これだけである
小室は後まで自らの栄光を振りかえる際に、
この「記憶と記録」という言葉を使い続けた
「Tour Major Turn-Round」のスクリーンに映し出された3人のメッセージ中の「記録と記憶」に由来するタイトルと考えられる


ジャケットは何を撮影したものかよく分からないが、
スタジオのカセットデッキだろうか
ライナーの中にも3人の写真は使われていない


結論から言っておくと、
本作はベスト盤を除く歴代のTMアルバムの中で、最低の作品である
新作に当たるDISK1には、実際ほとんど商品価値が存しないため、
インディーズ盤「Major Turn-Round」を抱き合わせ販売したものと考えられる


それまで「Major Turn-Round」は一部店舗を除いて一般流通に乗らず、
ROJAM POPSHOPから送料500円込みで通販購入するしかなかった
だが「キヲクトキロク」の発売により、
本品を店舗購入することで、
通販よりも安く「Major Turn-Round」を入手することが可能になった
つまり「Major Turn-Round」の購入に便宜を与えたと言う点において、
本作は後発ファンにとって、多少の意味はある商品となった


なお2002年9月にはROJAMとR&Cが、
お互いに株式を持ち合うことにして、連携関係を強めている
このことも「Major Turn-Round」がR&Cから再販される前提になっただろう
ただROJAMはこれによって、ほとんど唯一の売れ筋商品を失うことになった


一応新作となるDISK1の内容は、
デモや未発表テイクを集めた1994年の「Groove Gear」に類する内容となっている
「終了」以前のEPIC/SONY関係の音源が収録されていないのは、
おそらくSONYとの権利関係があるのだろう
ただSONY系列のTRUE KiSS DiSC時代の音源は収録されている


唯一の「終了」以前の音源としては、
1991年の「月とピアノ」が収録されている
(アルバムには「EPILOGUE 1991〜月とピアノ〜」として収録)
これはヤマハから出版された「K's Magazine vol.3」付録CDに収録されたもので、
SONYは関係していないものである
うまい具合に穴を見つけたというところだろう


ただしこれはTM曲というよりは小室ソロ曲というべきものである
これが「キヲクトキロク」に収録されたことによって、
初めてTM曲としてロンダリングされたとも言える


小室によるピアノ音源である「CAROL」「In The Moment」も、
TM用の音源として作られたものかどうかは疑わしい
音源の出どころも明らかではない


木根のピアノ音源である「We Are Starting Over」に至っては、
1999年の木根ソロライブ「talk & live vol.5」のパンフレットの付属CDであり、
後にTM曲になったとはいえ、本来は木根ソロの音源である


以上4テイクと「Get Wild」ライブ音源を除く7テイクの内訳を見ると、
TRUE KiSS DiSC時代の楽曲は4テイク、
ROJAM時代の楽曲は2テイク、
R&C時代の楽曲は1テイクとなっている


この中でデモ音源もしくはプロトタイプ音源に当たるものは、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「Castle in the Clouds」の3テイクである
既述の「We Are Starting Over」もプロトタイプ音源に数えても良いだろう
またリリース後にリミックスされた未発表音源としては、
「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」の2テイクがある


この他に、新たに制作されたリミックス音源が2つある
「Worldproof」「MESSaGE」である
ただしこの2テイクはいずれもリミックスの担当は小室ではない


以上のようにDISK1は、
未発表音源およびアシスタントのリミックス音源をまとめたものであり、
メンバーが関与した形跡は存在しない
ライブで本商品のアレンジを意識した演奏が行なわれたことがあるのも、
せいぜい2003〜08年の「CAROL」のピアノソロくらいだろう


なお木根がこの頃の動向を記した「新・電気じかけの予言者たち」には、
「キヲクトキロク」は一切登場しない
本作の構成は、とりとめもなく当時の出来事を時系列上で記すだけのもので、
到底文筆家の作品とは言えない出来となっているが、
一方で木根の目に入った情報をそのまま知ることのできる素材ともなっている
(もちろん都合の悪い事実は隠蔽・美化されているだろう)
そこに「キヲクトキロク」が登場しないのは、
ウツ・木根がまったくタッチせずリリースされたことを意味しているのだと思う


チラシでもわざわざ「TMを愛するスタッフがファンへ贈る」とされている(TMが贈るのではない)



プロモーションもほとんど行なわれなかった
ライブはもちろん、雑誌のインタビューなども確認できない
ただそうした中で、2002/12/24NHK-FM では、
FANKS出自の中村貴子をパーソナリティとして特番「TM NETWORK special 」が組まれ、
TMを招いて2時間のトークが行なわれた
12/31にも再放送されている


この時に未発表音源として「CAROL (Unreleased Piano Version)」が放送され、
小室は「倉庫から出てきた」と言っている
同番組ではさらに、「キヲクトキロク」のリリースについても告知され、
小室は「買ってもらえなかったものを集めた」「コレクション」などと、ささやかに述べている
さすがに誇らしく宣伝する気にはなれなかったのだろう


収録音源には、どうしても聴く必要のあるものは存在しない
熱心なファンでも金を払う価値があるのは、
「月とピアノ」「Happiness×3 Loneliness×3」「10 Years After」「Castle in the Clouds」くらいだと思う
「It's gonna be alright」には記念音源としての意味もないことはないが、
それこそROJAM.COMで無料配信すれば十分な代物である


なお必ずしも商品の価値と直結するものではないが、
DISK1収録の12テイクの内、
「CAROL」「10 Years After」「In The Moment」「Worldproof」「We Are Starting Over」「月とピアノ」の6テイク(全体の半分)には、ウツの歌は入っていない
これらはDISK1収録を前提に作られた「Worldproof」を除けば、
そもそもTM用音源として作られたものかどうかも怪しいものである
(少なくとも「We Are Starting Over」「月とピアノ」は明らかに違う)


2年ぶりの再始動シングルの直後に、
なぜこんなもののリリースを発表したのだろうか
一つ想像できるのは、
おそらく年内にアルバム1枚リリースと言う一般的な契約条件が、
TMとR&Cの間にも交わされていただろうということである


その場合に思い出されるのが、
秋のリリースが計画されていたTMのリミックスアルバムである
これは2002年初めにTMメンバー間で合意された後、
春にはメンバーによって公言もされていた
ところが夏に「Castle in the Clouds」の件が具体化する頃から、
この件は語られなくなっていた


その事情は、正直に言ってよくわからないのだが、
おそらくTMはR&Cに移籍した際に、
年度内にアルバム・シングル1枚ずつのリリースを契約しており、
その履行のための新作が(オリジナルであれリミックスであれ)制作困難と判断された時点で、
代替措置として音源集のリリースが決定したものと考えられる
なお2003年度にも、やはりシングル・アルバムを各1枚リリースしている


ただそれにしても、再始動直後の大事な時期に、
このような商品しかリリースできなかったのはどういうことか
リミックスアルバムの中止も「キヲクトキロク」リリースも、
「Castle in the Clouds」リリース以前には決定していたと考えられる
ならばこれらの事態は、
「Castle in the Clouds」のセールス不振を背景としたものではないと考えられる
私はこの事情について、ある可能性を考えているのだが、
これについては別の章で触れることにしたい


ただ事情は何であれ、
個人的にはここまで無残な商品を出すくらいなら、
再始動後の全シングル集を出してくれた方がよほど意味があったと思う
TRUE KiSS DiSC時代のシングルはまだアルバムにまとめられていなかったし、
ROJAM時代のシングルも「Major Turn-Round」ではアルバムミックスになっているから、
シングルバージョンを聴くことができるアルバムはいまだに存在しない


既発売シングルだけでも、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」「80's」「MESSaGE」「Ignition, Sequence, Start」「We Are Starting Over」
の8曲が存在しているから、
これに最新シングル「Castle in the Clouds」「君がいる朝」を収録するだけで、
アルバム1枚には十分な分量である


既発表音源の寄せ集めよりは、
未発表テイクを出した方がまだ売れるだろうと言う判断だったのかもしれないが、
結局その結果作られた「キヲクトキロク」は、
単独では商品になりえないカステイクの寄せ集めになってしまったという印象である


本商品はチャートでは、初動25位・1.4万枚の成績を出し、
最終的には2.1万枚を売った
2000年にSONYが出した間に合わせベスト盤「Best Tracks」(26位、3.5万枚)と比べると、
ランクはほぼ同じだが、売り上げは半分以下である
ファンのほぼすべてが持っているであろう過去音源を集めたベスト盤よりも売れなかったのである
本作に対するファンの失望がうかがえよう


なお2004年にもSONYからベスト盤「Welcome to the Fanks!」がリリースされているが、
これは18位・2.9万枚の成績であり、
やはり「キヲクトキロク」よりも売れている


以下ではDISK1収録の音源について簡単に見ていこう
ただ既発表音源である11・12曲目の「月とピアノ」「We Are Starting Over〜ずっと好きだった(Naoto Kine Piano Instrumental Version)」については、
すでに触れたこともあるので(12)、ここでは改めて触れない
また唯一のR&C時代の楽曲として9曲目の「Castle in the Clouds (Yabe Version)」があるが、
このテイクについても以前触れたので、内容は割愛する


まず1曲目は、「CAROL (Unreleased Piano Version)」
これは「CAROL」組曲中の「A Day in the Girl's Life」のピアノ演奏である
2003/9/6・7開催の「Fan Event in Naeba」での演奏は、
おそらくこれを意識しているのだろう
後にも、2007〜08年のTMライブでは必ず演奏した


少し飛ばして6曲目の「In The Moment」に触れよう
新曲ではあるが、曲名はアルバム収録に当たって決められたもので、
元のテープには「PIANO #1」とだけ記されていたという
要するにデモテープの最初にあったものを収録したのである
実際のところ、TMの曲として作られたものかどうかも不明である


両テイクはともに某年1月25日に、
東京ベイブリッジスタジオで録音されたという
おそらく同じ年にレコーディングされたものだろう
日付まで分かって年が分からないのは不自然で、
古いものである可能性を匂わせるために年を伏せたものと考えられる


1998年、小室はピアノアルバムをリリースする計画があったが、
秋に無期延期となったことがある(後に2003年3月にリリース)
あるいはこれと関わるもので、
1998年以後に録りためていた音源の一部だろうか


ならば候補として1999・2000・2001・2002年がありえるが、
2000/1/25は「Touch the globe LIVE!」名古屋公演の日であり、
2001/1/25の小室は上海にいるので、ともに東京のレコーディングはない
だとすると1999年か2002年ということになる
もう少し絞り込む材料があれば確定できそうだが…


8曲目は「Get Wild (Live from 2001 RENDEZVOUS IN SPACE)」
これは2001/1/1に開催された沖縄ライブの音源で、
すでにテレビでは放送されていたが、商品化はされていなかった


ただしライブアレンジも演奏メンバーも「Tour Major Turn-Round」と同じでなので、
DVD「Live Tour Major Turn-Round 02」を持っていれば、
さほど意味があるものではない
未商品化の「Log-on to 21st Century」の音源を入れていれば、
それなりに価値の高いものになったはずだが、権利関係で難しかったのかもしれない


沖縄ライブでは1番Aメロの「チープなスリルに身を任せても」のところで、
ウツが歌詞を噛むというミスをしたが、
この音源ではその部分が上からかぶせた別音源で修正されている
しかしその音質が明らかに前後と異なり、大変気持ち悪い
このあたりは極めて雑な仕事といわざるを得ず、
この商品のやっつけ具合が端的に現れている
むしろこれくらいなら、修正しない方が良かったと思う


これと「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
2017年の「Get Wild」歴代トラック集成アルバムである「Get Wild Song Mafia」「Get Wild 30th Anniversary Collection」にも収録されていない
R&CのライブDVD「Double Decade "NETWORK"」に入っている「Get Wild」の音源は収録されているので、
レーベルの問題でもないようである
関係者からも存在を忘れられた商品だったのだろう


2〜5曲目は、TRUE KiSS DiSC時代の楽曲である
制作が古い順に挙げていこう
まず4曲目「It's gonna be alright (TK Vocoder Version)」は、
1999年6月のハワイレコーディング以前、
1999/4/30に日本で作ったラフミックスである
再始動期TMの音源の中では、
現時点で商品化されているもので最古のものである


2曲目「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
シングル盤「Get Wild Decade Run」完成の3日前、
1999/6/18にできたラフミックスである
以上2テイクについては、以前触れたことがある


あとの2曲は海外のアレンジャーによるリミックスである
いずれも原曲と大幅に異なるアレンジであり、
本音源集中でも多少の価値は認められるテイクである
まず3曲目「Happiness×3 Loneliness×3 (Club Mix)」は、
レコーディングは1999年で月日・場所は不明である


リミックスを行なったのはBobby D'Ambrosioという人物で
早くからメジャーアーティストのリミックスを手がけていた人物である
当時はニューヨークで活動するDef Mix Productionsに属していた
ハウスなどクラブ系の音に通じた人物だったらしい


本テイクではボーカルは同じながら、
原曲からは大幅にアレンジが変えられている
原曲はフラメンコギターなどを入れ、ラテン風の雰囲気が強いが、
こちらはラテン的な要素を薄め、
クラブ風のパーカッションを強調したオケになっている
曲の長さも8分以上で、原曲の約2倍である


このアレンジを聞くとこの曲の歌メロが極めて平坦で、
半ばラップ状態だったことが、原曲よりもよく分かる
ウツも歌うのは大変だっただろう
逆にこれほど平坦な歌メロであるにもかかわらず、
原曲がそれなりにメロディアスに感じられるアレンジだったことは面白い


問題はこのテイクは何のために作ったのかということである
ROJAM.COMのMailing ListであるTM NEXTで配信された解説には、
「この制作時に、小室哲哉が世界各地のアーティストにリミックス及びリプロダクションを依頼。 そのときの音源集から見つけ出した未発表テイク」
とあるが、結局よく分からない
ただ「Happiness×3 Loneliness×3」のシングル盤のレコーディングは、
1999年11月に完了したことが知られる
その後1999年中に「Club Mix」が完成したのならば、
アレンジの依頼はシングル盤完成から間もない頃に違いない


私は一つの可能性として、
2000年3月リリース予定だったTMのアルバムに収録するはずの音源だったことを考えている
2000年1・2月にTMのアルバムレコーディングが予定されていたと考えられることは、
以前述べたことがある
小室がこのアルバムに入れることを念頭に置いてアレンジを依頼していた可能性は高いと思う


5曲目は「10 Years After (Featuring COMMON)」である
サビの「10 Years After Where Will We Go?」の部分ではコーラスを聞けるものの、
メインボーカルはウツではなく、COMMONのラップである
ラップを前面に出すように、オケは控えめなアレンジである
もともとヒップホップを意識して作った曲だけに、
ラッパーをフィーチャーしたかったのだろう


COMMONはアメリカで活躍していたラッパーで、
当時はSoulquariansのメンバーとして人気を博していた
後に2015年には「Glory」で、
ゴールデングローブ賞とアカデミー賞を獲得している


「10 Years After」のシングル盤レコーディングは1999年6月だが、
「featuring COMMON」のレコーディングはこれよりかなり遅く、2001/4/23である
レコーディングの場所は分からない
2001/9/27ラジオ「それゆけ!TM NETWORK」最終回で、
このテイクが放送されていたという情報がある


この音源は制作日から見て、
2000年のアルバム収録のための音源ではないことは明らかだが、
何のために作られたのかは成案がない
ただウツのボーカルがないことを考えると、
そもそもTM曲として作られたものではないのかもしれない


なおTM NEXTのメールには、
「10 YEARS AFTER('99.7.28 release)制作時、この楽曲にUSで活躍するラッ パーをフューチャーしたい小室哲哉の意向により、その実力・人気ともに高 い評価を得ているCOMMONに白羽の矢を立て、制作したバージョン」とある
この文章は藤井徹貫だろうか
だが本テイクが「10 YEARS AFTER制作時」に作られたとするのは、
ライナーに書いてある日付と矛盾している
要するにこの文章は当てにならないらしい


本作は2001年の制作だが、
当時の小室がglobe・Gaballなどで手掛けたトランスミックスとは異なる流れである
むしろ流れとして近いのは、Kiss Destinationだろう
2001/4/25には2ndアルバム「AMARETTO」がリリースされており、
小室もこの頃までは、R&BやHip Hopへの関心が残っていた
どのような形でこれを発表する予定だったのかは明らかでないが、
実は2001年初めの段階では、
必ずしもトランス一辺倒で行くつもりではなかったのかもしれない


ROJAM期音源2曲は、村上章久がリミックスを担当した
(木根版「We Are Starting Over」は除く)
レコーディングは2002年12月某日、ROJAMスタジオで行なわれた


村上はTK時代以来小室のアシスタントを務めてきた人物である
2000年には「Log-on to 21st Century」でマニピュレータを務め、
「Major Turn-Round」でも岩佐俊秀とともにプログラミングを担当しており、
TMとも関係ないわけではない人物である
だがアシスタントにリミックスを投げると言うのは、
「Castle in the Clouds」でアレンジを吉田健に外注したこととともに、
当時はいささかがっかりさせられた


収録されたのは「Worldproof」「MESSaGE」で、
アルバム代表曲の「Ignition, Sequence, Start」はない
本作についてはすでに2001年ウツのソロアルバムに、
小室も関わった「tatsumaki remix」が収録されたからだろう


それにしても「Worldproof」がリミックスされるとは驚きだ
なにしろ、原曲は単なる水の泡の音であり、
実質的には次に収録される「Ignition, Sequence, Start」につながるSEである
ただこのアレンジでは「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音も用いている
というよりも、実質的には「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭部分のリミックスというべき内容であり、
なぜ「Worldpfoof」の曲名を用いているのかがむしろ不審である


「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音はシングルにはなく、
アルバムで始めて追加されたものである
これが「Worldproof」のリミックスとして扱われているのは、
あるいは制作過程では、この部分が「Worldproof」の一部とされていたこともあったことを反映しているのかもしれない


このリミックスは小室の仕事ではないが、嫌いではない
曲を通じて無機質な電子音が流れ続け、
後半では原曲にはないオリジナルフレーズが展開するなど、
なかなか努力した印象である
(そもそもTMの要素がどこにあるのかと言われると微妙だが)
なお正式タイトルは「Worldproof (A Deep Remix)〜Interlude〜」で、
7曲目に収録される


10曲目「MESSaGE (KIOKU Remix)」は、
ミディアムテンポの原曲を、トランス風のアップテンポの曲に仕上げなおしたものである
思い切ったアレンジだとは思うが、良いアレンジかというと疑問である
むしろ、本商品で一番がっかりしたテイクである


キヲクトキロク
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7-5 Laugh & Peace Premium Night

2018/06/01 17:41
気付いたらトップページのアクセスカウンター、
75万を越えていました
どうもありがとうございます!


ウツは5/29、2ヶ月弱続いた「「それゆけ歌酔曲!!」ξIdiosξ」を終えました
私は参加していないのでよく分からないのですが、
今回は一部演奏曲のイントロをいじる企画があり、
一部会場では小室さんの曲っぽいのを付けていたそうです
ウツの次の活動は、現時点では告知されていませんが、
例年通りならば秋にバンド形式のソロツアーが用意されているのでしょうか


木根さんは5/30にライブDVD/Blu-ray「キネバラ」をリリースしました
去年12/2のソロ25周年ライブを収録したものです
選曲はTMを含む木根さんの代表曲のヒットメドレー的内容です


TM曲としては「大地の物語」「Fool on the Planet」「Time Passed Me By」「Winter Comes Around」の他、
ゲストの小室さんと一緒に演奏した「Dreams of Christmas」「Christmas Chorus」が収録されています
長時間に及んだ2人のトークはカットされています(残念)


「Dreams of Christmas」は、小室さんがTM曲を演奏した最後の映像となります
また「Christmas Chorus」は、小室さんが歌、木根さんがギターを担当していますが、
これは実はこの曲の初めてのライブ映像です
「THINK of EARTH」などTV放映された未商品化映像も含めれば、
これで小室さんの歌入りソロシングル曲は全部ライブ映像が出そろったことになります


本DVDについては、5/29mu-moステーションに、
木根さんのインタビュー記事が掲載されました
演奏された曲について、結構いっぱいコメントしてくれています


小室さんのゲスト出演は、木根さんがお願いしたのではなく、
小室さんが自分から言い出したことだったそうです
ゲスト出演の告知が9/26だったので、
この話が出たのは8〜9月頃でしょうか
まだ引退とか考えていなかった時期ですよね


ステージ上だからということもあるのでしょうけど、
このライブでの小室さんの表情を見る限り、
素で楽しそうにしていたように見えます
この1ヶ月半後の悲痛な会見と比べると…


あと私が買ったBlu-ray(限定盤)には、
サイン入りフォトカードとテイクアウトライブカードなるものが入っていたのですが、
テイクアウトライブカードには「木根テレ!」の写真が付いています
(ライブカードでダウンロードできる「木根テレ!」特別版の様子)
これは木根さんと徹貫が並んでいる記念写真なんですが、徹貫いらねえ…
しかも私の持っている端末には対応していないという始末です
ブツブツ…


木根さんは6/2、HMV&BOOKS SHIBUYA 6Fで、
ミニライブ&サイン会を開催します
HMV&BOOKS SHIBUYAでは「キネバラ」を購入した先着50名に整理券を配るので、
それを持っているとイベントに参加できるそうです
同日には「2525ツアー」の一般発売が始まるので、
その宣伝も兼ねたイベントでしょう


小室さんの話題では、
ベスト盤「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」は収録曲が小出しに発表されています
新曲としては、梅田彩佳 「MY HISTORY」と、
Tetsuya Komuro feat. Beverly 「Guardian」も収録されるとのことです
9枚組盤のみの特典ディスクの情報はまだ出ていません


「Guardian」を主題歌とするスマホゲーム「ガーディアンズ」の配信日が、
6/5に決まりました
これをプレイすれば、小室さんの曲が聞けることになります
「SUNNY」もそうですが、サントラ盤は出るんでしょうか


小室さんの近況について、5/22に「女性自身」のインタビュー記事が出ました(12
小室さん、5月上旬から2週間入院していたそうです
退院の時に記者が待ち構えて質問したところ、
小室さんは「これが本当に最後です」と言って回答してくれました
引退撤回の可能性については、きっぱりと否定しています


重要な情報として、
引退会見前に引き受けていた作曲の仕事がすべて終わったと言うものがあります
本当にもう終わりですね…
今後発表される楽曲はあるそうですが、
「ガーディアンズ」「SUNNY」以外にもあるのでしょうか


5月上旬の入院は、おそらくすべての仕事が終わり、
自由の身になった上で行なったことなのでしょう
5/7のインスタグラム更新は、
仕事を終えたタイミングでのことだったのかもしれません
「体調を改善すべく静養」しているとのことも書かれていましたから、
入院後に病室から更新したものでしょうか
小室さんほどの人の仕事収めとしては、寂しさがぬぐえません


入院の理由は、引退の一因になった突発性難聴とのことで、
会見当時よりも悪化しているそうです
会見までは女性看護師による精神ケアがありましたが、
それすら許されなくなった環境下で、
精神状態が悪化していたことは容易に見当がつきます


KEIKOさんとは電話で何度かやり取りをしているとのことですが、
つまりまだKEIKOさんは大分の実家にいるということでしょう
今の状態で2人で暮らし出したらどうなるか怖いですし、
そこらへんは良かったです


小室さん、今後の生活について聞かれると、
「どういうふうに2人でやっていけるものなのか。そして、どういう道があるのか。まだまだちゃんと決められてないんです」
と答えており、悩んでいるようです
仕事が続いている間と入院中は別居するとしても、
その後はどうするか、そろそろ考えないといけないのでしょうけど、
それもまたストレスになりそうですよね


というか、小室さんが仕事という責任から解放された今、
スタッフのケアもないままで2人だけで暮らし始めたら、
生命的な意味での破局すらあり得るのではないかと、
割と真剣に思っています
継続可能な老後の生活設計、じっくり考えてほしいです
マスコミから何か言われるかもしれませんが、
施設など利用しても良いと思います


最後に音楽面での小室さんの発言もありました
自分では最新鋭のことをやっているつもりなのに、
小室ぽいと言われるのが苦痛だったとのことです


PANDORAでは、90年代の小室サウンドを意図的に盛り込んだと言っていましたが、
これは新しい試みが受け入れられないという諦めの発言だったのでしょうか
2017年、音楽史を振り返ることが役目として求められている言っていたのも、
やはり同じ背景から来た発言だったのかもしれません
2017年から今年までは、
自信を失いながらだましだまし曲を作ってきた1年間だったんでしょうか


以上、暗い話題で近況が終わってしまいましたが、
本題はお笑いイベントの話題です

------------------------------
「Castle in the Clouds」をキャンペーンソングとした「Laugh & Peace 笑いはニッポンを救う。」は、
日本テレビと吉本興業の共同企画であり、
メディアでの露出も期待されたものと思われる


そのような中で開催された「Laugh & Peace Premium Night」では、
約2年ぶりにTM NETWORKの演奏が披露された
このイベントは2002/10/1に開催されたもので、
会場は当初SHIBUYA-AXの予定だったが、
後により規模の大きい東京厚生年金会館に変更された


もっとも「Premium Night」はTMを中心としたものではなく、
メイン企画は「明日があるさ The Movie」の上映だった
この映画は10/5に全国ロードショーとなったが、
それに先立つ試写会がこの時に行なわれた
試写会の前には吉本芸人らのトークショーも行なわれ、
後にはTMのミニライブも催された


それにしても吉本芸人とTMという組み合わせ、
なんとも食い合わせが悪そうである
両方を期待していた来場者はあまり多くなかっただろう


試写会後のイベントの様子を見てみよう
映画上映が終わってしばらくすると、
スクリーンに映画とは別の映像が流れ出した
これが初公開の「Castle in the Clouds」PVである
そもそも曲自体が、この時初公開だった


ROJAM期の3枚のシングルはPVが作成されなかったため、
このPVは1999年のTRUE KiSS DiSC期以来3年ぶりのものとなった
ただTRUE KiSS DiSC期のPVと同様に、
本PVも曲はショートバージョンで、2番がカットされている


本PVは現状で「Your Song」のドラマ版PVとともに、
商品化されていない数少ないPVの一つである
吉本時代の作品ということもあり、今後も商品化される可能性は低い


ただこのPVを欲しがるファンはそれほど多くはないだろう
それは歴代のPV中でも特異な内容であることによる
すなわち本PVにはTMが出演しないのである
(一応最後にCDライナーで使われたメンバーの写真は出るが)


PVに出演したのは、森三中の3人だった
森三中がTM3人の役で出演し、
演奏する演技をしているというものである
TMの吉本移籍を印象付ける意味もあったのかもしれない


撮影は9/25で、レコーディングが終わった9/20の5日後のことである
この撮影日程は、スタッフとしては大変だったと思う
レコーディング完了以前、デモテープの段階で、
映像の制作作業に入っていたのだろう


以下、PVのおおまかな内容を見ていこう
イントロで、椅子に腰かける人物の後ろ姿が映り、
「小室哲哉 ロス在住」と表示される
その人物が携帯電話で「TM NETWORK RESTART」と発信する
TM再始動の指令をメンバーに伝えているのだろう


発信が終わると、その人物の横顔が映る
満面の笑みの大島美幸である
以後、大島が小室役を演じる
ついで森三中3人がTMに扮して演奏しているシーンが映り、
本PVが森三中によるTMのパロディであることが示される


1番の歌が始まると、PVのストーリーが再開する
なぜか暗いテレビの前で踊っている村上知子
「宇都宮隆 ロンドン在住」と表示
村上がウツ役である
村上は大島と同じ形態の携帯電話を取り出し、
「TM NETWORK RESTART」のメッセージを受け取り、
笑みを浮かべ、また踊り出す


ついで黒沢かずこが登場
「木根尚登 祖師谷大蔵在住」の表記
木根だけ渋い住所なのは、オチに使われているのだろう
黒沢も大島のメッセージを受信
本棚の前でなぜかヘッドマイクを付けている


メッセージ発信を終えた大島が黄色い上着を脱ぎ、
黒のジャケット姿になる
大島は背中から金属製の翼を生やし、
国道を高速飛行で移動する
飛べるならわざわざ車が多い道路を使わなくても良いと思うのだが…


村上は相変わらず無駄な体の動きを続けながら走り出す
黒沢は大量のサングラスからどれを使うか選んだ上で、悠然と歩いて移動
多分黒沢がいる東京で集合するから、黒沢だけ徒歩なのだろう
黒沢だけ頭上に雨雲が浮かび、雨を浴び続けているのだが、
この演出の意味がいまだに分からない


こうして3人がどこかのビル街で合流する
夜になると、3人のために用意された車が現れる
3人は報道陣をかき分けて、
黒人ガードマンに守られながら車に乗り込む
ここは「Rhythtm Red Live Wolds's End U」のオープニングや、
「Decade」エンディングを意識しているのだろうか


その後は演奏シーンが続き、
歌が終わると3人はソファーに座りこむ
すると同じソファーに同じ衣装で座るTM3人の写真が映されて、
PVは終わりとなる


このPVについて、3人がコメントをしている
どうでもいいことばかりだが、
メンバーの発言も少ない曲なので、以下に引用しておこう

小室「ぼくもやっと…(昔は)すごい細かったんですけど、少し最近ちょっと体重が増えてきて、ぽっちゃりしてきたんですけど、そのレベルではなかったんでね、うれしかったです」

木根「なぜかぼくのところにずっと雨が降ってたんで、きっとこれ、おそらくもしかして、いつかライブでやる時って、この曲でぼくは雨が降ってくるのかなって、ちょっと心配しています」

ウツ「ボーカルの人のリズムの取り方が、とってもなんか、リズムを取ってんのか、体を揺らしてんのか、よくわからない感じが楽しかったです」

小室「十何年活動して、この曲でやっと脚光を浴びたバンドみたいなイメージでがんばっていますので、よろしくお願いします」



DJ DragonはこのPV撮影現場に居合わせたらしく、
自らのBBSにそのことを以下のように記載している
今見ると、「三人がまるで別人」「 TKはいつもよりたくましい」はその通りである

きょう偶然、TKスタジオでTMのプロモ撮影に遭遇!
かなり力が入った感じ!すごい!三人がまるで別人!
とにかくすごかった、TKはいつもよりたくましいし
驚きのひとこと!往年のTMファンにはたまらない感じ
まさしく新生TMでした。はやく完成がみたい!



このPV、見たいと思うファンもあまりいないだろう
正直私もこの記事を書くために見ながらうんざりしている
PVの演出についてはもっと詳しく書くこともできるが、
それをしようという意欲も起こらない


だが森三中が代役を務めることを抜きにすれば、
TM再始動と言うコンセプトはよく分かる
また半透明のバーチャルな携帯電話や、
背中から生える金属製の翼など、近未来的な演出は、
典型的な80年代TMのイメージを惹起させようとしたものといえる


そして実はこのPVの大まかな流れは、
比較的評価の高い「I am」(2012年)のPVとほとんど同じである
片やR&C、片やavexへの移籍直後の作品だったという環境も同じである
「Castle in the Clouds」PVを真面目に再現したのが「I am」PVとも言えるし、
ある意味では「I am」PVは「Castle in the Clouds」PVのパクリとも言える


さて、「Premium Night」の話に戻ろう
このPVが流された後に司会が、
「わざわざ今日駆けつけてくれました、こちらの3人を紹介したいと思います。TM NETWORKの皆さんです!」
と言って、会場を盛り上げようとした
会場に流れる「Castle in the Clouds」


だがそこに登場したのは、PVでTM役を務めた森三中だった
3人はPVにまつわる話など、どうでもいいトークを行なった
TM目当てのファンからすればあんまりな流れだが、
もとより吉本の企画なのだから、仕方ないことでもあった


ただステージには楽器がセットされており、
TMが登場することは観客も分かっていただろう
スタンバイが完了すると、司会から、
「正真正銘のTM NETWORKの皆さんです!」


ステージにはサポートメンバーに加えTM3人が登場する
小室はパッチワークの下地に数字の柄の入ったシャツ、
ウツは黒地に模様の入ったYシャツの上に黒の革ジャン、
木根は黄色地・模様入りのYシャツの上に黒のジャケットを着ている


サポートはギター北島健二、ベース吉田建、ドラム村石雅行である
吉田・村石はレコーディングメンバーとして参加したものだろうが、
TMのライブで二人のサポートは初めてのことである
特に村石のサポートは、史上この時だけと思う
ステージでは観客から見て左に小室、中央にウツ、右に木根で、
小室の後ろに北島、ウツの後ろに吉田、木根の後ろに村石がいた


TMはまず「Castle in the Clouds」を演奏した
10日前に完成したばかりの曲である
「Castle in the Clouds」はシングルであるにもかかわらず、
現在までフルライブで演奏されたことがない
これはリミックスではないシングル表題曲では唯一の例であり、
(リミックスシングルでは「Get Wild Decade Run」もある)
その意味では歴代シングル中でもっとも扱いの悪い曲となった


「Castle in the Clouds」のこれまでの演奏例は、
この「Premium Night」を除くと、
2003/9/6・7に苗場プリンスホテルで行なわれた「Fan Event in Naeba」くらいである
そう考えると「Premium Night」の演奏は意外と貴重なものとなった


「Premium Night」ではこの後数分、
3人のトークが行なわれた
とはいっても、PVの感想とメンバー紹介程度で、
あまり深い話はなかった


深くない話中の木根



メンバー紹介が終わると、ウツが最後のMC

せっかくなんで、10月30日(のシングルには)、もう一曲、木根の曲が入ります。とても良い曲で。聞いてください。「君がいる朝」


ということで、本イベントは「君がいる朝」も披露して終幕となった
実は本イベントで最重要事項は「君がいる朝」の演奏で、
TM史上この曲が演奏されたのはこの1回のみである
(TM以外では2007年「Spin Off from TM 2007」やウツソロ「20 miles」「Phoenix Tour」「Fan Party & Live Through 2017」などで演奏例あり)
リリース前の初披露と言うことで、特徴的なアレンジはなかったが、
ウツは安定した歌を披露した


この一か月後、10/30「Castle in the Clouds」のリリースに合わせ、
メンバーは各地で販促活動を行なった
再始動直後の1999年〜2000年にはそうした活動はほぼ皆無だったが、
「Major Turn-Round」リリース前後のラジオ出演くらい)
この時はそれなりの意気込みがあったということだろうか
あるいは吉本側の要求によるものかもしれない


詳しくは書かないが、
10/30には3人が渋谷TSUTAYAで、
11/1にはウツ・木根・徹貫が銀座山野楽器本店で、
11/3にはウツが荻窪の新星堂で、トークイベントを行なっている
またこの前後にはメンバーのラジオ出演も数件確認される


11/22には日本テレビの「FUN」に出演して、
「Castle in the Clouds」を演奏している
サポートもいるが、CD音源+口パクと思われる
PVと同じく2番カットのショートバージョンである
曲の最後、「今日のドアを開けよう」の部分では、
ステージセットの後ろに設けられたドアが開いて、光りが差し込んでくる演出があった
収録は11/7だったらしい


小室は白のTシャツの上に迷彩柄のシャツ、
ウツは黒のTシャツの上に革ジャン、
木根は白のYシャツの上に紫地に白線の入ったジャケットである
ウツの革ジャンは「Premium Night」の時と同じものか


番組では数分のトークがあったのだが、
肝心の曲についてのコメントはまったくなかった
同日放映された小室・KEIKOの披露宴とあわせて企画されたものだったため、
話題が結婚に集中してしまったためである


またこの番組の恒例企画らしいが、
ファンを集めてトークなどをする「ふぁんBOX」というコーナーがあり、
演奏+メンバートークよりも長い時間が取られた
「Love Train」を歌う67歳老女、
小室・ウツコスプレをするファン、
TM歴代シングルを暗唱するファンなどが登場したが、
本当にどうでも良い時間だった


以上のように、久々の新曲リリースだったにもかかわらず、
これを受けてTMが行なったのは、
数回のトークイベントとラジオ出演、
1回のイベント出演、1回のテレビ出演のみだった
キャンペーンソングのタイアップも、リリースの半月以上前にほぼ終わっており、
リリースされた頃には巷でまったく聞かれない曲になっていた
いまいち盛り上がりを欠いた新曲リリースだったと言わざるを得ない


キャンペーン特番「Laugh & Peace!! 笑いは日本を救うスペシャル」翌日の10/6に、
小室とKEIKOの結婚が発表されたのは、
おそらく「Castle in the Clouds」の宣伝効果も意図していたのだろう
結婚披露宴と「FUN」の放映を同日にしたのも、
同様の意図によるものと考えられる


しかしこうしたメディア発での話題提供によるプロモーションによって、
少なくともTMの活動が話題になった印象は、当時まったく感じず、
むしろ小室結婚の話題にTMが埋没してしまった印象である
結論として「Castle in the Clouds」による再始動は、
極めて印象の薄いものにならざるを得なかった


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7-4 Castle in the Clouds

2018/05/10 20:02
5/5、「ぼくらの七日間戦争」が来年アニメ化されることが発表されました
え?今頃?と思いましたが、
意外と今の小学生にも人気あるそうですね


「City Hunter」劇場版もそうですが、リバイバルのタイミングから見て、
TM NETWORK35周年を絡めることも前提に動いていたんじゃないかなあ、とも感じさせます
ちなみに3/2からNHKで開催されていた「全ガンダム大投票」の投票結果は5/5に発表されましたが
ガンダムソングス部門では「Beyond The Time」が4位でした


木根さんのソロツアーが発表されました
6/23〜9/16開催で、タイトルは「2525ツアー」とのことです
良く分からないですけど、ソロ25年目のツアーということでしょうか
FC予約はもう始まっているようです


小室さんの近況について、
5/9に「超英雄祭 KAMEN RIDER × SUPER SENTAI LIVE & SHOW 2018」のBlu-rayがリリースされました
現状で唯一のPANDORAライブ映像の商品化となります
2月のbillboardのライブ、商品化しないんでしょうかねえ


4/25には「Guardians」主題歌のショートバージョンMVが公開されました
曲名は「Guardian」です
PANDORAでも組んだBeverlyさんがゲストボーカルを務めています
MVには小室さんも出演し、フルオーケストラでの演奏風景が収録されています


曲はとてもいいですね
こういう聞かせる曲て、久しぶりな気がします
それにMVでは小室さんが目立ちまくりです
avex、小室さんの状態次第では、
復帰の舞台を整えようとしているんでしょうか


同じ4/25には、
小室さんが8/31公開の映画「SUNNY」の音楽を担当することが発表されました
90年代に女子高生だった6人が20数年ぶりに再会する物語で、
6人の女子高生時代のシーンでは、
90年代の音楽やファッションをちりばめて当時を再現するようです
小室さんは90年代を席巻したヒットメーカーとして、このたび登用されました


映画中では当時のヒット曲が用いられますが、
小室さんの曲としては安室奈美恵「Don't wanna cry」「Sweet 19 Blues」
hitomi「Candy Girl」、trf「survival dAnce」「EZ Do Dance」の5曲が使われます
その他に小室さん制作の劇伴24曲が用いられます


この映画、主演は篠原涼子さんとのことです
今回は篠原さんが歌うと言う情報は出ていませんが、
ともかく小室さんの引退完了の直前に、
映画を通じて再び絡むことになりました


この仕事は「Guardians」と同じく、1年前に引き受けた話だったそうです
そろそろ年代的に90年代リバイバルが来るころでしょうし、
引退がなければ、今後もこういう話が来ることになったかもしれないですよね
小室さんは今回のお仕事について、以下のようにコメントしています
「最後」をやたらと強調していますね…

僕は音楽全般を担当させて頂きましたが、最後の僕の映画音楽になります。一本の映画で自分の音をこれほどまで多く耳にする事は中々無いだろうなと思うと同時に、締め切り間近になればなるほど最後の仕事で「映画音楽とは」を教えてもらった気がします。


ただ監督の大根仁さんは小室さんの音楽について、
以下のように言ってくれています

90年代の大ヒット曲はもちろん、2018年の現在でも進化し続けるTKサウンドをご期待ください!この映画を観たら、誰しもが「引退してる場合じゃないでしょ!!」と思うはずです。マジでヤバいですよ。



4/27〜5/3の一週間、ニコニコ動画では、
「小室哲哉GOLDEN WEEK SP〜TK GREATEST WORKS〜」のプログラムが組まれました
特に新しいものはなかったようですが、
この期に及んで小室さんを売り出そうとするのはなぜ?と思っていました


すると5/1に理由が分かりました
小室さんのベスト盤「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」が6/27にリリースされるそうです
リリースはavexですが、収録曲にはavex以外のものもあるようです
(現時点で発表されているものではSONY作品あり)
T盤4枚組50曲、K盤4枚組50曲、
T盤+K盤+ボーナスディスク合計9枚の3パターンでのリリースとなります
値段は4枚組で3500円、9枚組で8500円です


ボーナスディスク…なんでしょうねえ
いや、どうせもうTMの新音源なんて出ないでしょう
ただ9枚組の方は、ソニーミュージックダイレクトでの販売なんですよね
ボーナスディスクにはSONY時代の音源が入るのか…?


以上のように小室さん、意外といろんな情報が出ています
そしてそのような中で、
5/7にインスタグラムが更新されました
引退会見直後以来3ヶ月半ぶりのSNS更新となります


非公開なので私は見られないのですが、
報道によれば、近況の報告があったようで、

「まずはストレスからの精神安定、難聴など。介護の解決策など山積ですが、おかげさまで静かに生活させていただいています」
「皆さまが少しでも笑顔になれる僕の役目は何か、日々考えています」
「また、また、何かしらからから近況が、報告されるかもしれませんが、メディアの皆さんも暖かいです。では、また」


などと書かれていたようです


これを見る限り、堅実に生活を立て直しているようで安心しました
そのような中で、「皆さま」(ファン?)のためにどうすれば良いかも考えているようです
今後も近況が発表される可能性があるとのことで、
まだ何か発表すべき活動や商品リリースがあるということでしょうか


以上、今回は予想外に小室さんの話が多くなりました
では本題に入ります
今回からはようやくTM NETWORKの話です
本ブログ、しばらくはTMモードで行きますね

------------------------------------
2001年1月以来1年以上休止状態だったTM NETWORKに、
ある話が舞い込んだ
日本テレビ開局50周年・吉本興業創業90周年企画キャンペーン「Laugh & Peace 笑いはニッポンを救う。」のキャンペーンソング担当の件である


2002/8/27にはTMが日本テレビで記者会見を行い、
キャンペーンソングの担当と再始動を発表した
同日にはR&Cで、TM NETWORKのサイトが開設され、
「本格的再始動」が宣言された
またキャンペーンソングのCDリリースは10/30とされた


記者会見、1年半ぶりの3人集結。プロジェクトリーダーを中心に。



「Laugh & Peace」のキャンペーンは9/1〜10/5だったが、
その中でも10/1〜5には日本テレビでキャンペーン番組が組まれ、
特に10/5には特番「生ラフピー笑いはニッポンを救う」「Laugh & Peace!! 笑いは日本を救うスペシャル」が放送された
TMの新曲はこれらの番組で公開され、
特番ではTM3人もコメント出演をしている


また10/4〜12には日本テレビ「HAMASHO」という深夜番組のエンディングテーマにも使われたらしい
だがそれ以後はリリースまで18日間、タイアップがなかった
キャンペーンソングとはいっても、ありがたみがあまりないタイアップという印象を受ける


なお2001年4〜6月放送の日本テレビ系列の人気ドラマに「明日があるさ」があった
その出演者は、主演の浜田雅功をはじめ、吉本芸人を中心としていたが、
このドラマの放送終了直後、翌年の映画版「明日があるさ THE MOVIE」の上映計画が発表された
特番「Laugh & Peace」は、この映画の全国公開の日に放送されており、
映画プロモーション企画の発展形という側面もあったようである


キャンペーンソングの話がいつTMに来たのかははっきりしないが、
2002/7/29には小室と木根がこの件で会合を行なっており、
7月中には決定していたらしい
ただ話はこれ以前からあったという
1月のTMのミーティングの時点でも、
可能性の一つとして挙がっていたのかもしれない


7/29の会合には、日本テレビプロデューサーの土屋敏男も加わり、
キャンペーンのコンセプトなどが説明された
土屋は日本テレビの「Laugh & Peace」企画にも関与していた
また人気番組「進ぬ!電波少年」に関わっていたため、
その番組内でもTMの新曲を使うことになっていた
ただし後述の通り、実際には同番組ではほとんど使われなかった


土屋から要求されたのは聴く人に元気を与える明るい曲調であり、
80年代風のテイストだった
また、必ずしも「Laugh & Peace」のコンセプトにきっちりと適合しなくてもよいので、
分かりやすいものを作ってほしいという注文もあった
おそらくTMの前作「Major Turn-Round」や、
globeやGaballなど小室の近作を参照した上で、
「このようにはしてほしくない」と感じたのだろう


こうした話し合いを経て制作されたのが、
2年ぶりのニューシングル「Castle in the Clouds」である
キャンペーンソングと言うこともあり、
耳なじみの良い音で、分かりやすい構成で作られている
作曲は小室哲哉、作詞は小室みつ子が担当した


小室は本作をJ-POPと呼んでいる
明るいポップな曲調で、Aメロ・Bメロ・サビという典型的な構成となっており、
前作「Major Turn-Round」とは大きく異なる作風である
TMに限らず、20世紀に入ってから小室が作ってきたすべての楽曲と異質である
土屋のオファーを全面的に受け入れたということでもあろう


小室はおそらく8月の記者会見の前後に、
本作のプリプロダクションを行なっていた
9/2からは渋谷の文化村スタジオで、
本格的なレコーディングが始まる


ウツはソロツアー「Tour Ten to Ten」の最中であり、
レコーディング参加は9/2・9・20の3日のみだった
9/1は札幌、9/8には大阪でライブがあったが、
その翌日に東京のスタジオでレコーディングに参加した
かなり無理な日程だったことになる


本来のスケジュールは、9/2にウツの仮歌を入れ、
9/9に最終的な歌入れを行なうというものだったと考えられる
9/11にはレコーディングがひと段落したというが、
楽器パートのレコーディングはこの頃までに完了したのだろう
9/13には「Castle in the Clouds」の曲名が発表されている


しかしレコーディングは実際にはもう少しかかった
9/9には小室みつ子もスタジオに来たが、
この時土屋プロデューサ−が歌詞の書き直しを求める一幕があった
音源を何度も聞いたが、釈然としないものを感じたのだと言う
お笑い番組で使うには照れくさいというのが率直な感想だったらしい
土屋が聞いたのは9/2の仮歌入りデモ音源だろうか


みつ子がこの要求に応じて一週間ほど悩んで歌詞を書き直した後、
9/20には新旧両バージョンでボーカルの録り直しが行なわれ、
同日吉田建・小室哲哉がミックスダウンを行なった
土屋はこのためにスケジュールの調整も行なったという
10/1のイベントで楽曲とPVを公開することが決定していたので、
本当にギリギリのスケジュールだった
(この後でPV作成作業となる)


修正前のバージョンは、11/9「電波少年」の番組内で一度だけ流された
お笑い芸人の矢部太郎がアフガニスタンに行って、
会話を学びつつ現地人を笑わせると言う企画があり、
そこで使われたものである
これは後に「キヲクトキロク」に、
「Yabe Version」として1番だけ収録された


「Yabe Version」とシングル版を聞き比べると、
歌詞がまったく変わっていることに気が付く
土屋はみつ子に、ワンフレーズだけ直してほしいと頼んだが、
みつ子は全部書き直したいといってこのようになった
たとえばサビは以下のようになっている

(Yabe Version)
Endless dream 見知らぬ街角で 君はただ一人きりでも大丈夫だろうか
Endless road 大地走る道は いつか探した場所に
たどりつくはず 時間を越えて過ちを越えて
めぐり逢おうもう一度

(シングル版)
Endless night ふたりきりの夜は 君をほんの一秒でも幸せにしたくて
Endless day やりきれない朝は 憂鬱な自分の顔笑い飛ばして
We can bring back Laugh & Peace, We can bring back Laugh & Peace
今日のドアを開けよう


見れば分かるように「Yabe Version」は、
「電波少年」の矢部応援歌というべき内容になっている
これに対してシングル版は、
「笑いはニッポンを救う」のキャンペーンタイトルに沿い、
笑いと幸せをテーマとした、より普遍的な内容である


キャンペーンのキャッチフレーズ「Laugh & Peace」は、
「Yabe Version」には入っていない
実はみつ子は当初依頼を受けた時点で、
このキャッチフレーズに抵抗感があったのだという
だが土屋との話し合いの後、歌詞を考える中で、
自分の言葉として消化できるようになったとのことである


タイトルの「Castle in the Clouds」は、
実はサビの歌詞にもAメロ・Bメロの歌詞にも登場せず、
最後のサビ繰り返しの直前にワンフレーズ登場するだけである
「Yabe Version」段階でも同じ場所に入っていた)
意味は「架空の城」である
この曲名について、小室みつ子の説明を以下に引用しておこう

人が求めるもののほとんどは形のないもので、なかなか手に入らなかったり、届かなかったり…。愛情も、笑いも、平和を望む気持ちも、個人的な夢も、架空の城を求めるようなもの。架空の城のようにすぐに消えてしまうかもしれないけれど、誰かを一瞬だけでも幸せな気持ちにできるかもしれない。できなくても、そういう架空の城を持っていたい――そういう気持ちでタイトルにしました。


これによれば「Castle in the Clouds」とは、
はかないけれども人を幸せな気持ちにできるかもしれないものを表現したものであり、
それは愛情・笑い・平和を望む気持ち・夢などということもできる
人を幸せにできる存在としてのお笑いという点で、
「Laugh & Peace」のコンセプトにも適合する発想だった


ただ正直に言って、上記のみつ子の解説を読まなければ、
歌詞だけ見て「Castle in the Clouds」の意味を理解することは無理だろう
その点ではあまり良いタイトルとは言いがたいと思う


個人的評価を書くと、
本作は歌詞も曲も企画の趣旨によく適合している
企画者の意向に応えた楽曲と言えるだろう


しかしこの曲が好きかと言われれば、NOである
私としては、歴代シングル中でもっとも興味がない曲である
前作「Major Turn-Round」の重厚な音を聞いた後だけに、
ひどくつまらない、「こなした仕事」という印象が強い
業界側で求めるTMの音がこれなのだとすれば、
それに応えることは彼らの魅力を表現する上で何の役にも立たないということだろう


ただ本シングルに収録される「Castle in the Clouds (TK Piano Version)」は結構好きだ
これは小室のピアノを中心とした、穏やかなインストである
最初にピアノ演奏をProToolsで録音した後で、
上からシンセなどを加えたものだという
このバージョンではメロディラインを中心として、
曲のエッセンスをじっくりと味わうことができる


結局のところ、私がこの曲のオリジナルが苦手なのは、
曲のためというよりは、
似非80年代風の平均的なアレンジのためなのだと思う
ただ小室は本作で工夫した箇所として、
ドラムを途中でシンセから生に変えたと言っている
イントロはシンセドラムで、
歌に入ってからは生になっているようである


他にあえて挙げると、
1番の後でオケが一度アコギメインになり、
2番Aメロを通じてだんだん勢いを増していく当たりは、
まあまあ好きなところである
(取り立てて面白いアレンジでもないが)


だが全体としては、
ポップスの定石的なアレンジを組み合わせただけに聞こえ、
私としては聴いていて楽しくなるところがほとんどない


本シングルについては、私はカップリングにむしろ注目したい
「君がいる朝」で、木根作曲、みつ子作詞である
みつ子はコーラスにも参加している
木根が2000年に作ってドラマ主題歌のコンペに提出したが、
最終選考で落とされたことは以前述べた


その後2001年、木根がCO-PRODUCERとして、
この曲をウツのソロ楽曲用に提供する案があった
だがこの時は他にも木根の候補曲があり、
ウツは「Hundred Nights, Hundred Stories」を選んだという
これはROJAMでのウツソロ第一弾シングルとなった「Running To Horizon」のカップリングで、
選曲とレコーディングは5月に行なわれている


こうして「君がいる朝」はお蔵入りしたが、
2002年にTM楽曲として、ようやく陽の目を見ることになった
ウツは曲を知っていたので歌いやすかったと言う
私としては曲の出来としては、
「Castle in the Clouds」よりもこちらの方に軍配を上げたい


作曲はピアノで弾き語りする形で行なわれた
CD音源でもおだやかなピアノが印象に残る
木根はアンプラグドの雰囲気にしたかったといい、
小室もそれを意識してミックスを行なった


実年齢にかかわらず若い印象の曲が多いTM楽曲の中で、
「君がいる朝」は例外的に大人の雰囲気を強く出している曲である
80年代ポップスを意識した「Castle in the Clouds」と続けて聞くと、
なおさらそう感じる
木根はこの頃、40代の大人のTMの歌とはどのようなものかと考えていたという


タイトルの「君がいる朝」からして、
80年代TMではありえないシチュエーションである
みつ子の歌詞は以下のように、
朝に目覚めた男女の模様を描写するところから始まる

朝が来て一筋の光の中にたたずんで
ゆっくりと服をまとっていく君を見ていた
「眠ろうよもう少し」 シーツから手を伸ばしても
たしなめるような微笑みで振り返るだけ


歌詞の内容は、今後も添い遂げるであろう男女の日常の様子を描いたものである
みつ子にとっても等身大の自分が表現できるのは、
実はこういう曲なのかもしれない
曲のテーマは「目の前にある永遠」で、
サビのフレーズにも「ささやかに永遠は目の前にある」とある


本シングルには以上の3テイクの他に、
「Castle in the Clouds」「君がいる朝」「TV Mix」が収録されている
メインボーカルを抜いてオケやコーラスのみを収録した音源で、
取り立てて特筆すべきところもない


さて、本シングルについて触れておかないといけないことがある
私が苦手な「Castle in the Clouds」のアレンジとも関わるが、
編曲に吉田建が加わっていることである
しかも吉田はサポート役ではなく、メインのアレンジャーの立場にあった


小室と吉田の関係は2001/4/15放送の「堂本兄弟」での共演に遡り、
2002年春にはglobeの「category trance」以下のツアーでベースを担当している
2003年にはウツのアルバム「wantok」をプロデュースし、
2007年には「TM NETWORK -REMASTER-」でベースを担当した
吉田は小室逮捕前まで、小室やTMとは意外と深い関係にあった


「Castle in the Clouds」はポップな曲調ということで、
シンセ中心で制作することもできただろうが、
意外にも生演奏を中心に制作されており、
ベース吉田建、ドラム村石雅行、パーカッション大儀見元、ギター土方隆行、キーボード富樫春生が演奏している
後に「Easy Listening」に収録された「Album Version」は、
メインの音がほぼシンセで作られているため、
聞いた時の印象はかなり異なる


ただしこれら生パートのレコーディングは吉田が担当したものと見え、
ライナーには「BAND ARRANGEMENT BY KEN YOSHIDA」とある
小室はADDITIONAL SYNTHESIZERSとして参加しているが、
木根のギターは入っていない
小室は吉田の指揮下でレコーディングされたバンド音源を元に、
最終的に手を加えて、ミックスダウンを行なった


「Castle in the Clouds」の編曲が小室・吉田名義であるのに対し、
「君がいる朝」の編曲は木根・吉田名義で、
小室の名前は入っていない
実際には小室も最後の仕上げとミックスダウンには関わっており、
間奏のシンセパッドはこの時に小室が加えたものだというが、
基本的には木根と吉田によって制作されたのだろう


それまでTMのオリジナル楽曲は、原則として小室が編曲者となった
もっとも例外はあった可能性がある
たとえば「Major Turn-Round」中の木根曲「We Are Starting Over」「Pale Shelter」「Cube」は、
CDのライナーに編曲者が明記されない(小室曲については小室編曲と明記)
特に「We Are Starting Over」はシングルでもあった
(本記事ジラルココさんコメント)
これらは小室以外のアレンジャーが関わっていたようにも思われる


だがそうだとしても、これまで小室以外の編曲者の参加は、
おおっぴらに言われることはなかった
これに対して「Castle in the Clouds」では、
外注した編曲者名が初めて表に出る
この後、2004年シングル「NETWORK TM」収録の「風のない十字路」も、
「君がいる朝」と同様の態勢が取られている


小室はglobeについては2001年「outernet」で一部の作曲・編曲を外注しており、
「global trance」でもリミックスを外注している
この流れの中で、TM作品の制作・アレンジを外注することは、
小室の中でそれほど違和感がなかったのかもしれないが、
TMの歴史を考える場合、かなり特異な状況だった


小室は当時トランスに注力していたが、
日本テレビ側の要求である80年代風テイストの中に、
トランスの要素を入れることは難しい
小室はその落としどころを模索するのではなく、
完全に仕事として割り切ってこの仕事を引き受けたのだろうが、
そうならば小室自身が全面的に関与する必要は必ずしもない
むしろ仕事を職人的にこなすには、
自分よりも吉田の方が適任と考えたものかもしれない


一方globeでは「Lights」以後、全曲小室自ら編曲を行なっており、
温度差を感じるところである
この点については、また別の章で触れることにしたい


なお本作制作においては、
木根が小室によって「プロジェクトリーダー」にされた
1999年にも木根が「マネージャー」と言われたが、それを髣髴させる
「プロジェクトリーダー」木根は、関係者のスケジュール調整や、
R&C・日本テレビ関係者との連絡などを行なっていたようだ
これも小室の無茶ぶり話として木根が冗談ぽく話しているものだが、
やはり小室の積極性が薄いことは否めないと思う


このような問題を抱えたシングル「Castle in the Clouds」は、
2002/10/30にリリースされた
シングルとしては「We Are Starting Over」から2年ぶり、
メジャーシングルとしては「Happiness×3 Loneliness×3」から3年ぶりとなる


ジャケットは黄色い車のドアを横から撮影したものである
「LAUGH & PEACE」のロゴも入っているが、
このロゴは「TM NETWORK」「CASTLE IN THE CLOUDS」のタイトルよりも目立っている
その点でTMのCDという側面よりも、
キャンペーンソングのCDという側面を強調したデザインと言えるかもしれない


なおジャケットには3人の写真は見えないが、
ライナーにはソファーに座った3人の写真が入っている
この写真は、8/27の記者会見の後で撮影したものである


本作はチャートでは初登場9位で、総合3.6万枚の売上である
1999年リリースの前メジャーシングル「Happiness×3 Loneliness×3」は、
当時問題にされるほど低い売上となったが、
それでも9位、8万枚の成績を出していた
そこから見ても半減したことになる


ちなみに再始動後のTMのメジャーシングルの売上は、
だいたい以下のようになる
リリースのたびごとにかなり減少していることが分かるだろう

・1999年「Get Wild Decade Run」23万
・1999年「10 Years After」17万(前作の2/3)
・1999年「Happiness×3 Loneliness×3」8万(前作の約1/2)
・2002年「Castle in the Clouds」4万(前作の約1/2)


TMが2000年に世間の目に触れない形で活動していた間に離れたファンも多かったのだろうが、
それにしてもこの時のキャンペーンソング起用は、
その時に離れたファンを取り戻す効果はほとんどなかったと言って良い


ただしglobeも2001年にはシングルで10万枚程度の売り上げを出していたが、
最新作「dreams from above」(2002/7/31、globe vs push名義)は、
12位、2.5万枚の成績に終わっている
そのような中での「Castle in the Clouds」の成績は、
小室関係の作品としてはそこそこだったともいえる


だが状況は、小室にとって楽観視できるものではなかった
小室作品の売上減少があらゆる部分で顕著になってきており、
その大勢はキャンペーンソングのタイアップを得ても変わることはなかったということである
小室のやる気も引き出されることはなかった
この点については、次章以降で触れることにしよう


CASTLE IN THE CLOUDS
R and C Ltd.
2002-10-30
TM NETWORK
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 24 / トラックバック 0 / コメント 14


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