アクセスカウンタ

20 Years After -TMN通史-

プロフィール

ブログ名
20 Years After -TMN通史-
ブログ紹介
TM NETWORK(TMN)の歴史を通史的に振り返ってみたいと思います(予定)。方針についてはこちら(ブログ開設記事)

【注記】本ブログの文字の色は以下を意味しています
 ・青字=曲名・シングル
 ・緑字=アルバム
 ・赤字=ライブ・イベント
 ・黄マーカー=ビデオ・DVD
 ・赤マーカー=テレビ・ラジオ番組
 ・緑マーカー=書籍


※twitter始めました! https://twitter.com/planet_tm
zoom RSS

7-16 NETWORK TM

2019/06/11 01:38
Blu-ray BOX「TM NETWORK THE VIDEOS」が、
5/22にリリースされました
3万円を超える高額商品の上、ほとんどが既発表商品の寄せ集めだったにもかかわらず、
音楽Blu-rayチャートで2位・5914セットの成績を上げました
音楽Blu-ray・DVD総合では3位です。


同様の商品としては2016年に、
30周年関連の映像をまとめた「TM NETWORK 2012-15」がありましたが、
こちらは1519セットでした
まあこれはほとんどが数年以内にリリースされたばかりの映像でしたからね
また2015年にはSONYのライブ映像を1枚のDVDに寄せ集めた「TM NETWORK THE MOVIE」もありましたが、
これも3360枚の売上でした


2013年「START investigation」以後の新作映像も、
売上は7000〜8000枚でした
(2012年の「incubation Period」は1万枚くらいでしたが)
映像作品まで手を出すファンの上限はこのくらいと考えられますので、
その中の6000人を動員できたのは、商法としてはうまくいったのだと思います


今回の商品、10枚全部ごちゃごちゃ言うこともできますが、
私にとって商品価値の99%は初商品化の特典ディスク「Dragon The Festival Tour」にあるので、
これだけ触れることにしようと思います
ちなみにBOXのフタの裏には、
本ツアーエンディングの3人のシルエットがイラストとして描かれています
こういう細かいところで、ファンとしては嬉しくなりますね


さて、肝心の映像の内容ですが… 実は何も語ることがありません!
「CAROL Deluxe Edition」「TM NETWORK THE MOVIE」「FANKS CRY-MAX」など、
これまで私は過去ライブの商品化のたびに、
ものすごくねちっこく、どの部分の映像がどうだと、細かく検証してきました
熱心なファンの反感も買いながらも、時間をかけてこんなことをしてきたのは、
ひとえに提供されるものの質がひどすぎたことがあります


またこういうクズ商品でもファンが満足してしまうと、
今後もSONYから同様の粗悪品が出され続け、
本丸となる映像の全貌が延々と隠匿され続けるという危惧もあり、
本当に求めるものはこんなのじゃないはずだと訴え続けてきました
しかし遺憾の意を述べるだけでは理解が得られないと思い、
どこが不満で何が欲しいのかをちゃんと書くようにしてきたわけです


ところがですよ


今回の「Dragon The Festival Tour」
これ、私が求め続けてきたものそのものなのです!


まず映像は保存されている素材を使い、最善の画質で提供されました
今回商品化された日本青年館公演の映像は、
かつて4曲がTVで放映されていましたので、
私はてっきりその映像が含まれているものと思っていたのですが、
見てみると、共通する映像も用いながら、まったく別編集となっていました
過去の編集済映像をアップコンバートしたのではなく、
映像素材を使って一から編集し直したと考えられます


音についてはこれまで「Groove Gear 1」「The Singles 1」に断片的に収録されたものがありましたが、
Blu-rayはそれらと比べても、それぞれの音がはっきりと聞こえます
当時のラジオの録音との違いはもちろんです
やはりBlu-ray用にリマスター処理を行なったようです
なお余談ですが他のディスクについて、
DVDで抹消されていた「LAST GROOVE 5.19」「Kiss You」の歌ミスも、
ミックスをし直した結果か、うっすらと復活しています


最後になんといっても感激したのは、
デビューからまもない売れていない時代のライブの様子を、
最初から最後まで続けて全部見ることができたこと!
古いライブは完全な形では見られないという話は何度も聞かされていましたが、
ここに来て人生の願いの一つが叶えられました


「永遠のパスポート」を座りながら歌っていたのも初めて知りました


ということで、SONY様!様様!
今回のBOXは(実質的には「Dragon The Festival Tour」が)大満足の出来でした!
つきましては、この他にも蔵に眠っている映像素材、
機会を見つけて日の目を見せていただきたく存じます!


いや、あることは分かっているんです!
分かっているから早く出せやこのや…いや、出してくださいませ
今から企画を作れば、来年度には出せますよね?
そんなすぐに無理でも、またいずれ次の企画を、是非お願いします!
この水準のものを出してくれれば、単品3万円くらいでも余裕で出します!


さて今回の35周年関係企画について、
少し前には木根さんのインタビューが出ました
「Player」7月号にもインタビューが出ているそうです
(本記事haruさんコメント)


BOXリリース日にはウツのインタビューが出ました
昔の思い出を語ってくれています
「TMN 4001 Days Groove」2日目のオープニングの話もしていますが、
何の曲をやったか覚えていないようです
まあこの時ウツはステージにいなかったわけだし、
ウツ自身が演奏したわけでもないから、
あんまり印象にないのかもしれないですね
サポートがその日になって即興で演奏したわけですし


35周年企画は終わりとなりましたが、
6/18ナタリーの企画で、新宿ロフトプラスワンで、
クラムボンのミトさんとRAM RIDERを招いて、
トークライブ「Respect! トークライブ Vol.2 〜TM NETWORK 勝手に名曲総選挙〜」開催されます
すでに終わってしまいましたが、
6/3まではTMの名曲投票が行なわれており、
おそらくこの結果を元にトークを行なうんだと思います


ウツは「それゆけ!歌謡曲〜ギア4 one〜」が佳境に入ってきましたが、
5/29のマイナビブリッツ赤坂公演では、ゲストとして木根さんが出演しました
木根さん、小室さんとたまたま会った話などしたそうです


木根さんは「2626ツアー」の後半公演の日程(8/17〜10/6)を発表しました
6/15チケット発売です
またFC休止の代替措置として、
停止されていたメーリングリスト再開されました
いつのまにか「キネメガ」て名前が付けられているんですが、こんな名前ありましたっけ?


メディア出演では、木根さんが、
6/3日本テレビの「ヒルナンデス!」
6/4ラジオフチューズの「Zackeyの府中熱中音楽館」に出演しました
ウツは6/1「ほくりくアイドル部 放課後ホリデイ」
6/11「Sunset Express MOVE」に出演します
どちらもFM石川です


では本題に入ります

--------------------
TM20周年記念シングルは、
小室新曲・小室リミックス曲・木根新曲の3曲と、
それぞれのインストを加えた6テイクを収めたマキシシングルとして、
2004/2/25にリリースされた


この中で小室の2曲はともにトランスアレンジである
これをリードシングルとして出してきたことは、
TM20周年がトランスを中心とすることを宣言するものでもあった
アルバム制作も本作と連続して行なわれたが、
やはりトランス風味の作品に仕上がっている


このシングルは収録曲とは別のタイトルが付けられた
「NETWORK™」である
こうした例はTMでは他にないが、
当時の邦楽シングルでしばしば見られたものであり、
小室にとっての前作に当たるKEIKOのマキシシングルも、
曲名とは関係なく「KCO」と名付けられている


翌月のアルバムは「NETWORK-Easy Listening-」であり、
20周年記念ライブは「Double-Decade “NETWORK”」であり、
20周年では「NETWORK」という単語がクローズアップされた
実は意外なことに、これまで20年間、
「NETWORK」が強調されたことはなかった


タイトルのロゴは、「™」の部分がマルで囲まれている
また文字の周りには汚れのような装飾がある
このロゴは「NETWORK™」のCDに印刷されているほか、
「NETWORK-Easy Listening-」の「NETWORK」の部分でも用いられている
だから実は「NETWORK-Easy Listening-」も、
厳密には「NETWORK™-Easy Listening-」とすべきである


CDには藤井徹貫による解説文を載せた別紙も封入されており、
その後ろには20周年のロゴマークが印刷されている
3本の傘が横に並び、その下に「NETWORK™」の文字、
そしてその下に「DOUBLE-DECADE」の文字があり、
これらが下向きの矢印の中に収められているというものである
なぜ傘なのかは分からないが、
3本の傘はTMの3人を表現しているのだろう


このロゴマークは「Double-Decade “NETWORK”」でも使用され、
TM20周年のシンボル的なマークになった
色々と不満があった20周年の活動ではあったが、
個人的にこのロゴは結構好きである




CDのジャケットは、浮輪をはめて屋外を歩く子供の後ろ姿である
海岸で撮影したものだろうか
この時期のジャケットデザインは、
洋楽ジャケット風の雰囲気が濃い


本作に封入される応募券を「Easy Listening」に封入される応募ハガキに貼って送ると、
抽選で「プレミアムグッズ」がプレゼントされた
A賞はオリジナルリストウォッチ(50名)、
B賞はオリジナルウィンドブレーカー(100名)、
C賞はオリジナルピンバッチ(赤・青・黒)(300名)だった


また4/21の横浜アリーナライブ「Double-Decade “NETWORK”」と、
5〜6月の全国ツアー「Double-Decade Tour」(一部)の特別先行予約案内も封入されていた
この時の活動が短期で宣伝もほとんどできなかったこともあり、
TMは新作の発売をライブ開催と組み合わせて効率的に動員に結び付けようとした


本作は初動13位・1.8万枚、総合2.7万枚の成績となった
2002年の前作「Castle in the Clouds」の3.6万枚を下回る成績であり、
TMのメジャーシングルでは、
1987年「Get Wild」以来、初めて10位内ランクインを逃した
売上3万枚(1989年CD化当時の売上を除く)を越えた1987年「Self Control」を下回っている
TMが長い間まともな活動を見せなかったことで、
ファンの規模がブレイク前の程度にまで低落していたことが分かる


本作の制作過程については、
アルバムとともに前章ですでに触れたところである
結論のみ確認すると、
2003/11/10〜13に「Take it to the lucky」がレコーディングされた後、
2004/1/6から同月半ばにかけて、
「風のない十字路」「Screen of Life」がレコーディングされた
そして小室はそのまま、アルバム曲の制作に入った


アルバムも含めてこの時のレコーディングでは、
小室とウツ・木根の間のコミュニケーションが極めて乏しかった
レコーディングの時も、3人で会ったことは一度もなかった


2000年の「Major Turn-Round」の時も、
小室はアメリカ、他のメンバーは日本でレコーディングし、
データをネットでやり取りしつつ制作を行なった
だがこれは、小室がアメリカの永住権を保持するために、
一定日数アメリカに滞在しないといけないという事情もあったと思われる


一方2004年には、3人とも東京にいたにもかかわらず、
小室は自宅のスタジオで一人で作業を行なった
(もちろんアシスタントはいたが)
小室によれば、Protoolsでハードディスクレコーディングをすれば、
大規模な設備は不要だったためという
シンセサイザー以外の生楽器は、
葛城哲哉のエレキギターだけである


小室は音源がある程度できると、
スタッフを呼んで渡したり、データでメンバーに送ったりしていた
ウツ・木根はこれに歌やコーラスを入れて小室に送り返すということを行なっていた
木根は個別に小室に会うことはあったようだが、
3人で日常的な会話をする機会はほとんどなく、
ラジオ出演などの機会をとらえて打ち合わせを行なった


木根の「新・電気じかけの予言者たち」でも、
本作のレコーディングについては、エピソードらしいものがほとんどない
木根がほぼ関与しておらず、
仕事の進行状況以上の情報が入ってこなかったのだろう


一方で木根曲の「風のない十字路」には、
小室が関与した形跡がまったくなく、
事実上木根と吉田建による共作となっている
アルバム曲を含めても、この事情は変わらない
Dave Fordに外注した音源も、小室は関わっていないようだ


小室が関わった曲はほぼ一人で作り、
その他の曲は完全に制作をまかせると言う形態であり、
シングルのキャッチフレーズである「NETWORK」が生きているとは思えない状態だが、
前章で触れたように、精神的に追い詰められていた中での作業だったことから、
あえてこのような形が取られたのだろう
おそらく楽曲制作をする小室の横にいたのは、
ウツでも木根でもなく、妻のKEIKOだった
この小室の孤立感は、次作「SPEEDWAY」レコーディング時との大きな相違点である


以下、本作収録の3曲について触れていく
まず最初に作られた「Take it to the lucky(金曜日のライオン)」は、
すでに述べたように9月の「Fan Event in Naeba」でのアレンジを基にしている
2004年1月から、フジTV系「ジャンクSPORTS」のエンディングに起用されたが、
かつての「Ignition, Sequence, Start」と同様に、
よど意識していないと誰の曲なのかも分からない程度の無意味なタイアップだった


本作は1984年のTMデビュー曲「金曜日のライオン(Take it to the lucky)」のトランスミックスで、
選曲としては20周年にふさわしい
曲名とサブタイトルを入れ替えた事情はよく分からないが、
「金曜日のライオン」というタイトルを後悔していたのだろうか


この曲と「Easy Listening」収録の「Love Train (Extended Mix)」は、
「Fan Event in Naeba」のライブトラックを利用し、手直ししたものである
ウツは両曲でボーカルを録り直した
ウツは20年前よりも声が若くなっていると言っている
歌唱力の増したこの頃のウツによる「金曜日のライオン」が音源化したことは、
この曲のファンである自分には嬉しいところだった


ベース・ドラムはシンセである
いかにも機械で作られた感じのシンセドラムは、
この時期の作品の特徴でもある
生音としては葛城哲哉のエレキギターが入っている
このギターはところどころでかなり目立っており、
曲によく重みを加えている


「金曜日のライオン」の原曲は個人的にも大変好きな曲なのだが、
このアレンジではたしかに21世紀仕様に大きく様変わりした
原曲のフレーズはほぼ使っておらず、
かつての表現を使えば「リプロダクション」というべきものである
原曲の雰囲気が残っているのは、間奏のシンセのフレーズくらいだろうか


苗場で行なわれた「Fan Event in Naeba」のバージョンとシングル版を比較すると、
シングル版はイントロがパーカッションのみで始まるが、
苗場バージョンではこの部分が存在しない


シングル版で私が特に好きなのは、
イントロやBメロで多様される、左右に振られたシンセ音で、
この曲でもっとも印象的な音となっている
AメロからBメロの展開も好みで、
原曲とは違った魅力を表現できていると思う


この曲は1番から2番Bメロにかけて勢いを増すが、
2番・3番のサビ(「Together」以下の部分)では音が大きく減らされる
(ただし3番サビ後半では音が加えられている)
サビをあえてシンプルにしてメリハリを付けようとしたものだろう
ただ私はこの部分は、あまり好きではない
なお苗場では、シングル版ほど極端にはサビの音が減っていない


「Take it to the lucky」は翌月リリースのアルバム「Easy Listening」にも、
「Album Mix」として収録された
曲の長さは30秒ほど長くなったくらいだが、
音の面でもシングル版とはかなり異なっている
ライブでは常に「Album Mix」が演奏された


「Album Mix」のイントロはシングルのようにパーカッションではなく、シンセで始まる
私としては、イントロはこちらの方が気に入っている
1番Aメロに入った後も、オケの印象はかなり違う
「Album Mix」ではしばらくドラムが入らないのだ


また3番Aメロのドラムパターンが、シングルと「Album Mix」で異なっている
シングルは2番Aメロのパターンを使っているが、
「Album Mix」は前半が1番Aメロ、
後半が2番Aメロのパターンを用いている
(この曲は1番と2番でAメロのドラムパターンが異なる)


最大の違いは3番サビの後の展開である
シングル版では原曲に準じてBメロの繰り返しが入るが、
「Album Mix」ではこれがなく、
ウツが「Take it to the lucky」のフレーズを2回歌うまで2分以上間奏が続く
逆に「Take it to the lucky」のフレーズは、シングル版には入っていない
他にも様々な相違点があると思うが、
いずれにしろ「Album Mix」は、単にシングル版を長くしたわけではない


ついで「Screen of Life」に触れよう
本作は1999年「10 Years After」以来の小室の作詞だが、
リリース当時、この歌詞が話題にされた
1999年「Happiness×3 Loneliness×3」以後のTMの歌詞は、
すべて小室みつ子が手掛けてきていたが、
この時実に5年ぶりに小室哲哉自作詞が披露された
以後2014年まで(つまり小室引退に至るまで)、TMの歌詞は小室作詞が基本となる
その意味で本作は、歌詞の上ではTM史上の画期である


この時に示された歌詞は、です・ます調のものだった
また相手への呼びかけは「あなた」となっている
同様の文体は「Easy Listening」に収録された「Presence」でも採用された
この文体はTMでは、前にも後にもこの時だけである
ウツは、はっぴいえんど的な言い回しと言っている


ただこの文体はTMファンには驚きだったかもしれないが、
実はglobeではすでに2002年から、
「Over the Rainbow」「get it on now」などで使われており、
必ずしも突飛なものではなかった


しかしこの歌詞の衝撃は、文体よりもむしろ内容である
この頃の小室は、自分の心象風景などいろんなことを歌詞にしたいと思っており、
どんどん言葉が出てくる状態だった
次に述べる「風のない十字路」も、
初めは小室が自分で作詞することを提案したという
2007年の「SPEEDWAY」でも同様に小室が大部分を作詞したが、
あるいは曲よりも歌詞の方に関心が向かっていたのかもしれない


歌詞は「あなたはこの国の戦士(ソルジャー)」という呼びかけから始まる
その「あなた」は戦いを強いられながらも、
生きがいを見つけて愛すべき人を思い出しながら奮闘しているが、
「手遅れな人々は山積みにスクラップのようにこの国の土地のために埋め立ての材料にされていく」という


つまり「あなた」は、替えの利くコマの一つとして、
使い捨てにされる可能性がある中で、
生きがいや愛する人のために生き抜こうとしている
それを踏まえて小室は「あなた」に対して以下のように、
今すぐじゃなくてもいいから動くべきだと伝える

目覚めてるんでしょう? 動かないのですか?
明日からでもいいんです 今日からじゃなくてもいいんです



要するに小室は、社会から使い捨てにされそうな状況でもがんばろうと呼びかけている
かつて作ってきた10代向けの歌詞と比べると、
なんとも様変わりした感がある
小室はこれについて、団塊世代でも共感できる歌詞と言っている


だがそもそもこの曲は記念すべき20周年のアニバーサリーソングである
ファンに向かって「あなたはスクラップにされそうだ」というのは、
歌詞の一テーマとしてはありえるとしても、
「なぜ今これ?」という思いも禁じ得ないというのが正直なところだ
団塊世代が共感できる歌詞だとしても、
それはTMファンの中心世代(1970年代生まれ)でもない
この歌詞は本当にTMファンへのメッセージとして着想されたのか、
という疑問も湧いてくる


気にかかるのは、先に述べたようにこの頃の小室が、
自分の心象風景などを書きたいと発言していることである
つまりこの歌詞は、小室自身の内心を表現したものである可能性がある
ならば歌詞の形式は「あなた」=ファンに忠告するものではあるものの、
その実、自らの決意表明であるとも考えられる


決意表明説を傍証するのが、2番の歌詞である
冒頭では「死に際のスクリーン」に「クライマックスをつくりましょう」と述べられ、
そして「私もあなたもつくりましょう」とも述べられている
自分もクライマックスを作るから、あなたも作ろうと言うことであり、
「あなた」への忠告が自分の決意でもあることが明言されている


それは1番の歌詞についても言えるだろう
すなわちスクラップにされそうな状況下で、
再起を図ってがんばりたいと思っているのは、
ほかならぬ小室自身ではないかということである
話しかける「あなた」の特殊な絶望的設定も、
自分の状況を投影したものと見れば理解できるように思う
想像をたくましくすれば、「あなた」と「わたし」の会話は、
小室の心中で行なわれていた自問自答の様子を歌詞に起こしたものかもしれない


この頃の小室は財政的に窮迫する一方で、
仕事はうまくいかず、創作意欲も減退していた
小室はそのような状況を自省して、
「スクラップ」にされそうだと思って作ったのが、
「Screen of Life」の歌詞だという前提で、
以下歌詞を解釈してみたい


小室がスクラップにされるのは、
「この国の土地のため」の埋め立てのためである
ここで「国」という大きなレベルが持ち出されているのは、
この頃の小室が、日本社会全体から不要なものとして見捨てられ、
抹殺されようとしていることを感じていたためだろう


その前提には、かつて日本列島全体がこぞって、
自分を天才ともてはやしていた頃との落差を意識したこともあったに違いない
かつての多忙なプロデューサー時代の小室は、
まさに戦いを強いられる「この国のソルジャー」だったのだ


だが現状のような絶望的な状況下でも、
生きがい=音楽や、愛すべき人=KEIKOのために、
今すぐではなくてもできる限り動きたいと考えた
小室の決意表明説をとった場合、
だいたい以上がその内容であると考えられる


周知の通り小室は、2008年の逮捕時、世間から様々な批判を受けたが、
その中には、現状を認識せず浪費を続けたことへの批判も多かった
だが以上のような歌詞の解釈が成立するならば、
小室はこの頃には危機的状況を自覚していたと見るべきだろう


そうした中でスランプ状態に陥った2003年だったが、
2004年になって小室はもう一度、音楽とKEIKOのためにがんばろうと決意した
その決意を元に作り上げたのが、この「Screen of Life」だった


ところでタイトルの「Screen of Life」=「人生というスクリーン」とは、
歌詞の中に、「死に際のスクリーン」に「クライマックスをつくりましょう」とある部分を受けたものに違いない
つまり小室は人生を、一本の映画に例えているのである
「クライマックス」というのは仕事の成功など人生の盛りを言っているのだろうが、
それを「クライマックス」と表現するのも、人生を映画に例えた表現と考えられる


すでに自らは人生において「死に際」にいるが、
そんな中でも華々しい場をまた実現したいと、小室は考えていた
それは「愛する人にその人のためだけの上映会を行ないましょう someday」という通り、
愛する人、KEIKOに見せるためだった
もちろん以上の決意表明説は、あくまでも一案であるし、
最終的な結論を出すことはできないだろう


決意表明説が成立するとしても、
歌詞全体はファンへのメッセージの形式となっていることも確かである
「We are always shooting mind, pride, shame, cry, love, fight, all of you!!」
というサビの歌詞などは、メッセージとしての体裁を取っている部分である


これを直訳すれば、
「我々TMは、あなたのあらゆるものをいつも撮影している」というところだろう
ファンの人生の様々な要素を映画の素材に例え、
TMがこれをいつも見守っていると伝えているのである
もっともそれは同時に、
自分の人生を見守っていて欲しいと言うファンへの期待の裏返しでもあるのだろう


いずれにしても重い歌詞だが、
この空気は曲にも表れていると思う
たとえばイントロ冒頭、哀愁漂うギター音は、
まさに「死に際」で息絶えようとしている「私」の様子を表現しているのではないか


しかしやがてテンポの速いドラムとともに、
哀愁を含みつつも勢いのあるブラス系音色のシンセが加わる
これはこの曲のトレードマークとも言える音だ
曲は勢いを増し、Aメロからサビに向かって盛り上がり続ける


なお1番後の間奏以後は、ピアノ音色のシンセが前面に出されるが、
これが軽快な感じをよく出している
曲の進行とともに重い雰囲気から軽やかな雰囲気へと展開する作りで、
少し前の小室曲ではglobeの「Many Classic Moments」を思わせる


私はこの展開は、絶望の中生きることをで改めて決意したことを表現したものと思っている
音が歌詞とともに、製作者の心情を表現しているように思うのだ
この曲の好き嫌いは分かれるかもしれないが、
「Screen of Life」は小室が自らの心情を絞り出すことによって生み出された楽曲だったように思う
なお事態がさらに差し迫った段階で、
小室が改めて同様の決意表明をしたのが、
2007年「SPEEDWAY」収録の「Action」だろう


木根は「Screen of Life」について衝撃作と思ったと語っている
特に歌詞を見て新鮮な衝撃を受け、
TMで新しいことがやれそうな気がしたと述べている
TM20周年が真の意味で始まった曲だと言えるだろう


ウツもこの曲については、
曲の雰囲気と歌詞が合っていてとても好きだと言っている
2009年TM休止中に開催された「SMALL NETWORK」でも、
ウツはこの曲を演奏曲に選んでいる
ただデモテープではお経のようなラップだったため、
ポップスにするのはかなり大変だったという


音はトランスを意識しているが、ポップスとして聴くこともできる作りであり、
「Take it to the lucky」ほどはトランスの要素を前面に出していない印象を受ける
小室は本作を含むアルバム「Easy Listening」の音について、
ポップスにトランスを落とし込んだJトランス、
またはトランスぽいという意味でトランシーという言葉で説明しているが、
おそらくこの説明は「Screen of Life」を念頭に置いたものだろう


この曲は、シングルでは約5分だが、
アルバム版「Extended Mix」は約8分で、かなり長さが異なる
(なお歌の部分はどちらも3分程度)
アルバムでは1曲目に位置するため、
イントロは事実上冒頭のSEの役割も兼ね、
2分というかなりの長さになっている(シングルは1分)
1番・2番の間の間奏も、シングルでは約30秒だったのが、
アルバムでは約2分半に及ぶ


アルバムでは冒頭のギターがシンセに置き換えられており、
シングルとは印象がかなり違う
他にもアルバムでは間奏で、
「All of you」や「浮かぶんでしょ」の「ぶん」のサンプリングフレーズが挟まれており、
ドラムやシンセも加減がされている


最後に「風のない十字路」について触れよう
歌詞(小室みつ子)については前章で触れたので、ここでは略す
曲は木根が2002年末に、TMのために作っていたものだという
これは以前私が推測した、2002年末からのアルバム制作の計画と関わるものだろう


編曲は2002年の「君がいる朝」と同様に、
吉田建と小室哲哉の連名である
ライナーで吉田建の方が前に書かれていることを見るに、
メインは吉田の方だろう
おそらく小室の編曲は最終確認程度のものか、
またはほとんど名義上のものかもしれない


木根は12/25「TK Presents X'mas Chorus」および、
12/17のリハーサルの時に、吉田と打ち合わせを行なっている
この時木根は吉田に、
「メロディとミスマッチのアレンジ」をお願いしたと言う


演奏については、吉田がシンセとベースを担当しており、
小室のシンセは入っていない
キーボードとしては国吉良一、ギターとしては松尾和博、
シンセプラグラマーとしては溝口和彦が参加した


曲調は別れをテーマにした歌詞に合わせて、
悲しげな感じが漂っている
特にピアノ音色のシンセが印象的である
サビで別れの決意を力強く歌い上げるところなどは引き込まれる
安定した木根バラという印象である
ウツも「君がいる朝」と並んで、すごく良い曲と言っている


なおこの曲も「Easy Listening」では、
「Album Mix」として収録された
このアレンジについては「君がいる朝」とセットで、
次章で触れることにしたい


以上3曲の中で「Take it to the lucky」は、
すでに「Fan Event in Naeba」で演奏されており、
「Double-Decade “NETWORK”」に始まるTM20周年のライブでも演奏された
それ以後TMでは一度も演奏されなかったが、
意外にも2007年のtribute LIVE「Spin Off from TM 2007」では、
シングルバージョンで演奏されている


「Screen of Life」は20周年を代表する曲であり、
20周年のライブでも1曲目など大事な場所で演奏された
その後も2009年、ウツの「SMALL NETWORK」や、
2015年TMの「30th Final」でも演奏されている
ウツが好きな曲ということもあるのだろう


以上に対して「風のない十字路」は、
20周年ライブも含めてTMでは一度も演奏されたことがない
好きな曲だけに、一度TMで聞いてみたかった曲である
ただ木根ソロでは演奏されたことがあり、
また2007年のtribute LIVE「Spin Off from TM 2007」でも、
「君がいる朝」と日替わりで演奏された


NETWORK TM
R and C Ltd.
2004-02-25
TM NETWORK
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 19 / トラックバック 0 / コメント 10


7-15 小室哲哉の覚醒

2019/05/18 04:07
5/17、東京・大阪で、
「TMN final live LAST GROOVE 1994」のライブハウス上映会が行なわれました
私は行っていませんが、上映開始前の東京会場では、
石坂健一郎さん・川崎幹雄さん・藤井徹貫さんによるトークが行なわれました
多分こちらのレポートは、後日公式に発表されることでしょう


石坂さんはウツのメッセージを朗読しました
この様子は大阪でも中継されたはずです
メッセージ朗読シーンは、ネットに動画が投稿されていました

会場にお集まりの皆さん、35周年を盛り上げてくれて、ありがとうございます。
今日会場にはうかがえませんが、皆さんの応援に改めて深く感謝しています。
僕たち3人も年齢を重ねてきましたが、奇跡的にみんな元気にやっています。
この先は自然の流れに任せつつ、音楽活動ができたらなと思っています。
25年前のLAST GROOVE、最後までゆっくり楽しんでいってください。本日はご来場ありがとうございます。
令和元年5月17日、宇都宮隆


また今回の上映会に先駆けて、
ネットには4/21の上映会の関連動画レポートインタビューなどが出ました
最後の木根さんインタビューには、思い出話も色々と語られています


「アルバム『EXPO』で総括して。「じゃ、とりあえず一回休もう」って、てっちゃんに言われたんだけど」
というところなどは、
小室さんの提案がどういうニュアンスだったのか気になるところですが、
考えてみれば活動休止の時の話が語られるのて珍しいですよね
あと「STARCAMP TOKYO」について、
「つっこみどころ満載だよね(笑)」てのは、なかなか率直な感想です(笑)


今回の上映会と、5/22の「TM NETWORK THE VIDEOS」を以て、
TM35周年関連の企画は多分終わると思います
まあ企画といっても、完全にSONYの過去作品の再販活動だったんですけど、
振り返ってみると、何もないよりはよかったんだろうなと思います


ウツは「それゆけ!歌謡曲〜ギア4 one〜」を来月まで開催しています
また木根さんは、6/22から8/12まで約2カ月、
「NAOTO KINE 2626ツアー」開催します
(なおまだ公演は増える可能性があるとのこと)
去年の「2525ツアー」を受けたネーミングですが、今後も数字を増やしていくんでしょうか
チケットの一般発売はTMのBOXリリース日の5/22です
て、一般発売も何も、FCなくなったから、チケットは全部一般なんですよね多分


では本題に入ります
いよいよ今回から、TM20周年の本編に入ります
今回は客観的な事実の整理と言うよりは、
私の推測・解釈がかなり入っていますので、異論をお待ちしております

-------------------------------
2003/12/30のことである
TM NETWORKは3年ぶりに、音楽番組に生出演を果たした
特番「ザ・ベストテン2003」である
この特番は「ザ・ベストテン」放送当時の名曲を歌うというもので、
2000〜04年の間、毎年年末に放送されていたが、
この時はTMの「Get Wild」が8位となった


ランキングが発表されると、
3人は80年代と同じセットから、スタジオに登場する
3人ともスーツ姿である
小室は何を勘違いしたか、登場するなりカメラに投げキスである


ちゅ


この時司会の黒柳徹子は、
小室に対しては1年前の結婚式やKEIKOの話を振るなど、
それなりの時間を取ったのだが、
ウツに対しては「しばらくでございましたね」と話しかけ、
ウツが「4年ぶりくらいですかね」と返事すると、
「そんなに何十年も前てわけでもないですかね」と言って早々に話を切り上げ、
さらに木根に至っては、
「じゃあ木根様、どーも、しばくらぶりです」
→木根「お久しぶりです」→黒柳「どーも、どーも」
で終わりという、なんともおざなりな対応だった
小室とのトークに時間を使いすぎて時間がなくなったのだろうか


なおこの時、黒柳が小室に、
「(KEIKOは)お仕事も一緒だから、家庭生活どっぷりというわけでもないですかね?」
と質問したところ、小室が「どっぷりです」と答えたのは、
この後で述べる当時の小室の状況を考えると、
必ずしも笑えないところがある


小室は黒柳の「Get Wild & Tough」「Get Chance & Luck」「TM NETWORK」の声を事前に録音し、
演奏の時にサンプリングして使用した
1989年に「夜のヒットスタジオDX」で披露した演出で、
その頃のパフォーマンスを知っていた番組スタッフが企画したものだろう


イントロでは黒柳の「Get Wild & Tough」が使われ、
間奏では黒柳声で「GeGeGeGe」が流れた
ただ正直、黒柳の声と曲はまったく合っていない
また演奏は、サンプリングボイス以外はカラオケと思われる
全体としてあまり見るべきところのないパフォーマンスだったが、
短くなった間奏を除きほぼフルコーラスだったのは、
21世紀のTV出演では珍しい例である


なおTMはパフォーマンス後、
番組が終わるまでスタジオのソファーに座り、
7位以後の歌手のコメントや歌も見ていた
その一人に「タイム・トラベル」を歌った原田真二もいたが、
ウツはこの時に原田と初めて話をした
これが、次のソロアルバムのプロデュースを原田に依頼する前提となる


さて、この日はTM NETWORK 20周年において重要な日だった
3人はこの日を年内の仕事納めとし、
年明けからレコーディングに入る予定だったのだが、
よりによって小室がこの日になってメンバーとスタッフに、
翌年の仕事の内容の変更を提案したのである


それは、次のシングルに自分の新曲を1曲入れたいというもので、
すでに曲は制作中だとも告白された
この提案にスタッフは大いに困惑し、
スケジュール調整などに奔走したという
今からで間に合うのかという不安もあったらしい


結局小室のこの提案は通り、
新曲はシングル「NETWORK™」の1曲目として収録されることになった
これがTM20周年を代表する曲になった「Screen of Life」である
この件は、私はTM20周年にとって大きな出来事だったと考えている
それは「Screen of Life」という1曲が生まれただけでなく、
20周年のプラン自体もこの時に変化したと考えているからである


そもそも小室の新曲制作が新提案だったということは、
2004年のTMは小室の新曲がないままで活動を行なう予定だったはずである
だが一方でレコーディングは計画されていた
それは後で述べる様に、過去曲のリミックスだったと考えられる
関係者は年末にも、その前提で動いていたのだろう


ところが小室はレコーディングの日程が目前に迫り音作りを始めた中で、
新曲を作る手応えをつかんできたのだと考えられる
以下ではしばらく、この件を考察したい


TMはこれ以前、クリスマス前に、
メンバーのFC会員向けのダイレクトメールで、
2004年の20周年関連企画を発表していた
2/25のシングルリリース、3月末のアルバムリリース、
「Fan Event in Naeba」のライブDVDの限定販売、
TMデビュー20周年記念日4/21の横浜アリーナライブである


この時に告知されたシングルの情報では、
表題は「Take it to the lucky〜金曜日のライオン〜」とされ、
カップリングとして木根の新曲も入るとされていた
前者はTMデビュー曲「金曜日のライオン」のトランスミックスで、
「Fan Event in Naeba」で披露されていたものである
「ザ・ベストテン2003」でも、
「金曜日のライオン」セルフカバーと横浜アリーナライブの予定が告知されている
木根曲の曲名はこの時点では決まっていなかったが、
後に「風のない十字路」と名付けられた


「Take it to the lucky」は、
2003/11/10〜13にレコーディングが行なわれており、
木根による「風のない十字路」のデモテープも、
その時点ですでにできていた


だがなぜか「風のない十字路」のレコーディングは年内には行なわれず、
両曲の商品化も翌年2月末まで待つこととなった
おそらく3月のアルバムリリースと連動させることで、
ファンの関心をアルバムにつなげることを意識した日程だろう
そしてここで改めて注意したいのは、
この時点でシングルに小室の新曲が入る予定がなかったことである


一般に先行シングルは、アルバムの顔となる曲を入れるものであり、
TMの場合それは当然、小室の新曲である
ところがこの時はそれが予定されていなかった
こんな不可解な例は、これまでほとんどない


唯一の例として挙げられるのは、
1989年に「Get Wild '89」をはじめとする3枚のリプロダクションシングルが出されたことくらいである
そしてこの時に出されたアルバムは、
海外プロデューサーによるTM楽曲のリプロダクション作品集「Dress」だった
つまりリプロダクションアルバム(要するにリミックス版)を出すから、
その音の紹介としてリミックス音源を数曲先行発表したのである


だとすれば、2004年にリミックス曲が先行シングルとされたのは、
その後のアルバムもリミックスアルバムが想定されていたためではないかと思えてくる
私はこの時点では、小室の新曲はアルバムに入らないことになっていたと考えている
インストやSEくらいはあったかもしれないが、
少なくとも歌入りの新曲は想定されていなかったのではないか


逆にもしも新曲の収録が想定されていたのならば、
ファンへのアピールのためにも先行シングルに選ぶのが普通だろう
たとえば1992年リリースの提供楽曲セルフカバーアルバム「Hit Factory」には、
新曲として歌入り2曲とインスト1曲も含まれていたが、
先行シングルとしてはその中から「Magic」が選ばれている
また1999年のglobeリミックスアルバム「first reproducts」の先行シングルとしても、
1曲だけ収録された新曲「Miss Your Body」が選ばれている


だとすれば年末に小室が新曲を入れたいと発言したのは、
シングルに1曲を加えるだけという話ではなくなる
それはアルバムにも新曲を入れたい、
少なくとも単なるリミックス盤ではないものにしたい、
という主張だったことになる
実際に年明けに作られた20周年記念アルバム「NETWORK〜Easy Listening〜」は、
オリジナル曲とリミックス曲双方を含む独特な形態となった


リミックスアルバム計画という想定は、必ずしも突飛な発想ではない
そもそもTMは2002年秋、
リミックスアルバムで吉本での活動を始動させる予定だった
TMの本格始動自体がうやむやになり、この計画は語られなくなったが、
20周年を目前としてようやく活動を始めるという時点で、
リミックスアルバム計画が復活したことは十分にあり得るだろう


逆に当初からオリジナルアルバムが計画されていたのならば、
理解しがたい点がある
「Easy Listening」の制作期間の短さである


「Easy Listening」のレコーディングは、
11月にレコーディング済みだった「Take it to the lucky」を除くと、
2004/1/6から始まった
まずはシングル用の「Screen of Life」「風のない十字路」の制作から始まり、
これらが1月半ばに完成すると、
以後はアルバム用楽曲の制作に移った
木根によれば、完成はバレンタインデー直前(2/13頃?)だったという


この「完成」がどの段階を指すのかははっきりしないが、
アルバムリリース日3/24まではまだ余裕がある
おそらくバレンタイン直前とは小室の音源制作が終わった段階であり、
この後に1週間程度でトラックダウンが行なわれたものだろう


トラックダウンはロンドンのDave Fordが行なった
元PWL所属のミキサーで、
プロデューサー期以来小室の作品を多く手掛けてきた人物だが、
TMに関わったのは本アルバムが初めてである
アルバム制作は2/13頃に小室の手を離れ(木根の言う「完成」)、
その後アメリカで最終的な音源が完成したものと考えたい


以上のスケジュールを見ると、
シングル・アルバムは一連の作業の中で制作されており、
その期間は1カ月半程度である
このスケジュールはオリジナルアルバム制作期間としてはかなり短い
比較のため、これまでのオリジナルアルバムについて、
トラックダウンまで含む制作期間を以下にまとめておこう

「Rainbow Rainbow」:4ヶ月(1983/10〜1984/2)
「Childhood's End」:5ヶ月(1984/12〜1985/4)
「Gorilla」:2ヶ月(1986/2〜4)
「Self Control」:3ヶ月(1986/9〜12)
「humansystem」:2ヶ月(1987/7〜9)
「CAROL」:3ヶ月(1988/6末〜8初、1988/8末〜10初)
「Rhythm Red」:3ヶ月(1990/5〜8)
「EXPO」:3ヶ月(1991/3〜6)
「Major Turn-Round」:3ヶ月(2000/8〜11)


「Easy Listening」のレコーディング期間の短さは、
制作が順調に進んで早く終わったため、というわけではあるまい
年度内(3月まで)のシングル・アルバムリリースは、
R&Cとの契約での必須条件だったはずであり、
そのためにはレコーディング全行程は2月に終わる必要があった
それにもかかわらずレコーディングは年明けに始まったのだから、
もともと1カ月半程度で制作することが想定されていたと考えざるを得ない


TKプロデュース全盛期、1か月でアルバムを作った話などはよく語られるが、
2003年頃の小室が楽曲制作ペースの谷底期にあったことも考えれば、
オリジナルアルバムの制作スケジュールとしては、あまりにも危険である
この点からも当初予定されていたのは、
リミックスアルバムの制作だったと見るのが自然ではないか


実際に作られたアルバム「NETWORK〜Easy Listening〜」は、
10曲中3曲が「終了」以前の楽曲のトランスミックスとなっている
また最後の3曲はインストや準SE的な曲になっているが、
小室はこれについて、音はこだわって作っていると断りながら、
分数(収録時間)や曲数の数合わせの意味もあったと白状している
そのため本作をオリジナルアルバムとして数えるのは不適当だという批判も、
しばしば見られるところである


この批判はたしかにもっともなところもある
だが1カ月半の日程が本来リミックスアルバム用の制作スケジュールだったのならば、
それを限られた時間の中で可能なだけオリジナル盤に近づけようと尽力した結果ともいえる
実際に本作制作中の小室は、寝るかレコーディングしているかの日々だったといい、
小室は久々にスイッチの入った状態になっていたようである


以上のように想定した場合、
アルバム制作の方針はレコーディング開始の1週間前になって変更されたことになる
その場合もっとも変更が困難なのは、外注していた作業である
具体的には、Dave Fordの担当分が挙げられる


Daveはミキサーとしてトラックダウンを行なった以外に、
2002年のシングル「Castle in the Clouds」「君がいる朝」と、
木根の新曲「風のない十字路」について、
Additional Productionを行なっている
また「君がいる朝」「風のない十字路」については、
Ian CurnowもAdditional Productionに参加している


この3曲は原曲から大きくアレンジが変更されているが、
他の7曲と比べても明らかに異色の音である
小室もこの3曲についてこれまでコメントしたことがなく、
DaveとIanは「Additional」などではなく、実質的なリミックス作業を担当したと考えられる
2004年に入ってからこのような仕事の依頼ができるはずがなく、
2003年中には依頼されていたはずである


ならば当初計画されていたリミックスアルバムとは、
Dave・Ianが新曲3曲をリミックスし、
小室が「Take it to the lucky」をはじめとする過去曲のリミックスを担当するという構想だった可能性が高い


以上のように私は、TM20周年記念アルバムが2003年年末になって、
リミックスアルバムから(準)オリジナルアルバムに変更されたと推測している
この急な方針転換が混乱を生みながらも受け入れられたのは、
ウツ・木根やスタッフも、
新作としてはオリジナルアルバムが望ましいと考えていたからに違いない


ならばなぜ2003年には、リミックス盤でお茶を濁そうとしたのか
11/10〜13頃にシングル表題曲として「Take it to the lucky」がレコーディングされた時点で、
20周年はリミックス中心で行くのが基本方針だった可能性は高い
ただ私は、これ以前には別の方針が想定されていた可能性も考えている
以下、シングルの制作計画について整理してみよう


TMはすでに7月の時点で、
秋のシングルリリースと翌年のアルバムリリースを宣言していた
globeの東京ドームライブが中止になった後、
「Fan Event in Naeba」の開催が内定した5・6月頃、
新譜のレコーディングについても打ち合わせが行なわれたのだろう


「秋」のシングルリリースはもっとも遅くて11月としても、
10月中にはレコーディングを終える必要がある
9/5〜7には「Fan Event in Naeba」が開催されたから、
それから2ヶ月以内に制作しなくてはならないことになる


だが3人とも「Fan Event in Naeba」の直後は、しばらくソロ活動を行なった
具体的に確認すると、小室はイベント直後から、
KEIKOのソロシングルのレコーディングに入った
木根はソロミニアルバム「Ci è la musica due」の制作に入り、
9/24からはソロツアー「talk & live 番外編 vol.3」の後半の公演を始めた
ウツも9/15から「Tour wantok」のリハーサルを始めた


ウツによれば、「Tour wantok」中(9/20〜10/26)に、
TMのレコーディングが入る可能性があったという
たしかにその期間にレコーディングしないと、
秋(9〜11月)のシングルリリースは無理である
木根は実際に9月頃、TMの曲も作っていた
シングルに収録された「風のない十字路」と考えられる


小室はKEIKOのソロシングル以外、年内に仕事があった形跡がない
おそらく小室はKEIKOのシングル制作後、
9月下旬から10月にかけてTMシングル曲の制作に入る予定であり、
木根もそのための曲を準備していた
小室が音源を完成させたらウツの歌入れを行ない、
それを先行シングルとするという予定だったのだろう
ところが実際には10月が終わっても、
TMのレコーディングは行なわれなかった


木根は10/21シングルについて、
小室と打ち合わせを行なっている
その具体的な内容は不明だが、
この時点でレコーディングが行なわれていなかった以上、
秋のシングルリリースは不可能である
この日の2人はシングルリリース延期の確認と、
それを踏まえた20周年企画の見直しを行なったのだろう
11/10〜13の「Take it to the lucky」レコーディングは、
おそらくこの打ち合わせを経て決定したものである


レコーディングが11月までずれ込んだのは、
楽曲制作担当の小室の都合によるものだったと考えられる
この間、ウツも木根も予定通りにツアーをこなしていたし、
木根は自分の担当する曲を作っていた
問題は小室にあったと見られる


これは小室のスランプ状態が原因である可能性が高い
少なくとも2003年後半の小室が、
これ以前と比べて小室が多忙だったとは考えがたく、
単発のイベント出演とKEIKOのシングルを除き、
ほとんど仕事をしていない
しかもそのシングルも、1曲は夏に発表済、
2曲は小室ソロ曲・TM曲のリメイクであり、
実質的な新曲は「Humanrace」1曲である


小室は後に、KEIKOと結婚してからの約1年、
つまり2003年頃は創作意欲を失っていたと、自ら告白している
2003年3月に前妻吉田麻美への慰謝料支払いが滞ったことを考えると、
すでに経営・資金繰りで奔走する時期に入っていたと見られ、
それが楽曲制作にも関わっているのかもしれない


そのような中でレコーディングされた「Take it to the lucky」は、
「Fan Event in Naeba」で披露したライブ用トラックを手直ししたものだった
もしもこれが当初からシングル表題曲として想定されていたのならば、
音源の準備にそれほど手間取るとは考えがたく、
秋のシングルリリースの予定が延期されることもなかっただろう
おそらく小室が新曲を作れない状態だったことを踏まえ、
代替措置としてライブテイクをシングルにすることにしたものと考えられる


そう考えると、打ち合わせが行なわれた10/21は、
本来はシングルのレコーディング予定日だったとも考えられる
木根は10/17にソロツアー「talk & live 番外編 vol.3」を終えており、
ウツのソロツアー「Tour wantok」も、
10/19の名古屋公演の後は10/25Zepp Tokyo公演まで空いていた


ウツが名古屋から移動した後、休憩日を1日設けた上で、
21〜24日にレコーディングを行なうというのが当初の計画と考えれば理解しやすい
それならばウツのツアー中にレコーディングが予定されていたという話も、
整合的に理解することができる


しかし肝心の小室は曲を作ることができず、
シングルにはライブ用のトラックを使うことにした
この時点でメンバー・スタッフは、
小室の新曲を中心としたオリジナルアルバムの制作は困難と判断しただろう
しかし吉本との契約上、
アルバムは年度内にリリースしなくてはいけない
そこでかつてのリミックスアルバム計画を復活させ、
20周年はこれでお茶を濁すという方針が決まったものと推測する


仮にこのような事態があったとすれば、
これをもっとも不本意と感じたのは、当の小室自身だったはずだ
小室はその後も悩みあがき、そしてついに手応えを得た


この時点で新曲を入れたいとあらためて訴えたのが、
冒頭に触れた年末の小室の発言だったのだと思う
そしてその間の葛藤を生の言葉で表現したのが、
次章で触れる「Screen of Life」の歌詞だったのだろう


20周年を記念する作品として、
「Easy Listening」が満足の行く内容だとは、私も思わない
過去曲のリミックスと新曲を両方入れるならば、
「20」周年にちなんで新曲10曲+リミックス10曲の20曲2枚組くらい出してほしいとも、
当時は感じたものである


だがこの頃創作意欲が減退していたと告白する小室の状態を考えれば、
これでも最善の結果だったと考えるべきなのかもしれない
ともかくも年が明けてから小室がレコーディングを始めたことは、
メンバーやスタッフを安心させたようだ
ウツの2月初め頃のインタビューはそれを示していよう

ちゃんとリーダーがやってくれてる感じが嬉しいね。MCでいろいろしゃべる立場としてはさ、心のどこかで正直ちょっぴり不安があるから。いつもやるのかやらないのか、いや、やるのははっきりしてるんだけど、それがいつになるのかってね。みんなに話したくても話せない、はっきり言えないできた部分があるからさ。それが、どうやらちゃんとできそうなんで。


一方で20周年遂行のために奔走していた木根は、
苦しむ小室を見ながら、心苦しくも感じていたように思う
それを思わせるのが、「風のない十字路」の歌詞である
この曲については、本来次章で触れるべきところだが、
歌詞については先回りしてここで触れておきたい


本作は「We Are Starting Over」「君がいる朝」と続け、
木根が3部作の最後として作ったものだった
11月のレコーディング時、
木根がこの曲のデモテープを小室に聞かせたところ、
小室は自分が作詞することを提案したが、
結果的には3部作なら前2作を作詞した小室みつ子に依頼した方が良いということになったという


これを踏まえて木根はみつ子に作詞を依頼した
レコーディングは2004/1/6から始まったから、
11〜12月に依頼したことになる
avex期以前では、これが最後のみつ子作詞のTM曲となる
なおみつ子は「風が吹いたら」の部分などで、
コーラスにも参加している


3部作のテーマは、それぞれ男女の出会い・日常・別れだった
つまり「風のない十字路」は、それまで一緒にいた男女の別れの歌である
イメージとしては、3曲とも同じ二人を描いているのだろう


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、木根の本作のイメージは、
お互いを尊重しつつ別々の道を行くと言うものだった
実際に歌詞はそのような内容になっており、
木根が伝えたイメージに沿って書かれたと見て良い


歌詞を詳しく見ると、曲名の「風のない十字路」とは、
事態が停滞して動かない現状を表現したものであることが分かる
歌詞の主人公はこの十字路に立って思い出を振り返っている


歌詞には「たくさんの「はじめて」と交差してた終わり」とあるが、
これはパートナーと一緒に過ごしてきた日々が、
すでに終わったものになっていることを意味している
2人の関係は過去のものであり、新しい思い出はもう生まれない
そのような中で二人を取り巻く事態がすでに変化しつつあることは、
「きのうが流れ出」していると歌われていることから分かる


「君が選ばなかった毎日を今も過ごしている」
「僕は僕らしいままで今もここにいる」
というフレーズに見るように、
主人公の男性は過去にとらわれて、十字路から動き出せていない
しかし自分が留まることは相手の未来も縛ることになると考えたものか、
主人公はついに「風が吹いたら」、つまりきっかけができたら、
「ホントの自由を君に返すために」「別なあしたを歩き始めよう」
と決意するというのが、歌詞全体の流れである


みつ子はこの曲の歌詞の内容を以下のように要約している

別れではあるけれど、前向きな別れ。離れた相手のことをいつまでも想う限り、相手をどこかで引き止めてしまう。本当の意味で互いに自由を与え合うには、それぞれの道を歩もうと歩きださなくちゃというような気持ち。


木根はみつ子にこの曲の作詞を依頼する際に、
The Beatlesの「My Long and Winding Road」(のような歌詞)にしてくれと注文した
歌詞の冒頭が「曲がりくねった道(=winding road)」と始まるのは、
この注文を踏まえたものだろう


木根はこの注文につき、
「この言い方で、みっこちゃんなら僕の心情を理解してくれると思った」と、
簡略ながら意味深な書き方をしている
当時の木根とみつ子の間では共有されていた思いがあり、
木根はそれを前提として作詞を依頼したのだと思う


またみつ子によれば、木根は作詞の依頼をした時、
「ファンに期待をさせるようなものにはしたくない」
という趣旨のことを告げてきた
木根はすでに、TMがファンの期待に応え続けることに限界を感じていたことになる
この時みつ子も、苦悩も含めた木根の気持ちを感じ取ったという


要するにこの曲の歌詞は、みつ子が完全な創作として作ったものではなく、
関係者として知っていた木根の気持ちを踏まえて作ったものだった
そしてその気持ちとは、TMの限界を自覚したことに基づくものである
以上を踏まえて、この曲で歌われる男女の「別れ」を読み解けば、
それはTMとファンの別れ、もしくはTMメンバーの別れの象徴的表現ということになると思う


そもそも歌詞のモデルとされた「My Long and Winding Road」は、
最後までたどりつけない道を歩き続けることの苦しみを歌ったもので、
内部の関係が微妙になっていた時期のThe Beatlesのラストシングルでもある


木根があえてこの曲をモデルに持ってきたのは、
自らもTMの活動の難航に苦しんでいることを踏まえているのであり、
さらにいえば今回が最後の活動になる可能性も意識していたのだと思う
ならば別れを告げる相手として想定されているのは、
まず第一には小室哲哉であるに違いない


なお別の曲の話だが、木根は2004/2/24のインタビューで、
「君がいる朝」について、連れ添って一緒にいる感じとした上で、
メンバー3人がオーバーラップする歌詞だと言っている
これは木根が自分の曲の歌詞をTMメンバーの関係になぞらえる発想があったことを示しており、
「風のない十字路」にも同様の発想があったと見ることは困難ではない


ならば木根が「風のない十字路」に込めた気持ちとは、
長い間小室とはTMとして一緒に活動してきたけれど、
今回の活動が終わったら自由になって欲しい、ということだとも考えられる


そのように考えてよいならば、
この歌詞が依頼された2003年11〜12月頃、
木根は苦しむ小室にTMの活動を強いることを、
束縛とすら感じていたのではないか
その上で20周年の仕事が終わったら、
小室を解放してあげたいとすら思っていたのではないか


一曲の歌詞からどこまで読み取ってよいのか危いところもあるが、
もしもこのような読解が可能ならば、
20周年は実に危機的な状況下で遂行されたのだともいえる


だがその本格始動の直前も直前になって、
年末に小室は覚醒した
その覚醒は、十全な活動を実現するにはすでに遅きに失したものではあった
しかし一時期メンバーですら悲観しきっていた20周年の活動は、
ここから時間の限りの挽回へと向かっていくことになる


その挽回がどの程度達成できたのかは人によって評価が異なるだろうが、
私は20周年を形としてまとめるくらいには挽回できたと考えている
それは小室のあがきの結果でもあり、
木根やスタッフの忍耐が可能にしたものでもあった


次章以降は、2004年に行なわれた20周年の活動について、
具体的に触れて行こうと思う


NETWORK TM
R and C Ltd.
2004-02-25
TM NETWORK
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 25 / トラックバック 0 / コメント 12


7-14 Fan Event in Naeba

2019/04/22 02:06
つい2ヶ月前、カウンターの増設をした旨を書いたばかりですが、
先日気がついたら、旧カウンターが動いていませんでした
どうやらもともと利用していたサービス先が消滅したようです
ということで結果として、カウンターの切り替えということになりました
やっぱ無料サービスてのは怖いですねえ
まあこのBIGLOBEのブログサービスも無料なんですけど


さて、TM NETWORKデビュー35周年、おめでとうございます
4/21のTM35周年記念日には全国の映画館で、
「TMN final live LAST GROOVE 5.18/19」の上映が行なわれました
意外と動員も良かったようで、
大半の会場は前売り券で満員になっていました
私も一応見には行きました


今回の目玉は音・映像のレストアと、
松本孝弘さん出演の5.19「Get Wild '89」「You Can Dance」でした
まず映像については、まあこんなもんかなと思いました
映画館の大画面だからそこまできれいな映像とは思わなかったんですが、
家でBlu-rayをDVDと比べてみると違うのかもしれません


一方5.1chになった音はとてもよかったです
これまではちゃんと聞こえていなかった音もよく聞こえました
1994年の会場では席のせいもあり、必ずしも音は良くなかったので、
今回はこの音を聞きに行ったと考えれば良いのかなと感じています
Blu-rayになっても、家に5.1ch再生環境がないと再現できませんしね…


新追加の「Get Wild '89」は、
なぜか「もう一人のスペシャルゲスト、松本孝弘!」の紹介シーン前後が、
演奏も含めて削られており、
妙に気持ち悪いイントロになっていました
また浅倉大介さんの登場シーンも、以前と同様にカットされています
こんな1分くらいの映像、けちっていったい何の得があるんでしょうか
もしかしたら将来、「真の完全版」が出る可能性が…?
なんかBOOWY商法みたいになって参りました


この他、リハーサルシーンやエンディングなども含め、
事前告知があった部分以外、
映像の構成は基本的にほぼすべて既発売DVDと同一でした
また数カ所あった音の修正も変わっていません
まあこれはもともと期待はしていませんでしたが


「Get Wild '89」以外に映像の再編集告知があったのは、
「Rainbow Rainbow」「You Can Dance」です
「Rainbow Rainbow」は葛城さんと北島さんの映像のバランスが悪かったのを調整したものとのことです
(ふくりゅうさんが直々に教えてくれました


「You Can Dance」はかつての映像では松本さんが消されていましたが、
今回はちゃんと入り込むように編集されていました
こちらの映像、楽しそうな雰囲気が伝わってきて、とてもよかったです
最後の松本さんの雄たけびがなかったことにされているのは気になりましたが…


なお上映が終わると、5.18・5.19ともに、
最後に「in memory of ISAC SAKANISHI」の一行が映し出されました
TMのかつての映像監督坂西伊作さんをしのぶと言うメッセージが出たのは、
今回の企画にはSONY内部でも伊作さんの関係者が入っていたからでしょう
きっとTM3人も、同じことは感じているんだと思います


さて、TOHOシネマズ新宿では上映の前に、
木根さんとふくりゅうさんのが舞台挨拶がありました
その様子はすでにネットニュースに上がっており
全貌も近日中に公式サイトに出るそうです


また木根さんの挨拶の時の他、
各会場でも5.18と5.19の合間に告知されたのですが、
TMN「終了」ライブの前日に当たる5/17に、
東京のZepp DiverCityとZepp Osaka Baysideで、
また「TMN final live LAST GROOVE 1994」上映するそうです
(4/21のとは微妙にタイトルが違いますが、同じ内容のようです)
すでにチケットぴあで先行受付が始まっています
なおトークショーもありますが、登壇者は未発表です


今回の映画上映に先立って、企画を盛り上げるために、
同ライブについて関係者へのインタビューなどが行なわれました
たとえばCocotameでは立岡正樹さん、久保こーじさん、川崎幹雄さん(映画の映像プロデューサー)のインタビューが掲載され、
公式サイトでは葛城哲哉さんと山田亘さんのトーク動画も公開されています
中には初めて聞いた話もありました
関係者にはこういう機会にいっぱいしゃべってもらいたいものです


挨拶程度のものですが、35周年記念日にはメンバーの発言もありました
ウツは35周年記念日に、
「人生いろいろ♫ですが、3人とも生きているという小さな奇跡も迎えましたm(__)m 」
tweetしました
木根さんも上記舞台挨拶で、
「これだけは言えるのは、今のところ3人とも元気です(笑)。そして僕らも皆さんと同じ思いだということだけお伝えします」
と言ったそうです


さて、前回大騒ぎで話題にした「TM NETWORK THE VIDEOS」ですが、
謎に包まれていた特典ディスク2枚目の内容が判明しました
1988/8/25開催の東京ドームライブ「STARCAMP TOKYO」です
ただし「Dragon The Festival Tour」とは異なり、
完全収録ではなく、2/3程度の収録となります
その内容はNHK総合の1時間版と同じとのことです


編集用経費がかかるからテレビで放映されたものを使うというのは分かります
しかしこの件で解せないのは、
なぜNHK総合版なのかということです
というのもこのライブ、当時はNHK総合以外にNHK BSでも放送されており、
BSの方が2曲多いのです
当然ながら、この2曲は放送用に編集済みです


つまり今回の収録内容は編集費用の問題ではなく、
単なるSONYの出し渋りです
ここで出し渋るということは、
今後まだTMの映像作品で稼ぐつもりなのでしょう


これに対して「Dragon The Festival Tour」を最初から完全版で出すのは、
たぶんブレイク前の本ツアーは今後もたいした金づるにならないのに対し、
全盛期の「STARCAMP TOKYO」は、
小出しにすれば金づるになると考えているからだと思います


正直今後「STARCAMP TOKYO」が中途半端に増補されても、
完全版じゃない限り買う気はないですが、
もしもSONYがそういう考えなら、
「価値がない」時期の「Electric Prophet」(1984年)や「Fanks Dyna-Mix」(1986年)の完全版を出してほしいものです


また「final live LAST GROOVE」両日分のライブDVDが2枚組で、
「TM NETWORK THE VIDEOS」と同日の5/22にリリースされるそうです
BOXを買うほどではないけど「LAST GROOVE」だけなら買いたいという方用でしょうね
ただ「LAST GROOVE」は過去に発売したものもまだ在庫があるようです
こちらは画質が悪い上に1曲少ないのに、今回の商品よりも高くなります


メンバーの活動を見ると、
ウツは4/1から「それゆけ!歌謡曲〜ギア4 one〜」が始まりました
また4/17には「Tour Thanatos」のBlu-rayが一般発売されました
「Open Your Heart」「Ignition, Sequence, Start」「Runnning To Horizon」などが収録されています


木根さんはコラボライブなどを回っています
また4/4には日本テレビの「笑神様は突然に」の特番に出演しました
正月に続き2回目ですね
私は見ていませんけど


またFM COCOLOの「J-POP Legend Forum」では、
今月は毎週ゲストを招いて小室哲哉特集をやっています
これまで藤井徹貫さん・木根さん・DJ KOOさんなどが出演しています
木根さんの時には結構じっくりとTM話をしてくれました
木根さん、番組の締めに、
「でもなんか僕は予感としてね、もう一度TMはできるんじゃないかなと勝手に、希望的観測を持って、メンバーとして」と言っていました
TMはまだ終わっていないと言うスタンスを取り続けてくれているのは嬉しいところです


小室さんについてはBOXのリリースが終わった後、
今度は「Tetsuya Komuro Archives」のT版・K版各50曲から20曲をセレクトした「T SELECTION」「K SELECTION」と、
CD版に入らなかった小室さんの楽曲20曲を集めた「Tetsuya Komuro Archives EX」が、
4/10に配信限定でリリースされました(収録曲にミスがあったEXのみ4/17に延期)


以上、近況だけで相当長くなってしまいましたが、
2ヵ月半ぶりに本題に入ります
もう皆さん覚えていらっしゃらないと思いますが、
前回「7-13 20周年への助走」を踏まえて、
2003/9/6・7開催の「Fan Event in Naeba」の内容のまとめです
(具体的内容は9/7に準じる)
期せずして「終了」の話から始まります

------------------------------
ファンが待ちわびる中、
SEなどもない中で、メンバーがステージに現れる
ウツ・木根・吉田はステージの椅子に着席する
通常のTMのライブの場合、オープニングで何らかの演出を設けたり、
派手なSEやイントロを流したりするのだが、
普通にステージ奥からメンバーが歩いて現れるという始まりは稀有である


1曲目は誰も予想しなかったであろう「Nights of the Knife」である
言うまでもなくTMN「終了」の曲で、1994年以来の演奏となる
この曲がここで選ばれたのは、
20周年という節目を強く意識したイベントだったからだろうが、
観客の中には「終了」を思い出した者もいたかもしれない


実は「Nights of the Knife」は、
「新しい始まりが今」から歌詞が始まることから分かるように、
新たな活動に移ることを宣言した曲である
もちろんリリース当時、それは実質的にはTMN「終了」を意味したのだが、
「we are going to make a brand-new day」と言っているように、
歌詞の趣旨はあくまでも次の活動を前向きに告げる内容である


20周年の助走となる本イベントをこの曲で始めたのは、
ファンに対して今からが「新しい始まり」となることを宣言したものだろう
TMファンにとってのトラウマになったこの曲は、
この時に別の意味を与えられ生まれ変わったのである
この曲は翌年の20周年ライブでも演奏されたが、
それも同様の意味づけの下で行なわれたものと考えられる


演奏が終わると、ウツの舌足らずなMCが入り、
「Nights of the Knife」の上記の位置付けがなんとなく述べられる

えー、あらためてこんばんは。「終了」の歌ですが、まーなんかこれも、続きみたいなね、新たなまた始まりで。えー、84年にデビューしたわけなんですが、実質結成から考えると、まー今年がね、本当は20周年。で来年が本当の…


ここで木根は「どっちがホントなの」と突っ込むが、
ウツが笑いながら続ける

まーでもなんかあの、よく最近ね、「tribute LIVE」やったばかりだし、20年なんていってますけど、よく考えると、なんか演歌の世界だと、20周年だと先生みたいなのも、なんか違うね20周年ていってもね。


ここで木根が「北島先生に比べたら」と、どうでもいい絡み方をしてきて、
ウツが「え?」と戸惑う

木根「北島三郎さんが40周年迎えたから」(北島三郎は1962年デビュー)
ウツ「そうですね。(木根は)なんかそういうの詳しい」
木根「ぼくらは「函館の女(おんな)」から…「函館の女(ひと)」か」
ウツ「あー、そうですね、ええ」


ここで会話が途切れ、微妙な空気になり、
木根が「すばらしいトークの交流だね!」と、無理やり話を進める

ウツ「まあね、昨日もね、こんな感じだったんですけど」
小室「そうだね」


やっと小室が一瞬だけ会話に加わり、観客拍手

ウツ「ま、今日、今夜はですね、いろんな曲をご用意致しております」
観客拍手
ウツ「なかなかね、集まることないんで、おさらいみたいな、来年に向けての、おさらいみたいな。ホントにね、おさらいになりました」
観客笑い
ウツ「いろんなこと考えたのも、今回も何曲かあるんですが。でまあ、軽く、ほとんど木根君になると思うんですが、トークの達人として、こういったトークを交えて」
木根「いやあの、なんかこう、ぼくの話なんてのはもうね、よく出しているんで、いろんなところで。やっぱ小室さんの声なんかも聞きたいんじゃないかと思うんですけど」


木根がシンセをいじる小室に話を振ると、観客の拍手
ウツは「大丈夫ですか?」と小室に話しかけ、
小室は「ええ、リハーサルで声出してないですからね、一言も。すいません。大丈夫です」と答えるが、
ウツは「大丈夫ですか?」と再確認
小室は今度は沈黙したため、
ウツは改めて「ばっちりですか?」と問いかけると、
小室は笑いながら「ばっちりです」と答え、
ウツは「あのー、次の合間からよろしく」と続けた
観客が笑いながら拍手する中、ウツ「じゃあ次行きましょう」


ここでウツが「大丈夫ですか?」と聞いたのには、
一つの伏線がある
この日(9/7)の小室は体調を崩しており、
夕食前のトークショーでは席を外して吐きに行き、
写真撮影会でも鼻血を出すという場面があったのである


その後休憩を取ってライブに臨んだわけだが、
おそらく万全の体調ではなかっただろう
翌日木根とウツがイベントを終えて苗場を出た後も、
小室はホテルで寝込んでいたと言う
こうした状態がこの日だけのことなのか、
精神的な原因から不調が続いていたのかはよく分からない


さて、2曲目は「Human System」である
小室は楽器をシンセからピアノにシフトする
基本的にオリジナルバージョンの演奏だが、
「ClassixT」収録の「café de paris mix」で使われたドラムのフレーズが用いられている


3曲目は、この日の目玉というべき「金曜日のライオン」である
原曲とは大きく異なり、トランスアレンジが施されている
これがTM版トランスの初披露となる
最新のTMの音を、TMの始まりの曲(デビュー曲)で試みたわけである


このアレンジの「金曜日のライオン」は、
翌年「Take it to the lucky(金曜日のライオン)」と題され、
(原曲のメインタイトルとサブタイトルを入れ替えたもの)
シングル「NETWORK™」に収録された


シングル用のオケはライブ用トラックのデータを手直ししたものであり、
その点でシングル版の音は基本的には本ライブで披露されていたことになる
もちろん本ライブの演奏とシングル版には異なる部分もあるが、
これについては別章で触れることにしたい
なお2004年のアルバム「Easy Listening」リリース時にはPVが作られなかったので、
メディアでの宣伝では、DVDのこの曲の演奏シーンが流された


この曲の後にウツは、
「金曜日のライオン」がニューアレンジになりました」とファンにアピールし、
小室に「やっぱトランス系なんですかね?」と聞くと、
小室はそうだと答えた上で、20年ぶりにこの曲をいじったと述べた
(実際には80年代にはかなりアレンジを加えて演奏していたのだが)


その後はメンバーがデビュー当時のエピソードをめいめいに話した
木根は、ライブで「Electric Prophet」を演奏している間、
松本孝弘が寝てしまうことがあったというエピソードを語る
FANKS時代のアレンジでは、
終盤のサビ繰り返しまでエレキギターが出る場面がなく、
松本は5分ほど立ちっぱなしになることになるし、
ライブの最後の曲でもあったから、つい油断してしまうこともあったのだろう


またウツは、1984年のライブの話をした
デビュー当時はライブをやらないことにしていたが、
どんな人が来るか確認するため、実験としてライブをやったのだという
1984年6〜7月のライブのことだろう
この時、客が踊り出すと言う予想しなかった行動を取ったため、
後にTMでダンスを取り入れたという
時間軸がかなり飛んでいる話をまとめて話している印象もあるが、
デビュー当時はダンスという要素を想定していなかったという証言は興味深い


ウツがサポートの吉田建と葛城哲哉を紹介し、次の曲に入る
独特なシンセのイントロで始まる「8月の長い夜」である
原曲とはかなりアレンジが替わっているが、
特に小室のピアノパートはとても好きだ
「Tour TMN EXPO」のフォークパビリオンを除けば、
この曲が演奏されるのは1989年「CAROL Tour」以来14年ぶりである
9月初めという日程を意識した選曲だろう


次の「Girl」も、フォークパビリオンを除けば、
TMでは1987年「Kiss Japan Tour」以来となる演奏である
ただ直前の「tribute LIVE」でも演奏されたので、
参加者にとって懐かしさという点ではそれほどでもなかったかもしれない
明るい雰囲気だった「8月の長い夜」とは打って変わって、
緊張感のある演奏である


「8月の長い夜」が終わると、小室がシンセからピアノに移動し、演奏を始める
ウツ、「ピアノ、小室哲哉」と言ってステージから退く
前半は「CAROL」組曲の「A Day in the Girl's Life」で、
「キヲクトキロク」「CAROL (unreleased piano version)」を意識した演奏となっている
後半は多分即興演奏だと思う


長時間の雑談に入る
初めは葛城がライブ中のインスト演奏の意義について論じていたが、
木根に話が振られると、
なぜか竹馬や空中浮遊などパフォーマンスの話になってしまった


次の曲は「Dreams of Christmas」
アコースティック楽器のみのシンプルな演奏である
この時はウツもアコースティックギターを演奏した


♪君はきっと埋まっているよぉ


「8月の長い夜」と同じライブでクリスマスソングを演奏するのはどうかとも思うが、
この曲のオリジナルシンガー4人が揃ったことから、
季節感の無さすぎる選曲になったのだろう
この曲はウツ・木根のソロライブなどで演奏されることはあったが、
4人そろった演奏はこの時以外では、
「Rhythm Red Tour」「Tour TMN EXPO」のクリスマス前後の数公演で披露されたくらいである


この演奏は、意外なところにつながる
このイベントにはKEIKOもついてきて、会場で見ていたのだが、
この曲を聞いて自分も歌いたいと言い出したのである
小室は9/8に帰宅した後、
9/9からKEIKOのソロシングル「KCO」のレコーディングに入ったが、
本作に「Dreams of Christmas」が入ったのは、これがきっかけだった


「Seven Days War」
この曲、オリジナルではウツの歌で始まるが、
この時は小室のピアノで始まり、その後にウツの歌が乗るというアレンジだった
前曲から引き続き、アンプラグドの演奏で、
特にピアノが前面に出されている
最後はウツが「どうもありがとう」と言って締める


MCに入る
ウツが、「Seven Days War」がロンドンで制作されたことや、
小室がロンドンに住んでいたことに言及し、
ロンドンでの活動に当たりEPIC/SONY社長(当時)の丸山茂雄の後押しがあったことにも触れた


ここで丸山の手紙が出された
20周年を迎えるTMに向けて認めたものである
木根がこれを朗読し、小室はバックでピアノを伴奏した
演奏曲は「1974」「Self Control」「Get Wild」「Love Train」と変わり、
最後にはglobeの「Feel Like Dance」になった
TMのイベントでglobe曲を演奏するのは疑問に思うところだが、
それまでの自らの道のりを曲で時代順に表現したものだろうか


個人的にこうした演出をファンの前で行なうのは好きではないが、
動き出しが鈍かったTM(特に小室)に対しては、
いくらかの刺激(叱咤激励)にはなったものと思う
その全文は翌年の「Double Decade “NETWORK” in YOKOHAMA ARENA」のパンフレットに、
丸山の署名とともに収録されている
以下にこれを転載しよう

小室哲哉様
宇都宮隆様
木根尚登様

背景 新涼の頃、TM NETWORKが20周年に向け本格的な活動を始めるとの知らせに老翁の心を躍らせております。

こんな堅苦しい挨拶は君達と私の間では不似合でしょうか。いえ、君達も不惑を過ぎ、これくらいの挨拶が馴染む大人になったのですね。そうわかっていても、ついつい思い出すのは、出会った頃の事、20代の君達が自信と不安、理想と現実の狭間で揺れていた頃です。

当時、まだヨチヨチ歩きだったEPICレコードも、今年25周年を迎えました。手前味噌のようですが、私が社長を務め、君達がアイドルだった80年代は、50周年になろうと100周年になろうと語り継がれるでしょう。その群雄割拠の時代、百花繚乱の季節、TM NETWORKは一つの使命を持ち、それを果たしたのだと考えます。ジャパニーズ・ポップスのクオリティーをワンランク引き上げ、ロック・フィールドに華やかさを持ち込み、J-POPエンタテインメントの基礎を築いたのだから、この事はもっともっと誇りに思うべきだと思います。

そして、今年はいよいよTM NETWORKデビュー20周年。20年と言えば、生まれたての赤ちゃんがまがりなりにも大人になる年月です。言葉を覚え、ひとり歩きを始め、友達ができ、初恋をし、失恋を味わい、人生について考え、夢を抱き、夢破れ、また夢を掲げ、そして責任と義務を認められるようになるまでの時間です。

君達TM NETWORKも同じでしょう。20周年だ、ベテランだと、見張り塔から雲の行方を眺めるのは怠け者です。TM NETWORKを名乗るからには、自身と不安を抱えながら新たな居場所を探す旅を続けてください。

大人にならなければ見えない夢、大人にならなければ感じられない事があります。今の君達だから歌える歌は限りないでしょう。この老翁も、君達に負けないようまだまだ前を向いて走り続けます。あの頃よりも体力は落ちても、ゆっくり走らなければ見えない風景もあるのだと言い聞かせながら。

新しいスタートラインを前に、タイムマシン号の調整は万全ですか?
哲ちゃんは地図を描きましたか?
ウツは操縦桿を握りましたか?
木根君は安全ベルトをしっかり締めましたか?
君達の乗ったタイムマシンが金色の尾を引き、天空を横切るのを楽しみに待ちながら、今日も夜空を見上げましょう。

敬具
丸山茂雄


朗読が終わると、観客の拍手
これにてMCコーナーは終わり、
ウツ・木根・吉田も含めて全員が起立する
ウツが「そろそろ、新しい曲に行きましょう」と言うと、
「Castle in the Clouds」の演奏が始まる
「新しい曲」とはいっても、すでに1年近く前の曲だが…


小室はこの曲では意外にもピアノを担当するが、
この音色は意外と良く合っている
なお2002年の「Laugh & Peace Premium Night」では、
小室はこの曲でシンセを演奏した


ウツのMC
「ありがとうございます。久々に歌いました。たしか今回で2回目だったと思います」
すると木根、
「大丈夫大丈夫、「一途な恋」は歌ってないから」
などと余計な事を言ってしまう


観客から「歌って―」の声
ウツは「歌わねーし」と答えるも、
木根はギターを弾いて「一途なこーいー♪」とワンフレーズだけ歌い、
観客も後から合唱する事態になる
この曲は生では歌えないため、これまでも演奏されてこなかったのだが、
木根は「(歌えない部分は)みんなに歌ってもらえばいい」と言い、
小室も、長淵剛のように会場だけで歌ってもいいと話す


ウツは「でも一途な恋に限らず、(歌ったことない曲なら)いっぱいあります」と言い、
「I Want TV」「You're The Best」などのレア曲に話題が及んだ
小室は応援歌として「You're The Best」よりも「Just One Victory」を推したい旨を述べたが、
実際に20周年ライブでは「Just One Victory」のライブバージョンが一つの目玉になった
この時点で「Just One Victory」が念頭にあったのかもしれない


そろそろ時間が来たのか、ウツがまとめに入り、
20周年に向けての抱負を小室と木根に求めた
これに対して小室は、
1999年に再始動したのはどこかにやり残した感があったからだとして、
TM NETWORKの20周年を形にしたいと述べた
木根は、今回のイベントで出た話題を20周年に預かっておきたいとして、
20周年を次のステップとなる年として大切にしたいと述べた


最後にウツは、普段はTMの曲をちゃんと聞く機会がないとのことで、
「Rainbow Rainbow」から聞いて練習しておく、選曲の神様として頑張ると述べた
そして最後にひとこと
「ということで、最後の曲を聞いて下さい」


曲は「Love Train」のトランスミックスである
これは翌年「Easy Listening」「Love Train -Extended Mix-」として収録されるものの元になったものだが、
「金曜日のライオン」と比べると後のスタジオ音源との差異が大きい
この曲のアレンジについては、別章で改めて触れることにする


なお9/6には、この曲でブレイクが入る箇所の後、
小室がガイドになる音を出さなかったため、
バンドメンバーが混乱する場面があったらしい(2番のサビ前か)
さすがに9/7には行なわなかったようだが、
音の加減を即興でいじる場面は、
翌年の「Double Decade Tour」でもしばしば見られた


演奏が終わるとウツが、
「どうもありがとう。来年会いましょう」と言い、
メンバーはステージから退場する
そしてスタッフが出てきて、ライブの終わりを告げた


なおここまでの流れから明らかなように、
ライブは「Love Train」まで一連の流れで構成されており、
メンバーも一時退場などはしていない
ところがDVDでは「Love Train」のみ「Encore」と書かれている
これはアンコールではないと思うのだが、
DVD製作者の意図がよく分からない


DVDにはこの後、
トークシーン、リハーサル、写真撮影会などのダイジェスト映像が収録される
BGMは「MESSaGE」のインストだが、
この音源はシングル収録のインストとミックスが違っている
(BGM用に、サビの部分などで音が減らされている)
DVDリリース告知では、この部分について、
「あの曲のNEWバージョンが収録されています!」として宣伝されたが、
別にもったいぶってアピールするほどのものではない


NETWORK -Easy Listening-
コロムビアミュージックエンタテインメント
2004-03-24
TM NETWORK
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 30 / トラックバック 0 / コメント 11


TM NETWORK THE VIDEOS!! イエーーイ!

2019/03/24 03:08
2か月ぶりの青い惑星の愚か者です
それなりの話題があったにもかかわらず、
ブログの更新が止まってしまい、すみません
結構多忙な日々が続いており、放置しておりました
ただそろそろ放置もまずいかなあと思い、
せめて近況だけでもまとめに来た次第です


2/8に公開された「劇場版シティーハンター」は非常に好調なようで、
3/22には動員数100万人を突破したそうです
同日から新たに上映館を増やしたようですが、
公開後6週間目で増えるってすごいですよね
正直言って、こんなに盛り上がるとは思っていませんでした
私は見に行っていないので、内容はまったく知らないのですが…


2/16に新宿バルト9で行なわれた関係者の舞台挨拶では、
ウツから寄せられたメッセージも読まれました
またこの舞台挨拶では、
小室さんも試写会に来て喜んでいたことも述べられたそうです


3/7以後は各地の映画館で「大ヒット“もっこり”かけ声応援上映会」が開催されましたが、
主人公冴羽獠の誕生日3/26にはTOHOシネマズ新宿で、
「リョウちゃんお誕生日記念 舞台挨拶付き“もっこり”応援上映会」開催されます
舞台挨拶は全国の劇場でライブビューイングで中継されるそうです


この盛り上がりの中、2/15にSONYから新企画が発表されました
「TMN final live LAST GROOVE 5.18/19」の映画館上映です
上映日はTM35周年記念日の2019/4/21(「TM NETWORKデビュー35周年記念生誕祭」だそうです)で、
1994/5/18と5/19の2日の映像を続けて、15:30から約5時間半(21:00頃まで)上映されるそうです


上映館数は当初24館でしたが、
チケット先行抽選の後に追加が発表され、33館となりました
予約申し込みがまあまああったんでしょうか
詳しくは公式サイトをご覧ください
しっかし見づらい公式サイトだな…


今回上映されるのは5.1ch HDリマスター版とのことで、
その画質をアピールするための宣伝映像もアップされています
「Be Together」「Self Control」


今回最大のアピールポイントは、
これまでの商品で削られていた松本孝弘さん参加の5/19の「Get Wild '89」が、
初めて公開されることで、
「完全ノーカット版」と銘打たれています
また同様に松本さんが参加した「You Can Dance」も新編集となります
こちらはライブビデオでは松本さんが映らないように編集されていたので、
これを自然なアングルで再編集するのでしょう
多分浅倉大介さんの登場シーンも収録されるんだろうと思います


またTOHOシネマズ新宿では、上映前に木根さんとふくりゅうさんの登壇もあります
チケットの先行予約でもここは激戦だったようです
(先行予約の時点では登壇者未発表でしたが)
なお木根さんのオフィシャルサイトでは、木根さんの登壇について、
「木根尚登 壇決定!」とミスタイプがあります
これはいったいどういう誤植? バイトが漢字読めなかった?


そして3/7にはSONYから、
「TM NETWORK THE VIDEOS 1984-1994」のリリースが発表されました
SONY時代のライブDVDをBlu-rayにして一括販売というものです


私はこういう商品が出ることは、上記映画の企画が発表された時点で想定しており、
「5.19の「Get Wild」だけで、さぞありがたいもののように宣伝するんだろうなあ」とか思っていました
ただどうも商品の情報を見ると、んん???
以下にSONY MUSICのサイトからコピペしておきます

TM NETWORKデビュー35周年を記念した10枚組Blu-ray BOX。デビューから10年間にエピックレーベルより発売されたライヴ映像作品と初商品化ボーナスディスク2枚で構成される全10枚組。特筆すべきは、1994年5月18・19日の東京ドームライヴの完全版と、1980年代の貴重なライヴ映像を収めた2枚の初商品化ボーナスディスク。前者は、オリジナルでは収録されなかった5月19日の「Get Wild ‘89」が収録されることになり、同日の「You can Dance」、5月18日の「RAINBOW RAINBOIW」が新たな編集で収録される。オリジナル版発売当時の映像制作ディレクターによって手掛けられた、まさに四半世紀の時を経て完成した完全版だ。Blu-rayには、5.1chの音も収められる。後者について、2枚のうち1枚に収録されるのは、1985年10月31日「Dragon The Festival Tour featuring TM NETWORK」日本青年館ライヴ映像。全16曲収録予定。このツアーは、その後 TMのキーワードの1つとなった“金色の夢”が初めて使われたツアーである。

収録内容
・VISION FESTIVAL (journey to saga)
・FANKS "FANTASY" DYNA-MIX
・KISS JAPAN DANCING DYNA-MIX
・CAMP FANKS!! '89 at YOKOHAMA ARENA NEW EDITION
・WORLD'S END Rhythm Red Live
・EXPO ARENA FINAL
・TMN final live LAST GROOVE 5.18
・TMN final live LAST GROOVE 5.19
・Dragon The Festival Tour featuring TM NETWORK 1985.10.31日本青年館


お、お、おい!
「Dragon The Festival Tour」て!!


このライブはTM NETWORK初の全国ツアーだったにもかかわらず、
これまでまとまった形での商品化はありませんでした
私はかねてより、TM史の一つのミッシングリンクとして、
このライブの商品化を強く願っていたところです
これまで本ツアーについては、以下の映像・音源が商品化されています
いずれも1985/10/31の日本青年館公演のものです

◇映像
「Decade」「アクシデント」(1番サビのみ)
「TM NETWORK THE MOVIE」「Dragon The Festival」(1番のみ)
「TM NETWORK THE MOVIE」「Electric Prophet」(2番とサビ繰り返しの一部のみ)

◇音源
「Groove Gear 1」:「パノラマジック」
「The Singles(限定盤)」「Dragon The Festival」「カリビアーナ・ハイ」「Rainbow Rainbow」


以上のように音源は4曲発表されていますが、
映像は3曲のみで、しかもいずれも抜粋です
「Fanks Cry-Max」のように「1曲全部は撮っていない」パターンも考えられますが、
少なくともテレビでは「アクシデント」「Electric Prophet」がフルで放送されているので、
そういう問題ではないようです


ただ一方で、映像商品に断片的に収録されたきたのが、
すべて当時のテレビで放送された4曲(上記3曲と「Fantastic Vision」)を出るものでなかったことから
ほかの曲は撮影していなかったのかなあ…という諦めもありました
(なおSONYの撮影ではないですが、山口県民会館公演は当時テレビで10曲放送されています)
それなら音源だけでも良いから出してほしいし、
または未発表映像が1〜2曲くらいでも存在すればいいなあと思っていました


そんなところでまさかの
全 曲 収 録 ! !
え!? あったんかい!!
これは驚きました
TMがSONYから離れて以来、良い意味で最大の驚き商品です


このライブについては、ファンの多くも関心は薄いかもしれません
ただそれはライブの内容云々以前に、
そもそもブレイク以前なので存在を知らないという方も多いのではないでしょうか


たしかに全盛期のライブと比べると、派手さは劣るかもしれません
しかし手探りの中で行なっていたこの頃のライブには、
後には受け継がれなかった様々な可能性が秘められていたはずです
ライブアレンジの面でも、
バンド仕様になった「1974」「Faire La Vise」はなかなかカッコ良いです


また当時の最新アルバム「Childhood's End」は、
その後のライブでもっとも不遇な扱いを受けてきた作品で、
FANKS期の「Dragon The Festival」や「終了」後の「永遠のパスポート」を除き、
演奏されることは極めて少ないです
その楽曲の大部分が演奏された本ライブの映像商品のリリースは、その点でも貴重です
「Innocent Boy」「さよならの準備」以外の9曲)
だって皆さん、「愛をそのままに」「TIME」のライブ映像を見られる日が来ると思っていましたか?
私は本当に、今回の商品化は嬉しいです


正直に言って今回のBOX発売の話を聞いた時は、
5.19の「Get Wild '89」をエサにして、たいして意味もないBlu-ray化をアピールしながらファンから集金するだけのSONY商法と思い込み、
そんなものに金を払ってられるかと考えていたのですが、
このように実質的な新商品が提供されるのならば話は別です
喜んでお布施しようじゃありませんか!


なにしろ実質的な新商品のリリースって、
2004年の「CAROL THE LIVE」「TM VISION」「World Heritage」収録)以来のことです
それ以後のSONYは旧商品に1〜3曲程度の新音源や新映像を追加して金を集めるのを繰り返しており、
本当にハラワタが煮えくり返っていました
しかし今回は15年ぶりに、SONYを褒めることができます


さらに今回は、「Dragon The Festival Tour」以外にもう1枚の特典ディスクが入ります
これは一体どんな内容なんでしょうか
「80年代のライブ映像」だとのことですが、
BOXに収録される「Vision Festival」「Fanks "Fantasy" Dyna-Mix」「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「Camp Fanks!! '89」に入っているライブを重ねて収録することないでしょう


もっとも可能性がありそうなのは1988年の「STARCAMP TOKYO」で、
2015年の「TM NETWORK THE MOVIE」にも一部映像が使われていました
あまり評判は良くないライブですが、、
今回これも完全収録すれば、それなりに意味のあるものになるでしょう
このライブは当時テレビで放送されましたが、
その時も「雨に誓って」「金曜日のライオン」「Girl Friend」は放送されていません
特に「Girl Friend」は「終了」以前ではこの時しか演奏されていないので貴重です


他のフルライブでは「Fanks! Bang The Gong」「Fanks Cry-Max」「Kiss Japan Tour」「CAROL Tour」があり、
ミニライブも多く存在します
あるいはこれらのダイジェストをまとめたものかもしれませんが、
いずれにしろ既発売DVDとかぶらない映像が入るはずで、ならば嬉しいことです


気になるのが、BOXに1987年の武道館ライブ「Fanks Cry-Max」が入っていないことです
これは去年Blu-ray版がリリースされたばかりなので収録しなかったとも考えられますが、
もしかしたらこれの完全版が入る可能性はないでしょうか


去年のBlu-rayリリース時には、全部撮影していなかったと言い訳をして、
1曲半の追加収録に留まりましたが、
TMがブレイクを迎えて初めて実現した武道館ライブで、
一部しか撮らないことなんてあり得るんだろうか?という疑念はやはりありました


そこに今回の「Dragon The Festival Tour」です
当時オリコン40位程度の成果しか上げていなかったTMのライブが、
すでに全曲収録されていたことが明らかになりました
蒸し返すようですが、私はTMのライブは、少なくとも代表的なものについては、
全曲撮影されている可能性が高いと思っています
ならば後出しで、「奇跡的に発見されたマスターテープが」とか言い出して、
「Fanks Cry-Max」完全版を入れてくる可能性もあるのではないかと疑っています


もしそうならば、本来は去年の中途半端なBlu-rayに怒るべきところですが、
この際、完全版が出るのならば、そのことは目をつぶりますので
出 し て く だ さ い !
やっぱり全部ないなら、あるだけ全部でも!


まあいくら考えても妄想にしかなりませんが、
今は「Dragon The Festival Tour」で十分に幸せなので、
来月出るであろうもう1枚の特典ディスクの情報は気長に待っていようと思います


あと劇場版「final live LAST GROOVE」の映像も収録されます
ということは、5/19の「Get Wild '89」も収録されます
また「You Can Dance」の他、「Rainbow Rainbow」も新編集になるらしいですが、
これは劇場でもそうなんでしょう
しかしいったいなぜ「Rainbow Rainbow」だけ?
マスターテープに損傷があったのでしょうか


ただSONYは「LAST GROOVE」を強く宣伝している上、
多くのファンの関心もこちらに向いているようなんですが、
私にとっては「Dragon The Festival Tour」完全版の1%くらいの意義しかない細かい問題なので、
割とどうでもいいです
むしろ「LAST GROOVE」に1曲入るのがみんなそんなに嬉しいんだ…と、
意外に思っているところです
もちろん増えるに越したことはないんですけど


BOXのリリースは5/22で、値段は3万円+消費税の32400円ですが、
限定生産らしいので、欲しい方はリリース前に必ずご予約下さい
値段については各種通販サイトで大幅な値引きを行なっており、
amazonでは税込24268円です
ただしSONY MUSICで定価購入すると、特典で特製ポストカードがもらえます
通販サイトでも、特典付きを選ぶと定価になります
ポストカードに8000円の価値があると思う方は、こちらをお選びください


以下、各メンバーの近況をまとめます
まず木根さんについて、
2/1と3/19には佐藤竹善さんとのコラボライブ「My Favorite Songs」を開催しましたが、
4/12には原宿駅前ステージで原田真二さんと一緒に、
「春の木根原田60分2本勝負!”Spring Hana Come”」を開催します
また4/29には渋谷区文化総合センター大和田のさくらホールで、
杉真理さん・古内東子さんや楠瀬誠志郎さん・佐藤竹善さんと一緒に、
「OTONA MUSIC PARADISE―大人音楽園 Vol.1―」に出演します
これからはコラボライブを中心に行なうのでしょうか


実は私、3/19神戸国際会館の「My Favorite Songs」に参加してきました
Sing Like Talkingもおっかけていますしね
金澤英明さん率いるバックのジャズバンドも素晴らしく、
竹善さんのパフォーマンスも相変わらず良かったです
ただこのすごい人たちの中に木根さんが入ると…
ちょっと気の毒な感じだったかもしれません


今回は前半が2人のコラボによる昭和名曲ライブ、
後半が1人ずつのソロライブで、
アンコールはまた2人で歌いました
以下にセットリストを挙げておきます

◇木根・竹善デュオ
1. 時代(中島みゆき)
2. 学生街の喫茶店(ガロ)
3. 時の流れに身をまかせ(テレサ・テン)
4. You've got a friend(Carole King)
5. Blowing in the wind(Bob Dylan)

休憩

◇竹善ソロ
6. Moonlight Serenade
7. 木蓮の涙(スターダスト・レビュー)
8. Leon Russellメドレー―Be Inside My Life(佐藤竹善)〜Superstar(Carpenters)
9. Spirits of Love(Sing Like Talking)

10. ジャズバンドセッション

◇木根ソロ
11. Seven Days War(TM NETWORK)
12. Get Wild(TM NETWORK)
13. 母

◇アンコール
14. 翼をください(赤い鳥) *村井邦彦を悼んで
15. 見上げてごらん夜の星を(坂本九)


なお木根さんは2月の名古屋公演では、
「Seven Days War」ではなく「Girl Friend」を演奏したそうです
またソロ曲「ひかり桜」も演奏したらしいのですが、
今回はやりませんでした
「ひかり桜」は名古屋の高校ゆかりの曲なので、特別にやったのかもしれません


「Get Wild」はジャズアレンジで、なかなかよかったです
「劇場版シティーハンター」の絡みもあって選んだものでしょう
木根さんによれば、TM35周年を手分けして盛り立ているのだそうです


ウツの「それゆけ歌謡曲!!」は、
今月になって東京・大阪・名古屋の追加公演が8公演発表されました
またライブDVD「Tour Thanatos」の一般発売日が4/17に決まりました
「Tour Thanatos」は2/24と3/22に、
日テレプラスでも放送されたそうです


小室さんは特に新たな動きはありませんが、
3/27にはソロBOX「TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS」がリリースされます
私は注文していないので確認できませんが、
PANDORAと「ガーディアンズ」はどんな内容なんでしょうね
また3/13音楽ナタリーに、「音楽偉人伝 小室哲哉」の後編が掲載されました


以上、いろいろあったので、近況整理だけでかなりの量になりました
本編の更新はまた今度にしようと思います
現状色々忙しいため、どうぞ気長にお待ちください


amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト




記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 31 / トラックバック 0 / コメント 18


7-13 20周年への助走

2019/02/05 21:21
更新が遅れましたが、2ヶ月程度の間隔で新記事を書くことができました
ただ前回書いたように、春頃まで忙しいので、
次回の更新もまたかなり遅くなる可能性が高いこと、ご了承下さい


些細なことですが、ブログの仕様を微調整しました
たとえばトップページ右側に最新コメントが表示されるとか、
商品へのリンクにCD以外に配信音源も加えたとか、そんなところです


あとサイトの右上に、小さなカウンターを付けました
これまでもトップページには大きいカウンターを付けていたのですが、
小カウンターはブログ内部のカウントを表示するもので、
各個別記事にも付けられています
まあ別に分かったからどうだというわけでもないんですが


なお大カウンターはブログとは別のところが運営しているもので、
小カウンターとはかなり数字が異なっています
トップページのカウントを比較してみるに、
現時点で大カウンターは約79万、小カウンターは約136万で、倍くらい違います
なんでこんなに差があるのかは私もよく分からないのですが、
多分更新ボタンによる連続アクセスをどう扱うかとかの違いだろうと思います


さて、劇場版「シティーハンター」の公式情報が12/13に出ました
正式タイトルは「劇場版シティーハンター<新宿プライベート・アイズ>」で、
まもなく2/8から全国映画館で公開されます
エンディングテーマはテレビ版と同じく「Get Wild」(オリジナル)となります
テレビでは盛んにCMが流れていますが、
同じ北条司原作の「キャッツ・アイ」のキャラクターも登場するようです


1/4にはBS11などで特番「ミュージックシティハンター」が放送され、
木根さんがゲスト出演した他、ウツもVTRでコメント出演しました
番組では、テレビ版での「Get Wild」の使われ方や、
曲をめぐるエピソードがかなりの時間を費やして語られました
木根さんが聞いていたデモでは、冒頭のシンセのイントロはなかったそうです
「Groove Gear 1」収録の「ver.0」の段階でしょうか
番組の最後には、木根さんが司会のやついいちろうさんや声優の神谷明さんと一緒に、
「Get Wild」を合唱して終わりました


1/17には「劇場版シティハンター」とスマホゲーム「モンスターストライク」のコラボ企画として、
WEBCM「モンストでGETWILD!ミュージックビデオ」篇がyoutubeに公開されました
「Get Wild」のPVに、ダンディ坂野さん・スギちゃん・小島よしおさんが混ざって映っているものです
ダンディさんとスギちゃんが「ゲッツ!」「ワイルドだろう?」で、
小島さんが「タフ」みたいです


しかしこんなに大々的に広報するんですねえ
TMが動いていたらなあ…
ちなみにこの件については、ウツと木根さんもコメントを出しています
ウツは結構気に入っているみたいですね


木根さんは元旦の特番「笑神様は突然に… 2019開運初笑いSP」にも出演しました
12/15には年末ライブ「new STORY」を開催しましたが、
やはりTMの「STORY」を演奏したようです
この曲、今のところこの一回しか演奏されたことないですよね
他に「クリストファー」「Telephone Line」「N43」や、
SPEEDWAYの「Captain America」なども演奏したとのことです


木根さんは去年を以ってファンクラブを休止するとの宣言を出しましたが、
おそらくファンクラブ最後のイベントとして、
3/2〜3に「The Beginning Of The End in 河口湖」を催すそうです
このタイトルは、ファンクラブの終幕の開始ということでしょうか


ウツは12/23に「Fan Party & Live Through 2018」を開催しましたが、
TM曲としては「This Night」「it's gonna be alright」を演奏したとのことです
うーーん、絶妙に聴きたいところが来るなあ 聴けなかったけど
現在は去年のツアー「Tour Thanatos」のFC向けライブBlu-rayの予約受付が行なわれています
(一般向けの発売も予定)
4/1〜5/19には恒例の「それゆけ歌酔曲!!」が開催されます


小室さんについては、
12/30に「第60回日本レコード大賞」で、
小室さんに特別賞が贈られました
番組ではTKプロデュース楽曲の受賞者の映像が流れ、
またTRFが出演して、かつての大賞受賞曲「Overnight Sensation」を披露しました
YUKIさんが曲に入る前に小室さんに対して、
「戻ってくるまでお待ちしております」と発言していました


1/20には「NHKスペシャル」で、
「アムロとコムロ〜JPOPふたりのヒットメーカー〜」という特集が組まれるはずでしたが、
結局タイトルは「安室奈美恵 最後の告白」となり、完全に安室さんの特集になりました
まあ、そっちの方が一般には需要があるでしょうしねえ


最後に、音楽ナタリーの「音楽偉人伝」で、
前編・後編に渡って小室さんが取り上げられることになりました
執筆者は…まあそっとしておいてあげて下さい
まだ前編のTM時代しか掲載されていませんが、
いずれ後編も掲載されるとのことです


では本題に入ります

----------------------------
2003/6/26・27、Zepp Tokyoの「tribute LIVE」ファイナル公演で、
「Fan Event in Naeba」なるイベントの開催が告知された
小室のオフィシャルサイトkomuro.netでも、同日にイベントの告知がされている
これはFC限定イベントという形ではあったが、
「Tour Major Turn-Round」以来2年半ぶりのTM単独のステージだった


本イベントのライブ部分の映像は、
後に「Live In Naeba '03 –Formation Lap-」としてDVD化されたが、
サブタイトルから分かるように、
本イベントはTM20周年への助走として位置づけられるものだった


イベント参加者は苗場プリンスホテルに宿泊するものとして、
9/6〜7(土・日)と9/7〜8(日・月)の2回に渡って開催された
ウツ・木根・小室3人のFC会員限定で参加者を募集したもので、
公式には2回合わせて約900人が参加したとされている


参加者は東京・名古屋・大阪で集合して、
専用バスでホテルに移動した
午後に会場に到着するとトークイベント・食事・ライブがあり、
その後就寝して翌朝に帰宅の途につくというコースだった


参加費は東京発48000円、名古屋発54000円、大阪発55000円である
名古屋・大阪発の場合は1日車中泊が追加され、2泊3日とされた
FC会員にとってもハードルの高いイベントで、定員も埋まらなかったらしい
ただそれでも900人集まったのは、
ファンの高齢化とともに可処分所得が増えたことの表れだろう


これ以前に小室は年末年始のTMの活動をすべてキャンセルし、
2003年は新生globeの活動に専念しようとしていた
しかしその目玉とされた7月のglobeの東京ドームライブは、
おそらくチケット売行の不振のため、5/1に中止され、
globeの活動は以後1年以上影をひそめる
小室はしばらく落ち込み、木根も連絡が取れなかったらしい


しかし小室も引きこもり続けるわけにはいかなかったのだろう
6月の「Fan Event in Naeba」開催告知は、
globeの失敗を受けた小室の新たなアクションと見られる
木根によれば、このイベントは小室の提案だったという


なお小室は5月下旬のインタビューで、
秋にTMの新曲を出す予定を述べており、
これ以前に木根・ウツと連絡を取っていたと見られる
「Fan Event in Naeba」の計画はその中で提案されたものだろう


小室の主導性は会場の選定からも首肯できる
苗場プリンスホテルは西武グループの施設だが
小室はこの頃西武グループの堤義明と仲が良かった
2002/11/22の結婚式会場に西武グループの新高輪プリンスホテルを選んだのも、
おそらく同じ理由だろう
2003/7からKeikoのソロ曲「海との友情」が西武グループの大磯ロングビーチのCMに使われたのも、
やはり堤との縁が関係していると考えられる


さらに2003/8/24・25には軽井沢プリンスホテルで、
「Keiko's Birthday Live featuring TK」が開催されているし、
同年12/25・26には新高輪プリンスホテルで、
ディナーショー「TK PRESENTS X'mas Chorus」が開催されている


「Fan Event in Naeba」は、
「Keiko's Birthday Live」とセットで企画されたものに違いない
両イベントのサポートはともにギター葛城哲哉、ベース吉田建で、
この点でも一連のイベントであることを感じさせる


あるいは小室はglobe東京ドームライブの失敗を受け、
小規模な会場に熱心なファンを集めて高額の参加費を確実に集められるディナーショー方式に着目したものかもしれない
すでにこの頃の小室は財政的にも逼迫しつつあり、
派手ではなくても確実な収入源を求めるようになっていたとも考えられる


「tribute LIVE」が終わった6/27から半月ほど空けて、
7/10にTMの3人は小室宅に集まり、
「Fan Event in Naeba」の打ち合わせを行なった
この時点で演奏曲目の検討も行なわれており、
「Seven Days War」「Human System」など、
一部の演奏予定曲は事前に公表されていた


また会合直後の7月中旬には、
イベントのDVDが秋発売のTMのシングルに付属することが告知された
結局実現しなかったが、
2003年秋のTM新曲リリース計画の存在がここから知られる
おそらく会合ではレコーディング日程やその商品化など、
20周年に向けての活動方針が話し合われたのだろう
2002年年末に流れたTM新譜制作の計画が、ここに復活した


木根によれば、小室はこの時点で、
イベント用に「金曜日のライオン」の新アレンジ作成を予定していたという
実際にこの曲はイベントでトランスバージョンが披露された
本イベントではさらにもう一曲、
「Love Train」のトランスバージョンも披露されている


これ以前、「Tour Major Turn-Round」でも、
「Get Wild」がトランスを意識したアレンジで披露されたが、
本イベントでもこの方針を引き継ぐ構想だったのだろう
つまりトランスという20周年の基本方針は、
2003/7/10の会合によって決定したと考えられる


3人は8/15にも集まった
8/23放送の日本テレビ24時間テレビ「愛は地球を救う」中の企画、
「テレビが生んだHOT HIT 100」で流す映像を撮影するためである
演奏曲は「Get Wild」で、通常のアレンジだが、
イントロ・間奏などでは上から「ゲゲゲ」のサンプリングボイスや独特なリフが加えられ、結構かっこいい
トークなどは特になく、1曲の演奏シーンが放映されただけだったが、
前年11月以来9カ月ぶりのテレビ出演だった


なおこの時以来、TMがテレビに出演する時には、
たいてい「Get Wild」が演奏されることになる
懐メロミュージシャンとしてのTMの位置づけは、この頃から定着した


その後8/25には軽井沢でKEIKOのイベントが行なわれ、
8/29からは「Fan Event in Naeba」のリハーサルが始まった
このイベントはフルライブではないものの、
10曲というそれなりの曲数が演奏された
イベント前日の9/5には、
メンバーとサポートが1日早く苗場プリンスホテルに入り、
翌日にかけてリハーサルを行なっている


イベントは9/6の16:00から始まった
内容はTM3人のトークショーで、
事前に参加者から集めた質問を3人に聞くと言うものだった
トークショーが終わると、参加者を何組かに分け、
3人と一緒に記念写真を撮影した



その後はバイキングの夕食があり、
これが終わるとブリザーディウムという名の部屋をステージに、
サポートの葛城・吉田も含めた5人のライブが行なわれた
トーク1時間・ライブ1時間、合計2時間程度である
時間配分としては木根のソロライブをイメージすれば良いだろうか


参加者の宿泊部屋には、イベント限定のアメニティグッズとして、
湯のみ・どらやき・ランチョンマット・タオル・シャンプー・歯ブラシ等が置かれ、
それぞれにTMのロゴが入っていた
またファン同士で語らう部屋も設けられたが、
この部屋は昔のFC会報に因んでCafé Talkと名付けられた
「Twinkle Night」「Kiss You」「Jean Was Lonely」「Caribbeana-Hi」などというオリジナルカクテルも販売された


ライブは事前にアンプラグドと告知されており、
実際に小室の横にはグランドピアノが置かれた
演奏曲もバラードやミディアムが中心だった
バラードは通常のライブでは限られた曲数しか演奏されないため、
「Girl」「8月の長い夜」「Dreams of Christmas」などレアな曲を聞く機会にもなった
実はこの3曲の映像が初めて商品化されたのはこのライブのDVDであり、
特に「Dreams of Christmas」はこれが唯一の商品化映像である


もっとも本ライブはすべてがバラード・ミディアムだったわけではなく、
「金曜日のライオン」「Love Train」のトランスバージョンや、
最新曲(すでに約1年前の発売だが)の「Castle in the Clouds」など、
アップテンポの曲も3曲含まれている
(なおTMの「Castle in the Clouds」のライブ映像もこれが唯一である)
これにバラード・ミディアム6曲と小室のピアノソロ1曲を加え、
合計10曲が演奏された
定番曲は「Human System」「Seven Days War」くらいで、
「Get Wild」「Self Control」なども含まれていない


アンプラグドのライブとはいえ、
トランス楽曲などでは当然シンセが用いられているし、
バラード・ミディアム系の曲でもシンセが一切使われていない曲はほとんどない
(木根はだいたいアコギだが)


シーケンサなどはだいたいの曲で稼働しているし、
小室も半分くらいの曲ではシンセを演奏している
小室のパフォーマンスとしては、ミキシングコンソールの操作も目立つ
これ以前にglobeで試みられ、TMでも「Live Epic25」で実践されていたものである


ステージ上には観客から見て左から小室・ウツ・木根が並んでおり、
後ろには吉田・葛城がいる
なおステージには特殊な装飾などはなく、
最低限の楽器が並べられているシンプルなものだった


楽器編成の特徴としては、
ドラムがないことに注目すべきかもしれない
翌年に開催されたTM20周年のライブでは、
ドラムに加えてベースも外し、
小室のシンセのみでリズムパートを制御するに至る


この前提にはglobeのライブでの実験があり、
すでに「genesis of next」以来の2001〜02年のライブでは、
シンセ+ギター、またはシンセのみの大型ライブを実施していた
おそらく小室はTMでトランスを試みる方針を固めた時点で、
生ドラム・生ベース無しのライブを行なうことを視野に入れていたのだろう
このイベントはその試金石としての意味もあったのかもしれない


ウツは花柄のYシャツ姿で、ラフな雰囲気である
小室は1曲目だけは白のスーツを羽織っているが、
2曲目からはスーツを脱いでカジュアルなシャツ姿になる
木根は紺のストライプのYシャツ姿である
個人的には、無造作な白シャツの葛城哲哉が一番かっこいいと思う


なお以上はDVDに収録されている9/7の衣装だが、
DVDのリーフレットの写真では、
小室と木根が異なる衣装を着ているものがある
おそらくこれは9/6の写真であり、
二人の衣装は1日目・2日目で違ったようである(ウツは共通?)


このライブでは、ウツが座って歌っており、
木根・吉田も基本的には着座している
これは半分トークショーだったこともあるのだろう
ホテル内の一部屋ということもあり、
落ち着いた雰囲気を出している


本イベントの具体的な様子は次回扱うことにして、
最後に関連する情報をまとめておこう
先に述べたように、12/25・26には新高輪プリンスホテルで、
小室哲哉のディナーショー「TK Presents X'mas Chorus」が開催された
9月中には計画されていたようなので、
おそらく「Fan Event in Naeba」の前後に立ちあがった企画だろう


このイベントにはKEIKO・浅倉大介・葛城哲哉・吉田建も参加し、
さらに25日には木根、26日にはウツもゲスト参加している
当初はウツ・木根が二人とも出演し、
20周年に向けてTM曲を1・2曲演奏する計画もあったらしいが、
結局木根は25日、ウツは26日のみのゲスト参加となり、
木根は「ホントの君 ウソの君」、ウツは「discovery」を歌った


小室のクリスマスディナーショーは、
これ以後しばらく行なわれなかった
むしろまもなくクリスマスディナーショーを恒例化するのはウツで、
2006年から現在まで、毎年ソロかTM名義で開催している


先に述べたように、「Fan Event in Naeba」の映像は、
秋リリースのCDシングルの付録DVDとして商品化される予定だった
だが結局シングル「NETWORK™」のリリースは翌年2/25までずれ込み、
DVDはその直前の2/20、
「Live In Naeba '03 –Formation Lap-」と題して、FC限定で単品発売された
DVDには2日目9/7のライブ映像すべて(MCは除く)が収録されている


DVDはその後2004/4/21「Double Decade “NETWORK”」に始まる20周年ライブの各会場でも販売されたが、
一般店舗で販売されたことはなく、
当時購入できなかった者は中古品を購入する以外に入手方法はない


当時本DVDのリリースを知った時は、こんなものまで商品化することが意外で、
「本当に商品化するコンテンツがないんだなあ」と思ったものだが、
「8月の長い夜」「Dreams of Christmas」「Castle in the Clouds」などのレア曲を含む本品は、
(重度のファンにとっては)実はそれなりに価値のあるDVDかもしれない


NETWORK TM
R and C Ltd.
2004-02-25
TM NETWORK
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト
記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 33 / トラックバック 0 / コメント 21


7-12 ソロ11年目のウツと木根

2018/12/06 03:37
松浦勝人さん、11/8にInstagramに小室さんのピアノ演奏を配信してくれましたが、
11/11にもInstagramに小室さんのピアノ演奏シーンの動画をアップしました
11/8とは別の店・別の服です
しかも今回は歌付きで、歌はTUBEの前田亘輝さんでした
大変意外なコラボです
曲は尾崎豊「I Love You」で、これまた意外な選曲でした


松浦さんはコメントで、
「前ちんは酔ってて、歌えないのに、小室さんとの再会に無理して歌ってくれました!」
と書いています
こちらの動画はすでに見ることができなくなっていますが、
ネットニュースでも何箇所かで取り上げられています


10〜11月の相次ぐ小室さんの露出は何なんだろう?と思っていましたが、
まもなく判明しました
11/27の小室さん還暦誕生日に、
新商品「TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS」のリリースが発表されたのです
2019/3/27発売予定で、mumo限定で完全受注生産とのことです
小室さんと松浦さんが会っていたのも、
一つにはこの打ち合わせがあったんでしょう


今年の6/27には4枚組の「TETSUYA KOMURO ARCHIVES "T"」「TETSUYA KOMURO ARCHIVES "K"」
さらに両作品にボーナスディスクを加えた9枚組の「TETSUYA KOMURO ARCHIVES BOX」がリリースされましたが、
今回の「PROFESSIONAL PRODUCTS」は、
「ARCHIVES BOX」の9枚を含む49枚組BOXとなっています
要するに「PROFESSIONAL PRODUCTS」を購入する方にとって、
「ARCHIVES BOX」はまったく無用のものとなります


「PROFESSIONAL PRODUCTS」の内容は、
これまでの小室さんソロ名義のアルバム・DVD作品を集めたものです
ただし「V2 Special Live Virginity」「TK Dance Camp」「ELECTRONIC NIGHT」など、
小室さん以外のミュージシャンも参加しているものは含まれていません


「SPEED TK-REMIX」「Blue Fantasy」など、
一部のシングルも入っています
「Blue Fantasy」はアルバム版ではないんですね
それならアルバムとして配信された「Arashiyama」とかもCDにして入れれば良いのに、とも思います


一方で「サイボーグ009」シリーズのサウンドトラックとか、
DJTK名義の「Cream of J-POP」が入っていないなど、
いまいち採否の基準がよく分からないところもあります
「TK 1998」収録の「Latest Works」とか、
「TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE」の付属ライブCDもないですね
まあ、需要がどれくらいあるかは怪しいですけども…


今回の目玉は、「PANDORA Billboard LIVE Off Shot Movie」のDVDです
現時点で小室さん最後の公式ライブの映像ということになります
スタッフのtwitterによると
「二日間しか開催されなかった伝説のBillboard Liveでの秘蔵オフショット」が収録されているとのことです
ん…? これはオフショットだけなのか? 肝心のライブは入るのか?
いまいちよく分からない表現です


これまで出るかどうかはっきりしなかった「ガーディアンズ」のサウンドトラックも収録されます
他に、これまで配信音源しかなかった「DEBF EDM 2013 SUMMER」が、今回初のCD化です
「tk-trap」のライブ映像も、
DVDになるのはこれが初めてです(今までVHSしかなかったはず)
他にEUROGROOVE名義の楽曲を集めた「EUROGROOVE TK Selection」という新編集アルバムも2枚入っています


以上のような内容の「PROFESSIONAL PRODUCTS」ですか、
49枚組という分量のため、定価は108000円というぶっとび価格です
一万八千円じゃなく、十万八千円です
いやあ、ファンの高齢化に応じた収奪強化が進んでいますねえ…
もちろん多くの方にとっては、おいそれと手が出せるものではないでしょうし、
それを念頭に置いて売上を予想した上での値段設定なのでしょう


さらにぶっ飛んでいるのは、本作の豪華版として、
「TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS + Mobile Mini Keyboard reface DX TK Special Edition」なる商品も発売されることです
こちらは194400円で100セット限定、
小室さん直筆サイン入りのミニキーボードが付属します


しかし驚くべきことにこの豪華版、
11/30に予約を開始して1日で売り切れてしまいました
まじで!?と、びっくりしましたが、
考えてみれば11万円出すほどのファンなら、19万だって出しますよね


ここまで詳しく書いておいてなんですが、今回は(も)私は手を出しません
TM入っていませんしね
PANDORAのDVDと「ガーディアンズ」サントラは気になりますけど、
11万円払ってまで要らないかなあ…


むしろTMの未発表ライブ映像1曲だけ収録とかという事態になったら、
腹が立って仕方なかったと思いますが、
今回は特に何も思いません
ただ注文生産とのことなので、
欲しい方は忘れる前にお早めに予約しておくと良いと思います


他の話題としては、小室さんが2018年レコード大賞で、
特別賞の一人に選ばれました
これが今年の一連の引退記念受賞の最後になるでしょうか


来年1/20にはNHK総合の「NHKスペシャル」で、
「平成史スクープドキュメント 第4回」として、
「アムロとコムロ〜JPOPふたりのヒットメーカー〜」なる特集を組むそうです
この感じだと小室さんは後世、
安室さんをヒットさせたプロデューサーとして語られるようになるんでしょうかね
あとこの番組、小室さん引退から1年1日目となります
もう1年になるんですねえ


ウツは11/23を以って、2ヶ月に及ぶ「Tour Thanatos」を終えました
これにて還暦記念を冠した2年間の活動も終わりました
(ひっぱりすぎの感はありましたが)
12/10発売の「Keyboard Magazine」2019年冬号には、
ライブレポートが載るそうです


今回のウツソロツアーはこれまでと異なり、
MCが一切ない特殊なライブで、
サポートもキーボード3人+ギター1人という特殊編成でした
目的・コンセプトについては明言されていないようですが、
小室さん引退の件も意識しているようで、
セットリストには5曲も小室さん関連の曲が含まれていました
「必然の夢」「if you wish...」「Open Your Heart」「Ignition, Sequence, Start」「Running To Horizon」
キーボードを強調したのもMCがなかったのも、
TMを意識していたのかもしれません


「Ignition, Sequence, Start」「Running To Horizon」は、
2001年の「LOVE-iCE」収録のウツソロバージョンでした
「Open Your Heart」「Tour LOVE-iCE」のライブバージョンに準じたアレンジで、
小室さん絡みの部分は「LOVE-iCE」関係が多かった印象です


この3曲は今回のライブでは、
本編終盤の盛り上がり5曲(インスト除く)の中で演奏されており、
終盤一曲目が「Open Your Heart」
本編ラストが「Running To Horizon」でした
セットリストにおける小室曲の位置の高さが分かると思います


あと私、実はこの3曲、生で歌入りで聴くの初めてでした
まあ「Ignition, Sequence, Start」「LOVE-iCE」「tatsumaki remix」というのは、予想もしていませんでしたが
(ウツソロだから当たり前なんですけど)


今回は3曲くらい演奏すると、ウツの休憩も兼ねて、
サポートメンバーのソロコーナーが入るのですが、
個人的にはnishi-kenさんの「Trilogy」がとても良かったです
今さらですが、こういう後続世代のミュージシャンがTMをリスペクトしてくれているのは、嬉しいことですね
あと生で聴いて良いなと思ったのは、「Be Truth」でした
家で聞き流しても何も感じていなかったんですが、
生で聴くと気付く魅力てあるものですね


ウツはあとは年末のクリスマスディナーショーが控えています
木根さんも羽田空港のTIAT HALLで、
年末ライブ「new STORY」があります
このライブタイトル、TMの「STORY」とかやるのかな?
12/6からは、来年の木根さん・佐藤竹善さんのコラボライブ(名古屋・神戸)のチケット一般発売が始まります


なおまだ分からないのですが、これから数ヶ月多忙になる可能性があり、
今後春まではブログの更新ができないかもしれません
案外普通に更新できるかもしれないのですが、
なかなか更新がなくても、気長にお待ちください
これでやめるということはしません
何しろ次回からは、いよいよ第七部最大の盛り上がりですからね!


え? こんな最悪の沈む話ばかり続いているのに、何が盛り上がりだ、ですって?
何を言っているんですか!
第七部ではこれが一番ハッピーな時代ですよ!
今がつらいとか言っている方に言っておきますが、
あと10回くらいのハッピーシーズンが終わったら、
その後はどんどん深く沈む一方ですからね!!


てことで、本題に入ります

----------------------------
前章では2002年後半から2003年にかけての小室哲哉の状況をまとめたが、
その頃ウツと木根は、「TM NETWORK tribute LIVE」と並行してソロ活動も行なっていた
2人は2002年にソロ10周年を迎えたが、
11年目となった2003年には、ともに新たな活動形態を模索する


まずはウツについて見てみよう
ウツがソロ名義で活動した1996〜2004年の中で、
最後の2年はネームバリューのあるミュージシャンの登用を積極的に打ち出した点に特徴がある
2003年は吉田建、2004年は原田真二である


ウツが吉田建にアルバムのトータルプロデュースを依頼した後、
初めて話し合いの場を持ったのは、1月下旬のことだった
おそらく打診は年末年始頃と思われ、
ならば2003年のアルバムリリースが中止になった後のこととなる


ウツが初めて吉田に会ったのは、
2002年9月「Castle in the Clouds」レコーディングの時だったらしい
ただこの時、ウツはソロツアー「Tour Ten To Ten」の最中だったため、
9/2・9・20の3日しかスタジオに入っておらず、
吉田ともそれほど深く話すことはなかったようだ


あまり親しくもなかった吉田に何を求めてプロデュースを依頼したのか、
ウツが明言しているのを、私は見たことがない
あるいはこの件では、主導権はスタッフ側にあったのかもしれない


吉田もそれまでTMやウツソロの曲を聞いたことはあまりなく、
プロデュースの話が来てから曲を聞いてみたと言う
要するにウツと吉田のタッグは、
音楽的に親しい間柄で行なわれたものというよりは、
「仕事」としてウツから依頼され、吉田が引き受けたものだった


レコーディングは3月から始まり、
「tribute LIVE」を挟んで7/16まで行なわれた
なお「tribute LIVE」中にレコーディングされた「ウィークエンドファイアー」では、
「tribute LIVE」のサポートだった葛城哲哉と阿部薫が参加している


ソロアルバム制作は「tribute LIVE」の準備・実施と並行して行なわれたが、
もしも「tribute LIVE」が当初の計画通りTM NETWORKのツアーだったとすれば、
このようなスケジュールを立てることはまずないだろう
あるいは2003年のウツのソロ活動は、
TMがなくなったことで(2002年12月にほぼ確定)急遽進められたものであり、
吉田とのミーティングが1月からであるのも、そのためなのかもしれない


ウツは5月、「tribute LIVE」開催直前に、
9〜10月のソロツアー開催の告知を行なった
またアルバムからの先行シングル「道〜walk with you〜」は、
「tribute LIVE」最終公演前日の6/25にリリースされた
「tribute LIVE」がソロ活動宣伝の場として活用されたことが分かる


「道」は米倉利コ(利紀)の提供曲である
意外な提供元だが、どのような縁なのだろうか(吉田経由?)
この頃になるとウツのCDセールスは低く安定し、
「道」の成績も前作と変わるところはないが(71位・3000枚)、個人的には好きな曲だ
吉田も良い仕事をしたと思う


本作を収めたアルバム「wantok」は9/3にリリースされた
アルバムタイトルは、パプアニューギニアで使われているピジン語で、
英語「one talk」(同じ言葉を話す人)に由来し、
仲間・絆などの意味を持つという
本作はこの「仲間・絆」をテーマに据えたものだった


「Tour wantok」は9/20〜10/26に開催された
途中で寸劇「wantok X」(TV番組「プロジェクトX」のパロディ)が入るなど、
余計な演出もあったが、
それよりも注目すべきはバンドメンバーである
キーボード・コーラス以外の3人(ギター・ベース・ドラム)が、
Fence of Defenseのメンバーだったのである


すみませんが、マットシはほとんど見えません(左端)



山田亘は1993年「Live Butterfly」から2000年「Tour White Room」まで、
しばしばウツのライブサポートを務めてきたし、
北島健二も2002年「Tour Ten To Ten」でサポートを務めたが、
西村麻聡も含めて3人で一緒にサポートを務めたのはこれが初めてである
ライブでも西村作曲の「Angel」やFence代表曲「SARA」が演奏されている
「SARA」は2000年「Tour White Room」でも演奏された)


Fenceは1987年にデビューした後、1999年に活動を休止しており、
ウツが声をかけた時点ではバンド活動はしていなかった
しかし「Tour wantok」で一緒にステージに上がったことをきっかけとして、
3人はFence of Defenseの活動再開を宣言し、
「Tour wantok」ファイナル後、10/31に再始動ライブを行なっている


その点でこのツアーは、ウツだけでなくFence3人にとっても重要なものだった
これは2004年TM NETWORK「Double Decade Tour Final」や、
2009年ウツソロ「SMALL NETWORK」でのFence登用の前提にもなっている


話題を木根に移そう
2003年の木根は年始から、野心的な試みを提示していた
2003年に46歳を迎えることに因み、
年内に46本のライブを敢行するというものである
ウツと違って一人でもライブができる木根の強みを生かした企画とも言える


2003年最初のライブとなったのは、
3/6「talk & live 番外編 vol.3」吉祥寺Star Pine's Café公演である
ツアー前半は7/25まで24本行なわれ、
さらに8/23・24には「SUMMER SPECIAL」と題するツアー特別版も開催された
この間は木根1人、ギターのみでの演奏となった
このツアーは「tribute LIVE」中も並行して開催されており、
「tribute LIVE」の公演日前後に、その近くで開催されることも多かった
木根もウツと同様に、「tribute LIVE」をソロの宣伝にも活用していた


9/24〜10/17のツアー後半9本ではピアノも導入された(サポートは無し)
さらに11/22〜12/27には、バンドスタイルの「talk & live vol.8〜Ci è la musica〜」が11本行なわれた
なお「talk & live vol.8」でキーボードを務めた佐々木真理は、
10月までウツの「Tour wantok」にも参加していた


以上、木根は「talk & live 番外編」「talk & live」を合わせて、
宣言通り合計46の公演をやりとげた
(公演数については本記事コメント欄でharuさんに御確認いただきました)
ツアー期間正味7ヶ月で46本だから、
4〜5日に1公演をこなしていたことになる
なおこの他に年末には、
年越しライブ「talk talk talk & live」も開催されている


木根はツアーと並行して、ミニアルバムの制作も行なった
すでに2002/12/21には、
「Ci è la musica〜約束された物語」がリリースされていたが、
これは構想中のファンタジー小説のストーリーに沿った内容だった


木根はソロ10周年を終えるとともに、
「CAROL」以来となるファンタジー小説執筆を計画しており、
これをテーマとした2枚のコンセプトアルバム制作を試みた
小説とアルバムの連動という企画自体、
「CAROL」を意識したものかもしれない


木根は「talk & live 番外編vol.3」と並行して、
春から夏まで執筆を行なった
春の木根はソロツアー・「tribute LIVE」・小説執筆の3つを、
同時並行で行なっていたことになる


「talk & live 番外編vol.3」が終わった後は、
8月を挟んで(この間に目の手術を行なっている)9月から、
ミニアルバム「Ci è la musica due」の制作に入る
「Ci è la musica」の続編である


これは11/19にリリースされ、
さらに11/28には小説「七つの角笛〜Ci è la musica〜」が発売された
「Ci è la musica due」リリース直後から開催された「talk & live vol.8」は、
「Ci è la musica」2作を軸に行なわれた
「Ci è la musica」リリース以来1年間の周到な活動を経て、
2枚のミニアルバム・小説・46本のツアーという構想を実現させた瞬間だった


ただ「七つの角笛」は、2018年時点で木根の最後の小説となっている
この頃になると執筆業もあまり成果が出なくなって来ていたのだろうか
一方2003/3/14には木根の著作物として、
「まっすぐ進む夢へのヒント54」なる本も出ている
3月に始まった「talk & live 番外編 vol.3」は、
この本の販促も一つの目的だった


「まっすぐ進む夢へのヒント54」は人生指南書のような内容で、
それまで小説を中心としてきた木根の執筆業の中では異質である
これも小説業の雲行きが怪しくなってきた中で、
新分野への進出も考えるようになったものかもしれない


しかしこの方面の出版も後に続くことはなかった
結局木根の継続的な執筆業は、
TMファンをターゲットとした「電気じかけの予言者たち」シリーズを除くと、
2003年の2作を以ってほぼ終わりを告げた
(一応あと数作は断続的に出るが)


これに代わって木根は、2005年から舞台に力を注ぐようになる
この前提として注目される木根の仕事が、
2003/11/6〜12/10に開催されたミュージカル「天使は瞳を閉じて」への楽曲提供である


「天使は瞳を閉じて」は1988年以来上演されてきた舞台演目だが、
鴻上尚史が演出を担当して、これをミュージカル版に作り替えたものである
音楽プロデューサーは森雪之丞が担当したが、
杏里・デーモン閣下・高橋幸宏・岸谷香・中西圭三・山本恭司など錚々たる面々の中の一人として、
木根も森から声をかけられた


舞台音楽は「天使は瞳を閉じて・ミュージックファイル」としてリリースされたが
インスト担当のRay Cameronを除くと、
木根は最多の3曲が収録されている
「誰もいなくなってしまった」「世界で一番倖せな歌」「HISTORY」
この時点では木根は舞台に出演はしていないものの、
以後舞台への進出を考えるようになる一つの前提となったのかもしれない


以上のように2003年の木根は、
ミニアルバム制作、頻繁なソロライブ、書籍の出版、
ミュージカル音楽の提供などを行なった
もちろんこれに加えて、
「tribute LIVE」出演や断続的なTMの仕事もあった


この年の木根の精力的な活動には驚かされる
2004年のTM20周年まで、
実質的にTMをひっぱってきたことも含め、
木根の努力は評価されるべきだろう


以上前章からこれまで、
2003年の小室・ウツ・木根の活動を見てきたが、
TM名義ではない形で3人が接点を持つこともあった
2003/12/1「AAA」である


ウツ・木根は1993年の第一回「AAA」以来、
本イベントの常連として出演し続けており、
特に1997年年末にTM再始動宣言が出されてからは、
1998年以後毎年、TMの曲を1曲演奏してきた
2003年にもやはりTMの曲は演奏されている
ところがこの時は、少し事情が違った
この時の公演の様子を見てみよう


最初はウツ・木根が狩人の「あずさ2号」を演奏したが、
その途中で狩人本人らがサプライズ出演し、
4人で一緒に昭和歌謡5曲のメドレーを歌った
メドレーの選曲はウツ・木根と狩人の加藤高道で決めたと言う


そして狩人が退場すると、
今度は入れ替わりで小室とKEIKOがサプライズ出演した
小室はKEIKOソロシングル「KCO」のリリースを宣伝した上で、
KEIKOがメインボーカルを取って、「Dreams of Christmas」を演奏した
(小室もキーボードで演奏に参加)


アレンジは「KCO」収録のKEIKO版で、
ウツはサビのコーラスを担当しただけである
一応TMの曲で締めた形にはなったが、
ウツによるTM曲を期待したファンには期待外れだっただろう
(別にTM曲をやるという告知があったわけではないが)


なおウツ・木根は2004・2005年にも「AAA」に出演したが、
TMの曲は演奏していない
結局この2003年が、「AAA]での最後のTM曲演奏となった


「AAA」と比べると参加できたファンはかなり限定されるだろうが、
TMファンとしては盛岡都南文化会館の「宇都宮隆・木根尚登 Christmas Accoustic Live」の方が、
参加の意味はあったかもしれない
12/10にFM岩手主催で800名を抽選で無料招待し、
公開録音したものである(12/23放送)


このライブにはウツ・木根が出演し、山本英美もゲスト出演した
それぞれのソロ曲や歌謡曲の他、
TMの「Another Meeting」「Dreams of Christmas(TMN版)」を演奏した
ライブ中にはTM20周年の宣伝が行なわれ、
これと関連して小室のテープでのコメントも流された
(大したコメントではない)
12/23小田原ダイナシティから公開生放送されたFM横浜「Day Light Splash」も、
ウツ・木根2人が出演したが、
この時も20周年の宣伝および4月の横浜アリーナライブの告知が行なわれた


概していえば、この頃のTMの宣伝活動はウツ・木根2人が行ない、
小室はKEIKOと一緒に自宅・スタジオに籠るという形態だった
この形態はTMのレコーディングの体制にも影響するのだが、
これについては別章でTMの活動を取り上げる際に触れることにしたい


ci e la musica~約束された物語
R and C Ltd.
2002-12-21
木根尚登
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 40 / トラックバック 0 / コメント 25


7-11 globeの挫折

2018/11/10 01:44
11/8の夜に、松浦勝人さんのInstagramで、
小室さんのピアノ演奏映像が6分ほどライブ配信されました
何の予告もありませんでしたが、
これに気付いた一部のファンは大騒ぎだったようです


この動画は翌日松浦さんのInstagramにアップされました
演奏曲は「Sweet 19 Blues」「Get Wild」「Can You Celebrate?」「Many Classic Moments」「Feel Like Dance」です
演奏が終わると、小室さんはピアノから立ち上がって、
照れ笑いをしながらカメラの前で手を合わせてお辞儀し、
歓声の中でピアノの前から立ち去りました


動いている小室さんの姿が公開されたのは、
4月に「Guardian」MVで登場して以来のことです
正直、先月写真が出ただけでも相当驚いたんですが、
まさか動画、しかも生演奏シーンが公開されるとは、
まったく予想していませんでした


小室さん、運指は万全とは言いがたいですが、決してつらそうではありません
おどおどしながらではありますが、笑いながらカメラに挨拶していました
音楽に関わるのがつらい、人目から離れたいと言う気持ちだったのが、
少し即興演奏するくらいはいいかなと思えるくらいには、
気持ちも前向きになってきているのかなと思います


このライブが始まった流れは、私はよく知らないのですが、
松浦さんは先月にもtwitterで小室さんと一緒に撮った写真をアップしていましたし、
ライブ2日前にもtwitterでアップしていました
11/5の写真とのことです
この頻繁な面会の中で、小室さんにライブ配信に出演することをお願いしていたのかもしれません


これ以前から関係者が個人的に引退後の小室さんと会っていたことは、
様々なところから聞こえてきます
しかし彼らがその様子を写真などで公開することは、
これまでありませんでした


これに対して松浦さんが先月からたびたび小室さんの写真をアップし、
ついに演奏のライブ配信にまで至ったのは、
松浦さん側にも公開する動機があったと考えるべきです
また、事はかなりデリケートな問題ですから、
当然小室さんの同意も得ていたと見なければいけません


あれほどつらそうにしていた小室さんが、
人前に姿を出し始めたのはどういうことでしょうか
これを考える上で注目したいのが、松浦さんのtweetです
すなわち松浦さんは11/9、
twitterにも今回のライブ動画のダイジェストをアップした上で、
以下のようにつぶやきました

‬‪TK petit recital 仲間の前で久々に少し照れながらピアノを弾いてくれた。
‪その姿はどこか物悲しそうだった。‬
‪そして聞いている人は泣いていた。僕は昔、avexの店でピアノを何時間も一心不乱に弾き続ける小室さんをみて大きな決断をしたことを思い出した。‬
‪正直こんな天才はもう出てこないだろう。そう思ったからあの時も決断をした。しかし、またその才能を何かに奪われたような気がして悲しくてならない。どうにかこの才能を応援し、これからも彼に付いていくつもりだ。‬‬


松浦さんは2008年11月の小室さん逮捕の時(ちょうど10年前ですね)に支援したことに触れつつ、
これからも小室さんの才能を応援し、小室さんについていくと宣言しています
つまりここ最近松浦さんが自らのtwitterに小室さんの写真や動画を出しているのは、
単にプライベートの一部を見せていると言うのではなく、
小室さんの応援の一環ということになります


小室さんの演奏を公開することが小室さんの応援になるということは、
やはり小室さんは音楽活動を再開することを考え始めているのではないかと思います
もしも小室さんが表舞台に出る気がまったくないならば、
松浦さんが小室さんの才能を応援するという表現は不自然です


いわば今は、小室さんの音楽活動復活の可能性も見据えて、
写真や動画を小出しにしながら、
ファンや世間の反応を様子見している段階なのだと思います
その先の構想がどれくらい固まっているのかはまだ分かりません
もしかしたら11/27の還暦誕生日に復活宣言をするのかもしれませんし、
反応がよければこれから考えると言う程度のことなのかもしれません


しかし1月の引退会見当時と比べれば、
事態ははるかに改善されているに違いありません
少なくとも演奏後の表情は、
2/6にNHKにPANDORAとして出演して「Be The One」を演奏した時よりは、
はるかに柔らかいものでした


もしも小室さんがつらくて仕方ないのに、
周りの圧力によって活動の継続を強いられているならば、
本人だけでなくファンにとっても悲しいことです
そんなことになるくらいならば、
小室さんにはずっと引退して余生を送ってほしいと思います


しかしどうも、演奏後のあのはにかみ笑顔を見ると、
やはり人前で演奏するのは嬉しいのかな?と感じました
ならば仕事への取り組み方は変えるとしても、
戻ってきてほしいなとも感じました
正直多くの方が思っていることでしょうが、
ずっと音楽から離れて穏やかに過ごし続けるなんて、
小室さんがそんな生活に堪えられるのかな?とは思うんですよね


ともかく最悪の始まりだった2018年でしたが、
年末に向けて少しだけ明るい話題が見えてきたのかな?とも思いました
今後も注意していたいと思います


最後にウツと木根さんですが、今回はあまり話題がありません
ウツはあと2週間で「Tour Thanatos」のファイナルを迎えます
また10/26、過去のウツFC会報をまとめた電子書籍「Magnetica archives」の最後のvol.22(2017年まで)が発売されました


では本題に入ります
こんな嬉しい話題の時に、本題はとっても暗い話です

-----------------------------
2003年前後のTM NETWORKの本来の計画は、
2004年4月の20周年を視野に入れて、
2002年秋から活動を再開するというものだったと考えられる


しかしいざ2002年秋になると、
当初の予定されていたリミックスアルバムの制作は中止された
9月にはシングル「Castle in the Clouds」の制作が行なわれたが、
その後予定されていたアルバム制作は着手されず、
11月にはその代替措置として、
音源集「キヲクトキロク」のリリース(2003/2/5)が発表された


この背景には小室のKEIKOとの結婚とglobeへの注力があった
小室は2003年春に予定されていたTMの全国ツアーにも参加を拒否したため、
木根とウツは代替措置として「tribute LIVE」という名目で、
5・6月に小室抜きのツアーを決行した


以上がこれまで推測してきたところの2002年秋から2003年春のTMの動向である
一言で言えば、小室の参加拒否によってTMの活動は頓挫した
この動向についてこれまでTM側の視点で見てきたが、
ここで一度小室側に視点を移し、
この間に何が起こっていたのか改めて整理してみたい


小室は2001年からglobeでトランスを試みていたが、
2002年になってこれを「Lights」「Lights2」という2枚のアルバムでまとめあげ、
同年6/6まで断続的に特別ライブや全国ツアーを開催した
2002年前半の小室はglobeに全力をかけていた


問題はアルバム2枚とこれをひっさげたライブを終えた後、
何をするかだった
これまでと同様の活動サイクルならば、
この後はトランスとは別のものを出してくるところだろう


ところが小室は、6月頃のインタビューで、
ここでやめるのはもったいないので、
トランスで海外アーティストとコラボレーションをして、
ワンランク上のトラックを作りたいと発言している


具体的には、ベルギーのDJ pushの件が念頭にあったものだろう
DJ pushは6/6日本武道館のglobeライブ「category trance & all genre」にゲスト出演し、
globeとのコラボ楽曲「Tranceformation」「dreams from above」を披露している
この内「Tranceformation」はglobe「Transcontinental Way」のリミックスだが、
「dreams from above」は未発表の新曲だった


「dreams from above」は2002年バレーボール世界選手権テーマソングのタイアップを得て、7/31にリリースされた
海外ミュージシャンとの共作でグローバルな活動をアピールする方針は、
かつてのJean Michel Jarreの時に通じるものがある
なおリミックスアルバム「global trance 2」には、
DJ pushによる「Sweet Pain」のリミックスが収録されている


さらに同じ頃には、元X JAPANのyoshikiをglobeに加入させる話も進めていた
この件は8月中にはすでに報道されていたが、
9/1には記者会見および「a-nation」ステージ上で公式発表され、
以後globeは小室・KEIKO・Marc Panther・yoshikiの4人編成になるとされた
8/27にはTM再始動会見も行なっており、
この頃から小室は新たな活動に入ることをアピールしていた


yoshiki加入発表直後の9/26にリリースされた「global trance 2」には、
X「Say Anything」を小室がリミックスした「Kanpai Mix 926」が収録された
さらに小室誕生日の11/27には、
4人編成globeの名義の新曲として「seize the light」がリリースされている
海外ドラマ「ダーク・エンジェル」日本版のテーマソングのタイアップを得ていた


DJ pushといい、yoshikiといい、
小室はglobeでトランスを継続させるに当たり、
他のミュージシャンとのコラボ戦略を採用し、
その話題性をさらなる起爆剤としようとしたと考えられる
あるいは「seize the light」リリース直前におけるKEIKOとの結婚式のTV中継も、
その一環だったと見る余地もある


だがその成果は惨憺たるものだった
「dreams from above」は12位・2.5万枚、
「seize the light」は8位・5.5万枚の成績である


これらを他のトランス期globeのシングル作品と比べてみるに、
アルバムと同時発売の「Many Classic Moments」「Over The Rainbow」はともかく、
(ともに2.7万枚の売上)
2001/11/14「Stop! In The Name of Love」の7位・14.4万枚
2001/12/5「genesis of next」の8位・9.6万枚の成績を見る限り、
DJ pushやyoshikiとのコラボは起爆剤になったとは言いがたい
個人的な感想として、「seize the light」を聞く限り、
yoshiki楽曲と小室のトランスアレンジは、あまり相性が良いと感じられない


「seize the light」リリースと同日の2002/11/27には、
globeのベスト盤「8 Years」もリリースされている
1999年のベスト盤「Cruise Record」から3年での新たなベスト盤リリースの意義はさっぱり分からないが、
あるいは3人体制時代の総括ということだったのかもしれない


さらに翌月12/26には、結婚記念アルバムとして、
「Ballads & Memories」がリリースされた
既発表作品を集めたバラードコレクションだが、
一種のベスト盤とも言える
ここにglobeは2ヶ月連続でベスト盤をリリースすることになった


以上で挙げた2002年のglobeのアルバムは、
オリジナル・リミックス・ベストを合わせて、なんと5枚に及んでいる
よほどのファンでなければすべてを追いかける気力は起きないだろう
この異様なペースでのリリースは、
avexから前借りした10億円のプロデュース料返済問題と関わっているのかもしれない


小室はその後も立ち止まることなく、
年末から年始にかけてglobeのアルバム制作に入る
レコーディングは3月初めまで行なわれ、
2003/3/26「LEVEL 4」としてリリースされた
タイトルは無論4人編成になったことをアピールしたものである


しかしその中のyoshikiの楽曲は、
先行シングル「seize the light」1曲のみだった
つまりニューアルバムの中で、yoshikiは新曲を作らなかった
これはyoshikiの楽曲制作ペースとしてはさほど驚くことでもないが、
ともかくglobeのアルバムは、yoshikiファンにとって購入の動機は極めて乏しかった


またyoshikiがいるにもかかわらず、
「LEVEL 4」の楽曲には生ドラムが一切ない
(何を考えてyoshikiを入れたのだろうか?)
ライナーによればyoshikiは小室とともに、
全曲シンセを担当したことになっており、
またボーカルディレクションも行なったともされているが、
実質的な関与は極めて疑わしい


本作の成績は17位・5.1万枚だった
なんと先行シングル「seize the light」(5.5万枚)よりも売れなかった
この点は、多少ともシングルの売り上げに貢献したであろうyoshikiファンが、
アルバムにはほぼ食指を動かさなかったことも示している


globeオリジナルアルバムの成績としても、
前作「Lights2」の2位・16.4万枚から見て大きく下落している
2001年「outernet」の9位・14.9万枚を下回る、globe作品最低の記録となった
しかも活動の空白があったわけではなく、
これ以上ないほど過密な活動をしていたにもかかわらず、である


この頃avex全体の方針として、評判が悪かったコピーコントロールCDが導入されたことも、
売上減少に多少の影響はあるのかもしれないが、
それでも他のavexミュージシャンが一般にこれほど急激に売り上げを下げているわけではない
何よりも同じコピーコントロールCDだった「seize the light」よりも売れていないのだから、
根本的にはこのアルバムがそれまでのファンの関心を引かなかったと見なくてはならない


小室はpushやyoshikiと組んでファン層の新規開拓を試みたが、それはまったく失敗した
その上既存ファンも、この頃に大幅に脱落したと見られる
すでにこれ以前、ダブルミリオン級以上の売上を上げていた1996〜99年から、
十数万枚の水準になった2001年との間で、globeはファンを9割以上失っていたが、
その後は十万枚以上の壁を1年間以上保っていた
しかし「LEVEL 4」の時には、
ついにそれまで残っていたファンの7割が一挙に去ったのである


アルバムの内容についても、
「Lights」「Lights2」で示されたほどの可能性は感じられない
個人的な感想をいえば、私にとっても「LEVEL 4」は、
「globeはもう終わった」と感じさせた1枚だった


おそらく小室は本作で欧米トランスの再現路線から離れ、
自己流解釈でのトランスを試みようとしたのだと思う
だが熱心な小室ファンの中に本作を高く評価する方がいることは承知の上だが、
私は本作はやはり失敗作だと思う
「blow」など個別に好きな曲はあるが)
メロディ・歌声とオケが溶け込まない気持ち悪さを、
私は本作以後のglobe作品から強く感じるのである


私の個人的な感想は措いても、
2003年のglobeが商業的に失敗に終わったことはたしかである
メインワークだったglobeの失敗は、
小室のメジャーシーンからの決定的な脱落を意味した
小室がヒットメーカーとして再浮上する可能性は、
この年を以って絶望的になり、以後2008年の逮捕までの活動は、
叙述するのもつらい状況が続くことになる


しかもさらに悪いことに、小室はこの結果が出る前から、
globeの飛躍を見据えた計画を立てていた


一つはアジアへの展開である
小室はすでに2002年9月のyoshiki加入発表の記者会見で、
早ければ年内に韓国などでアジアツアーを開催するとコメントしている
1998年の台湾・中国イベントや2000年ROJAMによる香港進出の延長上にあるものだろう
直接には2001年に計画されていたTKファミリーのアジアツアー計画のリベンジなのかもしれない


しかも2003年に計画されていたのは、globe単独での海外進出だった
2001年のTKファミリー総動員によっても実現できなかった事業を、
globe単独で行なうことができるという見通しの甘さも不可解千万だが、
そもそもこの時に小室が手駒にできたのはglobeしかなかったということでもあろう
アジアツアーの開催は結局最後まで正式には告知されなかったが、
一説には後述の東京ドーム公演の後で開催される予定だったともいう


小室はこの頃、おそらくアジア進出への地ならしのために、
韓国への進出を図ったようで、
2003年の年始にはNGO東北アジア環境・文化連合の環境保護事業の日本側委員として協力することを発表している(NGOの事務局はソウル)
この時は同時に、globeが4/16に韓国ミュージシャンとともに、
ソウル市庁舎前広場でチャリティライブイベント「SEEDS OF THE FUTURE」を開催することも発表された
これはNGOの黄砂対策キャンペーン「黄砂Green Project」の一環であり、
2002年のFIFAワールドカップ1周年記念でもあるとされていた


さらに3/12には、7/9のglobe東京ドームライブ開催が発表され、
1997年のX JAPAN解散以来となるyoshikiのフルライブ出演がアピールされた
globeにとっても、1998年以来のドーム公演となる
小室としては、yoshikiの動員力を利用して、
最盛期を取り戻そうとしたものだろう


冷静に考えれば、「LEVEL 4」の総売り上げは東京ドームの収容人数5万人と同じである
アルバムを購入したすべてのファンが来場して、
初めて会場が埋まるレベルであり、土台無理な話だった
もっとも東京ドームライブの発表はアルバムリリース前であり、
さらにいえばライブの企画はレコーディング中かそれ以前のことと考えられる
その時点では「LEVEL 4」は、
yoshiki効果で「Lights」を越える売上を達成すると予想されていたのだろう


しかしこのような甘い目論見は外れ、
4/2には韓国ライブが、5/1には東京ドームライブが中止とされた
韓国ライブ中止はイラク戦争(3/20〜5/1)に伴うテロの恐れ、
東京ドームライブはSARSの流行がその理由とされている


韓国ライブについては主催者がNGO側なので何とも言えないが、
SARSという言い訳については苦笑せざるを得ない
(同時期の他のミュージシャンは東京ドームで公演を行なっている)
実際にはチケットの売れ行きが採算の取れない水準だったために違いない
2000年7月のROJAMの香港ライブ中止の過去が思い出される


東京ドームライブの中止を受けて、
小室FCのBBSはファンの苦情書き込みで混乱を来たし、一時期閉鎖された
小室もかなりこたえていたようで、
5/8に予定されていた木根との打ち合わせは、この一件で中止されたという


さらに音楽活動以外のところにも目を向けると、
この頃小室の財政状況はそろそろ危険水域に入りつつあった
すなわち小室は前妻吉田麻美に対して、
慰謝料3億7000万円を3分割で支払うことを約束していた
しかし2003年3月にはこの支払いが滞ったという
実にKEIKOと新婚生活を始めてからわずか4ヶ月のことだった


「滞った」というのが、支払いが遅れたことを言っているのか、
支払わなかったことを言っているのかは、よく分からないが、
いずれにしろこの頃の小室は、
1〜2億円レベルの支払いが困難な状態になっていたと見られる


しかしそれにもかかわらず、
この頃小室の浪費はむしろ加速していたらしい
ただそれは小室個人の浪費と言うよりは、
KEIKOに物を買い与えることなどがメインだった
2004年頃には生活費と借金返済で、
月2000万円前後が消費されていたという
2008年11月の小室哲哉供述調書には、以下のようにある
(2009年裁判で検察官が読み上げたもの)

結婚後1年間くらいは(2003年秋頃まで)、人生で最もぜいたくをしたと思えるほど、湯水のようにお金を使いました。KEIKOにブランドものの服やバッグ、時計を買ったり、総額は数億円にはなっていたと思います。スタッフの中には苦言を呈する者もいましたが、2人で過ごす今が何よりも安らぎを得られ、大切と感じていました。KEIKOと2人で豪奢な暮らしをしていても、少なくとも1曲はヒットして、私の3度目のブレークがあるだろうと考えていました。しかし、私自身、KEIKOとの甘い生活で以前より創作意欲が減っていたのも確かでした。


この供述が当時の小室の状況のすべてを述べているわけではないだろうが、
財政の窮迫とglobeの失敗によって半ば自暴自棄になり、
新妻との新婚生活に逃げ込んでいったという側面はあったのだろう
客観的に見ても、小室は2002年までと比べ、
2003年以後は楽曲制作数を大幅に減少させるようになる


メディアで見られる小室の様子も、
2003年からは挙動不審なところが多くなり、
おそらく精神的にも追いつめられるようになってきていたのだと思う
この後5年間の小室は、
摩耗を重ねながら音楽活動を続けていくことになる


正確な時期ははっきり分からないのだが、
globeのMarc Pantherも2003年にパニック障害を起こして、石垣島に移住した
あるいはこの頃のglobeの混乱が背景にあるのかもしれない


KEIKOは7月から大磯ロングビーチのCMに出演したが、
CMソングにはKEIKO初のソロ名義曲「海との友情」が起用された
これはMarcの病気でglobeの活動が困難になったことが前提だろう
以後globeは2005年まで、リミックスを除き新作リリースを行なわない


小室はしばらくMarcの病状の経過を見ていただろうが、
9月にはKEIKOのソロシングルレコーディングに入る
KEIKOによるTKカヴァー曲集を作る計画もあったといい、
Marcなしで可能な活動が検討されていたのだろう
2003年はTMもglobeも、
3人中の2人だけで活動する変則的な形態が取られたことになる


KEIKOソロシングルは12/10に、
マキシシングル「KCO」としてリリースされた
なおこの頃小室は、KEIKOの名前をKCOにする旨を述べている
商品では依然としてKEIKO名義が用いられたが、
小室の中では、表記をKCOに改める意向だったのだろう


本作は「海との友情」を含む4曲入りだった
メインとなる「Humanrace」はともかくとして、
他の3曲についてはトランスの風味は薄い


その内の2曲はTMの「Dreams of Christmas」と、
1989年の小室ソロ曲「Christmas Chorus」のカバーだった
「Dreams of Christmas」のカバーは、
TMの「Fan Event in Naeba」の演奏を見たKEIKOが小室に申し出たのがきっかけだったという
おそらく「Christmas Chorus」もその延長上に選ばれたのだろう


なお「Dreams of Christmas」には、m-floのVerbalがラップで参加している
小室とVerbalのタッグは、2001/12/27「lovin' it」以来2度目となる
「lovin' it」はチャリティプロジェクトSong+Nationの一曲で、
小室が作詞・作曲した曲を、安室奈美恵+Verbal名義でリリースしたものである
ただ「Dreams of Christmas」を聞いても、
Verbalのラップの必然性はさっぱり分からないし、
globeファンには「ラップを入れるならなぜMarcではないのか」と感じた者も少なくなかっただろう


「AAA '03」にてTM+KEIKOの「Dreams of Christmas」


globeが活動を休止した頃、Gaballも久しぶりに新作をリリースした
2003/8/6リリースのシングル「幸せの表現」である
本作も「KCO」収録の3曲と同様、トランスの要素は薄い
小室は「LEVEL 4」の失敗の後、
トランス以外の可能性を探り出していたように見える


9/25にはGaballの2ndアルバムリリースが予定されており、
globeが動かせない間にGaballの活動を復活させる考えもあったらしい
しかしこのアルバムリリースは実現しなかった
「幸せの表現」の成績は21位・2.3万枚と振るわず、
本作を最後にGaball名義での活動は見られなくなる


「幸せの表現」の作詞・作曲・編曲はすべて小室で、
原田大三郎はもちろん、DJ Dragonも楽曲制作に関わっていない
なぜこれがGaball名義なのかといえば、
カップリングでDragonがボーカルを取っているからである


本作はドラマ「14ヶ月」のエンディングテーマである
「14ヶ月」は7〜9月に放送されたから、
曲は6月には出来上がっていたはずである
ドラマで使われたのは韓国人Joanneがボーカルを取ったテイクである
Joanneの起用は、小室のアジア進出計画とも関わるものに違いない
歌詞は恋人の気持ちを男女それぞれの立場から別の詞で歌ったもので、
女性版をJoanne、男性版をDragonが歌っている


私は2003年の小室作品で一番の出来はこれだと思っている
ドラマタイアップという点も考慮したのだろうが、
久しぶりに自然に口ずさめる歌詞とメロディを味わえる作品となっている
(ボーカルはどちらも微妙だが)


以上で見て来たように、
2003年の小室はglobeとGaballの活動を相次いで収束させるとともに、
2年間執着し続けたトランスから、一定の距離を取るようになった
そしていささか消極的な事情ではあるが、
ここに小室はようやく、ただ一つ残った可能性として、
TM NETWORKに目を向けるようになる


小室のTMへの再合流は、6月にファンに示された
2003/9/6・7「Fan Event in Naeba」の開催告知である
TM20周年実現への道は、ここにようやく拓かれるのであるが、
その過程については、また別章で触れることにしたい


KCO (CCCD)
エイベックス・トラックス
2003-12-10
KEIKO
amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 35 / トラックバック 0 / コメント 23


続きを見る

トップへ

月別リンク

20 Years After -TMN通史-/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる