20 Years After -TMN通史-

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zoom RSS 0-4 Rockin' on the 月光仮面

<<   作成日時 : 2006/11/24 01:04   >>

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フリースペースのメンバーと小室は、地元も近かったから、
音楽活動を続ける中で以後もお互いを意識し続けただろう
そんな中でウツ・木根と小室が一緒に音楽を始めることになるのは、
1980年のことだった
それは1年前にデビューしたSPEEDWAYのデビュー作「The Esther」が、
失敗に終わったためである
売り上げは数百枚という水準だった


またSPEEDWAYはデビュー以前から、
活発にライブハウスでライブ活動を行っていたが、
荻窪ロフトと新宿ロフトについては、GAUZE氏の調査によって以下のライブが確認されている


・1979/2/18 SPEEDWAY、パイルドライバー@荻窪
・1979/3/25 SPEEDWAY、ダックシティ@荻窪
・1979/4/10 SPEEDWAY、ロケット@新宿
・1979/6/27 SPEEDWAY、広瀬友剛@新宿
・1979/7/23 SPEEDWAY、Hero@新宿
・1979/8/26 SPEEDWAY@新宿
・1979/9/18 SPEEDWAY、クロコダイル@新宿
・1979/10/2 SPEEDWAY、ジプシー@新宿
・1979/11/5 SPEEDWAY、サウスウェル@新宿
・1980/1/8 SPEEDWAY、Scramble Egg@新宿
・1980/2/4 SPEEDWAY、ベガーズ@新宿
・1980/3/10 SPEEDWAY、ZONE@新宿
・1980/4/4 SPEEDWAY、BAD SCENE、神鬼@新宿


これを見ると、SPEEDWAYは1979年7月のデビュー後になってもほとんど対バンライブで、
ワンマンライブは8月の一回のみである
自分たちだけで集客できるほどの人気は出なかったと見るべきだろう
なお対バンの相手としては、旧ギズモメンバーの新岡ナオミがいたクロコダイル、
立岡正樹(後のTMマネージャー)がいたサウスウェル、
小室・木根と親交があった阿部晴彦がいたScramble Eggなども確認できる


この事態の打開を図るために、
SPEEDWAYに小室を入れようということになった
後述の「Rockin' on the 月光仮面」リリース日の1980年3月以前のことであり、
レコーディングは2月には終了していたはずだから、
小室起用は遅くても1980年初めには遡るだろう
またSPEEDWAYの失敗が明らかになった「The Esther」は、
1979年10月にリリースされた
その成果が明らかになった後になって小室起用が決まったのだろうから、
11月以後の話だろうか


要するに小室に声が掛けられたのは、1979年の終わり頃のことだったと考えられる
小室が参加していた「銀星団」のリリースが1979/11/25だから、
小室は初めて自分が参加したバンドの作品がリリースされた直後かそれ以前に、
SPEEDWAYへの移籍を決めたことになる
実は大きな決断だったのかもしれない
ただしこの時点ではまだ流動的だっただろうが、
小室は一応この時点では一年だけ手伝うという約束だったという


小室を誘うことを提案したのは青木高貴である
青木は古くから木根と付き合いがあり、SPEEDWAYの作詞にも関わっており、
この後はTM結成時にもマネージャーとして、3人と長く付き合うことになる


小室が最初に取り掛かった仕事は、
「Rockin' on the 月光仮面」のアレンジだった
SPEEDWAYが語られる時、
「夢まで翔んで」と並んでネタとして挙げられる曲である


ただジャケットは、洋楽チックな作りで、
お笑いとしか思えない曲名が書いていなければ、
それなりにかっこいいかもしれない
なおジャケットには「"STAR" WAS BORN」とあるが、
これはSPEEDWAYのバンド名の由来「スター誕生」を意識したものだろう


ひそかに左上に月光仮面


曲は有名な月光仮面の主題歌をリメイクしたもので、
シングルとしてリリースされた
リリースは1980/3/20である


ウツがまじめに「月光仮面はだれでしょう〜」と歌っているのは、
初めて聞いた時は衝撃だった
(というか、これを書きながら聞いている今も、少なからず衝撃を受けている)


武田食品「プラッシー」のCMタイアップ用に作られたもので、
これを作れば2ndアルバムを出すというのが、
レコード会社からの条件だったようだ
つまりこの仕事を引き受けなければ契約更新はしないということであり、
デビューから半年程度で、
SPEEDWAYは早くもバンド存立の瀬戸際に立たされていたことになる
小室の起用も、この通告が前提だったに違いない


木根は後に月光仮面の仕事を回顧して、
とにかくいやだったがやむを得ない仕事だったことを強調している
実際にSPEEDWAY唯一のタイアップ曲にもかかわらず、
後に出る2ndアルバムには収録されていない
カップリング曲の「ダンシング・ライダー」については、特に不満だったようだ
小室も作詞・作曲者との打ち合わせから帰った時、
「最低」と仲間内にもらしたという


「ダンシング・ライダー」の作詞・作曲者は、
「月光仮面は誰でしょう」原曲を作詞した川内康範で、
原曲名は「山あり谷あり」だった
川内氏は、晩年に森進一の「おふくろさん」の件でニュースで騒がれたことでも、
記憶に新しいであろう
多くの演歌の作詞とともに、
「にっぽん昔ばなし」「死ね死ね団のテーマ」など、
子供向けのTV番組楽曲もしばしば作詞した


この時小室に提示された曲には「ジーパンはいた赤トンボ」もあったが、
これよりマシということで、小室は「山あり谷あり」を選んだ
しかし聞いてみると、「ダンシング・ライダー」も、それほど悪い曲ではない
ロック調のキーボードソロで始まるイントロ、洋楽っぽいサビを聞く限り、
むしろ「The Esther」の曲よりも出来が良いのではないか


ただAメロはやはりイマイチである(歌詞も曲も)
「ダンシング・ライダー」は小室がとにかくアレンジに苦労した曲で、
コードやメロディまで変えて、
イントロと間奏しか印象に残らないようにしたというが、
あるいは本来の「山あり谷あり」は、
出来のイマイチなAメロだけなのかもしれない
(この部分の歌詞に「山あり谷あり」と出てくる)

あてのない旅 山あり谷あり
傷つきながら 夢も見るだろう
道はとおい
Anytime Dreaming Makes Me Real
Anytime Dreaming Makes Me Real


サビの部分は「Anytimie〜」と、英語の歌詞になっているが、
当時60歳という年齢や、他の川内作品の歌詞から考えても、
川内氏のセンスとは思えない
この部分は小室が付け加えたのではないか


もしもAメロの部分だけが原曲だとしたら、
そこから「ダンシング・ライダー」全体を作り上げる小室の発想力には、
驚かざるを得ない
「Rockin' on the月光仮面」も、曲名と歌詞だけ聞くと失笑を禁じえないが、
オケは割とまともだ
小室は後にTMライブで、
原曲からは考えられないようなライブアレンジを次々と披露するが、
その才能はこんなところにも出ているのかもしれない(こじつけかもしれないが)


もっともこの話は木根尚登の「電気じかけの予言者たち」に依拠しているが、
特に「ジーパンはいた赤とんぼ」については、
小室自身のインタビューによれば、「ちょっと間違ってる」らしい
(本記事赤とんぼさんコメント)
肝心の、どこが間違っているのかという点は分からないのだが、
一応話半分で扱っておくべきエピソードかもしれない


なお本作リリースの前後、2ndアルバム「Base Area」リリース以前、
SPEEDWAYはプラッシーの販促イベントなどでミニライブを行なっていた
その中には「Base Area」未収録曲もあり、
この頃試行錯誤しながら、多くのデモ曲を作っていたことが推測される


その中にはギズモの「The Ocean」を元にしたもの(曲名不明)や、
同じくギズモの「Flay Away」を元にした「Fly Away Again」もあった
さらに「Base Area」に収録される「Michel」も、原曲はギズモ時代に作られていたという
ギズモ時代の遺産がこの頃にも受け継がれていたことが分かる


他の未発表曲として「Feel So Good」「Long Many Time Ago」がある
この内で後者はTM NETWORK時代の曲の一フレーズとして日の目を見ることになる
現在までTMの代表曲となっている「Seven Days War」である


ただし共通するのはサビの部分だけで、具体的には、
Seven Days War 戦うよ
僕たちの場所この手で(つかむまで)
Seven Dasy War Get Place to Live
ただ素直に生きるために

の部分が、
Long Long Long Many Time Ago
幼い頃の夢が
Long Long Long Many Time Ago
明日(あす)への奇跡を起こせ

になっている
また「Seven Days War」はバラードなのに対し、
「Long Many Time Ago」は派手なシンセとギターを交えたイントロで始まるという違いもある


なおこの時期の小室の仕事について、もう一つ挙げておきたい
ミス・オレンジショックという女性への曲提供である
「愛しのリナ」「ア・イ・タ・イTEL」の2曲で、シングルとして発売された
演奏はSPEEDWAYである


ミス・オレンジショックが何者なのか、自分は詳しいことは分からないが、
当時のミック・ロンソンのFC会長が企画モノとして出したものだったらしい
ミュージシャンにしては歌があまりうまくないが、
かといってアイドルにしては見た目が可愛いくない
(レコードジャケットの写真はSPEEDWAY公式サイトにあるが、結構なインパクト)


曲は1980年代初頭のいわゆるテクノ歌謡に分類されるものだが、
単なるテクノ歌謡に終らず、やはり小室節を感じることができる
ボーカルを度外視して聞けば、
オケは後の小室のアイドル提供曲の原型を見るようである
後の小室の仕事につながるTMメンバーとの関係と、
女性歌手への楽曲提供は、ともにこの頃から始まるのである

(2006/8/5執筆 2006/11/24・2008/9/8・2012/12/10・2016/10/6加筆)

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こんにちは。羅門です。 ...続きを見る
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コメント(6件)

内 容 ニックネーム/日時
すみません……

曲名のFeel so goofはFeel so goodでは……?
とびえもん
2017/01/01 08:07
ご指摘ありがとうございました!
タイプミス、その通りです。
修正しておきました。
青い惑星の愚か者
2017/02/04 03:01
こんにちは。
もしかしたら既にご存知かもしれませんが、「ヘドバン」インタビューで『ジーパンはいた赤とんぼ』という歌詞について、「あまりにも面白くて話を盛っちゃってるから、今となっては真実がどうだったか…ちょっと間違ってることは確かですね。」と小室さんが話していました。実際は少し違ったみたいです。
一応補足として書いておきました。
赤とんぼ
2019/02/04 22:55
そのインタビュー知りませんでした。小室さんみずからコメントされていたんですね。
本記事に書いたのは、全面的に木根さんの「電気じかけ」に依拠しているので、盛っているところもあるかもしれません。
具体的にどう違うのかが知りたいんですが、一応トーンダウンした形で直しておきます。
貴重な情報ありがとうございました!
青い惑星の愚か者
2019/02/05 23:56
記事の加筆ありがとうございます。
インタビューの続きを載せておきます。

ー膨らませてるんですか(笑)

小室 だったかもしれないですね。間違いなく「赤とんぼ」はないだろってところだったと思うんですよね。例えばってことで、「♪あかーとんぼー」みたいなフレーズを川内先生が歌ってくれたと思うんですよ。まあ、それはそれでコントですよね(笑)

…とのことなので、盛ったのは「ジーパンはいた」の部分なのかな?でも、昔のことなので小室さんもそこまで詳細に覚えてなさそうです。

このインタビュー、他にもTMデビュー前の情報多くてとても面白かったです。
浅草ニューイヤーロックフェスの話題もあったので、該当記事のコメント欄にそちらの情報も書いておきます!

ちなみに、インタビューが掲載された雑誌はこれです→https://www.shinko-music.co.jp/item/pid1639499/
赤とんぼ
2019/02/06 06:21
情報どうもありがとうございます。
長らく放置していてすみませんでした。
忙しくてブログには手が付けられず。

「ジーパンはいた」の部分は本来なかったんですかね。
若いミュージシャンが年輩のお偉方に反感を覚えて実際以上にひどく言うということはあり得るかもしれないですね。
今となっては、当人たちも含め、よく分からなくなっていそうですが。
青い惑星の愚か者
2019/03/24 03:55

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