3-12 CAROL Tour ①

きぃみぃのたぁめぇん めぇりぃくりぃすまぁすえんはぁっぴにゅういやぁん
明けましておめでとうございます
今年は「Christmas Chorus」で始めてみました


年末発売の「Keyboard Magazine」で、
久しぶりにTM NETWORK特集が組まれました
なんと、表紙がTMですよ
しかも、カメラマンの腕もあるんでしょうが、小室かっこいい!


特集にはインタビューや武道館ライブレポ、
「Welcome Back 2」のスコアなどが収録されていました
「Keyboard Magazine」らしく、機材の話がかなりメインとなってました
ビンテージモノのシンセへのこだわりなども語っています


「SPEEDWAY」の音はドラム・シンセなども含め、
大部分が小室さんのシンセで作られているそうです
打ち込みは手打ちで行ない、
クォンタイズなども行なわなかったとか
こういうところでも手作り感を出したかったんでしょうね


個々の曲に関するエピソードやコンセプトも語られていました
「You Can Find」は一発録りだったんですね
「みゅーじん」で放送されていた感じで、
小室さんがピアノで弾いたのをそのまま収録したのでしょう
「Electric Music」「Malibu」についても、背景を知ることができました


「Keyboard Magazine」では、今年の活動について触れられていませんでしたが、
それでも微妙な情報は入ってきています
「木根尚登のMy Home Town」の2007/12/15放送分では、
以下のように言っています
欲を言えば、きっと多くのファンの方々も、そう思ってると思うんですけど、「大阪に」とか、「なんで名古屋に」とか、「主要都市回ってくれれば良いのに」ってね、思ってくれてる人もいると思うんですけど、これは楽しみとして、また25周年にとっておいていただいて、まあ25周年に向けてのリハビリ、そんな風に考えていただければと思います。

この25周年というのは、
多分来年(2009年)ではなく、今年(25年目)のことでしょう
「SPEEDWAY」リリースで終わることはなさそうです
GWのKCOのアルバムリリースまで本格的な始動はないでしょうが、
活動25年目となる4/21に何か動きがあるかもしれません
となると、3月くらいには情報が入ってくる可能性もあります


また小室さんのMySpaceの1/2のブログでも、
来週TM NETWORKのDVDに関してお仕事があるみたいなことを書いています
(相変わらずの小室文なので、意味が取りづらいのですが…)
とりあえずいずれ先月のライブのDVDを出すことは確実と思います


現状では以上のような感じですが、
春くらいに何かあることを期待しましょう
では本題に入ります
今回からは「CAROL Tour」の話に入ります


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「CAROL~A Day in a Girl's Life 1991~ TM NETWORK Tour '88~'89」は、
好き嫌いこそあれ、TM NETWORK史上に残るライブであることは間違いない
当時誰も考えつかなかったライブとミュージカルの融合というアイデアを、
ミュージカルにほとんど造詣のない小室の思いつきで、
当時の日本でも有数の大規模なツアーとして実現してしまったのである


以前述べたように、そもそも「CAROL」というアルバム自体が、
ライブでのミュージカル上演を前提に作られたものだった
ツアータイトル「CAROL」がアルバムと同名なのは、
アルバムとツアーのコンセプト上の一体性を強調する意味もあったのだろう


ちなみにこれまでTMのアルバムツアーは、
常にアルバムと別のタイトルが付けられていたが、
「CAROL Tour」以後はアルバムに準じたタイトルになる
「Double Decade Tour」を除く)
工夫がなくなるとも言えるが、
「CAROL」「EXPO」に関しては、
むしろライブのコンセプトを前提にアルバムを作成したためともいえる


「CAROL Tour」は、
演出のちゃちさ、ミュージカルとしての未完成さなど、
当時から批判があったことを踏まえても、
その実行力は評価されるべきである
実際にこの時、TMは最高の人気を博した
一般にはもっともよく知られたツアーだろう


2004年と2014年、
20周年・30周年記念で発売されたライブDVDとしても、
「CAROL Tour」の特別版「Camp Fanks!! '89」が選ばれた
「CAROL The Live」「CAROL Deluxe Edition」
過去のTMを象徴するライブと考えられているということだろう



カーテンコールのシーン


小室哲哉は、日本帰国後まもなく、
1988/10/29から合歓の郷に入り、
TETSU'S FACTORYの貼り紙がされた部屋で
11/4までツアー音源の作成を行なった


この間の11/1には他のメンバーも合歓の郷に合流し、合宿に入る
11/8~13にリハーサルを行なった後、メンバーは東京に帰ったが、
その後も断片的にリハーサルは行なわれた
12/1~4にはゲネプロが行なわれ、ツアー本番は12/9から始まった



当初の公演期間予定は1989/4/28までの約5ヶ月間だった
動員数は64公演20万人であり、
さらにツアー特別版「Camp Fanks!! '89」の2会場4公演で3万人を動員した
これは「Kiss Japan Tour」「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」を合わせたものと同じ程度である(66公演・20万人)
しかもこの時は、ツアーファイナルに武道館7日間という、
壮絶なスケジュールが組まれていた
(実はこのスケジュールは結局そのままでは実現しなかったのだが)


ツアーは3部構成となっている
第一部と第三部が通常のライブ、
第二部がミュージカルである
ただし第二部を核として、
第一部・第三部もストーリーとしてつながっている


詳しくは次章で述べるが、
第一部はジャイガンティカによって音を奪われることで終わり、
第二部はこれをキャロルが取り戻すストーリーで、
第三部では音が復活したTMがライブを再開するという流れである


第二部では「CAROL」組曲というべき一連の曲を演奏した
一方で第三部では、ミュージカル的な雰囲気を一掃して、
FANKS期ライブを凌ぐ勢いのダンスナンバーが続く
第一部は序盤の部分だが、
TMのライブはオープニングで盛り上げるという原則があり、
さらに第三部ではバラードを演奏しない構成だったため、
ここで盛り上がり曲+バラードをやることになる
全体の時間を考えるといささか詰め込み気味の構成かもしれない


メンバーの衣装は、歴代のツアーでももっとも印象的なもので、
ほとんどコスプレ状態と言っても良いいでたちである
第一部・第二部・第三部それぞれで衣装替えするが、
第一部では三人とも肩にメタルプレートをつけたジャケットをはおっている
ここはミュージカルに当たる第二部以上にファンタジーしている
ツアー全体を通じての統一感を出そうとしたものだろう
「Just One Victory」のPVで使われている衣装である


第二部では3人とも、
「CAROL」ジャケットのガボールスクリーンのメンバーと
同じコスチュームを着ている
「Camp Fanks!! '89」第一部と同じものである


第三部では、派手な刺繍のついたジャケットをはおり、
一転してゴージャスな雰囲気を醸し出している
小室は緑、ウツは黒、木根は青である
4/19日本武道館公演以後は、
ウツは「Just One Victory」の間奏で赤の衣装に着替えるようになった


また6/12新潟県民会館公演以後は、衣装を涼しい生地に変更し、
衣装の色も小室は白、木根はグレーになった
ウツの衣装は黒のままだったが、柄は変わった
この衣装は「Camp Fanks!! '89」第一部でも、
「Just One Victory」のところで使われている


サポートメンバーは、ギターは今まで通り松本孝弘だったが、
「STARCAMP TOKYO」でドラムを務めたNickは抜けた
おそらくPamelaの解任とともに、
TMインターナショナルの白紙化と絡むのであろう
しかし山田亘のドラム復活は、
Fence of Defenseがノッテいる時期でもあり、実現しなかった


ここで声がかけられたのは阿部薫である
「Rainbow Rainbow」のレコーディングメンバーである
デビューのきっかけになった「フレッシュサウンズコンテスト」や、
1984年のデビュー当時のライブなどでサポートを務めたことがあり、
TM初期の頃に縁が深かった人物だが、
ここでドラムサポートとして復活する


これ以後阿部は1994年の終了まで、TMのライブでドラムを叩き続ける
阿部はメンバーやファンからは「ベーアン」と呼ばれ、
特にTMN期にはムードメーカー的な役割を果たした
tribute LIVEでも常連メンバーである


この他に、第二部でキャロル役を務めた重要人物として、
Pernilla Dahlstrandを挙げなければならない
彼女はスウェーデン人で、1988/10/3にダンスのためにロンドンに留学してきた
そしてこの頃TM NETWORKは、
「STARCAMP TOKYO」キャロル役のPamelaの代わりを選ぶために、
ロンドンから帰国する直前の10/5にオーディションを開くことを告知していた


Pernillaがオーディションを知ったのは前日のことだった
奇しくもPernillaが入会したバレエスクールがその会場だった
Pernillaは当日、オーディション終了後に、
履歴書も写真も持たずにオーディションに参加した
逆にそうした行動が、メンバーの印象に残ったのかもしれない
ともかくPernillaはそこでキャロル役に抜擢された
後にglobeボーカルのオーディションで、
会場から滑り落ちて注目を浴びたkeikoが採用されたことを彷彿させる


10月初めにキャロル役のオーディションを行なったことから、
Pamelaを「CAROL Tour」では使わないことは9月末には決定していたと見られる
おそらくドラムのNickの不採用も、同時に決定したものだろう
「STARCAMP TOKYO」は8/25開催だから、
この決定は9月中のことと見るべきである


Pamelaが務めたキャロル役は、Parnilaとは役割がかなり異なっており、
ステージ上で演技を行ない、ウツと一緒に歌い、演奏も行なった
これに対してParnilaの役割は、ほぼダンスに特化していた
Pamela解雇とParnilaの採用は、単に人を変えたというだけでなく、
ライブにおけるキャロル役の位置づけの変更を伴う本質的なものだったといえる


つまりキャロルは当初の計画では、
事実上TM4人目のメンバーと言っても良いほど重要な役どころだったのに対し、
「CAROL Tour」ではダンサーに過ぎなかった
Pamelaに多くを求めすぎ(て失敗し)たことに対する反省を踏まえ、
「CAROL Tour」のキャロル役には最低限の役割のみ任せることになったものと思われる


この変更は、実は「CAROL」の内容そのものにも影響を及ぼしていたようである
小室は「STARCAMP TOKYO」後にロンドンでレコーディングを再開した時、
「CAROL」組曲のウツ・女性のデュエットパートを減らしたと言う
実際に「STARCAMP TOKYO」では「CAROL (Carol's ThemeⅠ)」「In The Forest」「CAROL (Carol's ThemeⅡ)」はほぼウツとPamelaのデュエット状態となっているが、
「CAROL」では女性ボーカルがメインの部分は「CAROL (Carol's ThemeⅡ)」の冒頭くらいで、
あとは「In The Forest」のサビと「CAROL (Carol's ThemeⅡ)」のAメロで女性コーラスが目立つくらいである


これは「CAROL Tour」でキャロル役のPamelaにも歌わせるという方針が、
「STARCAMP TOKYO」の失敗を受けて、
ウツ単独ボーカルに変更されたものだろう
この時点でPamelaは事実上クビとなったと考えられるが、
一方ですでにミュージカルの構想を中止することは難しかったため、
歌わないことを前提としたダンサーとしてのキャロルを、
新たに募集することになったものと思われる


この時点で、「CAROL Tour」はミュージカルとしての実態を大幅に後退させていた
つまりツアー以前の「CAROL」レコーディングの過程で、
ミュージカルの導入という志は、事実上挫折してしまったのである
実際にウツもParnilaもセリフはないし、
歌は敵役のジャイガンティカのテーマも含めて全部ウツが歌うのだから、
演じる役との関係などはまったく考慮されていない
ウツの歌の合間にBGM付きのアトラクションが入るだけと言っても良く、
本格的なミュージカルと思って映像を見るとかなり肩すかしを食らうことになる


またParnilaについても、採用の経緯から分かるように、
決して実績のあるダンサーではなかったし、ミュージカルの経験もなかった
初めから経験豊富なミュージカル俳優が求められていたわけでなかったことは明らかである
イギリスのミュージカル俳優からすれば、
日本のロックミュージシャンの興行に応じたところでさしたる業績になるわけでもないから、
TM側ももとより一流どころのダンサーが来ることは期待していなかっただろう


だが結果的に言えば、
こうした役割の分担(限定)は成功したように見える
PernillaはPamelaのようにボロを出すこともなく、
無事長期のツアーをやり遂げたのである


現在までPernillaはファンの間で、
「CAROL Tour」の象徴としての扱いを受けている
20周年ライブ「Double Decade Tour」で、
「Just One Victory」を演奏した時も、
ライブ会場のスクリーンでPVの映像の上に、
Pernillaのメッセージが表示されたし、
2015年「Quit30 Huge Data」「30th Final」では、
小室とともにロンドンで撮影した映像が演出で用いられた


なおPernillaは「CAROL Tour」終了後ギリシアに渡り、
後に帰国して1991年からは本物のミュージカルにも出演している
現在まで活動を続けており、CDも何枚か出している
Pernillaの日本語サイトが存在するので、参照されたい


「CAROL Tour」のステージについても触れておこう
ステージには階段が置かれ、二層の立体的な構造になっている
前方には小室(右)・木根(左)、後方には阿部(右)・松本(左)と、
それぞれに目立つように配置されている


第二部になると、ステージ後方中央に、
一つ目の魔王ジャイガンティカの巨大な人形が現れる
目と口にはスターライトが1基ずつ仕込まれ、
口からはCO2のスモークが出て火柱も上がる仕様だった


演出面で一番力を入れていたのも第二部で、
隠し扉でウツが消えたり、キャロルが空中に吊られたり、
木根が空中からキャロルを助けに来たりと、盛りだくさんだった
ジャイガンティカ手下の魔物(ライーダ)役も20人以上おり、
ステージ上に登場する人数はTM史上最大となった


木根は空中浮遊中、スタッフのミスで、
あわや事故寸前ということもあったらしい
当初は松本が空を飛ぶことになっていたが、
松本の事務所からストップが掛かったため、
木根がやることになったという
(木根の浮遊は前ツアーでもあったが)
B'zとしてデビューしたこともあり、
松本に関しては制約も多くなってきたのだろう


なお松本はケブリ役として、
尻尾をつけて登場するという案もあったが、
松本はこれを嫌がって猛烈に抵抗し、廃案になったという
松本はフォーメーションダンスも嫌がっていた過去があり、
色物的なパフォーマンスには抵抗があるのだろう
TMメンバーは冗談で、
このせいで松本が以後サポートをやめたと言っている


このライブでもう一つ力を入れたのは、
多くのダンサーの投入である
Pernilla自身もダンサーだが、
それ以外にも、第二部で大石一・石山博士がライーダ役で登場し、
第三部では関川ハヤト・小林幸弘がウツと一緒にダンスを繰り広げた
ダンサー陣のチーフは関川が務めた


第二部の20名のダンサーは、大石・石山以外は現地で募集するという方法が取られた
昼からリハーサルを始め、
第一部が始まってもリハーサルを続けていることもあったという
第三部にもダンサーを入れたのは、ウツのアイデアである


コリオグラファーは、「STARCAMP TOKYO」と同じくSirena ToccoとOke Wambuが担当した
Sirenaは第二部、Okeは第三部担当だった
彼等の登用もウツの希望だったという
また第二部については、演劇デザイナーとして宮本宣子が登用された


照明としては、「STARCAMP TOKYO」で導入されたスターライトMarkⅡが用いられた
機材については特筆すべきものはないが、
小室が自ら開発に関わったEOS B200が導入されている


選曲は、ツアー前期について言うと、
「CAROL」から「You're The Best」以外の12曲、
(他にミュージカル用のインストもあり)
7曲の旧曲、そして2/15から未発表曲が1曲演奏された


旧曲は「Nervous」「Be Together」「Get Wild」「Self Control」「Kiss You」「Don't Let Me Cry」「Come on Let's Dance」となった
「Rainbow Rainbow」「Dragon The Festival」「You Can Dance」など、
長く演奏され続けた定番曲も消え、
FANKS期当初からの定番曲は「Come on Let's Dance」のみとなった
しかも「Come on Let's Dance」は、
ライブバージョンのアウトロが「Come On Everybody」として独立したため、
従来とはまったく異なるハウスアレンジが施され、
以後は定番だったFANKSアレンジの演奏は行なわれなくなる


「Nervous」「Get Wild」「Kiss You」(そして準旧曲の「Beyond The Time」)も、
FANKS期とは異なる新アレンジとなった
「Self Control」は従来の定番アレンジだが、
次章で触れるように、かなり特殊な使われ方をしている
従来通りのアレンジは、この曲と「Be Together」「Don't Let Me Cry」くらいである


前ツアーでメイン的役割を果たした「Resistance」「Human System」も消えた
「Children of the New Century」もない
前アルバム「humansystem」の曲は、
「Kiss You」「Be Together」の2曲のみであり、
旧曲の少なさが目立つライブだった
アルバム別では「Gorilla」「Self Control」「humansystem」から二曲ずつで、
「Rainbow Rainbow」「Childhood's End」「Twinkle Night」の初期作からはまったく選曲されていない


以上が、前期「CAROL Tour」の総括である
ここでわざわざ「前期」というのは、
このツアーは様々なアクシデントが重なって長期ツアー化してしまい、
前期と中後期ではかなりの様変わりをしてしまったからである


まずは1989/1/7の昭和天皇の崩御である
これによる巷の「自粛」ムードの中、
1/7・8に予定されていた長崎市公会堂のライブが、
ファイナル後の5/1・2に延期される


さらに1989/3/3大阪フェスティバルホール公演中、
ウツがライブ中にヒザを怪我して緊急入院した(前章参照)
ウツはこれ以前、仙台イズミティ21公演(2/6~15)で左足を痛めており、
それ以後のライブでは左足をかばう形で右足に負担をかけていた
ウツの分析によれば、その蓄積が大阪の事故につながったのだろうという



以後、本来のファイナルに当たる武道館公演直前までの18公演は、
6月~8月に振り返られた
ただし武道館だけはツアーの目玉だったこともあり、
復活後の最初のライブとされてキャンセルされなかった
同じだけの日程を押さえることが不可能だったのだろう


本来の予定では、TMは4月にツアーを終了し、
リプロダクションアルバム「Dress」をリリースして時間をつなぎ、
小室はロンドンに戻ってソロ活動を開始するはずだった
ところが以上のような事情により、
ツアーは「Dress」発売後まで長引くことになる


さらに7月には、本来小室のソロシングル用に作っていた楽曲を、
TMのシングルとしてリリースすることになる
「Dive Into Your Body」である
おそらく小室は、本来この時にソロデビューすることになっていたのだろう


以上の過程の中で、ツアー後半には、
「Dress」曲と「Dive Into Your Body」がセットリストに加わり、
それに伴いセットリストからは「CAROL」曲を中心に数曲が姿を消した
具体的には、まず4/19武道館でのツアー再開以後、
「Get Wild」「Get Wild '89」に変わった


さらに7/16鹿児島市民文化第一ホール公演以後、
第一部の「Winter Comes Around」「Still Love Her」の代わりに、
「Dress」「Confession」「8月の長い夜」が入るようになる
一曲はニューアルバムから、もう一曲は季節を考慮したものだろう
考えてみれば7月に「Winter Comes Around」もない


第三部では、準インストの「Lo Spettacoro Comincia Alle 20'e Bellissimo」が、
「Dive Into Your Body」に変わり、
一方で「Beyond The Time」が準インストの「Give You A Beat」に代わった
その他曲目は同じでも、アレンジを変えた曲もあった


以上を見るに「CAROL Tour」64公演は、
12月~3月37公演の前期、
4~6月12公演の中期、
7・8月15公演の後期の3つに分けることができる
(前期は、2/15仙台イズミティ21公演以後の10会場で1曲増えた)


「CAROL」の中の組曲以外の6曲で、
「CAROL Tour」を通じて終始演奏されたのは、
「Seven Days War」「Come On Everybody」の2曲だけだった
なおツアー特別版の「Camp Fanks!! '89」では、
「Seven Days War」も消え、
「Come On Everybody」「Dress」バージョンになるから、
「CAROL」的な部分はミュージカルのみとなる


このツアーでのアレンジのパターンを見ると、
それまでと比べて新たな味が出てきており、
FANKS期からまた一つ脱皮した印象を受ける
ロンドン在住の成果であろうか


「CAROL Tour」はミュージカルが語られることが大変多いが、
実はそれ以外の部分もかなり大きく変化していた
もちろんFANKS期にも少しずつ変化はしていたのだが、
中心となるライブの構成や定番アレンジなどは、
1986年から1988年までほとんど変わっていなかった
それがミュージカル導入による3部構成の導入で、
ライブ形式や、さらに演奏される曲目やアレンジについて、
FANKS時代の痕跡が極度に薄まることになったのである
これについては、個別には次章以降で述べることにしたい


最後に「CAROL Tour」に関する音源・映像をまとめておこう
このツアーは知名度の割には、その実態を知るための材料が極めて乏しい
「CAROL Tour」の名前で商品化されている音源・映像はあるのだが、
それらはほとんどがツアー特別版の「Camp Fanks!! '89」のものである
この点では、特別ライブ「Fanks Cry-Max」が商品化したために、
ほとんど情報が残っていない「Fanks! Bang The Gong」と似ている


現状で手に入る商品としては、
「Decade」「Camp Fanks!! '89」CM映像に含まれている、
「CAROL Tour」ダイジェスト映像のみである
(ただし音は一切入っていない)
また「Just One Victory」PVでは、
メンバーが「CAROL Tour」第二部のセット・衣装で演奏している
ただしツアー映像そのものではない


TV・ラジオでも、「CAROL Tour」はほとんど放送されていない
自分が確認しているものでは、
1989年7月に琉球放送で放映された「沖縄愛ランド」で、
1989/7/25沖縄市民会館のライブから、
「Nervous」「Be Together」「Gigantica」「Final Fighting」「In The Forest (inst.)」「Come on Let's Dance」「Get Wild '89」のダイジェストが放送されている
(ただし最後の二曲以外は本当に一部)


なおこの放送で流された「Be Together」「Dress」バージョンで、
私はてっきり沖縄公演の前後だけ「Dress」バージョンが演奏されたのかと思ったが、
ちゃんと聞いてみると、音をCD音源に差し替えたものだった
(ポコ太さんのご指摘による)


またこれは未見だが、1989年1月、岩手放送の「5ing」で、
静岡市民文化会館のライブの様子が放送されたらしい


この他、ライブそのものではないが、
ライブと同アレンジで演奏したものとして、
1989/1/21「Just Pop Up」(NHK)がある
この番組については以前触れたが
「Nervous」「Beyond The Time」「Kiss You」が演奏されている


さらに「CAROL」組曲に関しては、
ほぼ同じ内容のものが「Camp Fanks!! '89」で上演されており、
「CAROL the Live」「CAROL Deluxe Edition」で様子を知ることはできる
(ただし演出はツアーを通じて微調整されただろう)


なお「Kiss Japan Tour」「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」ではKDDがスポンサーだったが、
「CAROL Tour」「Camp Fanks!! '89」はコカコーラボトラーズがスポンサーだった
そのためライブ会場では、無料でコカコーラを飲むことができるというサービスもあった
紙コップはTMの写真がプリントされた特製品だった


以上がライブの概要である
特殊なライブだけに話題が多く、長くなってしまったが、
次章では実際のライブの様子について書くことにしたい

(2008/1/4執筆 2008/12/10・2013/4/7・2014/3/5・2017/7/14加筆)

CAROL-A DAY IN A GIRL'S LIFE 1991-
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2003-03-23
TM NETWORK
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