3-16 FANKS!! '89

会報情報によると、
「TM NETWORK -REMASTER-」のC.C.Lemonホール公演二日目、
ウツの右足が重度のネンザになり、
武道館ではサポーターをつけて出てたらしいです
全然分かりませんでした
年なんでしょうかねぇ
まあ昔からよく怪我はしてましたけど…


その「TM NETWORK -REMASTER-」DVDですが、
なんとFC限定版と一般発売版があって、
両方別の特典映像が付くそうです
つまり全部そろえるためには、
特典映像のためだけに両方買わなくてはいけません
FC版は1万円、一般は5500円
つまり両方買う人は、
FC版の特典映像のためだけに1万円を払うということになります


なんという詐欺商法!!


どうせオフショット映像とか、
そういうしょうもないヤツだと思うので、
今回はFC版はスルーします
さすがにここまで悪質な商法にバカ正直に金を出すのは、
気が進みません
これで特典が横浜の「Here, There & Everywhere」だったら悔しいですが、
しかしそれに一万円というのは…


つうかライブ1本まるごとで5500円なんだから、
あと1万円払うなら、
特典としてライブ2本(横浜・渋谷)つけるくらいじゃないと割に合いません
これは絶対にないでしょ?
そういや最近の同様の手口で、
「Spin Off from TM 2007」のFC版特典ディスクってのがありましたね
あっちは数曲のライブ映像が収録されてはいましたが、
それでも、これで4000円の水増しかよ…って思いました


きっと経営者側は、もう購入者層を増やすことは諦めてて、
今はジリ貧で減っていくファンから、
一人当たりどれだけ多くの金を搾り取れるかを考えて、
商品を作ってるんでしょうね
もう少し、ファンが喜ぶ商品を作ろうという発想が持てないものかと思います


とか思いながら、本題に入ります
そういえば2万ヒット達成しました
どうもありがとうございますm(_ _)m
今回からユーロビートガンガンの第三部後半です
事実上、終了前のTM NETWORK(TMNではなく)としての、
最後の活動になります


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1989年4月、ウツが怪我から復帰し、
「CAROL Tour」も再開した頃、
TMは新たなキーワード「FANKS!! '89」を提示した
1986年のキーワード「FANKS」の89年版である





本ブログでは、しばしば第二期(1986年~1988年4月)を、
FANKS期と呼んできた
1986年に始まった活動形態やライブのスタイルが、
この時期を通じてほぼ踏襲されたことを以ってこう呼んだのであるが、
FUNK+PUNK+FANSとしてのFANKSの音を追求していたのは、
1986年の「Gorilla」期だけであった


これもすでに触れたが、1987年の「Self Control」は、
明らかにFUNK系の音からポップスの方向へ傾倒している
小室は後に、ニューヨークを意識したワールドワイドな「Gorilla」と、
10代をターゲットにしたドメスティックな「Self Control」
という対比をしている


ただすでにTMファンを指す言葉として定着していたため、
「FANKS」というキーワードはなおしばらく使われ続けた
このマンネリ状態を一度断ち切るために小室が提唱したのが、
1988年の「T-Mue-Needs」だった


ところがロンドンにいた頃、
小室は「FANKS」が中途半端に終わっていると思い出したという
このことを考えたのは、
「Come On Everybody」制作中のことというが、
1988年9月頃と考えられる


ただし「FANKS!! '89」のキーワード提示は、
「'89」が付せられているとはいえ、
過去の焼き直しという評価は免れない
「T-Mue-Needs」が乗り越えようとした「FANKS」を再び持ち出したものであり、
明らかに「T-Mue-Needs」の失敗を認めたものでもあった


小室がFANKSの再開を思い立った1988年9月とは、
T-Mue-Needsを冠した「STARCAMP TOKYO」の直後である
「STARCAMP TOKYO」に関わったイギリス人サポートの解雇決定はこの頃であり、
おそらく当初考えていた活動形態(TMインターナショナルを含む)が、
一度リセットを余儀なくされたことが影響している
小室は9月に「T-Mue-Needs」構想を放棄するとともに、
新たなコンセプトを考えることになるが、
そこで以前使われていた「FANKS」が再認識されることになった


「FANKS」を提唱した時の「Gorilla」への意識が、
この時の小室の中で高まったのだろう
その時に制作された「Come On Everybody」で、
「Come on Let's Dance」ライブバージョンのフレーズが利用されたのも、そのためと考えられる
さらに言えば「CAROL Tour」オープニングに「Nervous」が使われたのも、
やはり「Nervous」を収めた「Gorilla」を意識した結果かもしれない


ただこの時に小室が目指したのは、
ニューヨークのディスコサウンド、特にFUNKミュージックの日本語詞での実践を目指しFANKSの再現ではなく、
当時欧米のダンスシーンで流行していた音の導入だった
その第1弾として「Come On Everybody」が作られたわけだが、
それをどのようなキーワードで提示するべきかが、
この時に問題になったことと思われる
ここで提示されたのが「FANKS!! '89」だった


「FANKS」と「FANKS!! '89」の共通項を挙げれば、
欧米の流行の音を取り入れることと、
ダンスチューンに主眼を置いた選曲という点であろう
つまりこの場合の「FANKS」は、
もはやFUNK+PUNK+FANSのことではなく、
欧米のダンスミュージックを導入した音を象徴する語、
と考えた方が妥当である


ミュージカルの構想自体は小室渡英以前からのものであり、
その意味で小室のロンドン生活の成果は、
「FANKS!! '89」だったということもできる
「CAROL Tour」のアレンジも、
やはりロンドンで学んだディスコサウンドをもとにしており、
(特に「Come on Let's Dance」など)
「Come On Everybody」の発表も合わせ、
小室は1988年末期から新たな方向性を示しつつあった
こうした中で、1989年4月に「FANKS!! '89」が提示されるのである


ただし「FANKS!! '89」としての最初の作品は新曲ではなかった
小室は過去の楽曲のリミックスを欧米のプロデューサーに外注し、
1989年の欧米流の音によみがえらせるという作業を行なったのである
小室はロンドン滞在中、プロデュース集団PWLによるヒット曲生産体制に大いに関心を示しており、
彼らプロデューサーたちにTMを料理してもらいたいと思ったのだろう


1988/10/8に「CAROL」のレコーディングが終わった後、
まだ小室がロンドンにいた頃(10月下旬には日本にいるので10月中)、
Pet Shop Boysを手掛けていたJulian Mendelsohnにリミックスの依頼をしたのが、
実際に依頼を行なった最初だったと言う(これは断られた)
コーディネータはその後も、依頼したい人を挙げてみろと言ってきた
そこで小室が考えついた名前を挙げ、
最終的にアルバム一枚分以上の音源が集まったのである


後付の感もあるが、小室は「FUNK, PUNK, FUNS」の中で、
「PUNK」(壊す)だけがまだ実行されていなかったため、
外注という形でこれを試みようとしたと述べている
特に「CAROL」が大変丁寧に繊細に作った作品だったこともあり、
壊したいという衝動が強まったらしい


小室はこの作業をリミックスではなく、
リプロダクションと呼んだ
当時の日本でのリミックスは、
音の各要素のバランスを替えたり、
音を減らしたり増やしたりする作業が中心だった
音源のミックスダウンをやり直す作業だったわけである


ところがこの時小室は、
マスターテープをプロデューサーに渡した上で、
ボーカル以外はすべて作り直すように依頼した
現在では普通に使われる手法であり、
これもリミックスとも呼ばれるが、
当時の日本では例を見ない斬新なアイデアだった


そこで小室はそのことをアピールするために、
あえてリプロダクションという造語を提示したのである
なお選曲はメンバー自身によるもので、
木根は自分の作った曲を選んだという


実は「FANKS!! '89」よりも、
「リプロダクション」の方がファンにとってはインパクトが強いキーワードだった
当時音楽雑誌や音楽番組でも新たな試みとして取り上げられ、
最先端の音楽=TM NETWORKというイメージが増幅された
この時期はTMが世間に知られるようになった1987年と並び、
音楽業界へ与えたインパクトがもっとも強かった時期と思われる


なお小室はプロデューサー期にも、
しばしばこの手法でリミックスを行なっている
特にリプロダクションという言葉を再び表面に出した作品として、
globeの「first reproducts」がある
さらに2014年には、リプロダクションと言う言葉は使わなかったが、
小室自身が過去のTM曲をリミックスしている
これは1989年のリプロダクションアルバム「Dress」を意識して、
「DRESS2」と題された


ともかく日本におけるリミックスの概念を覆す実験的試みを
積極的に行なったという点で、、
小室が大きな役割を果たしたという評価は、
おそらくファンの欲目ではないと思う


こうして生まれ変わったTMの楽曲は、
3枚のシングルとアルバム「Dress」という形で発売された
重複を除くと13曲が発表されているが、
なお未発表のものもあり、本来17曲あったという
未発表4曲中3曲は
「Sad Emotion」「Nervous」「Just One Victory」だったことが知られる
(本記事まさと氏コメント)


「FANKS!! '89」は、1989年春~夏のキーワードとなり、
8月の「CAROL Tour」ファイナル公演も、
「Camp Fanks!! '89」と名付けられた
「Dress」曲を多く演奏し、
アレンジも「CAROL Tour」以上に派手なものとなった


また夏には新曲「Dive Into Your Body」も発売される
このシングルはリプロダクションシングル「Get Wild '89」と同様に、
ユーロビートサウンドだった
この後秋からTMの活動は休止するが、
この間にリリースされた小室のソロ作品にもユーロビートの影響が見られる


これらの作品では「FANKS!! '89」が冠せられていないが、
明らかに一連の流れの中にある
その意味で小室ソロツアー「Digitalian is eating breakfast tour」までの方向性は、
およそ「FANKS!! '89」から始まる流れだった


もちろんリプロダクション作品はユーロビートだけではなく、
当時欧米で流行していた様々な曲調が含まれていたのだが、
ファンの間ではユーロビートがもっとも人気が高く、
小室はその方向で行こうと考えたという


以上を踏まえた上で、次回からは二章に渡り、
リプロダクション作品群について触れていこうと思う

(2008/2/10執筆 2008/12/17・2013/4/21・2017/7/26加筆)

Get Wild '89
エピックレコードジャパン
1989-04-15
TM NETWORK
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この記事へのコメント

まさと
2010年01月04日 12:10
こんにちは。
DRESS発売前に出たツアーグッズ、FANKS!!89ブックの中で17曲が進んでいて、その中から13曲ぐらいピックアップされるだろうという発言、そしてその17曲も話しています。それによると、バ-ナ-ド・エドア-ズが「Nervous」を、あとは誰が担当したかはわかりませんが、「Sad Emotion」「Just One Victory」と言ってます。17曲と言って、1曲足りないんですがね(笑)

青い惑星の愚か者
2010年01月11日 23:56
えーー! そんな情報があったんですか!?
その本欲しいなぁ…
未発表リプロダクション曲、今まで確実な情報がまったくなかったのですが、これでほとんど分かりました
記事に追加しておきます
ありがとうございました

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