4-13 Rhythm Red TMN Tour ①

おおおお…
小室さんの件がひと段落したところで、
まさかこんな事件が起こるとは…
SANSPO.COMより

  赤坂署の調べによると、木根は10日午後3時半ごろ、自家用車を運転し東京・南青山5丁目付近を走行。青山通りから幅3.5メートルの路地へ左折して直進した際に、正面から歩いてきた30代男性の左ひじと車の左側のサイドミラーが接触した。
 しかし、木根は停車することなく、6メートル先の曲がり角を右折して、走り去った。車と電信柱の間に挟まれる形で接触した男性は、木根の車のナンバーの一部を覚えていたため、事故発生から約2時間後に近くの交番に届け出た。その日のうちに、木根のもとに警察から連絡が入ったという。
 15日に出頭した木根は「ルームミラーで後ろに人がいるのは見えたが、反応がなかったので電柱にぶつかったのだと思った」と供述。木根の車は外国製のセダン車だったが、右ハンドルで歩行者を確認できなかったという。すでに被害者に謝罪しており、今後は示談に向けて話し合っていく。
 この日、木根は所属事務所を通じ、「停車し確認しなかったことを深く反省しております。相手の方に謝罪致しました。けがの状況については、診断がまだ出ていないようですが、大事に至らない事を願っております」と謝罪コメントを発表。
 男性は1週間後に病院で検査を受け、全治1週間と診断されたが、打撲などの症状はみられなかった。赤坂署は自動車運転過失傷害と道路交通法違反(報告義務、安全運転義務)の疑いで、木根を書類送検する方針。
 TMの同僚、小室哲哉(50)が今年5月、詐欺容疑で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を下されたばかり。同事件で心を痛めていた木根だが、自らも軽率な行動が人身事故に発展してしまった。


木根さんが8/10車運転中に接触事故を起こし、当て逃げしたとのことです
人との接触に気付かなかったとのことで、謝罪も済んでいるとのことですが、
小室事件の後だけに、世間の印象も良くないと思います


もっとも書類送検の方針とは言っても、
それほど重い処罰はないものと思いますが、
万が一これが問題になって、
また「The Singles 2」発売停止にでもなったら…などと恐れてしまいます
ただでさえ微妙な時期ですし、
大事に至らないことを祈ります


さて、本題に入ります
今回は久しぶりの更新となります

----------------------------------------------------------------
「maxell presents TM NETWORK Rhythm Red TMN Tour」は、
1990/12/10~1991/3/13にかけて行なわれた
TMNに名義を変えてから最初のツアーとなる
企画段階のタイムラグのせいか、
ツアータイトルに「TM NETWORK」の名称が残ってしまっている


ツアータイトルの核の部分は「Rhythm Red TMN Tour」である
普通は「Rhythm Red Tour」と略されるが、
素直に見ればニューアルバム「Rhythm Red」のタイトルを冠した、
「TMN Tour」というツアーである
新生TMNの音を聞いて欲しいと言う意気込みを、
このツアータイトルから読み取らなければならない
(とかいいながら、本ブログでは通例通り「Rhythm Red Tour」と略すが)


ツアーの中心となったアルバム「Rhythm Red」は、
ハードロックというライブ向けサウンドを核にしており、
ライブへの意気込みは強かった
8月のリニューアル公表当初から、
アルバムリリース情報とともにツアースケジュールも公開している


実際にライブの完成度も高く、
「Rhythm Red」期のTMNの魅力は、
CD作品以上にライブパフォーマンスにあると思う


「Rhythm Red Tour」は、
従来にないほど準備に時間を掛けたことも特徴である
前後の「Kiss Japan Tour」「CAROL Tour」「Tour TMN EXPO」は、
すべてアルバムリリースとほぼ同時にツアーを開始させたが、
「Rhythm Red Tour」の場合、
10/25のアルバムリリースから一ヶ月半を経て開始された


リハーサルはTM NETWORK時代と同様に合歓の郷で行なわれた
「Time To Count Down」リリース後まもなく、
10/6から合歓に入り、10/20までサポートメンバーと共に合宿した


この間の10/10の「木根尚登のオールナイトニッポン」では、
合宿場のメンバーが生放送で出演し、
「Rhythm Red Tour」のリハーサル会場から生演奏すると触れ込みながら、
実際には以下のモノマネで「UFO」が披露されただけで終わった(ひどい)
ちなみにツアーの18曲目でこれを演奏するという木根の冗談を信じて、
「TMNのライブには合わない」と思って手紙で苦情を書いたファンもいたらしい

松山千春(葛城)→大江千里(木根)→ダークダックス(輪唱)→志村けん(阿部)→子門真人(ウツ)→吉川晃司(小室)→合唱(全員)→永六輔(浅倉)



その後、10/22からは、11/1までステージ上で入念なゲネプロが続いた
この間に8回のゲネプロをこなし、
11/3・4には、9・10回目の公開ゲネプロとして中野サンプラザで、
「Rhythm Red TMN Tour -The Formation Lap-」が行なわれている
公開ゲネプロという企画は、
TM NETWORK・TMN史上この時だけである


ライブの内容自体はこの時点でほぼ固まっており、
タイミングとしてはこの時からツアーを始めることも可能だっただろう
だがTMNは、ツアー開始までなお一ヶ月の調整期間を置き、
万全な体制でライブに臨んだのである
そのため「Rhythm Red Tour」は当初から高い完成度で公演できた
なおTMNはその後も最終ゲネプロを4回行なっている
(2回という説もある)


ところが前後の「CAROL Tour」「Tour TMN EXPO」と比べると、
「Rhythm Red Tour」は公演規模が小さめだった
具体的な数字を挙げると、
「CAROL Tour」は68公演、23万人(「Camp Fanks!! '89」含む)、
「Rhythm Red Tour」は40公演、15万人動員、
「Tour TMN EXPO」は66公演、25万人(「EXPO Arena」含む)、
となっている
「Rhythm Red」はTMのアルバムセールスが初めて減少に転じた作品だったが、
ライブの規模の面でもそれは言えるわけである


もう一つ指摘すべきこととしては、
「Fanks Dyna-Mix」の特別編として「Fanks “Fantasy” Dyna-Mix」が、
「Fanks! Bang The Gong」の特別編として「Fanks Cry-Max」が、
「Kiss Japan Tour」後のアリーナツアーとして「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」が、
「CAROL Tour」後の追加公演として「Camp Fanks!! '89」が、
「Tour TMN EXPO」のアリーナツアーとして「EXPO Arena」が、
それぞれ用意されていたように、
TMのアルバムツアーでは大抵特別編のライブやツアーが用意されたが、
この時だけはそれがなかったことである


ただし「Rhythm Red Tour」も、
8月に公表されたスケジュールは1991/2/23仙台市原文化創造センター公演までであり、
2/27以後の大阪城ホール・代々木体育館・名古屋レインボーホールのアリーナ7公演は、
10/25「Rhythm Red」の頃に発表された追加公演である


これをツアー特別編と見ることもできるが、
「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「Camp Fanks!! '89」「EXPO Arena」と異なり、
別メニューは用意されなかった
「Burnin' Street」「Rhythm Red Beat Black version 2.0」の変更くらい)
いかにもライブが主眼なアルバムだっただけに、
何か特別ライブが企画されても良かったとは思う
リニューアルへのファンの反応が予想よりも悪かったため、
追加公演を控えめにしたのかもしれない


このライブの画期性は、様々な点に見出される
もちろん最大の変化はハードロックサウンドだったわけだが、
それを再現するための機材は、
TM NETWORK時代とは大きく変わっている


まずTM NETWORKのライブの特徴として、
シーケンサーの多用と、コンピュータによる音源の同期があった
「Kiss Japan Tour」では、効率的な同期システムの構築のため、
浅倉大介が多大な尽力をした
しかし「Rhythm Red Tour」では、
こうしたコンピューター制御は最低限の部分を除いて行なわず、
シンセの演奏はほとんどマニュアル操作で行なわれた


なお「STARCAMP TOKYO」以来、ベースは生楽器ではなく、
シンセベースによる同期演奏で処理していたが、
これも変更することになり、
浅倉大介がシンセベースをステージ上で演奏することになった


また「Kiss Japan Tour」以来、照明については、
MIDI信号に制御されたスターライトによって行なわれていたが、
以後スターライトは用いられず、
スタッフが手動で照明を操作するようになった


全体的に見て「Rhythm Red Tour」では、
マニュアル的要素がきわめて強まった
これはTMのライブのあり方を根源的に変える試みであり、
リニューアルは見た目以上に、
ステージングのあり方に大きな変化を及ぼしていた
リニューアルは単なる口だけの話題作りではなかったのである


新たに機材に加わったのは、なんといってもシンクラヴィアで、
当時も盛んに宣伝された
もっとも小室のソロツアー「Digitalian is eating breakfast tour」では、
すでにシンクラヴィアが導入されており、
「Rhythm Red Tour」はこれを引き継ぐものだった
ライブでは6台のシンクラヴィアが用いられ、
主にサンプラーとして使用されたほか、一部の曲ではシーケンサとしても使われた


「Rhythm Red Tour」が画期になったものとして、
MemorymoogやHammond L112など、
ビンテージ楽器の導入がある
以後2008年まで、「Double Decade Tour」などを除いて、
TMのライブではたいていビンテージ楽器が用いられるようになる
小室によると、フィルターを通すことによって、
ビンテージ楽器でも雑音を外して音を出すことができるようになったという
小室のオルガンプレイがライブの目玉になるのもこの時からである


ショルダーキーボードは相変わらず小室哲哉の見せ場に用いられた
YAMAHA KXの特注モデルTetsuya's Mind Controlも、
ソロツアーに続き使用された
YAMAHA KXの破壊プレイもソロツアーに引き続き行なわれており、
TMN期のライブパフォーマンスの名物となった


以上はおおむね演奏に関するものだが、
ボーカルのウツも自由なパフォーマンスができたと言っている
コンピュータ制御による演奏とも絡むが、
TM NETWORK時代にはライブの演出・進行がしっかり定まっており、
客を楽しませるショー的な要素が強かった


これに対して「Rhythm Red Tour」では、
メンバーそれぞれが「自己中心的なパフォーマンス」に徹し、
自ら楽しみながらステージに立つことが出来たと言う
曲の長さなども、その場の判断で自由に変更することができた


このように、制約を取り払った自由なライブこそがTMNのライブだった
もっともそれは、
一定の制約ゆえに特徴付けられていたTM NETWORKのライブが、
普通のライブに変化したことでもあり、
アピールポイントの消失にもつながるものだったとも言えるが、
時間の経過とともにそのアピールポイントが陳腐化することを避けたともいえる


TM NETWORK時代の制約として有名なものに、
アンコールを行わないと言う点があった
すでに小室の「Digitalian is eating breakfast tour」では、
アンコールが導入されていたが、
これは「Rhythm Red Tour」でも踏襲された
以後現在まで、
TMのライブでは必ずアンコールが行なわれるようになる


TM NETWORKのライブの名物として、
木根のパフォーマンスがあったが、
これも「Rhythm Red Tour」以後なくなった
木根がエレキギターが弾けなかったこともあり、
木根のライブでの見せ場は大きな課題だっただろう


これについては、「Rhythm Red」収録の木根ボーカル曲「Looking At You」があり、
ライブでも木根の歌で披露された
次の「Tour TMN EXPO」でも、木根が一曲ボーカルを取っている
TMN期ライブでは、木根はパフォーマーからボーカリストに役割を変えたといえる
(もっとも担当は一曲だけで、はなはだ中途半端な立ち位置ではある)


サポートメンバーとしては、
「CAROL Tour」と同じく阿部薫がドラムとして参加した
「Rhythm Red Tour」に備えて、ツインバスを自主トレで練習したという


またすでに述べたように、浅倉大介がシンセベースとして参加した
「Kiss Japan Tour」以来、裏方で活躍してきた浅倉だが、
これ以後正式なサポートメンバーになる
浅倉はこれ以前にステージに立ったことはなく、
ステージデビューがTMNだったことになる
大変なプレッシャーだっただろう


なお当初ベースは生の予定で、
「Rhythm Red」レコーディングに参加したシーナ&ロケッツの浅田孟に依頼するつもりだったが、
これがダメになったために、
代理で浅倉のシンセベースになったという
だとすると浅倉の登用はかなり偶然性の高いものだったことになる


もう一人、この時からTMNのサポートメンバーに加わった人物がいる
ギターの葛城哲哉である
メンバーからは「葛G」と呼ばれる


1985年の「Dragon The Festival Tour」以来、
1989年の「Camp Fanks!! '89」まで、
TMのギターサポートは常に松本孝弘が務めてきたが、
B'zの成功に伴いサポートから外れ、
ここに新たなギタリストが迎えられることになったのである


葛城は1986年以来T.V.というバンドでボーカルとギターを担当していた
T.V.のドラムにはJudy and Maryの五十嵐公太もいた
しかしT.V.は1989年にTV-Wildingsに改称した後、まもなく解散した
ネット上の情報では1989年末解散となっているが、
最終的な決定は1990年2月だったと葛城は言っている


TMNと関わったのは「Rhythm Red」レコーディングの時である
レコーディングには日本人ギタリストとして、
レベッカのサポートを務めていた是永巧一が参加していたが、
1990年5月、是永を通じて葛城にも声が掛かった
葛城は初め、「なんで?」と思ったという
ロック畑の人物だった上、バンド解散直後だっただけに、
是永は適任と考えたのだろう


これ以前、すでにウツや小室は、
葛城がパーソナリティを勤める番組に出演したことがあったが、
(ウツは1989/8/10「ミュートマTV GAGA」
親しくなるのはレコーディング以後である
小室がレコーディングを通じて葛城を気に入り、
ライブサポートを依頼することになったのだという


葛城はギターの腕は言うまでも無いが、
ライブではボーカリストとしての経歴も生かして、
その野太い声でコーラスも担当した
このコーラスは、TMNのライブを印象付ける一要素である
はっきり言って、ライブでは木根よりも目立っている


以後葛城は2004年の「Double Decade Tour Final」まで、
常にサポートとしてTMのライブに参加した
(2007~2008年のライブでは北島健二に変わる)
その後も2013年「START investigation」や2015年「30th Final」に参加している


葛城・阿部・浅倉のサポート陣は、
次の「Tour TMN EXPO」でも同様だったため、
TMN期のライブといえばこの3人という印象が強い
ある意味で、TMNのライブの象徴的存在とも言える


20周年記念の「Double Decade Tour Final」でも、
中盤でTMNの曲を演奏するに当たっては、
この3人がサポートになったし、
2003年・2005年・2007年に開催されたtribute LIVEも、
すべてウツ・木根とこの3人の編成である


他にダンサー陣も充実していたが、
中心的メンバーとしては後藤秀敏・新上裕也や、
「CAROL Tour」でも参加した小林幸弘の他、
女性ダンサーとして林選がいた
「はやし えり」と読む
ダンサーは4人態勢が取られたが、
代々木体育館公演(1991/3/7・9・10)では7人に増やす案もあった
ただしこれはリハーサルの結果、取りやめになった


林選はロンドンのミュージカル「スターライトエクスプレス」で、
正式メンバーに抜擢された経歴の持ち主で、
日本では振付師としても活躍していた
ステージ上では、ウツとの絡みなどセクシーなシーンでも活躍し、
コーラスも担当した
以後「EXPO Arena」まで、ダンサー陣の中心となった


振付は以前触れたマイケル・ノーブルが担当したが、
彼をめぐっては、いささかいざこざがあったらしい
普通の振付師と異なり、振り付けに当たりカウントせず、
感覚で「自分のやったとおりにやれ」と言った感じで指示するので、
ダンサー陣が困ってしまい、
しばしばマイケルとの間で意見の対立が見られた


特に合歓でのリハーサルでは対立がピークになり、
マイケルが怒ってどこかに行って帰ってこないこともあって、
ウツが両者の間を取り持つ場面もあった
どちらかというとなだめ役だったウツだったが、
彼もマイケルとの意思の疎通には苦しみ、
このままではまずいとも思ったという


ただそこまで力を入れたダンスなだけに、
ライブではそれなりの時間が宛てられた
前衛的な動きが取り入れられていることもあり、
ウツにとっては大変体力を消耗したらしい


特に前半の3曲続けてのダンスタイムは、
ウツいわく「極限に挑戦してるようなもの」だった
さらに歌も歌わなければいけないので、
この部分では歌がどうしても不安定になった


当時の外国ミュージシャンも、
このような演出をする場合には歌は口パクにすることが多く、
ウツもそうする案もあったが、
ウツは生歌にこだわり、口パクは拒否した
しかし一部の評論家に口パクだと言われて、
(激しいダンスとともに歌えるはずがないという決め付けによるものだろう)
「がんばったのにショックだ」と当時言っていた


なおこのツアーでは、その日のウツの体力の残存状況を見て、
アンコールの曲数が決められた
かなりウツに限界を要求したライブだったと言える


ステージには目立つオブジェはないが、
後ろに葉脈のような照明が用意されていた
客席から見て前方中央がウツ、左が木根、右が葛城、
後ろの中央に阿部、左に小室、右に林、
小室の後ろに浅倉がいる
他に小室のインスト演奏時には、
謎のロボットのガルボアの着ぐるみも登場した


メンバーの衣装は、
ファッションデザイナーの菱沼良樹がデザインした
ライブ衣装は数バージョンあるが、
リニューアル当初の宇宙服的なイメージのものはない


ライブの冒頭に着る衣装は、
3人ともグレー・銀色を基調としている
かなり分厚く見え、とても暑そうである
ただ、見た目は割とかっこいいと思う
重苦しい黒っぽい色調は、いかにもロックという感じがする


動きやすさも考えてか、途中のダンスタイムでは、
ウツはより薄地の衣装になる
その下にはシースルーのやらしいシャツを着ている


ライブ後半からアンコールでは、
紺地に白の斑点模様の付いたTシャツと赤のパンツを着る
前半のもこもこした衣装と比べると、すっきりして見える
さらにアンコールでは、キャップをかぶることもあった
「Love Train」のジャケットやPVの衣装と同じものである


なお公開ゲネプロの「The Formation Lap」では、
ツアー本番と異なる衣装が使われた
ライブ序盤の3人の衣装は、ツアー本番序盤と同じだが、
他にウツは中盤でビデオ「TMN」所収の「Rhythm Red Beat Black」の衣装、
後半で「TMN」所収の「Time To Count Down」の衣装を着ている
小室は中盤以降は「TMN」所収「Secret Rhythm」の衣装を着た
木根は革ジャンの下のシャツとパンツを黒から赤に変えただけのようだ


好みの問題もあるだろうが、
小室は容姿の面ではこの時が最盛期と思う
小室がこの頃金髪・長髪にしたのは、
本来ロックミュージシャンっぽい風貌を目指したのだろうが、
なぜか野性味あふれるロックンローラーよりも、
どこかの王子か姫のようになってしまった
だがこれはこれで、美貌としては申し分ないレベルである
そこらの化粧過多なヴィジュアル系ミュージシャンよりも、
よほど美形である


ウツも、この頃から大人の男性的な魅力が増してくる
一つには、ドラマのストレスで激ヤセしたこともあるのだろう
むしろその痩せ具合は心配になるほどで、
多少戻った「EXPO」期の方が安心して見られるが、
いずれにしろウツが一人のボーカリストとして、
もっとも脂が乗ってくるのはこの頃から数年間と思う
その背景には、自由なステージ空間がこの時期に実現し、
自らの魅力を発揮する余地が増えてきたこともあるのだろう
木根は…正直、長髪は似合わないと思う




選曲に関しては、「Rhythm Red」の全曲がセットリストに入っていた
さらに次章で触れるが、「Rhythm Red Tour」に当たり、
新曲が2曲作られ演奏された
「Thrill Mad Natural」「Tomorrow Made New」である
ライブでは「Rhythm Red」全11曲にこの2曲を加え、
万全な状態の時には最大13曲の新曲が演奏されたことになる
リニューアルの心意気にふさわしく、
徹底的に新曲中心の構成だったとは言えるだろう


さらにクリスマス期には「Dreams of Christmas」
末期には「Rhythm Red Beat Black version 2.0」も演奏された
ただし「Dreams of Christmas」演奏時には、
「Good Morning Yesterday」「Tender Is The Night」が、
「Rhythm Red Beat Black version 2.0」演奏時には、
「Burnin' Street」「Tender Is The Night」がセットリストから外されたし、
他にもセットリストは頻繁に変更されたから、
これらが同時にすべて演奏されることはなかった


TM NETWORK時代の曲としては、
「Rhythm Red」に収録された「The Point of Lovers' Night」を除き)
「クロコダイル・ラップ」「Kiss You」「Come On Everybody」「Be Together」「All-Right All-Night」「Get Wild」の6曲が演奏された
すべて原曲とはまったく趣きを変え、ロック風に様変わりしている
個人的には、歴代のライブで最も秀逸なライブアレンジはこの時期だと思う
それほど原曲と異なる魅力を引き出すことに成功している
過去曲を演奏しても、TM NETWORKの踏襲ではないことを、
ライブアレンジによって示したのである


TM NETWORK時代の定番曲で、
この時まで残ったのは「Be Together」「Kiss You」「Get Wild」である
「Come on Let's Dance」「Self Control」「Don't Let Me Cry」など、
リリース以来ほぼ必ず演奏されてきたFANKSライブの定番曲も、
ここで姿を消したことになる
すでに「CAROL Tour」でもFANKSライブの構成は崩れていたが、
この時点でその痕跡はほぼ完全に消え去った


「Get Wild」「Kiss You」「Come On Everybody」は、
リプロダクションシングルとして選ばれた曲でもある
この三曲は「Rhythm Red Tour」でも、
リプロダクションと言って良いほど様変わりしている
一年前に外国プロデューサーに依頼したリプロダクション作業を、
今度は自らやってみたと言うことかもしれない


「クロコダイル・ラップ」「All-Right All-Night」は、
昔からのファンに対するサービス的選曲だろう
特に「クロコダイル・ラップ」は1986年以来4年半ぶり、
ブレイク後は初の演奏となる


ライブの構成として特徴的なのは、
バラードが極度に少ないことである
バラードは過去曲からは一曲も選ばれておらず、
新曲の「Tender Is The Night」「Looking At You」「Dreams of Christmas」のみだが、
これらはすべてアンコールで演奏された


それまでのTMのライブでは、
序盤で勢いのある盛り上げ曲を続けた後、
小休止の意味も含めてバラードを中盤で数曲演奏していた
これに対して「Rhythm Red Tour」では、
新たに設けたアンコールの枠にバラードをすべて収め、
本編ではひたすら勢いのあるロックナンバーか、
前衛的なダンスチューンのみの編成とした


中盤には別に長時間のインストの時間が設けられたから、
これが小休止の時間だと言うこともできるが、
それでもウツとしては大変な重労働だっただろう
スピード感あるライブを目指した上での意図的な編成だろう
このツアーでは約1時間半、観客はひたすら、
高密度なロックとダンスの音の中に置かれ続けたわけである


このライブの様子を知ることのできる映像・音源としては、
ライブビデオ「World's End Ⅰ・Ⅱ」が最良のものである
またこれを補足するものとして、
「Colosseum Ⅱ」「Groove Gear Ⅱ」の音源がある
さらにビデオと別のライブ映像が、
テレビ特番「eZ」で放映され、
後にその一部が「TM NETWORK THE MOVIE」に収録された


普段ならここで、これら商品の詳細を述べるのだが、
すでにかなり長くなっているので、
この点は後にビデオ「World's End」を取り上げる際に触れようと思う
以上を踏まえた上で、
次章では具体的なライブの内容を見ていきたい

(2009/8/21執筆、2017/11/14加筆)

Rhythm Red Live WORLD'S END
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この記事へのコメント

アザラシ
2009年08月21日 22:55
本当に木根ちゃんは何をやっているんだよって思いました。不幸中の幸いなのが、木根ちゃんが事故を起こした日は覚せい剤やってたタレントの話で盛り上がっていたことですね。

これがCDの発売に影響しないことを心底願います。
蒼い惑星の愚か者
2009年08月21日 23:19
いやー もともとフォロー役だっただけにって感じですよね
これ昨日(20日)報道されたんですが、事件から10日のタイムラグがあるのは警察の発表で明るみに出たからなんでしょうか
変なところに飛び火しないで欲しいですね
fe
2009年08月21日 23:47
ニュースではかすっただけで済んだとの事でしたが…2大タレントの大事件で小さな事でも神経質に書かれたのが悲しくもあり、ホッとしつつもあり…複雑です。

ひたすら殆どを「人の力」で実現させた、というのがビシビシ伝わって来ました。機械的な要素と人間臭い要素が違和感なく相乗された一つの形でしたね。
アザラシ
2009年08月22日 19:19
本当にかすっただけでよかったですよね。まあ、木根ちゃんが誠心誠意つくせば大丈夫かと思いますが・・・。2大タレントのおかげで多少助かった部分があるのも事実です・・・。

てっちゃんは可愛い美少年系なので、結構カチッとしたネクタイスーツ姿も似合いますよね。黒髪すっぴんでネクタイスーツ姿も結構綺麗でしたし・・。あとフリフリとリボンがよく似合うのもすごいですよね。今でも十分ビジュアル面は大丈夫だなって思います。
蒼い惑星の愚か者
2009年08月22日 22:09
>feさん
Rhythm Red Tourは、あえてかなりの面倒を厭わず、ライブスタイルを変えたんだと思います
たぶんこの時期は楽曲面以上に、ライブ面で大きな改革が加えられたのでしょう
私はRhythm Red期最大の魅力はライブだと思っています

>アザラシさん
小室さんは何やっても似合う人でしたね
その中でもRhythm Red期は、徹底して耽美的方向に行っていたと思います(本人がそういうつもりだったかはともかくとして)
やまびこ
2014年06月26日 20:54
素朴な疑問なのですが、Formation Lapって誰が行けたのでしょうか。当時FCに入っていたのですが、特に案内はありませんでしたし、これまでFormation Lapに行ったという人に会ったことがないんですよね。ただ、Formation Lapの雑誌記事などには確かに観客の姿が写っていたんですよね。何かご存じでしょうか。
青い惑星の愚か者
2014年07月03日 05:21
ちょっとその頃のCafe Talkなど見ましたが、リニューアル直後の号(9月)で、ツアー日程が発表されているのに、その1ヶ月前に行なうFormation Lapには言及がないんですよね
ぴあなどで急遽発表されたんでしょうか?
当時のラジオ番組などを聞き返せば情報が出てくるかもしれませんが…
かしこ。
2017年11月19日 02:59
管理人さま、こんにちは。
話題のTMN期ゲネプロ『The Formation Lap』に参戦された方のブログを見つけたので参考までにお知らせいたします。

「BURNIN' STREET」: 音楽好きな30代オトコのブログ
http://app.f.m-cocolog.jp/t/typecast/1230734/1250068/55555119

注意点として・・・上記ブログには現在書きこみがなく、実際どのようにブログ主がゲネプロ参戦にこぎ着けたのか書かれていません。あしからず。
青い惑星の愚か者
2017年12月08日 01:23
まあ、ライブ行った事情なんて、普通書く理由ありませんからね。

実は10/27のEPIC新聞の告知で、10/28にメンバーが都内某所のレコード店4カ所に現れる予定であることと、11/3・4(Formation Lapの日程)に何かが起こることが書かれていることに気付きました。
確証はありませんが、レコード店訪問日にFormation Lapの告知を行ない、その場でチケットを売ったのかもしれません。
とびえもん
2018年03月13日 00:20
こんばんは

今日のオイラのTwitterにFORMATION LAPに参加したと言う方が!

その方がおっしゃるには、このゲネプロの本編終了後のMCでツアー本番ではアンコールやることを決めたとか……!?
青い惑星の愚か者
2018年03月20日 02:56
おお、FORMATION LAPの情報ありがとうございます。
アンコールやるぞ宣言は、ファンを盛り上げるための演出でしょうが、むしろ重要なのは、FORMATION LAPではアンコールがなかったらしいことが伺えることですね(「本番では」アンコールがある→ゲネプロではアンコールがなかった)。

このライブ、真の意味でのゲネプロではなく(アンコール演奏曲は演奏から外す)、むしろファンの期待を盛り上げるとともに、マスコミに報道してもらうことが主眼だったんだろうと感じます。

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