5-8 木根尚登、ソロデビュー

7/2と7/3の渋谷Duo Music Exchangeで、
ウツ・木根さん・浅倉さん+ゲストにより、震災復興支援ライブとして、
「フォークパビリオン2011」を開催するそうです
magneticaのサイトより

フォーク・パビリオンが復興支援のためのコンサートとして2日間だけ開催することが決定いたしました。サプライズゲストも登場予定!? 3人の想い、そして演奏、歌声をお楽しみください。

UTSU & KINE
EXPO フォーク・パビリオン 2011
Guest:浅倉大介

公演日:2011年7月2日(土)
会場:DUO MUSIC EXCHANGE(渋谷)
開場/開演:16:00/17:00

公演日:2011年7月3日(日)
会場:DUO MUSIC EXCHANGE(渋谷)
開場/開演:16:00/17:00


会場ちっちゃいですねぇ
基本指定席のようなので、せいぜい500人程度のキャパでしょうか
「サプライズゲスト」とか言ってそれっぽい雰囲気を出して、
別にサプライズでもなんでもないゲストが来るのは、
「SMALL NETWORK」の時でよく分かったので、
今回はまったく期待しませんが、
二人が一緒にライブをやってくれるのは嬉しいものがあります


一方小室さんの方は、mumo通販限定で、
5/31にCD4枚+DVDの「TK BOX」をリリースしました(9800円)
告知が5/25で、すごい急なリリースです
一体何があったんでしょう…?
「Digitalian is eating breakfast 2」が割と売れたから、
急遽決定したということでしょうか
「Digitalian~2」が失敗だったらこんなものをリリースしないでしょうから、
BOXの内容はともかくとして、良かったですね


BOXの宣伝動画はyoutubeにも上がっていますが、
ここでは宣伝文を公式サイトから引用します

TK(小室哲哉)が手がけたヒット曲、名曲の軌跡をたどる、豪華BOXセット!
‘90年代を中心に、J-POPヒット曲の宝庫と言える最強のベスト盤!

CD全57曲中、ミリオンヒット楽曲16曲収録!オリコン・ベスト10入りを果たし、一度は耳にした事があるヒット曲が48曲収録!収録曲の累計出荷枚数約4,000万枚!
総作曲数900曲以上、「現代のモーツアルト」と言っても過言ではないほど、楽曲のクウォリティ、セールス実績など現代の音楽産業に大きな足跡を残している作曲家「小室哲哉」。

オリコン1位曲、ミリオンヒット曲、TVドラマタイアップ曲など誰でも知っている名曲の数々を収録。
‘80年代~現在まで、常に時代の音楽をリードし続けているTK(小室哲哉)の作品の中から、選りすぐりのヒット曲、名曲を揃えたベスト盤BOXセット!数々のアーティストの楽曲制作、プロデュースを手がけた小室哲哉のこれまでの音楽活動を網羅した、必携のBOXセットです!また、小室哲哉が自身のヒット曲、名曲を演奏した、崇城大学市民ホールでのピアノ・コンサートの映像もDVDに収録。なんと、このBOXセットで初公開、初リリースとなります!

・豪華別冊ブックレット付属(全84ページ):全曲歌詞、‘80年代~の小室哲哉の活動、ヒット曲をたどる年表、小室哲哉本人によるCD全曲解説
・特製化粧箱付き



TKプロデュース作品は、
オムニバスがすでに出ているので今更感が強いですが、
今回はプロデューサー時代以前のTM NETWORKや、
渡辺美里の楽曲も入っています
TMからは「Beyond The Time」「Seven Days War」「Get Wild '89」「Love Train」の4曲です


本作の目玉は、2010/2/18熊本県崇城大学市民ホールのピアノコンサートのDVDです
収録曲は以下の通り

01.トッカータとフーガ 二単調/02.Feel Like Dance/03.My Revolution/04.Get Wild/05.Time To Count Down/06.CAROL組曲/07.Departures/08.I'm proud/09.I Believe/10.Can You Celebrate?/11.Wow War Tonight/12.Precious Memories


正直、判決後最初のソロライブということもあり、
このDVDは欲しいのですが、
そのためだけにこのボックスを買うのはなぁ…って感じです
単品なら買ったかも


さらに以前から予告されていましたが、6/1よりiTunesで、
「Digitalian is eating breakfast 2 (instrumental)」の配信が始まりました
これは悔しい…
なんかこれを買うのはavexの手のひらの上にいるような気分ですが、
結局DLしてしまいました


ちなみにCD盤「Digitalian is eating breafast 2」
オリコンでは現時点で累積9934枚です
順位は9位→39位→135位となったので、
総売り上げは1万枚程度でほぼ確定と見て良いと思います


微妙な比較対象ですが、
1990年の「Psychic Entertainment Sound」(25位、1万枚)と
ほとんど同じ売上となります
もっとも現在のセールスの中心は集計対象外のネット通販や音源DLですから、
実質的な成績はこの数倍と見積もって良いと思います


その他小室さんのTwitterを見ると、
6/1にDommuneへの出演が打診されていたりしています
いよいよ仲間内のお膳立てした舞台以外からもオファーがかかるようになってきましたね
大変良い感じと思います


ちなみに最近、当ブログのアクセスが2倍くらいに増えています
裁判で負けて追い詰められて小室さんや松浦さんを恫喝中の「異業種」の方々が、
5/22に自分たちのTwitterで当ブログへの警告文を連投しているようですが、
そのTwitterを見てこっちを見に来る人が増えたためでしょうか


こっちにはいろいろと「異業種」の方々の情報を書いているんだから、
こちらの名前を出すことは結果的に、
自分たちの素性をさらすことにしかならないと思うんですが…


いや、でも私も他の人がやられたみたいに
「異業種」の方々から殺害をほのめかすメールや死体写真が送られて来ちゃうかもしれません
いやー こわいよーーー
まあそんなのが来たら、ここに全文さらしますけどね


それと、イーミュージックから袂を分かったとイーミュージックが言っているMedia Music-InternationalのTwitterでは、
イーミュージックの警告文連投があったのと同じ5/22、
ブログ(うちのこと?)やTwitterの無責任な発言を非難するTweetをしています
きっと同じ日なのは偶然だということなんですよね、彼らに言わせれば


まあ本件はこれ以上展開することはないと思いますし、
私も好き好んで扱いたいわけでもないので、これっきりにしたいです
(本当は前回で終わらせるつもりだったんですが、警告文が来たので…)
さて、本題に入ります

---------------------------
TMNの活動休止後、
3人中でもっとも窮地に立ったのは木根だっただろう


小室は迷走中ではあっても、
TMN時代の実績はあり、
楽曲提供者としてやっていける見込みは十分にあった
実際に観月ありさへの楽曲提供は成功を収めていた


ウツはシンガーとして、まさに脂の乗っていた時期である
TMNほどの人気は保てなくても、
一人の歌手としてやっていく見通しはあっただろう


それに対して木根は、作曲はしていても、
ヒット曲と呼べるものは浅香唯の「Melody」くらいで、
それも4年前の1988年の作品である
ネームバリューの面では作曲家として独り立ちすることは困難だっただろう


木根は歌手としても、TMNで3曲を担当しているが、
「Dreams of Christmast」を含めて)
歌唱力の面でそれほど評価できる水準ではない
木根ボーカルはあくまでもウツボーカル中心の作品群中で、
おまけ以上のものではなかった


現実にもTMNメンバーの人気は、圧倒的に小室とウツに偏っていた
たとえば1992/6/21「笑っていいとも」で、
テレフォンショッキングに岸谷五朗が出演した時、
木根が友人として翌日呼ばれることがあった
この時岸谷が翌日のゲストとして「TMNの…」と言いかけ、
客席から「ええーー!」と期待の声が上がったのに、
「木根尚登さん」と言った瞬間、客席が静まり返ってしまった


この時の二人のトークもそれなりにひどかった
岸谷「TMNの中で、お笑い担当していますからね、木根さんちゃんと。えらいんですよ」
タモリ「ものすごい素直な反応だった。木根さん怒るよ。木根さんだってTMNの人なんだから」


岸谷と木根の縁は、ラジオ番組「TMN ウツと木根君」が、
岸谷の「東京Radio Club」の1コーナーだったことによるのだろう
かつてのコロッケの「それゆけ!ホモルーデンス」の1コーナーとして、
木根が「えんぴつを削って」を担当したことと同様の関係である


ちなみに木根はコロッケに楽曲を提供したが、
岸谷にも同様に、1992/12/2リリースのシングル「あの鐘を鳴らせ」で、
カップリングの「明日、吹く風」を提供している
「あの鐘を鳴らせ」は、後に岸谷の妻となるPrincess Princessの奥居香作曲)


1992年の木根にとって可能性がありそうなのは、
1989年と同様、ラジオと執筆業だっただろう
1989年のソロ期でもっとも成果を上げていたのは、
実は木根だったという事実もある


1992年の木根は、ラジオレギュラーは、
「TMN ウツと木根君」に絞っていた
だが翌年この枠が「T.UTU and so on」に変わり、
ウツ単独のパーソナリティになると、
木根は1993/4/5からTOKYO FMで、
「フィールド・オブ・マインズ」を始めた


ただこの頃の木根はラジオパーソナリティ業について、
あまり積極的ではなかった
「フィールド・オブ・マインズ」も、早くも7月頃には終了している


なお1993年度、TMNは3人はもちろん、2人がそろう番組すらなくなり、
各人は完全にソロで動くようになった
ウツ・木根のソロ活動が本格的に始まり、
別々のプロモーションを行なう方針になったためだろうが、
TMNファンの目から見れば、
形式的ではあれ「TMN」を冠するものが無くなったことでもあった


結局木根の活動は、執筆業と音楽の二つを中心とすることになった
もっとも執筆業に関しては、
TMN活動休止直前(1992/3/31)発売の「丸い形の青い空」はともかく、
その他の作品は連載作品の単行本化や既発売作品の文庫化が目立つ


具体的には、「CAROL」はすでに1991年に文庫化していたが、
1992年の3月から4月には、
「ユンカース・カム・ヒア」「月はピアノに誘われて」を文庫化し、
「月刊カドカワ」の連載「武蔵野蹴球団」を単行本化、
さらに7/12には「えんぴつを削って」を文庫化した
ちなみに7/12には、ウツ主人公の小説「彼女」も一緒に文庫化している


実質的にTMN休止後に書かれた最初の作品となったのは、
12/5発売の書き下ろし小説「夢の木」だった
木根によれば本作は1991年、
「Tour TMN EXPO」の列車移動中に内容を練っていたが、
10ヶ月以上かかって翌年9月頃に執筆を始めたらしい
この時間差は単なる作品のインスピレーションの問題なのか、
あるいはまとめる余裕もない状況下にあったためか、
考えさせられないでもない


木根はこの前後、12/2にファーストシングル「泣かないで」
12/12にファーストミニアルバム「Roots of the Tree」をリリースしている
レコーディングは8~10月に行なわれた
執筆業とCDリリースを組み合わせて、
それぞれを盛り上げるという戦略をとったようである
なおアルバムタイトルは「木根」の直訳だが、
木根の音楽の根本を収めた作品ということも含意しているのだろう


木根のソロデビューの話は、以前触れた通り1991年年末には言及があり、
2月にはより具体的に語られている
「4月になって(TMNの)ツアーが終わるけど、TMNに関してはまた少し充電期間に入らせてもらおうかなと思っている。そのかわり今までずっとやりたかったソロアルバムを作りたいという強い気持ちがある」


ウツのソロデビューも同じ頃に検討されていたから、
1992年度の2人のソロ活動は、「Tour TMN EXPO」末期には、
かなり実現の可能性が高い選択肢となっていたのだろう


だが木根のデビューシングルは15位、4.5万枚という成績で、
T.UTU「Trouble in Heaven」の9位、13.7万枚と比べると、
随分と見劣りする
アルバムも18位、5万枚で、
T.UTU「Butterfly」の2位とは比べるべくもない


発売日が近接するのにシングルとアルバムの売上がほとんど変わらないのは、
TM関係の作品はすべて購入するコアな固定ファンが購買層の中心だったことを意味している
(この傾向は翌年の「Never Too Late」でも同様)
小説についても、この頃から売上の情報がなくなるので、
従来ほどの売上は見込めなくなっていたものと思われる


だがおそらくこの結果は当人もスタッフも想定の範囲内だっただろう
「Roots of the Tree」リリース後ライブが企画されなかったことから見ても、
まずはCDをリリースして、どの程度ファンが付いて来るか様子を見るというのが、
この頃の方針だったものと思う


「Roots of the Tree」は、全曲木根作曲である
この点はウツと異なるが、
作曲家としての可能性も広げようとしたのだろう
木根ソロ作品を主に木根自身が作曲するという点は現在まで一貫して続いている
作風は一環してミディアムテンポやバラードが中心で、
TMNのようなダンスミュージックやロック曲はない


もう一点の特徴は、収録曲6曲中、
半分が小室みつ子作詞であるという点である
ウツの場合もそうだったが、
TM NETWORK時代の人脈を意図的に使ったものと思われる
ただ木根の場合、作詞は木根とみつ子の二人だけであり、
より身内で作ったという印象が強い


なお木根の作詞は、TMN時代にはほぼ無かった(「月の河」くらい)
木根の場合、ボーカルとともに、
作詞も新チャレンジの分野だっただろう
ボーカルと言えば、歌唱力の問題は木根も気にしていたらしい
TOSHIの紹介で、ボーカルのトレーナーにもついたという


おそらく以上の1992年の活動は助走に過ぎず、
木根ソロの本格始動は1993年だった
3月にはセカンドミニアルバムのレコーディングに入り、
7/21には先行シングル「もう戻らない」をリリースした
9/9にはミニアルバム「Never Too Late 夢のつづき」をリリースし、
8位、4.6万枚の成績を出した
セールスは微減したが、ソロアルバム唯一のベストテン入り記録である


シングル・アルバムのタイトルは、ファンに向けたメッセージでもあるのだろう
つまりTMN3人中でもっともソロ活動で遅れを取っていた木根が、
「今からでもまだ遅くはない」「過去を振り返らず前に進む」と伝えようとしたものと思う
こうした言い訳めいた作品タイトルは個人的に好きではないが、
思えば1999年の再始動後のTMも、こうしたタイトルがやたらと多い
ファンがついてこないことの不安、
あるいはそうした現実を踏まえたタイトルでもあるのだろう


「もう戻らない」は地味だが、
昼ドラ「子子家族は危機一髪」のテーマソングである
タイアップ効果のためか、
このシングルは37位という低ランク(後のシングルよりマシだが)にもかかわらず、
「泣かないで」とほぼ同じ売上を出した(4.3万枚)


曲調は「もう戻らない」も含め、
素朴な作りだった前作よりもオシャレな感覚の音になっている
作曲は全曲木根で、作詞に木根とみつ子が関わったのは前作と同じだが、
「もう戻らない」「レイニー・ブルースが聞こえる」では、新人作詞家を起用している
なお準タイトルチューンの「Not Too Late」では、
小室とウツがコーラスに参加している


木根は「もう戻らない」リリース直後の7/14、
一日だけ渋谷On Airでライブを行なった
木根初のソロライブである
さらに8/2~4、「Never Too Late」発売に先立ち、
渋谷Bunkamuraのシアターコクーンでもソロライブを開催している
その後9/14~10/19の一ヶ月間、
13公演の全国ツアー「Never Too Late」が開催された


木根はシアターコクーンライブ初日の8/2、
短編小説集「夢のつづき」も発売した
これは木根著作物の売上累計100万部突破記念という触れ込みだった
「Never Too Late」発売からソロツアーの前後、
木根は著作活動の話題も活用するなど、
かなり周到な準備の下に活動を行なった


この時期の木根ライブでは、
二枚のミニアルバムの楽曲と、TM曲が数曲演奏された
TM曲は木根作曲のものが中心で、ツアーでは、
「Girlfriend」「Come Back To Asia」「月はピアノに誘われて」「Fool on the Planet」「パノラマジック」
などが演奏された


またそれ以前の3回の渋谷ライブでは、
「1/2の助走」「永遠のパスポート」「クリストファー」「8月の長い夜」「雨に誓って」
などや、浅香唯に提供した「Melody」
渡辺美里に提供した「さくらの花の咲くころに」なども演奏されている


後の木根ライブは「Talk & Live vol.○○」と題し、
公演時間の半分以上がトークで、曲演奏はトークの合間に行なう程度になるが、
1993年のライブでは、終始ちゃんとしたライブを行なった
今のように椅子に座りながらアコギやピアノを弾くだけではなく、
マイクスタンドの前でギターを弾きながら決めポーズまで取っている


ノリノリでギターを弾く木根 激レア



サポートメンバーには阿部薫・北島健二がいる
T.UTU with the Bandには葛城・山田が参加していたが、
そこには参加しなかったTM関係者を木根ライブのサポートにしたわけである


特に北島は、1993/2/26「Music Station」「思い出はクレセント」)と、
1993/5/3「eZ A Go! Go!」「思い出はクレセント」「H2O」)の出演時も、
ギターサポートで参加しており、この頃木根とよく一緒にいた
「eZ A Go! Go!」では西村麻聡も共演)


ちなみにTMN「終了」前、ライブ中継を除けば、
木根がソロでテレビで演奏したのはこの2回のみである
ウツが地方局も含め頻繁にテレビに出演し、
10回以上も演奏したのとは対照的である


ライブのサポートギターには北島以外に、伊藤正・宗秀治がいた
前者は北島の紹介、後者は阿部の紹介とのことである
他にキーボードには嶋田陽一がいたが、
これは10年来の木根の友人で、
「Never Too Late」レコーディングにも参加した人物である
彼は以後の木根ソロライブでも、長くサポートを務める


ツアーの規模は、TMNはもちろんT.UTUの半分にも満たないものだったが、
一応この時点で全国ツアーを実現できたことは、
木根ソロ活動の中でも一つの成果だったと言えるだろう


ただしこの一連のソロ活動によって、
木根が一人で音楽を続けて行く見通しがつかめたのかは、
多少疑問でもある
ウツが1993年末からソロ活動第二段を開始する一方で、
木根は以後1年半ほどソロ活動を停止する
おそらくその前提にはTMN再始動の予定もあったのだろうが、
ソロ活動で現状以上の成功を収める目処が立たなかったこともあるのだろう


「Never Too Late」リリースに当たっては、
ドラマタイアップ付きのシングルリリースや初のソロライブ敢行、
さらには著作物100万部突破記念の小説集刊行も行ない話題を作ったが、
それにもかかわらずセールスはシングル・アルバムともに、
1992年の「泣かないで」「Roots of the Tree」とほぼ同じで、むしろ微減した


なお木根作品で最大の売上を記録したシングル・アルバムは、
最初の「泣かないで」「Roots of the Tree」であり、
木根が以後その記録を越えることはなかった


最後に書いておくと、
この時期の木根の作品は決して悪くない
「泣かないで」「レイニー・ブルースが聞こえる」などは、
木根らしさを出しながらも良作になっていると思う
だが正直に言って、
アルバム全体で聞くと、可も無く不可も無いという印象が強い


アピールすべき代表作となるものが木根には無いし、
木根の作風ではそれは困難だと思われる
もちろん派手な代表作のあるミュージシャンが優れているというわけではないが、
タイアップソング全盛期において、
木根ソロの支持層が旧TMNファン以上に伸びる可能性はかなり低かった
「Never Too Late」では多少その点を意識していたようにも思うが)


結局木根の場合、TMNファンをどれだけつなぎとめておけるかが勝負であり、
いささか辛辣に言えば、
努力したところで売上が伸びる見込みはほぼ無かっただろう
実はこの点では、支持層の規模を別にすれば、
ウツもあまり変わらなかったと思われるが、
これについてはまた別に触れることにしたい


(2011/6/3執筆、2013/2/11加筆)

Roots of The Tree
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1992-12-12
木根尚登
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この記事へのコメント

kuri566
2011年06月07日 18:43
この夏、たしかウツ、木根、カツG、アクセス、フェンスあたりで野外イベントやったような・・・。オープニングのアクセスはさすがにデビューの勢いを感じましたね。私は湯沢のイベントに行った覚えが。確か深夜枠で録画放送もされていたので、ガサゴソとビデオを探してみようかな。

さて、TKボックス購入しました。1、3枚目がエイベで2枚目がソニー、4枚目は各社寄せ集めという選曲でした。DVDは1回見ましたが、リピートはしないかな。けっこうラフに引いてて、作り込まれた演奏というより小室センセの気の向くまんま弾いてるから、ところどころアララララ~ンな状態。さすがに本人もヤベっていう場面もあったりして。まあ、これはリハビリととらえればいいのかなあと思いました。
青い惑星の愚か者
2011年06月09日 22:15
野外イベントってRacy Rockfesですね
それは次回触れる予定です
私は行っていないので、現場の雰囲気とか知らないんですけど

TK BOX情報、どうもありがとうございます!
ライブは、半ば即興演奏だったんでしょうね
演奏はご愛嬌みたいな感じで、当時も言われていた気がします
kuri566
2011年06月09日 23:29
そうです!Racy Rockfes。さすがですね、よくタイトルでてきますね。会場の雰囲気はといいますと、私が行った湯沢高原は、夕方始まりなので、アクセスあたりはまだ明るくて、セミファイナルの木根さんあたりからいい雰囲気で、ウツでガッツリハートをつかむという。それより客の入りの方が心配でしたね。ブロック単位でおよその座席は決まるのかと思いきや、ノーチェック状態なので、ようは速い者がちみたいな客席だったのですが、私は最後列で見たのですが、それでも地元新潟のテレビ局が深夜の録画放送したとき、映ってましたから全体を引きで撮るとちょっと寂しい客入りでしたね。

内容面では、木根さんはとにかく期待されていなかっただけに、このイベント内では当たりだったというイメージがあります。Don'tTurnAwayというマイナーなシングルカップリング曲が、ライブではめちゃめちゃよくて、その曲のためにシングル買いましたから。

ただ、そこから各自のソロライブの方に動員できたかというと、うまくいったのは最初のアクセスと、ラストのウツだけだったと思います。とにかく1アーティストごとのバンドセット変更が時間かかりすぎて、せっかくひとつのアーティストで盛り上がっても、ザッと雰囲気が冷めてしまうという。複数アーティスト参加イベントというのは後にも先にもあれだけなので、たいていそんなものなんでしょうかね。たしか湯沢以外にも何カ所かあったんですよね。このイベント。
青い惑星の愚か者
2011年06月11日 01:17
湯沢の客入りは場所の問題もありそうですけど、寂しい状態だったんですね
特定のファン層向け限定の顔ぶれですし、夏フェスのラインナップとしてはイマイチだったかもしれません
土橋さん以外、完全にTMN関係者だけでしたからね

空き時間、ライブハウスで対バンだと、10分くらい時間が空くことは普通かと思いますが、私も夏フェス参加経験はないので、なんとも
asahi
2011年06月17日 19:56
夏フェスなど複数のアーティストが出るイベントは15分待ちとかザラですよ~。時間も長い物が多いので、間に食べ物買いに行ったり、一休みみたいな感じになります(^^ 当時のTMのライブに行ってみたかったです~。
青い惑星の愚か者
2011年06月22日 01:40
演奏の合間に食べたりしゃべったりするのも含めてのフェスなんでしょうね
この年になると、真夏のフェスに行くのは体力に心配になっちゃいました(苦笑
行ってみたいメニューのフェスとかもあるんですけどね

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