5-16 終了

1994年4月21日、
TM NETWORKが「Rainbow Rainbow」でデビューしてちょうど10年目の記念日、
TMNのニューシングル「Nights of the Knife」がリリースされた日、
全国の朝刊各誌に大々的にTMN「終了」宣言が掲載された

TM NETWORKからTMNに至ったすべてのプロジェクトを予定通り終了します。
今後、TMNあるいは、TM NETWORK名義の新作が発表されることはありません。
当然,コンサート及びイベント等々の活動を行うこともありえません。
これは1984年4月21日、TM NETWORKがデビューした時点から想定していたプログラムの実行に他なりません。
ビデオクリップやレーザーディスク等のAUDIO & VISUAL感覚に支えられた、ニューメディア第一世代を意識した、本プロジェクトは今公演を以て全工程を完了します。
ユニット、終身雇用的なバンドではなく、独立した個性の連帯という形態のTM NETWORKはデビューから斬新な存在でした。
その精神をTMNも継承し、小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登を中心にしながらも、有機的な拡散を行ってきました。
また、ヴィジュアライズされたショーに於いても、ストーリー性を持つコンセプチュアルなステージに於いても、賛否両論はあったにしても、それまでのコンサートとは一線を画すエンタテイメントを提供できたと自負しています。
そして音楽的にも後続するアーティスト達にインパクトを与え、アイディアを供給し得たのも事実である、と認識しています。
彼等のヒット曲の中に自分たちのオリジナリティーを見い出すことで、本プロジェクトの意義の大きさを客観的に位置づけることもできました。
従って、TM NETWORKからTMNへの10年間で日本の音楽シーンに、何らかの形で一石を投じられたものと考えます。
そして、本プロジェクトは当初の予定通り終了します。
10年に渡り協力、応援、激励して頂いた、全ての方々に、心からの感謝を贈ります。
今後、小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登は各々が独立した個性であることを前提に新しいプロジェクトへ移行します。
21世紀対応のエンタテイメントとカルチャーを提供し得る存在でありたい、と思います。
今後の活動にご期待ください。

1994.4.21
小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登


小室・ウツ・木根の連名で書かれているが、
文体から見て藤井徹貫の作文であろう
ただ基本的なコンセプトは小室が発案し、
ウツ・木根の確認を経たものを徹貫が文章化したものと見て良いと思う


「終了」宣言には一緒に、「終了」の大きな文字と3人の写真、
そして「終了」のトレードマークが掲載された
このマークは3つの円が重なりあった形をしている
それぞれの円がメンバーを象徴しているのだろう
この時は4/29チケット発売の「TMN 4001 Days Groove」の宣伝も、
同時に掲載された
つまり新譜とライブの告知を兼ねた広告だった




「終了」宣言によれば、TMNはデビューの時点で、
10年での活動「終了」をプログラムとして決定していたという
もちろんこれを文字通り受け取るわけにはいかない
実際に「終了」ライブの仕切りを依頼された立岡正樹は、
つまりTMN解散のライブとして打診されたという
実質的には明らかに解散の発表にほかならなかったのだが、
この時はこれを「終了」というストーリーとして提示してわけである


TM NETWORK/TMNの活動は、まずコンセプトを提示して、
そのコンセプトに沿った作品を発表しライブを行なうという、
アイデア中心の活動形態だった
その意味で、一つの世界を禁欲的に追求したり、
普遍的な音楽を目指したりという姿勢ではなく、
その時に面白いと思った、あるいは思われそうなアイデアを、
時宜に応じて提供したのがTMだった


そのコンセプトは往々にして誇大広告だったり見切り発車だったりしたが、
メディアもファンもそれに乗って、
TMの提示するコンセプトに期待を抱き、盛り上がってきたのである
そしてTMNは最後の最後になっても、
やはり10年間のプログラムの「終了」というコンセプトを提示してきた
いわばTMNは、最後まで演じきったわけである


小室は後に、TMNをうやむやに終わらせるのが嫌だったと発言している
音楽的な可能性としてはtrfを選んだ小室だったが、
やはりTMNも、最後まで華々しい存在として、
世間の脳裏に焼き付けておきたかったのだろう


うまいと思うのは、事実上の解散を「終了」と名づけたことである
解散という消極的な表現を避けることで、
意図的にプロジェクトを終わらせたという積極的なニュアンスが付与されたわけである


その前提には、YMOの「散開」があったに違いない
TMデビュー前年の1983年、
YMOは「散開」と称して最後のツアーを行ない、事実上の解散を行なった
そのYMOは、1993年2月から6月、
「再生」と称して一時的な再結成を行ない、世間の注目を集めている
以上を時間軸で整理すれば、以下のようになる
1983年YMO散開→1984年TMNデビュー→1993年YMO再生→1994年TMN終了


つまりTMNの「終了」が決定する少し前、YMOが世間を騒がせており、
しかもその活動は、「散開」を連想させる「再生」という、
二字熟語のキーワードをコンセプトとしていた
小室が1993年4月「月刊カドカワ」に「TMN再生」と題するエッセイを書いているのも、
YMO「再生」を意識したものに違いない


ならば「終了」が「散開」を意識したものとする想定は十分に可能だろう
小室がデビュー期のTM NETWORKや「天と地と」などで、
坂本龍一を意識し続けてきたことを考えればなおさらである
「終了」期の小室のインテリ風の髪型・スーツ姿という出で立ちにしても、
「散開」ライブ「1983 YMO Japan Tour」をモデルにしたものだろう
(前髪を少し垂らすという点まで共通する)


さて、「終了」はどのような過程で決定したのだろうか
これについては、あまり詳しいことが分からない
ただ3人が某和食系レストラン(ファミレス?)に集まり、
ウツ・木根から決断を託された小室が決定を下したということのようである


おそらくその時期は、次年度の契約内容を決定する1~2月頃だろう
「終了」決定については、ウツも木根は反対しなかったという
10月以来TMNの活動が収束に向かう中で覚悟もできており、
あとはそれを確認するだけの段階だったと思われる
ウツ・木根にとっても、この決定は急な話ではなかったのだ


1992・93年の時点では、
TMNの活動を先送りして休眠させておくことは可能だった
だが1994年は年度初めからTMN10周年の記念日である
すでにメディアで10周年の活動の予定を宣言していた以上、
この時は休眠という曖昧な選択は許されなかった
TMNは10周年という期日のために、再開するか終わらせるか、
きちんと白黒つけることが求められることになったわけである


小室は1993年末頃には、「終了」に向けて動き始めていたらしい
「深層の美意識」によれば、年の暮れも近い頃(12月中・下旬頃か)、
小室が立岡正樹と石坂健一郎に連絡して、
TMNの解散ライブの準備を依頼したという


立岡はこれを12/31と言っている
その時は小室から呼び出されて2人で話し、
その後石坂と相談したという
石坂は元旦、音響担当の志村明にこの件で連絡したと言う


立岡・石坂はともにかつてTM NETWORK時代のスタッフで、
現在ではともにm-tres(ウツが所属する事務所)のスタッフとなっている
立岡は2代目のTMマネージャーでもある
また石坂・志村はYMO「再生」の東京ドームライブに関わっていた
1994年5月の「TMN 4001 Days Groove」は、
石坂の采配で東京ドームで行なわれたが、
「終了」がYMO「散開」を意識したものになったのは、
石坂・東京ドームとのつながりが影響しているのかもしれない


重要なのは、この2人がタイムマシンから独立していたことである
つまり小室はタイムマシン関係者ではなく、
別のところにいたTM関係者に最後の活動を託したことになる
ここからタイムマシンと小室の確執の継続を推測する見解もある
「深層の美意識」でも石坂・立岡について、
「複雑に絡み合った事務所の人間関係がこじれた中で、この仕事をやりきれるのは自分たちしかいない、ということだけは理解できた」
と、おそらく石坂へのインタビューに基づいて記されている


もしもTMN解散ライブを考えていたのならば、
会場を押さえるためには半年前頃に動いている必要がある
東京ドームと言う具体的な会場を念頭に置いていたのならばなおさらだろう
結果として解散しないことになったならば、
その会場で10周年記念ライブを行なえば良い話である


ともかく年末の小室は、解散を念頭に動き出した
クリスマス前にはtrf「World Groove」の制作が完了しており、
またtrf第二のヒット曲「寒い夜だから…」の成果も出ていた頃でもある
小室はtrfのプロデューサーとして活動することを決意しつつあったと思われる


小室はこのライブの手配について、
EPIC/SONYの丸山茂雄などにも伝えてはいたが、
解散の件は当初伝えていなかったらしい
小室と反目していたタイムマシンも把握していなかった可能性がある
ならば一部関係者の間では年末から解散が念頭に置かれていたものの、
それがレコード会社や事務所の合意の上で正式に決定したのは、
1994年に入ってからということになる


もちろん小室もメンバーには、事前に打診していた
小室は東京ドームのライブについて、
事前にキャピトル東急ホテルで木根と相談していた
(ウツもそこにいたかどうかは不明)
立岡・石坂にライブの仕切りを依頼することも、
この時に決まったと言う


これは立岡・石坂に依頼する大晦日の少し前、12月某日のことに違いない
この時点で少なくとも小室と木根(おそらくウツも)の間では、
東京ドームライブの計画が同意されていたことになる
おそらく3人ともTMN解散を視野に入れていたはずだ


木根はラジオ局の帰路(「TMN United」か)、
もう一度TMNで考えてみないかと小室に相談したが、小室は聞かなかったという
解散を前提に動き出してから正式に決定する間に、
多少の時間差があったらしいことは、ここからもうかがわれる
年末年始頃の話だろう


3人のラジオレギュラー番組「TMN United」は、
年明けには1/1・8・15に放送されたが、
その中の1/15の放送(収録は数日前か)では、
4/21のTMN10周年以降に驚くべきイベントがあると宣言している
これは「終了」ライブ「TMN 4001 Days Groove」として実現した
1月上旬の時点で解散まで確定していたのかは確証がないが、
ライブの告知を4/21に行なうことまでは決定していたのだろうし、
その点ではタイムマシンの合意も得ていたのだろう


3月頃には解散情報が各所にもれていたようで、
スタッフに近いファンの間では知られていた
確実な情報ではなかったが、すでに4月16日、
スポーツニッポンにもTMN解散のスクープが出ていた
また1994/4/20、T.UTU with the Band「Live Water Dance」ファイナルの武道館公演では、
土橋安騎夫がMCでTMNのライブのことを口走ってしまう一幕もあった


ウツがソロツアーの打ち上げを終えて帰宅し、睡眠を取った後、
3人は某所に集合して夜にニッポン放送のスタジオに向かった
この時ラジオ局前には、「終了」報道を見たファンが待ち構えていたという
3人はその後打ち合わせを行ない、
4/22の深夜午前1:00から「オールナイトニッポン」に出演した
もともとこの日には、
「TMNのオールナイトニッポン 10周年記念スペシャル」が予定されていたが、
「TMN終了スペシャル」とタイトルを変更して放送された


3人はこの番組で過去10年の軌跡を振り返りつつ、
「終了」の趣旨説明や「TMN 4001 Days Groove」の告知を行なった
この時のスタジオの様子は、「Decade」で見ることができる
そしてこの日から3人は、
雑誌のインタビューやラジオ番組の収録を連日行なった
ラジオ・テレビでは「TMN 4001 Days Groove」の前後まで、
多くのTMNの特番が組まれ、TMNの歴史が振り返られた


皮肉にも「終了」宣言以後一ヶ月間の小室・ウツ・木根は、
それまでの2年間とは打って変わって、
3人で頻繁にメディアに出演する
ファンは「終了」決定によって、
久々にTMNとしての3人を目にすることができるようになったのである


テレビ番組では、簡単なコメントのみの出演もあったが、
主な出演としては、1994/4/29「Music Station」と、
1994/5/5「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」
の二つを挙げることができる
偶然だろうが、ともにタモリの番組である


後者は友人大江千里の紹介だが、
タイミングから見て、業界内でお膳立てされていたのだろう
(ちなみにTMNが紹介したのはaccess)
内容は他愛のないトークだったが、
これが史上最後のTMの「テレフォンショッキング」出演である


前者は「TMN 4001 Days Groove」のチケット発売日に当たり、
その宣伝も考慮して出演日を設定したものだろう
だが実際には発売2時間でチケットが売り切れたので、宣伝の必要はなかった
この番組が、TMN名義での最後のテレビでの演奏となる
(再結成後はTM NETWORK名義で出演)


この時の服装は、3人とも赤のシャツに黒のジャケットだった
シャツには「終了」のロゴが印刷されている
衣装の赤と黒の組み合わせは、
「Nights of the Knife」のCDジャケットをイメージしたものだろうか
最後の出演にふさわしい落ち着いた服装だったと思う
なおこの頃の小室は、テレビに出演する際にメガネをかけていた


この時はTMNの出演が番組でも目玉として取り上げられ、
特別に番組のトリとして8分間のメドレー演奏を行なった
「終了」ロゴと同じ円形の特設ステージで、
3人が3つの円それぞれに立って演奏した
最初はウツがマイクの前で視聴者にメッセージを告げる

えー10年間、本当にどうもありがとうございました。TMNが終わっても、僕たちそれぞれの新しい旅立ちを応援して下さい。


メッセージが終わるとともに、
「Self Control」のイントロが始まり、1番まで演奏された
ライブ中継を除けば、この曲をテレビで演奏したのは1987年以来で、
初めてテレビで見たファンも少なくなかっただろう
ただしオケは生演奏ではないようである
ついで「Love Train」冒頭サビと「Get Wild」のサビだけを演奏する
以上3曲はTM10年間の中での代表曲という位置付けなのだろう


アップテンポな3曲が演奏された後、
一転してステージが暗くなり、小室の即興シンセプレイが入る
そこから新曲「Nights of the Knife」を演奏する
ただしフルコーラス演奏ではなく、Aメロがはしょられたりして、
6分半程度の曲が4分近くに短縮されている


「Nights of the Knife」のみをフルコーラス演奏することもできたのだろうが、
この時はあえてファンのために、
過去の曲も織り交ぜたプログラムにしたのだろう
演奏が終わると、最後に3人にコメントが求められ、
3人は「ありがとうございました」と答えて出番を終えた


次章以後は「終了」期のTMNの活動を追っていくことにするが、
最後に挙げておきたいものがある
藤井徹貫の筆とされる「TMN終了宣言を検証す!」である


これは公式メディアで公表されたものではなく、
藤井徹貫の名でファンの間に流通しているものである
転載は自由だが、それに当たっては「藤井徹貫/著」を必ず入れ、
文面の一部変更や追加・カットは絶対にしないようにとの注意がされている
(転載する場合は注意してください)


その内容を信じれば1994年、「終了」宣言直後に書かれたもののようで、
TMN「終了」の真相として、事務所問題をほのめかしている
この点については木根も同様の趣旨の発言をしているし、
これまで見てきた事情からも、その可能性は高いと思う
そう考えると、TMN「終了」が事務所問題解決のための荒療治であり、
いずれ3人での活動を再開させることが前提であるという記述は、
なかなか興味深いものがある


ただしこれが徹貫の文章であるという確かな証拠はなく、
ファンの間で創作され流通したものである可能性も捨てきれない
文章は確かに徹貫風だが、
その気になればすぐに真似ることができそうな文体でもある


そもそも非公式とはいえ、
事実上TMNのスポークスマンの立場にあった徹貫にとって、
このようなものを広める必然性があったか、疑問を抱く余地は十分にあり、
私個人としてはかなり疑念を持っている
ただこの点は今となっては確認のしようがない


それなりに知られた文章ということもあり、参考までに全文を引用しておこう
これを信じるか信じないか、一部真実が含まれていると考えるかは、
各読者に委ねるしかない

【TMN終了宣言を検証す!/藤井 徹貫 著】
遂に我らが崇拝のグループ「TMN」がその活動を終了した。
4月21日の朝刊 を見て少なからずショックを受けた人も多いと思うが、少々その終了宣言に疑問を感じた向きも多い。
まずTMNの原点は何かというと、すべてトライアングルで動いてきたことが挙げられる。
メンバーの3人、事務所・アーティスト・レコード会社というトライアングル。
何もかもが3つの要素を基に動いてきたプロジェクトであり、これを忘れないでいてほしい。
また、もうひとつの重大なトライアングルがある。
それはメンバーの3人とファンとTMNという化け物のような「ニューマ」である。
ニューマこそ今回の一連の謎を解くキーワードだ。
つまり雰囲気でありムードであり、誰もがイメージする虚像のようなもの。
もし今回の「終了」が本当に10年前から決まっていたとしたら、
今までの一連の彼らの動きはいったい何だったんだろう。
「TMネットワーク」が完了し、「プロジェクトTMN」の開始を宣言したのも束の間、今度は終了宣言だ。
あの時と違って今回は降ってわいたように混乱をきわめている。
去年「一途な恋」が発表された時、レコード会社も1994年3月にTMNの次のアルバムが発売されると言っていた。
ラジオではウツのコンサートが終わったら何かが動くと期待を持たせるような発言をしていた。
そして4月20日以降、元の雄姿が見られると誰もが思っていた。
このような話は誰かが一人で決められるものではない。
先に言ったとおり、全てのトライアングルが承諾して初めて発表されることになることばかりだ。
おそらくこの時点ですべての内部の人間の了解事項として進んでいたに違いない。
しかし、何かが起こり何かが狂ってしまったのだ。
アーティストを取り巻く契約関係も複雑を極める。
アーティストとレコード会社と所属事務所とのこれまたトライアングルで形成される契約だ。
録音契約・専属契約を始め、原盤契約・著作権契約・芸能契約など数々の契約で結ばれている。
前回の「TMネットワーク」から「TMN」に変わった時はこの契約関係がなんら壊れていないのにも関わらず、今回3人共事務所を離れ独立することに迄なったのは果たしてどういう理由だったのだろうかと、ここに最大の疑問が浮かぶ。
誰もがわかるようなミステイクを冒したのか、それともそこまで頭が回らなかったのか。
いや、そこにこそ今回の終了宣言のメッセージの根源が隠されているとみた。
今回のメッセージの要約は「TMN」という名前は消えても、3人でまたやるかもしれませんよということ。
でも考えてもみたまえ。そういいながら、バンド名を変えたり、休業宣言したりしてきたことは今に始まったことではない。
しかしなぜ今回に限って終了宣言と、まるで解散コンサートと間違えられてもよいかのごとく行なったのか釈然としない。
普通こういう形で終了することを世間では解散と呼ぶが、解散としないところに重大な真実があり、こういう形をとらなかったところに悲劇があるような気がしてならない。
みんなにすぐわかるような嘘をつく人達かどうか。
いや逆に言えばもっともっと上を考えている人達である。
そこで考えられる結論はひとつ。
つまりどこかでトライアングルの崩壊が起きたということである。
メンバー3人の間は依然強固な関係を保っている。
レコード会社との関係も良好である。 とすれば・・・。
プロジェクトが終了したからといって事務所までやめるケースは前代未聞。
しかもまるで櫛の歯が一本一本こぼれるように離れていったのは!?TMNというニューマはあまりにも大きくなりすぎた。 あまりにもビッグになりすぎた。10年という歳月が3人を変えるように、また周りの環境も変えていってしまった。
つまりそもそもニューマというものは3人の分身として存在していたが、
このニューマを利用してやろうという邪魔が出てきたことである。
最初は黙認していたものの、その利用されたニューマに今度は3人自身が振り回されるようになってしまった。
そのニューマが意味するところのTMNであり続けるには、あまりにも制約が多くなりすぎたということだ。
自分達のイメージであり分身であるはずのニューマが勝手に独り歩きするようになってしまったともいえる。
3人の揺れ動く心理状態は極限に達していた。
今年の初め頃はまだ輝く未来を持っていたと考えられる。
ところがこの2~3ケ月に大きく状況が変化したようだ。
マスコミへのリリース予定、ラジオでの発言がそれらを如実に物語っている。
トライアングルの綻びはそれらをいとも簡単に打ち崩し、スーパースターを伝説に変えてしまった。
メンバーが続けたいと思う意思と、それを拒む何らかの力。
その凄まじい戦いが、見えない所で行なわれていたことは容易に想像がつく。
ニューマというもの、御主人様を裏切って勝手に行動を起こしたり、すぐ別の天使に訳もわからずついていってしまうおおらかさがある。
そこで出した結論がこのニューマを切り捨てるということだったのだ。
要するにニューマを斬るということは、いくつかのトライアングルを壊すということ。
もし仮にこのニューマというものがイコールTMNだとしたら、TMNプロジェクトを終了させればいいだけの話である。
3人に創作活動を続けたい意思があるなら新しいプロジェクトを作り、新しいニューマをまた作っていけばいいのである。
当然、その時はまた新たなファンとのトライアングルが構築される。
3人はどれだけ歳を取っても、どんな状況になろうとも根っからのクリエイター達だ。
創作活動をやめるなんてありえない。 そこで起こした行動が今回の一連の姿だ。
ニューマを利用する誰かに対し、「もうTMNとしての活動は終わりであり 『ニューマ』を利用することは出来ませんよ」
と発しながら、他の誰かには「新しいプロジェクトを期待していてください」と言っているような気がしてならない。
TMNというあまりにもビッグになりすぎた名前の周りにはいろいろな人の思惑が渦巻いていた。
自分達の意思とは違った方向へ動かそうとするベクトルに対し、自らが断を下す悲壮な決意がここにある。
逆に言えば新たなる創造にそれだけ自信があるということの証明かもしれない。
その深い意味を最後のメッセージとしてくれた3人に対し我々が出来ることといったら、静かにその日を待つだけである。
3人は散り際のスタイルもこれからの幾多のバンドに対し新しい道を提供してくれた。
それに答えるには、我々も新しいファンのスタイルを確立することかもしれない。


(2011/11/22執筆、2019/4/14・8/24加筆)

Tetsuya Komuro Presents TMN black
エピックレコードジャパン
1994-06-22
TMN
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この記事へのコメント

2011年11月22日 16:08
こんにちは。いつも感心しながら読ませてもらっています。本にまとめられたらいかがですか?僕は絶対に買います^^

とうとうというか、終了の記事ですね。今にして思うとメンバーとスタッフ間で確執があったのは明白なんですよね。それは今でもあって、でも表面化しないのは小室さん達の仁徳なんじゃないかなとも思えます。
否定しないから受け入れてしまうというか。ただ小室さんの逮捕されたときにも感じましたが、あの人は3年4年、10年の周期で動くところがあります。たまたまタイミングが合ったりしてしまうから誤解が生まれたりもします。終了も僕らファンを納得させるには十分過ぎるくらいの伏線があったようにも思います。ご指摘の通り実は内面はかなり険悪した雰囲気があったのかもしれません。ただ不思議なのはそういう雰囲気にも関わらずライブや直後にでたCDやビデオはスタッフのものだという見方もまた出来てしまい、TMNは利用された感が残るのも否めませんね。解散時は皆そういうものなんでしょうが。唯一の救いはラジオで三人は楽しい雰囲気があったことでしょうかね。メンバーにしても雑談して企画を詰めステージに立つのが当たり前なはずでしたが、それをわざわざ番組にして公開しているようにも見えました。話しながら舞台裏を見せているというか。三人も頭の中を整理しながら話してるようにも。僕個人は小学校を卒業し中学生になった4月でした。

長く書いてすみません。随分寒くなってきましたので、蒼い惑星の愚か者さんも皆様もお体にお気をつけてお過ごしください。
イパネマ
2011年11月22日 20:33
ずっとずっと大好きだったTMが終了してしまった時の衝撃と悲しみが蘇ってきてしまいました…( i_i)
ラスグルのDVDに収められてる、コンサート後の車に乗り込むまでの仲の良い三人の映像を信じたいと思います。
また三人揃ったライブが見たいですね。
kuri566
2011年11月23日 00:42
撤貫氏のものとされる文章、初めて読みました。「TMN最後の嘘」や数々の氏の文を見てきた者としましては、これは氏のものではないという印象を受けました。ニューマという横文字で煙にまくやり方はいかにも・・・という感じがしますが、「でも考えてもみたまえ」という上からものをいうような表現は氏はしないし、プロの物書きとして、まず犯さないであろう文法的まちがい(例①降ってわいたように混乱を→降ってわいたような混乱を)(②すべての内部の人間→内部のすべての人間)も散見でき、アマチュア臭がただよいます。
さる
2011年11月23日 09:15
とうとう『終了』ですね。更新を毎回楽しみにしております。music station出演時の音源については、CD音源そのままのnights of the nife を除き、久保こーじ氏作成による4001days grooveのリハ用デモ音源だとおもいます。ギターのアレンジ、ドラムは打ち込みであることから推定されます。CDやビデオでは生ドラムやギターにかき消されがちな、4001days grooveの『オリジナル』に忠実な打ち込みアレンジの原型を垣間見ることができて非常に興味深いオケです。
今後は4001days grooveに向けた更新となると思いますが、非常に楽しみにしておりますので、よろしくお願いいたします。
塩辛
2011年11月23日 09:28
とうとう終了まで来てしまいましたね(泣)私はここのサイトを拝見してTMファン復活したもので、いろいろ感慨深いです。あ、私もMさん同様、出版されたら買いますよ!
徹貫はこのネットの文章を否定してないと思いますが、徹貫かどうかというより、(むしろ名前はどうでもよく)この内容を流布したい関係者が結構な割合でいる、ということなのかなという気がしています。だから放置されているのかな、と。あとは、実は大した事ないのに、大仰に言っているだけの愉快犯という印象も受けますね。
当時はネットもありませんでしたから、発表には本当に驚き、泣きました。私は「てっちゃんがTM飽きたんだ!」ぐらいにしか思ってませんでした…。しかし「TMN UNITED」を聞いていても、TMやるのは確かだったと思うんですよね始めは。でもいつからかトーンダウンして終了になるわけですが、そのあたりはやっぱり気になります。どうひいきめに見ても小室さんはTMやる気ないようにしか思えないのに、また3人でやるとか言う。不思議でした。しかしあのMステはせつなかった…。3人かっこよかったからよけいに。(個人的には)青春が不完全燃焼のまま消えて行くような気がしてました。
むーん
2011年11月24日 15:44
当時スタッフに近い人から情報を得る伝手があって、終了についての大きな理由は事務所問題と聞いてました。
この徹貫氏の文章は初めて読みましたが、そんな裏情報を聞いていたので、この徹貫氏が書いている話と同じようなことを自分も想像してましたね。
事務所問題の話と合わせて終了宣言を読んで、TMNという存在が3人だけでは(というか小室センセイには?)制御できなくなったがゆえに、一度終わらせるしかなかったのかなぁと。
そんな感じでこの文章も裏事情(?)を聞いた誰かの創作って可能性が無きにしもあらずですかね。(笑)

まぁそんなわけで自分はそんな裏情報と終了宣言から、また3人揃って音楽活動を再開できる日が来ることを当時すでに確信していました。
でもTM NETWORKとして復活してあんな風に迷走するとは想像できませんでしたがね。(苦笑)

そんな終了後の活動の検証も楽しみにしております。
青い惑星の愚か者
2011年11月25日 03:24
今回は話題が話題なだけあって、みなさん熱いコメントありがとうございます

>Mさん
さすがに出版は恐れ多いです
新規ファンとかが軽く歴史を追えるようにと思って始めたという経緯もありますしね(すでに軽くはなくなっていますけど)

「終了」までメンバー3人自体の関係が破綻せず、最後まで仲良くいけたことは、よかったと思います
オールナイトニッポンへの移動のバスでも、3人でトランプをやっていたとか(笑
他のバンドとかで、解散前のメンバーの対立話とかを聞くと、本当にそう思います

>イパネマさん
当時は私もびっくりしました
TMNにはもうあまり期待していなくなっていたのですが、一応シングルも予約はしていました
しかしまぁ、「終了」の広告は見事だったと思います

>kuri566さん
伝・徹貫の文、どうでしょうかねえ
文章がいつも以上にうまくはないのはそうなんですが、あえて考えれば、商売用のものではないから推敲が不十分ということかもしれないです
しかし「我らが崇拝のグループ「TMN」」って始まりからして、うひゃあ、なんだよそりゃって思いますが、徹貫なら結構書きそうな気もしちゃったり
まあ、上で書いた通り、私は徹貫の文じゃない可能性が高いと思っています

>さるさん
おっしゃる通りMusic Stationのセルコンとかゲワイとか、CDそのままじゃないんですよね
4001 Days Grooveの音源との関係は、可能性高いですね
ただライブ用デモそのものだったらドラムやギターは入れないでしょうから、ライブ用デモ(の原型)に音を重ねたTV用音源かなと思います
青い惑星の愚か者
2011年11月25日 03:25
>塩辛さん
私のブログでファン復帰して下さったんですね
大変嬉しいです
過去のファンの方々の記憶を風化させないために役立てていれば、大変光栄です
小室さん、一応年が明けても、TMN10周年の企画は考えているとかいっていましたよね
まあ「終了」も10周年企画ではあるんでしょうが…
TMN「終了」が惜しまれたのは、「終了」の頃もかっこよかったし、Nights of the Knifeもいい曲なんですよね…

>むーんさん
スタッフ情報を得ていたんですね
事務所問題は公式の発表がないから具体的なことが書けないのですが、噂話レベルでもよく言われていますね
それまでのごたごたのせいで、権利関係の調整も複雑になっていて、客観的にも満足な形で活動再開できる状態ではなかったのかもしれません
私がよく分からないのは、「終了」前に木根さんがすでにタイムマシンを出てしまっていたことです
タイムマシンの中も一枚岩ではなく、中枢部(青木社長とか)とその他で小室さんに対して温度差があり、TMNをめぐっても意見が分かれていたのかもしれないですね
g2m
2011年11月25日 10:17
とうとう来ましたね「終了」
当時は終了の事を知らず、デビューした日にシングル発売とはニクいねぇ、って随分お気楽な事考えてて(笑)オールナイトニッポンを聞いてビックリしました
今回の記事を拝見して「終了」というコンセプト云々と言うのは、みょーに納得しました
あの文章には違和感を覚えてたし、結局のトコ、何が言いたいのかよく分からないと言うのが当時の印象でしたし、裏事情はもちろん分かりませんが解散すると言うネガティブな雰囲気があまり感じられなかったし
多分、しばらくしたら三人で新しい事を始めるんだろな、とも思いました
だから、翌年グローブがデビューする前に噂で流れた「小室先生が3人組でユニットを組む」って話に興奮したのを覚えてます(笑)やっぱりウツと木根さんとやるんだ‼って
すぐ違うと分かってガッカリしましたが(笑)
fe
2011年11月25日 15:56
ここに書くのは随分お久しぶりです。
「終了」と銘打たれても、「Nights of The Knife」
でのアンビエント・テクノ的な音作り、
実は初めてのLAST GROOVEでの原田大三郎さんとの
コラボ等後、再生YMOを意識した演出が
目立ちますね。特に前者の音作りは
「discovery」「If You Wish...」以外でも
十分深めれそうだったのにTMでは
それ以上実験せずに見切ってしまったのが
残念というか何と言うか…。
(アンビエントを本格的にやるとなると
ヴォーカルが目立たないというツッコミが置きそう)
Nutrocker
2011年11月25日 23:28
こちらのブログを拝読し始めて、はや3年、
ついに「終了」にたどり着いたことが感慨深いです。
いつも充実した記事をありがとうございます。
 
1994年当時、TMから心が離れていたので、
終了と聞いても何も感じなかったのですが、
当時のTMの人気から考えると、
世間では大きな出来事として扱われたのだなあと
改めて記事を読ませて頂いて感じました。
 
YMOとの比較がありましたが、
断続的に再結成し、ライブで往年の名曲を演奏する
YMOの最近のスタイルは、正直、あまりかっこよくない
と思うので、TMには、今後ああいう風には
なってほしくはないな、と思います。
 
青い惑星の愚か者様がコメントを書いていらっしゃる
時刻が遅くて心配なのですが、
TM通史はこの先まだまだ長いので、
お身体に気を付けて、続けて下さいね~
私も、この「TMN通史」が出版されたら購入したいです!

kuri566
2011年11月26日 00:38
早朝いや深夜と申せばよいのでしょうか、03.24というすごい時間帯に全員にご丁寧に返信コメントを書かれているので、お体には十分注意して風邪などひかれませぬように。

終了の掲載された新聞、今でもとってあります。まず誰もが目にするテレビ欄脇に細い広告があり、「詳しくは○面へ」と本広告へと誘導する念の入れよう。

新聞全面広告で衝撃を受けたのは宮沢りえちゃんのサンタフェかTMの終了宣言かというぐらいキヲクに残っています。この日からドームまでの間はTMのメディアジャックがあり、たくさん見られるうれしさやら、これが終わるともう見られない悲しさやらで。

そういえば、てっかん氏の「TMN最後の嘘」の後段に「終了宣言文を読む」という章があるのですが、宣言文がてっかん作であるとすると、あれは自分で書いた宣言文を自分で読解するということになるんでしようかね。
MTR
2011年11月26日 13:56
TM終了時は高校2年あたりでした。
中学生になってEXPO後くらいからTMをかじり始めたので
終了のときまで3人がそろっている姿を見たことがありませんでした。
ですので、ほんと幻の存在でした。
初めて3人をリアルタイムで見たのはMステ。
すごく神妙な空気感だったことを覚えています。
あと、ラストシングルがどこの店でも平積みでインパクトありました。赤と黒で。
新聞広告をみて翌日高校の友達数人とびっくりして話題になったことを今でも覚えていますね。
終了ライブのビデオも友達間で貸し借りしたりして、これで最後だけど良いグループだなと思っていました。
その頃は終了の理由なんて単純に10年で区切り良し程度で深く考えが及びませんでしたが、やっぱり大人の事情があったのですね。
非常に興味深く読ませていただきました。
ケイティ
2011年12月01日 22:51
初めてコメントさせていただきますが、 もう随分前から拝見しています。このブログのおかげで通勤が楽しみになった程です。
僕がTMを知ったのはまさに「終了」でした。当時小学生でB'zやaccessが好きだったので、彼等がTMのサポートを務めていたとこの時知って、そんなに凄いグループが何故終わるのか、もっと活動を見たかったと残念でいっぱいでした。そのあとすぐ小室さんが大成功を収めたこともあり、暫くTMは僕にとって神格化された存在で……。なのでTK MUSIC CLAMPで3人揃った時やTIME CAPSULEの発売時はものすごく興奮したのを覚えています。
皆さん仰るように、3人の仲が良いことは本当に嬉しいですね。普通、これだけぐちゃぐちゃになったら誰かがキレてもおかしくないと思います。TMのネットワークは絆だよなぁといつも感じます。
SHOTARO
2011年12月05日 23:13
YouTubeで映像を探してサーフィン中に偶然ここへたどり着きました^-^
もっと、早く知っていたら小室さんのGizmo~Speedway~Stay~TM Networkまでの間の色々な情報を提供差し上げらたのですが・・・
私、一時期、ちょうどTMでデビューする一年前のStayでギターを弾いていました。Gizmoでベースを弾いていたのは、私の大学の先輩です。Gizmoは東横劇場で一回だけ生で見たことがあります。SpeedwayのLiveは小室さん在籍時に一回、脱退後もよく渋谷の屋根裏に見に行きました。当時、StayはSpeedwayと対バンでやっていましたからね。
当時のGizmoやSpeedway、Staynoデモ音源テープやライブ生録テープも我が家にはたくさんありますよ。
私の中では、やはりあの当時のRockな小室さんのアプローチが好きです。ある意味音楽的な影響はその当時の彼から一番受けたと思います。
2011年12月06日 17:05
すごい!当時の関係者の方のコメント!
すごくそのあたり興味あります。
とりあげてもらえると嬉しいです。
SHOTARO
2011年12月06日 23:06
当時のメンバーとしては、私はSTAYの最後のギタリストになります。
一緒にいたドラマーはその後1974のPVにも出て、デビュー直後のツアーにも参加しました。ベースもしばらくツアーメンバーや、TVなどにも一緒に出ていましたが、恐らくTMとして軌道に乗って、よりプロフェッショナルなメンバーを使えるだけの予算が出来たのか、そういったサポートメンバーは姿を消していきましたね。その頃から、段々隣にいた小室さんが、少しずつ別世界へ行き始めた感じになっていきましたね。
最後にいた女性Voは、後のアマゾンズ(久保田利伸のコーラス隊ですね)のメンバーとなった吉川知子さんです。そのメンバーで最後にやったライブは、新宿LOFTでした。
TMの構想については、全く話しを聞いたことはありませんでしたが、ウツのVoだとやれる事にも限界があるんだよねと、ある時小室さんが話していたので、TMで出てきた時には少々意外感も覚える一方、やはりあの3人は絆が強いのかなとも思いました。
なんだか書き出すときりがありませんね。また、なにかあればお話しをしたいと思います。
青い惑星の愚か者
2011年12月06日 23:46
たくさんのコメントと気持玉、ありがとうございます
本来ならそろそろ更新日なんですが、私事で多忙で、来週までずれ込みそうです
ごめんなさい

>g2mさん
globeは残念でしたね(笑
TMN「終了」は、ファンを泣かせる曲をリリースしておきながら、本人たちはメディアでも務めて前向きな発言をしていた印象があります
過去を振り返るよりは未来を、という点では、最後までTMらしかったなと思います

>feさん
いずれ書くつもりでしたが、実は原田さんとTMの縁の始まりは「終了」だったんですよね
(「終了」が始まりというのも変な感じですが)
Nights~の音については、原曲が一年前から作ってあったから、発表した頃にはすでに小室さんの関心が変わってということもあったんでしょうね

>Nutrockerさん
心配して下さってどうもありがとうございます
実はちょっと体調崩していまして、気をつけないといけないですね
今のYMOは、すでにフェス限定ユニットという感じですよね
3人にとってはすでに継続的にやる積極的な意味はないのかもしれません

>kuri566さん
新聞! 物持ちいいですねえ
私も当時目の当たりにしましたが、もう持っていないなあ
「終了宣言文を読む」は、まあ、自作自演でしょうね

>MTRさん
Mステは、テレビ欄でもTMN出演が目玉で取り上げられていたと思います
番組の演出もあったとはいえ、やはりファンの心理としても、緊張感漂う出演でしたね
青い惑星の愚か者
2011年12月07日 00:07
>ケイティさん
はじめまして
「終了」で初めて見た方、結構いるんですね
TKプロデュースから遡及してTMにたどり着いた方も含めて、以前からのTMファンと別の印象でTMがとらえられているのかもしれないですね
3人の関係が切れていないのは、たとえTMとしての活動はなくても、ファンにとって本当に救いですね


>SHOTAROさん
!!!
STAYのギターって!!!
びっくりです!!

STAYの活動期間、TMデビュー1年前までというと、1983年までは続いていたんでしょうか
今までは活動期間が1982年初めまでしか確認できていなかったもので、年表を少し直さないといけないかもしれません

アマゾンズの方がSTAYにいたとか、全然知りませんでした
思わぬところでつながっているんですね
初期のTMと関わっていた方々というと、末期STAYのドラムは高杉登さん、ベースは山内薫さんでしょうか?
個人的には銀星団も気になるのですが…これは公言できなそうですね

このブログは、情報の提供などがあれば、随時過去記事も訂正・追記していますので、TMデビューにいたる時期の具体的な情報などありましたら、気が向いた時に可能な範囲で教えていただけると大変嬉しいです
直接コメント欄で書きづらいならば、tm_on_the_planet%yahoo.co.jpまで連絡をいただければ、許される範囲で情報を記事に反映させます(%を@に変えて下さい)
kms
2014年03月19日 01:44

お初にお目にかかります
裏事情って知ってしまうと嫌なものですね
私は数字数字と拘る考え方は好きでありませんので

数年前、小室氏は逮捕されてしまったわけですが、
その始まりはTMN終了にまつわる考え方が
発端ではないかと思います

正直、音楽性は目に見えて変わってしまいましたし
(Eurogrooveと言う良心はありましたが)
再始動からも、その異質さをそのまま持ち込んで
いきなりTM崩壊を招いていましたし

それ以前に、終了宣言しておいて再結成は無いですよね
93-94に再結成と、2度ファンを著しく軽んじた結果が
再結成後の惨憺たる姿ではないかと思っています
私は終了までは今も尊敬してやまないですが、再結成後の
活動は一切支持しません。これが私が真剣にファンとして
やってきたけじめと考えています。 少数派でしょうけどね
青い惑星の愚か者
2014年03月19日 22:02
はじめまして!
再始動については、当時「終了」を真剣に受け止めていたファンほど抵抗はあると思います
実際元ファン60万人の内、再始動時には20万人程度しか戻ってこなかったわけですから、kmsさんの方がたぶん多数派なんじゃないでしょうか
メンバーとしては、当時から再結成する可能性をほのめかしてはいたんですけど、そっちの方はほとんど注意されていませんでしたしね

正直、私も再結成当初はさほど盛り上がっておらず、傍目で見ている感覚でした
でもなんだか、20周年の前くらいで、またこれで終わってしまいそうな気がして、それでまた何か戻ってしまいました
ここらへんは、ホント人それぞれと思います
ひよこ。
2015年04月30日 13:53
十数年ぶりの出戻りFANKSです。
色々調べ物をしていたらこちらに辿り着きました。いっていいものか悪いものか中々判断がつかなかったのですが、TMの30thも終了宣言時のような悲壮な感じではなく前向きな感じで終わったので、もう時効だしいいかなと思って思い切って書きます。(そんな対した事でもないのですが。)

「TMN終了宣言を検証す!」ですが、私はこの文章を直接関係者からもらった者です。(人物を特定するとその方に何かあった場合に私では責任が取れないので伏せさせて頂きます。)なので、この文章は藤井徹貫氏ご本人が書いたもので間違いないと思います。あえて下手くそに書いてたり、分かりにくい表現を多用してるのは、わざとどうとでも捉えられるように書いているのでは?と思いました。(あと、かなり急がせて書かせたか。)このお手紙を頂いた際に、合わせて木根さんのインタビューが載ってるスポーツカイトの雑誌も読むように薦められたので、そちらも合わせて読んで頂ければと思います。(当時としてはあまりにマニアックな雑誌だったので、取り寄せで手に入れましたが、今思えばメジャーな雑誌で語るにはリスクが高かったのかなと思います。もう20年以上前なのでほとんど内容は覚えてないのですが、割と無難なインタビューだったと思います。)
青い惑星の愚か者
2015年05月01日 23:38
おお、当時の事情を教えていただき、ありがとうございます!
冗長なのは、練る時間が十分ではなかったためなんでしょうかね

ちなみにこれは印刷物の形で広まったものなのですか?
あと、その時期はいつ頃なのでしょう?
文章を見る限り94年の間、多分終了から間もない頃だと思うのですが…

スポーツカイトはまったく知りませんでした
…が、今から入手するのはなかなか難しそうですねえ

ともかく貴重なお話、どうもありがとうございました
クララ
2015年05月22日 23:01
こんばんは。先日原田真二くんの件でコメントさせていただいた者です^^;やっとここまでさかのぼって来ました(笑)。
私が知ってるTMはここまで。今も日本を離れているので、つい最近までラスグル以降を知らないままでした。
ここでTMNとなったあとの彼らの歩みを読むにつけ、私が熱心なファンクスだったとしても、この過程のなかでずっと彼らについて来れたか自信がありません。彼らも大変だったでしょうが、ファンクスの葛藤や不安も相当だったと思います。
仲がこじれたわけでもないのに、あんなに完成度の高い状態で終わるなんて、ラスグルの動画を見てると胸が痛くなります。
詳細に過去を振り返り見えなかった事情までをも知れて、本当にこのサイトに感謝しています。これからもよろしくお願いします。
青い惑星の愚か者
2015年05月27日 00:04
普通の方はラスグル以降は知らないでしょうね
私もブログ書く段になって色々と調べた始末ですから…
正直私も、10年くらいはTMから離れていましたよ
でも復帰してから10年以上経ったんだなあ…
時の経つのは早いものです

TMNが最後にちゃんとした作品とライブを提示して終わらせたのは、やはり大きいと思います
再始動後も一定のファンが残ったのも、「終了」時の見事さがファンの心を捉えていたからこそでしょうね
たろん
2016年04月29日 14:23
こんにちは。いつも楽しく読ませていただいています。ブログを読み返していて、久しぶりに徹貫氏が書いたとされる文面を再読したところ、ひとつ思い出したので初めて書き込ませていただきます。たいした話ではありませんが、言っても共感してくれる人が周りにいないもので、、、(泣)

私が思い出したのは、ラジオTMNユナイテッドの最終回で、「4月21日に何が起きる?」という話題になった際、ウツが「わかった。ガボールスクリーンとしてデビューするんだ」と何かを暗示させるような発言をしたことです。それを聞いた私は当時、「また名前を変えるのか!?」と推理したのですが、実際は終了。「デビューと終了じゃ全然違う」とがっかりし、なぜウツがラジオの最終回でそんな発言をしたのか腑に落ちませんでした。

それぞれが新たにソロ活動を始めることを「デビュー」と表現したのかもしれませんが、それなら「ガボールスクリーンとして」とは言わないと思います。また、あの場でウツが適当なことを言ったとも思えません。その後もたまに頭に浮かんだのですが、いつの間にか忘れていました。

徹貫氏のものとされる文面では、当時の「終了」は3人での再活動を前提としたものだったことを示唆しています。これが事実だとすると、ウツのラジオでの発言も意味が通ります。「名前はTMではないかもしれないが、近いうちにまた3人でやる」ということが言いたかったのかもしれません。

終了時のオールナイトニッポンで、小室さんは「また3人で必ずなにかやる」と発言していますが、確固たる見通しがあるわけではないリップサービスと思っていました。しかし、実はこの約束はかなり強固なものだったのかも。小室さんが、ウツキネにTM終了を納得してもらう前提にも、この約束事があったのかもしれない、、、なんて妄想を膨らませていたます。
青い惑星の愚か者
2016年05月14日 22:44
3人がいずれまた新しい形で一緒に活動することは、「終了」の時に繰り返し言われていましたし、伝徹貫検証文もそれを踏まえて書かれているのでしょう
約束と言うよりも、いずれ可能な状況が生まれたらまた何かやりうたいね、というくらいの話だったのかもしれませんが、いずれにしろTMをまたやりたいという気持ちは3人とも持っていたんだと思いたいですね

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