5-28 「終了」後のウツと木根

「incubation Period Limited Edition」の予約特典ポスターのデザインが、
ライブシネマのサイトで公開されました
↓こんな感じみたいです



また9/14、新宿バルト9の上演前と、
TOHOシネマズ六本木ヒルズの上演後、
小室さんが舞台挨拶に来るそうです
私は行けませんが、もしも行ける方、生小室を見に行ってきて下さい


ただし他のところは2500円ですが、
舞台挨拶付きの分は3500円だそうです
普通舞台挨拶付きのって、高くなるんでしょうか?
私はよくわかんないですけど


9/6には小室さんが「incubation Period」のDVDを持って、
「なかなか良かった( ´ ▽ ` )ノ」とコメントしています
当然ですが、もう関係者には製品が届けられているようです
リリースまであと5日ですね


ウツは9/5、久々のソロアルバム「Trilogy」がリリースされました
私は買っていませんが…反響はどうなんでしょ
まあ大半は既発表曲なんですけどね


デイリーチャートでは、9/4付けで25位、9/5付けで45位のようです
今回は100位に入れるかな?
前のウツソロ名義のフルアルバム(2003年)「wantok」の47位まで行ったら大成功ですが、どうでしょうか
また本日9/8からは、20周年ツアー「20 miles」が始まります


11/7には、ウツレギュラーのラジオ「20 miles」のCDがリリースされます
つうか、ラジオ放送のCDなんてあるんですね
落語CDとかなら聞きますが…
magneticaのサイトより
「宇都宮隆の20miles」がDJCD(ラジオCD)となって11月7日にリリース決定!
今までに放送された中から厳選した3回分の放送、さらに新たにこのCDの為に収録するスペシャル放送も収録予定!

発売日:2012年11月7日(水)
価格:¥1,800(税込み)
品番:KICS-1840
発売元:キングレコード


木根さんは20周年企画4連続ベストの最後となる「キネソロ」のレコーディングが終わったようです
リリースは9/26、木根さん55歳の誕生日となります


そして20周年の締めくくりと思われるソロツアーが決まりました
「Talk & Live 20th ANNIVERSARY TOUR」と題し、
11/24~12/2、大阪・名古屋・東京3都市4公演となるようです
最終公演(原宿ASTRO HALL)は木根さんソロデビュー20年目の日となります
しかし2年前の「Talk & Live 番外篇Vol.10」が18公演だったことを考えると、
記念ツアーのわりには随分控えめな日程です


という感じで、TMの渋谷ファンイベントも終わり、
これからは秋が終わるまで、
ウツ木根ソロ20周年が最後の仕上げに入りそうです


今回の本題も、やはりウツ木根ソロ話となります
ウツ木根ファンにはあまり愉快な内容となっていませんが、
できるだけ数字に即して客観的に書いたつもりですので、
ご了解下さい
次回に第五部のまとめをやりますが、
個別記事は今回で最後となります

------------------------
1994年、TMN「終了」後の小室哲哉が、
瞬く間に時代の寵児にのし上がっていったのと対照的に、
ウツと木根の活動は年内にはほとんど表面に出なかった


小室はTMN「終了」の発表前から、
次の活動に向けて布石を打っており、
その成果がtrfのヒットであり篠原涼子のヒットだった
それに対してウツ・木根のソロ活動開始は遅れ、
半年以上を経て始まった活動も、結果から言えば失敗に終わった


TMN「終了」は世間の注目を3人に集める絶好の機会であり、
小室はそれをうまく利用したところもあった
ウツ・木根も「終了」から間髪開けずにソロ活動を始めるべきだった
1993年終わり頃には、TMN「終了」の可能性はかなり濃厚になっており、
小室はすでに「終了」ライブに向けて動いていた
ウツ・木根も「終了」後に向けて何らかの準備を行なうこともできたはずだが、
実際には2人は「終了」前後において、TMN後の活動に向けて動いていなかったか、
動いていてもうまくまとまらなかったのだろう


活動再開がより早かったのは、木根の方だった
木根はすでに「終了」以前(1993年終わり頃か)にタイムマシンから独立し、
SPEEDWAY時代のメンバー荒井克実とともに、
個人事務所イロアス・コーポレーションを立ち上げていた
このため、ウツよりも多少早く動くことが出来る態勢ができていたのかもしれない


なお「イロアス(IROAS)」は、
木根の娘の名の「沙織」(SAORI)をひっくり返したものである
後の「komuro」→「orumok」を彷彿させるネーミングである


木根の1994年のソロ活動については、
FC会誌「UKKタイムズ」最終号(1994年6月号)で、
「かもよ!表’94」として94年下半期の活動予定が掲載されている


未決定のことも含んでいるとのことだが、
7~9月に単行本執筆(11月に幻冬社から刊行)、
8~9月作曲、10月レコーディング開始、
12月に新作完成、第4弾シングル発売、
9月にドラマ出演が決定し、10月から出演、
ということになっている


これを見るに、木根はTMNが「終了」した5月の後、
7~8月頃からソロ活動の準備を始める予定だったらしい
比較的手際が良いとも言えるが、
音楽活動の成果が発表されるのは翌年のことである
「終了」後の活動が形になるのには、
これくらいの時間は必要だったのだろうが、
「終了」ライブの一週間後にtrfの新曲をリリースした小室と比べれば、
半年以上の差があり、その出遅れは明らかである


「かもよ!表」にある幻冬社刊行予定の本とは、
1994/12/5発売の「いつか逢える日に」だろう
ドラマは「俺達は風」という作品で、
1994年に公開されたらしいが、私は見たことが無い
北海道・仙台・熊本限定で放送された深夜ドラマらしい
その後木根がドラマ出演した例は知らず、
おそらく後につながる成果は得られなかったものだろう
(映画・舞台出演の例はある)
むしろ翌年、1995年4月から1年間、
NHKの「日曜ソリトン」でメインパーソナリティを務めたことの方が、
木根の知名度を維持する上では役に立ったと思う


10月にレコーディングを始めて12月に完成予定だった新作とは、
木根が担当したアニメ映画「ユンカース・カム・ヒア」の楽曲に違いない
原作は言うまでもなく1990年発表の木根の小説である
映画は東京で1995/3/18先行公開され、
ついで全国ロードショーとなったが、
その映画音楽は木根が担当した


「ユンカース・カム・ヒア」は、
「月刊ASUKA」で1994年5月号(4月発売?)から、
森永あいが漫画版を連載しており、
9月には単行本1巻が発売されている
その後翌年8・9月号(7月発売?)まで連載が続いたので、
期間から見て映画製作を前提とした連動企画だろう


1994/7/21にはOVA版「ユンカース・カム・ヒア」が発売され、
(映画版と監督は同じだが内容は別物)
1995/2/25には原作小説が文庫化されるなど、
映画公開の前後には映画を盛り上げるべく様々な商品が発売された


これらの仕掛けが木根によるものかは疑わしいが、
良いタイミングではあり、木根のソロ活動はこれと連動する形で再開された
「終了」前のソロ活動がさしたる成果を得られなかったこともあり、
話題性のある活動を求めていたこともあるだろう


「ユンカース・カム・ヒア」では挿入歌として、
木根ソロ曲「ホントの君 ウソの君」「bye bye bye」が使われた
これが木根ソロ活動再開の曲となり、
1995/3/8にシングルとしてリリースされた


また木根は1994年には日置明子のプロデュース活動を始めた
1995/1/11にはデビューシングル「Winter Comes Around」がリリースされ、
「ユンカース・カム・ヒア」のエンディングテーマとして使用されている
言うまでも無くTM NETWORK「CAROL」収録の木根曲である
(カップリングもやはりTMNの木根曲「月はピアノに誘われて」のカバー)
8/2には日置の1stアルバム「Nature」がリリースされ、
その後も木根は1997年まで日置をプロデュースし続けたが、
日置は1999年に木根から離れ、後にsonoと改名している


木根による映画音楽はサウンドトラックとして4/21にリリースされた
「ホントの君 ウソの君」「Winter Comes Around」も収録されている
この日はTMデビューと「終了」の記念日であり、
当然それを意識したリリースであろう


木根はこのようにしてソロ活動を再開した
映画音楽への関与と女性歌手のプロデュースは、
明らかに小室哲哉をモデルにしたものである(悪く言えば模倣)
また「終了」後の小室がTMNの経歴を前面に出さなかったのに対し、
木根はTM時代の小説や楽曲を積極的に利用している
小室をモデルにしつつ、他にも使えるものはすべて使うという戦略だった
木根としては、あらゆる手を尽したというところだっただろう


その成果はどうだっただろうか
「ホントの君 ウソの君」は25位、4.2万枚の成績で、
前作「もう戻らない」の4.3万枚とほとんど変わらない
「ユンカース・カム・ヒア」も興行成績は悪く、
木根ソロ再開を旧TMNファン以外に認知させる効果はほとんどなかっただろう
サウンドトラックは100位にも入っていない


支持母体が大きく変化しなかった以上、
「ホントの君 ウソの君」が木根の過去作品の水準を越えられなかったのは、
当然の結果でもあった
むしろ「終了」前のファンがついてきていることを評価すべきかもしれない


一方日置の「Winter Comes Around」は63位、9千枚で、
旧TMNファンもほとんど購入しなかったようである
その後もヒット作はなく、アルバム「Nature」も98位、3千枚の成績だった
1996年以後の作品は100位にも入らない


1995年、満を持しての木根のソロ活動開始は、
大失敗には終わらなかったとしても、
起死回生となるほどの成功は得られなかった
だが木根は1995年を通じて、
自らの最大の手駒というべき「ユンカース・カム・ヒア」を看板に、
さらに活動を続ける


1995/11/9~12/7には、
「ユンカース・ファンタスクエア with 木根尚登」が開催されている
全国10箇所で木根のトーク・ライブ付きで映画を上映するというものである
11/21にはドラマCD「ユンカース・カム・ヒア」
11/1には木根の5thシングル「橋はどこにあるの」
12/1には木根ソロ初のフルアルバム「liquid sun」がリリースされており、
事実上これらの販促イベントだったのだろう


しかしその成績を見るに、
「橋はどこにあるの」は61位、6千枚、
「liquid sun」は33位、2.2万枚だった
「橋はどこにあるの」は言うに及ばず、
「liquid sun」も「終了」前の2枚のミニアルバムの半分以下の売上である
なお翌年2月、「それでもいいと思ってた」「liquid sun」からリカットされたが、
これは100位にも入っていない


「liquid sun」には「ホントの君 ウソの君」も収録されていたのだが、
「ホントの君 ウソの君」購入者の半分程度しか購入しなかった
ユンカース絡み(つまりTMN絡み)の作品には付いて来た者の半分程度しか、
木根のアルバムに手を出さなかったことになる
TMN色を薄めた途端CDの売上が激減するというのは、
悲しいことながら現実といわざるをえない


1993年秋以来長く途絶えていたソロツアーは、
1996/1/26~2/16に「Tour liquid sun」として再開された
全国8箇所のツアーだった
これが通常形式のライブとしては最後のものになり、
同年開催の「Talk & Live」以後の木根のツアータイトルは、
「Talk & Live」に「vol.○○」と数字を重ねて行くようになる
(現在2008年のvol.11まで。他に番外編などもあり)


木根の場合、もともとトークコーナーも好評だったためだろうが、
音楽演奏のみでの集客は難しいということもあったのだろう
すでに「Tour liquid sun」の時点で、30分近いトークが入っていたらしい
(ウツから長すぎるとつっこまれている)


ともかく木根のソロ活動があまり思わしくないことは明らかだった
「liquid sun」のチャート30位台は、
すでに音楽番組などのメディア露出がかなり厳しい水準だが、
このままでは50位以下、あるいは100位以下という水準も、
それほど遠いことではないと認識されただろう
1996年、木根は生き残りを賭けて様々な活動に手を出し、
その一つとして小室への接近が選択肢に上がってくることになる


ついで、ウツについても見てみよう
ウツの場合、ソロ活動の開始は木根よりも遅れた
実質的な「終了」後の活動は、
1995/5/21リリースの4thシングル「Jump」である
実に「終了」ライブから1年を経ての活動再開だった
個人事務所M.O.Gの立ち上げが「終了」前後だったため、
その後の活動につなげる体制作りが遅れたこともあるのかもしれない


事務所名M.O.Gは、ウツの飼い猫モグから取ったものだろう
ウツが「TMN 4001 Days Groove」の中心となった石坂健一郎・立岡正樹とともに立ち上げた事務所である
立岡は初期TMのマネージャーである上に、
TM NETWORK結成以前には、
ウツとサウスウェルというバンドで活動していた過去もあり、
気心が知れた仲だっただろう


なおウツの現在の事務所はM-tresで、
ある時点でM.O.Gが改名したものと思うが、
いつのことかはよく分からない
(1995年2月にはM-tresになっていることが確認できる)


ウツは「終了」前にはT.UTU with The Band名義で活動していたが、
「終了」後1995年にはBOYO-BOZOの名義で活動する
The Bandメンバーの石井妥師とウツのユニットである
ただしBOYO-BOZO名義は、
すでにT.UTU2ndアルバム「Water Dance」で、
作曲者名として用いられていた


石井はThe Bandの中でもウツと気が合ったという
1993年5月頃には、2人だけで実験的に曲作りをしていた時期もあった
この頃はT.UTU with The Bandを続けるか未決定だったが、
それでも石井が付いてくることは決まっていたようである
葛城・山田・土橋・是永らと異なり、新人ミュージシャンということで、
ウツ主導で組みやすいこともあったのだろう


ただし、1994/7にEPIC/SONYで行なわれたウツの最初の会議では、
ウツはユニットではなくソロ名義で活動を再開する予定だった
さらに注目されるのは、デビューアルバムに小室が数曲提供する計画があったことで、
小室も「作詞も含めて是非やりたい」と発言していた
ただ全曲を小室に依頼するという形は想定しておらず、
1994年の間は国内外の作曲家に楽曲提供を依頼していた
その一方でウツと石井も共同で5曲を制作しており、その評判も良かったと言う
おそらくこの時点では、ウツソロ再開のアルバムは、
小室の楽曲、ウツ+石井の楽曲、その他の楽曲によって構成される予定だったのだろう


しかし結果として、1995年に発表されたのは、
ウツ+石井のBOYO-BOZO名義の楽曲のみで構成されたミニアルバムとなった
6/21リリースの「Acrobat」である
収録曲は6曲で、用意していた5曲に1曲加えたものだろうか
当初の予定では11月に楽曲を決定し、年内にレコーディングを行なうはずだったが、
実際にレコーディングが始まったのは1月のことである


プロデューサーにはT.UTU時代の編曲にたずさわった西平彰が登用された
作詞はすべて森雪之丞だが、これは西平による起用で、
ウツはこの時点で森に会ったことがなかったという
森は後に2005年、U_WAVEに参加している
また「Gamble★Jungle」「Dreams Must Go On」では、
松本孝弘がギターを担当している


楽曲は陽気で明るい雰囲気を漂わせているが、
2人の風貌も楽曲に合わせ、
Tシャツ・ジーンズとキャップというアメリカ風ストリートキッズスタイルである
能天気な明るさを出すことが一つの目標だったという
気取ったTMNのスタイルとは明らかに異なる方向性である


おそらくウツはTMNの次の活動を始めるに当たり、
意識的にTMNと異なるものを出そうと考えたのだろう
T.UTU with The Bandでも、
特に前期はオールドロックの音でTMNとの差別化を図ったが、
BOYO-BOZOもやはりTMNとは異なるウツの魅力を引き出すことが、
一つの命題としてあったものと思う
木根のソロ活動再開と比べれば、対照的なスタートを切ったと言える


特に全楽曲の作曲者を自ら参加するBOYO-BOZOの名義としたのは、
ウツが自ら楽曲制作に関わることを示そうとしたものだろう
小室の楽曲提供がなくなったのも、おそらくその結果である


ツアー「BOYO-BOZO Alive」でもドラムはあえてなくし(パーカッションは1人あり)、
T.UTU時代の曲を大幅にアレンジして披露するなど、実験的な要素を盛り込んだ
ライブ中盤ではファンをステージに上げてトークを行ない、
石井のホウキでのエアベースをバックにアカペラで歌うなど、
かなりラフな雰囲気を作っていた


ボーカルウツ(左)とホウキ石井(右)とコーラス(後ろ)とファン(その他)



ただBOYO-BOZO名義のCDはシングル2枚とミニアルバム1枚で、
フルアルバムをリリースした木根と比べ小規模である
ツアーについても、1994年のT.UTU「Live Water Dance」が3ヶ月29公演だったのに対し、
「BOYO-BOZO Alive」は1995/6/22~7/14の1ヶ月足らず、10公演に過ぎなかった
BOYO-BOZOとしての活動は一種の挑戦だっただけに、
様子見の意味も込めて、活動をあえて小規模にしたのかもしれない


具体的な成績は、T.UTU時代よりも落ち込んでいる
5/21シングル「Jump」は39位、6.2万枚、
6/21ミニアルバム「Acrobat」は13位、7.5万枚、
10/21リカットシングル「Bang! Bang! Bang!」は41位、1.2万枚である
これと比較するために最後のT.UTU作品を見れば、
シングル「Angel」が20位、7.2万枚、
アルバム「Water Dance」が1位、11.9万枚だった


ミニアルバムはフルアルバムよりセールスが落ちることが多く、
「Water Dance」「Acrobat」の比較は慎重であるべきだろう
シングルで比較する限り、
それほど大規模なファンの離脱はなかったようにも見える
しかしCD業界全体の数字の上昇もあり、
ランキング面ではかなり深刻な落ち込みとなった


特に「終了」前では木根の数倍のセールスを実現していたウツが、
シングルに関しては初動順位・売上で木根を下回ったことは、
スタッフにとって大きな衝撃だっただろう
木根の「ホントの君 ウソの君」は25位・2.3万枚の成績だが、
BOYO-BOZOの「Jump」は39位・1.7万枚である


最終的なセールスはウツが上回ったものの、
TMN時代の遺産を積極的に利用した木根と比べて、
そのイメージを払拭し前進しようとしたウツは、
おそらく旧TMNファンの失望を買った(上に新規ファンがあまりつかなかった)
「BOYO-BOZO Alive」終了後、半年以上まともな活動がなかったことは、
この事態を受けて新たな対応を模索していたためだろう


実際にファンの間では、この時期のウツはすこぶる評判が悪い
その容貌に衝撃を受けた女性ファンが多かったようである
ただその評価が楽曲に基づいているかと言うと、
必ずしもそうとはいえないように感じるが、
その点はアイドル的なファンを多く抱えていたウツの弱点だったともいえよう


ウツは11月のファンクラブ会報で、翌年はソロ名義で活動すること、
自らはシンガーに徹し、楽曲は作曲家陣に委ねることを宣言した
これはBOYO-BOZOの活動を継続しないことの宣言でもある
12/24合歓で開催された「Magnetica X'mas Camp」では、
BOYO-BOZOで黄色くしていたウツの髪が黒くなっており、昔のイメージに戻っている
なおこのイベントでは、TMNの「Dreams of Christmas」が演奏された


「Magnetica X'mas Camp」は石井無しで、
ウツと葛城哲哉・菊地圭介の3人で行なわれた
葛城が翌年の「easy attraction」で楽曲提供・ギターで参加し、
菊地が「Tour easy attraction」にキーボードで参加していることを考えると、
このイベントは翌年に向けての布石としての意味も持つものだったと考えられる
そしてそれが石井抜きで行なわれることも、事実上ここで示されたことになる
(1995/7/17・18ハワイ開催のファンイベントでは石井も出演)


なお1994年にTKプロデュースでデビューした大谷健吾が、
1996/3/25にリリースしたアルバム「baby, do not cry」には、
BOYO-BOZO作曲の「君のせいじゃない、僕のせいじゃない」が収録されている
大谷は1995/7のハワイイベントでBOYO-BOZOに同行しており、縁があったらしい
だが大谷のアルバムリリースの頃にはBOYO-BOZOは完全に消滅しており、
石井は以後ウツと音信不通になったという


石井は木根の「liquid sun」でも、
楽曲の半分近くの編曲を担当しているが、
BOYO-BOZOにしろ木根ソロにしろ、さしたる成果にはならなかった
渡辺美里などSONY系ミュージシャンへの楽曲提供は以後も継続したが、
ウツとの関係が復活するのは、2001年のことである


以上、2章を通じてTMN「終了」後の小室・木根・ウツを見てきた
時代の寵児小室と、時代に乗り遅れたウツ・木根という対比は、
安易で一般的なイメージではあるものの、
やはり否定できない現実だと思う
一言で言えば、TMN「終了」がもたらしたものは3人の格差だった


1996年、3人はTMN再結成を見据えて接近を始めるが、
それはこの格差を前提としており、
音楽仲間にサポートされつつ友人関係に基づいて活動した「終了」前とは、
自ずと異なる歪んだものにならざるを得ないだろう
ただそれは彼ら個人間の問題というよりも、
彼らを取り巻く新たな人脈(特に小室だろうが)が大きな要因になったと思う


ともかく1992年以来、多少の揺り戻しはありながら、
大勢としては離れて行く方向を進んでいた3人だったが、
その距離は1995年に最大値となり、翌年から再び縮まっていく
そこでTMN解体の過程を見る第5章は、
1995年を以って一端締めることにしたいと思う

(2012/9/7執筆、2016/4/25加筆)

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この記事へのコメント

kuri566
2012年09月10日 01:08
ウツとキネさんの再始動ってホント、のんびりだったというか。TKが話題かっさらっていってしまったもんだから、あまり気にならないぐらい当時、音楽シーンからフェイドアウトしていた時期がありましたよね。でも、東京ドームの開催を請け負ったスタッフに、「ドームの演出に費用がかさんでも、ウツとキネの再スタートにお金が回るように工面して、利益が出るようにプランしてほしい」とTKが指示していたというエピソードがありますが、TKとしても二人のその後の活動に時間がかかることについては、お見通しというか、配慮していたんでしょうね。それだけに、二人はあまりガツガツとやらなくても準備をすすめられたんじゃないでしょうか。

さて、DVD&ブルーレイ発売まであと2日。指折り数えて待つ感覚。久しぶり~。待てなくて、youtubeに先行公開されている3曲(フェイスブックにリンクあり)を視聴していますが、ゲワイもI AMもセブンデイズも、WOWOWの中継よりカット割りがめっちゃカッコよくなっています!!わあ、ますます発売日が恋しい~。画質も動画サイトとは思えないクオリティ。このカット割のかっこよさは、ラスグル東京ドームのレベルにあって、TMファンではないヒトにも勧めたくなります!
FANKS潜伏中
2012年09月13日 19:48
青い惑星の愚か者さん

ウツさん&キネさんの記事も書いて下さり有難うございます。
御二人のソロ活動スタート時の様子が分かり、とても嬉しいです♪

TKとの格差が広がり『御二人は、心中穏やかでは居られなかっただろう…』とは思っては居ました。

やはり三人組は、対等な関係で居るのが一番ですね
今の三人組は、常に笑顔が溢れていて、とても良い状態のように思えてしまいます^^

映画館に行けない留守番組の私は、今だにBDかDVDかで迷っています…

どなたか、ご覧になられたご感想をお願いします(汗)

青い惑星の愚か者
2012年09月17日 03:29
>kuri566さん
DVD/BDの話は新記事に書きましたので、そちらで
映像・構成も良かったと思います
avexがちゃんとした映像スタッフを回してくれたんでしょうかね

確かにTKの未曾有の活躍で、ウツ木根がかすんでしまった感は否めませんでしたね
しかしマスコミとかでそこらへんを揶揄されるとむかつきましたが(笑

終了ライブの利益配分は、小室さんのドキュメンタリーで美談にされていますが、小室さんがタイムマシンに負債を作ったまま事務所を離れたという事情もありましたから、多分その時のケリを付けるという意味もあったんじゃないかと思っています

>FANKS潜伏中さん
バンドは格差が広がるとおかしくなるものですが、小室さんが飛び抜けて栄達→悪夢の水準まで転落となって、今はちょうど良いくらいになっているんでしょうかね
ライブシネマでも感じましたが、小室さん、演奏中にところどころ笑みを浮かべていました
久しぶりに大舞台でTMをやれて、うれしかったんじゃないかなあと思っています
まっきー
2013年05月09日 15:11
こんなに沢山の記事を本当にありがとうございます。私はウツファンですが、客観的に言って小室さんの才能とアグレッシブさは抜きん出ていた事は否めません。正直、小室さんのミーハーな面とか、ドロドロ恋愛関係とかで私は長い間あまりよい印象を持っていませんでしたが、こうやって振り返ると、優れた音楽家であり芸術家肌の人だったんだなと改めて思います。彼が手がけた多くの歌手たちを、小室マジックで空高く羽ばたかせ、輝かせる事ができたのですから。
青い惑星の愚か者
2013年05月14日 02:15
プロデューサー時代の小室さんには、やっかみも含めて否定的な見解が多く、私も当時さほど興味はなかったのですが、やはり偉業を成し遂げた人とは思いますし、(成功しなかったものも含めて)常に音楽的実験を試みたのは、芸術家であり続けたということであって、職人的作家にならなかったということだろうと思います

実は私、BOYO-BOZOは曲自体は悪くなかったと思うんです(むしろWater Danceやeasy attractionより可能性を感じました)
ウツの失敗はむしろその売り出し方であり、売り出すタイミングだったんだろうと思っています
派手に見せる、あるいは目立たせるということに注意していたのが小室さんの特徴で、それが希薄だったことがウツと木根さんの商業的失敗の一因だったんだろうなあと
まっきー
2013年05月14日 20:04
お返事ありがとうございます。
そうですね、小室さんについては、マスコミの報道のせいで、私の見る目にもバイアスがかかっていたかもしれません。何を隠そう私はTKファミリーのCDを数多く持ってまして(今も机の上にある)
でもこれはディープなファンだったわけでは無く、その時の流行だったのでついつい買ってしまったものです。

やっぱり元々ウツと木根さんだけじゃ、トップスターにはなれない人達だったかなと思います(あの2人の雰囲気では...)
そういう意味では、小室さんが音楽面以外でも、活動全般で常に引っ張ってTMは成り立ってるのでしょうね。ウツはビジュアル面で非常に目立っていたから、それを生かして終了後、我慢して俳優の仕事を再開すればよかったのでは?とも思います。(でも最初にやった仕事が嫌すぎたのかもしれませんが)
木根さんは一番話しやすい感じがする人だし、ウツはしゃべると何か不器用ささえ感じてしまうけど、その一方で歌うと大変華麗なのが魅力です。3人が若い頃であって、ゼロから築き上げたTMをこれからも大切にしてほしいです。
青い惑星の愚か者
2013年05月17日 02:38
こう言ってはなんですが、ウツと木根さんでは、SPEEDWAYで2年で契約打ち切りでしたからね…
しかし小室さんは(歌おうとはするんだけど)一流のボーカリストにはなれないという弱点があるので、どうしても他に見栄えのするボーカリストが必要なんですよね
プロデューサー期には女性ボーカルに歌わせるという方法を取りますが、やっぱり小室さんと対等に話せる木根さんみたいな人がいないと暴走しちゃうし、結局一番安定していたのがTMの3人だったのかなあと思います
クララ
2015年06月07日 23:39
よくウツさんが木根さんのことを「腹黒い」って一言ですっぱり表現してるんです。親友なのにこの表現はなんだろうと思ってたんですが、なんか段々わかってきました(笑)。
青い惑星の愚か者
2015年06月12日 04:56
木根さんは僕らの見えないところで色々とやっているんでしょうね
そこらへんを努力というか腹黒いというかは人それぞれで(笑

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