7-46 2008~09年の木根ソロ + 第七部完

「How Do You Crash It? one」のアフターパンフレットの発売が、11/27に迫ってきました。
この前後の11/26・27には、小室さんのソロライブ「Tetsuya Komuro Rebooting 1.0」が4公演開催されます(私は26日の夜公演に参加してきます)。
なお「Rebooting 1.0」の最終公演は、e+の配信サービスStreaming+で配信されます(12/4まで)。
さらに「Tetsuya Komuro Studio」会員限定ですが、小室さんのソロアルバム「Jazzy Token」も同じ頃にリリースされる見込みです(「22日の週」=11/22~28)。


11/27は小室さんの誕生日に当たりますが、この辺りにいろんなものが固められてきた印象です。
おそらくTMの配信ライブ第2段「How Do You Crash It? two」の告知も、この頃に行なわれるのでしょう。
なお11/26の「Tetsuya Komuro Studio」は20時過ぎまで「Rebooting 1.0」があり、普段通りの21時からの放送は難しいということで、23時か23時半頃から誕生日の0時に向けて、カウントダウン配信を行なうことにするそうです。


TM関係のイベントとしては、12/14の「年忘れ!! 歌酔曲vsフォーク 2021」も控えています。
チケットの一般発売は11/27です(ウツFC会員先行予約受付はすでに完了、ぴあ・e+では11/17まで一般先行受付中)。


「ベスト・ライブ・パフォーマンス」投票の締切も、11/30に迫ってきました。
もしかしたら投票結果発表および新商品情報は、「How Do You Crash It? two」配信に合わせて発表され、発売日は「How Do You Crash It? three」の配信日近くに設定されるのかもしれません。


私は前回のブログ更新後、10/31にウツの「U Mix」のZepp Namba公演に行ってきました。
やはりヴァイオリンの音は、ニコ生でパソコンを通じて見るよりも、現場で聞いた方が良いなと感じました。
このツアーはまだ開催中なので、最終公演が終わった段階でまた言及しようと思います。
なおファイナルの11/20・21のZepp Tokyo公演は、ニコ生で配信が行なわれます


木根さんは、11/5にbayfm78の「KISS & SMILE」のDJを務めました。
こちらは森口博子さんが普段はDJを務めているのですが、急用により代役を務めることになったものです。
また11/7には、FM大阪の「あわじ感動!音楽島」に出演しました。
こちらでは小室さんも電話で少しだけ登場しました。
11/20にはTBSラジオの「ナイツのちゃきちゃき大放送」の「TOKYOよもやま話」のコーナに出演する予定です。


小室さんは11/12に.muraのサイトで「Hills Roppongi」という楽曲のNFTデータを「#1」から「#5」まで売りに出しました。
楽曲に映像イメージを付けたもので、曲は「#4」「#5」が先日の「Innovation World Festa 2021」で即興制作されたもの、その他はスタジオで作ったものとのことです。
「Hills Roppongi」という曲名は、同イベントの会場である六本木ヒルズアリーナに因んでいます)
販売はオークション形式で、11/28まで入札可能です。


今回のNFTデータ販売は、リスナーが購入することを想定したものではなく、youtubeなどで公開し収益化する権利を認めるもののようです。
(正直よく分かっていないのですが)
新たな形での音楽ビジネスというところでしょうが、うまくいくのでしょうか。
私としては、最終的に普通に聞けるようになれば、特に思うところはないです。


11/12には小室さんが「地球OS書き換えプロジェクト2021」のトークセッションに参加しました。
このイベント、去年も参加していましたね。


小室さんのファンコミュニティ「Tetsuya Komuro Studio」では、10/29・11/5・12に配信が行なわれました。
10/29は浅倉さんがゲストで、約3年ぶりのPANDORAでの出演となりました。
番組内では2人で「Be The One」の演奏が行なわれました。
最後は「Open Your Heart」(または「Opera Night」)を演奏しました。


11/5にはチャンネル内で、TM3人でのゲリララジオを配信する計画が明かされました。
配信は「1ヶ月以内」を考えているとのことなので、11月末から12月初頭に行なわれるのでしょう。
「How Do You Crash It? two」に先立って行なうという感じでしょうか。
ただ視聴はゴールド会員(会費3ヶ月9000円)の限定となるようです。
番組の最後には、「Love Train」を演奏しました。


11/12には「Jazzy Token」の宣伝も行なわれました。
faniconのアカウントの中で「Starting Over」として公開されていた楽曲が「traffic jam」というタイトルで収録されるとのことです。


さて、いよいよ本題に入るところですが、今回で長かった第7部は終わりになります。
これまで第1~6部では、各記事を最後まで書いた後に、一回を使ってまとめを書くことにしていました。
第7部の記事は今回で最後となるので、本来は次回で第7部のまとめを行なうことになります。


ところが10月に、TM NETWORKが復活しました。
現在皆さんの関心はこちらに向けられていると思われ、第7部がどうとか言っている場合じゃなくなっているのですが、かといってあと少しで終わる第7部を中断するのも、なんとも中途半端です。


そこで本ブログでは近況の整理とともに、第7部を急いで年内に終わらせる方針を取ることにしましたが、今回の更新後は年末までTM関連のイベントが目白押しになります。
多分タイミングから見て、年明けまでは通常記事を書く余裕がありません。
もしも来年になって第7部のまとめを書いても、もう印象が薄すぎて、何言ってんの?て感じになりそうな雰囲気が満ち満ちています。
そこで、幸い今回の第7部最後の記事は普段より分量が少ないこともあり、この際第7部のまとめも一緒に書いてしまおうと考えました。


ただ本ブログでは、冒頭の近況整理と、過去の歴史を整理した本編では、文体を変えてあります。
そしてこれまで第1~6部のまとめは、近況整理の文体で書いてきました。
本来ならば近況→第7部最後の記事→第7部まとめと書くのが筋なのですが、この順番で書くと文体が何度も変わってすわりが悪くなります。
そこで変則的ではありますが、今回は近況→まとめ→第7部記事の順番で書くことにします。


ではまず、第7部まとめから入りますね。

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本ブログ第7部は、2001~09年の足かけ9年間という、これまででもっとも長い期間を扱うセクションとなりました。
全46章というのも、これまでで最多です(今までは第4部の37章が最多)。
おまけに執筆ペースも遅かったため、2018/3/4から書き始めて、実に3年8ヶ月以上の執筆期間となりました。
あらゆる意味で、これまで書いてきたどのセクションよりも長くなったということができます。


そういえば第7部は、本来は2018年1月から始めるつもりだったのが、小室さんの引退宣言という大事件があったため、少し遅らせて始めました。
いわば現実が最悪な中で、過去の最悪な時期の記事を書き始めたわけで、そういう意味でもなかなかヘビーでした。
しかしちんたら書いていた結果、最後はTMの復活という超吉報とともに終えられたわけで、人生そう捨てたもんじゃありませんね(?)。


第7部の期間に、TMの3人は吉本に移籍しました。
そして専属契約が解除された後も、TM作品は第7部を通じてよしもとR&Cからリリースされ続けました。
レコード会社について言えば、これまで扱った第6部までがSONY時代とすれば、第7部は吉本時代ということもできます。
(第6部で扱った2000年のTM作品はインディーズレーベルROJAMからリリースされましたが、この時期も3人の専属契約先はSONYです)


第7部で扱った時期の内で、実際にTMが動いていたのは2002年10~11月、2003年9月~2004年5月、2007年11月~2008年5月の18ヶ月(1年半)に過ぎず、他に活動に先立っての準備期間もあったものの、3人は大半の期間、TM以外の活動を行なっていました。
しかしそれぞれのソロ活動もTMの動向に影響したりするため、浅くではあっても一通りソロの動向に触れたり、活動に至る経緯を推測したりしていたところ、全体としてとっても冗長になってしまいました。


ただ、もしもTMの活動だけに絞って書くと、内容があまりにも断片的になってしまい、活動の流れが分からなくなってしまうため、結局この形しかなかったのかなとも思っています。
またこの時期はTMの歴史の中で、一般にもっとも関心が向けられていない時期で、ネット上でも通史的に整理したものが乏しいということもあり(現在公式で進行中の「ベスト・ライブ・パフォーマンス」投票でもほとんど除外されています)、ある意味で情報の整理がもっとも必要な時期だったともいえます。


しかしTMの活動の前後の動向を書く場合、どうしても触れなくてはならなかったのが、小室さんの借金問題や、逮捕・有罪判決の問題でした。
世間一般がこの時期のTMについて思い浮かべるのも、やはりこうしたネガティブな出来事であることは否定できません。
この点はブログでわざわざ触れるべきか、なかなか悩ましい問題ではありました。
しかし、特に2007年のTM再開や、25周年企画の中止については、この点に触れずに語ることは不可能でした。


以前も書いたと思うのですが、ここは小室哲哉応援サイトではなく、TM NETWORKの歴史をまとめるサイトです。
なので、この点での忖度は一切行ないませんでした。
第7部を書き終えるのは精神的にもなかなかつらかったですが、もしもこの続きを書くことがあったとしても、今回ほど悩むことはないと思います(今後さらに悩ましいことが起こらない限りは)。


さて、第7部のTMの活動の核は、2004年の20周年の活動と、2007-08年に25周年に向けて行なった活動でした。
作品としては、前者は「Easy Listening」、後者は「SPEEDWAY」に成果がまとめられています。


TMの歴史において両作品の評価は概して低く、2020年に行なわれた人気投票でも、「Easy Listening」からは64位に「Screen of Life」、70位に「君がいる朝」、99位に「Castle in the Clouds」「SPEEDWAY」からは100位に「Action」が入りましたが、概して低い順位に留まっています。
(他に原曲が2004年に発表された「Green Days 2013」が52位)
同じ再始動後の作品でも、6位の「I am」や30位の「MESSaGE」と比べると、第7部の時期の作品は概して人気がないと言えそうです。
この投票結果を踏まえて発売されたベスト盤「Gift from FANKS」では70位以上の楽曲が収録されたため、「SPEEDWAY」の楽曲は1曲も収録されないという、ベスト盤としては非常に偏った結果になりました。
今後も楽曲の人気だけで彼らの歴史を作り上げてしまえば、2007~08年の活動は言及する必要もないということになりかねませんし、実際に目下の「ベスト・ライブ・パフォーマンス」投票では、それに近い状況になっています。


しかし2010年代の活動の始まりとなった「Incubation Period」や、2020年代の活動の始まりとなった「How Do You Crash It? one」で、ともに「Action」が演奏されました。
この時期の作品は彼らの長い活動の中で扱いが大きいとは言えなくても、メンバーによって歴史の一部としてたしかに位置付けられていることが分かります。
そのことを踏まえれば、これらの楽曲を不人気というだけで抹殺する「歴史修正主義」に従うことはできません。


「Action」が活動の狼煙の場面で演奏されてきたのは、これからの活動をファンに伝えたい(「Gonna let you know my action」)という、この曲のテーマが関わっています。
小室さんのこの時期の歌詞では、しばしば赤裸々な気持ちがつづられており、中には口下手なトークよりも鮮烈に伝わるものもあります。


こうした魂の歌詞の始まりとなったのは、2004年の「Screen of Life」でした。
その歌詞は、様々な事業や音楽活動の失敗で絶望しスランプになっていた中で、改めて再起を誓った時に作られたものでした。
いわば小室さんが2000年代の絶望的な境遇によって追い詰められる中で、自らの思いをこれ以上ないほど率直に絞り出したものでした。
これに対する好き嫌いはあると思いますが、TMにおける小室詞の歴史の中で大きな転機がこの時期だったことは確かです。


この時期の小室さんの歌詞が良質であるとは私も思いませんが、それは未整形の生の言葉をそのまま作品にしたことの必然的な結果でもあります。
美しくはなくても作りものではない言葉が、そこにはあります。
特に「SPEEDWAY」の楽曲の歌詞からは、いわば作品に魂をそのままぶつけたような、そんな印象を受けています。
おそらくその系譜上に作られたのが、2010年代の「I am」「Loud」であり、2020年代の「How Crash?」です。
今のTM曲を歌詞の面から語る上で、2000年代は欠かすことはできません。


一方で楽曲について、小室さんが常に迷い続けていた感は否めません。
これまで調子のよい時の小室さんは、目指す音の方向をはっきりと示した上でアルバムを仕上げてきました。
しかし80年代ポップスを方針として打ち出した2002年の「Castle in the Clouds」は満足な成果が出せなかった後、2003年に出してきたのはトランスでした。


小室さんはトランスを2001年以来globeで試みており、しかもそれは2003年に失敗という結果に終わりました。
おそらくトランスを出してきたのは、そこに何か確信があったからではなく、当時それしか出せなかったためと思われます。
その証拠に、小室さんはTMの20周年が終わるとともに、明確にトランスから離れていきました。


そして2007年の小室さんは、「SPEEDWAY」でTM以前のSPEEDWAY時代に戻るというコンセプトを出してきます。
ただこの時の音はシンプルなものになりましたが、それはSPEEDWAY風の楽曲だったわけではなく、SPEEDWAYの名前はどちらかというと制作に当っての精神的な拠り所というべきものでした。
同時期に行なわれたライブ「TM NETWORK -REMASTER-」でも、原曲通りに演奏することが宣言され、特に目指す音が示されたわけではありませんでした。
2009年の25周年企画で何か出される予定だったのかもしれませんが、少なくとも2008年まで小室さんは、次の音が明確に見えていなかったのだろうと思います。


おそらくそのためもあって、「SPEEDWAY」では全体の半分を木根さんが作曲するという、TM史上他に例を見ない構成となりました。
安定して良質なポップスを作り続けてきた木根さんの力が頼りにされた作品でした。
これは木根さんの楽曲がほとんど収録されなかった2014年の「Quit30」と対照的です。


こうした状況は、小室さんが金銭的に追い詰められていたことと無縁ではないと思われます。
仕事とプライベートは別とは言いますが、結局借金問題が解決しない限り、小室さんがTMを含む音楽活動に専念することは、かなり無理がありました。


こうした中でウツと木根さんは、2005年に「Spin Off from TM」を開催し、「TMのブランド」なる概念を持ち出しました。
これは今となってみると、ファンの反応を見る観測気球的なものだったのかもしれないと思いますが、小室さんを除いた不自然なライブ活動を正当化するために、TMのブランドを守るという大義名分を掲げたわけです。


この頃は小室さんが動けるまで待ち続けることで、TMのブランドが廃れてしまいかねないという危惧がありました。
要するに小室さんがもうTMとして動けないかもしれないという判断が、ウツと木根さんの間にはありました。
この時点では、TMの活動が2004年を以て事実上凍結され、TMの名前は3人のトライアングルから独立して動かされることになる可能性すらあっただろうと、私は思っています。


しかしそうした中で2007年には、TMが慎重な準備の下で活動を再開しました。
この時にゴールとされた2009年のTM25周年企画は、小室さんの逮捕によって立ち消えになりましたが、今にして思うと、TMが続いているという形式を逮捕直前に提示できたことは一定の意味があり、この時期の活動が根拠となって、TMが一応「現役のユニット」として2010年代に引き継がれたという側面もあったように思います。
ならば、2012年から始まるTM30周年の素晴らしい活動の前提として、2000年代の活動も意味を持っていたということになります。


さて、これまで私は、各セクション最後のまとめでは、その時期の好きな曲をSクラスとAクラスに分けて挙げてきました。
私もさすがにこの時期にTMを代表する一級の作品が作られたとはなかなか言いづらく、Sクラスに該当する曲はありません。
Aクラスとしては、「Screen of Life」「Action」を挙げておきます。


今回で第7部を終えた後のこのブログについてですが、しばらくはTM本体の活動を追いつつ、時間を見つけて過去記事の手直しをまたやろうと思っています。
先に第6部が終わった後も、2年ほどかけて同じようなことをやりましたが、それはTM 30thの活動で様々な新情報が出たため、その情報を過去記事に加筆するためでした。
それに対して今回することは、内容面での加筆ではなく(それも適宜しますが主眼はそこではなく)、形式面の修正です。


というのも、本ブログではかつて、あえて文末の「。」を付けず、こまめに改行をする形で文章を書いていました。
これはもともと、文章から「硬さ」を取ってカジュアルな雰囲気にするためのものでした。
しかし時がたつにつれ(なんと15年前から書いています)当初考えていたものよりも一記事が長くなってしまい、この形式だと読みづらくなってしまいました。
そこで第7部の途中から、「。」を入れて文中改行を入れない(つまり普通の)文体に変えることにしました。


もう1年以上今の文体を続けていますが、今のところ、これに違和感を表明する声は聞きませんので、過去の記事もこの文体に統一していこうと思います。
まずは第7部の前半(旧文体で書かれた部分)を全部終わらせ、その後は最初から直していくつもりです。
その間は、適宜近況報告の形で、ブログを更新していくことになると思います。


その後に第8部を書くかどうかは、これまで私は未定であると言ってきました。
それは各セクションの期間が定まらないと、セクション全体の叙述方針が決まらないという問題があったからです。
もしも今第8部を書くならば、第7部が2009年までを扱ったので、2010年以後となります。
その中心は間違いなく2012-15年のTM NETWORK 30thの活動となりますが、その終期については、これまで先延ばしにしてきました。
理屈から言えば、その次の活動が始まった時を基準とし、そこに至る動向が現れる時を未来の第9部の初めとした上で、その前を第8部の終わりとすることになりますが、第9部に相当する活動が始まらないと、これらを決定することができませんでした。


ところがこのたび、このタイミングでTMが復活してしまいました!
いや、嬉しいんですけど、じゃあ「歴史」となった第8部をどう書くか…という話になりますよね。


一つの考えとして、2012年以後の活動については、このブログで近況報告の形でかなり詳しく触れているので、それを見て勘弁してください、というのもありだとは思います。
実際に第8部をまとめる意義は、第7部ほど高くはないというのが、正直な気持ちです。
もちろん改めてまとめた方が一貫性はあるとも思うのですが。


ということで、この問題はさらに先送りして、過去記事を修正している間に考えようと思います。
もしかしてプライベートが忙しくなって、第8部は定年後に、ということもあるかもしれませんし。


問題の第8部の終わりについては、とりあえずTM30th最後の活動となった2015/4/17の「TM NETWORKのオールナイトニッポン」の放送および4/22の「Just Like Paradise 2015」配信までは、第8部に含めることに異論はないでしょう。
商品についていえば、2015/11/25のBlu-ray「30th Final」や、2016/3/23のBlu-ray BOX「TM NETWORK 2012-2015」リリースまで含めても良いかもしれません。


もう一つの重要な事件として、2018年1月の小室哲哉引退宣言もあります。
小室さんの去就を問題にする場合、引退前最後の作品となった8月の「SUNNY」サウンドトラックで区切っても良いかもしれません。
ただ引退というネガティブな事件でセクションを切るよりは、今のTMにつながる動向が始まる時点で区切る方が、より積極的な意味づけができそうです。


TM再起動の前提となったのは小室さんの復帰ですが、表に出てきたところでは、2020年7月の乃木坂46への「Route 246」提供が、その始まりになります。
さらにその1ヶ月前の6月に、ラジオ番組「TOKYO SPEAKEASY」に出演したことを前史として挙げることも、異論はないと思います。


その前の2019年11月には、ウツが行なった全曲TMのツアー「Dragon The Carnival」を見て、小室さんが音楽活動を再開したい気持ちを語っています。
小室さんの心を動かしたものの一つにウツのライブ活動があったのならば、「Dragon The Carnival」の開催が告知された2019年6月から第9部とする余地もあります。
さらに「Dragon The Carnival」の前年の2018年9~11月に、ウツが小室さんの楽曲を多く演奏した「Tour Thanatos」があり、これも前史として扱うこともできます。
ここまで遡ってしまえば、小室さんの引退以後全体を小室さん復活の過程として、全部第9部とすることもできそうです。


ただ2018年の引退は、2017年のスランプが背景にあり、その兆候は2016年終わりに制作を始めた「JOBS#1」から見えていました。
ならばTM30thが終わった2015年までと、スランプが始まった2016年以後で切るのも一つの案でしょう。
2016年8月にglobe 20th企画が終わり、KEIKOをステージに復活させるという目標が破れた頃から、小室さんが弱音を頻繁に吐くようになったことを考えれば、2016年8月で切るのが良いかもしれません。
同年3月には「TM NETWORK 2012-2015」がリリースされ、TM30th関連の商品が出尽くしたことも合わせて、区切りには良い時期です。


以上、自分の思考整理も兼ねて、2015年と2021年の間の画期となる時期を列挙して、区切りとすべき時期を考えてみました。
現時点では結論が出ているわけではないのですが、上記の文章を書きながら、なんとなく2016年8月が良いかなあ…という感じに、今はなっています。
もっとも、第8部を書くかどうかすら決まっていないわけなんですが、仮に書くとしてもまだ相当先のことなので、皆さまはしばらく現在のTMの活動を楽しんでいただければと思います。


第7部のまとめは以上になります。
それでは第7部最後の記事に入ります。


なお今回の記事には、以前の記事で書いた文章を移した部分があります(元記事からは削除済み)。
これについては読んでいただければわかるようにしてありますが、その文章について私の勘違いに気付き、今回の記事に入れる方が妥当であることが分かったからです。
この点、どうぞご了承ください。

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第7部の最後では、2008~09年の木根尚登の活動を追うことにしたい。
木根は2008年の春から秋を通して、長期のソロツアー「talk & live 番外編 vol.8」を開催した(5/3~9/21)。
5月中は「TM NETWORK play SPEEDWAY and TK Hits!!」と同時並行での開催だった。


さらに断続的にではあったが、木根はジャズ歌手神谷えりとのコラボライブを、この頃たびたび開催している。
その最初は2007年8月の「eri kamiya meets naoto kine talk like singing」である。
どういう経緯で始まった企画だったのかは不明だが、この時点で木根・神谷の共作「seven」「fly high」が披露されている(両曲はeri kamiya meets naoto kine名義で、2008/4/16シングルリリース)。
これ以後2人は2013年までコラボライブを開催した。
一方で2004年以来断続的に開催されていた森口博子とのコラボライブ「Voice Two Voice」は、2006年を最後に開催されなくなった。


木根は「talk & live 番外編 vol.8」と並行して、レコーディングも行なった。
6月中にはレコーディングが行なわれていたことが確認できる。
確証はないが、レコーディングの開始は、TMの「SPEEDWAY and TK Hits!!」が終わった5/25以後のことだろうか。
この結果出来上がったのが、ニューアルバム「New Town Street」だった。


「New Town Street」「Life」「道」に続いて、木根が大部分を作詞・作曲し、編曲を中村修司が行なった。
中村修司がアレンジに関わった三部作の最後でもある。
スタジオでは木根(ピアノ・ギター)や中村(ベース)以外に、ドラムの阿部薫やキーボードの佐藤真吾もレコーディングに参加した。
木根としては、バンドで作ったアルバムという印象だったらしい。
その点は中村と二人三脚状態で制作した前二作との相違点だった。


本作制作の前提としては、2007/10/10リリースの先行シングル「Knock Three Times」があった。
この曲はNHK「みんなのうた」のコンペに採用されたことを受けて、アルバム「道」に収録する予定を中止して、シングルとして別にリリースすることになった。
木根はその際に、新曲「色づく街に」をカップリングとしたが、そのレコーディングはバンドで行なった。
木根はそれに手ごたえを感じて、「New Town Street」でも同様の方針で行くことにしたのだという。


「New Town Street」は、日常で車で走ったり散歩したりしながら見たものをもとにした楽曲を収録した。
木根は、日常の断片みたいなアルバムになればいいと思って作ったという。
「New Town Street」というアルバムタイトルは、木根が日常的に見ている光景の象徴なのだろう。
おそらくこの「New Town」は、木根と縁の深い多摩ニュータウンをイメージしていると思われる。
タイトルを決める際には、住んでいた町の通りの名前から名付けたビリー・ジョエルのアルバム「52nd street」も念頭にあったという。


本作の収録曲で注目されるのは、「海の見える窓」である。
木根は6月のインタビューで、TMの「SPEEDWAY」のために作られた曲を次のソロアルバムに収録する予定であることを述べているが、それに当たるのがこの曲である。
つまり「海が見える窓」は、本来「SPEEDWAY」のために作られた曲だった。


木根はこの曲に自信があったものの、小室が曲を聞いても歌詞が見えなかったことで、アルバム収録は見送られた。
実際に「New Town Street」のブックレットには、木根による同曲の解説として以下のようにある(「7-41 25周年への道」haruさんコメント)。

このメロディーはもともとTMの為に書きました。ただ、その時はCDの発売そのものがなくなったので、僕から旅立たずにいました。今回自分のアルバムに収録するにあたり、サビをシンプルにしてみました。


木根によれば、「海の見える窓」はTMで不採択になった後、別の企画で使う予定だった。
しかしその後、この曲を使う企画がなくなったため、サビの部分だけ作り直してソロアルバムに収録することとなったのだという。


私は以前、この「企画」はTM NETWORKに関わるものではないかと推測したことがある。
だが木根の「震・電気じかけの予言者たち」の59ページに、2008/5/8に「当時やっていた(結果的には望む形で着地できなかった)ソロ・プロジェクトのミーティング」があったことが書かれていることに気が付いた。


おそらく「海の見える窓」に関わる「企画」と、5/8頃に動いていた「ソロ・プロジェクト」は、時期から見ても、また実現しなかったという結末から見ても、同じものと見て良いだろう。
ならば「海の見える窓」が使われる予定だった企画は、TMとは関係ないことになる。
以上について、ここで見解を修正しておきたい。


さて、「New Town Street」の制作は、おそらく9月の「talk & live 番外編 vol.8」終了後に佳境を迎え、2008/11/19にリリースされた。
これを受けて11/22からは、レコーディングメンバーを引き連れたライブ「talk & live vol.11 〜New Town Street〜」が4公演開催された。


さらに12/21~31には「talk & live 番外編 vol.9」を3公演開催している。
12/24のアミュー立川公演はクリスマスライブ、12/31のTOKYO FMホール公演は、年末カウントダウンライブだった。
アミュー立川は10代の時にも木根が使用した会場だったため、ライブではおんざろっく時代の楽曲「しぐれ坂」「自業自得」も披露された。


なお以前触れた通り、「talk & live vol.11」「talk & live 番外編 vol.9」では、逮捕された小室に向けて作った「春を待つ」がアンコールで披露された。
ただし「春を待つ」については、以前すでに触れたので、ここでは割愛する。


2009年前半は、本来TM NETWORK25周年企画が予定されていたが、小室事件後に急遽予定を組みなおしたものと見られ、1・2月に葛城哲哉との弾き語りジョイントライブ「KINE & KATSURAGI JOINT PARTY〜極上なキネカツ定食を召し上がれ!」、4・5月にはウツとのジョイントライブ「EXPO Folk Pavilion -Revival-」追加公演を開催した。
後者については以前触れたので、ここでは略す。


前者の「キネカツ定食」については、第1部で葛城ソロ、第2部で木根ソロ、第3部・アンコールで二人一緒の演奏が行なわれた。
セットリストは毎回同じではなかったようだが、TM曲からも「Time To Count Down」「大地の物語」「Still Love Her」「一途な恋」などが演奏されたらしい。
特に「Time To Count Down」「一途な恋」は、どんな風に演奏したのか気になるところである。
なお「キネカツ定食」は、2010/1/29にも再演されている。


2009/5/2からは、年末に開催した「talk & live 番外編 vol.9」を約4ヶ月ぶりに再開している(9/21まで)。
このツアーの1曲目は、2008/12/31のカウントダウンライブ以来、TMの「We Are Starting Over」だった。
これはファンへの感謝の気持ちを表すものであるとともに、サビの歌詞に「さあもう一度出会いなおそうはじめから」とあるように、いつかTMを再開できるはずとの思いも込めたものだった。

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ライブの様子


「talk & live 番外編 vol.9」の不規則なライブスケジュールは、いかにもTM25周年企画消滅後の調整の結果という印象を受ける。
その他、木根はこの年には、多くのライブにゲスト出演をしたり、コラボライブを開催している。
こうした活動は、もともとウツや小室と比べて多かったが、この年からさらに拡大の傾向を見せる。
木根の活動は単発のイベントが多くなってくるため、その全貌を追うのはこの頃からかなり困難になってくる。


なお「talk & live 番外編 vol.9」の吉祥寺Star Pine’s Cafe公演のライブ音源は、一部が「NAOTO KINE CONCERT 2009 Talk & Live 番外篇 Vol.9 @ KICHIJOUJI Star Pine's Cafe」として配信されている
全10曲で、TMの「We Are Starting Over」や、SPEEDWAYの「Captain America」「The Door」「Super Star, Good Morning」も含まれている。


2009/12/3~16と2010/2/3~14には、劇団IOHの舞台「天使の涙」に出演している。
以前触れた通り、木根は2005年にIOHの舞台「家族対抗歌合戦」に出演していたが、この時に4年ぶりに舞台に復帰した。
なおこれは木根の娘shao(木根沙織)の初舞台でもあった。


脚本の元になったのは、1997年発売の木根の同名小説だった。
この時のタイトルには「竜眼堂物語VOL.1」のサブタイトルがついていたから、好評ならばVOL.2以降も上演する計画があったのだろう。
木根はこの時、劇伴曲の制作にも携わった。
その楽曲はアルバム「天使の涙」として2009/12/16に配信され、2010/2/3にはCDとして通販限定発売されている。


その他、木根は執筆業も再開しようとした。
2008/7/1には、「LOST FOODS〜僕らの食べ物が危ない〜」を発売している。
これは小説ではなく、食料と農業の問題を扱った本である。
当時は木根がどこに行こうとしているのか強い疑問を覚えたが、幸いなことに、その後この方向の書籍を執筆することはなかった。


さらに2010年3月には、木根が雑誌「パンプキン」に8年ぶりの小説「天使が空に帰った日」の連載を始めた。
自分は内容を知らないが、タイトルを見るに「天使の涙」と関わるものだろうか。
おそらく2010年の間に連載を続けたものと思うが、単行本としてまとめられることはなかった。


概して言って、この時期の木根の執筆業は実を結ばなかった。
これ以後刊行される木根執筆の単行本は、TMのドキュメント「電気じかけの予言者たち」シリーズに限られることになる。


ただし出版物としては、2010/9/15に「木根本」も刊行されている。
木根のインタビューや写真なども収録するが、基本的には楽譜集である(94曲)。
ただし収録曲はソロ曲やTM曲・提供曲などの他、SPEEDWAY時代やそれ以前のアマチュア時代の楽曲も含まれており、特におんざろっくの「自業自得」やハンバーグ&カニクリームコロッケの「神社でB」「恋のながら族」などは、人によっては気になるかもしれない。
また各楽曲には木根のコメントも書いてあるので、その点でも情報源となり得る本である。


最後に触れておきたいのが、2009年の年末に行なわれたライブである。
12/26と12/27、木根は東京のサイエンスホールで「talk & live -Children-」を開催した。
ライブのサブタイトルは、「New Town Street」収録の「悲しみのチルドレン」に因むものだろうか。
両日は内容が異なり、初日はTM曲を中心とした弾き語りライブ、2日目は中村・阿部・佐藤との4人による木根ソロ曲のバンドライブ(テーマは「キネロック」)だった。


とりあえず初日公演の演奏曲を挙げると、「金曜日のライオン」「Fallin’ Angel」「Dragon The Festival」「Here, There & Everywhere」「一途な恋」「アクシデント」「Teenage」「Fool On The Planet」「君がいる朝」「月はピアノに誘われて」「Girl Friend」「Time Passed Me By」「1/2の助走」「Winter Comes Around」「Seven Days War」「Time Machine」「Still Love Her」の17曲で、木根ライブとは思えない曲数だった。


中盤・終盤は自分の曲を中心にセットリストを組んでいるが、序盤は小室の曲がむしろ中心である。
小室曲は、特に難しい曲をあえて選んでいるようにすら思える選曲である。


断片的な情報を見るに、「アクシデント」はスローバラード風に歌われた。
「Dragon The Festival」は観客と一緒に歌ったとのことである。
歌ってみると、罰ゲームのように長かったらしい。


特に「一途な恋」は、ウツが生で歌えないという理由でライブでの演奏がされてこなかった曲である。
木根も「難易度五つ星の「一途な恋」は歌えないことがわかった。一人で生では歌えない曲だ。宇都宮君の言っている事は嘘ではなかった」とした上で、「いつか3人で演奏できることを願った」と述べている。
なお先に述べたように、この曲は同年中に「キネカツ定食」で披露されている。
おそらくその時反応が良かったためこの時も演奏したのだろう。


200912/31から2010/1/1にかけては、渋谷Duo Music Exchangeで、前年同様にカウントダウンライブが行なわれた。
このライブはウェブラジオMUMIX Radioで生配信された。
実に2部構成、4時間近くの長丁場だった。


ライブには山本英美の他、Fence of Defenseから西村麻聡・山田亘が駆けつけた。
Fenceの2人は9~11月にウツの「SMALL NETWORK」でサポートを務めており、この頃TM周辺によく出入りした。


第1部はTM曲およびカバー曲だった。
1曲目は吉田拓郎「おやじの唄」だった。
これは12/25に木根の父がなくなったことを踏まえたものである。
木根は12/26・27にライブがあったため、12/28にお通夜、12/29に告別式を行なった。
26・27のライブは大変つらかったことだろう。


カバー曲としては「My Revolution」も演奏された。
木根としては難しい曲だったらしい。
またミュージカル「天使の涙」に提供した「天使の涙~蘇生~」も披露している。
TM曲としては12/26の演奏曲の中から、「一途な恋」「アクシデント」「Girl Friend」「Seven Days War」を演奏している。


年越しのカウントダウンの後は、Fenceの2人によって、「Sara」「頑張る人」「Red Line」「君にムチュムチュ」など、Fenceの曲が演奏された。
その後第2部では、ゲストとともに木根のソロ曲が演奏された。


以上が2009年年末の木根のライブの様子である。
木根がソロライブでSPEEDWAYやTMの曲を披露するのは珍しいことではないが、この時は特にTMを前面に出したライブが行なわれている。
これは2009年が本来TM25周年の年で、25周年企画も予定されていたことが前提にあるのだろう。
2008年末から2009年に開催された「EXPO Folk Pavilion -Revival-」と同様に、TMに期待していたファンに対してのお詫びないしプレゼントの意味もあったのだと思う。


折しもこの少し前には、ウツも「僕なりの25周年」と銘打って、全国ツアー「SMALL NETWORK」を開催し、TMの曲をファンに向けて演奏していた。
TM25周年が流れたことはファンにとって悲しい出来事だったが、それは当然TM3人にとっても同じことだった。
そうした中でウツと木根は、限られた条件の下でTM絡みのライブを企画し、未来のTM NETWORK再開を誓って2010年を迎えたのである。

木根本 TM NETWORK/NAOTO KINE 楽譜集 「番外編」 メロディー譜&ギター弾き語り - 木根 尚登
木根本 TM NETWORK/NAOTO KINE 楽譜集 「番外編」 メロディー譜&ギター弾き語り - 木根 尚登

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この記事へのコメント

よしお
2021年11月13日 22:43
先日の森口博子さんのラジオの代打、森口さんは武道館の松本隆50年ライブに出演だったからですね。木根さん、森口博子さんともかなり仲良しですねえ
やまびこ
2021年11月14日 06:35
更新を有難うございます。
この時期は、本当に「暗く長い洞窟」のような時期でした。20周年やSPEEDWAYの活動はあったものの、「もうこうしたことしか出来ないんだなぁ」というのが正直な感想でした。「SPIN OFF」や各種ソロも、TM NETWORKっぽさからはかけ離れたチープな印象が拭えず、「TMブランド」のようなものを体感することはもう無理なんだと思い知らされていた感じでもありました。それでも私が木根FCの会員を継続していたのは、「万が一」に備えての保険のようなものでした。

この時期、ご多分に漏れず、私もソロのライブに通っていました。ウツやキネのソロに来る人たちは、ある意味TMの「固定客」のようなもので、死ぬまでTMについていく人たちなんだろうと思います。まぁ、私もその中の一人なわけですが、、、この時期、木根さんはライブの後でよくCDの手売販売をしていました。会場でCDやグッズを買うと、ライブ後にサイン&握手会が行われ、私はほぼ毎回参加していました。木根さんと向き合うわずかな時間、私はいつも「TMを楽しみにしています」と伝えていました。今こうして記事を読むと、本人にとってはとても負担になることを言っていたのかなと思いました。

私も、この時期のことはとても重要で無視できないと思います。小室さんやメンバーにとって辛い時期だったかもしれませんが、我々重篤なFANKSにとってもかなり辛い時期でした。ただ、この時期を乗り越えたからこそ、Incubation Periodでの復活が最高に感動的なものだったように思います。今振り返ると、この時期はまさに、熟成の期間だったのかもしれません。

そして、この時期よりも活動が少なかった2015年以降、、、、、まさに、エンジンの回転がだんだんとゆっくりになっているような感じがします。
ジルラココ
2021年11月14日 10:52
第7部の脱稿、お疲れ様でした。
いつも楽しく拝見しています。
この時期に、全盛期のSランクの曲がないというのは、当然のことと思いますが、
Aランクの曲として「SCREEN OF LIFE」と「ACTION」を挙げられたのは、ぼくも全くの同感です。
こういう小室さんの感情の発露を否定する不安の方もいて当然だとは思います。
でも一方で、TMと同じく年を重ねたファンの心の支えになる、新しい歌詞だったとも思います。
一方のサウンドについて。
私は仕事柄10代の人と関わりが多いのですが、カーステでTMが流れているとき、この時期の曲の中では、シングル『NETWORK TM』と「ACTION」だけは評判がいいです。
2020年代にも通じる音なんじゃないかなと思います。
2021年11月15日 11:53
執筆15年ですか、気付けば私も07~08年あたりから拝読していてもう14年くらい!?
文字通り歴史書の編纂、大変かと思いますがいつも更新ありがとうございます!


ACTIONは今回また装いも新たに改めて始まりの曲となり、気に入っている曲です!

さてさて、ライブの投票まだしてないそろそろしますか汗
みーこ
2021年11月17日 14:38
第7部完了お疲れさまでした。
ファン歴が浅い身としましては、この時期の情報を取り上げいただいてとても有り難いです。この時期は情報が少ないし、私が知っているのはニュースやMEDIAの上っ面な情報だけなので、ここのような詳しい動向はホント貴重です。だからできれば30thまでやって頂けると大変嬉しいです。近況報告のところでも動向は把握できますが、青い惑星さんの鋭く分析された記事は読み物としても面白く、とても興味深いです。長い目でお待ちしております。
今回の記事を見ますと、前回のウツ同様に木根さんもTMの火を絶やすまいとしている姿が見えますね。ソロ活動も来る仕事ほとんど受けてるんじゃないかと思える量ですよね。だけど、この頃の活動がこの前の「バイキングMORE」のような現象になるわけですから、無駄ではなかったと言えますかね。
ところで、青い惑星さんはこの前のラジオ「あわじ音楽島」は全部聞かれていますでしょうか?
番組最後のほうで木崎さんが妙なことを言われていました。”STORY”がかかっている時に「これをこの配信ライブで見せてくれたってことは……」と言ってたのですが、これってどう思います?
ONEでは当然やってません。木崎さんは関係者用映像を見たってことですよね。
つまり"Be Together"同様に、"STORY"も撮ったが、却下された。もしくはONE、TWOは同時期に撮られ、上二つはTWOで配信される。てことなのかなと。後者だといいなあって思ってます。
ジルラココ
2021年11月20日 21:10
何度もすみません。
小室さんのインスタに上がっている楽譜を見ると、タイトルが「How Crush?」になっています。
スペルミスかな?と思って辞書を引いたら、次のように書かれていました。

crash……自動車がクラッシュする、パソコンがクラッシュするなどの使い方
crush……押しつぶす、打ち砕く

小室さんの意図としては、どう考えてもcrushですね。
「How do you crash it? one」はスペルミスだったのでしょうか?
青い惑星の愚か者
2021年11月21日 10:17
>よしおさん
木根さんは森口さんに限らず、友人付き合いがすごい長いですよね。
年賀状とか大量に書いているんでしょうかね。


>やまびこさん
この時期を通じて追っかけてた人は、みんなchase in labyrinthしていた感覚だったと思います。
2001年にメジャタンツアーが終わってから、2012年にインキュベが開催されるまで11年間、本当に断続的な活動しかありませんでしたね。
あのインキュベは10年ごしの感動でした。たまりにたまったフラストレーションが一気に開放されたというか。
しかしこの期間はすごい長期にも見えますが、もしも来年またああいうライブが開催されるとしたら、2015年から7年ぶりですから、これまた随分と長い間隔になりますね。


>ジルラココさん
NETWORK TMでは、風のない十字路も結構いい曲だと思います。
木根さんの安定感がTMを救っていたのかなと思います。

それとcrushの件、instagramを見ていなかったので知りませんでした。
非常に重要な情報、ありがとうございます。
私もcrash=打開するというのは随分な超訳だなあとは思っていました。
小室さんとしてはcrushのつもりだったとすると、誰かが連絡の過程で大ミスしちゃったことになりますね。
多分小室さんもあまり気にせずにそのまま通しちゃったんでしょうね…。
すでにここまで広めちゃった以上、今更crushには直せないでしょうねえ。


>youさん
15年となると長いですね。自分でも長いと思います。
30周年まで書いたら、このブログ自体が20yearsになっちゃいそうです。
ACTIONはCDでも新アレンジで出してほしいです。今作ったら結構違う感じになるんじゃないかな。


>みーこさん
ご支援のお言葉、どうもありがとございます。
30thの記事を書く準備作業に入る気持ちの整理がなかなかつかず(単に面倒なだけ)、まだどうするかは決断していないのですが、多分過去記事の修正だけで1年以上かかると思うので、それまでにクールダウンして考えてみます。

おっしゃる通り、ウツも木根さんも、自覚的にTMの可能性を絶やさないように動いていたと思います。
1章の記事が長すぎて分かりづらくなっていますが、第7部最後の構成は、小室の逮捕と再生、ウツ・木根によるTM25周年補完を書くことで、2010年代のTMの活動につながっていくという流れにしています。

あわじのラジオは聞きましたが、実はSTORYの件は聞き流していました。
おっしゃる通り、ライブで見たと木崎さんが言っていますね!
これはtwoかthreeでやる可能性が高いですね! これはうれしい!
oneの構成を参照するに、多分今回は1時間のライブの中で、真ん中あたりで木根バラ+小室バラを1曲ずつやる構成にするのかなあと予想。

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