7-8 失われた2003年

まず告知です
8/17(金)の夜に大阪の某所で、
「TM NETWORKの重箱のスミ!」のポコ太さんこと、
カラフルポップリフレクションのミツカワさんと、
宴など催そうと思います


関心のある方には詳細をお伝えしますので、
tm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%は@に置換)までメールをください
ブログへのメッセージかtwitterへのDMでも結構です
なお参加人数が会場の規模に達した時点で募集を締め切りますので、
その点ご了承ください


近況について
本日8/2、劇場版「シティハンター」の映像が少し公開されました
全国ロードショーは来年2/8とのことです
BGMはオリジナルの「Get Wild」ですが、これは本番もそうなんでしょうか
なんつうか、もしもTMがあと一度だけ動くなら、
色んな意味でこれが最後のチャンスな気がします


さて、SONYがまた大人商法(悪い意味で)を始めました
10/3に「Fanks The Live 1 Fanks Cry-Max」の増補版DVDをリリースします


本作は1989年リリースのオリジナル版では6曲が完全収録されていましたが、
「Electric Prophet」「Dragon The Festival」も一部のみ収録)
これに「Nervous」「Dragon The Festival」の2曲が追加されて8曲になり、
値段が2倍の4860円(税込)になります(2004年版DVD=税抜2300円)
そういや2013年にDVD「Digitalian is eating breakfast」も、
7曲を8曲に増やして値段を2倍にしてリリースしていましたね…


なお「Nervous」は1989年のプレゼントビデオ「Fanks The Live 4」にアウトロ終わりを除き収録されており、
「Dragon The Festival」もオリジナル版に一部収録されているので、
今回の初公開映像は実際には1曲分もありません
つうかちょっとしか入っていない「Electric Prophet」も完全収録しろよこのクズ会社


また1987年の「Fanks Cry-Max」では、
インストを含め18曲が演奏されました
これまではその中で6曲だけがDVD化されていましたが、
今回の増補版リリースによって、未収録分が12曲から10曲になりました


まだ10曲…
半分以上がSONYの蔵に隠されていることになります
TMの今後の活動がなくなってしまうという、
過去商品を出す絶好のタイミングなのに、
SONYはふざけているんでしょうか?


いや、商売的には分かります
熱心なTMファンは未発表映像1曲だけでも(または全部既発表でも)買うけれど、
完全版映像を出しても購入者はあまり増えないのでしょう
「CAROL Deluxe Edition」「TM NETWORK THE MOVIE」みたいなクズ商品でも、
それなりに売れてましたもんね…
それなら何度も増補版を作って1・2曲ずつ増やしていった方が、
ファンから金を吸い取り続けることができるということだと思います


しかしこの売り方は、商売としては正しいとしても、
まったく誠意が感じられません
極めて青臭いことを言わせてもらえば、
スタッフはファンに顔向けできる商品を作っていると思っているのでしょうか
もしも私がSONYスタッフだったとして、
テレビで「顧客満足度〇%!、業界ナンバーワン!」とかのCMを見たら、
恥ずかしくて外を歩けませんよ


ただSONYはあるいは今回の商品で、
今TMの過去作品がどれくらい売れるのか観察しようとしているのかもしれません
今回売れれば、「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「Rhythm Red Tour」なんかでも、
同様の手口を図る可能性もあるでしょうし、
また次の「Fanks Cry-Max」アップデートも検討するかもしれません
そういう可能性を勘案した上でSONYに献金すると割り切って購入するのも、
割り切れるならば良いかと思います


私はまったく割り切れませんが
…くそう、くそう、くそう!!
「Dragon The Festival」なんておいしい曲を入れられたら、
こんな鬼畜商品でも買わざるを得ないじゃないか!
ちくしょう…ちくしょう…


正直言って、商品化できそうなライブ映像中では、
「Fanks Cry-Max」は私がもっとも見たいものの一つです
それだけにこうした悪辣な商法は本当に腹が立ちます
しかし何もできない無力感…
ちくしょう!


ということで、いらだちがドアを叩きながら、
他の近況を手短にまとめましょう
まず小室さんは、「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」のセールス、
T盤が5.0万枚、K盤が4.9万枚に達しました
ラジオでもまだ特集が組まれているようです
「SUNNY」公開後にも売れるかもしれませんね


ウツは7/25に過去のFC会報の電子版「Magnetica archives」の未配信分の内、
vol.19(2012~13年分)の配信が始まりました
この後の分も、今後順次配信の予定です


木根さんは7/25、日本テレビ「一周回って知らない話」に、
親バカ枠で娘のSHAOさんと一緒に出演しました
ちなみにMarc Pantherさんも一緒に出演していたんですが、
木根さん、DJ KOOさんに続いてMarcさんもバラエティ進出ですか…
なお木根さんとMarcさんは、当初は7/18出演予定でしたが、7/25に変更されました


最後に、6/30・7/27にTRFとaccessがそれぞれのデビュー25周年を祝してジョイントライブを開催しました
最後には出演者全員で「Get Wild」を演奏し、
東京では終演後の客出しBGMが「Nights of the Knife」「Seven Days War」だったそうです


では本題に入ります

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話は「Castle in the Clouds」のリリース日の2002/10/30に遡る
この日渋谷TSUTAYAで行なわれたトークイベントで、
TM3人は最後にそれぞれ締めの言葉を述べた
これは後日Barksのウェブサイトで配信されており、公式に準じたものと見て良い


木根「TMもね、シングルだけじゃなくてね、来年またね、アルバムとかね(木根、小室の顔を覗き込み、小室「そうね」)、アルバムのための楽曲作りを、ぼくも頑張ります」

ウツ「今回また、2年ぶりのシングルなんで、特に昔の80年代のTMのにおいというか、すごいしたいい曲だと思うんで、是非どんどん友達に、いいぞこいつはみたいに、どんどん広めてやって下さい」

小室「今回これで音をね、今の2000年に入ってからも、もちろん音的にはいろんなことやっているんですけれども、僕たちが一番活動していた80年代の音みたいなにおいも出しているんで、こういう音が今どうなのかなっていうテストみたいな意味合いもあるんですね、今回ね。なので、すごく反響とか楽しみなんですよね。聞いてみてそれを反映して、音作りの段階も、これからTMの音とかは作っていきたいなと思っているんで」


一見のんきな雰囲気の3人



以上の中でまず気になるのは木根の発言で、
2003年のアルバムリリースを視野に入れたものとなっている
本来「Castle in the Clouds」は、
キャンペーンソングとしての単発の仕事ではなく、
その後につなげていく考えがあったことが分かる


木根の発言は明らかに自らの楽曲制作を念頭に置いており、
ここでいうアルバムとはオリジナルアルバムと考えざるを得ない
これ以前にはリミックスアルバムの計画が存在しており、
また翌年2月には過去音源を集めた「キヲクトキロク」がリリースされるが、
これらとは別の話だったことになる


アルバムに関する発言をしていたのは木根だけではない
ウツは11月初め頃に「Castle in the Clouds」と絡めて、
「その延長上にあるのがアルバム作りってことになると思う」
と発言しているし、小室も同じ頃、
「いずれアルバムとしてまとめられればいいなと思っているところです」
と言っている


これらウツ・小室の発言からも、
やはり「Castle in the Clouds」リリースの後には、
新曲を収めたオリジナルアルバムが計画されていたと見るべきだろう
ただトークイベントでの「来年頑張る」「これから作っていきたい」という3人の発言を見る限り、
10月中にはまだアルバム作成に向けた具体的な作業には入っていなかったらしい


さらに上記トークイベントでの小室の発言に注目すると、
小室は「Castle in the Clouds」で、
あえてテストとして80年代風の音にして反響を試し、
その反響をこれからTMの音につなげようと考えていたと述べている


また小室は同じ頃の別のインタビューで、
「Castle in the Clouds」を「ニューアルバムへの布石でもある楽曲」とも言っている
小室は「Castle in the Clouds」の音作りを、
アルバム制作につなげていこうと考えていたようである
その意味で「Castle in the Clouds」は、
次のアルバムのパイロットシングルとして位置付けられていたのだろう


この頃3人には、TMの活動をしないといけないと言う使命感もあった
それは2004年にTM20周年のアニバーサリーイヤーが控えていたことがある
たとえば「Castle in the Clouds」制作に先立つ8/27、
Laugh & Peaceキャンペーンソング担当決定を受けたTMの記者会見で、
木根は以下のように述べている

そうこうするうちに、もう20周年くらいになってしまうんです、もうあと何年かすると。そこに向けてなんか少しずつ、またいい形でできたらねってことで、また今回これ、いいきっかけだったので、集まりました。


これを見る限り、2002年の活動再開では、
当初からTM20周年につなげることが意識されていた
1994年のTM10周年企画が「終了」に代わってしまった過去も踏まえ、
20周年はちゃんとやりたいという気持ちもあったのだろう


以前述べた通り、2002年のウツと木根は、
本来のソロ10周年記念日周辺に当たる11~12月を含む10月以後のスケジュールを空けていた
9月の「Castle in the Clouds」レコーディングの後、
TMは20周年に向けた活動に入るはずだったと考えられ、
オリジナルアルバムの制作もその一貫だったのだろう


私はこの頃、TMのアルバムレコーディングが計画されていたが、
10月末の「Castle in the Clouds」リリースの頃には、
その予定がすでに狂い始めていたものと推測する


magenetica会報などからこの頃のウツのスケジュールを見ても、
10月以後年内は数回の「Castle in the Clouds」プロモーション以外活動がない
これがソロ記念日の前後の本来のスケジュールとは考え難く、
何らかの事情でスケジュールが空いてしまった可能性が高い


木根のミニアルバム「ci è la musica」のレコーディングも、
おそらくこのことと関わっている
本作のレコーディングは10月に始まった
リリース日が12/21であることを考えるに、
レコーディングは11月中下旬まで行なわれたものだろう


木根は2002年のソロツアーを、
ソロ10周年記念日の12/2から、あえて半年以上前倒しして行なっていたが、
こうして空けておいた10・11月にソロレコーディングを行なったのは、
やはり本来のスケジュールと見るには不自然である


この時期のTMの予定を考えるために、少し後の活動まで視野に入れてみると、
「TM NETWORK tribute LIVE -UTSU&KINE’S Selection From TM Songs-」が注目される
このツアーは「TM NETWORK」を冠してはいるものの、
ウツ・木根とサポートメンバーが行なったもので、
要するに小室哲哉抜きで開催されたものである
2003/5/27から1ヶ月間かけて、全国6会場で8公演開催された
(後にZepp Tokyoの2公演が追加で発表され7会場9公演になる)
以下、少し話題を変えて、このツアーの開催の経緯を確認してみたい


木根の「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
木根は2003/1/29にハワイの小室を訪れて、
小室抜きでこのツアーを開催することに同意を得たとされている
木根が海外まで行って小室とTMの話をしたことは、
同時期に木根がweb上でも触れている


「tribute LIVE」の開催とそのスケジュールは、
2月半ばのウツ・木根のFC会報で発表された
この時にチケットのFC優先予約のお知らせも送られている
会報編集の時間も考えれば、ツアースケジュールは2月初旬には決定していなくてはならない
木根・小室会談が行なわれた1/29は、
ツアー開催の最終的決定を下すリミットというべきタイミングである


この時間軸を考えれば、木根が小室の承諾を得る以前から、
ツアー会場はすでに押えられていたと見ざるを得ない
(1/29の後の数日で会場を確保するというスケジュールは無理がある)
要するに1/29の会談は、小室の最終的な追認を得るための手続きであり、
計画はこれ以前から進んでいたのである


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
「tribute LIVE」の企画の始まりは、
TM20周年に向けてアクションを起こすべきというスタッフの意見だった
2002年年末のことだったという
magnetica会報からは、木根が12/18にM-tresの事務所で、
ウツとTM20周年の打ち合わせを行なったことが知られ、
年末のスタッフの意見が出たのは、おそらくこの時だろう


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
この件について年内に小室と相談していたが、
小室のスケジュールの調整ができないまま年越しを迎えた
そこで木根は小室抜きツアーを開催しようと考え、
年明け早々M-tresに来て、その意向を伝えたという
ウツは木根からこの案を聞いた時、かなり抵抗感があったが、
木根はウツを説得し、M-tresスタッフとともに構想を練り始めた


上記の筋書きを信じれば、
年末にツアー計画が出て、年始に木根が小室抜きツアーを決意、
スタッフは小室の同意を得ないまま会場を確保し、
1月末に木根が小室に会って追認を得た、ということになる


このスケジュールは不可能ではないとしても、
かなり急な印象はぬぐえない
またリーダーの同意を得る以前からツアー会場確保を始めるというのも、
通常のバンドならばありえない事態である


そもそも木根の言う筋書きは事実と見て良いのだろうか
木根がTMの動向の中で微妙な出来事について、
しばしば歪曲していることは以前触れたところである
小室抜きツアーの開催という異常事態について、
同様の曲筆が施されている可能性は考えるべきだろう


ここで注目したいのは、ウツがこのツアーの決定について、
少々異なるニュアンスで語っていることである
しかもそれは開催決定告知の直後であり、
2004年5月発売の「新・電気じかけの予言者たち」の1年以上前である

もともとこのあたり(「tribute LIVE」開催時期)にTMのツアーというプランも念頭にあったけど、小室が他の活動スケジュールや状況で、どうしても調整がつかないという結論が出てしまったんだ。そこで、今回リーダーの木根が、小室がいないからやらないということではなく何か方法はないか、という考えが出てきたんだよね。


スケジュールの都合で小室が参加できなかったこと、
木根を中心に小室抜きツアーを企画したことは、木根の発言に一致するが、
本来「tribute LIVE」と同じ頃(2003年5~6月)にTMのツアーが企画されていたことは、
木根が触れていない点である


さらに遡って2002年10月後半頃、
ウツは「Castle in the Clouds」のリリースを踏まえた上で、
以下のように述べている

今回のリリースをきっかけに、TMはまた発信だなと思ってますけど、特に20周年にちなんだコンサートや新しい試みには力を入れていきたいですね。


ここでいう「20周年にちなんだコンサート」とは、
後の歴史を知っている者が見ると2004年の20周年ツアーかと感じてしまうが、
この時点でこれからの発信の一環として述べていることを考えれば、
2003年5~6月頃のTMツアーだった可能性の方がむしろ高いのではないだろうか
つまり「Castle in the Clouds」制作の時点で、
TMはアルバムだけでなく全国ツアーも計画していたことになる


これら断片的情報からは、
ツアーの準備がいつから始まったのかはまったく分からない
だが2003年に小室抜きツアーの企画を立ち上げ、急遽会場を確保したと考えるよりは、
2002年の時点ですでに会場を確保していたと考えた方が、
はるかに理解しやすいと思う


たとえば2000年の「Tour Major Turn-Round」は、
開催5ヶ月前にはスケジュールがおおよそ決まっており、
同様のスケジュールならば5月開始のツアーの会場は、
2002年中には確保していなくてはいけない
2004年5月開始の「Double Decade Tour」も、
具体的な会場確保状況は不明だが、開催自体は2003年中に決まっていた


要するにTMのツアーが2003年5・6月頃開催予定だったのならば、
2002年中には会場が確保されていた可能性が高い
しかしこれが小室の都合で実現困難になってしまったため、
小室抜きで開催することを木根が立案し、
ウツと小室を説得したという流れが推測できる


そのように考えれば、
アクションを起こすべきとのスタッフの発言があった2002/12/18の会合とは、
実際には木根がいうようなポジティブなものではなく、
ツアーを中止にすべきかどうかの話し合いだった可能性が高い
中止にする場合、当然会場に対して一定のキャンセル料支払い義務が発生する
そこで木根は、小室抜きツアーを開催してこれを回避することを考えたのではないか


もちろん小室抜きツアーに変更する場合、
大規模な会場はキャンセルすることになっただろうし、
サポートメンバーの都合で日程の微調整は必要となっただろうが、
全会場キャンセルと比べれば、負担ははるかに小さかったと考えられる


なお12/24NHK FMの特番「TM NETWORKスペシャル」では、
中村貴子から翌年のツアーについて聞かれると、
小室は「(話題は)ちらほら出ていますね」と言った上で、
「どうなんですかねえ、ツツジ…紅葉?」と言って、曖昧な態度に終始した
小室の消極的な様子がうかがえる


「tribute LIVE」について注目すべきは、
2003/2/16~23の「Live Epic 25」の会場のチラシで、
初めて開催が告知されたことである
「tribute LIVE」のチケットは3/30以後各会場で一般向けに発売されたが、
ウツ・木根のFCではその前から優先予約が始まった
そしてさらにこれとは別枠で、
「Live Epic 25」参加者に配布されたチラシで、
来場者限定で優先予約の電話番号も告知された


TM20周年へのウォーミングアップを宣伝するには、
たしかにEPIC世代が集まる「Live Epic 25」は格好の場である
「Live Epic 25」の企画は夏には始まっていたから、
メンバーが活動のスケジュールを立てるに当たり、
早くから念頭に置いていたとしても不思議ではない


ならば「Live Epic 25」会場でのチラシによるライブ告知は、
TMツアーとして計画されていた段階で、すでに予定されていたものかと思われる
ウツ・木根FCの会報発行も「Live Epic 25」とほぼ同時だったから、
日程発表のタイミングとしてはベストだった


ここまでで検討したところでは、
本来のスケジュールに関して推測されるところは、
以下の2点である

・TMは2002年10・11月頃に、アルバムのレコーディングを始めるはずだった
・TMは2003年2月半ばに全国ツアーの日程を発表し、5~6月頃に実施する予定だった


ここで私は、以上の推測にさらなる推測を重ねたい
それは上記のアルバム制作と全国ツアーが一連のものだった可能性、
すなわち2003年の全国ツアーはアルバムツアーだったという可能性である


これは必ずしも積極的な根拠があるわけではないが、
そもそもこれまでのTMの全国ツアーは、
デビュー以来すべてアルバムリリースに連動して行なわれてきた
この時だけアルバムと無関係のツアーが予定されていたと考える方が不自然だろう
だとすればこのアルバムは、
ツアーが開催される5・6月頃までにはリリースされる予定だったはずである


また先に見たように、私はこのアルバムの制作は、
本来10・11月頃に開始されるはずだったと推測している
その予定が遅延してからの計画は、当時のウツ・木根の発言からうかがえる


たとえばウツは10/26「玉川美沙 Bravo!」(TBSラジオ)で、
12月にはレコーディングに入らないと4月にTMの新作を出せないと述べ、
11/9「雄冶・ナイクのSaturday Nice Try」(TBSラジオ)では、
木根が春にアルバムを出したいと述べたという
(これらについて詳しくご存知の方、情報いただければ幸いです)


ウツの言う新作について、
12月レコーディング開始で4月リリースという間隔から判断すれば、
シングルではなくアルバムと見るべきである
木根の言う春のアルバムと同じことを言っていると見て良い
おそらくレコーディング開始が10・11月から12月に変更され、
それに伴いリリース予定日も遅く設定し直されたのだろう
もしも10・11月にレコーディングが始まっていれば、
2・3月頃にはアルバムがリリースできていたはずである


これ以前、2000年のレコーディングを見るに、
8~9月に先行シングル「Igintion, Sequence, Start」が制作され、
9~11月にその他の曲がレコーディングされた後、
12月にアルバム「Major Turn Round」がリリースされた
この例では先行シングル制作開始から4ヶ月、
アルバム曲制作開始から3ヶ月後のタイミングでアルバムがリリースされている
このペースでレコーディングができれば、
10・11月制作開始、2・3月リリースは十分可能だし、
それならば2月の「Live Epic 25」でも宣伝できただろう


しかしアルバム制作開始は12月に変更された上、それすら実現しなかった
こうした中で木根は、せめてシングルだけでもリリースしたいと考えたようで、
年始に発表された(おそらく年末の)インタビューで2003年の活動を聞かれた時、
以下のように述べている

TM NETWORKとして、03年春ぐらいにシングルを作って、そのあとアルバムがあってライブができたらいいなっていうのは、3人のなかにあります



以上の過程を整理して見れば、2003年のリリース計画は、

2月頃アルバム(9月以前の計画)
→4月頃アルバム(10~11月の計画)
→できれば春にシングル(年末の計画)
→すべて中止(2003年)


という形で後退し続けたと推測できよう


以上の経緯を踏まえて考えれば、12/18のウツ・木根の打ち合わせは、
アルバムリリースの中止を前提として、
確保済みのツアー会場をどうするか相談したものと考えられよう
また逆に、ウツ・木根がしばらくアルバム制作にこだわったのは、
ツアー会場を確保していたという事情もあったのかもしれない


このように考えた場合に改めて注目されるのが、
音源集「キヲクトキロク」のリリースである
本作のリリースは11月初頭に発表され、翌年2/5にリリースされた
10月下旬にはリリースが決定されていたものだろう


これまでの考察に従えば、
10月の時点でアルバムリリースは4月を目標とするようになっており、
2002年度(2002年4月~2003年3月)にはアルバムリリースができなくなっていた
これを受けて「キヲクトキロク」の年度内リリースが、
代替措置として急遽決定されたのではないだろうか
要するにかつて2000年3月のアルバムリリースが中止された代替として、
ベスト盤「Best Tracks」がリリースされたのと同じケースということである


もっともオリジナルアルバムと比べれば、
寄せ集め音源集に過ぎない「キヲクトキロク」の価値の低さは明らかだった
そのため小室は年度末になって、
駆け込みでR&Cから次々と新商品を企画する


2/26のライブアルバム「TK Presents Synthesized Trance vol.2」リリースは別枠だろうが、
年明けにはR&Cからの「Piano Voice」「Piano Wind」(さらにavexから「Piano globe」)リリース(2003/3/19)が告知された
一部新曲もあるものの、過去曲をピアノで演奏しただけのものや、過去のインスト音源そのままのものも含む、なんとも中途半端な作品である


さらに同じ頃、3/26の「Tm Network トリビュート アルバム」のリリースも発表された
この企画は1月中に中止されたが、
HMVのサイトには現在も本商品の痕跡が残っている


同サイトには以下のような商品説明が見える
おそらく急な企画だったため、参加ミュージシャンが集まらず、
企画が中止になったのだろう

レア音源に続いてTM NETWORKのトリビュート盤が発売します!詳細はまったく未定ながら、若手のアーティストを中心としたトリビュート盤となりそうです。


これらの間に合わせ企画は、
「キヲクトキロク」と同様にTMのアルバムが年度内にリリースできなくなったことの埋め合わせだろうが、
本当にがっかりする仕事ぶりといわざるを得ない


以上のように考えた場合、2002~03年のTMのリリース計画は、
以下のように推移したことになる

1. 2002年9月以前:2002年度内にシングル・アルバム発売、2003年度にTMツアー
2. 2002年10・11月:2002年度内にシングルと音源集発売、2003年度にアルバムとTMツアー
3. 2002年12月:アルバム制作の中止決定とTMツアー中止の検討
4. 2003年1月:TMツアーの代替として2003年「tribute LIVE」開催


さらにこの前にはもう一段階あった
2002年1月時点で予定されていた秋のリミックスアルバムリリースである
これは5~6月頃まではメンバーが発言しているが、その後言及されなくなる
おそらく7~8月頃に「Castle in the Clouds」の制作スケジュールが固まる中で、
リミックスアルバムを秋に間に合わせることが難しくなり、
年度末のオリジナルアルバム計画に変更されたのだろう


以上の推測が正しいものだとすれば、この頃のTMは、
リミックスアルバム・シングル・オリジナルアルバム・全国ツアーの内、
シングル以外はすべて遂行できなかったことになる
「キヲクトキロク」「tribute LIVE」などは、
本来の計画の残骸か間に合わせの企画だった


この間小室はほとんどTMに関わっておらず、
「tribute LIVE」は完全に木根主導だった
この活動計画の後退は、小室の都合によるところが大きかったと見るべきだろう
その始まりが2002年10~11月頃にあるとすれば、その背景は推測できる
小室の結婚である


小室とKEIKOは11/22に挙式することを10/6に発表した
以前述べた通り、式の日取りは細木数子が語呂合わせによって決めたものだった
つまりこの日程は、他のスケジュールとの調整を経て決まったものではなく、
この日しかないと言う形で決められたものである
それは当然、以前から決まっていたスケジュールの一部に変更を要求することになっただろう
これがTMのレコーディング日程変更にもつながったものではないか


さらに小室は12月に入ると、新婚旅行を兼ねてハワイに旅立ち、
以後断続的に日本に帰国しながら、
翌年2月にかけてロスアンゼルスおよびハワイで、
ピアノアルバムおよびglobeのアルバムの制作に入った
これらの制作は帰国後も続き、3月初めまでかかった


この間、TMのレコーディングが行なえるはずはなかった
木根がハワイまで「tribute LIVE」開催の許可をもらいにいった1/29は、
このglobeのレコーディングの最中のことだった


小室がTMの全国ツアーへの参加を拒否した理由として、木根・小室は、
2003/7/9に予定されていたglobe東京ドームライブに専念することを挙げている
TMツアーは6月終了予定だったから両立は可能なはずだが、
あえてTMを詰め込むほどの動機はなかったものか


要するに2002年10~11月以後TMのために確保されていたはずの日程は、
すべてglobeの活動に置き換えられてしまった
なぜ小室がこのようなことをしたのかはよく分からないが、
新妻KEIKOに晴れ舞台を用意するために、
全力をglobeに捧げようとしたのかもしれない


ただ音楽的な問題として、
そもそも小室がTMでやるべきものを見出せていなかったこともあるのかもしれない
本記事冒頭のコメントにある通り、
小室にとって「Castle in the Clouds」は、
反響を得るための「テスト」としての側面があったが、
手応えはあまりよくなかったのではないだろうか


小室は後に「Castle in the Clouds」について、
「メンバーには申し訳ないなと思いますけど、TMの立ち位置をどこに寄せるべきか、位置づけをとても悩んでいた時期でした」と述べている
何をすればよいか分からないTMよりは、
トランスという方向性は決まっていたglobeの方が、
小室としては手が付けやすかったと見ることもできる
またライブMC中の発言なので割り引いて聞くべきだろうが、
TMでトランスをやることについては、木根が難色を示していたらしい


キャンペーンソングにおける80年代の再現、
言い換えれば懐メロJ-POP路線というオファーは、
一つの可能性ではあっただろう
ただそれは小室の音楽的動機を刺激するものではなかった
「Castle in the Clouds」の中途半端な仕事ぶりは、
その反映なのだろうと思う


小室が2002年にこのような状態でTMを動かしたのは、
一つにはウツ・木根やスタッフ・ファンから、
再結成したからには一定の周期で活動しなくてはならないという圧力を受けていたからだろうし、
またより大きい要因としては、
業績不振だったR&Cから成果が見込まれる作品のリリースが求められていたこともあったのだろう


言うなれば「Castle in the Clouds」は、
ミュージシャンとしての動機とは別のところで、
仕事として作った作品という性格が強い
この延長上でのアルバム制作が実現しなかったのも、
さらに全国ツアーに参加する意欲が湧かなかったのも、
一言で言えば機が熟していなかったということと思う


以上、本章はこれまでにないほど推測を交えたものになったが、
この推測に従えば、TM20周年への道のりは、
極めて不穏な形で始まったことになる
それはあたかも、「終了」という結末で終わったTM10周年に向けた活動にも似たところがある


たとえば1年以上TMの活動を休止した後、
世間の反応を見るためにパイロットシングルを1枚だけ出すも、
これに続くアルバム制作を放棄して別ユニットに専念するという過程は、
偶然ながら1993年の動向と驚くほど類似する
TM20周年に至る動向を10周年の時と比較して、
対比的に図式化すれば、以下のようになる

・1993「一途な恋」不振 →アルバム制作を中止しtrfへ
・2002「Castle in the Clouds」不振 →アルバム制作を中止しglobeへ


さらに言えば、1993年には「一途な恋」の前に、
リミックスアルバム「Classix Ⅰ・Ⅱ」がリリースされているが、
2002年にも当初は「Castle in the Clouds」の前に、
リミックスアルバムがリリースされる予定だった
影響関係があるわけではないが、不思議な一致である


もっともTM10周年の時には直前にtrfが成功を収め、
TMNが「終了」することになったのに対し、
20周年の時にはglobeが失敗したことで、
TM20周年は無事遂行され、「再終了」も行なわれなかった
これはTMファンにとっては幸いなことだったようにも見える


だが別の見方をすれば、TMN「終了」が小室の成功の結果であるのに対し、
TM20周年の実現は小室の失敗の結果だったとも言える
その意味でTM20周年に向けて展開された活動は、
「終了」以上にネガティブな要素にまみれたものだったと言うこともできるだろう

amazon.co.jpで買う
Amazonアソシエイト

7-7 Live Epic25

6/27「Tetsuya Komuro Archives」がリリースされました
T盤は3位→9位、K盤は4位→10位で、
これまでそれぞれ4.2万枚・4.1万枚を売っています
最後ということで、ソロとしてはこれまでにない売り上げになりました


リリースの前後には、各処のラジオ番組で小室哲哉特集が組まれました
小室さん自身が出演できないから、ラジオに集中したのでしょう
テレビでは、7/7に日本テレビ「The Music Day 伝えたい歌」で、
華原朋美・鈴木亜美・TRF・hitomiによる小室ソングメドレーが披露されました
ニコ生でも6/27にアルバムの特番が組まれ、
木根さん、浅倉さん、DJ KOOさん、Marc Pantherさん、Def Willなど、
小室さんと縁の深い方々もゲスト出演したそうです


東京では、6/26から小室さんの機材が展示されました
タワーレコード新宿店ではDJ LIVE仕様、
タワーレコード渋谷店ではショルダーキーボード、
SHIBUYA TSUTAYAではTM NETWORK仕様で展示されたそうです
好評だったためか、当初7/2までとされていたのが、7/9までに延長されました
さらに7/2からは渋谷駅でアルバムの壁面広告も掲示されています
小室さんがこんな扱いをしてもらえるなんて、もう最後でしょうねえ…


これまですっかりスルーしてきましたが、
「Tetsuya Komuro Archives」リリースと同日の6/26には、
小室さんプロデュースのDef Willが、
1stアルバム「Def Will」をリリースするとともに、解散を発表しました


実は本作には小室さんの新曲が2曲入っており、
「Tetsuya Komuro Archives」収録曲とともに、
歌モノでは最後の新規音源となります
アルバムを出してから解散しようということだったんでしょう
今までは全部デジタルシングルで、
CDは1枚もありませんでしたしね


Def Willは本当に鳴かず飛ばずでしたが、
1stシングル「Lovely Day」なんか聞く限り、
今の若い人に届く音を作ろうとしていたんだろうなあとは感じます
(私は好きじゃないですけど)
病状悪化のタイミングを見るに、小室さんが自信を失う前提として、
globe20周年とともに、Def Willの失敗もあったんだと思います


さらに正式なアナウンスはまだ出ていませんが、
8/31公開の映画「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のサウンドトラックが、
8/29にリリースされるようです
劇中で使われる90年代TK楽曲と劇伴のインストが入るのでしょうか


小室さんの新作は、これで最後となるかもしれません
あとあるとすれば、「ガーディアンズ」の音源集でしょうか
多分11/27の誕生日のあたりで、
また記念商品など出すんじゃないかと推測はしていますけど


リットーミュージックからは、
「Tetsuya Komuro Archives」リリース日に合わせて、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」が発売されましたが、
さらに今月からは、ウツFC会報「Magnetica」のvol.73~88(2012~17年分)の電子書籍版が、
「MAGNETICA archives」19~22として配信されます
vol.72まではTM30周年の時に配信されていたのですが、その続きですね
「Tetsuya Komuro Interviews」のついでというところでしょうか
この際、昔の小室FC会報とか木根FC会報も電子書籍化してしまえば良いと思います


木根さんは7/18、日本テレビ「1周回って知らない話」出演します
またいつものエアギターネタと、TMは多摩ネタを披露するのでしょうか
Marc Pantherも共演するようなので、TKネタは入れてくると見て良いと思います
しかしTMの木根さんとglobeのMarcてよく対比されていましたが、
本当に同じ立ち位置になりましたね…


最後に、7/5発売の「文芸春秋」に、
小室さんの引退会見のほとんどが虚偽であるという記事が掲載されました
1月の小室さん不倫報道が叩かれたため、仕返しのタイミングを待っていたのでしょう
ベスト盤リリースが話題になる時を狙ったのもあるでしょうが、
この号を最後に編集長が変わるそうなので、
編集部の怨恨を晴らすべく(完全に言いがかりですが)、
ギリギリまでネタ集めをしていたのだと思います


本誌に便乗したネット記事やそれらへのネットの反応については、
魚類の脊髄反射並みのリテラシーの低さにいささか驚いていますが、
冷静に見ればやっかみにしかならない「週刊文春」の低劣な小室批判は、
多分そのミスリードを誘う書きぶりも含め、
世論を刺激すること自体を目的として自覚的にやっているのでしょうから、
ここで逐一変なところを指摘しても意味はないでしょう


ただ一つだけ誤解が広まっている感があるので指摘しておくと、
無料の文春オンラインの予告記事には、
「知人から提供されたKEIKOの近影と共に、本人の「ファンへのメッセージ」が寄せられた」
とあり、あたかもKEIKO本人がこの件の告発に関わっているかのように書かれています
また本記事には、怒りのコメントを寄せたKEIKOの「親族」2人も情報源として登場します
どうもここらへんから、
KEIKOさんの関係者が小室さんと対立しているように思っている人が少なくないようです


そこで記事本文を読んでみると、
文春記者はこの「親族」「知人」のコメントを取った上で、
KEIKO実家に行って親に会いましたが
「申し訳ありませんが、取材にはお応えできません」と言われただけでした
結局KEIKOから「ご心配いただき、ありがとうございます。私は元気です」という、
当たり障りのないコメントのみを得て、記事を締めています
記事にKEIKOとその家族が登場するのは、この部分だけです


要するに今回の情報を提供した「親族」は、
KEIKOと同居している家族とは別人であり、
KEIKOやその家族とは別に動いている人たちです
KEIKO実家との連絡はあるでしょうが、
事の全容を知っていたり、利害を同じくする人である確証はありません


記事にはKEIKOの生写真を記者に提供した「知人」も登場しますが、
提供を了承したのは「親族」とされています
より実態に即して言えば、「親族」が「知人」に提供をお願いしたのでしょう
KEIKO本人の了承を取っていないのは、
KEIKOに法的責任能力がないことも関わるのでしょうが、
いずれにしろやはりこの告発は、KEIKOの意志とは無縁と考えられます


これら素性の怪しげな人々の情報は、
いずれも信頼に値するものではありません
少なくともKEIKOやその家族がどう考えているのかは、
現状の情報ではまったく分からないとしか言えないでしょう


家族ではないのに口を出してくる「親族」の狙いは、
ネットニュースレベルの想像なら色々できますが、
(離婚時に後見人としてKEIKOに慰謝料を多く取らせてたかろうとしているとか)
所詮無責任な想像しかできませんし、
他人が下世話に首を突っ込むことでもないだろうと思います


もっとも報道直後には、
オウム関係者死刑執行とか西日本の記録的豪雨とかいろんなことがあり、
この報道はあまり話題にもなりませんでした
私怨のある文春は食いつき続けるかもしれませんが、
多分すぐに風化すると思っていますし、実際にもうしている感じです


小室さんを叩いている人もいますが、
これらはもともと小室さんが嫌いな人か、騒ぎたいだけの人でしょうから、
放置しておけばよいことでしょう
ただこれが原因で小室さんのストレスがまた悪化したりしないかなあ…
と心配にはなります
実際に一部ゴシップ誌は取材に押しかけたりしているようです


では本題に入ります

-----------------------
2002~03年のTM NETWORKは、80年代回顧の傾向が強かった
もっともこれは必ずしもメンバー自身が目指したものというわけではなく、
たとえば2002年活動再開時の新曲「Castle in the Clouds」が80年代風になったのは、
タイアップ元の吉本および日本テレビ側の意向によるものだった
世間的にTMに求められているのが80年代風のものだという、
業界側の読みもあったのだろう


この流れが最終的にたどり着いた先が、
2003年の「tribute LIVE」だったとも言えるが、
その間にもう一つ、80年代回顧の流れを作ったものに、
今回取り上げる「Live Epic25」がある


TM NETWORKは1983年にEPIC/SONYと契約して以来、
長くSONY所属のミュージシャンとして活動しており、
1999年の再始動においても、
その作品はSONY傘下のTRUE KiSS DiSCからリリースされていた
しかし2001年SONYによる小室専属契約の解除、
およびウツ・木根のROJAM移籍により、TMはSONYとの関係を清算した


TM NETWORKに限らず、
80年代の邦楽界を沸かせたEPIC/SONY所属ミュージシャンは、
21世紀に入る頃には多くが活動を停止したり、移籍したりしていた
すでにEPIC/SONYのレーベル名も無く、
1998年にEPIC Recordsと改称されていた


しかしそうした現実のレーベル所属関係とは別に、
かつてEPIC/SONY時代の黄金期を築いたスタッフたちによって、
イベントを開催しようという動きも立ち上がった
2003年は、1978年のEPIC/SONY立ち上げから25周年の節目だったため、
これを記念するライブイベントを行なおうというのだ


これが「SUNTORY presents EPIC RECORDS JAPAN 25th ANNIVERSARY “Live Epic25”」である
2003/2/16に大阪城ホール、2/22に代々木体育館で開催とされたが、
反響が大きかったためか、
後に2/23代々木体育館公演も追加発表された
動員数は合計3万人というところだろうか


この企画が立ち上がった背景には、
EPIC/SONY設立者丸山茂雄の去就があった
丸山は1998年2月から、
SMEJ (SONY Music Entertainment (JAPAN) Inc.)の社長を務めたが、
2000年12月にこれを退いた
2001年4月からはSCE (SONY Computer Entertainment Inc.)の会長を務めたが、
翌年7月に70歳でこれも退任したことで、
SONYでは一線から退くことになった


関係者はこれに合わせて、
丸山に感謝の意を表するイベントを開催しようと考え、
かつてのEPIC所属ミュージシャンに声をかけた
この企画は早くから計画されていただろうが、
丸山のSCE会長退任頃から本格的に動き出したと見られる
2002年8月末には開催が発表されたが、
この時点では大江千里・大沢誉志幸・佐野元春・TM NETWORKの出演が予告されていた


TMは言うまでもなく、デビュー当時から丸山にお世話になった身である
またイベントの幹事は、かつてのTMの映像監督坂西伊作だった
2002年時点で現役で活動している旧EPICミュージシャンを代表する一組として、
TMは当初からノミネートされていたに違いない
なお音源集「キヲクトキロク」のリリース日が2003/2/5に設定されたのは、
2週間後の本イベントでの宣伝効果も考えてのことだろう


本イベントはサントリーが協賛についた
そのためサントリーはこのイベントに関連して、
「サントリードリームキャンペーン」を行なった
モルツビールなどサントリーのビール・発泡酒についている応募券6枚を集めて応募すると、
抽選で3000名を「Live Epic25」に招待し、
5000名に企画版アルバム「EPIC25 1980~85」「EPIC25 1986~1990」をプレゼントするというものである
応募期間は2002/9/20~11/30とされた(消印有効)


ここで企画版「EPIC25」も含むEPIC 25周年企画についても触れておきたい
まず有料音楽チャンネルviewsicでは、
2002年11月から2003年3月にかけて「Live Epic25」と前後して、
かつてEPIC/SONYが制作した音楽番組「eZ」が再放送された
TMや小室哲哉の出演回も放送されている


同番組のTM・小室出演分については、
2010年代に様々な商品に分散して収録されたが、
この頃はまだほとんど商品化されていなかった
放送当時ビデオ録画できなかったファンには貴重な機会だったはずだ


SONYの企画版アルバムとして、
上記「EPIC25 1980~85」「EPIC25 1986~1990」もリリースされた
80年代EPICの代表作を各15曲、計30曲集めたものである
2002/11/20に同時リリースされ、
それぞれ50位・18508枚、47位・20171枚を売っている
なお両作には「Live Epic25」優先予約ハガキが封入されていた


TM作品からは、前者に「金曜日のライオン」、後者に「Get Wild」が収録された
「Get Wild」はともかく「金曜日のライオン」が80年代EPICを代表する30曲に選ばれたのは、
かなり意外である


もちろんこれは1980~85年という縛りがあるからだが、
そもそもこの縛りの中でTMが入れてもらえたのは、
この時点での一定のTMの存在感を示してもいよう
なお2枚とも曲が収録されているミュージシャンは、
佐野元春・ラッツ&スター・大江千里・渡辺美里・バービーボーイズ・TMの6組である


さらに2003/1/1には「The Legend」と題して、
旧EPIC/SONY所属ミュージシャンのベストアルバム11枚が、
完全限定生産でリリースされた
またこれと同日には、
「EPIC25」「The Legend」に収録されなかった曲を集めたコンピレーション版として、
「EPIC25 Special Edition」もリリースされた


「The Legend」をリリースしたのは、
大江千里・大沢誉志幸・小比類巻かほる・佐野元春・The Street Sliders・TM NETWORK・バービーボーイズ・松岡英明・The Mods・ラッツ&スター・渡辺美里の11組で、
シークレットゲストを含む「Live Epic25」出演者と同じ顔触れである


TMについては珍しい音源が入っているわけでもないので、
今から入手する必要はまったくない
(また3年前にはSONYの企画ベスト「STAR BOX」もリリースされている)
他のミュージシャンについても、多くは記念品以上の意味は持たなかっただろう。


なおTM盤には、なぜか1987年までの楽曲しか収録されていない
後述のファン投票でも対象曲は1987年以前である
1987年以前という縛りでもあったのだろうか


当時のチャートでベスト300圏内に入ったのは6組で、
初動は美里89位・TM96位・バービー100位・佐野118位・千里230位・Mods300位だった
TMは美里に次ぐ好成績だったことになる
ただ2週目、バービーは82位、美里は87位、佐野は98位に上がったのに対し、
TMは110位に落ちており、
総売上もこれら3組に次ぐ4番目(1.1万枚)となった
「STAR BOX TM NETWORK」の8位・8.9万枚と比べると、
企画としてもかなり小規模なものだったことが分かる
なお「The Legend」中で一番売れたバービーボーイズは1.5万枚である


本題の「Live Epic25」に話を戻そう
最終的に本ライブ開催前の告知で出演するとされたのは、
鈴木雅之・大沢誉志幸・小比類巻かほる・大江千里・The Mods・バービーボーイズ・TM NETWORK・渡辺美里・佐野元春の9組だった


これらのミュージシャンたちは、各3~4曲を演奏した
当初は出演ミュージシャン1組当たり4~5曲を演奏するとされていたが、
曲数の減少は出演者が増えたことによるのだろうか
演奏曲は合計34曲に及び、公演時間は4時間近くとなった


SONYは本ライブ開催に先立ち、
公式サイトで各ミュージシャンの演奏希望曲の投票を行なった
1位の曲は必ず演奏するとの触れ込みだった
TMの最終的な1位は把握していないが、
中間発表1位は「Self Control」で、
ライブ本番でもラストはこの曲で締めている


バービーボーイズはこのイベントのために再結成した
参加者中で唯一日替わり曲を用意したほどの気合いの入り様だった
ただライブ映像の商品化は拒否したため、
後日発売されたDVDにはバービーの出演部分は収録されていない


鈴木雅之は桑野信義・鈴木聖美との共演もあった
鈴木はEPICでの経歴を考えれば、
ラッツ&スター(またはシャネルズ)での出演が望ましかっただろう
「The Legend」もラッツ&スター名義でリリースされている


だがメンバーの一人である田代まさしは、
覗きと覚醒剤所持で2001年に逮捕されたことで、
この頃は芸能活動を中止していた
おそらくこのため、ラッツ&スターでの出演は叶わなかったのだろう
ただし鈴木はシャネルズ「ランナウェイ」や、
ラッツ&スター「め組の人」「ロンリー・チャップリン」を歌っており、
自己紹介でも「こんばんは、ラッツ&スターです」と挨拶している


同様の問題があったのが岡村靖幸である
当初は岡村も本ライブへの出演が告知されていたのだが、
その後出演がキャンセルされた
その理由は公式には発表されていなかったが、
この頃岡村が覚醒剤所持で逮捕されていたためだった


ライブ当日はその代役として、
松岡英明が出演して1曲だけ演奏した
「The Legend」には岡村がなく松岡が入っているが
このラインナップも、急遽差替えられたものだろう


当日のサプライズゲストとして出演したのが、
元The Street SlidersのボーカルHARRY(村越弘明)で、
The Street Slidersの「風が強い日」を歌った


「The Legend」にThe Street Sliersがあることを見るに、
HARRYの出演は早くから決まっていたものだろう
The Street Slidersでの出演を希望する者は多かったはずだが、
彼らはすでに2000年を以って解散しており、
HARRYのみの出演となったと考えられる


この他も旧EPIC/SONY所属ミュージシャンは少なくない
たとえばDreams Come True、エレファントカシマシ、Chara、東京スカパラダイスオーケストラなどは、
出演すればそれなりに盛り上がったと思われる


だがおそらくこの時は、
レーベル初期に当たる80年代半ばまでのデビュー組に限定し、
特定のファン層にアピールする布陣にしたのだろう
それは企画版「EPIC25」が、
1980~90年を対象としていることからもうかがえる


なおスムーズな進行を心掛けたためか、
サポートミュージシャンは複数の出演者で共通とされた
(The Modsやバービーボーイズなどバンド編成の出演者は別)
TMの時には、ギターに佐橋佳幸・葛城哲哉、
ドラムに江口信夫がついた


2/10には全出演者が集まってリハーサルが行なわれた
しかし小室はglobeのレコーディングでハワイにおり、
リハーサルはウツと木根のみとなった
TM揃ってのリハーサルは、2/16大阪公演の直前のみである
仕方ないことではあるが、
「小室のみ欠席」状態はこの頃から常態化していく


出演順を見ると、ライブでトリを務めたのは、
EPIC/SONYを隆盛に導いた立役者佐野元春だった
その前を担当したのが渡辺美里である
これは80年代EPIC/SONY最大の売上を誇った点からも妥当だろう


そしてその前が、TM NETWORKである
松岡・HARRYを含む11組中で最後から3組目という位置は、
やはりTMの存在感を示しているのだと思う
さらにいえばこの時点でSONYに在籍していないミュージシャンの中では、
一番の扱いだったとも言える


TMの前の出演者は本イベントの目玉バービーボーイズであり、
その前はサプライズゲストのHARRYである
この辺りからが終盤の盛り上げ所というところだろう
なお会場スクリーンでは、バービーボーイズ演奏前に1980~87年のEPIC関係映像が流れ、
演奏後に「eZ」から1988~92年の映像が流れた
これはバービーの時だけステージのセットを変えたためらしい


「eZ」の映像が終わると、TMの出番である
オリジナル版「Be Together」のイントロが流れ、
スモークの中でステージ中央の奥からTM3人が登場
小室と木根は走って持ち場まで移動し、
ウツはイントロに合わせてゆっくり歩きながらマイクスタンドまで移動する


木根はベージュのジャケットをTシャツの上に羽織っている
ウツはシャツの上にスカーフを巻き、
黒地に青の模様の入ったジャンパーを羽織る
ウツの衣装は、正直なんだこりゃ?と思う
小室はTシャツの上に上着姿だが、
日によって着ている服が違ったらしい



「Be Together」間奏の小室シンセは、
特殊なエフェクトが掛けられているが、
基本的にオリジナルバージョンでの演奏である
この曲では木根と葛城が並んでギターを演奏するなど、
TMファンには嬉しい演出もあった


なお小室はこのライブでヘッドフォンを付け、
ミキシングコンソールの操作も行なった
これはglobeのトランスライブのスタイルを受け継いだものか
これをTMに持ち込んだのは、おそらくこの時が初めてだが、
このスタイルは翌年の「Double Decade “NETWORK”」でも採用される


2曲目は「Get Wild」
イントロでは小室に照明が当てられ、
シンセでジャジャジャと「GeGeGeGeGeGeGeGet Chance」のサンプリングボイス連打
曲の最後は、キュイキュイというシンセ音が継続的に入っている
この音は「Double Decade “NETWORK”」でも使われた
また会場によっては「ゲワーイゲワーイ」のサンプリングボイスも入った
このサンプリングボイスは、多分この時だけと思う


曲が終わるとともに火薬特効
そしてウツMC(以下2/23)

どうもこんばんは。TM NETWORKです!(ぺこり)
びっくりしていないですか?(火薬の件)
このツアー(?)にかなり心臓が弱い人がいるんで、かなりきついみたいなんですが。


木根胸を抑えながら、「ちょっと痛いです」
ウツ、笑いながら話を続ける

EPIC25周年、おめでとうございます! Yeah!
EPICは25周年、そしてですね、TMもほとんど近いですね、来年20周年!


これを受けて木根

20周年を迎えることになりました。
それに向けてね、一つ一つまたぼくらも頑張って行こうと思っていますけども。


ウツ「ですね」
この間、ウツと木根の2人だけでMCが進む
小室はヘッドフォンをしながら、次の曲のイントロの準備


木根のMCは続く
「でも、関係ないけどいいですか?」
ウツ「どうぞ!」
木根「今一つ、戦争をしようとしている指導者たちに言っておきたい一言、「Self Control」ですね」
会場ウォー!


シンセソロで「Self Control」イントロスタート
間奏のフレーズを荘厳な音で手弾きする
アレンジは「Log-on to 21st Century」の時と同様、
「Fanks Cry-Max」の始まり方である
なお2/22には、ウツが冒頭から歌詞を大幅に間違えた


以上の3曲がTM演奏曲となる
おそらくこの組み合わせは、
当時一般客にもっともアピールしそうな曲を、
80年代楽曲から選んだものだろう
この時点ではさほど特別な意味はなかったと思う
実際に直後に行なわれた「tribute LIVE」では、
「Be Together」はセットリストから外されている


だがこの組み合わせは2004年「Double Decade “NETWORK”」以後、
TMのライブ定番曲として固定化し、
2008年に至るまで、すべてのTMライブおよびtribute LIVEで、
この3曲は必ずセットリストに入るようになった
(ただし日替わり曲の場合もあり)
2012年「All That Love」「incubation Period」でも同様である


このように3曲の存在感が高まる契機は、
「Live Epic25」の選曲にあったように思う
私は当時「Self Control」「Get Wild」「Be Together」の3曲を、
TMライブマンネリ化の象徴として、
ライブ定番3点セットと心の中で呼んでいた
もちろんそれは「Live Epic25」の問題ではなく、
後にそれを固定化させたメンバー・スタッフの問題だったのだが


話を「Live Epic25」に戻そう
「Self Control」の演奏が終わると、
ウツは「どうもありがとう!」と述べ、3人は退場した


その後は渡辺美里である
最初は「きみに会えて」だが、
この時作曲者の小室も登場し、グランドピアノを演奏した
続く「My Revolution」でも小室はピアノを演奏した
以上2曲が終わると、
美里は「哲ちゃんサンキュー!」と言って小室と握手
小室はここで退場した


美里はこの後さらに、
「恋したっていいじゃない」「10 Years」を演奏して退場した
続いてトリの佐野元春は3曲を演奏し、
その後にTMを含む全出演ミュージシャンをステージに呼んだ
そして丸山茂雄に感謝の意を述べた後、
参加者全員で佐野の代表曲「SOMEDAY」を演奏した


楽器担当者はその楽器を演奏し(木根はギター)、
ボーカリストはコーラスや手拍子・タンバリンを担当した
ウツはタンバリン、小室はギターを弾いた


以上でライブは終わった
最後には出演者の紹介が行なわれ、ステージに幕が下りた
エンドロールでは当日のライブのダイジェスト映像が流された


なお本ライブは2/23公演の一部は、
5/7NHK BSの「スーパーライブ GOLDEN 80's ~あの頃音楽は輝いていた~」や、
5/21NHK BS2「スーパーライブ 「あの日、僕らの青春時代」 ~時を越えた80年代サウンド~」で放映された


さらに8/20には、2枚組のライブDVDもリリースされている
ただすでに述べた通り、
DVDリリース告知当初はバービーボーイズも収録予定とされていたが、
その後当人たちの意見により収録は見送られることになった


実はTMについて見る場合、このライブについては、
会場で配布されたチラシも大きな「事件」だった
それは第七部のTMの一つの動向を導くものでもあったのだが、
これについては次章で触れることにしたい


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7-6 キヲクトキロク

6/27リリースの「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」の収録内容について、
既発表のT盤・K盤に加えて、
6/19に9枚組BOXのボーナスディスクの内容も公開されました


T盤4枚・K盤4枚・ボーナスディスク1枚の9枚の内、
選曲は1990年代が中心で、全体の過半を占めています
ただ注目すべきはむしろ2010年代、
逮捕後の音楽活動再開期で、
いろんなところに提供していて入手が難しかった楽曲が集められています


私はこんなのあったの?て思ったのもありました
2010年代分を入手するだけでも価値があるかもしれません
もしかしたらこの選曲、
発売中止になった「JOBS#2」の残骸なのかもしれないです


未発表曲としては、K盤に梅田彩佳 「MY HISTORY」と、
Tetsuya Komuro feat. Beverly「Guardian」
ボーナスディスクの甲斐よしひろ「against the wind」が収録されます


「Guardian」は今後ゲーム関係の商品に収録される可能性もありますが、
他の2曲は多分この商品以外では聞けないものになるでしょう
なお 「MY HISTORY」は新曲、
「against the wind」は1999年頃にレコーディングされながら、
これまでお蔵入りしていた曲です


他に1980年、Missオレンジ・ショックの「愛しのリナ」あたりも、
一部のコアファンには嬉しいところでしょうか
郷ひろみとかtaecoとか、
単発TK作品を集めたい方にも重宝するかと思います


もっともTKファンには一定の意義はあっても、
TMファンには特に意味がある作品にはならなそうです
TM収録曲は「Self Control」「Get Wild」「Beyond The Time」「Seven Days War」「Get Wild '89」「Love Train」「I am」の7曲ですが、
ファンならだいたい持っているものでしょう
私としては、出費する必要がなくなったので安心しているところです


「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」と同日には、
リットーミュージックよりTower Record限定で、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」発売されます
4860円です


これまでリットーミュージックからは、
2013年までの「Keyboard Magazine」「Keyboard Land」の小室さん記事を集めた電子書籍「Tetsuya Komuro Interviews」vol.0~4、
2014年分の記事を加えて白黒印刷された「Tetsuya Komuro Interviews Complete」が発売されていましたが、
今回のはこれに2015年以後の記事を加えてカラー印刷にしたものです
これで3回目ですが、さすがにこれで完全版でしょうか
他の雑誌でもこういうの出ませんかね


ウツはソロ25周年のファイナルツアー開催が発表されました
9/21~11/23の2ヶ月で11公演です
て、あれ、最終日にはすでに26年目に入っているんですが…


今回はT.UTU with the BAND名義でもU_WAVE名義でもない、
久しぶりのウツソロのバンドツアーです(2012年以来)
特徴的なのはバンド編成で、
ギターの西山毅さんの他は、
キーボードが土橋安騎夫さん、浅倉大介さん、nishi-kenさんの3人となっています
キーボード3人編成、何か特別な狙いはあるんでしょうか


木根さんはDVDと「2525ツアー」の宣伝か、
6/16にFM西東京の「WEEKLY MUSIC TOP20」に出演しました
また8/24にはかつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールで、
渡辺美里さんのツアーにゲスト出演するとのことです
木根さん作曲の曲をやるんでしょうか
美里さん、少し前に「ribbon」の豪華版アルバムを出したので、
「さくらの花の咲くころに」あたりをやるかもしれません


それでは本題に入ります

---------------------
2002/10/31、シングル「Castle in the Clouds」がリリースされた直後、
TMのアルバムのリリースが11月初頭に発表された
「Castle in the Clouds」リリース前に決定していた企画だろう
アルバムのリリースは、翌年2/5とされた
当時のHMVのサイトの解説文は以下の通りである


80年代から90年代の音楽シーンを常にリードし、
現在活躍している多くのアーティストに影響を与えてきたTM NETWORK。
これまで決して裏側を見せることのなかった彼らが、
数々のヒットを世に出す中で、結局未発表を決心した楽曲や、
CDに収録されなかったリミックス、そしてああのヒット曲のデモまでを
当時のストーリーとともに世に送り出すことが決定!!
同時に彼らがより自由な音楽活動の場を求めて
インディーズレーベルよりリリースした楽曲も収録。
TMファンにとっては涙ものであり、それ以外にもかなり興味深い作品に
仕上がっています!詳細は分かり次第告知します!


上記にあるように、翌年発売予定のアルバムは、
未発表楽曲・未発表テイク・デモ音源に加え、
ROJAM時代の楽曲を収録するというものだった


この企画版は「キヲクトキロク~Major Turn-Round」と題してリリースされた
DISK1の蔵出し音源集1枚と、
DISK2の「Major Turn-Round」を合わせた2枚組で、
3240円で販売された


TMのアルバムタイトルが日本語なのは、
2018年時点で史上これだけである
小室は後まで自らの栄光を振りかえる際に、
この「記憶と記録」という言葉を使い続けた
「Tour Major Turn-Round」のスクリーンに映し出された3人のメッセージ中の「記録と記憶」に由来するタイトルと考えられる


ジャケットは何を撮影したものかよく分からないが、
スタジオのカセットデッキだろうか
ライナーの中にも3人の写真は使われていない


結論から言っておくと、
本作はベスト盤を除く歴代のTMアルバムの中で、最低の作品である
新作に当たるDISK1には、実際ほとんど商品価値が存しないため、
インディーズ盤「Major Turn-Round」を抱き合わせ販売したものと考えられる


それまで「Major Turn-Round」は一部店舗を除いて一般流通に乗らず、
ROJAM POPSHOPから送料500円込みで通販購入するしかなかった
だが「キヲクトキロク」の発売により、
本品を店舗購入することで、
通販よりも安く「Major Turn-Round」を入手することが可能になった
つまり「Major Turn-Round」の購入に便宜を与えたと言う点において、
本作は後発ファンにとって、多少の意味はある商品となった


なお2002年9月にはROJAMとR&Cが、
お互いに株式を持ち合うことにして、連携関係を強めている
このことも「Major Turn-Round」がR&Cから再販される前提になっただろう
ただROJAMはこれによって、ほとんど唯一の売れ筋商品を失うことになった


一応新作となるDISK1の内容は、
デモや未発表テイクを集めた1994年の「Groove Gear」に類する内容となっている
「終了」以前のEPIC/SONY関係の音源が収録されていないのは、
おそらくSONYとの権利関係があるのだろう
ただSONY系列のTRUE KiSS DiSC時代の音源は収録されている


唯一の「終了」以前の音源としては、
1991年の「月とピアノ」が収録されている
(アルバムには「EPILOGUE 1991~月とピアノ~」として収録)
これはヤマハから出版された「K's Magazine vol.3」付録CDに収録されたもので、
SONYは関係していないものである
うまい具合に穴を見つけたというところだろう


ただしこれはTM曲というよりは小室ソロ曲というべきものである
これが「キヲクトキロク」に収録されたことによって、
初めてTM曲としてロンダリングされたとも言える


小室によるピアノ音源である「CAROL」「In The Moment」も、
TM用の音源として作られたものかどうかは疑わしい
音源の出どころも明らかではない


木根のピアノ音源である「We Are Starting Over」に至っては、
1999年の木根ソロライブ「talk & live vol.5」のパンフレットの付属CDであり、
後にTM曲になったとはいえ、本来は木根ソロの音源である


以上4テイクと「Get Wild」ライブ音源を除く7テイクの内訳を見ると、
TRUE KiSS DiSC時代の楽曲は4テイク、
ROJAM時代の楽曲は2テイク、
R&C時代の楽曲は1テイクとなっている


この中でデモ音源もしくはプロトタイプ音源に当たるものは、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「Castle in the Clouds」の3テイクである
既述の「We Are Starting Over」もプロトタイプ音源に数えても良いだろう
またリリース後にリミックスされた未発表音源としては、
「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」の2テイクがある


この他に、新たに制作されたリミックス音源が2つある
「Worldproof」「MESSaGE」である
ただしこの2テイクはいずれもリミックスの担当は小室ではない


以上のようにDISK1は、
未発表音源およびアシスタントのリミックス音源をまとめたものであり、
メンバーが関与した形跡は存在しない
ライブで本商品のアレンジを意識した演奏が行なわれたことがあるのも、
せいぜい2003~08年の「CAROL」のピアノソロくらいだろう


なお木根がこの頃の動向を記した「新・電気じかけの予言者たち」には、
「キヲクトキロク」は一切登場しない
本作の構成は、とりとめもなく当時の出来事を時系列上で記すだけのもので、
到底文筆家の作品とは言えない出来となっているが、
一方で木根の目に入った情報をそのまま知ることのできる素材ともなっている
(もちろん都合の悪い事実は隠蔽・美化されているだろう)
そこに「キヲクトキロク」が登場しないのは、
ウツ・木根がまったくタッチせずリリースされたことを意味しているのだと思う


チラシでもわざわざ「TMを愛するスタッフがファンへ贈る」とされている(TMが贈るのではない)



プロモーションもほとんど行なわれなかった
ライブはもちろん、雑誌のインタビューなども確認できない
ただそうした中で、2002/12/24NHK-FM では、
FANKS出自の中村貴子をパーソナリティとして特番「TM NETWORK special 」が組まれ、
TMを招いて2時間のトークが行なわれた
12/31にも再放送されている


この時に未発表音源として「CAROL (Unreleased Piano Version)」が放送され、
小室は「倉庫から出てきた」と言っている
同番組ではさらに、「キヲクトキロク」のリリースについても告知され、
小室は「買ってもらえなかったものを集めた」「コレクション」などと、ささやかに述べている
さすがに誇らしく宣伝する気にはなれなかったのだろう


収録音源には、どうしても聴く必要のあるものは存在しない
熱心なファンでも金を払う価値があるのは、
「月とピアノ」「Happiness×3 Loneliness×3」「10 Years After」「Castle in the Clouds」くらいだと思う
「It's gonna be alright」には記念音源としての意味もないことはないが、
それこそROJAM.COMで無料配信すれば十分な代物である


なお必ずしも商品の価値と直結するものではないが、
DISK1収録の12テイクの内、
「CAROL」「10 Years After」「In The Moment」「Worldproof」「We Are Starting Over」「月とピアノ」の6テイク(全体の半分)には、ウツの歌は入っていない
これらはDISK1収録を前提に作られた「Worldproof」を除けば、
そもそもTM用音源として作られたものかどうかも怪しいものである
(少なくとも「We Are Starting Over」「月とピアノ」は明らかに違う)


2年ぶりの再始動シングルの直後に、
なぜこんなもののリリースを発表したのだろうか
一つ想像できるのは、
おそらく年内にアルバム1枚リリースと言う一般的な契約条件が、
TMとR&Cの間にも交わされていただろうということである


その場合に思い出されるのが、
秋のリリースが計画されていたTMのリミックスアルバムである
これは2002年初めにTMメンバー間で合意された後、
春にはメンバーによって公言もされていた
ところが夏に「Castle in the Clouds」の件が具体化する頃から、
この件は語られなくなっていた


その事情は、正直に言ってよくわからないのだが、
おそらくTMはR&Cに移籍した際に、
年度内にアルバム・シングル1枚ずつのリリースを契約しており、
その履行のための新作が(オリジナルであれリミックスであれ)制作困難と判断された時点で、
代替措置として音源集のリリースが決定したものと考えられる
なお2003年度にも、やはりシングル・アルバムを各1枚リリースしている


ただそれにしても、再始動直後の大事な時期に、
このような商品しかリリースできなかったのはどういうことか
リミックスアルバムの中止も「キヲクトキロク」リリースも、
「Castle in the Clouds」リリース以前には決定していたと考えられる
ならばこれらの事態は、
「Castle in the Clouds」のセールス不振を背景としたものではないと考えられる
私はこの事情について、ある可能性を考えているのだが、
これについては別の章で触れることにしたい


ただ事情は何であれ、
個人的にはここまで無残な商品を出すくらいなら、
再始動後の全シングル集を出してくれた方がよほど意味があったと思う
TRUE KiSS DiSC時代のシングルはまだアルバムにまとめられていなかったし、
ROJAM時代のシングルも「Major Turn-Round」ではアルバムミックスになっているから、
シングルバージョンを聴くことができるアルバムはいまだに存在しない


既発売シングルだけでも、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」「80's」「MESSaGE」「Ignition, Sequence, Start」「We Are Starting Over」
の8曲が存在しているから、
これに最新シングル「Castle in the Clouds」「君がいる朝」を収録するだけで、
アルバム1枚には十分な分量である


既発表音源の寄せ集めよりは、
未発表テイクを出した方がまだ売れるだろうと言う判断だったのかもしれないが、
結局その結果作られた「キヲクトキロク」は、
単独では商品になりえないカステイクの寄せ集めになってしまったという印象である


本商品はチャートでは、初動25位・1.4万枚の成績を出し、
最終的には2.1万枚を売った
2000年にSONYが出した間に合わせベスト盤「Best Tracks」(26位、3.5万枚)と比べると、
ランクはほぼ同じだが、売り上げは半分以下である
ファンのほぼすべてが持っているであろう過去音源を集めたベスト盤よりも売れなかったのである
本作に対するファンの失望がうかがえよう


なお2004年にもSONYからベスト盤「Welcome to the Fanks!」がリリースされているが、
これは18位・2.9万枚の成績であり、
やはり「キヲクトキロク」よりも売れている


以下ではDISK1収録の音源について簡単に見ていこう
ただ既発表音源である11・12曲目の「月とピアノ」「We Are Starting Over~ずっと好きだった(Naoto Kine Piano Instrumental Version)」については、
すでに触れたこともあるので(12)、ここでは改めて触れない
また唯一のR&C時代の楽曲として9曲目の「Castle in the Clouds (Yabe Version)」があるが、
このテイクについても以前触れたので、内容は割愛する


まず1曲目は、「CAROL (Unreleased Piano Version)」
これは「CAROL」組曲中の「A Day in the Girl's Life」のピアノ演奏である
2003/9/6・7開催の「Fan Event in Naeba」での演奏は、
おそらくこれを意識しているのだろう
後にも、2007~08年のTMライブでは必ず演奏した


少し飛ばして6曲目の「In The Moment」に触れよう
新曲ではあるが、曲名はアルバム収録に当たって決められたもので、
元のテープには「PIANO #1」とだけ記されていたという
要するにデモテープの最初にあったものを収録したのである
実際のところ、TMの曲として作られたものかどうかも不明である


両テイクはともに某年1月25日に、
東京ベイブリッジスタジオで録音されたという
おそらく同じ年にレコーディングされたものだろう
日付まで分かって年が分からないのは不自然で、
古いものである可能性を匂わせるために年を伏せたものと考えられる


1998年、小室はピアノアルバムをリリースする計画があったが、
秋に無期延期となったことがある(後に2003年3月にリリース)
あるいはこれと関わるもので、
1998年以後に録りためていた音源の一部だろうか


ならば候補として1999・2000・2001・2002年がありえるが、
2000/1/25は「Touch the globe LIVE!」名古屋公演の日であり、
2001/1/25の小室は上海にいるので、ともに東京のレコーディングはない
だとすると1999年か2002年ということになる
もう少し絞り込む材料があれば確定できそうだが…


8曲目は「Get Wild (Live from 2001 RENDEZVOUS IN SPACE)」
これは2001/1/1に開催された沖縄ライブの音源で、
すでにテレビでは放送されていたが、商品化はされていなかった


ただしライブアレンジも演奏メンバーも「Tour Major Turn-Round」と同じでなので、
DVD「Live Tour Major Turn-Round 02」を持っていれば、
さほど意味があるものではない
未商品化の「Log-on to 21st Century」の音源を入れていれば、
それなりに価値の高いものになったはずだが、権利関係で難しかったのかもしれない


沖縄ライブでは1番Aメロの「チープなスリルに身を任せても」のところで、
ウツが歌詞を噛むというミスをしたが、
この音源ではその部分が上からかぶせた別音源で修正されている
しかしその音質が明らかに前後と異なり、大変気持ち悪い
このあたりは極めて雑な仕事といわざるを得ず、
この商品のやっつけ具合が端的に現れている
むしろこれくらいなら、修正しない方が良かったと思う


これと「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
2017年の「Get Wild」歴代トラック集成アルバムである「Get Wild Song Mafia」「Get Wild 30th Anniversary Collection」にも収録されていない
R&CのライブDVD「Double Decade "NETWORK"」に入っている「Get Wild」の音源は収録されているので、
レーベルの問題でもないようである
関係者からも存在を忘れられた商品だったのだろう


2~5曲目は、TRUE KiSS DiSC時代の楽曲である
制作が古い順に挙げていこう
まず4曲目「It's gonna be alright (TK Vocoder Version)」は、
1999年6月のハワイレコーディング以前、
1999/4/30に日本で作ったラフミックスである
再始動期TMの音源の中では、
現時点で商品化されているもので最古のものである


2曲目「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
シングル盤「Get Wild Decade Run」完成の3日前、
1999/6/18にできたラフミックスである
以上2テイクについては、以前触れたことがある


あとの2曲は海外のアレンジャーによるリミックスである
いずれも原曲と大幅に異なるアレンジであり、
本音源集中でも多少の価値は認められるテイクである
まず3曲目「Happiness×3 Loneliness×3 (Club Mix)」は、
レコーディングは1999年で月日・場所は不明である


リミックスを行なったのはBobby D'Ambrosioという人物で
早くからメジャーアーティストのリミックスを手がけていた人物である
当時はニューヨークで活動するDef Mix Productionsに属していた
ハウスなどクラブ系の音に通じた人物だったらしい


本テイクではボーカルは同じながら、
原曲からは大幅にアレンジが変えられている
原曲はフラメンコギターなどを入れ、ラテン風の雰囲気が強いが、
こちらはラテン的な要素を薄め、
クラブ風のパーカッションを強調したオケになっている
曲の長さも8分以上で、原曲の約2倍である


このアレンジを聞くとこの曲の歌メロが極めて平坦で、
半ばラップ状態だったことが、原曲よりもよく分かる
ウツも歌うのは大変だっただろう
逆にこれほど平坦な歌メロであるにもかかわらず、
原曲がそれなりにメロディアスに感じられるアレンジだったことは面白い


問題はこのテイクは何のために作ったのかということである
ROJAM.COMのMailing ListであるTM NEXTで配信された解説には、
「この制作時に、小室哲哉が世界各地のアーティストにリミックス及びリプロダクションを依頼。 そのときの音源集から見つけ出した未発表テイク」
とあるが、結局よく分からない
ただ「Happiness×3 Loneliness×3」のシングル盤のレコーディングは、
1999年11月に完了したことが知られる
その後1999年中に「Club Mix」が完成したのならば、
アレンジの依頼はシングル盤完成から間もない頃に違いない


私は一つの可能性として、
2000年3月リリース予定だったTMのアルバムに収録するはずの音源だったことを考えている
2000年1・2月にTMのアルバムレコーディングが予定されていたと考えられることは、
以前述べたことがある
小室がこのアルバムに入れることを念頭に置いてアレンジを依頼していた可能性は高いと思う


5曲目は「10 Years After (Featuring COMMON)」である
サビの「10 Years After Where Will We Go?」の部分ではコーラスを聞けるものの、
メインボーカルはウツではなく、COMMONのラップである
ラップを前面に出すように、オケは控えめなアレンジである
もともとヒップホップを意識して作った曲だけに、
ラッパーをフィーチャーしたかったのだろう


COMMONはアメリカで活躍していたラッパーで、
当時はSoulquariansのメンバーとして人気を博していた
後に2015年には「Glory」で、
ゴールデングローブ賞とアカデミー賞を獲得している


「10 Years After」のシングル盤レコーディングは1999年6月だが、
「featuring COMMON」のレコーディングはこれよりかなり遅く、2001/4/23である
レコーディングの場所は分からない
2001/9/27ラジオ「それゆけ!TM NETWORK」最終回で、
このテイクが放送されていたという情報がある


この音源は制作日から見て、
2000年のアルバム収録のための音源ではないことは明らかだが、
何のために作られたのかは成案がない
ただウツのボーカルがないことを考えると、
そもそもTM曲として作られたものではないのかもしれない


なおTM NEXTのメールには、
「10 YEARS AFTER('99.7.28 release)制作時、この楽曲にUSで活躍するラッ パーをフューチャーしたい小室哲哉の意向により、その実力・人気ともに高 い評価を得ているCOMMONに白羽の矢を立て、制作したバージョン」とある
この文章は藤井徹貫だろうか
だが本テイクが「10 YEARS AFTER制作時」に作られたとするのは、
ライナーに書いてある日付と矛盾している
要するにこの文章は当てにならないらしい


本作は2001年の制作だが、
当時の小室がglobe・Gaballなどで手掛けたトランスミックスとは異なる流れである
むしろ流れとして近いのは、Kiss Destinationだろう
2001/4/25には2ndアルバム「AMARETTO」がリリースされており、
小室もこの頃までは、R&BやHip Hopへの関心が残っていた
どのような形でこれを発表する予定だったのかは明らかでないが、
実は2001年初めの段階では、
必ずしもトランス一辺倒で行くつもりではなかったのかもしれない


ROJAM期音源2曲は、村上章久がリミックスを担当した
(木根版「We Are Starting Over」は除く)
レコーディングは2002年12月某日、ROJAMスタジオで行なわれた


村上はTK時代以来小室のアシスタントを務めてきた人物である
2000年には「Log-on to 21st Century」でマニピュレータを務め、
「Major Turn-Round」でも岩佐俊秀とともにプログラミングを担当しており、
TMとも関係ないわけではない人物である
だがアシスタントにリミックスを投げると言うのは、
「Castle in the Clouds」でアレンジを吉田健に外注したこととともに、
当時はいささかがっかりさせられた


収録されたのは「Worldproof」「MESSaGE」で、
アルバム代表曲の「Ignition, Sequence, Start」はない
本作についてはすでに2001年ウツのソロアルバムに、
小室も関わった「tatsumaki remix」が収録されたからだろう


それにしても「Worldproof」がリミックスされるとは驚きだ
なにしろ、原曲は単なる水の泡の音であり、
実質的には次に収録される「Ignition, Sequence, Start」につながるSEである
ただこのアレンジでは「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音も用いている
というよりも、実質的には「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭部分のリミックスというべき内容であり、
なぜ「Worldpfoof」の曲名を用いているのかがむしろ不審である


「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音はシングルにはなく、
アルバムで始めて追加されたものである
これが「Worldproof」のリミックスとして扱われているのは、
あるいは制作過程では、この部分が「Worldproof」の一部とされていたこともあったことを反映しているのかもしれない


このリミックスは小室の仕事ではないが、嫌いではない
曲を通じて無機質な電子音が流れ続け、
後半では原曲にはないオリジナルフレーズが展開するなど、
なかなか努力した印象である
(そもそもTMの要素がどこにあるのかと言われると微妙だが)
なお正式タイトルは「Worldproof (A Deep Remix)~Interlude~」で、
7曲目に収録される


10曲目「MESSaGE (KIOKU Remix)」は、
ミディアムテンポの原曲を、トランス風のアップテンポの曲に仕上げなおしたものである
思い切ったアレンジだとは思うが、良いアレンジかというと疑問である
むしろ、本商品で一番がっかりしたテイクである


キヲクトキロク
R and C Ltd.
2003-02-05
TM NETWORK
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7-5 Laugh & Peace Premium Night

気付いたらトップページのアクセスカウンター、
75万を越えていました
どうもありがとうございます!


ウツは5/29、2ヶ月弱続いた「「それゆけ歌酔曲!!」ξIdiosξ」を終えました
私は参加していないのでよく分からないのですが、
今回は一部演奏曲のイントロをいじる企画があり、
一部会場では小室さんの曲っぽいのを付けていたそうです
ウツの次の活動は、現時点では告知されていませんが、
例年通りならば秋にバンド形式のソロツアーが用意されているのでしょうか


木根さんは5/30にライブDVD/Blu-ray「キネバラ」をリリースしました
去年12/2のソロ25周年ライブを収録したものです
選曲はTMを含む木根さんの代表曲のヒットメドレー的内容です


TM曲としては「大地の物語」「Fool on the Planet」「Time Passed Me By」「Winter Comes Around」の他、
ゲストの小室さんと一緒に演奏した「Dreams of Christmas」「Christmas Chorus」が収録されています
長時間に及んだ2人のトークはカットされています(残念)


「Dreams of Christmas」は、小室さんがTM曲を演奏した最後の映像となります
また「Christmas Chorus」は、小室さんが歌、木根さんがギターを担当していますが、
これは実はこの曲の初めてのライブ映像です
「THINK of EARTH」などTV放映された未商品化映像も含めれば、
これで小室さんの歌入りソロシングル曲は全部ライブ映像が出そろったことになります


本DVDについては、5/29mu-moステーションに、
木根さんのインタビュー記事が掲載されました
演奏された曲について、結構いっぱいコメントしてくれています


小室さんのゲスト出演は、木根さんがお願いしたのではなく、
小室さんが自分から言い出したことだったそうです
ゲスト出演の告知が9/26だったので、
この話が出たのは8~9月頃でしょうか
まだ引退とか考えていなかった時期ですよね


ステージ上だからということもあるのでしょうけど、
このライブでの小室さんの表情を見る限り、
素で楽しそうにしていたように見えます
この1ヶ月半後の悲痛な会見と比べると…


あと私が買ったBlu-ray(限定盤)には、
サイン入りフォトカードとテイクアウトライブカードなるものが入っていたのですが、
テイクアウトライブカードには「木根テレ!」の写真が付いています
(ライブカードでダウンロードできる「木根テレ!」特別版の様子)
これは木根さんと徹貫が並んでいる記念写真なんですが、徹貫いらねえ…
しかも私の持っている端末には対応していないという始末です
ブツブツ…


木根さんは6/2、HMV&BOOKS SHIBUYA 6Fで、
ミニライブ&サイン会を開催します
HMV&BOOKS SHIBUYAでは「キネバラ」を購入した先着50名に整理券を配るので、
それを持っているとイベントに参加できるそうです
同日には「2525ツアー」の一般発売が始まるので、
その宣伝も兼ねたイベントでしょう


小室さんの話題では、
ベスト盤「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」は収録曲が小出しに発表されています
新曲としては、梅田彩佳 「MY HISTORY」と、
Tetsuya Komuro feat. Beverly 「Guardian」も収録されるとのことです
9枚組盤のみの特典ディスクの情報はまだ出ていません


「Guardian」を主題歌とするスマホゲーム「ガーディアンズ」の配信日が、
6/5に決まりました
これをプレイすれば、小室さんの曲が聞けることになります
「SUNNY」もそうですが、サントラ盤は出るんでしょうか


小室さんの近況について、5/22に「女性自身」のインタビュー記事が出ました(12
小室さん、5月上旬から2週間入院していたそうです
退院の時に記者が待ち構えて質問したところ、
小室さんは「これが本当に最後です」と言って回答してくれました
引退撤回の可能性については、きっぱりと否定しています


重要な情報として、
引退会見前に引き受けていた作曲の仕事がすべて終わったと言うものがあります
本当にもう終わりですね…
今後発表される楽曲はあるそうですが、
「ガーディアンズ」「SUNNY」以外にもあるのでしょうか


5月上旬の入院は、おそらくすべての仕事が終わり、
自由の身になった上で行なったことなのでしょう
5/7のインスタグラム更新は、
仕事を終えたタイミングでのことだったのかもしれません
「体調を改善すべく静養」しているとのことも書かれていましたから、
入院後に病室から更新したものでしょうか
小室さんほどの人の仕事収めとしては、寂しさがぬぐえません


入院の理由は、引退の一因になった突発性難聴とのことで、
会見当時よりも悪化しているそうです
会見までは女性看護師による精神ケアがありましたが、
それすら許されなくなった環境下で、
精神状態が悪化していたことは容易に見当がつきます


KEIKOさんとは電話で何度かやり取りをしているとのことですが、
つまりまだKEIKOさんは大分の実家にいるということでしょう
今の状態で2人で暮らし出したらどうなるか怖いですし、
そこらへんは良かったです


小室さん、今後の生活について聞かれると、
「どういうふうに2人でやっていけるものなのか。そして、どういう道があるのか。まだまだちゃんと決められてないんです」
と答えており、悩んでいるようです
仕事が続いている間と入院中は別居するとしても、
その後はどうするか、そろそろ考えないといけないのでしょうけど、
それもまたストレスになりそうですよね


というか、小室さんが仕事という責任から解放された今、
スタッフのケアもないままで2人だけで暮らし始めたら、
生命的な意味での破局すらあり得るのではないかと、
割と真剣に思っています
継続可能な老後の生活設計、じっくり考えてほしいです
マスコミから何か言われるかもしれませんが、
施設など利用しても良いと思います


最後に音楽面での小室さんの発言もありました
自分では最新鋭のことをやっているつもりなのに、
小室ぽいと言われるのが苦痛だったとのことです


PANDORAでは、90年代の小室サウンドを意図的に盛り込んだと言っていましたが、
これは新しい試みが受け入れられないという諦めの発言だったのでしょうか
2017年、音楽史を振り返ることが役目として求められている言っていたのも、
やはり同じ背景から来た発言だったのかもしれません
2017年から今年までは、
自信を失いながらだましだまし曲を作ってきた1年間だったんでしょうか


以上、暗い話題で近況が終わってしまいましたが、
本題はお笑いイベントの話題です

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「Castle in the Clouds」をキャンペーンソングとした「Laugh & Peace 笑いはニッポンを救う。」は、
日本テレビと吉本興業の共同企画であり、
メディアでの露出も期待されたものと思われる


そのような中で開催された「Laugh & Peace Premium Night」では、
約2年ぶりにTM NETWORKの演奏が披露された
このイベントは2002/10/1に開催されたもので、
会場は当初SHIBUYA-AXの予定だったが、
後により規模の大きい東京厚生年金会館に変更された


もっとも「Premium Night」はTMを中心としたものではなく、
メイン企画は「明日があるさ The Movie」の上映だった
この映画は10/5に全国ロードショーとなったが、
それに先立つ試写会がこの時に行なわれた
試写会の前には吉本芸人らのトークショーも行なわれ、
後にはTMのミニライブも催された


それにしても吉本芸人とTMという組み合わせ、
なんとも食い合わせが悪そうである
両方を期待していた来場者はあまり多くなかっただろう


試写会後のイベントの様子を見てみよう
映画上映が終わってしばらくすると、
スクリーンに映画とは別の映像が流れ出した
これが初公開の「Castle in the Clouds」PVである
そもそも曲自体が、この時初公開だった


ROJAM期の3枚のシングルはPVが作成されなかったため、
このPVは1999年のTRUE KiSS DiSC期以来3年ぶりのものとなった
ただTRUE KiSS DiSC期のPVと同様に、
本PVも曲はショートバージョンで、2番がカットされている


本PVは現状で「Your Song」のドラマ版PVとともに、
商品化されていない数少ないPVの一つである
吉本時代の作品ということもあり、今後も商品化される可能性は低い


ただこのPVを欲しがるファンはそれほど多くはないだろう
それは歴代のPV中でも特異な内容であることによる
すなわち本PVにはTMが出演しないのである
(一応最後にCDライナーで使われたメンバーの写真は出るが)


PVに出演したのは、森三中の3人だった
森三中がTM3人の役で出演し、
演奏する演技をしているというものである
TMの吉本移籍を印象付ける意味もあったのかもしれない


撮影は9/25で、レコーディングが終わった9/20の5日後のことである
この撮影日程は、スタッフとしては大変だったと思う
レコーディング完了以前、デモテープの段階で、
映像の制作作業に入っていたのだろう


以下、PVのおおまかな内容を見ていこう
イントロで、椅子に腰かける人物の後ろ姿が映り、
「小室哲哉 ロス在住」と表示される
その人物が携帯電話で「TM NETWORK RESTART」と発信する
TM再始動の指令をメンバーに伝えているのだろう


発信が終わると、その人物の横顔が映る
満面の笑みの大島美幸である
以後、大島が小室役を演じる
ついで森三中3人がTMに扮して演奏しているシーンが映り、
本PVが森三中によるTMのパロディであることが示される


1番の歌が始まると、PVのストーリーが再開する
なぜか暗いテレビの前で踊っている村上知子
「宇都宮隆 ロンドン在住」と表示
村上がウツ役である
村上は大島と同じ形態の携帯電話を取り出し、
「TM NETWORK RESTART」のメッセージを受け取り、
笑みを浮かべ、また踊り出す


ついで黒沢かずこが登場
「木根尚登 祖師谷大蔵在住」の表記
木根だけ渋い住所なのは、オチに使われているのだろう
黒沢も大島のメッセージを受信
本棚の前でなぜかヘッドマイクを付けている


メッセージ発信を終えた大島が黄色い上着を脱ぎ、
黒のジャケット姿になる
大島は背中から金属製の翼を生やし、
国道を高速飛行で移動する
飛べるならわざわざ車が多い道路を使わなくても良いと思うのだが…


村上は相変わらず無駄な体の動きを続けながら走り出す
黒沢は大量のサングラスからどれを使うか選んだ上で、悠然と歩いて移動
多分黒沢がいる東京で集合するから、黒沢だけ徒歩なのだろう
黒沢だけ頭上に雨雲が浮かび、雨を浴び続けているのだが、
この演出の意味がいまだに分からない


こうして3人がどこかのビル街で合流する
夜になると、3人のために用意された車が現れる
3人は報道陣をかき分けて、
黒人ガードマンに守られながら車に乗り込む
ここは「Rhythtm Red Live Wolds's End Ⅱ」のオープニングや、
「Decade」エンディングを意識しているのだろうか


その後は演奏シーンが続き、
歌が終わると3人はソファーに座りこむ
すると同じソファーに同じ衣装で座るTM3人の写真が映されて、
PVは終わりとなる


このPVについて、3人がコメントをしている
どうでもいいことばかりだが、
メンバーの発言も少ない曲なので、以下に引用しておこう

小室「ぼくもやっと…(昔は)すごい細かったんですけど、少し最近ちょっと体重が増えてきて、ぽっちゃりしてきたんですけど、そのレベルではなかったんでね、うれしかったです」

木根「なぜかぼくのところにずっと雨が降ってたんで、きっとこれ、おそらくもしかして、いつかライブでやる時って、この曲でぼくは雨が降ってくるのかなって、ちょっと心配しています」

ウツ「ボーカルの人のリズムの取り方が、とってもなんか、リズムを取ってんのか、体を揺らしてんのか、よくわからない感じが楽しかったです」

小室「十何年活動して、この曲でやっと脚光を浴びたバンドみたいなイメージでがんばっていますので、よろしくお願いします」



DJ DragonはこのPV撮影現場に居合わせたらしく、
自らのBBSにそのことを以下のように記載している
今見ると、「三人がまるで別人」「 TKはいつもよりたくましい」はその通りである

きょう偶然、TKスタジオでTMのプロモ撮影に遭遇!
かなり力が入った感じ!すごい!三人がまるで別人!
とにかくすごかった、TKはいつもよりたくましいし
驚きのひとこと!往年のTMファンにはたまらない感じ
まさしく新生TMでした。はやく完成がみたい!



このPV、見たいと思うファンもあまりいないだろう
正直私もこの記事を書くために見ながらうんざりしている
PVの演出についてはもっと詳しく書くこともできるが、
それをしようという意欲も起こらない


だが森三中が代役を務めることを抜きにすれば、
TM再始動と言うコンセプトはよく分かる
また半透明のバーチャルな携帯電話や、
背中から生える金属製の翼など、近未来的な演出は、
典型的な80年代TMのイメージを惹起させようとしたものといえる


そして実はこのPVの大まかな流れは、
比較的評価の高い「I am」(2012年)のPVとほとんど同じである
片やR&C、片やavexへの移籍直後の作品だったという環境も同じである
「Castle in the Clouds」PVを真面目に再現したのが「I am」PVとも言えるし、
ある意味では「I am」PVは「Castle in the Clouds」PVのパクリとも言える


さて、「Premium Night」の話に戻ろう
このPVが流された後に司会が、
「わざわざ今日駆けつけてくれました、こちらの3人を紹介したいと思います。TM NETWORKの皆さんです!」
と言って、会場を盛り上げようとした
会場に流れる「Castle in the Clouds」


だがそこに登場したのは、PVでTM役を務めた森三中だった
3人はPVにまつわる話など、どうでもいいトークを行なった
TM目当てのファンからすればあんまりな流れだが、
もとより吉本の企画なのだから、仕方ないことでもあった


ただステージには楽器がセットされており、
TMが登場することは観客も分かっていただろう
スタンバイが完了すると、司会から、
「正真正銘のTM NETWORKの皆さんです!」


ステージにはサポートメンバーに加えTM3人が登場する
小室はパッチワークの下地に数字の柄の入ったシャツ、
ウツは黒地に模様の入ったYシャツの上に黒の革ジャン、
木根は黄色地・模様入りのYシャツの上に黒のジャケットを着ている


サポートはギター北島健二、ベース吉田建、ドラム村石雅行である
吉田・村石はレコーディングメンバーとして参加したものだろうが、
TMのライブで二人のサポートは初めてのことである
特に村石のサポートは、史上この時だけと思う
ステージでは観客から見て左に小室、中央にウツ、右に木根で、
小室の後ろに北島、ウツの後ろに吉田、木根の後ろに村石がいた


TMはまず「Castle in the Clouds」を演奏した
10日前に完成したばかりの曲である
「Castle in the Clouds」はシングルであるにもかかわらず、
現在までフルライブで演奏されたことがない
これはリミックスではないシングル表題曲では唯一の例であり、
(リミックスシングルでは「Get Wild Decade Run」もある)
その意味では歴代シングル中でもっとも扱いの悪い曲となった


「Castle in the Clouds」のこれまでの演奏例は、
この「Premium Night」を除くと、
2003/9/6・7に苗場プリンスホテルで行なわれた「Fan Event in Naeba」くらいである
そう考えると「Premium Night」の演奏は意外と貴重なものとなった


「Premium Night」ではこの後数分、
3人のトークが行なわれた
とはいっても、PVの感想とメンバー紹介程度で、
あまり深い話はなかった


深くない話中の木根



メンバー紹介が終わると、ウツが最後のMC

せっかくなんで、10月30日(のシングルには)、もう一曲、木根の曲が入ります。とても良い曲で。聞いてください。「君がいる朝」


ということで、本イベントは「君がいる朝」も披露して終幕となった
実は本イベントで最重要事項は「君がいる朝」の演奏で、
TM史上この曲が演奏されたのはこの1回のみである
(TM以外では2007年「Spin Off from TM 2007」やウツソロ「20 miles」「Phoenix Tour」「Fan Party & Live Through 2017」などで演奏例あり)
リリース前の初披露と言うことで、特徴的なアレンジはなかったが、
ウツは安定した歌を披露した


この一か月後、10/30「Castle in the Clouds」のリリースに合わせ、
メンバーは各地で販促活動を行なった
再始動直後の1999年~2000年にはそうした活動はほぼ皆無だったが、
「Major Turn-Round」リリース前後のラジオ出演くらい)
この時はそれなりの意気込みがあったということだろうか
あるいは吉本側の要求によるものかもしれない


詳しくは書かないが、
10/30には3人が渋谷TSUTAYAで、
11/1にはウツ・木根・徹貫が銀座山野楽器本店で、
11/3にはウツが荻窪の新星堂で、トークイベントを行なっている
またこの前後にはメンバーのラジオ出演も数件確認される


11/22には日本テレビの「FUN」に出演して、
「Castle in the Clouds」を演奏している
サポートもいるが、CD音源+口パクと思われる
PVと同じく2番カットのショートバージョンである
曲の最後、「今日のドアを開けよう」の部分では、
ステージセットの後ろに設けられたドアが開いて、光りが差し込んでくる演出があった
収録は11/7だったらしい


小室は白のTシャツの上に迷彩柄のシャツ、
ウツは黒のTシャツの上に革ジャン、
木根は白のYシャツの上に紫地に白線の入ったジャケットである
ウツの革ジャンは「Premium Night」の時と同じものか


番組では数分のトークがあったのだが、
肝心の曲についてのコメントはまったくなかった
同日放映された小室・KEIKOの披露宴とあわせて企画されたものだったため、
話題が結婚に集中してしまったためである


またこの番組の恒例企画らしいが、
ファンを集めてトークなどをする「ふぁんBOX」というコーナーがあり、
演奏+メンバートークよりも長い時間が取られた
「Love Train」を歌う67歳老女、
小室・ウツコスプレをするファン、
TM歴代シングルを暗唱するファンなどが登場したが、
本当にどうでも良い時間だった


以上のように、久々の新曲リリースだったにもかかわらず、
これを受けてTMが行なったのは、
数回のトークイベントとラジオ出演、
1回のイベント出演、1回のテレビ出演のみだった
キャンペーンソングのタイアップも、リリースの半月以上前にほぼ終わっており、
リリースされた頃には巷でまったく聞かれない曲になっていた
いまいち盛り上がりを欠いた新曲リリースだったと言わざるを得ない


キャンペーン特番「Laugh & Peace!! 笑いは日本を救うスペシャル」翌日の10/6に、
小室とKEIKOの結婚が発表されたのは、
おそらく「Castle in the Clouds」の宣伝効果も意図していたのだろう
結婚披露宴と「FUN」の放映を同日にしたのも、
同様の意図によるものと考えられる


しかしこうしたメディア発での話題提供によるプロモーションによって、
少なくともTMの活動が話題になった印象は、当時まったく感じず、
むしろ小室結婚の話題にTMが埋没してしまった印象である
結論として「Castle in the Clouds」による再始動は、
極めて印象の薄いものにならざるを得なかった


CASTLE IN THE CLOUDS
R and C Ltd.
2002-10-30
TM NETWORK
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