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20 Years After -TMN通史-

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ブログ名
20 Years After -TMN通史-
ブログ紹介
TM NETWORK(TMN)の歴史を通史的に振り返ってみたいと思います(予定)。

【注記】本ブログの文字の色は以下を意味しています
 ・青字=曲名・シングル
 ・緑字=アルバム
 ・赤字=ライブ・イベント
 ・黄マーカー=ビデオ・DVD
 ・赤マーカー=テレビ・ラジオ番組
 ・緑マーカー=書籍
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2012年、TM NETWORK、復活!

2012/01/27 02:15
すでにネットニュースや新聞に出ているので、
ご存知の方も多いと思いますが、

T M  N E T W O R K が ラ イ ブ を 行 な い ま す ! ! !


キター!!!!!


とりあえず1/25付けBARKSの記事を引用します
 3月20日(火・祝)千葉幕張メッセで開催される<ALL THAT LOVE-give&give->というイベントにて、米米CLUB、TM NETWORK、プリンセス プリンセスという3組が一堂に揃いライブを行なうことが明らかとなった。80年代から90年代にかけて、日本のロック・ポップシーンを大きく牽引したビッグ3だけに、当日は素晴らしいパフォーマンスが花開くことだろう。
 このイベントは、震災復興支援のためにイベント会社プロデューサーの声かけをきかっけに企画されたものだという。今もなお世代を越えて歌い継がれてきた数々の名曲を多数保有するアーティスト群だけに、まさに夢のような共演の実現となる。
 「当日は米米らしい、楽しいステージにするのがいちばんいいと思ってるんです。沈鬱な雰囲気の米米CLUBなんて誰も見たいと思わないでしょうし(笑)、ストレートに米米ならではのステージを披露したいと思っています。」──カールスモーキー石井
 「3人で集まって“一緒に音楽をやりたいよね”というタイミングで、このイベントに声をかけてもらいました。笑顔を未来に繋いで行くことを連想させるようなライブにしたいですね。皆さんに会えるのを楽しみにしています。」──宇都宮 隆
 「再結成初のライブに、この「ALL THAT LOVE」の出演を決めました。誰よりも、メンバー5人が楽しみに、夢に見ている瞬間です。15年ぶりに決心したこの想いが、会場を昔みたいに、いえ、それ以上に揺らせるように、頑張ります!」──プリンセス プリンセス


以上にある通り、3/20幕張メッセのチャリティイベント「All That Love -give&give-」に、
米米CLUB・Princess Princessとともに、我らがTM NETWORKも出演します
magneticaのサイトには、ウツの動画コメントも出ています
これによれば、ウツのところに来た話だったようです

すでにご存知の方もいるかと思いますが、3月20日に幕張メッセにて行なわれる震災復興チャリティイベント「All That Love」に、TM NETWORKが出演することに決まりました。今回このイベントの話を聞いてですね、去年からの僕の活動とつながる部分があり、是非参加させていただきたいと思いました。で、さらにTM NETWORKで出演できないかというお願いだったので、もちろんTMに連絡を取って、イベントの内容を伝えたところ、二人も賛同してくれるとのことだったので、参加を決めました。


小室さんもtwitterでコメントしていまして、
「TM NETWORKのセットリストは80”なのかな? 1日だけの復活なのかな?少なくとも3人はいろいろ話すのだろう。」
とか書いています
まだ詳しい内容は決まっていないのでしょうけど、
TMファン以外の方々も来るということで、
80年代の有名な曲をメインにやることになりそうですね


セットリストはファン以外でも知名度が高い曲ということで、
「Get Wild」「Be Together」「Self Control」のお決まり3点セットに、
「Beyond The Time」「Seven Days War」「Still Love Her」「Love Train」
ってところでしょうか
一曲くらいはファン向けレア曲をやってほしい気もしますが、
「TM NETWORK -REMASTER-」の縮小版みたいな内容になるんでしょう
しかし今はとにかく、3人で活動してくれることが重要だろうと思います


今回はジョイントライブとはいえ、
実に2008年5月以来約4年ぶりのTM NETWORKです
そして小室さん逮捕によって25周年企画が流れて以来、
初めてのTM NETWORKです


一時小室さんはこれで終わりと言われ、
小室さんが音楽活動を再開してから、
メンバーはTMをやりたいと言ってはきましたが、
具体的な動きはまったくありませんでした


むしろ今年はウツと木根さんのソロ20周年ということで、
TM NETWORKやる可能性は低いかな…みたいなことを、
私もこのブログで書いていました
というか、今年という括りではなくても、今後TMを見られることがないというのは、
十分にありえる想定でした


そんな時に、まさかの復活です
しかも、単独でないにしろ、メディアにそれなりに取り上げられての復活です
おそらく世間での主な注目の対象は、
今年復活したPrincess Princessの初ステージなのでしょうが、
ともかくある程度大きな扱いで復活ができそうなのは、嬉しい限りです


もっとも上に引用した小室さんのtwitterを見る限り、
継続的に動くことになるかは未知数のようですし、
ウツ木根ソロもありますから、本格的な活動は難しいかもしれませんが、
これがきっかけになってTMが少しずつでも動いてくれればと思います


チケットの一般発売は来月ですが、
1/31までローソンチケットで先行予約を受け付けています
どれくらいの倍率になるのでしょうか
今のプリプリ・米米の集客力によりますが…


開演が16:00と、妙に早いですね
3時間やっても夜7時です
こんなに早く始まるということは、ライブは結構長いのでしょうか
各1時間くらいあったりするといいですが…
まあ、いずれ情報も入ってくるのでしょうし、
注視していたいと思います


ソロの話も少し
magneticaではTMの話が出たのと同じ日に計算して、
去年のウツライブのDVDリリース情報を出してきました
ともに4/18リリース、5500円です
ソロとは言え、「Detour」の初映像化です

■Takashi Utsunomiya Tour 2011 Timesmile
昨年11月5日に渋谷AXにて行われたTimesmileツアー最終日の模様を収録!
最新曲の「CROSS」はもちろん、TM NETWORKの「Detour」、SPEEDWAYの「CAPTAIN AMERICA」など、過去の名曲を含む全18曲を収録予定!

■Takashi Utsunomiya Premium annual concert dinner show 2011
昨年12月23日にホテル日航東京にて行われたディナーショーの模様を収録!
TM NETWORKの「Resistance」や、ライブでは初披露となった「君のヒカリ」を含む全13曲を収録予定!


またRoots of the Treeによれば、木根ソロ20周年企画として、
ベスト版をリリースするそうです

・TM楽曲集「キネバラ」 4/18リリース TMの木根曲セルフカバー
・リマスターソロ「キネベス」 4/18リリース 21世紀木根ソロ曲のベスト版
・提供楽曲集「キネメロ」 7/4リリース 提供曲のセルフカバー
・リメークソロ「キネソロ」 9/26リリース 20世紀木根曲の新録

これらの収録曲はネット上の投票で決めるそうで、
現在「キネバラ」「キネベス」投票が行なわれています
締め切りは2/12です


木根さん、昔TM曲はよくセルフカバーしていましたが、
ファン投票をするとどれが入るんでしょうね
候補曲を見ると、共作とか作詞した楽曲も入っているんですね
「Give You A Beat」とか「Another Meeting」とかもありなんだ…
「Time Machine」は気になりますね
今の木根さんだと、変なクセつけて歌っちゃいそうだけどなあ


小室さんについては以前取り上げた通り、
来月リミックスソロアルバムとライブDVDがリリースされます
また内田裕也さんからの依頼で、最近曲を作ったようです
こりゃまた、古い縁ですね… つうかまだ連絡があったんですねえ


などなど今年になって、
TMのみならず各メンバーに色々と動きが出て参りました
これからどうなるか楽しみです


今回は通常更新をするつもりでしたが、
結構長くなったので、また次回(来週)にします
ではまた


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5-18 TMN 4001 Days Groove@

2012/01/15 09:19
「Roots of The Tree」で、
木根ソロ20周年企画第一弾「東京サミット IN 代官山」のお知らせが出ています
FC限定の内輪イベントのようですが…料金15750円!?
何があるんでしょうか
記事を転載しておきます

TREE of TIME 会員のみなさまと、TREE of TIME や木根尚登について大いに語り、
ソロデビュー20周年をみんなで盛り上げましょう!というイベントです。
初期のソロアルバムを中心とした雰囲気満点のライブあり、
木根議長とのサミットあり、2ショット撮影あり、昼食あり。
あの『ユンカース・カム・ヒア』(原作)の舞台となった西郷山公園近くの隠れ家的おしゃれホールで、
2012年ソロ20周年記念1発目のソロライブをFCのみなさまに捧げます。


ウツもまだ具体的なことは出ていませんが、
新年の挨拶でソロ20周年の年ということを強調しています
magneticaのお知らせより)
多分何かやるんでしょうね


小室さんは年始から曲作りをしているようで、
ブログによれば1/11に1曲目が完成したようです
AAAとかSoweluとかの提供曲もできたようですね


1/11リリースのSweet Liciousという女性ユニットのアルバム「Girlicious」にも、
「桜 〜Dear my best friend〜」という曲を提供したようです
この方たち、全然知りませんが、
小室さんも桜ソングとかを作るようになりましたか…
いや、別に小室さんが作詞したわけじゃないんですけどね


では今年最初の本編更新です

----------------------------------
TMN最後の活動となったのは、
東京ドームの2daysライブ「TMN 4001 Days Groove」である
1994/5/18・19に行なわれた


会場の規模は約5万人で、2日で約10万人を動員したことになる
他に東京ドームライブとしては、
1988年の「T-Mue-Needs STARCAMP TOKYO」の例があるが、
これは1日限りのライブだったので、
規模の上では「4001 Days Groove」には及ばない
つまりTMNは、最後に最大のライブを開催したことになる


「4001日」というのは、当時TMNがよく用いた数字である
「一途な恋」の時に「685日」という日数をキャッチフレーズにしたが、
その時と同じ発想だろう


ただし685日は「Wild Heaven」リリース日(1991/11/15)から、
「一途な恋」リリース日(1993/9/29)までを足掛け数えた日数だが、
4001日は画期となる日を結ぶ日数になっていない
1994/4/21の足掛け4001日前は1983/5/9、
1994/5/19の足掛け4001日前は1983/6/6で、
TM NETWORK史上大きな出来事があった日ではない
おそらく語呂だけで決めたキャッチフレーズなのだろう


なお当時メディアで「4001 Days Groove」は、
「four thousands and one days groove」ではなく、
「よんせんいちにちぐるーぶ」と読まれた
分かりやすさを優先したのだろう


「Groove」も終了期TMNの商品でしばしば見られた語である
この時期の「Groove」と言われて思いつくのは、
2月リリースのtrfの「World Groove」であり、
TMN「終了」後まもなく活動を始めるEUROGROOVEであり、
いずれも小室関係のプロジェクトである
初見は1993/11リリースtrf「Silver and Gold Dance」のカップリング、
「Winter Groove」だろうか
この時期の小室の頭にあったキーワードをTMNにも用いたのだろう


このライブが12月から計画されていたことは、
すでに触れたところである
その差配はタイムマシンを離れていた立岡正樹と石坂健一郎に依頼された


映像担当には原田大三郎が起用された
これはYMO「再生」ライブで石坂とともに仕事をした関係によるようだが、
おそらくこれを契機に、小室は原田と長く関係を持ち続けることになる
TM再結成後の「Tour Major Turn-Round」「Double Decade Tour」なども、
原田が映像監督として関わっている


ただしビデオでは映像監督が坂西伊作となっており、
実際に坂西が総責任者だったようである
原田の役割がはっきりしないが、
映像の準備や組み立てなどを行ない、
それらを現場で流すのは坂西の仕事だったのだろうか


このライブには久保こーじやEPIC/SONY関係者にも協力が仰がれたが、
小室との関係が険悪だったタイムマシンスタッフは、事実上排除された
小室が先に動いたことで、
タイムマシンに対してイニシアティブを取ったといえるかもしれない


ライブ開催の情報が公表されたのは、
当然ながら「終了」発表の4/21のことだった
Timemachine Café会員には同日に優先予約の案内が届けられたが、
4/26受付という急なものであり、一般発売も4/29のことだった
東京ドームという巨大な会場の公演にしては直前過ぎる印象もある


おそらくTMNが5/5に「笑っていいとも」テレフォンショッキングに出演したのも、
チケットが売れ残る可能性を考えたものだろう
だが実際には一般販売分はまたたく間に売り切れ、
この時には追加の増席分の販売(5/10)が宣伝された


小室はTMNを自然消滅させず、
最後に大きいライブをやって、華々しく終わらせたかったという
たしかに東京ドーム2日間のチケットを即日完売させたことは、
TMNの健在をアピールすることになった


逆にTMNの人気がジリ貧のまま細々と活動を継続したところで、
後にこれほどのインパクトを世間に与えることはできなかったかもしれない
その意味で、人気を保っていた時期に「終了」したことは、
TMNを伝説的ユニットとして記憶させる上で重要な役割を果たしたといえる


このライブはTMNに付きものの大胆なアレンジがほとんどなく、
多くはCD通りに一曲5分程度で演奏されたため、
演奏曲数は両日とも約20曲に及んだ
しかも両日の演奏曲はほぼすべて入れ替えられたため、
2日で40曲を演奏したことになる
当時TMNが発表していた歌入りの楽曲は90曲程度だったから、
約半分の楽曲が演奏されたことににある


実はこのライブ、当初は3日間開催することが想定されていた
「終了」記念BOX「TMN Groove Gear」収録のCDや、
ベスト版「TMN Black」「TMN Red」「TMN Blue」など、
この頃は3点組みの商品が目立つ
メンバー3人を象徴する3つの円を重ねた「終了」のロゴに見るように、
「3」という数字自体に意味があったのだろう
しかしライブの計画が始動するのが遅かったため、
石坂らは会場を3日しか押さえることができず、
ゲネプロの日を考慮してライブ本番は2日しか出来なかったとのことである


もしもライブが3日あれば、演奏曲はさらに増えていただろう
その場合、FANKS以前(〜1985)、
リニューアル以前(1986〜89)、TMN(1990〜94)
という形になったのだろうか
それとも別の分け方になったのだろうか


想像は尽きないが、もしも幻の3日目があれば、
「Your Song」「Girl」「Resistance」「Beyond The Time」など、
演奏されなかったシングル曲や、
あまり聴けないアルバム曲も演奏されていただろう
「TMN 4001 Days Groove」はTMの代表曲や、
過去のライブの定番曲をメインに選曲されており、
これはこれで最後のライブにふさわしいのだが、
もう一日あればレア曲も聞けただろうと思うと、実に残念である


ライブのリハーサルは5/5から始まった
TMNは4/21に「終了」を発表してから、
この日の「笑っていいとも」までメディアに出演し、
ライブの準備に入ったのである


本番は5/18からだから、
リハーサルは全部で13日しかなかったことになる
5/17はゲネプロに当てられたので、
打ち合わせや音作りは5/16までに完了していたことになる
しかもライブ2本、約40曲分である
この日程では、もとより特殊なアレンジを試みることは困難だっただろう


「TMN 4001 Days Groove」についてもっとも際立つ特徴は、
選曲や音作りも含めて、
従来ライブに関わってきたスタッフが基本的な準備を行なったという点である
TMNのライブは、TM NETWORK時代も含め、
小室がコンセプトを立案し、音源を作成し、
セットリストはメンバーで決めていた
それに対してこの時のTMNメンバーは、
自らライブを組み立てることはしなかった


4/21の「終了」発表からライブまで1ヶ月も無く、
しかもTMNはこの間、メディア出演にも忙しかったため、
自ら準備にたずさわる時間がなかったのかもしれない
だがウツはともかく、小室と木根は「終了」前から動けたはずだから、
ライブの準備を事前に行なおうと思えば可能だったはずである
あえて自ら関わらなかったということだろう
TMNとしては極めて珍しい形で準備されたライブである
(ただし2007〜08年のライブは事実上これと同様の形と思われる)


小室に関しては、trfのレコーディングもあったのかもしれない
「survival dAnce」のレコーディングは3月には終わっていたはずだが、
(4月からドラマ「17才」の主題歌)
6/22リリースの「Boy Meets Girl」のレコーディングは、
「終了」前後にかかっている可能性が高い
両曲を収めた7/27リリースのミニアルバム「Billionaire」も、
レコーディングの準備は始まっていたかもしれない
また篠原涼子「愛しさとせつなさと心強さと」のレコーディングは、
「TMN 4001 Days Groove」直前には始まっていた
早い話4〜5月の小室は、
すでにTMNのみに時間を割くことはできない状態だったと思われる


スケジュール上でもっとも負担だったのはウツだろう
なにしろ3ヶ月の全国ツアーが終わった4/20の直後からメディアに出演し続け、
5/5にはライブのリハーサルに入ったのである
ウツは本番の感動を味わうために、
リハーサルではあえてあまり歌わなかったというが、
実際にはツアーで酷使していたノドの調子を整える必要があったからだろう


しかしそのせいか、
このライブはビデオに完全収録する予定だったにもかかわらず、
ウツは何度か歌詞を間違えてしまった
(もっともこれはこの時に限らないが)


ライブの演出やパフォーマンスにも、特筆すべきものはない
たとえば「CAROL Tour」のミュージカル、
「Rhythm Red Tour」のガルボア登場、
「Tour TMN EXPO」の各パビリオンの企画など、
目玉となる演出が、このライブにはなかった


またパントマイム・竹馬・手品・空中浮遊など、
TM NETWORK時代の木根パフォーマンス、
FANKS時代以来のウツのダンスパフォーマンスも、特に無かった
小室のライブパフォーマンスもかなりおとなしめである
シンセソロのコーナーはあるが、
シンセの上に乗ったり破壊したり、ステージを走り回ったりはせず、
基本的にシンセブースの中で黙々とシンセを弾くだけだった
例外は「You Can Dance」でドラムを担当したことくらいだろう


つまり「TMN 4001 Days Groove」は、
音の面でも演出の面でも、極めて「普通」のライブだったが、
それはTMNとしては極めて特殊なライブだった
したがってこのライブの映像を以って、
「これがTMNだ」とは勧めがたいところがある
ただラストライブの演奏としては、これでよかったという意見もあるだろう
むしろオーソドックスな演奏なだけに、
現在でもファン以外の人に聞かせやすいという側面もある


音源作りの中心は、久保こーじが行ない、
それを元に小室が指示をしたり手を加えたりしたらしい
久保は「終了」発表以前から準備を始めていたようである


久保は従来からTMのライブの裏方で、
マニピュレータとして参加していたのだが、名前は出ていなかった
それに対して「4001 Days Groove」ではコンピュータオペレーションとして、
正式にサポートメンバーに登録されている
これは本ライブでの貢献が認められたからであろう
これが、久保がTMNのフルライブのサポートに登録された唯一の例である


セットリストについては、スタッフが作成したものをTMNメンバーが検討し、
何曲か入れ替えたり、演奏順を直したりしたらしい
スタッフ案はだいたいメンバーの納得の行くものになっていたという
ライブの時間は両日ともアンコールを含め、だいたい2時間半だった


選曲はスタッフが行っただけに、バランスが重視されている印象である
基本的にはシングル曲を中心として、
各アルバムの曲をそこに1〜2曲加えるという形になっている
演奏曲はシングル19曲、その他18曲という構成である
具体的には以下のようになる

「Rainbow Rainbow」4曲(2曲シングル)
「Childhood’s End」3曲(2曲シングル)
「Gorilla」4曲(1曲シングル)
「Self Control」3曲(2曲シングル)
「humansystem」3曲(1曲シングル)
「CAROL」8曲(3曲シングル)
「Rhythm Red」4曲(3曲シングル)
「EXPO」2曲(2曲シングル)
・アルバム未収録シングル4曲
「Electric Prophet」(ミニアルバム収録)・「Timemachine」(未発表曲)


一見して「CAROL」からの選曲が多いが、
これは5曲が「CAROL」組曲(「Just One Victory」含む)だからで、
これらを1曲と見れば実質的には4曲となる


18日の1曲目をデビュー曲の「金曜日のライオン」
19日の本編ラストをラストシングル「Nights of the Knife」にするというのは、
事前に決定していたらしい
選曲は原則として、5/18に1987年以前の曲を、
5/19に1987年以降の曲を演奏することになっており、
この点は事前に告知されていた


1987年を境目にしたのは、
一つにはブレイク以前と以後で分けたということだろうが、
一つにはこの年にリリースされたTMの代表曲「Get Wild」
両日演奏することを前提にしたためだろう


ただし5/18・19の演奏曲目は、
実際には必ずしも厳密に発表年代で分けられていない
ヒット曲が5/19に集中してしまうことを避けるため、
多少の調整を行なったのだろう


たとえば「1974」は1984年の発表にもかかわらず、
19日冒頭に演奏されている
TMにとってデビューのきっかけとなった記念の曲という、
特別な位置付けだったからだろう


逆に1991年の「We love the EARTH」「Love Train」は18日に演奏されている
18日はヒット曲が少なめになるため、
あえて最大のヒットシングルを18日に演奏したのだろう


1986年の「You Can Dance」が19日に演奏されたのは、
ライブの構成上の問題だろう
ライブ終盤は両日とも「Get Wild ‘89」が演奏された後、
さらに盛り上がる曲を2〜3演奏して、
バラードで締めるという構成だったが、
「Get Wild ‘89」の次は、18日が「Dragon The Festival」
19日が「You Can Dance」だった
この二曲はFANKS期ライブの二大盛り上げ曲であり、対の選曲だろう


メンバーの意向によるセットリスト変更がどの部分かは、明確ではない
判明しているものとしては、「Still Love Her」がある
これは4/23、ラジオ特番「10th memorial night」の人気投票で、
この曲が2位に入ったため、急遽セットリストに追加したものである


「Be Together」も当初はセットリストに入っていなかったらしいが、
(ライブ定番曲であるにも関わらず)
ラジオ番組でファンから演奏するんですよねと聞かれ、
忘れていたが入れることにしたという
「Be Together」「Still Love Her」がそれぞれ18日・19日の2曲目というのも、
途中で追加したことと関係するのだろう
つまり両日とも最初の2曲は、
デビュー期の楽曲+ファンの要望による選曲という組み合わせになっている


一方で削られた可能性が高いのは「Resistance」である
小室は4/22「TMNのオールナイトニッポン」で、
この曲もやると思うと言っていた
この曲は「Be Together」と同じ「humansystem」に収録され、
同じアップテンポの曲であるから、
「Be Together」と差し替えで削られたのかもしれない


また「一途な恋」は、当初セットリストに入っていたのだが、
リハーサルで歌ってみるとAメロの息継ぎが無く、
生で歌うことが不可能であるため、セットリストから外されたという
こちらは「Still Love Her」との差し替えだろうか


演奏曲の中では、初披露となる「Nights of the Knife」はもちろん貴重だが、
それとともに、19日のアンコールで演奏された「Time Machine」も注目される
これは1984年のデビューライブの頃の曲だが、
レコーディングはされず、幻の曲となっていた
それがTMN最後のステージの最後の曲として演奏されたのである
この曲の映像・音源はライブも含め商品化されていなかったため、
19日のライブ映像・音源は、極めて貴重なものとなった


また本ライブは、「final live LAST GROOVE」として8月にビデオ化されたが、
18日の「We love the EARTH」「Confession」「永遠のパスポート」「Seven Days War」
19日の「Still Love Her」「Nights of the Knife」「Time Machine」及び「CAROL」組曲は、
初めて映像が商品化されることとなった


特に「Confession」「永遠のパスポート」「Time Machine」は、
テレビでも演奏されたことがなかっただけに、貴重な映像となった
「永遠のパスポート」は、現在でもこれ以外にライブ映像が存在しない
「tribute LIVE」の映像はDVD化されているが、TMの演奏ではない)


サポートメンバーは、
コンピュータオペレーションが久保こーじ、
ギターが北島健二と葛城哲哉、
ドラムが山田亘と阿部薫である
ベースはシンセで行なった
ギターとドラムが二人ずつで、
FANKS期(Fence of Defense)とTMN期のサポートが、
各一人ずつ参加する形となっている


5/19の「CAROL」組曲ではシンセで浅倉大介が、
「Get Wild ‘89」「You Can Dance」ではギターで松本孝弘が、
それぞれゲストとして参加した
松本がいる間は木根・北島・葛城・松本の4人のギタリストがいたことになる


その他、ライブ本編では関わらないが、
オープニングで登場して観客を煽る黒人がいた
名前は分からない


セットは客席から見て中央にウツ、右に小室、左に木根が立つ
小室は周り一帯がシンセで囲まれている
ウツの後ろにはドラムセットが二つ並び、
右側が山田、左側が阿部である
山田の前には北島、阿部の前には葛城が立つ


また会場の中央には高台が設けられていた
これが何かはまったく言及されなかったが、
アンコールで3人だけで演奏する時に使われる舞台として用意されたものだった


会場は東京ドームということで、後方の席の観客にも見えるように、
巨大なスクリーンにステージの様子が映し出された
曲の演奏が終わると、
最後に曲名とその曲のキャッチフレーズを映し出すという演出もあった


このスクリーンには、曲に関わる過去の映像(ライブ映像やPV)も映され、
観客に過去を思い出させる効果も狙っていた
またうごめく有機体のようなCG映像が随所に挟まったが、
これはCGアーティスト河口陽一郎の作品である
この映像は当時TMNのCMでも用いられた


メンバーの服装は両日異なるものが用意されたが、
どれも一色のネクタイ・スーツ姿だった
スーツの色は、
小室は赤(5/18)・黒(5/19)、木根は青(5/18)・黒(5/19)、
ウツは青・白(5/18)・黒・赤(5/19)である


こうしたフォーマルな雰囲気の衣装は、
この頃のTMNのTV出演時にも用いられたが、
いかにも締めくくりという雰囲気を出しているし、
大人になった3人の雰囲気にもよく合っている


また小室はインテリ風のストレートヘアーになっているが、
これは非常にカッコイイ
1年前が最悪だっただけに、なおさらである
男でも惚れるかっこよさだ
全小室中のベストの風貌と考える者もいるだろう


2日目の小室



一方ウツのパフォーマンスも、とても自然で、かつ魅力的である
このライブでは十分なリハーサル期間が取れなかっただけに、
ライブ中の細かい演出が設けられず、
基本的にウツの判断で動いていたものと思われるが、
それがかっこよく見えるのは、やはり2度のソロツアーの経験の賜物だろう


声は本調子ではなかったようで、
5/19一曲目の「1974」では声が出ていないが、
一度きりのライブとしては歌も全体として合格点だと思う


このライブの様子は5/18のライブ本番中に、
NHKのニュースでライブの模様が中継された(曲は「Confession」
このニュースの様子は、当日ライブ会場でもスクリーンで放映された


1994/6/19にはNHKの一時間の特番として、
「TMNラストコンサート〜TMN 4001 DAYS GROOVE〜」が放送された
一部解説やメンバーのコメントも含むが、
基本的には「TMN 4001 Days Groove」のダイジェストである
6/22にベスト版「TMN Black」「TMN Red」「TMN Blue」と、
ビデオ「Decade」のリリースを控えていたため、
このタイミングで放映したのだろう


ライブの具体的な内容は次章・次々章で触れることにする
最後に会場のスクリーンに映し出された演奏曲のキャッチフレーズを挙げ、
本章を終えよう(表示がなかったものは略す)

・「君を迎えに来る日まで」(「金曜日のライオン」
・「Shake, Shake, Shake my soul」(「Be Together」
・「君より他に愛せない」(「Don’t Let Me Cry」
・「君はひとりじゃない 何も迷わないで」(「Nervous」
・「もっと本気になればもっと素敵が見えるはず」(「アクシデント」
・「君に会うために生まれた」(「We love the EARTH」
・「二人の愛をもう一度」(「Love Train」
・「ふたりを待つゴールは別れや悲しみじゃない」(「1/2の助走」
・「うまく生きていくのはあいかわらず下手だけど」(「Confession」
・「本当の事は誰も知りたくはないさ 全てを許せるほどやさしくなれない」(「永遠のパスポート」
・「Can’t Stop It Now Don’t Stop Me Now」(「Rainbow Rainbow」
・「きっと今夜君ならば」(「All-Right All-Night」
・「Sixteenあの頃の気持ち」(「1974」
・「僕はここで生きてゆける」(「Still Love Her」
・「Just Wild Heaven You and I Live」(「Wild Heaven」
・「It’s called “Red” It’s called “Black”」(「Rhythm Red Beat Black」
・「I Kiss You for Bright & Dark」(「Kiss You」
・「きっと今夜捜し出せるさ」(「Come On Everybody」)
・「めぐり会えたら何かが変わるのに」(「Human System」
・「Don’t you know that we are the power?」(「Time To Count Down」
・「君は見つめているかい Don’t let me down」(「69/99」
・「It’s your dream or my dream or somebody’s dream ひとりでも傷ついた夢を取りもどすよ」(「Get Wild ‘89」
・「醒めた大人になるなんて急ぎすぎる」(「You Can Dance」
・「Feel so deep You don’t know how I feel」(「Dive Into Your Body」


TMN final live LAST GROOVE 5.18
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MyFavourites11 大きな地震がきたって (CHARA、1992年)

2012/01/06 04:27
あけましておめでとうございます
最近忙しくて更新が滞っており、すみません
第5部、もうすぐ一年経つんですよね
まあ、とりあえず「終了」までは来ましたので、
最低限のところはクリアしましたが、
ホント最低限のところですよね…


とりあえず順調に行っても、第5部は夏頃までは続く気がします
もう見限った方も多いかとは思いますが、
忍耐力のある方はどうぞお付き合いいただければと思います


正月は、ロンブー淳の特番に小室さんが出ていましたね
見なくても何も損しない(見ても何も得しない)内容でしたけど…
現状で小室さんの情報は、
2月のライブDVD・CDとリミックスCDのリリースくらいですが、
多分keikoさんの病気のため、
いろんなものが頓挫しているのだと思います
まあ、無理に曲作って変なものが出ても困るので、
むしろ今はゆっくりしてもらえればと思います


今年はウツ・木根ソロ20周年ということで、
TMファンの方にはそちらがメインになるかもしれません
それで2013年に30周年に向けてTMが活動を開始、
2014年に30周年記念イベント…みたいになれば良い方でしょうか
25周年がぶっとんだ後、いつTMが再開するかと思っていましたが、
もうタイミングとしては30周年くらいしか残っていない気がします


さて、今回は久しぶりのMyFavouritesです

-------------------------------


今回はCharaです
Charaといえば、一般には1990年代後半に一番注目されたのですが、
今回はそれ以前の1990年代前半をメインに取り上げます
具体的には1991年から1994年、
デビューアルバムから4thアルバムの時期に当たります


上にリンクを貼った「大きな地震がきたって」は、
2ndアルバム「Soul Kiss」の先行シングルとしてリリースされた曲です
Charaが一部で注目されるようになっていた頃です
このPVを見たことない方、
まず以下の文章を読まれる前に、PVを再生してみて下さい
かなり予想外の内容かと思います


別に莫大な予算を投じてロケをしているとか、
特殊な演出があるわけではないです
その点では極めてシンプルな作りなのですが、
CDを先に知っていた私は「え?」と思いました


PVといえば普通CD音源にあわせて、
趣向を凝らした映像を作るものなのですが、このPVは逆です
映像は多分スタジオでCharaを撮っただけのものなのですが、
最後の部分を除き、歌がCD音源ではありません
一応CD音源はバックに流しているのですが、
それをBGMにCharaが一人でしゃべったり、
CDにあわせて上から歌をかぶせたりします


このセリフや歌のタイミングは台本があるんでしょうが、
PVを撮りながら生で録音したものと思われます
こういうPVがあったかー!と、やられた気分でした


初期Charaには他にも好きな曲がいっぱいあって、
デビュー曲の「Heaven」
そこそこ知名度を上げた「シャーロットの贈り物」
ソニーカセットテープのCMで使われた「Happy Toy」
その他「Rainbow Gossip」「愛の自爆装置」「罪深く愛してよ」など、
どれも素晴らしい曲です


個人的には3rdアルバム「Violet Blue」が一番好きです
一枚ずっと聞いていて全然飽きない楽しい作品です
本来はここから選びたかったのですが、
今回はPVに負けて「Soul Kiss」からの選曲になりました


残念なので「Violet Blue」からも、
「シャーロットの贈り物」のPVにリンクを貼っておきます
聞いたことのない方、是非聞いてください
歌もそうですが、TMファンならシンセも多分頭に残ると思います


ちなみに2ndの「Soul Kiss」は、オープニングが素晴らしいです
一曲目のタイトルチューン「Soul Kiss (prologue)」
幻想的なシンセ音の中、
「親愛なるパパとママ、私は今日、初めて魂の震えるキスをしてしまいました」
というCharaのセリフが入るだけの短い曲ですが、
このオープニングだけでゾクゾクします


さて、以前書きましたが、
私は「EXPO」の頃からTMNや小室さんには見切りを付け始めており、
メインで聞いていたのはSing Like Talkingになりつつありました


ただ私にとってSing Like Talkingは、
良質なポップスを提供してくれるユニットではありましたが、
70〜80年代洋楽、特にAORやファンクミュージックの影響が強い、
新しさよりは質を重視した音楽という印象でした
その意味で新しさを重視したTMとは別の関心から聞いていたわけで、
いうなればTMとSing Like Talkingは、
私の脳内では並存可能な存在だったといえます


これに対して、私の中のTMの存在感に真っ向から挑んできたのは、
Flipper's GuitarとCharaでした
カチンと来る方もいると思いますが、
彼らの登場によって私の中のTMの楽曲の新しさは、
「80年代の」という限定付きのものになってしまいました


Charaについて言えば、
あえて歌に付けたキュートなクセ、
美人とは言いがたいけれどどこかキュートな表情と仕草、
私が女性だったら、おそらく当時もっとはまっていただろうと思います


私はよく分からない世界ですが、
ファッション誌にもよく出ていたらしいですね
Charaはお嬢様、ぶりっこ、美人、不良など、
従来の単純なアイドル的カテゴリーに収まらない、
不思議な魅力を持つ女性像を開拓したように感じます


Charaは作詞も担当しましたが、
女性の不条理な内面をしっかり歌い上げる歌詞は、
たとえば同時期に女性の本音を歌って大ヒットした「ロマンスの神様」などよりも、
よほど赤裸々で耳を向けさせる内容でした


表現も面白いものが多いです
たとえば「大きな地震がきたって」冒頭は、
「大きな地震がきたってわからないくらいにあたしときたら体中心臓でいっぱい…」
と始まるんですが、
「体中心臓でいっぱい」って表現、自分じゃ思いつかないなあ


そして楽曲ですが、シンセの音色の選び方や音の重ね方などは、
すでに小室さんの後の世代の時代なんだと感じさせるに十分でした
はっきり言ってTMNやtrfと比べても、
この頃のCharaの楽曲の方がシンセのセンスは上と思います


この頃の小室さんはダンスミュージックという畑に移ることを試みますが、
現実問題として、ポップスの土俵で音の新しさをアピールする限りにおいて、
小室さんの時代は終わっていたのだろうと思っています
近未来(一時代先)の音を提示することを命題としたTMNが「終了」したのは、
事務所問題やtrfのヒットなどとは別次元の問題として、必然だったのでしょう
(ただし新しいかどうかとは別に、小室さんの楽曲は魅力的と思っています)


初期Charaの楽曲を実質的に担当していたのは、
プロデューサーの浅田祐介さんです
この方、Charaのプロデューサーとしてプロになった方で、
まさしくこの二人はタッグで音楽の世界に参入したといえます
多くの曲は、歌詞をChara、曲を浅田さんが主に担当していました
私が1994年までのCharaが好きなのも、彼の存在が大きいです


私にはゴシップには興味ないのですが、
初期Charaの音楽的背景を考える上で重要なので触れておくと、
浅田さんとCharaは恋人同士でした
二人は実質的には、
カップルでデビューした新人ユニットだったといえます
だからこそこの時期、
息のあった名作が次々と生み出されたのでしょう
若い新鮮な感覚故の魅力というのもあったのだと思います


Charaの音楽性は1990年代前半と後半で大きく変わるのですが、
そのきっかけは、1994年、Chara出演の映画「Picnic」でした
Charaはこの映画で浅野忠信さんと知り合い、1995年に結婚します
1994/10/10リリースの「Happy Toy」のレコーディング時には、
すでに浅田さんとの関係は切れていたと思われますが、
契約の問題もあり、このタッグのCD製作は行なわれます
しかし翌年、Charaの妊娠もあり、
シングル1枚以外新曲はリリースされません


1996年には映画「Swallow Tail」の主演を務めますが、
劇中の楽曲が劇中のバンドYen Town BandのCDとして、
小林武史さんプロデュースで「Montage」がリリースされ、大ヒットします
これを受けて1997年のCharaは、
「やさしい気持ち」「タイムマシーン」をチャート20位内に入れました


さらに同年、3年ぶりのオリジナルアルバム「Junior Sweet」は、
Chara唯一の一位獲得作品となり、
105万枚、年間23位という最高記録を達成します
おそらくもっともよく知られるCharaは、この時期でしょうが、
このアルバムは大沢伸一さんのプロデュースで、
この頃になると浅田さんはまったく関わりません


もちろんこの頃も良い作品はあるのですが(大沢さん自身好きですし)、
個人的な嗜好としては浅田さんの音使いが好きだったので、
結構残念でした
この頃になると、90年代前半のTMNと同様、
Charaの新しさも歴史的なものとなってしまった感があります
大人のミュージシャンになったということでもあるのでしょうけども…


なお1999年にはCharaとYUKI(Judy and Mary)のユニットchara+yuki名義の
「愛の火 3つ オレンジ」で浅田さんが編曲を担当しますが、
ごく一時的なもので終わりました
この曲は特に好きなわけでもないのですが、
PVはけっこうインパクトがあります
一応リンク貼っておきますね


ではまた次回、通常更新で


Soul Kiss
エピックレコードジャパン
1992-08-29
Chara
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5-17 Nights of the Knife

2011/12/26 06:16
12/23、小室さんがラフォーレ原宿で「HARAJUKU PERFORMANCE+ DOMMUNE」に出演しました
8月に富田勲さんと共演するはずだった「FREEDOMMUNE ZERO」が、
台風で中止されてしまったことのリベンジだったのでしょうか


ライブ前には富田さんと小室さんのトークがありましたが、
小室さんの憧れの方ということもあり、
小室さん、本当に嬉しそうでした
Keikoさんが退院したこともあって、良いクリスマスになったのかな…?


一時間以上に及ぶトークの後、
富田さんの「Planet Zero」が会場に流され、
その後「Dedicated to Isao Tomita」と題する小室さんのライブが行なわれました
だいたい50分くらいでした
きっと小室さんの中では、
憧れのミュージシャンに自分の音を聴いてもらえる晴れ舞台だったんだと思います


ライブの始まりは、iPhoneをマイクに近付け、
アプリで「Hallelujah」を流してスタートです
クリスマスを意識した粋な演出ですね
その後はglobe「please don't give up」とdigi2の「Years Later」
「Years Later」、上から派手に音を重ねて、ライブ感満点でした


そして富田さんのシンセアレンジで有名な「Jupiter」を演奏しました
「Planet Zero」にも入っていましたし、
「Jupiter」は間違いなく、富田さんに向けられたものですね
「Jupiter」は初めシンプルに始まったのですが、
どんどん派手に勢い良く荒っぽいアレンジに変わって行きました
ここで小室さん、シンセ音源でエレキギター演奏です
この曲で使うかー!! かっけー
ロック版「Jupiter」って感じでした


この後、TMの「Passenger」風のハンドクラップ音が流れ、
ドラム音など他のリズム隊も加わり、疾走感溢れるトラックが演奏されます
マジでまさかの「Passenger」じゃ?と疑いましたが、
やがて「Self Control」のサンプリングボイスが出て、曲名が分かりました
まあ、もはや原曲とはまったく別の曲になっていました


そこからglobe「Love Again」
そして最近のライブの名物、ドラムソロコーナーです
ついでdigi2から「奇跡」! 初めてライブ版を聞きました
これ、かっこいいなあ


ライブのクライマックスは、
大幅にアレンジされたH jungle with t「Wow War Tonight」と、
定番のglobe「Many Classic Moments」でした


この後もリズムトラックは鳴り続けます
小室さん、シンセを一台持ち上げてステージ前に出て、
シンセを床に立てかけたり置いたりしながら荒っぽく弾きまくります
これは? もしや、また壊すのか? いや、客席に投げるのか?


…という期待は叶いませんでしたけど、
何をするのか分からない危うさを漂わせながら、演奏が終わりました
これも計算なのかもしれないですね


最後はシンセ手弾きのみで、
globe「blow」、The Beatles「Let it be」、そして「Silent Night」で締めました
最後の曲はクリスマス選曲ですね
それにしても今回、「please don't give up」とか「blow」とか、
globeの曲はやたらとマニアックですね


これでライブは終わり、小室さんはいったん退場しましたが、
また富田さんと一緒に現れ、軽いトークをしました
小室さんの、何かやりとげたという笑顔がが忘れられません
小室さんは富田さんから、
「すごいスピード感と生命力、それに哀愁もある」というコメントをもらっていました


ある意味で今年の小室さん、
すごい意味のある日々を過ごしたんじゃないでしょうか…
(Keikoさんとの大変な日々も含めて)
富田さん、Keikoさんには苦労をかけたんじゃないかと言いながら、
でもまだ若いから…という励ましの声をかけていました


今年の小室さんはDOMMUNEでの活動が目を引きましたし、
少なくとも小室さんの中では意味のある巡り会わせだったと思います
そして前回の記事でMさんがコメント欄に書いてくださった通り、
来年2/22、6月のDOMMUNEのライブDVDが商品化されます
ageHaライブとピアノコンサートのライブCDが各一枚(計2枚)付いているものもあります


DVDのみは3150円、CD付きは6300円ですが、
amazonで予約すると、後者は4620円で買えます
コストパフォーマンス的にはかなりお勧めと思います


また2/29、発売が中止になっていた「Digitalian is eating breakfast: Remixes」がリリースされるようです

そして上記ライブDVD・ライブCD・digi remix全部パックの豪華版(9359円!)をmu-moで予約すると、
内容は未定ですが特典が付くようです
なんともアコギな商売ですが、どうせ買うならばこれを買った方が良いかもしれません
まあ、コスパ的にはamazonで買う方が良いのですが…


なお私は見てないから詳しくは分かりませんが、
小室さんのDOMMUNEライブと同日のウツのディナーショー、
一曲目は「Resistance」だったそうです
木根さんのクリスマスライブはよく分からないですが、
ひとまずこれで3人とも、年内のお仕事は終わりでしょうか


そういやウツと木根さん、来年はソロ20周年なんですよね
TMはないかな…?
まあ、20年続けてこられたのは立派と思います
良い記念の年になると良いと思います


なお年内の更新は、今回が最後になります
(まあ日付けから見て、そりゃそうですが)
来年は、もう少し時間を見つけて、早く5章を終わらせたいと思います
もう5章初めて1年近く経つんですよね実は…


まあ、それはともかく…
前置きが長くなりすぎました
本題に入ります

-----------------------------------
TMNの28thシングル「Nights of the Knife」は1994/4/21にリリースされた
この日はTM NETWORKがデビューした1984/4/21のちょうど10年後であり、
このシングルリリースが予告された時点では、
多くの者がいよいよTMN10周年が始まると考えただろう


もちろん本作は、10周年記念シングルではあった
ただそのリリースは、あまりおめでたいものとはならなかった
10周年記念日のこの日、全国の新聞でTMNの「終了」が発表されたからである
この件は、前章で詳しくふれたところである
つまりこのシングルは、TMN最後のシングルとしてリリースされたのである


シングルのジャケットには3人の写真はなく、
黒地に赤の字で「Night of The Knife」「TMN」の字が大きくプリントされただけのものだった
ジャケットの裏には赤地に黒で同じ字がプリントされ、
その下には「終了」トレードマークの3つの円の重なった図形がプリントされていた
このマークはCD本体にもプリントされている


ジャケットは三つ折りになっており、開くとかなり大きくなる
中には黒地に赤の字で歌詞が書かれ、
過去のTM NETWORK/TMNの全シングルの写真も掲載されている
(ただし12インチの3枚は除く)
最後のTMN作品として、過去を振り返るべく掲載したものだろう



本作には、カップリングとして「Nights of the Knife (Instrumental)」が収録されている
「Nights of the Knife」のインストである
ただ本来入るはずだった曲はこれではなく、
木根作詞、ウツ作曲の「Another Meeting」だった


「Nights of the Knife」は別れの歌、「Another Meeting」は未来の出会いの歌で、
テーマから見ても両曲は対で作られたものだったことが分かる
「Nights of the Knife」は作詞小室みつ子、作曲小室哲哉だから、
両曲揃えばTM NETWORK時代以来のTM+みつ子の4人全員の手に成るシングルとなるはずだった


「Another Meeting」については別の機会に触れるが、
本曲が収録されなかったのは、
ウツがソロツアー中のためにノドの調子が悪かったためだったという
これは言うまでも無く「Live Water Dance」のことで、
1994/1/27〜4/20の日程で行なわれた
レコーディングはある程度ツアーが進んだ時点で行なわれたはずで、
しかも後日の撮り直しの日程を組むのも困難な頃だったと推測される


この点を「Live Water Dance」の日程から、もう少し詰めてみよう
本ツアーは数日まとめて公演を行ない、
数日休暇を入れるというスケジュールを取っている
ツアー日程を見るに、1/27・29の公演の後は、
2/8〜17(中部・関東、10日で6公演)に公演があり、
その後まとまった日程としては、
3/9〜16(名古屋・四国・中国、8日で6公演)、
3/24〜4/2(大阪・九州、9日で7公演)、
4/7〜13(東北・北海道・静岡、7日で4公演)があった
この間にレコーディングを行なう余裕はなかっただろう


2公演しか済んでいない1/30〜2/7にノドの調子が悪かったとは思えないし、
4月に入ってからのレコーディングは、リリースのタイミングから見て考えがたい
3/26「TMN United」最終回には、新曲リリースの予定が告知されているので、
この頃までにはレコーディングのメインの部分は終わっていたと思う
(最終的なトラックダウンなど済んでいたかはともかく)
以上を考えると、ウツの歌入れが行なわれた可能性があるのは、
2/18〜3/8か3/17〜23の間に限られよう


ただもしも2/18〜3/8に歌入れが行なわれたのならば、
3/17〜23に「Another Meeting」を撮り直すことも可能だろう
3月下旬に別のスケジュールが詰まっていたために、
この日は使えなかったということも考えられなくはないが、
可能性が高いのは3/17〜23と思う
いずれにしろ「Nights of the Knife」は、
遅くてもリリース1ヶ月前頃には歌入れが済んでいたと見られる


これ以前の例では、1991年4月下旬に歌入れされた「Love Train」が、
5/16からテレビCMで放送され、5/22にリリースされている
1ヶ月前の歌入れという日程は不自然ではない
もちろん作詞やオケ作りはこれに先行して行なわれたはずで、
遅くても3月中旬、おそらく3月上旬には始まっていただろう


ただしこの曲は、実は以前から存在した
1993年2月頃、小室がソロアルバムをレコーディングしていた時、
TMNの曲にしようと思うようになり、
5月には実際にウツが仮歌を入れたことが知られる
その後の「終了」決定を受け、
ウツのソロツアー中に迅速に新曲のレコーディングをする必要が出来たため、
手持ちの曲から「終了」シングルを選ぶことになったのだろう


この曲は最後のシングルということで、
じっくり聞かせるバラードとなっている
TMのバラードシングルは「Girl」「Seven Days War」に次いで3作目で、
実に6年ぶりのこととなる
ただ「Christmas Chorus」「天と地と」「永遠と名付けてデイドリーム」など、
小室ソロのバラードシングルの存在を考えれば、それほど突飛でもないかもしれない


イントロは印象的なシーケンサとシンセソロで始まる
楽器は基本的にシンセが中心で、シンプルな音である
ドラムもシンセで、生音は間奏の葛城のギターだけらしい


TMN休止後の小室は、
どちらかというと押し付けがましい「行き過ぎ」の曲を作る傾向が強かったが、
この曲のシンセは派手過ぎず主張し過ぎず、
歌モノとしての適度なバランスを保っている
ミックスもバランスがよい


このシングルを初めて聞いた時は、
なぜこんな曲を作れるのに…と思ったものである
おそらくTM歴代シングルの中で、
もっとも安心できる出来の曲の一つではないか
(リリースの事情もあるので、熱心なファンは安心して聞けないだろうが)


最後のシングルということで、
ビーイング的な戦略など余計な計算がないことも大きいのだろう
邦題の曲名を唱えるサビで曲を始めるという、
ヒットの方程式などはこの曲では意識されていないし、
タイアップも付けられていない
50秒近い間奏もあり、バラードシングルで6分22秒という長さなのも、
TMNの最後を飾る曲にしようと、
余計な商業的縛りを取り払った結果なのだろう


なお1994年当初は、「太陽の季節」というシングルのリリースがレコード店で発表されていたが、
いつのまにかなかったことにされた
「一途な恋」に続く邦題のシングルリリースが予定されていたのだろう


作詞はすでに述べた通り小室みつ子である
みつ子はデモテープを渡された時、すでに「終了」を知っており、
「別れ」をテーマにした詞を作った
だがそれを見たメンバーは3人とも、
「終わりじゃなくて、始まりを書いてほしい。感慨の涙を流すよりも、新しい何かへの前向きな気持ちがあったほうがいい」
と伝え、みつ子は歌詞を作り直したという


この方向性は、歌詞に見事に表れており、たとえば冒頭の、
「新しい始まりが今ドアの向こうまで近付いてきてる」
という箇所や、2番の
「話しておきたいよ明日からのことを新しい何かが始まると」
という箇所などからは、
新たな始まりとしての別れというコンセプトが見える


早い話、この曲はTMNの3人が、
TMN「終了」後も別の形で音楽活動を続けて行くことを、
ファンに伝えた曲なのである
2番のサビの英語詞の、
「We are going to make a brand-new day」
などは、まさしくこれを表現している


この曲でもう一つキーワードになるのは「夜」である
歌詞の舞台は寝付けない夜であり、
その夜にTMNがこれからのことを告げるという内容になっている
「Nights of the Knife」という曲名にも「Nights(夜)」が入っている
みつ子によれば、「ナイフのような夜」という意味らしい


「Nights of the knife 切り開きたい 目の前の暗闇を」
というフレーズが歌詞にあるが、
暗闇(≒夜=Night)を切り開く(≒Knife)という関係を見るに、
曲名としては「Knife of the Night」とでもした方がむしろしっくり来る
おそらくみつ子が依頼された時点で曲名は決定しており、
みつ子はその意図を忖度して歌詞に反映させたのだろう


みつ子に拠れば本作は、
かつて作詞した「Fool on the Planet」の10年後を描いた続編だという
おそらく「Nights of the Knife」に出る、
「ささやかな夢をかかえて昔君とただ街を見下ろしたあの丘に行きたい」の「あの丘」と、
「Fool on the Planet」に出る、
「星の降る小高い丘まで今すぐに君を連れて行く」の「小高い丘」は、
同じ場所を指しているのだろう


「Fool on the Planet」についてはかつてかなり熱く語ったことがあるが、
叶いそうもない夢を追い求める若者を歌ったものである
この若者が「君」を連れて夢を語った場所が「丘」だが、
この若者はTM、「君」はファンを象徴しているに違いない
つまり「Fool on the Planet」の「丘」は、
TMがファンに向けて未来への夢を語った場の象徴である


一方で「Nights of the Knife」に登場する「丘」は、
かつてTMNが夢を抱きつつ「君」と共にいた場所として登場する
この点からも、両者は連続しているものと見るべきであろう


「Fool on the Planet」が発表された1987年初め、
TM NETWORKはコンピュータを駆使した未来志向の音楽ユニットとして、
世間から注目されつつあった
未来志向の夢を語れるミュージシャンだった


それから7年、TMNとユニット名を変えた彼らは、
いよいよその活動を終わらせようとしていた
だがそれは消極的な意味での解散ではなく、
3人はなお未来志向の夢を持って、先に進んで行こうとしていた
少なくとも彼らは、そのような積極的な形で、
TMN「終了」を演出しようとし、みつ子もそれに答えたのである


この曲はチャートでは一週で12.6万枚を売り
「Love Train」以来4作連続、通算6作目のシングル1位を獲得した
最後のシングルで、見事に有終の美を飾ったのである


初動は「一途な恋」の13.4万枚を下回ったが、
これは事前のプロモーションがほぼ皆無だったためである
発売後は1―6―4―15位と推移し、
2週しか10位内になかった「一途な恋」よりはチャートに長く入った
「終了」がメディアに大々的に取り上げられたことも大きいのだろう


最終的には43万枚を売り、1994年度の年間56位となった
「一途な恋」はもちろん、
「EXPO」期の「Wild Heaven」(39.9万枚)をも上回る売上で、
TMN歴代シングル中、「Love Train」に次いで史上2位の売上となった


本作にはPVがある
「Decade」などにも収録されず、
実に2004年の「All the Clips」リリースまで商品化されることはなかった
なお本PVでは2番のAメロなどが削られ、原曲よりも1分近く短くなっている


本PVでは、新たに撮影を行なったところはまったくない
最初に3つの円を並べた「終了」のロゴが出て、
最後に3人の写真を並べた映像(当時のポスターで使われたもの)が出る以外は、
過去のライブ映像やPVを編集し並べただけである


各映像の合間には「Gift for Fanks Video」曲間の地球の映像の他、
ビデオ「TMN」のコンピュータをいじる小室の映像が挟まり、
小室が過去のTMの活動を振り返っているように見える演出になっている
また過去の映像が流れる間、その映像と関わる曲名やアルバム名も表示される


このビデオはほとんど予算がかかっていないと思われるが、
にもかかわらずファンからすると目が離せない作りである
映像は最新の「EXPO」期から始まるが、
後は少しずつ過去に遡り、デビュー期まで至る
すると今度はデビュー期から「EXPO」期へ向け、
各期のツアーにおけるメンバー退場シーンが順番に映し出され、
最後は誰もいないコンピュータが出て終わると言う構成になっている


TMNの歴史を時間軸に沿って見せられてしまうことで、
TMNの「終了」を実感させられてしまうという、実に巧みな作りである
以下、用いられている映像を順番に挙げていこう
後ろの年代は、ビデオ商品化の年代ではなく、収録映像の撮影年代に拠っている


なお後期(1989〜)の「EXPO」「Rhythm Red」「CAROL」の扱いが大きく、
初期(1984〜85)の「Childhood’s End」「Rainbow Rainbow」の扱いが極度に小さいのは(20秒程度)、
古いものほど時代を感じさせてしまうためだろうが、少々残念である
また各ツアーの退場シーンには、
「Dragon The Festival Tour」(1985年)も入れて欲しかった
古いが、絵になる退場シーンだったはずである

1番Aメロ(約45秒)=「EXPO」
「Love Train」PV(1991)
「EXPO Arena “Crazy 4 You”」(1992)

1番Bメロ〜サビ(約50秒)=「Rhthm Red」
「Rhythm Red Live World’s End」(1991)

間奏〜2番Bメロ(約45秒)=「CAROL」
「Just One Victory」PV(1989)
「Camp Fanks!! ‘89」(1989)

2番サビ(約35秒)=「humansystem」
「Get Wild」PV(1987)
「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」(1988)
「Kiss You」PV(1987)
「Come on Let’s Dance」PV(1986)
*PV3点は「Gift for Fanks Video」(1988)より

間奏〜サビ繰り返し1回目(約50秒)=「Self Control」期以前
「Fanks Cry-Max」(1987)
「Self Control and the Scenes from the “Shooting”」(1987)
「Fanks “Fantasy” Dyna-Mix」(1986)
「Dragon The Festival」PV(1985)
「1974」PV(1984)
「Vision Festival」(1984「Electric Prophet」

サビ繰り返し2回目(約40秒)=ライブのエンディングシーン
「Vision Festival」(1984)
「Fanks “Fantasy” Dyna-Mix」(1986)
「Fanks Cry-Max」(1987)
「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」(1988「Kiss Japan Tour」
「Camp Fanks!! ‘89」(1989)
「Rhythm Red Live World's End」(1991)
「EXPO Arena “Crazy 4 You”」(1992)


以上で述べてきたように、この曲は「終了」の象徴の曲である
そのため「終了」ライブ「TMN 4001 Days Groove」では、
二日目の本編ラストで演奏された
だが逆に言えば、特別な曲すぎるため、
演奏される機会が極めて限られる曲でもある


今まで他にこの曲が演奏されたのは、
2004年の20周年記念ライブ「Doubel Decade “NETWORK」「Double Decade Tour」と、
その前振りとしての意味を持った2003年のファンイベント「Live in Naeba」くらいである
前者ではアンコール、後者では冒頭に演奏され、やはり特別な扱いのようである
10周年=「終了」で演奏された曲ということで、20周年で演奏されたのだろう
あるいは次は30周年(2014年)に演奏されるかもしれない(30周年があればだが)


TMNは「Nights of the Knife」のリリースを最後に「終了」したため、
本作を収めたオリジナルアルバムはリリースされなかった
そのため「Nights of the Knife」はベストアルバムでしか聞くことができない
具体的には2ヶ月後にリリースされたベスト版「TMN Black」の他、
シングルコレクションの「Time Capsule」「Singles 2」で聞くことができる
他には「Groove Gear 3」に、
ラフミックスの音源「Nights of the Knife (ver.0)」が収録されている


最後に本シングルの歌詞を、1番だけ掲載して本章を終えたい
この曲から伝わる前向きな別れというコンセプトを感じていただければと思う
なお「見えない力に〜」の箇所、今まで私自身思い違いをしていたが、
「闘い続けた君に」と読むべきではなく(歌詞カードではそう見えるのだが)、
「見えない力に流されそうな日々と闘い続けた。君に励まされて」
と読むべきで、つまり、
「僕は君に励まされながら、見えない力に流されそうな日々と闘い続けた」
という意味なのだろう

新しい始まりが今 ドアの向こうまで 近付いてきてる
じっとしてられない 今夜はこのままじゃ 眠りにつけそうもない 君と
ささやかな夢をかかえて 昔君とただ 街を見下ろした
あの丘に行きたい あの頃の気持ちを ふと思い出したくなったのさ
Nights of the knife 君を抱きよせ この街に踏み出そう
Dream on
ハイウェイがビルの 谷間を突き抜けてく
贅沢な夢を かなえている街
見えない力に 流されそうな日々と
闘い続けた 君に励まされて
We are going to, We are going to step into the night


Nights of The Knife
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1994-04-21
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更新遅れています

2011/12/18 11:48
前回の更新から、もうすぐ一ヶ月になってしまいます
ようやく「終了」まで来たのに、全然更新せずにすみません
年末ということで、いろんな用事が重なり、
更新の時間的余裕がまったくありません…


年内には(多分来週には)一度くらい更新できると思うのですが、
一応力尽きたわけではないということで、報告しておきます


また、小室さんの近況として2点ほど、言及しておきます
まずは1点目、ニュースでも報道された通り、
12/8にKeikoさんが無事退院しました
asahi.comより
 音楽プロデューサー小室哲哉氏(53)が9日、都内で会見を行い、10月24日にくも膜下出血で入院し、同25日に手術を行った妻KEIKO(39)が8日に退院し、都内の自宅に戻ったことを発表した。社会復帰に向けたリハビリの段階に入ったという。小室氏は「体が動かないとか、しゃべりづらいということはなく、普通に文字も書ける」と説明。さらに、集中治療室(ICU)に入っていた16日間にもKEIKOが歌っていたことも明かした。
 小室氏は「無意識だったと思うが、ボーカルを務めるglobeの『FACE』を口ずさんでいた。歌詞も完全に覚えていた」と語った。小室氏は感激し、「小さくガッツポーズをした。音程もバッチリでうれしかった」と語った。
 入院後から2週間は予断を許さない状態が続いた。小室氏は「気が気でなかった。病名を知った時は泣きそうになった」と振り返った。一般病棟に移ってから順調に回復。KEIKOは、お笑いや映画のDVDを見て、落ち込むことはなかったという。ここ3、4日の間に「早く家に帰りたい」と話した。帰宅後は「夢じゃないよね」と語っているという。
 KEIKOは現在、歩くこともできて、記憶もはっきりしている。ただ、人によって記憶がすぽっと抜けていることもあるという。小室氏は「これから『あれ?』と思うことがあるかも。観察していきます」とした。最後に、「KEIKOは自分にとって生きるための活力」と語った。復帰は未定だが「待っていて」と話した。


Keikoさん、Twitterも再開しました
最初は40分かけてTweetしたとのことで、まだ大変だったようですが、
これから少しずつ回復していくことと思います
もしもKeikoさんに何かあったら、今の小室さんでは耐えられなかったと思います
よかったですね


小室さんは12/23ラフォーレミュージアム原宿のDOMMUNEイベントで、
「HARAJUKU PERFORMANCE + DOMMUNE LIVE PLUS!!!!! #3 -Dedicated to Isao Tomita-」と題し、
ライブを行ないます
タイトルからも分かる通り、小室さん憧れの富田勲さんも絡む企画で、
ライブ前には小室さんと富田さんのトークもあります
夏に小室さんと富田さんが出演する予定だった「DOMMUNE ZERO」が中止になったため、
そのリベンジ的企画でしょうか


トークの内容は、富田さんの新作「Planet Zero」と関わるもののようです
これ、「DOMMUNE ZERO」で披露する予定だった富田さんの「惑星」のイベント用リメイク音源みたいですね
小室さん、Twitterでも緊張している様子をうかがわせています


「HARAJUKU PERFORMANCE + DOMMUNE」は、
12/20〜24の5日間、出演者を変えながら行なわれるトーク・ライブイベントですが、
小室さんが出る12/23だけは前売り券が売り切れたようで、
12/17から立見の追加席が発売されています
私は残念ながら参加できませんが、関心のある方は是非どうぞ
しかし12/23は小室さんとウツ、12/24は木根さんのイベントがあるんですね


以上、軽く近況報告でした
来週くらいには更新します…
それではまた


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5-16 終了

2011/11/22 02:04
1994年4月21日、
TM NETWORKが「Rainbow Rainbow」でデビューしてちょうど10年目の記念日、
TMNのニューシングル「Nights of the Knife」がリリースされた日、
全国の朝刊各誌に大々的にTMN「終了」宣言が掲載された

TM NETWORKからTMNに至ったすべてのプロジェクトを予定通り終了します。
今後、TMNあるいは、TM NETWORK名義の新作が発表されることはありません。
当然,コンサート及びイベント等々の活動を行うこともありえません。
これは1984年4月21日、TM NETWORKがデビューした時点から想定していたプログラムの実行に他なりません。
ビデオクリップやレーザーディスク等のAUDIO & VISUAL感覚に支えられた、ニューメディア第一世代を意識した、本プロジェクトは今公演を以て全工程を完了します。
ユニット、終身雇用的なバンドではなく、独立した個性の連帯という形態のTM NETWORKはデビューから斬新な存在でした。
その精神をTMNも継承し、小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登を中心にしながらも、有機的な拡散を行ってきました。
また、ヴィジュアライズされたショーに於いても、ストーリー性を持つコンセプチュアルなステージに於いても、賛否両論はあったにしても、それまでのコンサートとは一線を画すエンタテイメントを提供できたと自負しています。
そして音楽的にも後続するアーティスト達にインパクトを与え、アイディアを供給し得たのも事実である、と認識しています。
彼等のヒット曲の中に自分たちのオリジナリティーを見い出すことで、本プロジェクトの意義の大きさを客観的に位置づけることもできました。
従って、TM NETWORKからTMNへの10年間で日本の音楽シーンに、何らかの形で一石を投じられたものと考えます。
そして、本プロジェクトは当初の予定通り終了します。
10年に渡り協力、応援、激励して頂いた、全ての方々に、心からの感謝を贈ります。
今後、小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登は各々が独立した個性であることを前提に新しいプロジェクトへ移行します。
21世紀対応のエンタテイメントとカルチャーを提供し得る存在でありたい、と思います。
今後の活動にご期待ください。

1994.4.21
小室哲哉、宇都宮隆、木根尚登


小室・ウツ・木根の連名で書かれているが、
文体から見て藤井徹貫の作文であろう
ただ基本的なコンセプトは小室が発案し、
ウツ・木根の確認を経たものを徹貫が文章化したものと見て良いと思う


「終了」宣言には一緒に、「終了」の大きな文字と3人の写真、
そして「終了」のトレードマークが掲載された
このマークは3つの円が重なりあった形をしている
それぞれの円がメンバーを象徴しているのだろう
この時は4/29チケット発売の「TMN 4001 Days Groove」の宣伝も、
同時に掲載された
つまりシングルの宣伝とライブの告知を兼ねた広告だった




「終了」宣言によれば、TMNはデビューの時点で、
10年での活動「終了」をプログラムとして決定していたという
もちろんこれを文字通り受け取るわけにはいかない
ここでの眼目は、そのようなストーリーを提示することによって、
TMNが解散することを人々に印象付けることにあったのだろう


TM NETWORK/TMNの活動は、まずコンセプトを提示して、
そのコンセプトに沿った作品を発表しライブを行なうという、
アイデア中心の活動形態だった
その意味で、一つの世界を禁欲的に追求したり、
普遍的な音楽を目指したりという姿勢ではなく、
その時に面白いと思った、あるいは思われそうなアイデアを、
時宜に応じて提供したのがTMだった


そのコンセプトは往々にして誇大広告だったり見切り発車だったりしたが、
メディアもファンもそれに乗って、
TMの提示するコンセプトに期待を抱き、盛り上がってきたのである
そしてTMNは最後の最後になっても、
やはり10年間のプログラムの「終了」というコンセプトを提示してきた
いわばTMNは、最後まで演じきったわけである


小室は後に、TMNをうやむやに終わらせるのが嫌だったと発言している
音楽的な可能性としてはtrfを選んだ小室だったが、
やはりTMNも、最後まで華々しい存在として、
世間の脳裏に焼き付けておきたかったのだろう


うまいと思うのは、事実上の解散を「終了」と名づけたことである
解散という消極的な表現を避けることで、
意図的にプロジェクトを終わらせたという積極的なニュアンスが付与されたわけである


その前提には、YMOの「散開」があったに違いない
TMデビュー前年の1983年、
YMOは「散開」と称して最後のツアーを行ない、事実上の解散を行なった
そのYMOは、1993年2月から6月、
「再生」と称して一時的な再結成を行ない、世間の注目を集めている
以上を時間軸で整理すれば、以下のようになる
1983年YMO散開→1984年TMNデビュー→1993年YMO再生→1994年TMN終了


つまりTMNの解散が決定する少し前、YMOが世間を騒がせており、
しかもその活動は、「散開」を連想させる「再生」という、
二字熟語のキーワードをコンセプトとしていた
小室が1993年4月「月刊カドカワ」に「TMN再生」と題するエッセイを書いているのも、
YMO「再生」を意識したものに違いない


ならば「終了」が「散開」を意識したものとする想定は十分に可能だろう
小室がデビュー期のTM NETWORKや「天と地と」などで、
坂本龍一を意識し続けてきたことを考えればなおさらである
「終了」期の小室のインテリ風の髪型・スーツ姿という出で立ちは、
「散開」ライブ「1983 YMO Japan Tour」をモデルにしたものに違いない
(前髪を少し垂らすという点まで共通する)


さて、「終了」はどのような過程で決定したのだろうか
これについては、あまり詳しいことが分からない
ただ3人が某和食系レストラン(ファミレス?)に集まり、
ウツ・木根から決断を託された小室が決定を下したということのようである


おそらくその時期は、次年度の契約内容を決定する2月頃だろう
次章で詳しく触れるが、
3月上旬にはスタッフが「終了」を前提に動いていたようである
この頃関係者はtrfのブレイクという現実の前で、
実際にはすでにTMN「終了」の決定を覚悟しており、
あとはそれを確認するだけの段階だったと思われる


1992・93年の時点では、
TMNの活動を先送りして休眠させておくことは可能だった
だが1994年は年度初めからTMN10周年の記念日である
すでにメディアで10周年の活動の予定を宣言していた以上、
この時は休眠という曖昧な選択は許されなかった
TMN10周年という期日のために、
TMNを再開するか終わらせるか、
きちんと白黒つけることが求められることになってしまったわけである


ただし小室は1993年末頃には、
「終了」に向けて動き始めていたらしい
「深層の美意識」によれば、年の暮れも近い頃(12月中旬頃か)、
小室が立岡正樹と石坂健一郎に連絡して、
TMN「終了」ライブの準備を依頼したという


立岡・石坂はともにかつてTM NETWORK時代のスタッフで、
現在ではともにm-tres(ウツが所属する事務所)のスタッフとなっている
立岡は2代目のTMマネージャーでもある


石坂はYMO「再生」の東京ドームライブに関わっている
1994年5月の「TMN 4001 Days Groove」は、
石坂の采配で東京ドームで行なわれたが、
「終了」がYMO「散開」を意識したものになったのは、
石坂・東京ドームとのつながりが影響しているのかもしれない


重要なのは、この頃二人がタイムマシンから独立していたことである
つまり小室はタイムマシン関係者ではなく、
別のところにいたTM関係者に最後の活動を託したことになる
ここからタイムマシンと小室の確執の継続を推測する見解もある
「深層の美意識」でも石坂・立岡について、
「複雑に絡み合った事務所の人間関係がこじれた中で、この仕事をやりきれるのは自分たちしかいない、ということだけは理解できた」
と、おそらく石坂へのインタビューに基づいて記されている


12月の中・下旬と言えば、
「AAA ‘93」でTMNの久々のステージが行なわれた12/1や、
trf第二のヒット曲「寒い夜だから…」リリースの12/16頃に当たる
一日だけのTMNのステージを終え、trfのブレイクを目前に控えた頃で、
小室はtrfの2ndフルアルバム「World Groove」のレコーディング中だった


この時点でTMN「終了」は、
小室の中でかなり濃厚な可能性ではあっただろうが、
まだ確定はしていなかったと思われる
だがTMNの「終了」ライブを行なうとすれば、
「終了」の半年前頃には動いている必要があろう


もしも「終了」を敢行しないことになれば、
TMNの10周年記念ライブを行なえば良いだけのことである
ひとまず「終了」が実現した場合の準備はしておかなければならなかった
小室はこの頃準備を始めたライブについて、
丸山茂雄などの関係者にも「終了」ライブとは伝えていなかったらしい


ただしメンバーには事前に、「終了」について打診していた
木根はラジオ局の帰路(「TMN United」か)、
もう一度TMNで考えてみないかと小室に相談したが、
小室は聞かなかったという
おそらく1993年から94年にかけての冬頃だろう


その後の「終了」決定についてウツも木根は反対しなかったというが、
それはこれまでの数ヶ月間、
周囲がすでに「終了」へ向けて動いていたことによって、
覚悟もできていたのだろう


3月頃にはこの情報は、各所にもれていたようで、
スタッフに近いファンの間では知られていた
確実な情報ではなかったが、すでに4月16日、
スポーツニッポンにもTMN解散のスクープが出ていた
また1994年4月20日、
T.UTU with the Band「Live Water Dance」ファイナルの武道館公演では、
土橋安騎夫がMCでTMNのライブのことを口走ってしまう一幕もあった


ウツがツアーの打ち上げを終えて帰宅し、睡眠を取った後、
3人は某所に集合して夜にニッポン放送のスタジオに向かった
この時ラジオ局前には、「終了」報道を見たファンが待ち構えていたという
3人はその後打ち合わせを行ない、
4/22の深夜午前1:00から「オールナイトニッポン」に出演した
もともとこの日には、
「TMNのオールナイトニッポン 10周年記念スペシャル」が予定されていたが、
「TMN終了スペシャル」とタイトルを変更して放送された


3人はこの番組で過去10年の軌跡を振り返りつつ、
「終了」の趣旨説明や「TMN 4001 Days Groove」の告知を行なった
この時のスタジオの様子は、「Decade」で見ることができる
そしてこの日から3人は、
雑誌のインタビューやラジオ番組の収録を連日行なった
ラジオ・テレビでは「TMN 4001 Days Groove」の前後まで、
多くのTMNの特番が組まれ、TMNの歴史が振り返られた


皮肉にも「終了」宣言以後一ヶ月間の小室・ウツ・木根は、
それまでの2年間とは打って変わって、
3人で頻繁にメディアに出演する
ファンは「終了」決定によって、
ようやくTMNとしての3人を恒常的に目にするようになったのである


テレビ番組では、簡単なコメントのみの出演もあったが、主な出演は、
一つは1994/4/29「Music Station」
一つは1994/5/5「笑っていいとも」の「テレフォンショッキング」
の二つである
偶然だろうが、ともにタモリの番組である


後者は友人大江千里の紹介だが、
タイミングから見て、業界内でお膳立てされていたのだろう
(ちなみにTMNが紹介したのはaccess)
内容はたわいのないトークだったが、
これが史上最後のTMの「テレフォンショッキング」出演である


前者は「TMN 4001 Days Groove」のチケット発売日に当たり、
その宣伝も考慮して出演日を設定したものだろう
だが実際には発売2時間でチケットが売り切れたので、宣伝の必要はなかった
この番組が、TMNとして最後のテレビでの演奏となる
(再結成がなければそうなるはずだった)


この時の服装は、3人とも赤のシャツに黒のジャケットだった
シャツには「終了」のロゴが印刷されている
衣装の赤と黒の組み合わせは、
「Nights of the Knife」のCDジャケットをイメージしたものだろうか
最後の出演にふさわしい落ち着いた服装だったと思う
なおこの頃の小室は、テレビに出演する際にメガネをかけていた


この時はTMNの出演が番組でも目玉として取り上げられ、
特別に番組のトリとして8分間のメドレー演奏を行なった
「終了」ロゴと同じ円形の特設ステージでの演奏で、
3人が3つの円それぞれに立って演奏した
最初はウツがマイクの前で視聴者にメッセージを告げる

えー10年間、本当にどうもありがとうございました。TMNが終わっても、僕たちそれぞれの新しい旅立ちを応援して下さい。


メッセージが終わるとともに、
特徴的なイントロが始まり、「Self Control」の1番を演奏する
ライブ中継を除けば、この曲をテレビで演奏したのは1987年以来で、
初めてテレビで見たファンも少なくなかっただろう
ただしオケは生演奏ではないようである
ついで「Love Train」冒頭サビと「Get Wild」のサビだけを演奏する
以上3曲はTM10年間の中での代表曲という位置付けなのだろう


アップテンポな3曲が演奏された後、
一転してステージが暗くなり、小室の即興シンセプレイが入る
そこから新曲「Nights of the Knife」を演奏する
ただしフルコーラス演奏ではなく、Aメロがはしょられたりして、
6分半程度の曲が4分近くに短縮されている


「Nights of the Knife」のみをフルコーラス演奏することもできたのだろうが、
この時はあえてファンのために、
過去の曲も織り交ぜたプログラムにしたのだろう
演奏が終わると、最後に3人にコメントが求められた
3人は「ありがとうございました」と答えて終わった


次章以後は「終了」期のTMNの活動を追っていくことにするが、
最後に挙げておきたいものがある
藤井徹貫の筆とされる「TMN終了宣言を検証す!」である


これは公式メディアで公表されたものではなく、
藤井徹貫の名でファンの間に流通しているものである
転載は自由だが、それに当たっては「藤井徹貫/著」を必ず入れ、
文面の一部変更や追加・カットは絶対にしないようにとの注意がされている
(転載する場合は注意してください)


その内容を信じれば1994年、「終了」宣言直後に書かれたもののようで、
TMN「終了」の真相として、事務所問題をほのめかしている
この点については木根も同様の趣旨の発言をしているし、
これまで見てきた事情からも、その可能性は高いと思う
そう考えると、TMN「終了」が事務所問題解決のための荒療治であり、
いずれ3人での活動を再開させることが前提であるという記述は、
なかなか興味深いものがある


ただしこれが徹貫の文章であるという確かな証拠はなく、
ファンの間で創作され流通したものである可能性も捨てきれない
文章は確かに徹貫風だが、
その気になればすぐに真似ることができそうな文体でもある


そもそも非公式とはいえ、
事実上TMNのスポークスマンの立場にあった徹貫にとって、
このようなものを広める必然性があったか、疑問を抱く余地は十分にあり、
私個人としてはかなり疑念を持っている
ただこの点は今となっては確認のしようがない


それなりに知られた文章ということもあり、参考までに全文を引用しておこう
これを信じるか信じないか、一部真実が含まれていると考えるかは、
各読者に委ねるしかない

【TMN終了宣言を検証す!/藤井 徹貫 著】
遂に我らが崇拝のグループ「TMN」がその活動を終了した。
4月21日の朝刊 を見て少なからずショックを受けた人も多いと思うが、少々その終了宣言に疑問を感じた向きも多い。
まずTMNの原点は何かというと、すべてトライアングルで動いてきたことが挙げられる。
メンバーの3人、事務所・アーティスト・レコード会社というトライアングル。
何もかもが3つの要素を基に動いてきたプロジェクトであり、これを忘れないでいてほしい。
また、もうひとつの重大なトライアングルがある。
それはメンバーの3人とファンとTMNという化け物のような「ニューマ」である。
ニューマこそ今回の一連の謎を解くキーワードだ。
つまり雰囲気でありムードであり、誰もがイメージする虚像のようなもの。
もし今回の「終了」が本当に10年前から決まっていたとしたら、
今までの一連の彼らの動きはいったい何だったんだろう。
「TMネットワーク」が完了し、「プロジェクトTMN」の開始を宣言したのも束の間、今度は終了宣言だ。
あの時と違って今回は降ってわいたように混乱をきわめている。
去年「一途な恋」が発表された時、レコード会社も1994年3月にTMNの次のアルバムが発売されると言っていた。
ラジオではウツのコンサートが終わったら何かが動くと期待を持たせるような発言をしていた。
そして4月20日以降、元の雄姿が見られると誰もが思っていた。
このような話は誰かが一人で決められるものではない。
先に言ったとおり、全てのトライアングルが承諾して初めて発表されることになることばかりだ。
おそらくこの時点ですべての内部の人間の了解事項として進んでいたに違いない。
しかし、何かが起こり何かが狂ってしまったのだ。
アーティストを取り巻く契約関係も複雑を極める。
アーティストとレコード会社と所属事務所とのこれまたトライアングルで形成される契約だ。
録音契約・専属契約を始め、原盤契約・著作権契約・芸能契約など数々の契約で結ばれている。
前回の「TMネットワーク」から「TMN」に変わった時はこの契約関係がなんら壊れていないのにも関わらず、今回3人共事務所を離れ独立することに迄なったのは果たしてどういう理由だったのだろうかと、ここに最大の疑問が浮かぶ。
誰もがわかるようなミステイクを冒したのか、それともそこまで頭が回らなかったのか。
いや、そこにこそ今回の終了宣言のメッセージの根源が隠されているとみた。
今回のメッセージの要約は「TMN」という名前は消えても、3人でまたやるかもしれませんよということ。
でも考えてもみたまえ。そういいながら、バンド名を変えたり、休業宣言したりしてきたことは今に始まったことではない。
しかしなぜ今回に限って終了宣言と、まるで解散コンサートと間違えられてもよいかのごとく行なったのか釈然としない。
普通こういう形で終了することを世間では解散と呼ぶが、解散としないところに重大な真実があり、こういう形をとらなかったところに悲劇があるような気がしてならない。
みんなにすぐわかるような嘘をつく人達かどうか。
いや逆に言えばもっともっと上を考えている人達である。
そこで考えられる結論はひとつ。
つまりどこかでトライアングルの崩壊が起きたということである。
メンバー3人の間は依然強固な関係を保っている。
レコード会社との関係も良好である。 とすれば・・・。
プロジェクトが終了したからといって事務所までやめるケースは前代未聞。
しかもまるで櫛の歯が一本一本こぼれるように離れていったのは!?TMNというニューマはあまりにも大きくなりすぎた。 あまりにもビッグになりすぎた。10年という歳月が3人を変えるように、また周りの環境も変えていってしまった。
つまりそもそもニューマというものは3人の分身として存在していたが、
このニューマを利用してやろうという邪魔が出てきたことである。
最初は黙認していたものの、その利用されたニューマに今度は3人自身が振り回されるようになってしまった。
そのニューマが意味するところのTMNであり続けるには、あまりにも制約が多くなりすぎたということだ。
自分達のイメージであり分身であるはずのニューマが勝手に独り歩きするようになってしまったともいえる。
3人の揺れ動く心理状態は極限に達していた。
今年の初め頃はまだ輝く未来を持っていたと考えられる。
ところがこの2〜3ケ月に大きく状況が変化したようだ。
マスコミへのリリース予定、ラジオでの発言がそれらを如実に物語っている。
トライアングルの綻びはそれらをいとも簡単に打ち崩し、スーパースターを伝説に変えてしまった。
メンバーが続けたいと思う意思と、それを拒む何らかの力。
その凄まじい戦いが、見えない所で行なわれていたことは容易に想像がつく。
ニューマというもの、御主人様を裏切って勝手に行動を起こしたり、すぐ別の天使に訳もわからずついていってしまうおおらかさがある。
そこで出した結論がこのニューマを切り捨てるということだったのだ。
要するにニューマを斬るということは、いくつかのトライアングルを壊すということ。
もし仮にこのニューマというものがイコールTMNだとしたら、TMNプロジェクトを終了させればいいだけの話である。
3人に創作活動を続けたい意思があるなら新しいプロジェクトを作り、新しいニューマをまた作っていけばいいのである。
当然、その時はまた新たなファンとのトライアングルが構築される。
3人はどれだけ歳を取っても、どんな状況になろうとも根っからのクリエイター達だ。
創作活動をやめるなんてありえない。 そこで起こした行動が今回の一連の姿だ。
ニューマを利用する誰かに対し、「もうTMNとしての活動は終わりであり 『ニューマ』を利用することは出来ませんよ」
と発しながら、他の誰かには「新しいプロジェクトを期待していてください」と言っているような気がしてならない。
TMNというあまりにもビッグになりすぎた名前の周りにはいろいろな人の思惑が渦巻いていた。
自分達の意思とは違った方向へ動かそうとするベクトルに対し、自らが断を下す悲壮な決意がここにある。
逆に言えば新たなる創造にそれだけ自信があるということの証明かもしれない。
その深い意味を最後のメッセージとしてくれた3人に対し我々が出来ることといったら、静かにその日を待つだけである。
3人は散り際のスタイルもこれからの幾多のバンドに対し新しい道を提供してくれた。
それに答えるには、我々も新しいファンのスタイルを確立することかもしれない。



Tetsuya Komuro Presents TMN black
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 31 / トラックバック 0 / コメント 19


MyFavourites10 本能(椎名林檎、1999年)

2011/11/11 12:16
11/5、小室さんが早稲大学の早稲田祭2011のイベント「UBC-jam vol.25」に出演しました
Keikoさんの件もあったので、出演も危うかったようですが、無事実現しました
時事通信がyoutubeにアップした動画では、
「Love Again」「Many Classic Moments」「Get Wild '89」の3曲とトークのダイジェストを見ることができます
多分許可を取ってやっているものでしょうから、消されないでしょう…


またKeikoさんのこともあり、様々なネットニュースにこのイベントの記事が出ています
asahi.comより
 音楽プロデューサーの小室哲哉(52)が5日、東京・早大の「早稲田祭」で単独ライブを行った。先月25日に、くも膜下出血で倒れた妻の歌手KEIKO(39)が手術を受けて以来、公の場に登場するのは初めて。KEIKOらとのユニットglobeの曲など7曲を、シンセサイザーを駆使し、腕を振り上げて演奏。妻への応援を呼び掛け「かっこいい音楽を作っていく」と曲作りへの意欲を改めて宣言した。看病でつらい日々だが、母校の学園祭のため出演を決意したという。
 約3000人の早大生らが集まった「記念会堂」に小室が登場すると、歓声が湧き上がった。globeの曲「Love again」が流れ、KEIKOの歌声がホールに響く。小室はそれに合わせて何台ものシンセサイザーやキーボードを操作して曲を演奏。全身でリズムをとりつつ、感極まったような表情で人さし指を立て、何度も両手を天に突き上げた。
 globeの2曲を含め計7曲を約30分演奏。最後にマイクを持った早大社会科学部出身の小室は「早稲田OBです。(みなの)先輩(笑い)。でも早稲田祭に呼ばれたのは今年が初めてです」と笑顔で話した。
 その後、妻について「KEIKOが急に倒れまして、今日(ライブを)できるかなと思ったんですが、毎日(病院の)先生たちが頑張ってくれて。KEIKOも頑張ってくれてるんで、ファンのみなさんもよかったら見守ってください。応援よろしくお願いします」と呼び掛けた。
 さらに「大震災があって、僕やKEIKOよりももっと大変な思いをしている人がたくさんいらっしゃいます。僕のようにステージで音楽をやらせてもらっているというのは、すごく幸せなことだと思ってます」と話し、「これからもみなが楽しめる音楽を頑張ってやっていきたい。間違いなく、かっこいい音楽を作っていきますんで、よろしくお願いします」と曲作り継続を宣言した。


小室さんのTwitterによれば、
11/10にKeikoさんがICUから一般病棟に移ったようです
予後は順調のようで、よかったですね
小室さんの「新しいプロジェクト」も予定されているようで、
仕事も再開のモードでしょうか


ウツの「Tour Timesmile」も、早稲田祭と同じ11/5にファイナルを迎えました
日替わり曲は「Detour」「Welcome Back 2」だったようなので、
DVDにもこの2曲が入る可能性が高そうです
年内のステージは、あとは12/23のクリスマスディナーショーだけですね


12/24には木根さんのクリスマスライブもあります
もとICEMANの黒田倫弘さんとのコラボライブのようです
こんなつながりあったんですね
ウツと両方行くツワモノはいるのでしょうか


では今回のMyFavouritesに入ります

---------------------------



今回取り上げるのは椎名林檎の「本能」です
デビュー2年目にリリースされた4枚目のシングルで、
約100万枚を売った椎名林檎最大のヒット作です


椎名林檎はすでに前年の「歌舞伎町の女王」で知られていましたが、
この「本能」で2位を獲得して以来、
東京事変名義の作品も含めシングル上位の常連になります
歌詞は女性が男性に求める愛欲を歌ったもので、
まさしく自らの「本能」を歌ったものです

どうして歴史の上に言葉が生まれたのか
太陽 酸素 海 風 もう充分だった筈でしょう
寂しいのはお互い様で
正しく舐め合う傷は誰も何も咎められない
紐解いて生命に擬う
気紛れを許して 今更なんて思わずに急かしてよ
もっと中迄入って あたしの衝動を突き動かしてよ


そしてこのPVです
白い壁の中に輸血用の血液パック、
純白のナース服にドギツイ口紅という、
赤白の対比を際立たせた画面の中で、
椎名林檎は何をしているわけでもないのに妙にいやらしく挑発的に映ります


「本能」もインパクトのある表題ですが、
アルバムやビデオでは「加爾基 精液 栗ノ花」「性的ヒーリング」など、
さらに直接的なものが目立ちます
正直、多少やりすぎ感がないでもないのですが、
そのキャラクターを立たせることには大いに成功しています


「本能」では特にエロティックな面が強調されていますが、
肉体的・精神的なものを含め、
男に全力で愛情を注ぐ女性を描くというのが、
デビュー曲「幸福論」以来の初期椎名林檎の得意技で、
その楽曲はひとことで言えば、徹底してラブソングを軸としていました


たとえば「ここでキスして」「シドと白昼夢」「ギブス」などは、
真正面からのラブソングです
おそらくその情熱的かつ媚びないキャラクターは、
当時の女子高校生に影響を与えたものと思います


私が彼女を知った時、徹底して「演技」をしているという感想を持ちました
この場合の「演技」というのは、CDの中であれステージの上であれ、
ある世界を表現しようとするパフォーマンスということです
椎名林檎は音楽という世界の中で、見事に「演技」を完遂しています


しかも「本能」の時の椎名林檎って、まだ20歳なんですよ
20歳でこのいやらしさを表現できるのってすごいことだと思います
ちなみにこの人、テレビでのトークやインタビューなどを見るに、
普段は普通のかわいい女性なんだろうなあと思います


「演技」を重視した邦楽界の動向として、
この少し前から盛り上がっていたビジュアル系バンドがありました
彼らは女性をターゲットに絞った男性ミュージシャンでしたが、
これに対して「演技」する女性として邦楽界に現れたのが椎名林檎だともいえます


ただビジュアル系バンドの表現するものにはだいたい元ネタがあり、
その音や世界は似通ったものが目立ちました
彼らはその中で注目されるために特殊な演出を行なったり、
表現を過激化したりして、他と差別化を図ってはいましたが、
オリジナリティと音楽性双方を兼ねそろえたバンドはそう多くありません
(ここ、すごい反感買うかもしれませんが、私個人の意見として)


こうした有象無象のビジュアル系バンドと比べて、
椎名林檎の「演技」は、よりオリジナリティを感じさせるものでした
少なくともメディアで発信されるメジャーシーンにおいては、
これ以前に同様の「演技」を行なっていたミュージシャンはいなかったと思います


また椎名林檎のソロ作品の作詞・作曲は、
ほぼすべて椎名林檎本人の手に成っていました
この点で当時陳腐になりつつあったTKプロデュース作品群と異なり、
ミュージシャン自身の表現物という印象を感じさせます
実際は少なからずスタッフの意向も汲んでのキャラ設定があったのかもしれませんが、
それを感じさせなかった点は、おそらく正解でしょう


かなり突飛な比較かもしれませんが、
椎名林檎のオリジナリティを備えた「演技」は、
コンセプトや設定を重視した80年代のTM NETWORKとも共通性を感じます
私が椎名林檎を面白いと思ったのは、楽曲自体も良かったのですが、
演じきっているその姿勢に惹かれたところが大きく、
それはTM NETWORKファンとしての出自もあったんだろうと思います


その後椎名林檎は東京事変(2004年〜)のボーカルとして活動し続ける一方、
斎藤ネコとのコンピ作品「平成風俗」(2007年)をリリースしたり、
時折ソロ活動も行なったりしています
今月は新曲「カーネーション」もリリースし、5位に入っています
最近はCMにも出演していますが、30台半ばなのにお美しいですよね


たぶんこの人は、これからもつまらない流行などに惑わされず、
これからも自分のしたい音楽を続けていくんだろうと思います
一度ライブにも行ってみたいです
今やっている東京事変のツアーも行きたかったなあ(チケット取れず)
もしも今月の大阪公演のチケットを売ってくれる方がいらっしゃったら、連絡下さい…


勝訴ストリップ
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2000-03-31
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