4-33 V2

来週5/5、
AAAに提供した「逢いたい理由」がリリースされる小室さんですが、
6/16リリースのソロアルバムも公式に発表されました
TOMO Shopのウェブサイトより
[名称] 小室哲哉/アルバムCD【タイトル未定】2010/06/16発売
[記号] AVCG-70075
[発売日] 2010/6/16
[価格] \3,000(税込)

▼収録曲
●DEPARTURES(globe) 
●CAN YOU CELEBRATE?(安室奈美恵) 
●My Revolution(渡辺美里) 
●Get Wild(TM NETWORK) 
●タイトル未定 ※新曲 他 全10曲収録予定

4月以降の他アーティストへの楽曲提供活動で、あらためて楽曲のクオリティーの高さを示す小室哲哉、本人名義での復帰作品。
「DEPARTURES」(globe)、「CAN YOU CELEBRATE-」(安室奈美恵)、「My Revolution」(渡辺美里)、「Get Wild」(TM NETWORK)といった、自身のヒット曲をピアノヴァージョンにアレンジ。
昨年8月のa-nationで大好評を博したピアノ演奏、“作曲家 小室哲哉”の楽曲の素晴らしさをあらためて体感していただくALBUMになります。
さらにはピアノとシンセサイザーを駆使しての、映画音楽を彷彿とさせる壮大な新曲も収録予定。2月、3月の九州でのピアノ&トークイベントを序章に、6月からは全国ピアノコンサートツアーを開催予定。
これまでなかなか訪れる機会のなかった地域を積極的に回り、ファンとのふれあいを大事にするツアーを目指します。
音楽に正面から真摯に向き合う小室哲哉の姿勢と、その楽曲の素晴らしさを充分に感じる作品です。

やっぱりピアノアルバムでしたね
過去曲のピアノ演奏ってのは、
個人的に作品としてはそんなには惹かれませんが、
そもそも売ろうとかアピールしようとか考えているんじゃなくて、
音楽活動のスタートに当たっての記念みたいな感じなんでしょう
新曲も入るとかありますが、
アプローズ・ケイのサイトで使っているあの曲でしょうか


それよりも、「6月から全国ピアノコンサートツアー」!
こっちの方がうれしいです
つうか、多分今回のアルバムって、
このコンサートのCD版みたいな感じなんでしょう


4/28、ウツDVDも出ました
今考えると、なんで記念日の4/21に合わせてリリースしなかったんでしょう
4/21に近いのはそういうことだと思うんですが、
微妙にずらしているのは不思議です


私は「SMALL NETWORK」だけ買いましたが、
Fence of Defenseの演奏はやはりいいですね
MCもだいたい収録されているっぽいです(楽器対決コーナー以外?)
あと、「SPEEDWAY and TK Hits!」のDVDがリリースされなくなってしまった今、
「Diving」「Pride in the Wind」が収録されているのは、
実は結構貴重かもしれません


あとどうでもいい情報なのでスルーしていましたが、
magneticaのサイトによれば、4月から9月にかけてiTunesで、
過去三回のtribute LIVEの音源・映像を配信するそうです
昔もtribute LIVEの音源を配信したことがあった気がしますが、
DVDになっている音源を配信されても別にどうでもいいなぁ
DVDになっていない音源ならまだ分かるんですが…
DVDを買わないライトファンがtribute LIVEの音源なんていうマニアックなアイテムに金を払うとも思えないですし…


あぁ、SONYがTM楽曲を配信していないから、
配信で入手できるSONY時代のTM楽曲はtribute LIVE音源しかないということか…
いずれにしろ私にはどうでもいいです


それと、みっこさんの「小室みつ子のGet Wild」
今回は見逃さずに見られました
前回・前々回の木根さんと同様に、
みっこさんは浅倉さんにも常時注意されてフォローされていました
3回目でこれだと、多分慣れとかそういうことじゃないんでしょうね(苦笑)


番組は基本的に浅倉さん話で進行しましたが、
少しTM話も入っていました
ツアー中に小室さんの発案で、
木根さんだけに秘密で曲順を変えたら、
木根さんが怒ってステージから引っ込んじゃったことがあるそうで、
(木根さんも怒るんですね)
その時に小室さんが「浅倉君が…」と罪をなすりつけてきて、
浅倉さんも驚きながら「ごめんなさい」と謝ったそうです
木根さんも、絶対に小室さんのせいだと分かっていたはずですが(笑)


ちなみに3/19に放送された第2回も、
第3回の放送に合わせて公開されました
見逃した方は是非!


前置きが長くなりました
では本題に入ります

----------------------------
1991/10/31、TMNの小室哲哉とX(現X Japan)のYOSHIKIは、
キャピトル東急で記者会見を開いた
新ユニットV2を結成するとのことで、
V2結成の経緯とともに、
1991/12/5東京ベイNKホールでのライブも発表された


会見中


V2というユニット名は小室が命名したものである
小室の「告白は踊る」によれば、
YOSHIKIのプロジェクトのイメージには、
violence, victory, violet, variable, versus, visualなど、
Vの付く言葉が多く、
また二人のユニットということもあったので、
V2と名づけたと言っている


V2というユニット名は、
第二次世界大戦時にドイツが開発した弾道ミサイルの名前もかけている
小室の愛犬ユンカースもドイツの戦闘機の名前であり、
小室の嗜好が入っているのだろう


V2の活動はそれほど多くはない
だがこのユニットは、当時大変なインパクトがあった
1991年から1992年の間、
日本ではヒット曲はあまた生まれたが、
「なんじゃこりゃ?」という感想も含め、
色々な意味でこれほどの破壊力を持ったグループは、
他になかっただろう


二人の関係は、小室からのアプローチで始まった
1990年9月、音楽評論家の吉見佑子を介したものだったという
(本記事通りすがりの名無しさんコメント)


小室がテレビでXを見て、そのドラムを聴いて衝撃を受け、
またピアノも弾けるという点にも関心を持ったという
Xは80年代末のブームの中で現れた有象無象のバンドと違い、
派手な外見と演出だけでなく、音楽面での完成度も高かった
小室はレコーディングスタジオを抜け出して、
Xの武道館ライブにも足を運んだというが、
おそらく1990/5/7・9「Rose & Blood Tour Final」のことだろう


Xは1989年にメジャーデビューして以来、
「紅」「Endless Rain」などヒット曲を連発しており、
小室の目にも止まったものと思われる
折しも小室はTMNへのリニューアルを試みようとしており、
ハードロックやへヴィーメタルへの関心が高まっていた時期であった


二人は飲み仲間となり、頻繁に会うようになった
さらに両者と親しかったTHE ALFEEの高見沢俊彦も加わった
「笑っていいとも」のテレフォンショッキングでも、
YOSHIKI(1991/7/9)→高見沢(7/10)→小室(7/11)
という関係で紹介されている


二人は音楽の方向性やバックグラウンドはあまり共通しないが、
派手なライブの演出、耽美的なビジュアルと演出された世界観など、
音楽の魅せ方に関しては共通する点も多い
メジャーデビュー前から「天才・たけしの元気が出るテレビ!!」に出演したことに現れている発想の柔軟さなど、
必ずしも枠にとらわれないYOSHIKIのスタイルは、
小室がそれまで目指してきたものとそう遠くはなかった


一言で言えば二人とも、
小さくまとまらず、豊富なアイデアで周りを驚かせようという、
旺盛な野心の持ち主だった
この頃の小室の発言を以下に引用しておこう

彼(YOSHIKI)もすごく戦略家というか、企画を沢山持ってて、いろんなアイデア持ってて、で驚かしたりとかね、そういうのが好きな方なんですよね。そういうところで気が合って。
「サーフ&スノー」1992/4/18)


一方のYOSHIKIも、
当時小室を「認めている」「尊敬している」と言っていた
後まで続く関係を考えても、表面上の社交辞令ではないのだろう
現在でもかなり意外な組み合わせに感じるのだが、
お互い認め合うものはあったのだと思う


ただし飲み会の話題の中心は音楽ではなく、音楽ビジネスだった
インディーズ時代から版権などをとりしきっていたYOSHIKIには、
音楽著作権の知識があり、
自分に入る収益の率が小室よりもはるかに良かったらしい
小室はこのことに大変関心を持ったという


この頃から小室が事務所スタッフともめるようになることや、
思いつきの無謀な事業に手を出すようになるのも、
これと関係しているのであろう
この後小室は事務所から離れ、TMNは休止状態に陥り、
ついにはTMN「終了」に至ることになる


ちなみに話は横道に逸れるが、
木根も同じ頃に別ルートでXのTOSHIと接触を持っていた
「木根尚登のオールナイトニッポン」のゲストに来たのである


この番組には「ロック三バカ君」というコーナーがあり、
あるテーマについてポップス君・ヘビメタ君・パンク君という3人のキャラクターがどのように対応するかをリスナーが考え、投稿するというものだった
一般にはポップス君が常識的な対応、ヘビメタ君は暴力的な対応、パンク君が頭の悪い対応をすることになっていた


1990/4/11、このコーナーのスペシャルが組まれ、
ヘビメタとパンクのミュージシャンをゲストに招いたが、
この時にヘビメタ君として呼ばれたのがTOSHIだった
だがコーナーのコンセプトを考えれば、
ヘビメタ君とパンク君は笑われる役であって、
ヘビメタとパンクのミュージシャンにとって愉快なはずがない
実際に番組中では、コーナーが始まってから、
ゲスト二人ともほとんど発言がなくなった


木根は盛り上げようとしているのだが、
大変険悪な雰囲気になっていることは伝わってきた
この番組は寒い話がいくつかあるが、その中の一つである
ただしこの企画を通した木根も木根だが、
もっとも非難されるべきは放送作家の藤井徹貫だろう


ただこの後、木根とTOSHIが仲良くなったことはよく知られている
初対面の段階では印象が最悪だったと思うのだが、
何があって仲良くなったのかは分からない
木根からの働きかけがあったのだろうか


ともかく小室・YOSHIKIと木根・TOSHIの縁もあり、
TMNとXのメンバーは仲が良かった
2007年のX Japan再結成には小室も関わっていたらしい


さて、話を小室とYOSHIKIに戻そう
HIGH VOLTAGEの記事によれば、
YOSHIKIはX「Jealousy」レコーディングのため、
1990/11/24~1991/6/5にはロスアンゼルスにいたので、
この間は小室や高見沢との飲み会はなかったはずである
だが小室からは国際電話で連絡は入っていたという


YOSHIKIの帰国後、また高見沢を交えた3人の飲み会が始まった
この時小室から、一緒に音楽をやろうという提案があった
一年前からそのような話は出ていたらしいが、
それが現実に動き出したのはこの時のことだった
後の小室の発言によれば、TMNはこの頃落ち目で、
(この発言は当時の小室がTMNをどう見ていたかの参考になる)
盛り上がっていたXの勢いを借りようとしたのだという


実際に1991/7/1リリースの「Jealousy」は、
一週で61万枚という驚異的な数字を叩き出し、
1991年度82.8万枚(最終的に111.3万枚)、年間12位を記録した
2ヶ月後リリースのTMN「EXPO」(64.8万枚)と比べ、
勢いは明らかにXの方にあった


小室はEPIC/SONYに、YOSHIKIはCBS/SONYにそれぞれ掛け合い、
ユニット結成を認めさせた
7月上旬「笑っていいとも」出演時には決まっていたというから、
7月初頭には話がついていたはずで、
YOSHIKI帰国から間もない1991年6月には、
すでに話が出ていたと思われる
9/27「TMN EXPO '91」では、小室とYOSHIKIのユニット結成の話題が出ており、
記者会見の1ヶ月以上前には公表もされていた


実はこの時、高見沢もユニットに入る案もあったのだが、
結局実現しなかった
小室とYOSHIKIの所属は違うとは言え、
ともにSONYグループだったが、
高見沢はポニーキャニオンだったため、
実現が難しかったのだろう


この企画は3人の飲み会で決まった話で、
レコード会社のあずかり知らぬことだった
飽き飽きするほど見る会社主導のミュージシャンのコラボとは違い、
V2結成は完全にミュージシャン主導で始まったものだったのである


もちろんレコード会社側としても、
うまみのある話だからこそ認めたのだろうが、
魅力的な企画を考え出す構想力とその実行力は、
さすが小室といわざるを得ない
かつてTM NETWORKを生み出し、
後にTKブームを作り出すことになるエネルギーは、
この時も健在だった


V2で最初に始めたのは、
シングル「背徳の瞳」のレコーディングだった
これは当初年内12/26にリリースするはずだったが、
後に1992/1/18に延期された
また1991/12/5には、
ライブ「V2 Special Live Virginity」も行なっている


小室はV2で、シングルのリリース、あるいは音楽活動に限らず、
面白いことを思いついたらやってみたいと当時発言していたが、
もともとシングル1枚だけの企画だったらしい


小室は可能ならまだ続けたいと思ったのかもしれないが、
1992/3/25リリースのビデオ「Special Live Virginity」以後は、
現在まで活動は行なわれていない
1992/3でXがCBS/SONYと契約が切れ、
更新されなかったことも関係するのかもしれない


ただし2002年、YOSHIKIがglobeに加入しており、
小室とYOSHIKIのユニットはここに復活した
もっともYOSHIKIの関わった作品は、
シングル「seize the light」のみであり、
以後はglobeにまったく関わっていない


この後、2007年にV2再結成の動きがあったらしいことが、
小室のブログより知ることができる
だが翌年の小室逮捕もあり、以後関連する動向は聞こえてこない


結局のところ、V2は後につながるものを生み出さなかったし、
現在では90年代初頭音楽シーンのネタの一つとして挙げられるに過ぎない
しかし意外な組み合わせだったこともあり、当時はかなり注目された


TMNは1992年には事実上その歴史的生命を終えることになるが、
小室はその直前に、「現役」のミュージシャンとして、
音楽界に話題を提供することには成功したのである
V2はTMN(のメンバー)が見せた最後の華だったと言えるだろう


なお、どこまで真に受けるべきか慎重になるべきと思うが、
小室は後に、V2の活動を行なう中で裏方の仕事の面白さに気付き、
これが後のプロデューサー業の前提になったと言っている
だとすればV2は、
小室がTMNリーダーからプロデューサーへと転身する、
橋渡しの役割を果たしたことになろう


最後に、V2のメディア出演について触れておこう
まずテレビについて、演奏したものを以下に列挙する

・1991/12/13「Music Station」(テレビ朝日)
 「背徳の瞳」
・1992/1/2「ヤマモリステーション」(テレビ朝日)
 「背徳の瞳」
・1992/2/28「G-Stage」(フジテレビ)
 「背徳の瞳」


演奏曲はすべて「背徳の瞳」である
「Music Station」「ヤマモリステーション」は、
CDリリース前の演奏である
特に「Music Station」出演は、
ライブ終了後、CDリリース1ヶ月前のことであり、
なぜこのタイミングになったのか不思議である
ちなみに「ヤマモリステーション」では、
小室はTMNとしても出演し、
「Still Love Her」を演奏している


衣装は毎回違うが、だいたいゴージャスな出で立ちである
「ヤマモリステーション」の小室だけは「EXPO」っぽい雰囲気)
「Music Station」の衣装は、
小室もYOSHIKIも「Special Live Virginity」で使ったもので、
小室はシングル「背徳の瞳」のジャケットとも同じである


演奏は最初ピアノで二人がイントロのピアノを弾き、
それから立ち上がって、
YOSHIKIはドラムセット、小室はマイクの前に移動して、
本編に入るという形を取る(ライブでも同じ演出)
「Music Station」ではイントロのピアノがCD版と全然異なり、
一聴の価値がある


イントロ後のオケはCD音源を編集したもので、生演奏ではないだろう
ただしアウトロには少しシンセが加えられている
またオリジナルの楽曲は7分近くあるので、
テレビではオケが短く編集されている
「ヤマモリステーション」は長め)
なお「Music Station」「G-Stage」で、
一番のサビ前の間奏が削られているのは大変遺憾である


小室は「Music Station」「ヤマモリステーション」では、
置かれたキーボードを弾きながら歌うが、
「G-Stage」ではショルダーキーボードを持って歌っている
またこの時の小室は生歌である(他の二回は口パク)


V2は歌番組に限らず、
1992年2~3月に頻繁にバラエティ番組に出演した
3/25リリースのライブビデオの宣伝が目的であろうが、
小室はTMN活動休止が決定する中、
一人で新たな可能性を探っていたのかもしれない


具体的な出演例としては、
2/18「なるほどザワールド」や3/18「やまだかつてないTV」の他、
小室一人だが、3/20には「ものまね珍坊」にも出演している


ラジオでは特番として、
3/19「V2のオールナイトニッポン」が放送された
YOSHIKIは放っておくとしゃべらないので、
小室ががんばって番組を進行していた


あの小室が2時間の番組を仕切ったことは驚きだが、
どんなマイペース人間でも自分以上にマイペースな人間がいると、
こうなってしまうものだろうか


背徳の瞳~Eyes of Venus~
エピックレコードジャパン
1992-01-18
V2
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この記事へのコメント

GAUZE
2010年05月02日 23:00
こんばんは。とうとうV2の記事に来ましたね。当時、X・TM両方のファンをしていたのでこのユニットの誕生は本当に夢のようでした。もちろんコンサートも観に行きましたし、シングルが発売されるまで「eZ」や「ミューステ」等の音楽番組から「なるほどザワールド」にいたるまでの、V2が出演した番組をチェックしてました。そういえば1991年の夏頃に音楽雑誌「WHAT'S IN」でお二人の対談が掲載されたのと、秋に同誌でV2としてのインタビューが掲載された時に、小室さんが話す時の一人称をかなりの頻度で「俺」にしていたのがすごく印象的でした。TMのインタビューではほとんどの一人称を「僕」で話されていたので妙に違和感があったのを覚えています。
まさと
2010年05月03日 05:53
記事とは関係ない話題になってしまいますがツイッターの小室さん本人の書き込みによると、森進一さんに曲を書いたらしいですね!てっきり、エイベックスのアーティストにしか曲を書かないものだと思ってたんですが。しかも、作曲、編曲のみならず、作詞もしたみたいですね!森進一さんというのは、逮捕前に都はるみさんに曲を書いてたので、さほど驚きはなかったんですが、作詞って。梅雨明けには、と言ってるから6月にリリースされるんでしょうか?
全盛期の頃、TKMCで演歌を書く事は無いって言ってたんですがね~。っちゅ~か50曲同時リリースって大風呂敷は、やっぱ広げただけなんですかね(笑)
fe
2010年05月03日 20:50
こんばんは。

1988年頃の「TM international」辺りから、小室先生はいわゆる「スーパーグループ」の結成・成功、派手でアングラな風味を持ちながら、大々的に演出する方法論を確立し、模索を始めたと思いますが、V2で1つの結果が出たという感じですね。

ビデオを見る度に、「背徳の瞳」を聞く度に手探り感・練りこみ・足かき・熱が伝わってきて、小室先生の歌声が普段より一段と愛おしく感じます。

MySpaceでの書き込みが本当かどうかはちょっと不安ですが…祈願・再タッグ!
hk-pandora
2010年05月04日 11:31
始めまして。いつも拝見しているfanksです。
avex代表のmax松浦氏のtwitterにてTM発言出ました。

masatomatsuura:当然、一番最初に考えました。RT @Pippi_1974: @masatomatsuura 単刀直入にお聞きしたい。小室哲哉氏を全面サポートするのであれば、TM NETWORKをavexで活動させようとお考えになられたことありますか?またあり得ますか? QT

これは、無理だったと言うことなのか、今後に期待できるのか、、、。どうでしょうか?
アザラシ
2010年05月04日 20:52
去年の今頃なら全然想像だに出来なかったことが次々と起きているなって思います。去年の今頃は厳しい刑は確実で、実刑は免れないなどといわれていましたからね。それだけに音楽の話題でてっちゃんのことが出てきたのは非常に喜ばしい限りです。

松浦氏はちゃんとTMのことを考えているんですね。avexでの活動を考えているのであれば問題になるのは、現在の所属レコード会社との契約問題だけだと思いますね。契約期間が終了したら移籍もありえるのではって思います。
青い惑星の愚か者
2010年05月09日 08:21
>GAUZEさん
夏くらいにも一緒にインタビューしてたんですね
小室さん、会話では「俺」っていうことあるんですけど、インタビューではたいてい「僕」になっているんですよね
その記事では、記者がXの雰囲気に近くしたのかもしれませんね

>まさとさん
森進一は、ちょっと驚きましたね
どっちもがけっぷちコンビですね(笑
50曲って、「同時リリース」なんでしたっけ
私ももうあまり覚えていない(汗

>feさん
小室さんの場合、だいたい無名の人を小室さん主導で売り出すというパターンが多くて、ビッグネームと組むというパターンはあまりないですよね(あとはジャンミッシェルとかpushくらい?)
私としては、坂本教授と忌野清志郎のコンビとか彷彿します

>hk-pandoraさん・アザラシさん
松浦発言、どっちとも取れますよね
最近の小室さんの、TM・globe一緒にツアー発言も含めて、TMのavex移籍の可能性はあるかもしれません(というか、avex以外のところではもう新譜は難しいかも)
音楽活動ができるなら大歓迎ですが、avexのミュージシャンと組まされたりするのはちょっとイヤですね
通りすがりの名無し
2019年02月03日 01:08
指摘コメント失礼します。Yoshikiさんと小室さんの繋がり、出会いのきっかけを最初に提供したのは吉見佑子さんです。キャンティで2人の初会合をセッテングした、影の功労者。
あと余談ですが。小室さん、本当はtrfをソニーからデビューさせようと企画したそうです。ソニーのスタッフから猛反対、小室さんから相談を受けた吉見さんがエイベックスを紹介。紹介先のエイベックスも当初はtrfデビュー計画に乗り気じゃなかったそうです。
どちらの逸話も吉見さんがインタビューで打ち明けてました。
青い惑星の愚か者
2019年02月03日 02:48
コメントありがとうございます。
今過去の資料を漁ってみたのですが、高見沢さん仲介説は確実な根拠といえるものが見つかりませんでした。確実なところでは、1992年に小室さんが人を介してYOSHIKIと会ったと言っていることくらいで、もしかしたら私がこの記事を書いた頃、高見沢さんと仲が良いと言う話とその件を結びつけてしまったのかもしれません。
もう少し何か根拠があった気もするのですが、見つからないので、仲介者は吉見さんに書き直しておきますね。
ご指摘ありがとうございました。

当初trfをSONYからデビューさせる計画だった件は、すでにtrfの記事で書いています。その後avexに行ったのが吉見さん経由だったという話は知りませんでした。ただすでに小室さんは松浦さんと知り合いだったのに、なぜ吉見さんが仲介する必要があったのか不可解です。多分こちらは、相談したくらいの話じゃないかとも思います。こちらは今少し検討してみます。
通りすがりの名無し
2019年02月06日 23:36
レスありがとうございます。先の指摘コメントにある、デビュー計画がソニーからエイベックスに流れた話はglobeの事でした。記憶違いしてました。大変申し訳ないです。吉見佑子さんのインタビュー記事を見つけたので参照願います。

「Musicman's RELAY」坂本龍一、小室哲哉、YOSHIKI等のアーティストをバックアップしてきた音楽評論家 吉見さんのインタビュー後半を公開! musicman-net.com/relay/77405
赤とんぼ
2019年02月27日 12:03
私からも吉見さん情報の補足です。
吉見さんツイッターから引用↓

Yoshikiとはバクチクの西武球場で出会った。8月2日だったと思う。9月に小室氏にYoshikiを紹介した西麻布キャンティの奥の席。Yoshikiは「すぐ脱げるから」と先の尖ったぶかぶかのブーツを履いてあの頃のビジュアル系的服で現れた。運転手付きのセドリック、小室氏はポルシェ?
https://mobile.twitter.com/yoshimiyuko/status/646836675197300736

YOSHIKIと小室さんが会ったのは9月らしいです。初めて会ってから一年経たずにV2結成決まったんですね。小室さんって何か思い付いてからの決断がいつも早くて凄いなと思います。
でもその決断力が悪い方向にも出ることもあるし、生き急ぎすぎですね(;_;)
青い惑星の愚か者
2019年03月24日 04:58
お二人とも、色々と調べて下さり、ありがとうございます。
BUCK-TICKの西武球場公演は1990/8/2なので、吉見さんが小室さんに紹介したのは1990年9月ですね。
記事に追記しておきます。




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