小室哲哉引退

少しと言うか、1年以上、もしかしたらもう少し早まってしまったんですが、作詞作曲家というか音楽家というかのをはじめ、音を作るのが僕の仕事ですし、まあライブ演奏であったり、すごい技術があるわけではないですが、ピアノであったりとか、そういったライブ演奏であったりとか、そういった音楽に関する仕事をすべて退きまして。今回ご迷惑をかけたことを、ぼくはついつい、どうしても罪と罰ということで、罰ということに置き換えてしまっていまして、そういう風な認識としまして。現在引き受けさせていただいている仕事はたくさんあります。もちろん皆さんそういう方とはまだ直接今お話していませんし、まだまだ解散としているグループではないプロジェクトもあります。そういう方たちとの話し合い、それからどういった思いをいだいていただいているかていうことを聞かなければいけないのですが、それは望まれるのであれば期待に応えるべく、最低限のことをまっとうしてはいきたいと思っていますが、自発的な音楽活動は、本日を以って退こうと思っています。


2018/1/19の13:00、小室さんが記者会見を開き、
「自発的な音楽活動」から引退をしました
THE PAGEのチャンネルで全体を見ることができます(100分くらい)
上記はその中の一部を文字起こししたものです


記者会見の内容は様々なニュースサイトで翻刻されています
私が見る限りでは、ログミーが一番詳細なようですが、
正確な情報を確認したい方は、動画で確認されるのが良いと思います


なお会見全体の趣旨については、小室さんのInstagramに全文が公開されています
また公式サイトには、簡潔に以下の文章が掲載されました

ファンの皆様、関係者の皆様
今回の報道により、ファンの皆様、関係者の皆様にご心配をおかけしたことをお詫び申し上げます。
私なりのこの騒動のけじめとして、引退を決意しました。
ファンの皆様におかれましては、約35年という長い間、ご声援を頂き、心より感謝申し上げます。
また、関係者の皆様におかれましては、ご支援頂き、誠にありがとうございました。
現在、ご依頼頂いているお仕事に関しましては責任を持って完遂させて頂く所存です。
長い間、小室哲哉を応援頂き、また、ご支援頂きありがとうございました。
エイベックス・マネジメント株式会社
小室哲哉



引退の経緯についてはすでにワイドショーなどで報じられているところですが、
TM NETWORKの動向とも密接に関わることなので、
本ブログでも情報の整理をしてみたいと思います


今回の件、直接のきっかけとなったのは、
「週刊文春」のスクープでした
1/13にKEIKOさんが実家に帰った日の夜、
看護師の女性が小室宅に来て、朝まで過ごしたことを確認した上で、
記者が小室さんに質問状を送り付けたそうです
どうも12月から小室さんを張っていたようです


これを受けて小室さんがインタビューを受けたのが1/16午前なので、
質問状送付は1/14か15、おそらくは1/14のことでしょうか
週刊文春はweb上で1/17にこの記事の予告を出し、
1/18発売号で写真付きでスクープ記事を出しました
これに対し事務所からは1/17、
近日中に小室さん本人から記者発表を行なうと、
マスコミに連絡しました
これが実現したのが1/19のことでした


しかしゴシップ誌が期待した方向には、
会見は行きませんでした
おそらくゴシップ誌の記者たちは、
不貞行為の追求と非難を行なおうと準備していたのでしょう
しかし小室さんは肉体関係にはないことを明言した上で、
KEIKOさんの介護への疲れによるストレスで健康状態を害し、
そのために音楽活動も困難になっていたこと、
そうした状態の中で看護師に頼るようになっていたことを述べた上で、
引退を発表しました
会見でも話題の中心は音楽活動になっていた印象です


ひとまず小室さんの会見の内容を非常におおまかにまとめると、
以下のようになるかと思います


【①妻との関係】KEIKOが2011年に病気で倒れてから歌に興味がなくなり、大人の会話もできなくなることで、小室は疲れてしまっていた

【②健康状態】小室自身も長い間闘病生活を続けてきたが、2017年にはストレスにより難聴など様々な障害を発症し、いまだに順調ではない

【③看護師との関係】退院後は看護師に往診してもらうことが増え、雑談に付き合ってもらうことで心のゆとりを得ていたが、男女の関係ではない

【④仕事の不調】耳鳴りのせいもあり、最近は順調に音楽制作ができず、60という節目を控え、不安・懸念・自身のなさが増してきた

【⑤結論】「今回の罪」の償いと身体的限界・自分の才能への疑問を考慮して、音楽の道を退くことにした


上記の①は以前からのことですが、
おそらく①が原因となって、去年8月に②が起こり、
②の結果③④の事態となりました
そして⑤小室さんは、「今回の罪」と、②④を理由に引退を決意したとのことです


何度読んでもよく分からないのが「今回の罪」の部分です
2009年の裁判の記憶のため、
罪があれば償わなければいけないと言う思いがあったと言いますが、
そもそも小室さんは、看護師とはあくまでも患者としての関係で、
男女の関係にはなかったと主張しています


家では看護師と一緒に寝ていたとも言っていますが、
小室さんは5・6年、「普通の男性としての能力というのがなく」なっていたとのことです
5・6年前というと、2012~13年のC型肝炎治療のためのインターフェロン投与の副作用の可能性が考えられ、
タイミングとしても信憑性があるように思います
だとすると、そもそもゴシップ誌が想定している肉体関係は発生し得ません


小室さんによれば、注射・点滴の他、
雑談をして心のゆとりを得て、メンタルケアをしてもらっていたとのことです
点滴では一回1500mlになることもあり、
その場合数時間を要することになったようです
その間を雑談の時間としていたのでしょう


小室さんは看護師について、
後半(最近)は非常に甘えていたし好意も持っていたと述べていますが、
長い会見の中でも、KEIKOさんに対して後ろめたい行為としては述べていない印象です
KEIKOさんがいる時にも看護師に来てもらっていたとも述べていますが、
つまりKEIKOさんがいる時でもいない時でも同じことをやっていて、
問題のあることはしていなかったという認識なのかもしれません


小室さんがKEIKOさんへの裏切り行為は働いていないと考えているならば、
いったい何を「罪」と考えているのかということになりますが、
これについては結局、
「世間のみなさんに不快な思いをさせた」ということくらいしか、
該当する発言が見出せません


しかしこの論法だと、
無実であっても疑いをかけられた時点で「罪」ということになってしまい、
私としてはやはり釈然としないものが残ってしまいます


結論として今回の引退の理由は、
介護の重圧とそれによる身体的限界、
そしてそれに伴う音楽活動遂行の困難さにあったのであり、
罪の償いというのは二次的なものなのだろうと考えます
小室さん自身、入院した去年8月には引退を考え始めており、
「週刊文春」の報道はそのきっかけに過ぎなかったことを述べています


引退の一因となった入院の件は、
これまでまったく知られていませんでした
8月のtwitterやInstagramを見ると、
ホームパーティの写真やKEIKOさん新録の歌の公開など、
問題が起きているようには見えません
逆に公表されないほど深刻なものだったということでしょうか


ただ左耳の耳鳴りについては確認することができ、
2017/5/27には以下のようなtweetをしています

今週ずっと耳鳴りがしていて、 土曜日、とうとう耳鼻科の先生に 診ていただいた。 聴音検査などなど やっぱり専門家は凄いな〜。 一瞬で半分くらいになったよ。


この件については小室さんが会見で、
以下のように述べているものに該当するはずです

去年2017年、先ほど6月、夏前に実家にお世話になったと言ったころから突発性の難聴に近いものになりまして。現在も左の耳がほぼ聞こえないです。今もキーンという音が鳴りっぱなしで。原因は不明です。ストレスだろうということしかないです。診断書によると、ストレスによる摂食障害、耳鳴り、それから睡眠障害みたいなことで。8月に入院を1人でしました。


睡眠障害についても、耳鳴り以前から悩まされていた可能性があります
5/12の沖縄ライブの後、眠りにつくことができず、
ホテルのラウンジで朝まで過ごしたことが確認できます


小室さんは5月中には介護のストレスが限界を超え、
様々な症状を出し始めていたように見えます
これが悪化して8月の入院に至ったのであろうことは、
想像に難くありません


小室さんが引退を考え始めたのは、入院の頃からだったと言います
退院後も耳鳴りは治ることがなかったといいますが、
秋頃から音楽制作のペースが落ちるようになり、
締切が間に合わない事態が続出しました
小室さんも自信を失い、何度も曲を作り直したりしていたようです


そんな中で2018年に迎える60歳という年齢についても考え、
引退も念頭に置くようになりました
ここ3ヶ月(10月頃から?)は、引退セレモニーのことも考えていたようです
2017/10/0には上海で、
「僕は、引退しないのかな? 定年はあるのに? 家族って、何を指すのかな? 愛って何なんだろう? 少し疲れたかな?」
と、結構深刻な発言をしています
もう引退までのカウントダウンが始まっていたのかもしれません


また同じ日には自分の写真をアップして、
「すこし自分、寂しそう。たくさん、笑いたいときもある。 家から歌声が消えて6年かあ」
述べています
kEIKOさんの回復への絶望を痛感する中で、
人生の隘路にはまってしまった感覚に陥っていたのでしょうか


生活・健康・仕事、すべての面で小室さんは限界に達していました
おそらく小室さん自身も自覚しているように、
その原因は介護の重圧であり、
それが介護者の小室さんの健康を崩し、
仕事も困難にしていました


しかし介護は終わることがありません(しかもKEIKOさんの方が若い)
このスパイラルから脱することは不可能である以上、
現状が好転する望みは抱けなかったのでしょう
近年問題になっている介護問題が、
小室さんをも追いこんでいたわけです


小室さんとしては引退を決断するまで、
なんとかだましだまし目先の仕事をこなしていくしかありません
そうした中で、頻繁に疲労回復用の注射・点滴を打ち続けるとともに、
看護師との雑談の中で心の安らぎをもとめるようになりました


ここまで書いていてなんですが、
一時代を築いたミュージシャンとしては本当に悲しすぎる末路です
小室さんは、いったいどうすればよかったのでしょうか
(これは介護問題一般に言えることなのでしょうが)
抜け出す道がないという意味では、
2008年の逮捕の時よりも絶望的だったように見えます
仮に看護師との間に不適切な関係があったとしても、
私には小室さんを責めることは到底できません


以上のように、2017年の小室さんは心身ともに満身創痍の状態でした
しかしこのようにしてすべてがあふれ出る前からも、
すでに様々なところで徴候は出ていたように思います


時間軸が明確ではないのですが、
小室さんはある時期から仕事の量が増えてきて、
一人ではKEIKOさんのサポートが難しくなっていきました
そのため3年ほど前からは、
KEIKOさん実家の方やスタッフに支えられている状態だったといいます
KEIKOさんは1年に2・3ヶ月は実家にいたようです


3年前というと、おそらくTM NETWORK 30thの頃でしょう
特に2014年の全国ツアー「the beginning of the end」「Quit30」の時は、
私もKEIKOさんはどうしているんだろうと思っていたのですが、
やはり無理をしていたようです
そうした中で、小室さんはこの頃から「疲れ始めてしまった」と言います
あのツアー、ウツにも過重な負担となっていましたが、
小室さんにもダメージを残していたのでしょうか
その意味でも、TM NETWORK渾身の活動だったのでしょう


ただこの間、小室さんの発言は概してポジティブで、
楽しそうにしていました
TM30thの間は、気心の知れた昔の仲間と一緒に音楽をやれていたこと、
その中で浮かんできたアイデアが次々と形になっていったこと、
その活動が一定の評価を得られていたことで、
小室さんも前向きになっていたのでしょう


ところが2015年3月にTM30thが終わると、
小室さんは翌年夏に向けてglobe20thの活動に移ります
この頃から小室さんの発言は、
ネガティブなものが時折見られるようになります


小室さんはこの間、
リミックスアルバム制作やクラブイベントを行なっており、
その中でKEIKOさんの歌手復活も期待していました
しかし結果はご存知の通り、歌手復活は成らず、
リミックスアルバムもあまり注目されずに終わりました
TM30thの成功の後だったからこそ、
その落差はより切実に感じられてしまったかもしれません
以下の発言からは、
この頃の小室さんの痛々しいほどの絶望感を感じずにはいられません

2015/9/9「ココロの中で 優越感を感じる事が 日に日に減っていく。 安らぎが、幸せだと 述べる人は多いが、 確実に若いころ幸せだぁ、 と、感じたものは 安らぎではなかった。 後からつけが回ってきた 優越感だった。時々 ほんの少しの時間でも良いので、味わいたい。 誰にも迷惑はかけないから。」


この2ヶ月後、11/26には、

「あらゆる人々の愛と情に救われ 人生のけっこうな距離を 歩ませていただきました。 残された時間で、 どのくらいの恩返しが出来るか。 とにかくやってみます。 やってみます、 音楽を。 本当に本当に ありがとうございます。」


とtweetしているのですが、
これも9月のtweetと並べてみると、
無理をして自分を奮い立たせようとしているように見えてしまいます
「とにかくやってみます」て、ダメ元感いっぱいで、
とても自信がある発言には見えないのです


こうした中で小室さんは、
心を通わせ合えないKEIKOさんへの寂しさを吐露するようになってきました

2015/9/8「もう、けっこう 女性と並んで外を歩くなんて忘れ出してる。桂子さんが元気な頃はかなりあったけど、というよりほぼ100%だったけど。 大袈裟じゃなくて四年、女の人と歩いたこと無い。」

2015/12/13「14年前くらいかな? 流星群? 桂子と2人でスタジオの外に出て眺めていたなあ。 人生レベルの思い出だろうね。 あの時の桂子に会いたいな。 贅沢だね。」



年が明けて2016/2/14には、
「マシンガントークの 桂子が懐かしい。 歌えなくて全然いい。 あの笑顔に会いたいな。」
小室さんがtweetしています
さらに同じ日には、以下のようなtweetもしています

アタマの中にはつねに 砂時計の砂が減っている イメージだけど、 やれる限り日本の音楽維新の タメに心を癒やしてくれる人がいると良いなぁ。 ちょっと疲れちゃった。



このような中で、小室さんは看護師を直接スタジオや自宅に呼ぶようになります
もともと都内の病院で施術してもらっていたそうですが、
2016/8/3放送の「Crossroad」には、
看護師がスタジオで小室さんに注射をしているシーンがあり、
この頃には直接スタジオに来るようになっていたそうです


小室さんは「週刊文春」記者から「お付き合いはいつから」と聞かれたのに対し、
骨折した時にお見舞いに来てくれた頃からと述べています
骨折は2016年3月終わりで、4/1には手術を行なっていますから、
お見舞いは4月でしょう
その後5月からはギブスを付けながらステージに立つようになりますが、
この頃から看護師が院外にも往診するようになったものでしょうか


さて小室さんは、2014年から2015年3月まではTM30th、
2015年春から2016年夏はglobe20thの活動を中心としていました
2016年秋からは「ARS ELECTRONICA FESTIVAL」でのインスタレーション作品出陳に始まり、
各所のアート系のイベントにも顔を出すようになりますが、
こちらは現在まで大きく展開している感じはありません
年末にはソロアルバム「JOBS#1」の制作が始まりますが、
個別には良い曲もありながら、全体として目指しているものがあるわけではない、作品集的な内容でした


「JOBS#1」がリリースされたのは2017年3月のことで、
その頃には小室さんの体が限界を迎えつつあったと思われます
この「JOBS#1」のブックレットにあるインタビューを見ると、
もう終わりを見据えているような印象を受けます

僕なりにいろいろこれからできることは考えています。時間もないし、やれることってだんだん限られてくると思うんですよ。


ついで「JOBS#1」リリースから間もない2017/4/1「ザ・インタビュー」での発言も、引用してみます

どうしても振り返らなければいけない、この何十年の音楽史みたいなことで、J-POPでもそうなんですけど、ていう意味で、自分が振り返る立場の役目のことをやっちゃったんだなというのを思っているんで、先々に行きたい、大ヒットと言う気持ちもあるんですけど、諦めという言葉でもいいかもしれないですけれども、そっちの役目の方が、今どう考えても求められているんじゃないかなという。



こうして見ると、小室さんはおそらくglobe20thの頃から、
挫折感を蓄積させつつあったように思います
(このことは、ここ2年ほど感じていて、ブログにも時折書いていました)
そうした中で精神的な摩耗が進み、
介護の重圧に耐えられなくなった8月から引退を視野に入れ始め、
今回の報道を機に決意をしたというところでしょう


やる気があれば続けられるのでしょうが、
不倫報道による非難を予想した時、
それにもかかわらず活動を継続するほどの気力は、
もう残っていなかったのではないでしょうか
小室さんの引退の根本的な原因を一つだけ挙げるならば、
文春砲でも介護でもなく仕事での挫折感だったのではないかと、私は考えます


いずれにしろもう小室さんは、
音楽を満足にやれる状況にはないように言えます
2008年の逮捕の時も小室さんはボロボロでしたが、
あの時は自分の言葉で、音楽をやりたいと言っていましたし、
だからこそ私も、できるならば続けてほしいと思いました


しかし今回小室さんは自分の言葉で、それを諦めました
これは2008年よりもはるかに深刻な事態です
2018年はTM35周年の前年ということで、
私も含めて期待していたファンも多かったでしょうが、
少なくとも30thのような大規模な活動は、
不可能な状態になっていたことは明らかです


ただ、まだすべてが決着しているわけではないのだろうと感じさせるところもあります
それは冒頭に挙げた会見での発言にあるように、
小室さんが引退する音楽活動に、
「自発的な」という修飾語がついていることです
これを文字通り取れば、
依頼された仕事は引き受けると言うことにもなります


実際に会見発言では、
現在引き受けている仕事については関係者と話し、
なお希望してもらえるならば最低限のことはまっとうすると言っています
ということは、ただちに全音楽活動がなくなるというわけでもないようです


なぜ小室さんがこんな微妙な表現をするのかといえば、
会見中で述べたように、引退の決意は自分一人で決めたものだからです
つまり関係者と相談の上での発表ではないため、
すでに契約しているものについては、
相手が解約に応じてくれるのか、契約遂行を望むのか確認できておらず、
それは今から行なうということなのでしょう


そのすべてが明らかになっているわけではもちろんありませんが、
現状で明らかになっているものとしては、まずPANDORAがあります
1/24には待望のデビューシングル「Be The One」がリリースされますし、
2/7にはミニアルバムが出るそうです
1/24・26・2/3にはライブも予定されているところです


また「ラストアイドル season2」での選抜メンバーで結成されたアイドル5ユニットのプロデュース企画で、
小室さんがラストアイドルのプロデュースを担当することになっていました
これは5ユニットの総当たり戦で上位3ユニットを決め、
その後はトーナメント戦を行ない、
ラストアイドルの次のシングルの1曲目を決めると言うものです


この2件については、継続することが決まったようです
会見の時の状態を見るに、ライブなんてできるのか心配でもありますが、
こういう時に浅倉さんのサポートがあるのは心強いところです
なおもう1件、2/6に出演予定だったNHK「うたコン」も、
中止はないとのことです


そしてもう1件、我らがTM NETWORKがあります
冒頭の引用文では話し合うべき相手として、
「まだまだ解散としているグループではないプロジェクト」を挙げており、
これがTMを指すことは間違いないと思います
仮にTMの活動についてすでに何か動き始めていたのならば、
当然その実行の有無について相談することになるでしょう
PANDORAやラストアイドルの件を考えれば、
TMの最後の活動はまだあり得ることになります


この「自発的」問題、なかなか微妙な問題ではあります
もしももう音楽は限界でやりたくないと思っているのに、
契約上やらないといけないから仕方なくやると言う話ならば、
本人にも幸せな話ではないですし、
そんな状態で生み出されるものはファンにとっても嬉しくはないでしょう


ただ小室さん、引退してもSNSでファンの声は聞いていきたいと言った時
さらに今後もファンとつながりを持つと期待して良いのかと聞かれると、
以下のように答えています

世の中の世論の比率によるかなと思います。51:49みたいなことがありますけれども。その割合が「なんでもいいから、生き恥晒してでもいいから音楽つくれよ」という意見が何割あるのかというところで。ファンというすごく不特定多数の微妙な表現よりは、この時代ですから数字に如実に全部出てきますので。その数字に従いたいかなぁと今漠然と思っています。


質問者は引退後にもファンと交流するのかと聞いたのに対し、
小室さんの回答は「世論」次第でまた音楽活動をするかもしれないと言っているように見え、
応答がかみ合っていない感がありますが、
むしろこれは注目に値する点です
つまり小室さんは、世間の反応次第では復帰する意志があるということです


私はこの発言から、
「またどっかで、3人がひそかな悪巧みしてたら、見つけて、3人がなんか考えてるぜって教えてあげてください」という、「TMN 4001 Days Groove」最後のMCを思い出しました
TMNは1994年、様々な事情から「終了」を選択しました
しかしその最後のライブで小室さんは、
また3人で何かやることを予告していました


この予告の裏付けは何もなかったはずですが、
小室さんはたしかに1997年にTMN再結成を宣言し、
その後大変な紆余曲折があったものの、
1999年にたしかにこれを実現したのです


もっとも現時点の小室さんは、
満足な音楽活動ができる状態ではないように見えます
少なくとも本人の中では、納得できない音しか出せないのでしょう
そしてそうした現状を打破できる見込みはありません
だから約束はできないのでしょうが、
条件が整えばまた何かやりたいとも思っているのかもしれません


実際に引退をなかなか言い出せなかったのも、
まだ頑張りたいと言う気持ちがあったからでしょうか
今回の会見に当たっても、まだ気持ちが揺れている様子は、
泣きながら声を絞り出しながら述べた以下の発言からも感じられます

この皆さんの前でお話するという、このエネルギーだけで今精一杯というのが正直なところで、どれくらいこれが、ふと一人になったりとかていう瞬間になって、涙があふれ出るのか、なんてことをしてしまったのだろうかとか、なんてことをいってしまったのだろうかとかいう悔いが出てくる可能性は、十分にあると思います、正直。悔いなしなんていう言葉が、一言も出てこないです。その代り、ただこの日にちとこの環境だから、悔いなして言葉が出てこないだけであって、誕生日であったりとかで、何日を以って、たとえばライブをやってとか、そういったことの計画を皆さんで立てて、楽しく、先ほど申し上げたように、勇退みたいなことができる環境だったら、悔いなしなんて言葉が心から言えたのかなと思いますが、まあ遅かれ早かれという気持ちが精いっぱいですかね今は。遅かれ早かれ、こういう女々しいと言うか、涙ぐんでいる顔を見せる日が来るのかなと思っています。



小室さん自身、まだ頭の中がまとまっていないようですし、
関係者との話もついていないようですから、
無駄に期待するのは意味がないようにも思います
何より小室さんはきっと、もう疲れ切っています
それは生活面でも、仕事面でもです


しかし一面では、誰かから評価されたいと言う気持ちも、
やはりまだあるように思います
今回の決断の遠因に、
2015年以後の活動での挫折感があったとしたらなおさらです


ではファンはどのように対応すべきなのでしょうか
疲れ切っている小室さんを今引き留めるべきかどうかは、
なかなか判断しかねます
私としてはかえって追いつめてしまう気がしますが、
むしろ喜ぶかもしれないし、何ともわかりません
お別れするのでも、見守るのでも、本人に気持ちを伝えるのでも、
各ファンが良いと思う形で動くしかないのだと思います
きっと小室さんも、そこも含めて手探り状態なのでしょう


思えば我々は2015年3月、
TM NETWORK3人から以下のメッセージとともにバトンを預かり、
次のバトンが渡されるまで潜伏せよとの使命を託されていました

You are a part of us and became one of the investigators who sympathize with the sound of hope.
Your mission is to incubate until the next instructions are given.
we hope to see you in the future.


この使命の終わりは、まだ言い渡されてはいません
ずっと思い続けることはないと思いますが、
もしかしたら帰って来るかもしれないという期待を抱きながら、
待てる間は待ち続けてもいいのかなとは思っています
派手な出会いはないかもしれませんが、
もう一回くらいの奇跡はあるかもしれません

偶然街で君と出会う そんな奇蹟あるなら
もうこれ以上この運命を 僕は憎まないさ
「Sad Emotion」


私はコメントなどでご本人に何か伝えたりするつもりはありませんが、
万が一小室さんに会ってお話できる機会があったら、などと妄想して、
そんな場合はこんな感じで気持ちを伝えたいなあと思います

今まで本当にありがとうございました。
あなたの生み出した音楽は、私の人生の大事な財産でした。
これからはご自分を大事にして、幸せな生き方を見つけて下さい。
そしてまた音楽をやりたいと思ったら、いつでも始めて下さい。
その時はいつでもまたかけつけるつもりです。


以上、今回は緊急な更新となりました
今後まだ大きな動きがあれば、また適宜取り上げようと思います
しばらく何もないようでしたら、ブログ本来の趣旨に従って、
TMの歴史を淡々と振り返っていくことになりますが、
その場合、第7部(2001~09年)のはじめからとなります
どうぞよろしくお願いします




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