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みんなの「7 2001-2009」ブログ


7-15 小室哲哉の覚醒

2019/05/18 04:07
5/17、東京・大阪で、
「TMN final live LAST GROOVE 1994」のライブハウス上映会が行なわれました
私は行っていませんが、上映開始前の東京会場では、
石坂健一郎さん・川崎幹雄さん・藤井徹貫さんによるトークが行なわれました
多分こちらのレポートは、後日公式に発表されることでしょう


石坂さんはウツのメッセージを朗読しました
この様子は大阪でも中継されたはずです
メッセージ朗読シーンは、ネットに動画が投稿されていました

会場にお集まりの皆さん、35周年を盛り上げてくれて、ありがとうございます。
今日会場にはうかがえませんが、皆さんの応援に改めて深く感謝しています。
僕たち3人も年齢を重ねてきましたが、奇跡的にみんな元気にやっています。
この先は自然の流れに任せつつ、音楽活動ができたらなと思っています。
25年前のLAST GROOVE、最後までゆっくり楽しんでいってください。本日はご来場ありがとうございます。
令和元年5月17日、宇都宮隆


また今回の上映会に先駆けて、
ネットには4/21の上映会の関連動画レポートインタビューなどが出ました
最後の木根さんインタビューには、思い出話も色々と語られています


「アルバム『EXPO』で総括して。「じゃ、とりあえず一回休もう」って、てっちゃんに言われたんだけど」
というところなどは、
小室さんの提案がどういうニュアンスだったのか気になるところですが、
考えてみれば活動休止の時の話が語られるのて珍しいですよね
あと「STARCAMP TOKYO」について、
「つっこみどころ満載だよね(笑)」てのは、なかなか率直な感想です(笑)


今回の上映会と、5/22の「TM NETWORK THE VIDEOS」を以て、
TM35周年関連の企画は多分終わると思います
まあ企画といっても、完全にSONYの過去作品の再販活動だったんですけど、
振り返ってみると、何もないよりはよかったんだろうなと思います


ウツは「それゆけ!歌謡曲〜ギア4 one〜」を来月まで開催しています
また木根さんは、6/22から8/12まで約2カ月、
「NAOTO KINE 2626ツアー」開催します
(なおまだ公演は増える可能性があるとのこと)
去年の「2525ツアー」を受けたネーミングですが、今後も数字を増やしていくんでしょうか
チケットの一般発売はTMのBOXリリース日の5/22です
て、一般発売も何も、FCなくなったから、チケットは全部一般なんですよね多分


では本題に入ります
いよいよ今回から、TM20周年の本編に入ります
今回は客観的な事実の整理と言うよりは、
私の推測・解釈がかなり入っていますので、異論をお待ちしております

-------------------------------
2003/12/30のことである
TM NETWORKは3年ぶりに、音楽番組に生出演を果たした
特番「ザ・ベストテン2003」である
この特番は「ザ・ベストテン」放送当時の名曲を歌うというもので、
2000〜04年の間、毎年年末に放送されていたが、
この時はTMの「Get Wild」が8位となった


ランキングが発表されると、
3人は80年代と同じセットから、スタジオに登場する
3人ともスーツ姿である
小室は何を勘違いしたか、登場するなりカメラに投げキスである


ちゅ


この時司会の黒柳徹子は、
小室に対しては1年前の結婚式やKEIKOの話を振るなど、
それなりの時間を取ったのだが、
ウツに対しては「しばらくでございましたね」と話しかけ、
ウツが「4年ぶりくらいですかね」と返事すると、
「そんなに何十年も前てわけでもないですかね」と言って早々に話を切り上げ、
さらに木根に至っては、
「じゃあ木根様、どーも、しばくらぶりです」
→木根「お久しぶりです」→黒柳「どーも、どーも」
で終わりという、なんともおざなりな対応だった
小室とのトークに時間を使いすぎて時間がなくなったのだろうか


なおこの時、黒柳が小室に、
「(KEIKOは)お仕事も一緒だから、家庭生活どっぷりというわけでもないですかね?」
と質問したところ、小室が「どっぷりです」と答えたのは、
この後で述べる当時の小室の状況を考えると、
必ずしも笑えないところがある


小室は黒柳の「Get Wild & Tough」「Get Chance & Luck」「TM NETWORK」の声を事前に録音し、
演奏の時にサンプリングして使用した
1989年に「夜のヒットスタジオDX」で披露した演出で、
その頃のパフォーマンスを知っていた番組スタッフが企画したものだろう


イントロでは黒柳の「Get Wild & Tough」が使われ、
間奏では黒柳声で「GeGeGeGe」が流れた
ただ正直、黒柳の声と曲はまったく合っていない
また演奏は、サンプリングボイス以外はカラオケと思われる
全体としてあまり見るべきところのないパフォーマンスだったが、
短くなった間奏を除きほぼフルコーラスだったのは、
21世紀のTV出演では珍しい例である


なおTMはパフォーマンス後、
番組が終わるまでスタジオのソファーに座り、
7位以後の歌手のコメントや歌も見ていた
その一人に「タイム・トラベル」を歌った原田真二もいたが、
ウツはこの時に原田と初めて話をした
これが、次のソロアルバムのプロデュースを原田に依頼する前提となる


さて、この日はTM NETWORK 20周年において重要な日だった
3人はこの日を年内の仕事納めとし、
年明けからレコーディングに入る予定だったのだが、
よりによって小室がこの日になってメンバーとスタッフに、
翌年の仕事の内容の変更を提案したのである


それは、次のシングルに自分の新曲を1曲入れたいというもので、
すでに曲は制作中だとも告白された
この提案にスタッフは大いに困惑し、
スケジュール調整などに奔走したという
今からで間に合うのかという不安もあったらしい


結局小室のこの提案は通り、
新曲はシングル「NETWORK™」の1曲目として収録されることになった
これがTM20周年を代表する曲になった「Screen of Life」である
この件は、私はTM20周年にとって大きな出来事だったと考えている
それは「Screen of Life」という1曲が生まれただけでなく、
20周年のプラン自体もこの時に変化したと考えているからである


そもそも小室の新曲制作が新提案だったということは、
2004年のTMは小室の新曲がないままで活動を行なう予定だったはずである
だが一方でレコーディングは計画されていた
それは後で述べる様に、過去曲のリミックスだったと考えられる
関係者は年末にも、その前提で動いていたのだろう


ところが小室はレコーディングの日程が目前に迫り音作りを始めた中で、
新曲を作る手応えをつかんできたのだと考えられる
以下ではしばらく、この件を考察したい


TMはこれ以前、クリスマス前に、
メンバーのFC会員向けのダイレクトメールで、
2004年の20周年関連企画を発表していた
2/25のシングルリリース、3月末のアルバムリリース、
「Fan Event in Naeba」のライブDVDの限定販売、
TMデビュー20周年記念日4/21の横浜アリーナライブである


この時に告知されたシングルの情報では、
表題は「Take it to the lucky〜金曜日のライオン〜」とされ、
カップリングとして木根の新曲も入るとされていた
前者はTMデビュー曲「金曜日のライオン」のトランスミックスで、
「Fan Event in Naeba」で披露されていたものである
「ザ・ベストテン2003」でも、
「金曜日のライオン」セルフカバーと横浜アリーナライブの予定が告知されている
木根曲の曲名はこの時点では決まっていなかったが、
後に「風のない十字路」と名付けられた


「Take it to the lucky」は、
2003/11/10〜13にレコーディングが行なわれており、
木根による「風のない十字路」のデモテープも、
その時点ですでにできていた


だがなぜか「風のない十字路」のレコーディングは年内には行なわれず、
両曲の商品化も翌年2月末まで待つこととなった
おそらく3月のアルバムリリースと連動させることで、
ファンの関心をアルバムにつなげることを意識した日程だろう
そしてここで改めて注意したいのは、
この時点でシングルに小室の新曲が入る予定がなかったことである


一般に先行シングルは、アルバムの顔となる曲を入れるものであり、
TMの場合それは当然、小室の新曲である
ところがこの時はそれが予定されていなかった
こんな不可解な例は、これまでほとんどない


唯一の例として挙げられるのは、
1989年に「Get Wild '89」をはじめとする3枚のリプロダクションシングルが出されたことくらいである
そしてこの時に出されたアルバムは、
海外プロデューサーによるTM楽曲のリプロダクション作品集「Dress」だった
つまりリプロダクションアルバム(要するにリミックス版)を出すから、
その音の紹介としてリミックス音源を数曲先行発表したのである


だとすれば、2004年にリミックス曲が先行シングルとされたのは、
その後のアルバムもリミックスアルバムが想定されていたためではないかと思えてくる
私はこの時点では、小室の新曲はアルバムに入らないことになっていたと考えている
インストやSEくらいはあったかもしれないが、
少なくとも歌入りの新曲は想定されていなかったのではないか


逆にもしも新曲の収録が想定されていたのならば、
ファンへのアピールのためにも先行シングルに選ぶのが普通だろう
たとえば1992年リリースの提供楽曲セルフカバーアルバム「Hit Factory」には、
新曲として歌入り2曲とインスト1曲も含まれていたが、
先行シングルとしてはその中から「Magic」が選ばれている
また1999年のglobeリミックスアルバム「first reproducts」の先行シングルとしても、
1曲だけ収録された新曲「Miss Your Body」が選ばれている


だとすれば年末に小室が新曲を入れたいと発言したのは、
シングルに1曲を加えるだけという話ではなくなる
それはアルバムにも新曲を入れたい、
少なくとも単なるリミックス盤ではないものにしたい、
という主張だったことになる
実際に年明けに作られた20周年記念アルバム「NETWORK〜Easy Listening〜」は、
オリジナル曲とリミックス曲双方を含む独特な形態となった


リミックスアルバム計画という想定は、必ずしも突飛な発想ではない
そもそもTMは2002年秋、
リミックスアルバムで吉本での活動を始動させる予定だった
TMの本格始動自体がうやむやになり、この計画は語られなくなったが、
20周年を目前としてようやく活動を始めるという時点で、
リミックスアルバム計画が復活したことは十分にあり得るだろう


逆に当初からオリジナルアルバムが計画されていたのならば、
理解しがたい点がある
「Easy Listening」の制作期間の短さである


「Easy Listening」のレコーディングは、
11月にレコーディング済みだった「Take it to the lucky」を除くと、
2004/1/6から始まった
まずはシングル用の「Screen of Life」「風のない十字路」の制作から始まり、
これらが1月半ばに完成すると、
以後はアルバム用楽曲の制作に移った
木根によれば、完成はバレンタインデー直前(2/13頃?)だったという


この「完成」がどの段階を指すのかははっきりしないが、
アルバムリリース日3/24まではまだ余裕がある
おそらくバレンタイン直前とは小室の音源制作が終わった段階であり、
この後に1週間程度でトラックダウンが行なわれたものだろう


トラックダウンはロンドンのDave Fordが行なった
元PWL所属のミキサーで、
プロデューサー期以来小室の作品を多く手掛けてきた人物だが、
TMに関わったのは本アルバムが初めてである
アルバム制作は2/13頃に小室の手を離れ(木根の言う「完成」)、
その後アメリカで最終的な音源が完成したものと考えたい


以上のスケジュールを見ると、
シングル・アルバムは一連の作業の中で制作されており、
その期間は1カ月半程度である
このスケジュールはオリジナルアルバム制作期間としてはかなり短い
比較のため、これまでのオリジナルアルバムについて、
トラックダウンまで含む制作期間を以下にまとめておこう

「Rainbow Rainbow」:4ヶ月(1983/10〜1984/2)
「Childhood's End」:5ヶ月(1984/12〜1985/4)
「Gorilla」:2ヶ月(1986/2〜4)
「Self Control」:3ヶ月(1986/9〜12)
「humansystem」:2ヶ月(1987/7〜9)
「CAROL」:3ヶ月(1988/6末〜8初、1988/8末〜10初)
「Rhythm Red」:3ヶ月(1990/5〜8)
「EXPO」:3ヶ月(1991/3〜6)
「Major Turn-Round」:3ヶ月(2000/8〜11)


「Easy Listening」のレコーディング期間の短さは、
制作が順調に進んで早く終わったため、というわけではあるまい
年度内(3月まで)のシングル・アルバムリリースは、
R&Cとの契約での必須条件だったはずであり、
そのためにはレコーディング全行程は2月に終わる必要があった
それにもかかわらずレコーディングは年明けに始まったのだから、
もともと1カ月半程度で制作することが想定されていたと考えざるを得ない


TKプロデュース全盛期、1か月でアルバムを作った話などはよく語られるが、
2003年頃の小室が楽曲制作ペースの谷底期にあったことも考えれば、
オリジナルアルバムの制作スケジュールとしては、あまりにも危険である
この点からも当初予定されていたのは、
リミックスアルバムの制作だったと見るのが自然ではないか


実際に作られたアルバム「NETWORK〜Easy Listening〜」は、
10曲中3曲が「終了」以前の楽曲のトランスミックスとなっている
また最後の3曲はインストや準SE的な曲になっているが、
小室はこれについて、音はこだわって作っていると断りながら、
分数(収録時間)や曲数の数合わせの意味もあったと白状している
そのため本作をオリジナルアルバムとして数えるのは不適当だという批判も、
しばしば見られるところである


この批判はたしかにもっともなところもある
だが1カ月半の日程が本来リミックスアルバム用の制作スケジュールだったのならば、
それを限られた時間の中で可能なだけオリジナル盤に近づけようと尽力した結果ともいえる
実際に本作制作中の小室は、寝るかレコーディングしているかの日々だったといい、
小室は久々にスイッチの入った状態になっていたようである


以上のように想定した場合、
アルバム制作の方針はレコーディング開始の1週間前になって変更されたことになる
その場合もっとも変更が困難なのは、外注していた作業である
具体的には、Dave Fordの担当分が挙げられる


Daveはミキサーとしてトラックダウンを行なった以外に、
2002年のシングル「Castle in the Clouds」「君がいる朝」と、
木根の新曲「風のない十字路」について、
Additional Productionを行なっている
また「君がいる朝」「風のない十字路」については、
Ian CurnowもAdditional Productionに参加している


この3曲は原曲から大きくアレンジが変更されているが、
他の7曲と比べても明らかに異色の音である
小室もこの3曲についてこれまでコメントしたことがなく、
DaveとIanは「Additional」などではなく、実質的なリミックス作業を担当したと考えられる
2004年に入ってからこのような仕事の依頼ができるはずがなく、
2003年中には依頼されていたはずである


ならば当初計画されていたリミックスアルバムとは、
Dave・Ianが新曲3曲をリミックスし、
小室が「Take it to the lucky」をはじめとする過去曲のリミックスを担当するという構想だった可能性が高い


以上のように私は、TM20周年記念アルバムが2003年年末になって、
リミックスアルバムから(準)オリジナルアルバムに変更されたと推測している
この急な方針転換が混乱を生みながらも受け入れられたのは、
ウツ・木根やスタッフも、
新作としてはオリジナルアルバムが望ましいと考えていたからに違いない


ならばなぜ2003年には、リミックス盤でお茶を濁そうとしたのか
11/10〜13頃にシングル表題曲として「Take it to the lucky」がレコーディングされた時点で、
20周年はリミックス中心で行くのが基本方針だった可能性は高い
ただ私は、これ以前には別の方針が想定されていた可能性も考えている
以下、シングルの制作計画について整理してみよう


TMはすでに7月の時点で、
秋のシングルリリースと翌年のアルバムリリースを宣言していた
globeの東京ドームライブが中止になった後、
「Fan Event in Naeba」の開催が内定した5・6月頃、
新譜のレコーディングについても打ち合わせが行なわれたのだろう


「秋」のシングルリリースはもっとも遅くて11月としても、
10月中にはレコーディングを終える必要がある
9/5〜7には「Fan Event in Naeba」が開催されたから、
それから2ヶ月以内に制作しなくてはならないことになる


だが3人とも「Fan Event in Naeba」の直後は、しばらくソロ活動を行なった
具体的に確認すると、小室はイベント直後から、
KEIKOのソロシングルのレコーディングに入った
木根はソロミニアルバム「Ci è la musica due」の制作に入り、
9/24からはソロツアー「talk & live 番外編 vol.3」の後半の公演を始めた
ウツも9/15から「Tour wantok」のリハーサルを始めた


ウツによれば、「Tour wantok」中(9/20〜10/26)に、
TMのレコーディングが入る可能性があったという
たしかにその期間にレコーディングしないと、
秋(9〜11月)のシングルリリースは無理である
木根は実際に9月頃、TMの曲も作っていた
シングルに収録された「風のない十字路」と考えられる


小室はKEIKOのソロシングル以外、年内に仕事があった形跡がない
おそらく小室はKEIKOのシングル制作後、
9月下旬から10月にかけてTMシングル曲の制作に入る予定であり、
木根もそのための曲を準備していた
小室が音源を完成させたらウツの歌入れを行ない、
それを先行シングルとするという予定だったのだろう
ところが実際には10月が終わっても、
TMのレコーディングは行なわれなかった


木根は10/21シングルについて、
小室と打ち合わせを行なっている
その具体的な内容は不明だが、
この時点でレコーディングが行なわれていなかった以上、
秋のシングルリリースは不可能である
この日の2人はシングルリリース延期の確認と、
それを踏まえた20周年企画の見直しを行なったのだろう
11/10〜13の「Take it to the lucky」レコーディングは、
おそらくこの打ち合わせを経て決定したものである


レコーディングが11月までずれ込んだのは、
楽曲制作担当の小室の都合によるものだったと考えられる
この間、ウツも木根も予定通りにツアーをこなしていたし、
木根は自分の担当する曲を作っていた
問題は小室にあったと見られる


これは小室のスランプ状態が原因である可能性が高い
少なくとも2003年後半の小室が、
これ以前と比べて小室が多忙だったとは考えがたく、
単発のイベント出演とKEIKOのシングルを除き、
ほとんど仕事をしていない
しかもそのシングルも、1曲は夏に発表済、
2曲は小室ソロ曲・TM曲のリメイクであり、
実質的な新曲は「Humanrace」1曲である


小室は後に、KEIKOと結婚してからの約1年、
つまり2003年頃は創作意欲を失っていたと、自ら告白している
2003年3月に前妻吉田麻美への慰謝料支払いが滞ったことを考えると、
すでに経営・資金繰りで奔走する時期に入っていたと見られ、
それが楽曲制作にも関わっているのかもしれない


そのような中でレコーディングされた「Take it to the lucky」は、
「Fan Event in Naeba」で披露したライブ用トラックを手直ししたものだった
もしもこれが当初からシングル表題曲として想定されていたのならば、
音源の準備にそれほど手間取るとは考えがたく、
秋のシングルリリースの予定が延期されることもなかっただろう
おそらく小室が新曲を作れない状態だったことを踏まえ、
代替措置としてライブテイクをシングルにすることにしたものと考えられる


そう考えると、打ち合わせが行なわれた10/21は、
本来はシングルのレコーディング予定日だったとも考えられる
木根は10/17にソロツアー「talk & live 番外編 vol.3」を終えており、
ウツのソロツアー「Tour wantok」も、
10/19の名古屋公演の後は10/25Zepp Tokyo公演まで空いていた


ウツが名古屋から移動した後、休憩日を1日設けた上で、
21〜24日にレコーディングを行なうというのが当初の計画と考えれば理解しやすい
それならばウツのツアー中にレコーディングが予定されていたという話も、
整合的に理解することができる


しかし肝心の小室は曲を作ることができず、
シングルにはライブ用のトラックを使うことにした
この時点でメンバー・スタッフは、
小室の新曲を中心としたオリジナルアルバムの制作は困難と判断しただろう
しかし吉本との契約上、
アルバムは年度内にリリースしなくてはいけない
そこでかつてのリミックスアルバム計画を復活させ、
20周年はこれでお茶を濁すという方針が決まったものと推測する


仮にこのような事態があったとすれば、
これをもっとも不本意と感じたのは、当の小室自身だったはずだ
小室はその後も悩みあがき、そしてついに手応えを得た


この時点で新曲を入れたいとあらためて訴えたのが、
冒頭に触れた年末の小室の発言だったのだと思う
そしてその間の葛藤を生の言葉で表現したのが、
次章で触れる「Screen of Life」の歌詞だったのだろう


20周年を記念する作品として、
「Easy Listening」が満足の行く内容だとは、私も思わない
過去曲のリミックスと新曲を両方入れるならば、
「20」周年にちなんで新曲10曲+リミックス10曲の20曲2枚組くらい出してほしいとも、
当時は感じたものである


だがこの頃創作意欲が減退していたと告白する小室の状態を考えれば、
これでも最善の結果だったと考えるべきなのかもしれない
ともかくも年が明けてから小室がレコーディングを始めたことは、
メンバーやスタッフを安心させたようだ
ウツの2月初め頃のインタビューはそれを示していよう

ちゃんとリーダーがやってくれてる感じが嬉しいね。MCでいろいろしゃべる立場としてはさ、心のどこかで正直ちょっぴり不安があるから。いつもやるのかやらないのか、いや、やるのははっきりしてるんだけど、それがいつになるのかってね。みんなに話したくても話せない、はっきり言えないできた部分があるからさ。それが、どうやらちゃんとできそうなんで。


一方で20周年遂行のために奔走していた木根は、
苦しむ小室を見ながら、心苦しくも感じていたように思う
それを思わせるのが、「風のない十字路」の歌詞である
この曲については、本来次章で触れるべきところだが、
歌詞については先回りしてここで触れておきたい


本作は「We Are Starting Over」「君がいる朝」と続け、
木根が3部作の最後として作ったものだった
11月のレコーディング時、
木根がこの曲のデモテープを小室に聞かせたところ、
小室は自分が作詞することを提案したが、
結果的には3部作なら前2作を作詞した小室みつ子に依頼した方が良いということになったという


これを踏まえて木根はみつ子に作詞を依頼した
レコーディングは2004/1/6から始まったから、
11〜12月に依頼したことになる
avex期以前では、これが最後のみつ子作詞のTM曲となる
なおみつ子は「風が吹いたら」の部分などで、
コーラスにも参加している


3部作のテーマは、それぞれ男女の出会い・日常・別れだった
つまり「風のない十字路」は、それまで一緒にいた男女の別れの歌である
イメージとしては、3曲とも同じ二人を描いているのだろう


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、木根の本作のイメージは、
お互いを尊重しつつ別々の道を行くと言うものだった
実際に歌詞はそのような内容になっており、
木根が伝えたイメージに沿って書かれたと見て良い


歌詞を詳しく見ると、曲名の「風のない十字路」とは、
事態が停滞して動かない現状を表現したものであることが分かる
歌詞の主人公はこの十字路に立って思い出を振り返っている


歌詞には「たくさんの「はじめて」と交差してた終わり」とあるが、
これはパートナーと一緒に過ごしてきた日々が、
すでに終わったものになっていることを意味している
2人の関係は過去のものであり、新しい思い出はもう生まれない
そのような中で二人を取り巻く事態がすでに変化しつつあることは、
「きのうが流れ出」していると歌われていることから分かる


「君が選ばなかった毎日を今も過ごしている」
「僕は僕らしいままで今もここにいる」
というフレーズに見るように、
主人公の男性は過去にとらわれて、十字路から動き出せていない
しかし自分が留まることは相手の未来も縛ることになると考えたものか、
主人公はついに「風が吹いたら」、つまりきっかけができたら、
「ホントの自由を君に返すために」「別なあしたを歩き始めよう」
と決意するというのが、歌詞全体の流れである


みつ子はこの曲の歌詞の内容を以下のように要約している

別れではあるけれど、前向きな別れ。離れた相手のことをいつまでも想う限り、相手をどこかで引き止めてしまう。本当の意味で互いに自由を与え合うには、それぞれの道を歩もうと歩きださなくちゃというような気持ち。


木根はみつ子にこの曲の作詞を依頼する際に、
The Beatlesの「My Long and Winding Road」(のような歌詞)にしてくれと注文した
歌詞の冒頭が「曲がりくねった道(=winding road)」と始まるのは、
この注文を踏まえたものだろう


木根はこの注文につき、
「この言い方で、みっこちゃんなら僕の心情を理解してくれると思った」と、
簡略ながら意味深な書き方をしている
当時の木根とみつ子の間では共有されていた思いがあり、
木根はそれを前提として作詞を依頼したのだと思う


またみつ子によれば、木根は作詞の依頼をした時、
「ファンに期待をさせるようなものにはしたくない」
という趣旨のことを告げてきた
木根はすでに、TMがファンの期待に応え続けることに限界を感じていたことになる
この時みつ子も、苦悩も含めた木根の気持ちを感じ取ったという


要するにこの曲の歌詞は、みつ子が完全な創作として作ったものではなく、
関係者として知っていた木根の気持ちを踏まえて作ったものだった
そしてその気持ちとは、TMの限界を自覚したことに基づくものである
以上を踏まえて、この曲で歌われる男女の「別れ」を読み解けば、
それはTMとファンの別れ、もしくはTMメンバーの別れの象徴的表現ということになると思う


そもそも歌詞のモデルとされた「My Long and Winding Road」は、
最後までたどりつけない道を歩き続けることの苦しみを歌ったもので、
内部の関係が微妙になっていた時期のThe Beatlesのラストシングルでもある


木根があえてこの曲をモデルに持ってきたのは、
自らもTMの活動の難航に苦しんでいることを踏まえているのであり、
さらにいえば今回が最後の活動になる可能性も意識していたのだと思う
ならば別れを告げる相手として想定されているのは、
まず第一には小室哲哉であるに違いない


なお別の曲の話だが、木根は2004/2/24のインタビューで、
「君がいる朝」について、連れ添って一緒にいる感じとした上で、
メンバー3人がオーバーラップする歌詞だと言っている
これは木根が自分の曲の歌詞をTMメンバーの関係になぞらえる発想があったことを示しており、
「風のない十字路」にも同様の発想があったと見ることは困難ではない


ならば木根が「風のない十字路」に込めた気持ちとは、
長い間小室とはTMとして一緒に活動してきたけれど、
今回の活動が終わったら自由になって欲しい、ということだとも考えられる


そのように考えてよいならば、
この歌詞が依頼された2003年11〜12月頃、
木根は苦しむ小室にTMの活動を強いることを、
束縛とすら感じていたのではないか
その上で20周年の仕事が終わったら、
小室を解放してあげたいとすら思っていたのではないか


一曲の歌詞からどこまで読み取ってよいのか危いところもあるが、
もしもこのような読解が可能ならば、
20周年は実に危機的な状況下で遂行されたのだともいえる


だがその本格始動の直前も直前になって、
年末に小室は覚醒した
その覚醒は、十全な活動を実現するにはすでに遅きに失したものではあった
しかし一時期メンバーですら悲観しきっていた20周年の活動は、
ここから時間の限りの挽回へと向かっていくことになる


その挽回がどの程度達成できたのかは人によって評価が異なるだろうが、
私は20周年を形としてまとめるくらいには挽回できたと考えている
それは小室のあがきの結果でもあり、
木根やスタッフの忍耐が可能にしたものでもあった


次章以降は、2004年に行なわれた20周年の活動について、
具体的に触れて行こうと思う


NETWORK TM
R and C Ltd.
2004-02-25
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 21 / トラックバック 0 / コメント 7


7-14 Fan Event in Naeba

2019/04/22 02:06
つい2ヶ月前、カウンターの増設をした旨を書いたばかりですが、
先日気がついたら、旧カウンターが動いていませんでした
どうやらもともと利用していたサービス先が消滅したようです
ということで結果として、カウンターの切り替えということになりました
やっぱ無料サービスてのは怖いですねえ
まあこのBIGLOBEのブログサービスも無料なんですけど


さて、TM NETWORKデビュー35周年、おめでとうございます
4/21のTM35周年記念日には全国の映画館で、
「TMN final live LAST GROOVE 5.18/19」の上映が行なわれました
意外と動員も良かったようで、
大半の会場は前売り券で満員になっていました
私も一応見には行きました


今回の目玉は音・映像のレストアと、
松本孝弘さん出演の5.19「Get Wild '89」「You Can Dance」でした
まず映像については、まあこんなもんかなと思いました
映画館の大画面だからそこまできれいな映像とは思わなかったんですが、
家でBlu-rayをDVDと比べてみると違うのかもしれません


一方5.1chになった音はとてもよかったです
これまではちゃんと聞こえていなかった音もよく聞こえました
1994年の会場では席のせいもあり、必ずしも音は良くなかったので、
今回はこの音を聞きに行ったと考えれば良いのかなと感じています
Blu-rayになっても、家に5.1ch再生環境がないと再現できませんしね…


新追加の「Get Wild '89」は、
なぜか「もう一人のスペシャルゲスト、松本孝弘!」の紹介シーン前後が、
演奏も含めて削られており、
妙に気持ち悪いイントロになっていました
また浅倉大介さんの登場シーンも、以前と同様にカットされています
こんな1分くらいの映像、けちっていったい何の得があるんでしょうか
もしかしたら将来、「真の完全版」が出る可能性が…?
なんかBOOWY商法みたいになって参りました


この他、リハーサルシーンやエンディングなども含め、
事前告知があった部分以外、
映像の構成は基本的にほぼすべて既発売DVDと同一でした
また数カ所あった音の修正も変わっていません
まあこれはもともと期待はしていませんでしたが


「Get Wild '89」以外に映像の再編集告知があったのは、
「Rainbow Rainbow」「You Can Dance」です
「Rainbow Rainbow」は葛城さんと北島さんの映像のバランスが悪かったのを調整したものとのことです
(ふくりゅうさんが直々に教えてくれました


「You Can Dance」はかつての映像では松本さんが消されていましたが、
今回はちゃんと入り込むように編集されていました
こちらの映像、楽しそうな雰囲気が伝わってきて、とてもよかったです
最後の松本さんの雄たけびがなかったことにされているのは気になりましたが…


なお上映が終わると、5.18・5.19ともに、
最後に「in memory of ISAC SAKANISHI」の一行が映し出されました
TMのかつての映像監督坂西伊作さんをしのぶと言うメッセージが出たのは、
今回の企画にはSONY内部でも伊作さんの関係者が入っていたからでしょう
きっとTM3人も、同じことは感じているんだと思います


さて、TOHOシネマズ新宿では上映の前に、
木根さんとふくりゅうさんのが舞台挨拶がありました
その様子はすでにネットニュースに上がっており
全貌も近日中に公式サイトに出るそうです


また木根さんの挨拶の時の他、
各会場でも5.18と5.19の合間に告知されたのですが、
TMN「終了」ライブの前日に当たる5/17に、
東京のZepp DiverCityとZepp Osaka Baysideで、
また「TMN final live LAST GROOVE 1994」上映するそうです
(4/21のとは微妙にタイトルが違いますが、同じ内容のようです)
すでにチケットぴあで先行受付が始まっています
なおトークショーもありますが、登壇者は未発表です


今回の映画上映に先立って、企画を盛り上げるために、
同ライブについて関係者へのインタビューなどが行なわれました
たとえばCocotameでは立岡正樹さん、久保こーじさん、川崎幹雄さん(映画の映像プロデューサー)のインタビューが掲載され、
公式サイトでは葛城哲哉さんと山田亘さんのトーク動画も公開されています
中には初めて聞いた話もありました
関係者にはこういう機会にいっぱいしゃべってもらいたいものです


挨拶程度のものですが、35周年記念日にはメンバーの発言もありました
ウツは35周年記念日に、
「人生いろいろ♫ですが、3人とも生きているという小さな奇跡も迎えましたm(__)m 」
tweetしました
木根さんも上記舞台挨拶で、
「これだけは言えるのは、今のところ3人とも元気です(笑)。そして僕らも皆さんと同じ思いだということだけお伝えします」
と言ったそうです


さて、前回大騒ぎで話題にした「TM NETWORK THE VIDEOS」ですが、
謎に包まれていた特典ディスク2枚目の内容が判明しました
1988/8/25開催の東京ドームライブ「STARCAMP TOKYO」です
ただし「Dragon The Festival Tour」とは異なり、
完全収録ではなく、2/3程度の収録となります
その内容はNHK総合の1時間版と同じとのことです


編集用経費がかかるからテレビで放映されたものを使うというのは分かります
しかしこの件で解せないのは、
なぜNHK総合版なのかということです
というのもこのライブ、当時はNHK総合以外にNHK BSでも放送されており、
BSの方が2曲多いのです
当然ながら、この2曲は放送用に編集済みです


つまり今回の収録内容は編集費用の問題ではなく、
単なるSONYの出し渋りです
ここで出し渋るということは、
今後まだTMの映像作品で稼ぐつもりなのでしょう


これに対して「Dragon The Festival Tour」を最初から完全版で出すのは、
たぶんブレイク前の本ツアーは今後もたいした金づるにならないのに対し、
全盛期の「STARCAMP TOKYO」は、
小出しにすれば金づるになると考えているからだと思います


正直今後「STARCAMP TOKYO」が中途半端に増補されても、
完全版じゃない限り買う気はないですが、
もしもSONYがそういう考えなら、
「価値がない」時期の「Electric Prophet」(1984年)や「Fanks Dyna-Mix」(1986年)の完全版を出してほしいものです


また「final live LAST GROOVE」両日分のライブDVDが2枚組で、
「TM NETWORK THE VIDEOS」と同日の5/22にリリースされるそうです
BOXを買うほどではないけど「LAST GROOVE」だけなら買いたいという方用でしょうね
ただ「LAST GROOVE」は過去に発売したものもまだ在庫があるようです
こちらは画質が悪い上に1曲少ないのに、今回の商品よりも高くなります


メンバーの活動を見ると、
ウツは4/1から「それゆけ!歌謡曲〜ギア4 one〜」が始まりました
また4/17には「Tour Thanatos」のBlu-rayが一般発売されました
「Open Your Heart」「Ignition, Sequence, Start」「Runnning To Horizon」などが収録されています


木根さんはコラボライブなどを回っています
また4/4には日本テレビの「笑神様は突然に」の特番に出演しました
正月に続き2回目ですね
私は見ていませんけど


またFM COCOLOの「J-POP Legend Forum」では、
今月は毎週ゲストを招いて小室哲哉特集をやっています
これまで藤井徹貫さん・木根さん・DJ KOOさんなどが出演しています
木根さんの時には結構じっくりとTM話をしてくれました
木根さん、番組の締めに、
「でもなんか僕は予感としてね、もう一度TMはできるんじゃないかなと勝手に、希望的観測を持って、メンバーとして」と言っていました
TMはまだ終わっていないと言うスタンスを取り続けてくれているのは嬉しいところです


小室さんについてはBOXのリリースが終わった後、
今度は「Tetsuya Komuro Archives」のT版・K版各50曲から20曲をセレクトした「T SELECTION」「K SELECTION」と、
CD版に入らなかった小室さんの楽曲20曲を集めた「Tetsuya Komuro Archives EX」が、
4/10に配信限定でリリースされました(収録曲にミスがあったEXのみ4/17に延期)


以上、近況だけで相当長くなってしまいましたが、
2ヵ月半ぶりに本題に入ります
もう皆さん覚えていらっしゃらないと思いますが、
前回「7-13 20周年への助走」を踏まえて、
2003/9/6・7開催の「Fan Event in Naeba」の内容のまとめです
(具体的内容は9/7に準じる)
期せずして「終了」の話から始まります

------------------------------
ファンが待ちわびる中、
SEなどもない中で、メンバーがステージに現れる
ウツ・木根・吉田はステージの椅子に着席する
通常のTMのライブの場合、オープニングで何らかの演出を設けたり、
派手なSEやイントロを流したりするのだが、
普通にステージ奥からメンバーが歩いて現れるという始まりは稀有である


1曲目は誰も予想しなかったであろう「Nights of the Knife」である
言うまでもなくTMN「終了」の曲で、1994年以来の演奏となる
この曲がここで選ばれたのは、
20周年という節目を強く意識したイベントだったからだろうが、
観客の中には「終了」を思い出した者もいたかもしれない


実は「Nights of the Knife」は、
「新しい始まりが今」から歌詞が始まることから分かるように、
新たな活動に移ることを宣言した曲である
もちろんリリース当時、それは実質的にはTMN「終了」を意味したのだが、
「we are going to make a brand-new day」と言っているように、
歌詞の趣旨はあくまでも次の活動を前向きに告げる内容である


20周年の助走となる本イベントをこの曲で始めたのは、
ファンに対して今からが「新しい始まり」となることを宣言したものだろう
TMファンにとってのトラウマになったこの曲は、
この時に別の意味を与えられ生まれ変わったのである
この曲は翌年の20周年ライブでも演奏されたが、
それも同様の意味づけの下で行なわれたものと考えられる


演奏が終わると、ウツの舌足らずなMCが入り、
「Nights of the Knife」の上記の位置付けがなんとなく述べられる

えー、あらためてこんばんは。「終了」の歌ですが、まーなんかこれも、続きみたいなね、新たなまた始まりで。えー、84年にデビューしたわけなんですが、実質結成から考えると、まー今年がね、本当は20周年。で来年が本当の…


ここで木根は「どっちがホントなの」と突っ込むが、
ウツが笑いながら続ける

まーでもなんかあの、よく最近ね、「tribute LIVE」やったばかりだし、20年なんていってますけど、よく考えると、なんか演歌の世界だと、20周年だと先生みたいなのも、なんか違うね20周年ていってもね。


ここで木根が「北島先生に比べたら」と、どうでもいい絡み方をしてきて、
ウツが「え?」と戸惑う

木根「北島三郎さんが40周年迎えたから」(北島三郎は1962年デビュー)
ウツ「そうですね。(木根は)なんかそういうの詳しい」
木根「ぼくらは「函館の女(おんな)」から…「函館の女(ひと)」か」
ウツ「あー、そうですね、ええ」


ここで会話が途切れ、微妙な空気になり、
木根が「すばらしいトークの交流だね!」と、無理やり話を進める

ウツ「まあね、昨日もね、こんな感じだったんですけど」
小室「そうだね」


やっと小室が一瞬だけ会話に加わり、観客拍手

ウツ「ま、今日、今夜はですね、いろんな曲をご用意致しております」
観客拍手
ウツ「なかなかね、集まることないんで、おさらいみたいな、来年に向けての、おさらいみたいな。ホントにね、おさらいになりました」
観客笑い
ウツ「いろんなこと考えたのも、今回も何曲かあるんですが。でまあ、軽く、ほとんど木根君になると思うんですが、トークの達人として、こういったトークを交えて」
木根「いやあの、なんかこう、ぼくの話なんてのはもうね、よく出しているんで、いろんなところで。やっぱ小室さんの声なんかも聞きたいんじゃないかと思うんですけど」


木根がシンセをいじる小室に話を振ると、観客の拍手
ウツは「大丈夫ですか?」と小室に話しかけ、
小室は「ええ、リハーサルで声出してないですからね、一言も。すいません。大丈夫です」と答えるが、
ウツは「大丈夫ですか?」と再確認
小室は今度は沈黙したため、
ウツは改めて「ばっちりですか?」と問いかけると、
小室は笑いながら「ばっちりです」と答え、
ウツは「あのー、次の合間からよろしく」と続けた
観客が笑いながら拍手する中、ウツ「じゃあ次行きましょう」


ここでウツが「大丈夫ですか?」と聞いたのには、
一つの伏線がある
この日(9/7)の小室は体調を崩しており、
夕食前のトークショーでは席を外して吐きに行き、
写真撮影会でも鼻血を出すという場面があったのである


その後休憩を取ってライブに臨んだわけだが、
おそらく万全の体調ではなかっただろう
翌日木根とウツがイベントを終えて苗場を出た後も、
小室はホテルで寝込んでいたと言う
こうした状態がこの日だけのことなのか、
精神的な原因から不調が続いていたのかはよく分からない


さて、2曲目は「Human System」である
小室は楽器をシンセからピアノにシフトする
基本的にオリジナルバージョンの演奏だが、
「ClassixT」収録の「café de paris mix」で使われたドラムのフレーズが用いられている


3曲目は、この日の目玉というべき「金曜日のライオン」である
原曲とは大きく異なり、トランスアレンジが施されている
これがTM版トランスの初披露となる
最新のTMの音を、TMの始まりの曲(デビュー曲)で試みたわけである


このアレンジの「金曜日のライオン」は、
翌年「Take it to the lucky(金曜日のライオン)」と題され、
(原曲のメインタイトルとサブタイトルを入れ替えたもの)
シングル「NETWORK™」に収録された


シングル用のオケはライブ用トラックのデータを手直ししたものであり、
その点でシングル版の音は基本的には本ライブで披露されていたことになる
もちろん本ライブの演奏とシングル版には異なる部分もあるが、
これについては別章で触れることにしたい
なお2004年のアルバム「Easy Listening」リリース時にはPVが作られなかったので、
メディアでの宣伝では、DVDのこの曲の演奏シーンが流された


この曲の後にウツは、
「金曜日のライオン」がニューアレンジになりました」とファンにアピールし、
小室に「やっぱトランス系なんですかね?」と聞くと、
小室はそうだと答えた上で、20年ぶりにこの曲をいじったと述べた
(実際には80年代にはかなりアレンジを加えて演奏していたのだが)


その後はメンバーがデビュー当時のエピソードをめいめいに話した
木根は、ライブで「Electric Prophet」を演奏している間、
松本孝弘が寝てしまうことがあったというエピソードを語る
FANKS時代のアレンジでは、
終盤のサビ繰り返しまでエレキギターが出る場面がなく、
松本は5分ほど立ちっぱなしになることになるし、
ライブの最後の曲でもあったから、つい油断してしまうこともあったのだろう


またウツは、1984年のライブの話をした
デビュー当時はライブをやらないことにしていたが、
どんな人が来るか確認するため、実験としてライブをやったのだという
1984年6〜7月のライブのことだろう
この時、客が踊り出すと言う予想しなかった行動を取ったため、
後にTMでダンスを取り入れたという
時間軸がかなり飛んでいる話をまとめて話している印象もあるが、
デビュー当時はダンスという要素を想定していなかったという証言は興味深い


ウツがサポートの吉田建と葛城哲哉を紹介し、次の曲に入る
独特なシンセのイントロで始まる「8月の長い夜」である
原曲とはかなりアレンジが替わっているが、
特に小室のピアノパートはとても好きだ
「Tour TMN EXPO」のフォークパビリオンを除けば、
この曲が演奏されるのは1989年「CAROL Tour」以来14年ぶりである
9月初めという日程を意識した選曲だろう


次の「Girl」も、フォークパビリオンを除けば、
TMでは1987年「Kiss Japan Tour」以来となる演奏である
ただ直前の「tribute LIVE」でも演奏されたので、
参加者にとって懐かしさという点ではそれほどでもなかったかもしれない
明るい雰囲気だった「8月の長い夜」とは打って変わって、
緊張感のある演奏である


「8月の長い夜」が終わると、小室がシンセからピアノに移動し、演奏を始める
ウツ、「ピアノ、小室哲哉」と言ってステージから退く
前半は「CAROL」組曲の「A Day in the Girl's Life」で、
「キヲクトキロク」「CAROL (unreleased piano version)」を意識した演奏となっている
後半は多分即興演奏だと思う


長時間の雑談に入る
初めは葛城がライブ中のインスト演奏の意義について論じていたが、
木根に話が振られると、
なぜか竹馬や空中浮遊などパフォーマンスの話になってしまった


次の曲は「Dreams of Christmas」
アコースティック楽器のみのシンプルな演奏である
この時はウツもアコースティックギターを演奏した


♪君はきっと埋まっているよぉ


「8月の長い夜」と同じライブでクリスマスソングを演奏するのはどうかとも思うが、
この曲のオリジナルシンガー4人が揃ったことから、
季節感の無さすぎる選曲になったのだろう
この曲はウツ・木根のソロライブなどで演奏されることはあったが、
4人そろった演奏はこの時以外では、
「Rhythm Red Tour」「Tour TMN EXPO」のクリスマス前後の数公演で披露されたくらいである


この演奏は、意外なところにつながる
このイベントにはKEIKOもついてきて、会場で見ていたのだが、
この曲を聞いて自分も歌いたいと言い出したのである
小室は9/8に帰宅した後、
9/9からKEIKOのソロシングル「KCO」のレコーディングに入ったが、
本作に「Dreams of Christmas」が入ったのは、これがきっかけだった


「Seven Days War」
この曲、オリジナルではウツの歌で始まるが、
この時は小室のピアノで始まり、その後にウツの歌が乗るというアレンジだった
前曲から引き続き、アンプラグドの演奏で、
特にピアノが前面に出されている
最後はウツが「どうもありがとう」と言って締める


MCに入る
ウツが、「Seven Days War」がロンドンで制作されたことや、
小室がロンドンに住んでいたことに言及し、
ロンドンでの活動に当たりEPIC/SONY社長(当時)の丸山茂雄の後押しがあったことにも触れた


ここで丸山の手紙が出された
20周年を迎えるTMに向けて認めたものである
木根がこれを朗読し、小室はバックでピアノを伴奏した
演奏曲は「1974」「Self Control」「Get Wild」「Love Train」と変わり、
最後にはglobeの「Feel Like Dance」になった
TMのイベントでglobe曲を演奏するのは疑問に思うところだが、
それまでの自らの道のりを曲で時代順に表現したものだろうか


個人的にこうした演出をファンの前で行なうのは好きではないが、
動き出しが鈍かったTM(特に小室)に対しては、
いくらかの刺激(叱咤激励)にはなったものと思う
その全文は翌年の「Double Decade “NETWORK” in YOKOHAMA ARENA」のパンフレットに、
丸山の署名とともに収録されている
以下にこれを転載しよう

小室哲哉様
宇都宮隆様
木根尚登様

背景 新涼の頃、TM NETWORKが20周年に向け本格的な活動を始めるとの知らせに老翁の心を躍らせております。

こんな堅苦しい挨拶は君達と私の間では不似合でしょうか。いえ、君達も不惑を過ぎ、これくらいの挨拶が馴染む大人になったのですね。そうわかっていても、ついつい思い出すのは、出会った頃の事、20代の君達が自信と不安、理想と現実の狭間で揺れていた頃です。

当時、まだヨチヨチ歩きだったEPICレコードも、今年25周年を迎えました。手前味噌のようですが、私が社長を務め、君達がアイドルだった80年代は、50周年になろうと100周年になろうと語り継がれるでしょう。その群雄割拠の時代、百花繚乱の季節、TM NETWORKは一つの使命を持ち、それを果たしたのだと考えます。ジャパニーズ・ポップスのクオリティーをワンランク引き上げ、ロック・フィールドに華やかさを持ち込み、J-POPエンタテインメントの基礎を築いたのだから、この事はもっともっと誇りに思うべきだと思います。

そして、今年はいよいよTM NETWORKデビュー20周年。20年と言えば、生まれたての赤ちゃんがまがりなりにも大人になる年月です。言葉を覚え、ひとり歩きを始め、友達ができ、初恋をし、失恋を味わい、人生について考え、夢を抱き、夢破れ、また夢を掲げ、そして責任と義務を認められるようになるまでの時間です。

君達TM NETWORKも同じでしょう。20周年だ、ベテランだと、見張り塔から雲の行方を眺めるのは怠け者です。TM NETWORKを名乗るからには、自身と不安を抱えながら新たな居場所を探す旅を続けてください。

大人にならなければ見えない夢、大人にならなければ感じられない事があります。今の君達だから歌える歌は限りないでしょう。この老翁も、君達に負けないようまだまだ前を向いて走り続けます。あの頃よりも体力は落ちても、ゆっくり走らなければ見えない風景もあるのだと言い聞かせながら。

新しいスタートラインを前に、タイムマシン号の調整は万全ですか?
哲ちゃんは地図を描きましたか?
ウツは操縦桿を握りましたか?
木根君は安全ベルトをしっかり締めましたか?
君達の乗ったタイムマシンが金色の尾を引き、天空を横切るのを楽しみに待ちながら、今日も夜空を見上げましょう。

敬具
丸山茂雄


朗読が終わると、観客の拍手
これにてMCコーナーは終わり、
ウツ・木根・吉田も含めて全員が起立する
ウツが「そろそろ、新しい曲に行きましょう」と言うと、
「Castle in the Clouds」の演奏が始まる
「新しい曲」とはいっても、すでに1年近く前の曲だが…


小室はこの曲では意外にもピアノを担当するが、
この音色は意外と良く合っている
なお2002年の「Laugh & Peace Premium Night」では、
小室はこの曲でシンセを演奏した


ウツのMC
「ありがとうございます。久々に歌いました。たしか今回で2回目だったと思います」
すると木根、
「大丈夫大丈夫、「一途な恋」は歌ってないから」
などと余計な事を言ってしまう


観客から「歌って―」の声
ウツは「歌わねーし」と答えるも、
木根はギターを弾いて「一途なこーいー♪」とワンフレーズだけ歌い、
観客も後から合唱する事態になる
この曲は生では歌えないため、これまでも演奏されてこなかったのだが、
木根は「(歌えない部分は)みんなに歌ってもらえばいい」と言い、
小室も、長淵剛のように会場だけで歌ってもいいと話す


ウツは「でも一途な恋に限らず、(歌ったことない曲なら)いっぱいあります」と言い、
「I Want TV」「You're The Best」などのレア曲に話題が及んだ
小室は応援歌として「You're The Best」よりも「Just One Victory」を推したい旨を述べたが、
実際に20周年ライブでは「Just One Victory」のライブバージョンが一つの目玉になった
この時点で「Just One Victory」が念頭にあったのかもしれない


そろそろ時間が来たのか、ウツがまとめに入り、
20周年に向けての抱負を小室と木根に求めた
これに対して小室は、
1999年に再始動したのはどこかにやり残した感があったからだとして、
TM NETWORKの20周年を形にしたいと述べた
木根は、今回のイベントで出た話題を20周年に預かっておきたいとして、
20周年を次のステップとなる年として大切にしたいと述べた


最後にウツは、普段はTMの曲をちゃんと聞く機会がないとのことで、
「Rainbow Rainbow」から聞いて練習しておく、選曲の神様として頑張ると述べた
そして最後にひとこと
「ということで、最後の曲を聞いて下さい」


曲は「Love Train」のトランスミックスである
これは翌年「Easy Listening」「Love Train -Extended Mix-」として収録されるものの元になったものだが、
「金曜日のライオン」と比べると後のスタジオ音源との差異が大きい
この曲のアレンジについては、別章で改めて触れることにする


なお9/6には、この曲でブレイクが入る箇所の後、
小室がガイドになる音を出さなかったため、
バンドメンバーが混乱する場面があったらしい(2番のサビ前か)
さすがに9/7には行なわなかったようだが、
音の加減を即興でいじる場面は、
翌年の「Double Decade Tour」でもしばしば見られた


演奏が終わるとウツが、
「どうもありがとう。来年会いましょう」と言い、
メンバーはステージから退場する
そしてスタッフが出てきて、ライブの終わりを告げた


なおここまでの流れから明らかなように、
ライブは「Love Train」まで一連の流れで構成されており、
メンバーも一時退場などはしていない
ところがDVDでは「Love Train」のみ「Encore」と書かれている
これはアンコールではないと思うのだが、
DVD製作者の意図がよく分からない


DVDにはこの後、
トークシーン、リハーサル、写真撮影会などのダイジェスト映像が収録される
BGMは「MESSaGE」のインストだが、
この音源はシングル収録のインストとミックスが違っている
(BGM用に、サビの部分などで音が減らされている)
DVDリリース告知では、この部分について、
「あの曲のNEWバージョンが収録されています!」として宣伝されたが、
別にもったいぶってアピールするほどのものではない


NETWORK -Easy Listening-
コロムビアミュージックエンタテインメント
2004-03-24
TM NETWORK
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 30 / トラックバック 0 / コメント 8


7-13 20周年への助走

2019/02/05 21:21
更新が遅れましたが、2ヶ月程度の間隔で新記事を書くことができました
ただ前回書いたように、春頃まで忙しいので、
次回の更新もまたかなり遅くなる可能性が高いこと、ご了承下さい


些細なことですが、ブログの仕様を微調整しました
たとえばトップページ右側に最新コメントが表示されるとか、
商品へのリンクにCD以外に配信音源も加えたとか、そんなところです


あとサイトの右上に、小さなカウンターを付けました
これまでもトップページには大きいカウンターを付けていたのですが、
小カウンターはブログ内部のカウントを表示するもので、
各個別記事にも付けられています
まあ別に分かったからどうだというわけでもないんですが


なお大カウンターはブログとは別のところが運営しているもので、
小カウンターとはかなり数字が異なっています
トップページのカウントを比較してみるに、
現時点で大カウンターは約79万、小カウンターは約136万で、倍くらい違います
なんでこんなに差があるのかは私もよく分からないのですが、
多分更新ボタンによる連続アクセスをどう扱うかとかの違いだろうと思います


さて、劇場版「シティーハンター」の公式情報が12/13に出ました
正式タイトルは「劇場版シティーハンター<新宿プライベート・アイズ>」で、
まもなく2/8から全国映画館で公開されます
エンディングテーマはテレビ版と同じく「Get Wild」(オリジナル)となります
テレビでは盛んにCMが流れていますが、
同じ北条司原作の「キャッツ・アイ」のキャラクターも登場するようです


1/4にはBS11などで特番「ミュージックシティハンター」が放送され、
木根さんがゲスト出演した他、ウツもVTRでコメント出演しました
番組では、テレビ版での「Get Wild」の使われ方や、
曲をめぐるエピソードがかなりの時間を費やして語られました
木根さんが聞いていたデモでは、冒頭のシンセのイントロはなかったそうです
「Groove Gear 1」収録の「ver.0」の段階でしょうか
番組の最後には、木根さんが司会のやついいちろうさんや声優の神谷明さんと一緒に、
「Get Wild」を合唱して終わりました


1/17には「劇場版シティハンター」とスマホゲーム「モンスターストライク」のコラボ企画として、
WEBCM「モンストでGETWILD!ミュージックビデオ」篇がyoutubeに公開されました
「Get Wild」のPVに、ダンディ坂野さん・スギちゃん・小島よしおさんが混ざって映っているものです
ダンディさんとスギちゃんが「ゲッツ!」「ワイルドだろう?」で、
小島さんが「タフ」みたいです


しかしこんなに大々的に広報するんですねえ
TMが動いていたらなあ…
ちなみにこの件については、ウツと木根さんもコメントを出しています
ウツは結構気に入っているみたいですね


木根さんは元旦の特番「笑神様は突然に… 2019開運初笑いSP」にも出演しました
12/15には年末ライブ「new STORY」を開催しましたが、
やはりTMの「STORY」を演奏したようです
この曲、今のところこの一回しか演奏されたことないですよね
他に「クリストファー」「Telephone Line」「N43」や、
SPEEDWAYの「Captain America」なども演奏したとのことです


木根さんは去年を以ってファンクラブを休止するとの宣言を出しましたが、
おそらくファンクラブ最後のイベントとして、
3/2〜3に「The Beginning Of The End in 河口湖」を催すそうです
このタイトルは、ファンクラブの終幕の開始ということでしょうか


ウツは12/23に「Fan Party & Live Through 2018」を開催しましたが、
TM曲としては「This Night」「it's gonna be alright」を演奏したとのことです
うーーん、絶妙に聴きたいところが来るなあ 聴けなかったけど
現在は去年のツアー「Tour Thanatos」のFC向けライブBlu-rayの予約受付が行なわれています
(一般向けの発売も予定)
4/1〜5/19には恒例の「それゆけ歌酔曲!!」が開催されます


小室さんについては、
12/30に「第60回日本レコード大賞」で、
小室さんに特別賞が贈られました
番組ではTKプロデュース楽曲の受賞者の映像が流れ、
またTRFが出演して、かつての大賞受賞曲「Overnight Sensation」を披露しました
YUKIさんが曲に入る前に小室さんに対して、
「戻ってくるまでお待ちしております」と発言していました


1/20には「NHKスペシャル」で、
「アムロとコムロ〜JPOPふたりのヒットメーカー〜」という特集が組まれるはずでしたが、
結局タイトルは「安室奈美恵 最後の告白」となり、完全に安室さんの特集になりました
まあ、そっちの方が一般には需要があるでしょうしねえ


最後に、音楽ナタリーの「音楽偉人伝」で、
前編・後編に渡って小室さんが取り上げられることになりました
執筆者は…まあそっとしておいてあげて下さい
まだ前編のTM時代しか掲載されていませんが、
いずれ後編も掲載されるとのことです


では本題に入ります

----------------------------
2003/6/26・27、Zepp Tokyoの「tribute LIVE」ファイナル公演で、
「Fan Event in Naeba」なるイベントの開催が告知された
小室のオフィシャルサイトkomuro.netでも、同日にイベントの告知がされている
これはFC限定イベントという形ではあったが、
「Tour Major Turn-Round」以来2年半ぶりのTM単独のステージだった


本イベントのライブ部分の映像は、
後に「Live In Naeba '03 –Formation Lap-」としてDVD化されたが、
サブタイトルから分かるように、
本イベントはTM20周年への助走として位置づけられるものだった


イベント参加者は苗場プリンスホテルに宿泊するものとして、
9/6〜7(土・日)と9/7〜8(日・月)の2回に渡って開催された
ウツ・木根・小室3人のFC会員限定で参加者を募集したもので、
公式には2回合わせて約900人が参加したとされている


参加者は東京・名古屋・大阪で集合して、
専用バスでホテルに移動した
午後に会場に到着するとトークイベント・食事・ライブがあり、
その後就寝して翌朝に帰宅の途につくというコースだった


参加費は東京発48000円、名古屋発54000円、大阪発55000円である
名古屋・大阪発の場合は1日車中泊が追加され、2泊3日とされた
FC会員にとってもハードルの高いイベントで、定員も埋まらなかったらしい
ただそれでも900人集まったのは、
ファンの高齢化とともに可処分所得が増えたことの表れだろう


これ以前に小室は年末年始のTMの活動をすべてキャンセルし、
2003年は新生globeの活動に専念しようとしていた
しかしその目玉とされた7月のglobeの東京ドームライブは、
おそらくチケット売行の不振のため、5/1に中止され、
globeの活動は以後1年以上影をひそめる
小室はしばらく落ち込み、木根も連絡が取れなかったらしい


しかし小室も引きこもり続けるわけにはいかなかったのだろう
6月の「Fan Event in Naeba」開催告知は、
globeの失敗を受けた小室の新たなアクションと見られる
木根によれば、このイベントは小室の提案だったという


なお小室は5月下旬のインタビューで、
秋にTMの新曲を出す予定を述べており、
これ以前に木根・ウツと連絡を取っていたと見られる
「Fan Event in Naeba」の計画はその中で提案されたものだろう


小室の主導性は会場の選定からも首肯できる
苗場プリンスホテルは西武グループの施設だが
小室はこの頃西武グループの堤義明と仲が良かった
2002/11/22の結婚式会場に西武グループの新高輪プリンスホテルを選んだのも、
おそらく同じ理由だろう
2003/7からKeikoのソロ曲「海との友情」が西武グループの大磯ロングビーチのCMに使われたのも、
やはり堤との縁が関係していると考えられる


さらに2003/8/24・25には軽井沢プリンスホテルで、
「Keiko's Birthday Live featuring TK」が開催されているし、
同年12/25・26には新高輪プリンスホテルで、
ディナーショー「TK PRESENTS X'mas Chorus」が開催されている


「Fan Event in Naeba」は、
「Keiko's Birthday Live」とセットで企画されたものに違いない
両イベントのサポートはともにギター葛城哲哉、ベース吉田建で、
この点でも一連のイベントであることを感じさせる


あるいは小室はglobe東京ドームライブの失敗を受け、
小規模な会場に熱心なファンを集めて高額の参加費を確実に集められるディナーショー方式に着目したものかもしれない
すでにこの頃の小室は財政的にも逼迫しつつあり、
派手ではなくても確実な収入源を求めるようになっていたとも考えられる


「tribute LIVE」が終わった6/27から半月ほど空けて、
7/10にTMの3人は小室宅に集まり、
「Fan Event in Naeba」の打ち合わせを行なった
この時点で演奏曲目の検討も行なわれており、
「Seven Days War」「Human System」など、
一部の演奏予定曲は事前に公表されていた


また会合直後の7月中旬には、
イベントのDVDが秋発売のTMのシングルに付属することが告知された
結局実現しなかったが、
2003年秋のTM新曲リリース計画の存在がここから知られる
おそらく会合ではレコーディング日程やその商品化など、
20周年に向けての活動方針が話し合われたのだろう
2002年年末に流れたTM新譜制作の計画が、ここに復活した


木根によれば、小室はこの時点で、
イベント用に「金曜日のライオン」の新アレンジ作成を予定していたという
実際にこの曲はイベントでトランスバージョンが披露された
本イベントではさらにもう一曲、
「Love Train」のトランスバージョンも披露されている


これ以前、「Tour Major Turn-Round」でも、
「Get Wild」がトランスを意識したアレンジで披露されたが、
本イベントでもこの方針を引き継ぐ構想だったのだろう
つまりトランスという20周年の基本方針は、
2003/7/10の会合によって決定したと考えられる


3人は8/15にも集まった
8/23放送の日本テレビ24時間テレビ「愛は地球を救う」中の企画、
「テレビが生んだHOT HIT 100」で流す映像を撮影するためである
演奏曲は「Get Wild」で、通常のアレンジだが、
イントロ・間奏などでは上から「ゲゲゲ」のサンプリングボイスや独特なリフが加えられ、結構かっこいい
トークなどは特になく、1曲の演奏シーンが放映されただけだったが、
前年11月以来9カ月ぶりのテレビ出演だった


なおこの時以来、TMがテレビに出演する時には、
たいてい「Get Wild」が演奏されることになる
懐メロミュージシャンとしてのTMの位置づけは、この頃から定着した


その後8/25には軽井沢でKEIKOのイベントが行なわれ、
8/29からは「Fan Event in Naeba」のリハーサルが始まった
このイベントはフルライブではないものの、
10曲というそれなりの曲数が演奏された
イベント前日の9/5には、
メンバーとサポートが1日早く苗場プリンスホテルに入り、
翌日にかけてリハーサルを行なっている


イベントは9/6の16:00から始まった
内容はTM3人のトークショーで、
事前に参加者から集めた質問を3人に聞くと言うものだった
トークショーが終わると、参加者を何組かに分け、
3人と一緒に記念写真を撮影した



その後はバイキングの夕食があり、
これが終わるとブリザーディウムという名の部屋をステージに、
サポートの葛城・吉田も含めた5人のライブが行なわれた
トーク1時間・ライブ1時間、合計2時間程度である
時間配分としては木根のソロライブをイメージすれば良いだろうか


参加者の宿泊部屋には、イベント限定のアメニティグッズとして、
湯のみ・どらやき・ランチョンマット・タオル・シャンプー・歯ブラシ等が置かれ、
それぞれにTMのロゴが入っていた
またファン同士で語らう部屋も設けられたが、
この部屋は昔のFC会報に因んでCafé Talkと名付けられた
「Twinkle Night」「Kiss You」「Jean Was Lonely」「Caribbeana-Hi」などというオリジナルカクテルも販売された


ライブは事前にアンプラグドと告知されており、
実際に小室の横にはグランドピアノが置かれた
演奏曲もバラードやミディアムが中心だった
バラードは通常のライブでは限られた曲数しか演奏されないため、
「Girl」「8月の長い夜」「Dreams of Christmas」などレアな曲を聞く機会にもなった
実はこの3曲の映像が初めて商品化されたのはこのライブのDVDであり、
特に「Dreams of Christmas」はこれが唯一の商品化映像である


もっとも本ライブはすべてがバラード・ミディアムだったわけではなく、
「金曜日のライオン」「Love Train」のトランスバージョンや、
最新曲(すでに約1年前の発売だが)の「Castle in the Clouds」など、
アップテンポの曲も3曲含まれている
(なおTMの「Castle in the Clouds」のライブ映像もこれが唯一である)
これにバラード・ミディアム6曲と小室のピアノソロ1曲を加え、
合計10曲が演奏された
定番曲は「Human System」「Seven Days War」くらいで、
「Get Wild」「Self Control」なども含まれていない


アンプラグドのライブとはいえ、
トランス楽曲などでは当然シンセが用いられているし、
バラード・ミディアム系の曲でもシンセが一切使われていない曲はほとんどない
(木根はだいたいアコギだが)


シーケンサなどはだいたいの曲で稼働しているし、
小室も半分くらいの曲ではシンセを演奏している
小室のパフォーマンスとしては、ミキシングコンソールの操作も目立つ
これ以前にglobeで試みられ、TMでも「Live Epic25」で実践されていたものである


ステージ上には観客から見て左から小室・ウツ・木根が並んでおり、
後ろには吉田・葛城がいる
なおステージには特殊な装飾などはなく、
最低限の楽器が並べられているシンプルなものだった


楽器編成の特徴としては、
ドラムがないことに注目すべきかもしれない
翌年に開催されたTM20周年のライブでは、
ドラムに加えてベースも外し、
小室のシンセのみでリズムパートを制御するに至る


この前提にはglobeのライブでの実験があり、
すでに「genesis of next」以来の2001〜02年のライブでは、
シンセ+ギター、またはシンセのみの大型ライブを実施していた
おそらく小室はTMでトランスを試みる方針を固めた時点で、
生ドラム・生ベース無しのライブを行なうことを視野に入れていたのだろう
このイベントはその試金石としての意味もあったのかもしれない


ウツは花柄のYシャツ姿で、ラフな雰囲気である
小室は1曲目だけは白のスーツを羽織っているが、
2曲目からはスーツを脱いでカジュアルなシャツ姿になる
木根は紺のストライプのYシャツ姿である
個人的には、無造作な白シャツの葛城哲哉が一番かっこいいと思う


なお以上はDVDに収録されている9/7の衣装だが、
DVDのリーフレットの写真では、
小室と木根が異なる衣装を着ているものがある
おそらくこれは9/6の写真であり、
二人の衣装は1日目・2日目で違ったようである(ウツは共通?)


このライブでは、ウツが座って歌っており、
木根・吉田も基本的には着座している
これは半分トークショーだったこともあるのだろう
ホテル内の一部屋ということもあり、
落ち着いた雰囲気を出している


本イベントの具体的な様子は次回扱うことにして、
最後に関連する情報をまとめておこう
先に述べたように、12/25・26には新高輪プリンスホテルで、
小室哲哉のディナーショー「TK Presents X'mas Chorus」が開催された
9月中には計画されていたようなので、
おそらく「Fan Event in Naeba」の前後に立ちあがった企画だろう


このイベントにはKEIKO・浅倉大介・葛城哲哉・吉田建も参加し、
さらに25日には木根、26日にはウツもゲスト参加している
当初はウツ・木根が二人とも出演し、
20周年に向けてTM曲を1・2曲演奏する計画もあったらしいが、
結局木根は25日、ウツは26日のみのゲスト参加となり、
木根は「ホントの君 ウソの君」、ウツは「discovery」を歌った


小室のクリスマスディナーショーは、
これ以後しばらく行なわれなかった
むしろまもなくクリスマスディナーショーを恒例化するのはウツで、
2006年から現在まで、毎年ソロかTM名義で開催している


先に述べたように、「Fan Event in Naeba」の映像は、
秋リリースのCDシングルの付録DVDとして商品化される予定だった
だが結局シングル「NETWORK™」のリリースは翌年2/25までずれ込み、
DVDはその直前の2/20、
「Live In Naeba '03 –Formation Lap-」と題して、FC限定で単品発売された
DVDには2日目9/7のライブ映像すべて(MCは除く)が収録されている


DVDはその後2004/4/21「Double Decade “NETWORK”」に始まる20周年ライブの各会場でも販売されたが、
一般店舗で販売されたことはなく、
当時購入できなかった者は中古品を購入する以外に入手方法はない


当時本DVDのリリースを知った時は、こんなものまで商品化することが意外で、
「本当に商品化するコンテンツがないんだなあ」と思ったものだが、
「8月の長い夜」「Dreams of Christmas」「Castle in the Clouds」などのレア曲を含む本品は、
(重度のファンにとっては)実はそれなりに価値のあるDVDかもしれない


NETWORK TM
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2004-02-25
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7-12 ソロ11年目のウツと木根

2018/12/06 03:37
松浦勝人さん、11/8にInstagramに小室さんのピアノ演奏を配信してくれましたが、
11/11にもInstagramに小室さんのピアノ演奏シーンの動画をアップしました
11/8とは別の店・別の服です
しかも今回は歌付きで、歌はTUBEの前田亘輝さんでした
大変意外なコラボです
曲は尾崎豊「I Love You」で、これまた意外な選曲でした


松浦さんはコメントで、
「前ちんは酔ってて、歌えないのに、小室さんとの再会に無理して歌ってくれました!」
と書いています
こちらの動画はすでに見ることができなくなっていますが、
ネットニュースでも何箇所かで取り上げられています


10〜11月の相次ぐ小室さんの露出は何なんだろう?と思っていましたが、
まもなく判明しました
11/27の小室さん還暦誕生日に、
新商品「TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS」のリリースが発表されたのです
2019/3/27発売予定で、mumo限定で完全受注生産とのことです
小室さんと松浦さんが会っていたのも、
一つにはこの打ち合わせがあったんでしょう


今年の6/27には4枚組の「TETSUYA KOMURO ARCHIVES "T"」「TETSUYA KOMURO ARCHIVES "K"」
さらに両作品にボーナスディスクを加えた9枚組の「TETSUYA KOMURO ARCHIVES BOX」がリリースされましたが、
今回の「PROFESSIONAL PRODUCTS」は、
「ARCHIVES BOX」の9枚を含む49枚組BOXとなっています
要するに「PROFESSIONAL PRODUCTS」を購入する方にとって、
「ARCHIVES BOX」はまったく無用のものとなります


「PROFESSIONAL PRODUCTS」の内容は、
これまでの小室さんソロ名義のアルバム・DVD作品を集めたものです
ただし「V2 Special Live Virginity」「TK Dance Camp」「ELECTRONIC NIGHT」など、
小室さん以外のミュージシャンも参加しているものは含まれていません


「SPEED TK-REMIX」「Blue Fantasy」など、
一部のシングルも入っています
「Blue Fantasy」はアルバム版ではないんですね
それならアルバムとして配信された「Arashiyama」とかもCDにして入れれば良いのに、とも思います


一方で「サイボーグ009」シリーズのサウンドトラックとか、
DJTK名義の「Cream of J-POP」が入っていないなど、
いまいち採否の基準がよく分からないところもあります
「TK 1998」収録の「Latest Works」とか、
「TETSUYA KOMURO Special Live @DOMMUNE」の付属ライブCDもないですね
まあ、需要がどれくらいあるかは怪しいですけども…


今回の目玉は、「PANDORA Billboard LIVE Off Shot Movie」のDVDです
現時点で小室さん最後の公式ライブの映像ということになります
スタッフのtwitterによると
「二日間しか開催されなかった伝説のBillboard Liveでの秘蔵オフショット」が収録されているとのことです
ん…? これはオフショットだけなのか? 肝心のライブは入るのか?
いまいちよく分からない表現です


これまで出るかどうかはっきりしなかった「ガーディアンズ」のサウンドトラックも収録されます
他に、これまで配信音源しかなかった「DEBF EDM 2013 SUMMER」が、今回初のCD化です
「tk-trap」のライブ映像も、
DVDになるのはこれが初めてです(今までVHSしかなかったはず)
他にEUROGROOVE名義の楽曲を集めた「EUROGROOVE TK Selection」という新編集アルバムも2枚入っています


以上のような内容の「PROFESSIONAL PRODUCTS」ですか、
49枚組という分量のため、定価は108000円というぶっとび価格です
一万八千円じゃなく、十万八千円です
いやあ、ファンの高齢化に応じた収奪強化が進んでいますねえ…
もちろん多くの方にとっては、おいそれと手が出せるものではないでしょうし、
それを念頭に置いて売上を予想した上での値段設定なのでしょう


さらにぶっ飛んでいるのは、本作の豪華版として、
「TETSUYA KOMURO ARCHIVES PROFESSIONAL PRODUCTS + Mobile Mini Keyboard reface DX TK Special Edition」なる商品も発売されることです
こちらは194400円で100セット限定、
小室さん直筆サイン入りのミニキーボードが付属します


しかし驚くべきことにこの豪華版、
11/30に予約を開始して1日で売り切れてしまいました
まじで!?と、びっくりしましたが、
考えてみれば11万円出すほどのファンなら、19万だって出しますよね


ここまで詳しく書いておいてなんですが、今回は(も)私は手を出しません
TM入っていませんしね
PANDORAのDVDと「ガーディアンズ」サントラは気になりますけど、
11万円払ってまで要らないかなあ…


むしろTMの未発表ライブ映像1曲だけ収録とかという事態になったら、
腹が立って仕方なかったと思いますが、
今回は特に何も思いません
ただ注文生産とのことなので、
欲しい方は忘れる前にお早めに予約しておくと良いと思います


他の話題としては、小室さんが2018年レコード大賞で、
特別賞の一人に選ばれました
これが今年の一連の引退記念受賞の最後になるでしょうか


来年1/20にはNHK総合の「NHKスペシャル」で、
「平成史スクープドキュメント 第4回」として、
「アムロとコムロ〜JPOPふたりのヒットメーカー〜」なる特集を組むそうです
この感じだと小室さんは後世、
安室さんをヒットさせたプロデューサーとして語られるようになるんでしょうかね
あとこの番組、小室さん引退から1年1日目となります
もう1年になるんですねえ


ウツは11/23を以って、2ヶ月に及ぶ「Tour Thanatos」を終えました
これにて還暦記念を冠した2年間の活動も終わりました
(ひっぱりすぎの感はありましたが)
12/10発売の「Keyboard Magazine」2019年冬号には、
ライブレポートが載るそうです


今回のウツソロツアーはこれまでと異なり、
MCが一切ない特殊なライブで、
サポートもキーボード3人+ギター1人という特殊編成でした
目的・コンセプトについては明言されていないようですが、
小室さん引退の件も意識しているようで、
セットリストには5曲も小室さん関連の曲が含まれていました
「必然の夢」「if you wish...」「Open Your Heart」「Ignition, Sequence, Start」「Running To Horizon」
キーボードを強調したのもMCがなかったのも、
TMを意識していたのかもしれません


「Ignition, Sequence, Start」「Running To Horizon」は、
2001年の「LOVE-iCE」収録のウツソロバージョンでした
「Open Your Heart」「Tour LOVE-iCE」のライブバージョンに準じたアレンジで、
小室さん絡みの部分は「LOVE-iCE」関係が多かった印象です


この3曲は今回のライブでは、
本編終盤の盛り上がり5曲(インスト除く)の中で演奏されており、
終盤一曲目が「Open Your Heart」
本編ラストが「Running To Horizon」でした
セットリストにおける小室曲の位置の高さが分かると思います


あと私、実はこの3曲、生で歌入りで聴くの初めてでした
まあ「Ignition, Sequence, Start」「LOVE-iCE」「tatsumaki remix」というのは、予想もしていませんでしたが
(ウツソロだから当たり前なんですけど)


今回は3曲くらい演奏すると、ウツの休憩も兼ねて、
サポートメンバーのソロコーナーが入るのですが、
個人的にはnishi-kenさんの「Trilogy」がとても良かったです
今さらですが、こういう後続世代のミュージシャンがTMをリスペクトしてくれているのは、嬉しいことですね
あと生で聴いて良いなと思ったのは、「Be Truth」でした
家で聞き流しても何も感じていなかったんですが、
生で聴くと気付く魅力てあるものですね


ウツはあとは年末のクリスマスディナーショーが控えています
木根さんも羽田空港のTIAT HALLで、
年末ライブ「new STORY」があります
このライブタイトル、TMの「STORY」とかやるのかな?
12/6からは、来年の木根さん・佐藤竹善さんのコラボライブ(名古屋・神戸)のチケット一般発売が始まります


なおまだ分からないのですが、これから数ヶ月多忙になる可能性があり、
今後春まではブログの更新ができないかもしれません
案外普通に更新できるかもしれないのですが、
なかなか更新がなくても、気長にお待ちください
これでやめるということはしません
何しろ次回からは、いよいよ第七部最大の盛り上がりですからね!


え? こんな最悪の沈む話ばかり続いているのに、何が盛り上がりだ、ですって?
何を言っているんですか!
第七部ではこれが一番ハッピーな時代ですよ!
今がつらいとか言っている方に言っておきますが、
あと10回くらいのハッピーシーズンが終わったら、
その後はどんどん深く沈む一方ですからね!!


てことで、本題に入ります

----------------------------
前章では2002年後半から2003年にかけての小室哲哉の状況をまとめたが、
その頃ウツと木根は、「TM NETWORK tribute LIVE」と並行してソロ活動も行なっていた
2人は2002年にソロ10周年を迎えたが、
11年目となった2003年には、ともに新たな活動形態を模索する


まずはウツについて見てみよう
ウツがソロ名義で活動した1996〜2004年の中で、
最後の2年はネームバリューのあるミュージシャンの登用を積極的に打ち出した点に特徴がある
2003年は吉田建、2004年は原田真二である


ウツが吉田建にアルバムのトータルプロデュースを依頼した後、
初めて話し合いの場を持ったのは、1月下旬のことだった
おそらく打診は年末年始頃と思われ、
ならば2003年のアルバムリリースが中止になった後のこととなる


ウツが初めて吉田に会ったのは、
2002年9月「Castle in the Clouds」レコーディングの時だったらしい
ただこの時、ウツはソロツアー「Tour Ten To Ten」の最中だったため、
9/2・9・20の3日しかスタジオに入っておらず、
吉田ともそれほど深く話すことはなかったようだ


あまり親しくもなかった吉田に何を求めてプロデュースを依頼したのか、
ウツが明言しているのを、私は見たことがない
あるいはこの件では、主導権はスタッフ側にあったのかもしれない


吉田もそれまでTMやウツソロの曲を聞いたことはあまりなく、
プロデュースの話が来てから曲を聞いてみたと言う
要するにウツと吉田のタッグは、
音楽的に親しい間柄で行なわれたものというよりは、
「仕事」としてウツから依頼され、吉田が引き受けたものだった


レコーディングは3月から始まり、
「tribute LIVE」を挟んで7/16まで行なわれた
なお「tribute LIVE」中にレコーディングされた「ウィークエンドファイアー」では、
「tribute LIVE」のサポートだった葛城哲哉と阿部薫が参加している


ソロアルバム制作は「tribute LIVE」の準備・実施と並行して行なわれたが、
もしも「tribute LIVE」が当初の計画通りTM NETWORKのツアーだったとすれば、
このようなスケジュールを立てることはまずないだろう
あるいは2003年のウツのソロ活動は、
TMがなくなったことで(2002年12月にほぼ確定)急遽進められたものであり、
吉田とのミーティングが1月からであるのも、そのためなのかもしれない


ウツは5月、「tribute LIVE」開催直前に、
9〜10月のソロツアー開催の告知を行なった
またアルバムからの先行シングル「道〜walk with you〜」は、
「tribute LIVE」最終公演前日の6/25にリリースされた
「tribute LIVE」がソロ活動宣伝の場として活用されたことが分かる


「道」は米倉利コ(利紀)の提供曲である
意外な提供元だが、どのような縁なのだろうか(吉田経由?)
この頃になるとウツのCDセールスは低く安定し、
「道」の成績も前作と変わるところはないが(71位・3000枚)、個人的には好きな曲だ
吉田も良い仕事をしたと思う


本作を収めたアルバム「wantok」は9/3にリリースされた
アルバムタイトルは、パプアニューギニアで使われているピジン語で、
英語「one talk」(同じ言葉を話す人)に由来し、
仲間・絆などの意味を持つという
本作はこの「仲間・絆」をテーマに据えたものだった


「Tour wantok」は9/20〜10/26に開催された
途中で寸劇「wantok X」(TV番組「プロジェクトX」のパロディ)が入るなど、
余計な演出もあったが、
それよりも注目すべきはバンドメンバーである
キーボード・コーラス以外の3人(ギター・ベース・ドラム)が、
Fence of Defenseのメンバーだったのである


すみませんが、マットシはほとんど見えません(左端)



山田亘は1993年「Live Butterfly」から2000年「Tour White Room」まで、
しばしばウツのライブサポートを務めてきたし、
北島健二も2002年「Tour Ten To Ten」でサポートを務めたが、
西村麻聡も含めて3人で一緒にサポートを務めたのはこれが初めてである
ライブでも西村作曲の「Angel」やFence代表曲「SARA」が演奏されている
「SARA」は2000年「Tour White Room」でも演奏された)


Fenceは1987年にデビューした後、1999年に活動を休止しており、
ウツが声をかけた時点ではバンド活動はしていなかった
しかし「Tour wantok」で一緒にステージに上がったことをきっかけとして、
3人はFence of Defenseの活動再開を宣言し、
「Tour wantok」ファイナル後、10/31に再始動ライブを行なっている


その点でこのツアーは、ウツだけでなくFence3人にとっても重要なものだった
これは2004年TM NETWORK「Double Decade Tour Final」や、
2009年ウツソロ「SMALL NETWORK」でのFence登用の前提にもなっている


話題を木根に移そう
2003年の木根は年始から、野心的な試みを提示していた
2003年に46歳を迎えることに因み、
年内に46本のライブを敢行するというものである
ウツと違って一人でもライブができる木根の強みを生かした企画とも言える


2003年最初のライブとなったのは、
3/6「talk & live 番外編 vol.3」吉祥寺Star Pine's Café公演である
ツアー前半は7/25まで24本行なわれ、
さらに8/23・24には「SUMMER SPECIAL」と題するツアー特別版も開催された
この間は木根1人、ギターのみでの演奏となった
このツアーは「tribute LIVE」中も並行して開催されており、
「tribute LIVE」の公演日前後に、その近くで開催されることも多かった
木根もウツと同様に、「tribute LIVE」をソロの宣伝にも活用していた


9/24〜10/17のツアー後半9本ではピアノも導入された(サポートは無し)
さらに11/22〜12/27には、バンドスタイルの「talk & live vol.8〜Ci è la musica〜」が11本行なわれた
なお「talk & live vol.8」でキーボードを務めた佐々木真理は、
10月までウツの「Tour wantok」にも参加していた


以上、木根は「talk & live 番外編」「talk & live」を合わせて、
宣言通り合計46の公演をやりとげた
(公演数については本記事コメント欄でharuさんに御確認いただきました)
ツアー期間正味7ヶ月で46本だから、
4〜5日に1公演をこなしていたことになる
なおこの他に年末には、
年越しライブ「talk talk talk & live」も開催されている


木根はツアーと並行して、ミニアルバムの制作も行なった
すでに2002/12/21には、
「Ci è la musica〜約束された物語」がリリースされていたが、
これは構想中のファンタジー小説のストーリーに沿った内容だった


木根はソロ10周年を終えるとともに、
「CAROL」以来となるファンタジー小説執筆を計画しており、
これをテーマとした2枚のコンセプトアルバム制作を試みた
小説とアルバムの連動という企画自体、
「CAROL」を意識したものかもしれない


木根は「talk & live 番外編vol.3」と並行して、
春から夏まで執筆を行なった
春の木根はソロツアー・「tribute LIVE」・小説執筆の3つを、
同時並行で行なっていたことになる


「talk & live 番外編vol.3」が終わった後は、
8月を挟んで(この間に目の手術を行なっている)9月から、
ミニアルバム「Ci è la musica due」の制作に入る
「Ci è la musica」の続編である


これは11/19にリリースされ、
さらに11/28には小説「七つの角笛〜Ci è la musica〜」が発売された
「Ci è la musica due」リリース直後から開催された「talk & live vol.8」は、
「Ci è la musica」2作を軸に行なわれた
「Ci è la musica」リリース以来1年間の周到な活動を経て、
2枚のミニアルバム・小説・46本のツアーという構想を実現させた瞬間だった


ただ「七つの角笛」は、2018年時点で木根の最後の小説となっている
この頃になると執筆業もあまり成果が出なくなって来ていたのだろうか
一方2003/3/14には木根の著作物として、
「まっすぐ進む夢へのヒント54」なる本も出ている
3月に始まった「talk & live 番外編 vol.3」は、
この本の販促も一つの目的だった


「まっすぐ進む夢へのヒント54」は人生指南書のような内容で、
それまで小説を中心としてきた木根の執筆業の中では異質である
これも小説業の雲行きが怪しくなってきた中で、
新分野への進出も考えるようになったものかもしれない


しかしこの方面の出版も後に続くことはなかった
結局木根の継続的な執筆業は、
TMファンをターゲットとした「電気じかけの予言者たち」シリーズを除くと、
2003年の2作を以ってほぼ終わりを告げた
(一応あと数作は断続的に出るが)


これに代わって木根は、2005年から舞台に力を注ぐようになる
この前提として注目される木根の仕事が、
2003/11/6〜12/10に開催されたミュージカル「天使は瞳を閉じて」への楽曲提供である


「天使は瞳を閉じて」は1988年以来上演されてきた舞台演目だが、
鴻上尚史が演出を担当して、これをミュージカル版に作り替えたものである
音楽プロデューサーは森雪之丞が担当したが、
杏里・デーモン閣下・高橋幸宏・岸谷香・中西圭三・山本恭司など錚々たる面々の中の一人として、
木根も森から声をかけられた


舞台音楽は「天使は瞳を閉じて・ミュージックファイル」としてリリースされたが
インスト担当のRay Cameronを除くと、
木根は最多の3曲が収録されている
「誰もいなくなってしまった」「世界で一番倖せな歌」「HISTORY」
この時点では木根は舞台に出演はしていないものの、
以後舞台への進出を考えるようになる一つの前提となったのかもしれない


以上のように2003年の木根は、
ミニアルバム制作、頻繁なソロライブ、書籍の出版、
ミュージカル音楽の提供などを行なった
もちろんこれに加えて、
「tribute LIVE」出演や断続的なTMの仕事もあった


この年の木根の精力的な活動には驚かされる
2004年のTM20周年まで、
実質的にTMをひっぱってきたことも含め、
木根の努力は評価されるべきだろう


以上前章からこれまで、
2003年の小室・ウツ・木根の活動を見てきたが、
TM名義ではない形で3人が接点を持つこともあった
2003/12/1「AAA」である


ウツ・木根は1993年の第一回「AAA」以来、
本イベントの常連として出演し続けており、
特に1997年年末にTM再始動宣言が出されてからは、
1998年以後毎年、TMの曲を1曲演奏してきた
2003年にもやはりTMの曲は演奏されている
ところがこの時は、少し事情が違った
この時の公演の様子を見てみよう


最初はウツ・木根が狩人の「あずさ2号」を演奏したが、
その途中で狩人本人らがサプライズ出演し、
4人で一緒に昭和歌謡5曲のメドレーを歌った
メドレーの選曲はウツ・木根と狩人の加藤高道で決めたと言う


そして狩人が退場すると、
今度は入れ替わりで小室とKEIKOがサプライズ出演した
小室はKEIKOソロシングル「KCO」のリリースを宣伝した上で、
KEIKOがメインボーカルを取って、「Dreams of Christmas」を演奏した
(小室もキーボードで演奏に参加)


アレンジは「KCO」収録のKEIKO版で、
ウツはサビのコーラスを担当しただけである
一応TMの曲で締めた形にはなったが、
ウツによるTM曲を期待したファンには期待外れだっただろう
(別にTM曲をやるという告知があったわけではないが)


なおウツ・木根は2004・2005年にも「AAA」に出演したが、
TMの曲は演奏していない
結局この2003年が、「AAA]での最後のTM曲演奏となった


「AAA」と比べると参加できたファンはかなり限定されるだろうが、
TMファンとしては盛岡都南文化会館の「宇都宮隆・木根尚登 Christmas Accoustic Live」の方が、
参加の意味はあったかもしれない
12/10にFM岩手主催で800名を抽選で無料招待し、
公開録音したものである(12/23放送)


このライブにはウツ・木根が出演し、山本英美もゲスト出演した
それぞれのソロ曲や歌謡曲の他、
TMの「Another Meeting」「Dreams of Christmas(TMN版)」を演奏した
ライブ中にはTM20周年の宣伝が行なわれ、
これと関連して小室のテープでのコメントも流された
(大したコメントではない)
12/23小田原ダイナシティから公開生放送されたFM横浜「Day Light Splash」も、
ウツ・木根2人が出演したが、
この時も20周年の宣伝および4月の横浜アリーナライブの告知が行なわれた


概していえば、この頃のTMの宣伝活動はウツ・木根2人が行ない、
小室はKEIKOと一緒に自宅・スタジオに籠るという形態だった
この形態はTMのレコーディングの体制にも影響するのだが、
これについては別章でTMの活動を取り上げる際に触れることにしたい


ci e la musica~約束された物語
R and C Ltd.
2002-12-21
木根尚登
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7-11 globeの挫折

2018/11/10 01:44
11/8の夜に、松浦勝人さんのInstagramで、
小室さんのピアノ演奏映像が6分ほどライブ配信されました
何の予告もありませんでしたが、
これに気付いた一部のファンは大騒ぎだったようです


この動画は翌日松浦さんのInstagramにアップされました
演奏曲は「Sweet 19 Blues」「Get Wild」「Can You Celebrate?」「Many Classic Moments」「Feel Like Dance」です
演奏が終わると、小室さんはピアノから立ち上がって、
照れ笑いをしながらカメラの前で手を合わせてお辞儀し、
歓声の中でピアノの前から立ち去りました


動いている小室さんの姿が公開されたのは、
4月に「Guardian」MVで登場して以来のことです
正直、先月写真が出ただけでも相当驚いたんですが、
まさか動画、しかも生演奏シーンが公開されるとは、
まったく予想していませんでした


小室さん、運指は万全とは言いがたいですが、決してつらそうではありません
おどおどしながらではありますが、笑いながらカメラに挨拶していました
音楽に関わるのがつらい、人目から離れたいと言う気持ちだったのが、
少し即興演奏するくらいはいいかなと思えるくらいには、
気持ちも前向きになってきているのかなと思います


このライブが始まった流れは、私はよく知らないのですが、
松浦さんは先月にもtwitterで小室さんと一緒に撮った写真をアップしていましたし、
ライブ2日前にもtwitterでアップしていました
11/5の写真とのことです
この頻繁な面会の中で、小室さんにライブ配信に出演することをお願いしていたのかもしれません


これ以前から関係者が個人的に引退後の小室さんと会っていたことは、
様々なところから聞こえてきます
しかし彼らがその様子を写真などで公開することは、
これまでありませんでした


これに対して松浦さんが先月からたびたび小室さんの写真をアップし、
ついに演奏のライブ配信にまで至ったのは、
松浦さん側にも公開する動機があったと考えるべきです
また、事はかなりデリケートな問題ですから、
当然小室さんの同意も得ていたと見なければいけません


あれほどつらそうにしていた小室さんが、
人前に姿を出し始めたのはどういうことでしょうか
これを考える上で注目したいのが、松浦さんのtweetです
すなわち松浦さんは11/9、
twitterにも今回のライブ動画のダイジェストをアップした上で、
以下のようにつぶやきました

‬‪TK petit recital 仲間の前で久々に少し照れながらピアノを弾いてくれた。
‪その姿はどこか物悲しそうだった。‬
‪そして聞いている人は泣いていた。僕は昔、avexの店でピアノを何時間も一心不乱に弾き続ける小室さんをみて大きな決断をしたことを思い出した。‬
‪正直こんな天才はもう出てこないだろう。そう思ったからあの時も決断をした。しかし、またその才能を何かに奪われたような気がして悲しくてならない。どうにかこの才能を応援し、これからも彼に付いていくつもりだ。‬‬


松浦さんは2008年11月の小室さん逮捕の時(ちょうど10年前ですね)に支援したことに触れつつ、
これからも小室さんの才能を応援し、小室さんについていくと宣言しています
つまりここ最近松浦さんが自らのtwitterに小室さんの写真や動画を出しているのは、
単にプライベートの一部を見せていると言うのではなく、
小室さんの応援の一環ということになります


小室さんの演奏を公開することが小室さんの応援になるということは、
やはり小室さんは音楽活動を再開することを考え始めているのではないかと思います
もしも小室さんが表舞台に出る気がまったくないならば、
松浦さんが小室さんの才能を応援するという表現は不自然です


いわば今は、小室さんの音楽活動復活の可能性も見据えて、
写真や動画を小出しにしながら、
ファンや世間の反応を様子見している段階なのだと思います
その先の構想がどれくらい固まっているのかはまだ分かりません
もしかしたら11/27の還暦誕生日に復活宣言をするのかもしれませんし、
反応がよければこれから考えると言う程度のことなのかもしれません


しかし1月の引退会見当時と比べれば、
事態ははるかに改善されているに違いありません
少なくとも演奏後の表情は、
2/6にNHKにPANDORAとして出演して「Be The One」を演奏した時よりは、
はるかに柔らかいものでした


もしも小室さんがつらくて仕方ないのに、
周りの圧力によって活動の継続を強いられているならば、
本人だけでなくファンにとっても悲しいことです
そんなことになるくらいならば、
小室さんにはずっと引退して余生を送ってほしいと思います


しかしどうも、演奏後のあのはにかみ笑顔を見ると、
やはり人前で演奏するのは嬉しいのかな?と感じました
ならば仕事への取り組み方は変えるとしても、
戻ってきてほしいなとも感じました
正直多くの方が思っていることでしょうが、
ずっと音楽から離れて穏やかに過ごし続けるなんて、
小室さんがそんな生活に堪えられるのかな?とは思うんですよね


ともかく最悪の始まりだった2018年でしたが、
年末に向けて少しだけ明るい話題が見えてきたのかな?とも思いました
今後も注意していたいと思います


最後にウツと木根さんですが、今回はあまり話題がありません
ウツはあと2週間で「Tour Thanatos」のファイナルを迎えます
また10/26、過去のウツFC会報をまとめた電子書籍「Magnetica archives」の最後のvol.22(2017年まで)が発売されました


では本題に入ります
こんな嬉しい話題の時に、本題はとっても暗い話です

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2003年前後のTM NETWORKの本来の計画は、
2004年4月の20周年を視野に入れて、
2002年秋から活動を再開するというものだったと考えられる


しかしいざ2002年秋になると、
当初の予定されていたリミックスアルバムの制作は中止された
9月にはシングル「Castle in the Clouds」の制作が行なわれたが、
その後予定されていたアルバム制作は着手されず、
11月にはその代替措置として、
音源集「キヲクトキロク」のリリース(2003/2/5)が発表された


この背景には小室のKEIKOとの結婚とglobeへの注力があった
小室は2003年春に予定されていたTMの全国ツアーにも参加を拒否したため、
木根とウツは代替措置として「tribute LIVE」という名目で、
5・6月に小室抜きのツアーを決行した


以上がこれまで推測してきたところの2002年秋から2003年春のTMの動向である
一言で言えば、小室の参加拒否によってTMの活動は頓挫した
この動向についてこれまでTM側の視点で見てきたが、
ここで一度小室側に視点を移し、
この間に何が起こっていたのか改めて整理してみたい


小室は2001年からglobeでトランスを試みていたが、
2002年になってこれを「Lights」「Lights2」という2枚のアルバムでまとめあげ、
同年6/6まで断続的に特別ライブや全国ツアーを開催した
2002年前半の小室はglobeに全力をかけていた


問題はアルバム2枚とこれをひっさげたライブを終えた後、
何をするかだった
これまでと同様の活動サイクルならば、
この後はトランスとは別のものを出してくるところだろう


ところが小室は、6月頃のインタビューで、
ここでやめるのはもったいないので、
トランスで海外アーティストとコラボレーションをして、
ワンランク上のトラックを作りたいと発言している


具体的には、ベルギーのDJ pushの件が念頭にあったものだろう
DJ pushは6/6日本武道館のglobeライブ「category trance & all genre」にゲスト出演し、
globeとのコラボ楽曲「Tranceformation」「dreams from above」を披露している
この内「Tranceformation」はglobe「Transcontinental Way」のリミックスだが、
「dreams from above」は未発表の新曲だった


「dreams from above」は2002年バレーボール世界選手権テーマソングのタイアップを得て、7/31にリリースされた
海外ミュージシャンとの共作でグローバルな活動をアピールする方針は、
かつてのJean Michel Jarreの時に通じるものがある
なおリミックスアルバム「global trance 2」には、
DJ pushによる「Sweet Pain」のリミックスが収録されている


さらに同じ頃には、元X JAPANのyoshikiをglobeに加入させる話も進めていた
この件は8月中にはすでに報道されていたが、
9/1には記者会見および「a-nation」ステージ上で公式発表され、
以後globeは小室・KEIKO・Marc Panther・yoshikiの4人編成になるとされた
8/27にはTM再始動会見も行なっており、
この頃から小室は新たな活動に入ることをアピールしていた


yoshiki加入発表直後の9/26にリリースされた「global trance 2」には、
X「Say Anything」を小室がリミックスした「Kanpai Mix 926」が収録された
さらに小室誕生日の11/27には、
4人編成globeの名義の新曲として「seize the light」がリリースされている
海外ドラマ「ダーク・エンジェル」日本版のテーマソングのタイアップを得ていた


DJ pushといい、yoshikiといい、
小室はglobeでトランスを継続させるに当たり、
他のミュージシャンとのコラボ戦略を採用し、
その話題性をさらなる起爆剤としようとしたと考えられる
あるいは「seize the light」リリース直前におけるKEIKOとの結婚式のTV中継も、
その一環だったと見る余地もある


だがその成果は惨憺たるものだった
「dreams from above」は12位・2.5万枚、
「seize the light」は8位・5.5万枚の成績である


これらを他のトランス期globeのシングル作品と比べてみるに、
アルバムと同時発売の「Many Classic Moments」「Over The Rainbow」はともかく、
(ともに2.7万枚の売上)
2001/11/14「Stop! In The Name of Love」の7位・14.4万枚
2001/12/5「genesis of next」の8位・9.6万枚の成績を見る限り、
DJ pushやyoshikiとのコラボは起爆剤になったとは言いがたい
個人的な感想として、「seize the light」を聞く限り、
yoshiki楽曲と小室のトランスアレンジは、あまり相性が良いと感じられない


「seize the light」リリースと同日の2002/11/27には、
globeのベスト盤「8 Years」もリリースされている
1999年のベスト盤「Cruise Record」から3年での新たなベスト盤リリースの意義はさっぱり分からないが、
あるいは3人体制時代の総括ということだったのかもしれない


さらに翌月12/26には、結婚記念アルバムとして、
「Ballads & Memories」がリリースされた
既発表作品を集めたバラードコレクションだが、
一種のベスト盤とも言える
ここにglobeは2ヶ月連続でベスト盤をリリースすることになった


以上で挙げた2002年のglobeのアルバムは、
オリジナル・リミックス・ベストを合わせて、なんと5枚に及んでいる
よほどのファンでなければすべてを追いかける気力は起きないだろう
この異様なペースでのリリースは、
avexから前借りした10億円のプロデュース料返済問題と関わっているのかもしれない


小室はその後も立ち止まることなく、
年末から年始にかけてglobeのアルバム制作に入る
レコーディングは3月初めまで行なわれ、
2003/3/26「LEVEL 4」としてリリースされた
タイトルは無論4人編成になったことをアピールしたものである


しかしその中のyoshikiの楽曲は、
先行シングル「seize the light」1曲のみだった
つまりニューアルバムの中で、yoshikiは新曲を作らなかった
これはyoshikiの楽曲制作ペースとしてはさほど驚くことでもないが、
ともかくglobeのアルバムは、yoshikiファンにとって購入の動機は極めて乏しかった


またyoshikiがいるにもかかわらず、
「LEVEL 4」の楽曲には生ドラムが一切ない
(何を考えてyoshikiを入れたのだろうか?)
ライナーによればyoshikiは小室とともに、
全曲シンセを担当したことになっており、
またボーカルディレクションも行なったともされているが、
実質的な関与は極めて疑わしい


本作の成績は17位・5.1万枚だった
なんと先行シングル「seize the light」(5.5万枚)よりも売れなかった
この点は、多少ともシングルの売り上げに貢献したであろうyoshikiファンが、
アルバムにはほぼ食指を動かさなかったことも示している


globeオリジナルアルバムの成績としても、
前作「Lights2」の2位・16.4万枚から見て大きく下落している
2001年「outernet」の9位・14.9万枚を下回る、globe作品最低の記録となった
しかも活動の空白があったわけではなく、
これ以上ないほど過密な活動をしていたにもかかわらず、である


この頃avex全体の方針として、評判が悪かったコピーコントロールCDが導入されたことも、
売上減少に多少の影響はあるのかもしれないが、
それでも他のavexミュージシャンが一般にこれほど急激に売り上げを下げているわけではない
何よりも同じコピーコントロールCDだった「seize the light」よりも売れていないのだから、
根本的にはこのアルバムがそれまでのファンの関心を引かなかったと見なくてはならない


小室はpushやyoshikiと組んでファン層の新規開拓を試みたが、それはまったく失敗した
その上既存ファンも、この頃に大幅に脱落したと見られる
すでにこれ以前、ダブルミリオン級以上の売上を上げていた1996〜99年から、
十数万枚の水準になった2001年との間で、globeはファンを9割以上失っていたが、
その後は十万枚以上の壁を1年間以上保っていた
しかし「LEVEL 4」の時には、
ついにそれまで残っていたファンの7割が一挙に去ったのである


アルバムの内容についても、
「Lights」「Lights2」で示されたほどの可能性は感じられない
個人的な感想をいえば、私にとっても「LEVEL 4」は、
「globeはもう終わった」と感じさせた1枚だった


おそらく小室は本作で欧米トランスの再現路線から離れ、
自己流解釈でのトランスを試みようとしたのだと思う
だが熱心な小室ファンの中に本作を高く評価する方がいることは承知の上だが、
私は本作はやはり失敗作だと思う
「blow」など個別に好きな曲はあるが)
メロディ・歌声とオケが溶け込まない気持ち悪さを、
私は本作以後のglobe作品から強く感じるのである


私の個人的な感想は措いても、
2003年のglobeが商業的に失敗に終わったことはたしかである
メインワークだったglobeの失敗は、
小室のメジャーシーンからの決定的な脱落を意味した
小室がヒットメーカーとして再浮上する可能性は、
この年を以って絶望的になり、以後2008年の逮捕までの活動は、
叙述するのもつらい状況が続くことになる


しかもさらに悪いことに、小室はこの結果が出る前から、
globeの飛躍を見据えた計画を立てていた


一つはアジアへの展開である
小室はすでに2002年9月のyoshiki加入発表の記者会見で、
早ければ年内に韓国などでアジアツアーを開催するとコメントしている
1998年の台湾・中国イベントや2000年ROJAMによる香港進出の延長上にあるものだろう
直接には2001年に計画されていたTKファミリーのアジアツアー計画のリベンジなのかもしれない


しかも2003年に計画されていたのは、globe単独での海外進出だった
2001年のTKファミリー総動員によっても実現できなかった事業を、
globe単独で行なうことができるという見通しの甘さも不可解千万だが、
そもそもこの時に小室が手駒にできたのはglobeしかなかったということでもあろう
アジアツアーの開催は結局最後まで正式には告知されなかったが、
一説には後述の東京ドーム公演の後で開催される予定だったともいう


小室はこの頃、おそらくアジア進出への地ならしのために、
韓国への進出を図ったようで、
2003年の年始にはNGO東北アジア環境・文化連合の環境保護事業の日本側委員として協力することを発表している(NGOの事務局はソウル)
この時は同時に、globeが4/16に韓国ミュージシャンとともに、
ソウル市庁舎前広場でチャリティライブイベント「SEEDS OF THE FUTURE」を開催することも発表された
これはNGOの黄砂対策キャンペーン「黄砂Green Project」の一環であり、
2002年のFIFAワールドカップ1周年記念でもあるとされていた


さらに3/12には、7/9のglobe東京ドームライブ開催が発表され、
1997年のX JAPAN解散以来となるyoshikiのフルライブ出演がアピールされた
globeにとっても、1998年以来のドーム公演となる
小室としては、yoshikiの動員力を利用して、
最盛期を取り戻そうとしたものだろう


冷静に考えれば、「LEVEL 4」の総売り上げは東京ドームの収容人数5万人と同じである
アルバムを購入したすべてのファンが来場して、
初めて会場が埋まるレベルであり、土台無理な話だった
もっとも東京ドームライブの発表はアルバムリリース前であり、
さらにいえばライブの企画はレコーディング中かそれ以前のことと考えられる
その時点では「LEVEL 4」は、
yoshiki効果で「Lights」を越える売上を達成すると予想されていたのだろう


しかしこのような甘い目論見は外れ、
4/2には韓国ライブが、5/1には東京ドームライブが中止とされた
韓国ライブ中止はイラク戦争(3/20〜5/1)に伴うテロの恐れ、
東京ドームライブはSARSの流行がその理由とされている


韓国ライブについては主催者がNGO側なので何とも言えないが、
SARSという言い訳については苦笑せざるを得ない
(同時期の他のミュージシャンは東京ドームで公演を行なっている)
実際にはチケットの売れ行きが採算の取れない水準だったために違いない
2000年7月のROJAMの香港ライブ中止の過去が思い出される


東京ドームライブの中止を受けて、
小室FCのBBSはファンの苦情書き込みで混乱を来たし、一時期閉鎖された
小室もかなりこたえていたようで、
5/8に予定されていた木根との打ち合わせは、この一件で中止されたという


さらに音楽活動以外のところにも目を向けると、
この頃小室の財政状況はそろそろ危険水域に入りつつあった
すなわち小室は前妻吉田麻美に対して、
慰謝料3億7000万円を3分割で支払うことを約束していた
しかし2003年3月にはこの支払いが滞ったという
実にKEIKOと新婚生活を始めてからわずか4ヶ月のことだった


「滞った」というのが、支払いが遅れたことを言っているのか、
支払わなかったことを言っているのかは、よく分からないが、
いずれにしろこの頃の小室は、
1〜2億円レベルの支払いが困難な状態になっていたと見られる


しかしそれにもかかわらず、
この頃小室の浪費はむしろ加速していたらしい
ただそれは小室個人の浪費と言うよりは、
KEIKOに物を買い与えることなどがメインだった
2004年頃には生活費と借金返済で、
月2000万円前後が消費されていたという
2008年11月の小室哲哉供述調書には、以下のようにある
(2009年裁判で検察官が読み上げたもの)

結婚後1年間くらいは(2003年秋頃まで)、人生で最もぜいたくをしたと思えるほど、湯水のようにお金を使いました。KEIKOにブランドものの服やバッグ、時計を買ったり、総額は数億円にはなっていたと思います。スタッフの中には苦言を呈する者もいましたが、2人で過ごす今が何よりも安らぎを得られ、大切と感じていました。KEIKOと2人で豪奢な暮らしをしていても、少なくとも1曲はヒットして、私の3度目のブレークがあるだろうと考えていました。しかし、私自身、KEIKOとの甘い生活で以前より創作意欲が減っていたのも確かでした。


この供述が当時の小室の状況のすべてを述べているわけではないだろうが、
財政の窮迫とglobeの失敗によって半ば自暴自棄になり、
新妻との新婚生活に逃げ込んでいったという側面はあったのだろう
客観的に見ても、小室は2002年までと比べ、
2003年以後は楽曲制作数を大幅に減少させるようになる


メディアで見られる小室の様子も、
2003年からは挙動不審なところが多くなり、
おそらく精神的にも追いつめられるようになってきていたのだと思う
この後5年間の小室は、
摩耗を重ねながら音楽活動を続けていくことになる


正確な時期ははっきり分からないのだが、
globeのMarc Pantherも2003年にパニック障害を起こして、石垣島に移住した
あるいはこの頃のglobeの混乱が背景にあるのかもしれない


KEIKOは7月から大磯ロングビーチのCMに出演したが、
CMソングにはKEIKO初のソロ名義曲「海との友情」が起用された
これはMarcの病気でglobeの活動が困難になったことが前提だろう
以後globeは2005年まで、リミックスを除き新作リリースを行なわない


小室はしばらくMarcの病状の経過を見ていただろうが、
9月にはKEIKOのソロシングルレコーディングに入る
KEIKOによるTKカヴァー曲集を作る計画もあったといい、
Marcなしで可能な活動が検討されていたのだろう
2003年はTMもglobeも、
3人中の2人だけで活動する変則的な形態が取られたことになる


KEIKOソロシングルは12/10に、
マキシシングル「KCO」としてリリースされた
なおこの頃小室は、KEIKOの名前をKCOにする旨を述べている
商品では依然としてKEIKO名義が用いられたが、
小室の中では、表記をKCOに改める意向だったのだろう


本作は「海との友情」を含む4曲入りだった
メインとなる「Humanrace」はともかくとして、
他の3曲についてはトランスの風味は薄い


その内の2曲はTMの「Dreams of Christmas」と、
1989年の小室ソロ曲「Christmas Chorus」のカバーだった
「Dreams of Christmas」のカバーは、
TMの「Fan Event in Naeba」の演奏を見たKEIKOが小室に申し出たのがきっかけだったという
おそらく「Christmas Chorus」もその延長上に選ばれたのだろう


なお「Dreams of Christmas」には、m-floのVerbalがラップで参加している
小室とVerbalのタッグは、2001/12/27「lovin' it」以来2度目となる
「lovin' it」はチャリティプロジェクトSong+Nationの一曲で、
小室が作詞・作曲した曲を、安室奈美恵+Verbal名義でリリースしたものである
ただ「Dreams of Christmas」を聞いても、
Verbalのラップの必然性はさっぱり分からないし、
globeファンには「ラップを入れるならなぜMarcではないのか」と感じた者も少なくなかっただろう


「AAA '03」にてTM+KEIKOの「Dreams of Christmas」


globeが活動を休止した頃、Gaballも久しぶりに新作をリリースした
2003/8/6リリースのシングル「幸せの表現」である
本作も「KCO」収録の3曲と同様、トランスの要素は薄い
小室は「LEVEL 4」の失敗の後、
トランス以外の可能性を探り出していたように見える


9/25にはGaballの2ndアルバムリリースが予定されており、
globeが動かせない間にGaballの活動を復活させる考えもあったらしい
しかしこのアルバムリリースは実現しなかった
「幸せの表現」の成績は21位・2.3万枚と振るわず、
本作を最後にGaball名義での活動は見られなくなる


「幸せの表現」の作詞・作曲・編曲はすべて小室で、
原田大三郎はもちろん、DJ Dragonも楽曲制作に関わっていない
なぜこれがGaball名義なのかといえば、
カップリングでDragonがボーカルを取っているからである


本作はドラマ「14ヶ月」のエンディングテーマである
「14ヶ月」は7〜9月に放送されたから、
曲は6月には出来上がっていたはずである
ドラマで使われたのは韓国人Joanneがボーカルを取ったテイクである
Joanneの起用は、小室のアジア進出計画とも関わるものに違いない
歌詞は恋人の気持ちを男女それぞれの立場から別の詞で歌ったもので、
女性版をJoanne、男性版をDragonが歌っている


私は2003年の小室作品で一番の出来はこれだと思っている
ドラマタイアップという点も考慮したのだろうが、
久しぶりに自然に口ずさめる歌詞とメロディを味わえる作品となっている
(ボーカルはどちらも微妙だが)


以上で見て来たように、
2003年の小室はglobeとGaballの活動を相次いで収束させるとともに、
2年間執着し続けたトランスから、一定の距離を取るようになった
そしていささか消極的な事情ではあるが、
ここに小室はようやく、ただ一つ残った可能性として、
TM NETWORKに目を向けるようになる


小室のTMへの再合流は、6月にファンに示された
2003/9/6・7「Fan Event in Naeba」の開催告知である
TM20周年実現への道は、ここにようやく拓かれるのであるが、
その過程については、また別章で触れることにしたい


KCO (CCCD)
エイベックス・トラックス
2003-12-10
KEIKO
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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 35 / トラックバック 0 / コメント 23


7-10 TM NETWORK tribute LIVEA

2018/10/25 01:46
10/19、avexの松浦勝人さんのtwitterに、
「大先輩の前ではいつも緊張してしまう。」のコメントとともに、
小室さんの写真がアップされました
松浦さんの前後のtweetを見るに、
avex関係者のパーティがあった模様です
小室さんは松浦さんの横で、
リラックスした表情で赤ワインを飲んでいます


小室さんの写真はゴシップ誌に出たものを除けば、
小室さんが5/7に自分でInstagramにアップしたものが最後でした
感覚的なものですが、今年の写真では顔色は一番優れているように見えます
休養中に状態が改善したのでしょうか
それならば嬉しいことです
耳鳴りも軽くなっていると良いですね


ウツ恒例の年末ディナーショー「Fan Party & Live Through 2018」の開催が、
10/12に告知されました
12/23ヒルトン東京お台場で行なうそうです
まあFC限定なので、ここで書いてもしょうがないんですけども


ウツは「Tour Thanatos」の最中です
実は私、10/19のZepp Namba公演を見に行きました
ツアー中なのでセットリストに言及することは控えますが、
小室さんの曲をメインに持ってくる曲順になっていました
「こっちのバージョンか!」と思ったのもありましたが、
それなりに楽しく聞かせてもらいました
あとウツの声はとても良かったです
この点はホント、大したものだなと思います


木根さんは、来年Sing Like Talkingの佐藤竹善さんとコラボライブを行ないます
会場は2/1名古屋の日本特殊陶業市民会館、3/19神戸国際会館です
木根さんが竹善さんのラジオ番組に出演していることは前回書きましたが、
こういう企画があったんですね
意外な流れになりました


では本題に入ります

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「TM NETWORK tribute LIVE -Utsu&Kine's Selection from TM Songs-」は、
2003/5/27〜6/27の1ヶ月間開催された
当初は6/20まで6会場8公演の予定だったが、
後に6/26・27のZepp Tokyo公演が追加され、7会場9公演となった


規模の上では10都市15公演を回ったTMの「Tour Major Turn-Round」には及ばない
「Tour Major Turn-Round」ファイナルは5000人の東京国際フォーラムだが、
「tribute LIVE」は最大でも3600人のNHKホールであり、
この点でもスケールダウンしている感は否めない
小室不参加が決まった時点で、
大型の会場を小規模な会場に変更したのかもしれない


サポートはキーボード浅倉大介、ギター葛城哲哉、ドラム阿部薫である
葛城は「Tour Major Turn-Round」にも参加したが、
阿部の参加は2000年「Yes To Life Festival」以来となる


浅倉は「4001 Days Groove」のゲスト出演を除けば、
1992年「EXPO Arena “Crazy 4 You”」以来11年ぶりのサポートだった
この時の浅倉は葛城・阿部とは別格の扱いで、
浅倉ファンの動員も期待されていたらしい
浅倉のFCでもチケットの優先予約が行なわれている


ステージ上では中心にウツがおり、
観客から見て左に木根、右に葛城が立ったが、
その間隔は広めに取られ、
観客からはウツ・木根の間に浅倉、
ウツ・葛城の間に阿部が見えるようになっていた
つまり左から木根・浅倉・ウツ・阿部・葛城と、
並んで見える配置となっていた


前章で触れた通り、本ツアーのコンセプトは、
オリジナル通りのアレンジで過去の曲を演奏する、というものだった
基本的に「終了」以前の曲をなじみのあるアレンジで聞いて楽しむライブだった
したがって演奏面で特筆すべき点はない
ただ「The Point of Lovers' Night」「Self Control」「Dive Into Your Body」などは、
「終了」前のTMのライブバージョンを意識した演奏となっている


凝った演出も特徴的なステージセットもない
ステージ上方にはミラーボールがあり、
曲によってはここから照明が出たが、
取り立てて珍しいものでもない


ウツは本編序盤・中盤・終盤で上着が替わり、
序盤では白黒のチェック柄のジャケット、
中盤では黒地に白の模様の入った上着、
終盤では紫地に白の模様の入った上着となっている
木根も前半ではストライプ模様のジャケットを着ていたが、
終盤では白単色のシャツを羽織った


アンコールでは5人とも、
ツアーグッズのシャツを着てステージに現れた
(ウツ・木根はその上にジャケットを羽織っているが)
アンコールでツアーグッズの宣伝をするというあたり、
いかにも「普通」のライブである


こうした分かりやすい営業活動は、
それまでのTMでは見られないものだったが、
ウツ・木根は自らのソロ活動での経験から、
抵抗はなかったのだろう


ツアーグッズにはサイリウムが登場したが、
これもそれまでのTMにはなかったと思う
DVDを見ても、観客がサイリウムを振る様子は、
あたかもジャニーズのライブの如き様相を呈している
おそらくサイリウムはそれまでも需要はあったのだろうが、
小室抜きとなったことで制約がなくなったのだろう


演奏曲は全19曲で、公演時間は2時間余りだった
ツアータイトルに「Utsu&Kine's Selection」とあるように、
選曲はウツと木根が行なった
二人のミーティングですぐに決まったらしい
ウツ側の資料では3/11、木根側の資料では3/16とされている


セットリストは「終了」以前の楽曲から幅広く選ばれており、
通常のTMのライブと比べて、
ファンの方を向いていると思えるラインナップである
ミニアルバムやリプロダクションアルバムを含む全アルバムから、
最低1曲は選ばれている


これに先行する同様の趣旨のライブとしては、
2000年の「Log-on to 21st Century」があったが、
その時は5thアルバム「humansystem」の存在感が大きかった
それに対して「tribute LIVE」では、
3rd「Gorilla」と4th「Self Control」の存在感が大きく、
前者からは4曲、後者からは5曲選ばれている
これだけで約4割を占めることになる
なお「humansystem」の曲は「Kiss You」のみである


「Log-on to 21st Century」との曲のかぶりは意外なほど少なく、
「永遠のパスポート」「Kiss You」「Self Control」「Get Wild」「Beyond The Time」「Dive Into Your Body」の6曲だけである
しかも「永遠のパスポート」「Dive Into Your Body」は日替わり曲だった
この点は意識して、かぶりを減らしたのかもしれない


このライブで演奏されたレア曲としてはバラードがある
たとえば「Girl」はシングルであるにもかかわらず、
「TMN 4001 Days Groove」の選曲から漏れた曲だった
これが演奏されたのは実に1987年「Kiss Japan Tour」以来のことである
ウツが好きな曲ということで選ばれたのだろう


「Fool on the Planet」も人気曲であるにもかかわらず、
1988年「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」以来演奏されていなかった
2002/12/24NHK FMのTM NETWORKスペシャルで、
小室とウツがこれを良い曲と言っているが、
そうした評価も選曲の背景にあろう
この曲は翌年「Double Decade Tour」でも演奏されている


なお「1/2の助走」もレア曲で、
TMのフルライブでは7回しか演奏されたことがないが、
(1984年5回、1985年1回、1994年1回)
「TMN 4001 Days Groove」の映像が存在していることもあり、
上記2曲ほどのレア感はなかったかもしれない


ファンにとってもっとも嬉しかった曲は、
「Spanish Blue」かもしれない
この曲はウツが好きな曲だったが、
「Fanks! Bang The Gong」の初期数公演と「Fanks Cry-Max」
「LIVE TOMATO」での特別ライブの、
合計10回前後しか演奏されたことがない
冒頭と終わりの手拍子は、
一度やってみたかったファンも多かったはずだ


「終了」前の定番曲でも、
再始動後初めての演奏となった曲は少なくない
「Come on Let's Dance」「You Can Dance」「Don't Let Me Cry」「Love Train」などはその例である


「Get Wild」「'89」バージョンで演奏されたが、
実は「Get Wild '89」が演奏されたのは、
1989年「CAROL Tour」「Camp Fanks!! '89」と1994年「TMN 4001 Days Groove」くらいしかなく、
しかもそれらはCDとはかなり異なるアレンジだった
CDのままの「Get Wild '89 」がステージで演奏されるのは、
かなり珍しい光景だった


ライブ本編中盤では、「帰ってきたフォークパビリオン」コーナーが設けられた
これはかつて1991〜92年の「Tour TMN EXPO」で、
ウツ・木根・浅倉の3人で昔の歌謡曲とTM曲を、
アコギとピアニカで演奏すると言うものだった
このツアーでは小室がいなかったこともあり、
このコーナーを復活させたのである


このコーナーでは「Tour TMN EXPO」の時と同様に、
歌謡曲もTM曲も日替わりとされた
ただ「Tour TMN EXPO」では曲が毎日変更されたが、
「tribute LIVE」ではTM曲は3曲が交替で演奏された


また「Tour TMN EXPO」では歌謡曲もTM曲も、
数曲ずつ1番だけを演奏したが、
「tribute LIVE」では1曲ずつフルコーラスを演奏した
この点では「EXPO Arena」のフォークパビリオンと共通する


このコーナーでは、長時間のMCもあった
歌謡曲とTM曲の前にそれぞれ10分程度、
合計20分も設けられた
曲の演奏も入れれば30分であり、
実にライブの1/4はこのお遊びコーナーだった


本ライブのリハーサルは5/16から行なわれた
本番の11日前である
浅倉はaccessのツアー中だったから、
そのスケジュールの合間を縫って断続的に行なわれたものだろう


以上がライブの概要である
以下ではライブDVD「TM NETWORK tribute LIVE 2003」を参照しつつ、
おおまかなライブの流れを確認しよう


会場に「Give You A Beat」のCD音源が流れ出す
幕が掛かったステージが一瞬明るくなった後、
会場全体が暗転し、「Give You A Beat」がカットアウトする


「Wild Heaven」冒頭の「Just Wild Heaven」の声のSEとともに、
幕にウツの影が映し出される
客席の歓声が上がるとともに、幕が落ち、
「Wild Heaven」イントロが始まる


「Wild Heaven」の後は「Get Wild '89」
この曲は2005年の「Spin Off from TM」でも演奏されており、
浅倉が好きなのかもしれない
浅倉はゲゲゲゲのサンプリングボイスを楽しそうに弾く
葛城のギターも光る曲である
次の「Don't Let Me Cry」では、
浅倉が間奏でシンセをウィンウィン言わせている


以上、冒頭の盛り上がり曲3曲を終えると、
ウツのMCが入る

どうもこんばんは! 「TM NETWORK tribute LIVE」へ、ようこそ! えーみなさんも御存知だと思いますが、今回のライブはですね、えー木根君と僕とで、TM NETWORK、TMN、「終了」間近(の曲)までの中で、2人で選曲したライブです。えー、ということでね、いろんな曲が飛び出てくると思うので、最終日ということもあって、もう、思い切り楽しんでいってください。


ここからはミディアムテンポの曲が続き、
「Beyond The Time」「Fool on the Planet」「The Point of Lovers' Night」が演奏された
「The Point of Lovers' Night」のアウトロは、
TMN時代のライブアレンジを意識したものだった


ウツが一時退場し、ステージ前方に椅子が並べられる
「帰ってきたフォークパビリオン」コーナーである
ウツは上着を替え、木根と並んで座りトークを始める
ここでは「Tour TMN EXPO」時代のフォークパビリオンに因んで、
日替わりでフォーク風のグループ名とウツ・木根の芸名が決められた
これは2008年以後開催された「EXPO Folk Pavilion -Revival-」でも行なわれている


このコーナーでは途中から、
浅倉大介もピアニカを持って登場し、トークに参加した
合計10分ほどトークが続くと、歌謡曲の演奏に入る
演奏曲は毎日替わった
以下に各公演のグループ名と演奏曲をまとめておこう


・5/27大阪厚生年金会館:なんでやねん!
 久保田早紀「異邦人」
・5/28大阪厚生年金会館:チャウチャウ
 ペドロ&カプリシャス「五番街のマリーへ」
・5/30愛知県芸術劇場:きし麺問屋
 ゴダイゴ「ガンダーラ」
・6/5渋谷公会堂:東海道五十三次
 杏里「オリビアを聴きながら」
・6/7NHKホール:年末塾
 山口百恵「いい日旅立ち」
・6/8NHKホール:BS隊
 荒井由美「冷たい雨」
・6/13Zepp Sendai:離宮
 ヴィレッジ・シンガーズ「亜麻色の髪の乙女」
・6/15Zepp Sapporo:いっこくどう
 沢田研二「危険なふたり」
・6/20Zepp Fukuoka:どんたくス
 桑名正博「セクシャルバイオレット1」
・6/26Zepp Tokyo:東京台場カシコマリーズ
 テレサ・テン「時の流れに身をまかせ」
・6/27Zepp Tokyo:海浜ウェストゲートパーク
 岩崎宏美「聖母たちのララバイ」


歌謡曲が終わると、葛城と阿部も登場し、
五人で横一列に並んで座った
以後10分ほど、「ごきげんだよ」のコーナーが設けられた
このコーナーでは参加者がサイコロを振って、
出た目に書かれたテーマでトークを行なった


これはTV番組「ごきげんよう」のパロディである
木根がツアー前の2003/3/18〜20に同番組に出演したため、
この企画を思いついたのだろう


以上が終わると、TM曲のアコースティック風演奏が行なわれる
浅倉はピアニカではなくシンセを演奏し、
ウツ・木根・葛城はアコギ、阿部はカホンである
このライブで唯一、
オリジナルと異なるアレンジを聞くことができる部分だった


初日5/27には「Just One Victory」
2日目5/28には「永遠のパスポート」
3日目5/30に「Fantastic Vision」が演奏され、
以後この3曲が順番に演奏された
特に「Just One Victory」はオリジナルとかなり印象が異なる


なお「Just One Victory」「Fantastic Vision」は、
かつて「Tour TMN EXPO」のフォークパビリオンでも演奏されたが、
「永遠のパスポート」はこの時初めてフォークパビリオンでの演奏となった
最終日6/27には「永遠のパスポート」が演奏されたため、
DVDにはこの曲が収録されている




以上でフォークコーナーは終わり、
5人それぞれ持ち場に戻る
この後は「1/2の助走」「Girl」と、バラードが続く
この2曲が終わると、ウツが両手を上にあげ、観客と一緒に手拍子
「Spanish Blue」である
この手拍子は曲の終わりのサビ繰り返しの部分でも行なわれた


ウツ・木根が退場し、浅倉に照明が当たる
曲は「組曲Vampire Hunter”D”」
浅倉も一度自分で演奏してみたかった曲だろう


導入は「魔物たちの夜」である
ついで「Dのテーマ」「約束」では、
シーケンサやドラムなどを入れず、
じっくりと手弾きを聴かせる
最後は阿部のドラムと葛城のギターも加わり、
「Dのテーマ」を荘厳な雰囲気で演奏した


「Kiss You」イントロが流れる
ウツ・木根が着替えて再登場
ライブ終盤の始まりである
この後は「Come on Let's Dance」「Love Train」「You Can Dance」と、
盛り上がり曲が続く


「You Can Dance」間奏では、
木根が浅倉ブースに入ってシンセを少しいじった
ウツは観客にボールを投げたり、握手したり、
阿部に食べ物を食べさせたりと、
お遊びの時間となっていた
この点は80年代FANKS時代のライブの再現を志したものだろう


本編最後は「Self Control」
イントロを間奏のフレーズで始め、
ライブバージョン特有の手弾きフレーズも加わっている
以上5曲の盛り上げ曲連発でライブ本編は終わり、
ウツが「どうもありがとう」と言うと、
メンバーはステージから退場した


アンコールではメンバーがツアーグッズのTシャツを着て、
ステージに再登場した
そして「Seven Days War」を演奏すると、
メンバーはまた退場した
初日公演はここでライブ終演となった


だが公演2日目の5/28以後は、
この後にダブルアンコールが設けられた
5/28は「All-Right All-Night」
5/30は「Dive Into Your Body」が演奏され、
その後はこの2曲が順番に日替わりで演奏された
なお「Dive Into Your Body」の2番の後は、
「Camp Fanks!! '89」などのライブバージョンに準じたアレンジで演奏された


ダブルアンコールの部分は、
6/26・27の追加公演でさらに変更された
まず6/26には「Time To Count Down」が演奏されている
この曲は全公演の中でも、この日しか演奏されていない
ただしこれ以前からこの曲はリハーサルでは演奏されていた
投入するタイミングを逸してこの日まで来てしまったのだろう


6/27には通常に戻り、「All-Right All-Night」が演奏された
その後メンバーは退場したが、
この日だけの特別サービスがあった
トリプルアンコールとして「Dive Into Your Body」が演奏されたのである
この日だけ、演奏曲が1曲多かったことになる


以上でライブが終わると、
メンバーは観客に手を振ったり、物を投げたりし、
ステージ脇に退場していった
客席にはBGMに「Castle in the Clouds」が流れ、終演を告げた


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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 44 / トラックバック 0 / コメント 10


7-9 TM NETWORK tribute LIVE@

2018/08/30 22:04
amazonで「Fanks Cry-Max」増補版blu-rayの予約が始まりました
こちらだと3756円で、定価の4860円よりも1000円ちょっとお得になります
他のショップでも予約受付中ですが、
現状ではDMM(3596円)が一番安い感じでしょうか
購入をお考えの方はご参考までに


小室さんが音楽を担当した「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のサウンドトラックが、
8/29にリリースされました
これが小室さん最後の新作となるのでしょうか
全25曲を収録しています
出色の出来とは思いませんが、
まだやっていける水準なのになあ…と感じました
映画は8/31に公開されます


8/26には、PANDORA「Be The One」を主題歌とする「仮面ライダービルド」が、
1年の放送を終えました
いろんなものが決着を迎えている感じですね
なお「Tetsuya Komuro Archives」はまだランキングに入っており、
合計10万枚を越えました


前回書き忘れていたんですが、
ウツのソロツアーのタイトルが「Thanatos -25th Anniversary Final-」に決まりました
タナトス… ギリシア語で「死」てのは、何か含意があるんでしょうか
(まあ何もないんだろうとは思っていますが)
「ξ」とか「Idios」とか、ここ数年ギリシア語にこっているのは、
ウツかスタッフの嗜好なんでしょうか


なおウツは8/25、NACK5の「浅倉大介 Neo Age Circuit」に出演しました
多分ツアーの宣伝でしょう
一部公演は、すでに一般発売が始まっています


木根さんは6月から地道に全国ツアーを回っていますが、
残るは関東の公演だけとなり、
ファイナルの9/16が見えてきました
8/11にはラジオ高崎の「Air Place Saturday」に出演し、
高崎公演の宣伝をしたようです
9/12にはラドンナ原宿で、
「あべ静江&太田美知彦  〜西日本を中心とした豪雨災害支援チャリティーライブ〜 Vol.2」ゲスト出演します


8/24には渡辺美里さんの「M・Evolution Tour」かつしかシンフォニーヒルズ公演にゲスト出演し、
「さくらの花の咲くころに」「点と線」「eyes」を演奏しました
MCもかなり長かったようです


「GREEN DAYS 〜緑の日々〜」のレポートによれば、
木根さんは数年後にでもTMの「引退試合」をやりたいと言ったそうです
あくまでも木根さんの願望ですが、実現してほしいですね
また美里さんによれば、小室さんの引退会見の後、
木根さんが「今はそっとしておいてあげて」と言っていたそうです


では本題に入ります
なおしばらく多忙につき、次回の更新は遅れるかもしれません
あしからず

-----------------------------
2003/2/16「Live Epic 25」が開催された大阪城ホールで、
来場者に対して参加ミュージシャンに関するチラシが配布された


TM NETWORKのチラシには、
表に「キヲクトキロク」および3人のソロの新作の広告、
裏に3人のFCの宣伝が載せられていたが、
裏にはさらに半面を使って、
「TM NETWORK tribute LIVE -UTSU & KINE’S SELECTION FROM TM SONGS-」の告知と、
木根尚登名義の趣旨文が書き込まれていた


趣旨文は長文に渡るものだが、
第7部におけるTMの混迷ぶりを示すものとして重要なので、
以下に全文を掲げておきたい


TMを愛するみなさんへ

 昨年10月、2年ぶりのシングル「CASTLE IN THE CLOUDS」をリリースしました。それは80年代のTM NETWORKを意識した楽曲でした。だから、取材等で小室もREWINDという言葉を使っていたのでしょう。僕も「CASTLE IN THE CLOUDS」をきっかけにかつてのTM楽曲(小室メロディ)を聴き直し、その素晴らしさを痛感しました。
 J-POP全体に目を向ければカヴァー・ブームです。当然、アレンジを一新したセルフ・カヴァーも頻発しています。しかし、オリジナルの存在感の大きさは歴然とした事実です。これは僕に限らず、誰もが感じている現実でしょう。だとしたら、アンチ・カヴァーという試みがあってもいいのではないでしょうか。オリジナル直視主義と言ってもいいですが。つまり、TM楽曲をできる限りオリジナルに忠実なアレンジで再生してみたいという思いが芽生えました。
 また、2004年4月にデビュー20周年を迎える僕らTM NETWORKは、今一度、原点を確認するのも意味があると考えました。いわば20周年に向けての前夜祭でしょうか。
 その気持ちを素直に小室とウツに提案しました。でも、なにぶん突然の提案です。小室の03年のスケジュールは、当然ですが、すでに決定済み、僕とウツのスケジュールが合わせられるのも6月だけという情況。でも、今回の主旨は、TM NETWORKの楽曲をオリジナル再生することだから。 小室に無理を言いました。TM NETWORKのコンサートにはならないけれど、僕とウツだけでTM NETWORKの楽曲をやらせてくれないかと。
 小室もスケジュールの調整を試みてくれましたが、結果的に6月を空ける事は不可能でした。しかし、「僕が出演せず、ライヴでTMの楽曲をやるのであれば、大介の出演が絶対的に必要だね。もしも大介がOKだったら、ギターは葛Gドラムはベーアンしかないでしょ」と、ひとつの提案を投げ返してくれたのです。
 奇跡的にとでも言うのでしょうか、大ちゃんのスケジュールも6月ならどうにかなるという事でした。葛Gやベーアンも時間をやりくりしてくれました。各スタッフも奔走してくれました。提案者として、ここまでの一連の動きを見ていたら、みんなTMが好きなんだ、みんなTMを愛してくれているんだと胸にしみてきました。だから、メンバーである僕とウツがいるけれど、これはTM TRIBUTE BANDだと思うようになったのです。昨年、ソロ活動10周年を迎えた僕のなかにも、もちろんウツのなかにも、誰よりも強いTMへの感謝や賞賛(TRIBUTE)があるわけだから、これはTM TRIBUTE BANDだと。
 04年のTM20周年を前に、TM好きが大集合という事です。となると、僕はプロジェクトリーダーというよりも幹事長なのかもしれませんが。とにかく、せっかくTMをTRIBUTEするのなら、TMを心から愛してくれているみなさんと一緒に楽しみたいと思います。ステージと客席が一緒となり、ライブ会場全体で、TMの楽曲を楽しみませんか。
 そうそう、今回のライブと新譜制作は、まったく別のプロジェクトだけど、新しい音のほうも、20周年に向け、徐々に制作を始めています。そちらもお楽しみに。
木根尚登


言い訳がましく空虚な装飾の目立つ文体はいかにも藤井徹貫の作文だが、
ここではその詮索は措いて、
「tribute LIVE」について述べられている公式見解を整理しよう

1)「Castle in the Clouds」では80年代TMを意識、かつての楽曲の素晴らしさを再認識
2)ツアーでは過去のTM楽曲をオリジナルに忠実に演奏したい
3)TM20周年を前に原点確認することにも意味がある
4)木根は小室とウツに相談したが、スケジュールの都合で、6月に小室抜きで開催せざるをえない
5)小室が自らの代役として浅倉大介を指名、葛城哲哉・阿部薫も参加
6)今回はTMを愛している人々によるTM TRIBUTE BANDによるツアー
7)20周年に向けた楽曲制作も進行中


1)2)3)はツアー開催の理由として挙げられているものだが、
一言で言って建前に過ぎず、真実味は皆無である
6)は木根の思いを述べたもので、
2004年に向けた発言である7)とともに、
ライブ開催の事情を考える上で意味はない


結局問題になるのは、4)5)の部分である
つまりこのツアーの企画の中心は木根であり、
その参加メンバーは小室の意向で決められたと言う点である


この点をもっとも詳しく書いているのは、
木根の「新・電気じかけの予言者たち」である
その流れは前章で他の情報も参照しつつ触れたが、
ここで改めて整理してみよう


まず2002/12/18木根・ウツのミーティングがあり、
20周年に向けた活動を行なう方針が立てられたが、
小室のスケジュールの調整が付かなかった
しかし木根は年始に、小室抜きのツアー開催を考え、
1/29に渡米して小室と会い、その開催承認を得た
これを受けて2月初めにはスケジュールが決定し、
上記の通り2/16に発表された


上記の筋書きを見る限り「tribute LIVE」は、
たしかに趣旨文4)にあるように、木根が中心の企画だった
ウツもこの件を木根から聞かされて驚いたことを述べている
なおウツは最終的には木根に説得されたものの、
当初はこの企画に否定的だった
TMは3人でやらないといけないというこだわりを強く持っていたようである


また趣旨文5)では、
小室が浅倉を代役として挙げ、
さらに葛城・阿部の参加を提案したことになっている
TMN時代のサポート陣である
これも1/29の木根・小室会見の時のこととして、
「新・電気じかけの予言者たち」に記されている


ただし実際には小室が後からglobeの活動を入れたことで、
もともと計画されていたTMのツアーが実現困難になり、
その代わりに「tribute LIVE」の開催が決まったと見られることは、
前章で推測したところである
「tribute LIVE」開催の事情について、
木根はつじつま合わせを行なっている疑いが強い


それならば、1/29に小室が浅倉を指名したと言うのも、
鵜呑みにするのは危険だろう
小室が同意したことはたしかだろうが、
実質的には木根が提案したものだったのではないか


そもそもTMの曲を演奏する上で、シンセ担当を誰にするかは、
真っ先に考えなければいけない問題である
木根がアメリカまで行って小室に会いに行く際に、
小室の代役について具体案を用意していかないことなど、
およそあり得ないことだろう


そしてその場合、浅倉をはじめとする3人には、
事前に内諾を取っていたと考えるのが自然である
「新・電気じかけの予言者たち」では、
会談後にサポート候補者3人に連絡したところ、
3人ともすぐに参加を承諾したとされ、
特に浅倉は木根が帰国したその日に承諾したというが、
実際には木根が渡米以前に3人に内諾を取っていたのだろう


なお浅倉は2002年に7年ぶりにaccessの活動を再開させたばかりで、
2003/4/4からは全国ツアー「Livin' GHOST」を開催する予定だった
このツアーは5/18まで開催された後、
6/1にファイナルの仙台サンプラザ公演を行なうことになっていた


一方「tribute LIVE」は5/27・28・30から始まることになっており、
それ以前の5/16からリハーサルが行なわれた
つまりaccessのツアーと重なる日程だった
普通では考えられないスケジュールである
木根やスタッフが浅倉に頼み込んだものに違いないが、
このような過密スケジュールの浅倉がさらに別のツアーを組む場合、
関係各処との調整は必須のことである
これを即答したということ自体、
木根の話の創作性を裏付けるものである


他に木根・小室会談で決まったものとされるものに、
「tribute LIVE」というツアータイトルがある
「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
木根は小室に対して、スタッフたちと考えたツアータイトル案をいくつか出した


その中には「TN NETWORK CONCERT」や、
「UK NETWORK CONCERT」があった
隆・尚登の頭文字でTN、あるいは宇都宮と木根の頭文字でUKという発想である
またはTMNから哲哉(T)を除き、
「MN NETWORK CONCERT」という案もあったというが、
正直、どれもこれもセンスがなさすぎる
いや、センス以前に、飲み屋で中年オヤジの雑談で交わされる冗談以上のものではない
これらも「tribute LIVE」のタイトルを引き立たせるための創作かとも疑われる


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
小室は「TM NETWORK」という言葉は入れるべきと主張した
しかしあくまでもTMのツアーではないということで、
小室が提案したのは、tributeという言葉を入れることだった
要するに、「tribute LIVE」というタイトルは小室が考えたものだと言う


当時日本では洋楽・邦楽とも、
トリビュートアルバムやトリビュートライブが盛んに行なわれていた
1990年代には死没していたミュージシャンや解散していたバンド、
あるいはかなり老齢のミュージシャンの作品を扱ったものが多かったが、
2002年には「The Blue Hearts 2002 Tribute」「一期一会 Sweets for my SPITZ」など、
TMと同世代か、より若い世代のトリビュート盤もリリースされ、
しかもかなりの成果を上げていた


したがってTMのトリビュート企画もあり得るものではあった
実際に2003年1月の時点では、
TMのトリビュートアルバムのリリース計画が確認できる(前章を参照)
結局この企画はなくなったのだが、
この時ツアータイトルとして「tribute」の言葉が出たのは、
この流産したアルバムを意識したものだったのかもしれない


トリビュートライブについても、
日本でのトリビュート盤流行以前から欧米で広く見られた
2002年にもロンドンで豪華メンバーによるGeorge Harrisonの追悼ライブ「Concert for George」が開催され、話題になった
日本でもこの頃には矢沢栄吉・はっぴえんどのトリビュートライブが開催されている
「TM NETWORK tribute LIVE」というタイトルの前提には、
このような先例が存在したのだろう


結局この小室の案が採用されて、
本ライブは「TM NETWORK tribute LIVE」と名付けられることになったという
ただ本件に関する小室のエピソードは疑わしいものが多く、
私はライブタイトルが本当に小室の案だったのかも疑うべきと思う
たとえば「TN NETWORK CONCERT」などと同様に、
木根側が提案したタイトルの一つに過ぎなかった可能性もあるだろう
ただサポートメンバーの指名と違い、
絶対にありえないと断言するだけの矛盾があるわけでもないので、
ここでは判断を保留しておきたい


tributeとは、あるミュージシャンに敬意・賞賛の意を捧げることであり、
つまりこのツアーは、TM NETWORKを称賛するライブだという位置づけになる
ステージ上ではTMの曲が演奏されるが、
それはその場にいないTM NETWORKに捧げるものであり、
演者はTMではないということになる
それは、このツアーがTMのツアーではないという説明にも通じる


木根側の案とされる「TN NETWORK CONCERT」なども、
TM NETWORKのツアーではないという点で方針は一致していた
木根の趣旨文でも自分を含む演者をTM TRIBUTE BANDと位置付けているし、
ウツもTMのツアーではないということを何度も強調している
TMメンバーがTM曲を演奏するが、TMのツアーではない
こうした矛盾に満ちた立場を、彼らは堅持した


しかし一方で、TM20周年の前夜祭として開催するツアーである以上、
TMをまったく匂わせないタイトルもまた不可である
その結果として採用された「TM NETWORK tribute LIVE」というタイトルは、
なんとも苦肉の案であると思う


あらゆる人が思うことだろうが、
木根・ウツが自らTMにトリビュートするというのは、
意味が分からないだけでなく、失笑せざるをえないネーミングである
「トリビュート」を文字通りに取った場合、
ステージに上がるのが木根・ウツとかつてのサポート3人であるというのは、
TM関係者以外にTMを敬愛する者が誰もいないということにもなろう


もちろんトリビュートの名称は後付けであって、
現実は小室が参加しないままでTMツアーを行なうことの正当化に過ぎないのだが、
要するにこれほど無理な理由づけをしなければ説明できないほど、
不自然なツアーだったということである


ただ救いだったのは、
この頃の小室はTMでやるべきものが見出せず、
可能性を見出していたglobeに注力しようとしていたものの、
まだTMをやめるつもりはなかったことである


木根のMC中の発言なので割り引いて考える必要があるが、
この頃木根が小室に対して、
これで最後でいいから20周年はちゃんとやろうと言ったところ、
小室は「30周年もやろうよ」と答えたと言う
小室の中でTMは、いつ動かすかはともかくとして、
残すことは自明の前提だったのだろう


だが小室を外して全国ツアーを開催するという先例を作ってしまったことの意味は大きい
こうした先例が一度出来上がってしまえば、
メンバーもスタッフもなし崩し的に、
同様の企画を繰り返し立ち上げることになるだろう


事実、2004年のTM20周年の活動の後には、
「tribute LIVE」の第2弾・第3弾として、
2005年に「Spin Off from TM」
2007年に「Spin Off from TM 2007」が開催される
それぞれ「tribute LIVE 2005」「tribute LIVE V」とも題されていた


つまり2002年以後に開催されたTM関係のツアー4本の内、
20周年記念ツアー「Double Decade Tour」以外の3本には、
小室が参加していなかったのだ
この時点ではもはや「tribute LIVE」は特別企画などではなく、
むしろ小室のいるTM NETWORKこそが、
特別企画的存在に成り下がっていたとも言える


2005年以後の小室はウツ・木根とまったく別に活動をしていたが、
自身の都合から、2007年にTMの再開を提案する
ここに「tribute LIVE」中心の活動形態はようやく終わりを告げるが、
こうした偶然がなかったならば、
「tribute LIVE」が開催され続ける一方で、
TMが事実上消滅していたという事態は、十分に考えられたと思う


余談だが、私は2005年以後のTMを見て、
その歴史は事実上終わったと本心から思った
そこで今後語るべき音楽活動が新たに呈示されることはないと思った私が、
歴史的生命を終えたTMの活動の軌跡をまとめようと思って始めたのが本ブログである
すでにそこから10年以上経ってしまったが…


ただ2003年に限って言えば、
「tribute LIVE」はTMの活動を求めるファンの要望に応えるとともに、
2001年以来の活動空白期間に進行していたファン離れを、
ある程度食い止める役割を果たしたと考えられる
それはTM20周年の遂行に当たって、たしかに一定の役割を果たしたのだろう


以上がこのツアーのコンセプトだが、
肝心の音については、趣旨文2)にあるように、
過去の曲をオリジナルで演奏すると言う点が強調された


なおこの場合の過去の曲とは、「終了」以前を指す
この時に演奏された最新の曲は1991年の「Wild Heaven」で、
1999年以後の曲は演奏されていない
要するに選曲の面でも編曲の面でも、
新しい要素を一切排除したライブだった


TMのライブでは大幅なアレンジが加えられることが多く、
それが一つの醍醐味でもあったが、
それは小室の手によるものだった
だがこの時は小室がいなかったため、
その点での遊びができなかった
そのためオリジナル演奏という原則を立て、
そこにポジティブな理由づけをしたのだろう


もちろん浅倉ならば面白いアレンジもできただろうが、
accessのツアー中の浅倉の負担を増やすことも難しかっただろう
また小室がいないことに対するファンの違和感にも配慮して、
浅倉のアレンジはあえて加えなかったのかもしれない
浅倉もオケに音を加えたり削ったりする時は、
必ず木根やウツに確認を取っていたと言う


とはいえライブということもあり、
もちろんサポート3人の個性的な音は随所に加わっている
またインストコーナーの「組曲Vampire Hunter “D”」などは、
曲の改編が行なわれているわけではないが、
音色などに浅倉のこだわりが感じられるところではある


小室はライブ音源作成用に、自らが持っているシーケンスデータを提供した
この点はやはり「tribute LIVE」が小室の承認下で行なわれたことを示している
演奏曲のほとんどは1999年の再始動後初めて演奏されたものなので、
(例外は「Beyond The Time」「Kiss You」「Self Control」「Seven Days War」「Dive Into Your Body」
提供されたものの多くは1994年以前のデータということになる
ウツも20年近く前のデータや80年代のコーラスを使ったと言っている
ただ実際には、浅倉やスタッフが新たに作ったものも少なからず含まれていただろう


このようにして「tribute LIVE」は開催された
かなり変則的なライブだったこともあり、
客の入りには不安もあっただろうが、
実際にはおおむね会場も埋まり、
木根の感想では、ファンの反応もよかったとのことである


これは再始動後のTMが、
まともなライブ活動をほとんど行なっていなかったこともあろう
これ以前の唯一の全国ツアーは、
2000〜01年の「Tour Major Turn-Round」だが、
これはかなり人を選ぶ選曲・演出のライブだった


首都圏では2000年の単発ライブ「Log-on to 21st Century」があったが、
地方のファンにとっては、過去の曲に初めて触れることができたのが、この「tribute LIVE」だった
小室がいないといっても、素直に喜ぶファンが多かったことは想像できる


本ツアーについては、2005年のtribute LIVE「Spin Off from TM」開催に合わせて、
FCおよび新星堂でライブDVD「tribute LIVE 2003」が限定販売された
(「2003」が付いたのは、2005年に後継企画が開催されたため)
本DVDには2003/6/27 Zepp Tokyoのファイナル公演の様子が収録されており、
MCおよび日替わり曲以外の様子を知ることができる


また2007年のtribute LIVE「Spin Off from TM 2007」開催時には、
「tribute LIVE」「Spin Off from TM」のライブ音源が、
「TM NETWORK tribute LIVE EP」の「Edition #1〜3」として、
iTunesやmoraなどで配信された


「tribute LIVE」配信曲は、「Wild Heaven」「Beyond The Time」「Fool on the Planet」「Come on Let's Dance」「Love Train」「Seven Days War」となっている
ただmoraは配信曲の組み合わせが異なり、
「Come on Let's Dance」「Fool on the Planet」の代わりに「1/2の助走」「組曲Vampire Hunter "D"」が配信された
他にも別テイクを配信したサイトがあったかもしれない


さらに2010年には3度のtribute LIVEから、
音源4曲+映像1曲のEPが各2点、合計6点の商品がiTunesで配信された
「tribute LIVE」からは「TM NETWORK tribute LIVE 2003 Lead」「TM NETWORK tribute LIVE 2003 Second」がリリースされ、
前者は「Don't Let Me Cry」「The Point of Lovers' Night」「永遠のパスポート」「1/2の助走」の音源と「Beyond The Time」の映像、
後者は「Girl」「Spanish Blue」「Kiss You」「All-Right All-Night」の音源と「Get Wild '89」の映像を収めている


これらを集めれば、配信だけで「You Can Dance」「Self Control」「Dive Into Your Body」とSEの「Give You A Beat」を除く全曲が手に入ることになる
ただそもそもこんな回りくどいことをしなくても、DVD1枚を買えば済む話である


以上、「tribute LIVE」開催に至る流れと、その意義について述べてきた
ライブの具体的な内容については、次章で触れることにしたい


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記事へなるほど(納得、参考になった、ヘー) ブログ気持玉 39 / トラックバック 0 / コメント 10


7-8 失われた2003年

2018/08/02 20:27
まず告知です
8/17(金)の夜に大阪の某所で、
「TM NETWORKの重箱のスミ!」のポコ太さんこと、
カラフルポップリフレクションのミツカワさんと、
宴など催そうと思います


関心のある方には詳細をお伝えしますので、
tm_on_the_planet%yahoo.co.jp(%は@に置換)までメールをください
ブログへのメッセージかtwitterへのDMでも結構です
なお参加人数が会場の規模に達した時点で募集を締め切りますので、
その点ご了承ください


近況について
本日8/2、劇場版「シティハンター」の映像が少し公開されました
全国ロードショーは来年2/8とのことです
BGMはオリジナルの「Get Wild」ですが、これは本番もそうなんでしょうか
なんつうか、もしもTMがあと一度だけ動くなら、
色んな意味でこれが最後のチャンスな気がします


さて、SONYがまた大人商法(悪い意味で)を始めました
10/3に「Fanks The Live 1 Fanks Cry-Max」の増補版DVDをリリースします


本作は1989年リリースのオリジナル版では6曲が完全収録されていましたが、
「Electric Prophet」「Dragon The Festival」も一部のみ収録)
これに「Nervous」「Dragon The Festival」の2曲が追加されて8曲になり、
値段が2倍の4860円(税込)になります(2004年版DVD=税抜2300円)
そういや2013年にDVD「Digitalian is eating breakfast」も、
7曲を8曲に増やして値段を2倍にしてリリースしていましたね…


なお「Nervous」は1989年のプレゼントビデオ「Fanks The Live 4」にアウトロ終わりを除き収録されており、
「Dragon The Festival」もオリジナル版に一部収録されているので、
今回の初公開映像は実際には1曲分もありません
つうかちょっとしか入っていない「Electric Prophet」も完全収録しろよこのクズ会社


また1987年の「Fanks Cry-Max」では、
インストを含め18曲が演奏されました
これまではその中で6曲だけがDVD化されていましたが、
今回の増補版リリースによって、未収録分が12曲から10曲になりました


まだ10曲…
半分以上がSONYの蔵に隠されていることになります
TMの今後の活動がなくなってしまうという、
過去商品を出す絶好のタイミングなのに、
SONYはふざけているんでしょうか?


いや、商売的には分かります
熱心なTMファンは未発表映像1曲だけでも(または全部既発表でも)買うけれど、
完全版映像を出しても購入者はあまり増えないのでしょう
「CAROL Deluxe Edition」「TM NETWORK THE MOVIE」みたいなクズ商品でも、
それなりに売れてましたもんね…
それなら何度も増補版を作って1・2曲ずつ増やしていった方が、
ファンから金を吸い取り続けることができるということだと思います


しかしこの売り方は、商売としては正しいとしても、
まったく誠意が感じられません
極めて青臭いことを言わせてもらえば、
スタッフはファンに顔向けできる商品を作っていると思っているのでしょうか
もしも私がSONYスタッフだったとして、
テレビで「顧客満足度〇%!、業界ナンバーワン!」とかのCMを見たら、
恥ずかしくて外を歩けませんよ


ただSONYはあるいは今回の商品で、
今TMの過去作品がどれくらい売れるのか観察しようとしているのかもしれません
今回売れれば、「Kiss Japan Dancing Dyna-Mix」「Rhythm Red Tour」なんかでも、
同様の手口を図る可能性もあるでしょうし、
また次の「Fanks Cry-Max」アップデートも検討するかもしれません
そういう可能性を勘案した上でSONYに献金すると割り切って購入するのも、
割り切れるならば良いかと思います


私はまったく割り切れませんが
…くそう、くそう、くそう!!
「Dragon The Festival」なんておいしい曲を入れられたら、
こんな鬼畜商品でも買わざるを得ないじゃないか!
ちくしょう…ちくしょう…


正直言って、商品化できそうなライブ映像中では、
「Fanks Cry-Max」は私がもっとも見たいものの一つです
それだけにこうした悪辣な商法は本当に腹が立ちます
しかし何もできない無力感…
ちくしょう!


ということで、いらだちがドアを叩きながら、
他の近況を手短にまとめましょう
まず小室さんは、「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」のセールス、
T盤が5.0万枚、K盤が4.9万枚に達しました
ラジオでもまだ特集が組まれているようです
「SUNNY」公開後にも売れるかもしれませんね


ウツは7/25に過去のFC会報の電子版「Magnetica archives」の未配信分の内、
vol.19(2012〜13年分)の配信が始まりました
この後の分も、今後順次配信の予定です


木根さんは7/25、日本テレビ「一周回って知らない話」に、
親バカ枠で娘のSHAOさんと一緒に出演しました
ちなみにMarc Pantherさんも一緒に出演していたんですが、
木根さん、DJ KOOさんに続いてMarcさんもバラエティ進出ですか…
なお木根さんとMarcさんは、当初は7/18出演予定でしたが、7/25に変更されました


最後に、6/30・7/27にTRFとaccessがそれぞれのデビュー25周年を祝してジョイントライブを開催しました
最後には出演者全員で「Get Wild」を演奏し、
東京では終演後の客出しBGMが「Nights of the Knife」「Seven Days War」だったそうです


では本題に入ります

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話は「Castle in the Clouds」のリリース日の2002/10/30に遡る
この日渋谷TSUTAYAで行なわれたトークイベントで、
TM3人は最後にそれぞれ締めの言葉を述べた
これは後日Barksのウェブサイトで配信されており、公式に準じたものと見て良い


木根「TMもね、シングルだけじゃなくてね、来年またね、アルバムとかね(木根、小室の顔を覗き込み、小室「そうね」)、アルバムのための楽曲作りを、ぼくも頑張ります」

ウツ「今回また、2年ぶりのシングルなんで、特に昔の80年代のTMのにおいというか、すごいしたいい曲だと思うんで、是非どんどん友達に、いいぞこいつはみたいに、どんどん広めてやって下さい」

小室「今回これで音をね、今の2000年に入ってからも、もちろん音的にはいろんなことやっているんですけれども、僕たちが一番活動していた80年代の音みたいなにおいも出しているんで、こういう音が今どうなのかなっていうテストみたいな意味合いもあるんですね、今回ね。なので、すごく反響とか楽しみなんですよね。聞いてみてそれを反映して、音作りの段階も、これからTMの音とかは作っていきたいなと思っているんで」


一見のんきな雰囲気の3人



以上の中でまず気になるのは木根の発言で、
2003年のアルバムリリースを視野に入れたものとなっている
本来「Castle in the Clouds」は、
キャンペーンソングとしての単発の仕事ではなく、
その後につなげていく考えがあったことが分かる


木根の発言は明らかに自らの楽曲制作を念頭に置いており、
ここでいうアルバムとはオリジナルアルバムと考えざるを得ない
これ以前にはリミックスアルバムの計画が存在しており、
また翌年2月には過去音源を集めた「キヲクトキロク」がリリースされるが、
これらとは別の話だったことになる


アルバムに関する発言をしていたのは木根だけではない
ウツは11月初め頃に「Castle in the Clouds」と絡めて、
「その延長上にあるのがアルバム作りってことになると思う」
と発言しているし、小室も同じ頃、
「いずれアルバムとしてまとめられればいいなと思っているところです」
と言っている


これらウツ・小室の発言からも、
やはり「Castle in the Clouds」リリースの後には、
新曲を収めたオリジナルアルバムが計画されていたと見るべきだろう
ただトークイベントでの「来年頑張る」「これから作っていきたい」という3人の発言を見る限り、
10月中にはまだアルバム作成に向けた具体的な作業には入っていなかったらしい


さらに上記トークイベントでの小室の発言に注目すると、
小室は「Castle in the Clouds」で、
あえてテストとして80年代風の音にして反響を試し、
その反響をこれからTMの音につなげようと考えていたと述べている


また小室は同じ頃の別のインタビューで、
「Castle in the Clouds」を「ニューアルバムへの布石でもある楽曲」とも言っている
小室は「Castle in the Clouds」の音作りを、
アルバム制作につなげていこうと考えていたようである
その意味で「Castle in the Clouds」は、
次のアルバムのパイロットシングルとして位置付けられていたのだろう


この頃3人には、TMの活動をしないといけないと言う使命感もあった
それは2004年にTM20周年のアニバーサリーイヤーが控えていたことがある
たとえば「Castle in the Clouds」制作に先立つ8/27、
Laugh & Peaceキャンペーンソング担当決定を受けたTMの記者会見で、
木根は以下のように述べている

そうこうするうちに、もう20周年くらいになってしまうんです、もうあと何年かすると。そこに向けてなんか少しずつ、またいい形でできたらねってことで、また今回これ、いいきっかけだったので、集まりました。


これを見る限り、2002年の活動再開では、
当初からTM20周年につなげることが意識されていた
1994年のTM10周年企画が「終了」に代わってしまった過去も踏まえ、
20周年はちゃんとやりたいという気持ちもあったのだろう


以前述べた通り、2002年のウツと木根は、
本来のソロ10周年記念日周辺に当たる11〜12月を含む10月以後のスケジュールを空けていた
9月の「Castle in the Clouds」レコーディングの後、
TMは20周年に向けた活動に入るはずだったと考えられ、
オリジナルアルバムの制作もその一貫だったのだろう


私はこの頃、TMのアルバムレコーディングが計画されていたが、
10月末の「Castle in the Clouds」リリースの頃には、
その予定がすでに狂い始めていたものと推測する


magenetica会報などからこの頃のウツのスケジュールを見ても、
10月以後年内は数回の「Castle in the Clouds」プロモーション以外活動がない
これがソロ記念日の前後の本来のスケジュールとは考え難く、
何らかの事情でスケジュールが空いてしまった可能性が高い


木根のミニアルバム「ci è la musica」のレコーディングも、
おそらくこのことと関わっている
本作のレコーディングは10月に始まった
リリース日が12/21であることを考えるに、
レコーディングは11月中下旬まで行なわれたものだろう


木根は2002年のソロツアーを、
ソロ10周年記念日の12/2から、あえて半年以上前倒しして行なっていたが、
こうして空けておいた10・11月にソロレコーディングを行なったのは、
やはり本来のスケジュールと見るには不自然である


この時期のTMの予定を考えるために、少し後の活動まで視野に入れてみると、
「TM NETWORK tribute LIVE -UTSU&KINE’S Selection From TM Songs-」が注目される
このツアーは「TM NETWORK」を冠してはいるものの、
ウツ・木根とサポートメンバーが行なったもので、
要するに小室哲哉抜きで開催されたものである
2003/5/27から1ヶ月間かけて、全国6会場で8公演開催された
(後にZepp Tokyoの2公演が追加で発表され7会場9公演になる)
以下、少し話題を変えて、このツアーの開催の経緯を確認してみたい


木根の「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
木根は2003/1/29にハワイの小室を訪れて、
小室抜きでこのツアーを開催することに同意を得たとされている
木根が海外まで行って小室とTMの話をしたことは、
同時期に木根がweb上でも触れている


「tribute LIVE」の開催とそのスケジュールは、
2月半ばのウツ・木根のFC会報で発表された
この時にチケットのFC優先予約のお知らせも送られている
会報編集の時間も考えれば、ツアースケジュールは2月初旬には決定していなくてはならない
木根・小室会談が行なわれた1/29は、
ツアー開催の最終的決定を下すリミットというべきタイミングである


この時間軸を考えれば、木根が小室の承諾を得る以前から、
ツアー会場はすでに押えられていたと見ざるを得ない
(1/29の後の数日で会場を確保するというスケジュールは無理がある)
要するに1/29の会談は、小室の最終的な追認を得るための手続きであり、
計画はこれ以前から進んでいたのである


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
「tribute LIVE」の企画の始まりは、
TM20周年に向けてアクションを起こすべきというスタッフの意見だった
2002年年末のことだったという
magnetica会報からは、木根が12/18にM-tresの事務所で、
ウツとTM20周年の打ち合わせを行なったことが知られ、
年末のスタッフの意見が出たのは、おそらくこの時だろう


「新・電気じかけの予言者たち」によれば、
この件について年内に小室と相談していたが、
小室のスケジュールの調整ができないまま年越しを迎えた
そこで木根は小室抜きツアーを開催しようと考え、
年明け早々M-tresに来て、その意向を伝えたという
ウツは木根からこの案を聞いた時、かなり抵抗感があったが、
木根はウツを説得し、M-tresスタッフとともに構想を練り始めた


上記の筋書きを信じれば、
年末にツアー計画が出て、年始に木根が小室抜きツアーを決意、
スタッフは小室の同意を得ないまま会場を確保し、
1月末に木根が小室に会って追認を得た、ということになる


このスケジュールは不可能ではないとしても、
かなり急な印象はぬぐえない
またリーダーの同意を得る以前からツアー会場確保を始めるというのも、
通常のバンドならばありえない事態である


そもそも木根の言う筋書きは事実と見て良いのだろうか
木根がTMの動向の中で微妙な出来事について、
しばしば歪曲していることは以前触れたところである
小室抜きツアーの開催という異常事態について、
同様の曲筆が施されている可能性は考えるべきだろう


ここで注目したいのは、ウツがこのツアーの決定について、
少々異なるニュアンスで語っていることである
しかもそれは開催決定告知の直後であり、
2004年5月発売の「新・電気じかけの予言者たち」の1年以上前である

もともとこのあたり(「tribute LIVE」開催時期)にTMのツアーというプランも念頭にあったけど、小室が他の活動スケジュールや状況で、どうしても調整がつかないという結論が出てしまったんだ。そこで、今回リーダーの木根が、小室がいないからやらないということではなく何か方法はないか、という考えが出てきたんだよね。


スケジュールの都合で小室が参加できなかったこと、
木根を中心に小室抜きツアーを企画したことは、木根の発言に一致するが、
本来「tribute LIVE」と同じ頃(2003年5〜6月)にTMのツアーが企画されていたことは、
木根が触れていない点である


さらに遡って2002年10月後半頃、
ウツは「Castle in the Clouds」のリリースを踏まえた上で、
以下のように述べている

今回のリリースをきっかけに、TMはまた発信だなと思ってますけど、特に20周年にちなんだコンサートや新しい試みには力を入れていきたいですね。


ここでいう「20周年にちなんだコンサート」とは、
後の歴史を知っている者が見ると2004年の20周年ツアーかと感じてしまうが、
この時点でこれからの発信の一環として述べていることを考えれば、
2003年5〜6月頃のTMツアーだった可能性の方がむしろ高いのではないだろうか
つまり「Castle in the Clouds」制作の時点で、
TMはアルバムだけでなく全国ツアーも計画していたことになる


これら断片的情報からは、
ツアーの準備がいつから始まったのかはまったく分からない
だが2003年に小室抜きツアーの企画を立ち上げ、急遽会場を確保したと考えるよりは、
2002年の時点ですでに会場を確保していたと考えた方が、
はるかに理解しやすいと思う


たとえば2000年の「Tour Major Turn-Round」は、
開催5ヶ月前にはスケジュールがおおよそ決まっており、
同様のスケジュールならば5月開始のツアーの会場は、
2002年中には確保していなくてはいけない
2004年5月開始の「Double Decade Tour」も、
具体的な会場確保状況は不明だが、開催自体は2003年中に決まっていた


要するにTMのツアーが2003年5・6月頃開催予定だったのならば、
2002年中には会場が確保されていた可能性が高い
しかしこれが小室の都合で実現困難になってしまったため、
小室抜きで開催することを木根が立案し、
ウツと小室を説得したという流れが推測できる


そのように考えれば、
アクションを起こすべきとのスタッフの発言があった2002/12/18の会合とは、
実際には木根がいうようなポジティブなものではなく、
ツアーを中止にすべきかどうかの話し合いだった可能性が高い
中止にする場合、当然会場に対して一定のキャンセル料支払い義務が発生する
そこで木根は、小室抜きツアーを開催してこれを回避することを考えたのではないか


もちろん小室抜きツアーに変更する場合、
大規模な会場はキャンセルすることになっただろうし、
サポートメンバーの都合で日程の微調整は必要となっただろうが、
全会場キャンセルと比べれば、負担ははるかに小さかったと考えられる


なお12/24NHK FMの特番「TM NETWORKスペシャル」では、
中村貴子から翌年のツアーについて聞かれると、
小室は「(話題は)ちらほら出ていますね」と言った上で、
「どうなんですかねえ、ツツジ…紅葉?」と言って、曖昧な態度に終始した
小室の消極的な様子がうかがえる


「tribute LIVE」について注目すべきは、
2003/2/16〜23の「Live Epic 25」の会場のチラシで、
初めて開催が告知されたことである
「tribute LIVE」のチケットは3/30以後各会場で一般向けに発売されたが、
ウツ・木根のFCではその前から優先予約が始まった
そしてさらにこれとは別枠で、
「Live Epic 25」参加者に配布されたチラシで、
来場者限定で優先予約の電話番号も告知された


TM20周年へのウォーミングアップを宣伝するには、
たしかにEPIC世代が集まる「Live Epic 25」は格好の場である
「Live Epic 25」の企画は夏には始まっていたから、
メンバーが活動のスケジュールを立てるに当たり、
早くから念頭に置いていたとしても不思議ではない


ならば「Live Epic 25」会場での告知は、
TMツアーとして計画されていた段階で、すでに予定されていたものかと思われる
ウツ・木根FCの会報発行も「Live Epic 25」とほぼ同時だったから、
日程発表のタイミングとしてはベストだった


ここまでで検討したところでは、
本来のスケジュールに関して推測されるところは、
以下の2点である

・TMは2002年10・11月頃に、アルバムのレコーディングを始めるはずだった
・TMは2003年2月半ばに全国ツアーの日程を発表し、5〜6月頃に実施する予定だった


ここで私は、以上の推測にさらなる推測を重ねたい
それは上記のアルバム制作と全国ツアーが一連のものだった可能性、
すなわち2003年の全国ツアーはアルバムツアーだったという可能性である


これは必ずしも積極的な根拠があるわけではないが、
そもそもこれまでのTMの全国ツアーは、
デビュー以来すべてアルバムリリースに連動して行なわれてきた
この時だけアルバムと無関係のツアーが予定されていたと考える方が不自然だろう
だとすればこのアルバムは、
ツアーが開催される5・6月頃までにはリリースされる予定だったはずである


また先に見たように、私はこのアルバムの制作は、
本来10・11月頃に開始されるはずだったと推測している
その予定が遅延してからの計画は、当時のウツ・木根の発言からうかがえる


たとえばウツは10/26「玉川美沙 Bravo!」(TBSラジオ)で、
12月にはレコーディングに入らないと4月にTMの新作を出せないと述べ、
11/9「雄冶・ナイクのSaturday Nice Try」(TBSラジオ)では、
木根が春にアルバムを出したいと述べたという
(これらについて詳しくご存知の方、情報いただければ幸いです)


ウツの言う新作について、
12月レコーディング開始で4月リリースという間隔から判断すれば、
シングルではなくアルバムと見るべきである
木根の言う春のアルバムと同じことを言っていると見て良い
おそらくレコーディング開始が10・11月から12月に変更され、
それに伴いリリース予定日も遅く設定し直されたのだろう
もしも10・11月にレコーディングが始まっていれば、
2・3月頃にはアルバムがリリースできていたはずである


これ以前、2000年のレコーディングを見るに、
8〜9月に先行シングル「Igintion, Sequence, Start」が制作され、
9〜11月にその他の曲がレコーディングされた後、
12月にアルバム「Major Turn Round」がリリースされた
この例では先行シングル制作開始から4ヶ月、
アルバム曲制作開始から3ヶ月後のタイミングでアルバムがリリースされている
このペースでレコーディングができれば、
10・11月制作開始、2・3月リリースは十分可能だし、
それならば2月の「Live Epic 25」でも宣伝できただろう


しかしアルバム制作開始は12月に変更された上、それすら実現しなかった
こうした中で木根は、せめてシングルだけでもリリースしたいと考えたようで、
年始に発表された(おそらく年末の)インタビューで2003年の活動を聞かれた時、
以下のように述べている

TM NETWORKとして、03年春ぐらいにシングルを作って、そのあとアルバムがあってライブができたらいいなっていうのは、3人のなかにあります



以上の過程を整理して見れば、2003年のリリース計画は、

2月頃アルバム(9月以前)→4月頃アルバム(10〜11月)→できれば春にシングル(年末)→すべて中止


という形で後退し続けたと推測できよう


以上の経緯を踏まえて考えれば、12/18のウツ・木根の打ち合わせは、
アルバムリリースの中止を前提として、
確保済みのツアー会場をどうするか相談したものと考えられよう
また逆に、ウツ・木根がしばらくアルバム制作にこだわったのは、
ツアー会場を確保していたという事情もあったのかもしれない


このように考えた場合に改めて注目されるのが、
音源集「キヲクトキロク」のリリースである
本作のリリースは11月初頭に発表され、翌年2/5にリリースされた
10月下旬にはリリースが決定されていたものだろう


これまでの考察に従えば、
10月の時点でアルバムリリースは4月を目標とするようになっており、
2002年度(2002年4月〜2003年3月)にはアルバムリリースができなくなっていた
これを受けて「キヲクトキロク」の年度内リリースが、
代替措置として急遽決定されたのではないだろうか
要するにかつて2000年3月のアルバムリリースが中止された代替として、
ベスト盤「Best Tracks」がリリースされたのと同じケースということである


もっともオリジナルアルバムと比べれば、
寄せ集め音源集に過ぎない「キヲクトキロク」の価値の低さは明らかだった
そのため小室は年度末になって、
駆け込みでR&Cから次々と新商品を企画する


2/26のライブアルバム「TK Presents Synthesized Trance vol.2」リリースは別枠だろうが、
年明けにはR&Cからの「Piano Voice」「Piano Wind」(さらにavexから「Piano globe」)リリース(2003/3/19)が告知された
一部新曲もあるものの、過去曲をピアノで演奏しただけのものや、過去のインスト音源そのままのものも含む、なんとも中途半端な作品である


さらに同じ頃、3/26の「Tm Network トリビュート アルバム」のリリースも発表された
この企画は1月中に中止されたが、
HMVのサイトには現在も本商品の痕跡が残っている


同サイトには以下のような商品説明が見える
おそらく急な企画だったため、参加ミュージシャンが集まらず、
企画が中止になったのだろう

レア音源に続いてTM NETWORKのトリビュート盤が発売します!詳細はまったく未定ながら、若手のアーティストを中心としたトリビュート盤となりそうです。


これらの間に合わせ企画は、
「キヲクトキロク」と同様にTMのアルバムが年度内にリリースできなくなったことの埋め合わせだろうが、
本当にがっかりする仕事ぶりといわざるを得ない


以上のように考えた場合、2002〜03年のTMのリリース計画は、
以下のように推移したことになる

1. 2002年9月以前:2002年度内にシングル・アルバム発売、2003年度にTMツアー
2. 2002年10・11月:2002年度内にシングルと音源集発売、2003年度にアルバムとTMツアー
3. 2002年12月:アルバム制作の中止決定とTMツアー中止の検討
4. 2003年1月:TMツアーの代替として2003年「tribute LIVE」開催


さらにこの前にはもう一段階あった
2002年1月時点で予定されていた秋のリミックスアルバムリリースである
これは5〜6月頃まではメンバーが発言しているが、その後言及されなくなる
おそらく7〜8月頃に「Castle in the Clouds」の制作スケジュールが固まる中で、
リミックスアルバムを秋に間に合わせることが難しくなり、
年度末のオリジナルアルバム計画に変更されたのだろう


以上の推測が正しいものだとすれば、この頃のTMは、
リミックスアルバム・シングル・オリジナルアルバム・全国ツアーの内、
シングル以外はすべて遂行できなかったことになる
「キヲクトキロク」「tribute LIVE」などは、
本来の計画の残骸か間に合わせの企画だった


この間小室はほとんどTMに関わっておらず、
「tribute LIVE」は完全に木根主導だった
この活動計画の後退は、小室の都合によるところが大きかったと見るべきだろう
その始まりが2002年10〜11月頃にあるとすれば、その背景は推測できる
小室の結婚である


小室とKEIKOは11/22に挙式することを10/6に発表した
以前述べた通り、式の日取りは細木数子が語呂合わせによって決めたものだった
つまりこの日程は、他のスケジュールとの調整を経て決まったものではなく、
この日しかないと言う形で決められたものである
それは当然、以前から決まっていたスケジュールの一部に変更を要求することになっただろう
これがTMのレコーディング日程変更にもつながったものではないか


さらに小室は12月に入ると、新婚旅行を兼ねてハワイに旅立ち、
以後断続的に日本に帰国しながら、
翌年2月にかけてロスアンゼルスおよびハワイで、
ピアノアルバムおよびglobeのアルバムの制作に入った
これらの制作は帰国後も続き、3月初めまでかかった


この間、TMのレコーディングが行なえるはずはなかった
木根がハワイまで「tribute LIVE」開催の許可をもらいにいった1/29は、
このglobeのレコーディングの最中のことだった


小室がTMの全国ツアーへの参加を拒否した理由として、木根・小室は、
2003/7/9に予定されていたglobe東京ドームライブに専念することを挙げている
TMツアーは6月終了予定だったから両立は可能なはずだが、
あえてTMを詰め込むほどの動機はなかったものか


要するに2002年10〜11月以後TMのために確保されていたはずの日程は、
すべてglobeの活動に置き換えられてしまった
なぜ小室がこのようなことをしたのかはよく分からないが、
新妻KEIKOに晴れ舞台を用意するために、
全力をglobeに捧げようとしたのかもしれない


ただ音楽的な問題として、
そもそも小室がTMでやるべきものを見出せていなかったこともあるのかもしれない
本記事冒頭のコメントにある通り、
小室にとって「Castle in the Clouds」は、
反響を得るための「テスト」としての側面があったが、
手応えはあまりよくなかったのではないだろうか


小室は後に「Castle in the Clouds」について、
「メンバーには申し訳ないなと思いますけど、TMの立ち位置をどこに寄せるべきか、位置づけをとても悩んでいた時期でした」と述べている
何をすればよいか分からないTMよりは、
トランスという方向性は決まっていたglobeの方が、
小室としては手が付けやすかったと見ることもできる
またライブMC中の発言なので割り引いて聞くべきだろうが、
TMでトランスをやることについては、木根が難色を示していたらしい


キャンペーンソングにおける80年代の再現、
言い換えれば懐メロJ-POP路線というオファーは、
一つの可能性ではあっただろう
ただそれは小室の音楽的動機を刺激するものではなかった
「Castle in the Clouds」の中途半端な仕事ぶりは、
その反映なのだろうと思う


小室が2002年にこのような状態でTMを動かしたのは、
一つにはウツ・木根やスタッフ・ファンから、
再結成したからには一定の周期で活動しなくてはならないという圧力を受けていたからだろうし、
またより大きい要因としては、
業績不振だったR&Cから成果が見込まれる作品のリリースが求められていたこともあったのだろう


言うなれば「Castle in the Clouds」は、
ミュージシャンとしての動機とは別のところで、
仕事として作った作品という性格が強い
この延長上でのアルバム制作が実現しなかったのも、
さらに全国ツアーに参加する意欲が湧かなかったのも、
一言で言えば機が熟していなかったということと思う


以上、本章はこれまでにないほど推測を交えたものになったが、
この推測に従えば、TM20周年への道のりは、
極めて不穏な形で始まったことになる
それはあたかも、「終了」という結末で終わったTM10周年に向けた活動にも似たところがある


たとえば1年以上TMの活動を休止した後、
世間の反応を見るためにパイロットシングルを1枚だけ出すも、
これに続くアルバム制作を放棄して別ユニットに専念するという過程は、
偶然ながら1993年の動向と驚くほど類似する
TM20周年に至る動向を10周年の時と比較して、
対比的に図式化すれば、以下のようになる

・1993「一途な恋」不振 →アルバム制作を中止しtrfへ
・2002「Castle in the Clouds」不振 →アルバム制作を中止しglobeへ


さらに言えば、1993年には「一途な恋」の前に、
リミックスアルバム「Classix T・U」がリリースされているが、
2002年にも当初は「Castle in the Clouds」の前に、
リミックスアルバムがリリースされる予定だった
影響関係があるわけではないが、不思議な一致である


もっともTM10周年の時には直前にtrfが成功を収め、
TMNが「終了」することになったのに対し、
20周年の時にはglobeが失敗したことで、
TM20周年は無事遂行され、「再終了」も行なわれなかった
これはTMファンにとっては幸いなことだったようにも見える


だが別の見方をすれば、TMN「終了」が小室の成功の結果であるのに対し、
TM20周年の実現は小室の失敗の結果だったとも言える
その意味でTM20周年に向けて展開された活動は、
「終了」以上にネガティブな要素にまみれたものだったと言うこともできるだろう

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7-7 Live Epic25

2018/07/10 19:38
6/27「Tetsuya Komuro Archives」がリリースされました
T盤は3位→9位、K盤は4位→10位で、
これまでそれぞれ4.2万枚・4.1万枚を売っています
最後ということで、ソロとしてはこれまでにない売り上げになりました


リリースの前後には、各処のラジオ番組で小室哲哉特集が組まれました
小室さん自身が出演できないから、ラジオに集中したのでしょう
テレビでは、7/7に日本テレビ「The Music Day 伝えたい歌」で、
華原朋美・鈴木亜美・TRF・hitomiによる小室ソングメドレーが披露されました
ニコ生でも6/27にアルバムの特番が組まれ、
木根さん、浅倉さん、DJ KOOさん、Marc Pantherさん、Def Willなど、
小室さんと縁の深い方々もゲスト出演したそうです


東京では、6/26から小室さんの機材が展示されました
タワーレコード新宿店ではDJ LIVE仕様、
タワーレコード渋谷店ではショルダーキーボード、
SHIBUYA TSUTAYAではTM NETWORK仕様で展示されたそうです
好評だったためか、当初7/2までとされていたのが、7/9までに延長されました
さらに7/2からは渋谷駅でアルバムの壁面広告も掲示されています
小室さんがこんな扱いをしてもらえるなんて、もう最後でしょうねえ…


これまですっかりスルーしてきましたが、
「Tetsuya Komuro Archives」リリースと同日の6/26には、
小室さんプロデュースのDef Willが、
1stアルバム「Def Will」をリリースするとともに、解散を発表しました


実は本作には小室さんの新曲が2曲入っており、
「Tetsuya Komuro Archives」収録曲とともに、
歌モノでは最後の新規音源となります
アルバムを出してから解散しようということだったんでしょう
今までは全部デジタルシングルで、
CDは1枚もありませんでしたしね


Def Willは本当に鳴かず飛ばずでしたが、
1stシングル「Lovely Day」なんか聞く限り、
今の若い人に届く音を作ろうとしていたんだろうなあとは感じます
(私は好きじゃないですけど)
病状悪化のタイミングを見るに、小室さんが自信を失う前提として、
globe20周年とともに、Def Willの失敗もあったんだと思います


さらに正式なアナウンスはまだ出ていませんが、
8/31公開の映画「SUNNY 強い気持ち・強い愛」のサウンドトラックが、
8/29にリリースされるようです
劇中で使われる90年代TK楽曲と劇伴のインストが入るのでしょうか
小室さんの新作は、これで最後となるかもしれません
あとあるとすれば、「ガーディアンズ」の音源集でしょうか
多分11/27の誕生日のあたりで、
また記念商品など出すんじゃないかと推測はしていますけど


リットーミュージックからは、
「Tetsuya Komuro Archives」リリース日に合わせて、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」が発売されましたが、
さらに今月からは、ウツFC会報「Magnetica」のvol.73〜88(2012〜17年分)の電子書籍版が、
「MAGNETICA archives」19〜22として配信されます
vol.72まではTM30周年の時に配信されていたのですが、その続きですね
「Tetsuya Komuro Interviews」のついでというところでしょうか
この際、昔の小室FC会報とか木根FC会報も電子書籍化してしまえば良いと思います


木根さんは7/18、日本テレビ「1周回って知らない話」出演します
またいつものエアギターネタと、TMは多摩ネタを披露するのでしょうか
Marc Pantherも共演するようなので、TKネタは入れてくると見て良いと思います
しかしTMの木根さんとglobeのMarcてよく対比されていましたが、
本当に同じ立ち位置になりましたね…


最後に、7/5発売の「文芸春秋」に、
小室さんの引退会見のほとんどが虚偽であるという記事が掲載されました
1月の小室さん不倫報道が叩かれたため、仕返しのタイミングを待っていたのでしょう
ベスト盤リリースが話題になる時を狙ったのもあるでしょうが、
この号を最後に編集長が変わるそうなので、
編集部の怨恨を晴らすべく(完全に言いがかりですが)、
ギリギリまでネタ集めをしていたのだと思います


本誌に便乗したネット記事やそれらへのネットの反応については、
魚類の脊髄反射並みのリテラシーの低さにいささか驚いていますが、
冷静に見ればやっかみにしかならない「週刊文春」の低劣な小室批判は、
多分そのミスリードを誘う書きぶりも含め、
世論を刺激すること自体を目的として自覚的にやっているのでしょうから、
ここで逐一変なところを指摘しても意味はないでしょう


ただ一つだけ誤解が広まっている感があるので指摘しておくと、
無料の文春オンラインの予告記事には、
「知人から提供されたKEIKOの近影と共に、本人の「ファンへのメッセージ」が寄せられた」
とあり、あたかもKEIKO本人がこの件の告発に関わっているかのように書かれています
また本記事には、怒りのコメントを寄せたKEIKOの「親族」2人も情報源として登場します
どうもここらへんから、
KEIKOさんの関係者が小室さんと対立しているように思っている人が少なくないようです


そこで記事本文を読んでみると、
文春記者はこの「親族」「知人」のコメントを取った上で、
KEIKO実家に行って親に会いましたが
「申し訳ありませんが、取材にはお応えできません」と言われただけでした
結局KEIKOから「ご心配いただき、ありがとうございます。私は元気です」という、
当たり障りのないコメントのみを得て、記事を締めています
記事にKEIKOとその家族が登場するのは、この部分だけです


要するに今回の情報を提供した「親族」は、
KEIKOと同居している家族とは別人であり、
KEIKOやその家族とは別に動いている人たちです
KEIKO実家との連絡はあるでしょうが、
事の全容を知っていたり、利害を同じくする人である確証はありません


記事にはKEIKOの生写真を記者に提供した「知人」も登場しますが、
提供を了承したのは「親族」とされています
より実態に即して言えば、「親族」が「知人」に提供をお願いしたのでしょう
KEIKO本人の了承を取っていないのは、
KEIKOに法的責任能力がないことも関わるのでしょうが、
いずれにしろやはりこの告発は、KEIKOの意志とは無縁と考えられます


これら素性の怪しげな人々の情報は、
いずれも信頼に値するものではありません
少なくともKEIKOやその家族がどう考えているのかは、
現状の情報ではまったく分からないとしか言えないでしょう


家族ではないのに口を出してくる「親族」の狙いは、
ネットニュースレベルの想像なら色々できますが、
(離婚時に後見人としてKEIKOに慰謝料を多く取らせてたかろうとしているとか)
所詮無責任な想像しかできませんし、
他人が下世話に首を突っ込むことでもないだろうと思います


もっとも報道直後には、
オウム関係者死刑執行とか西日本の記録的豪雨とかいろんなことがあり、
この報道はあまり話題にもなりませんでした
私怨のある文春は食いつき続けるかもしれませんが、
多分すぐに風化すると思っていますし、実際にもうしている感じです


小室さんを叩いている人もいますが、
これらはもともと小室さんが嫌いな人か、騒ぎたいだけの人でしょうから、
放置しておけばよいことでしょう
ただこれが原因で小室さんのストレスがまた悪化したりしないかなあ…
と心配にはなります
実際に一部ゴシップ誌は取材に押しかけたりしているようです


では本題に入ります

-----------------------
2002〜03年のTM NETWORKは、80年代回顧の傾向が強かった
もっともこれは必ずしもメンバー自身が目指したものというわけではなく、
たとえば2002年活動再開時の新曲「Castle in the Clouds」が80年代風になったのは、
タイアップ元の吉本および日本テレビ側の意向によるものだった
世間的にTMに求められているのが80年代風のものだという、
業界側の読みもあったのだろう


この流れが最終的にたどり着いた先が、
2003年の「tribute LIVE」だったとも言えるが、
その間にもう一つ、80年代回顧の流れを作ったものに、
今回取り上げる「Live Epic25」がある


TM NETWORKは1983年にEPIC/SONYと契約して以来、
長くSONY所属のミュージシャンとして活動しており、
1999年の再始動においても、
その作品はSONY傘下のTRUE KiSS DiSCからリリースされていた
しかし2001年SONYによる小室専属契約の解除、
およびウツ・木根のROJAM移籍により、TMはSONYとの関係を清算した


TM NETWORKに限らず、
80年代の邦楽界を沸かせたEPIC/SONY所属ミュージシャンは、
21世紀に入る頃には多くが活動を停止したり、移籍したりしていた
すでにEPIC/SONYのレーベル名も無く、
1998年にEPIC Recordsと改称されていた


しかしそうした現実のレーベル所属関係とは別に、
かつてEPIC/SONY時代の黄金期を築いたスタッフたちによって、
イベントを開催しようという動きも立ち上がった
2003年は、1978年のEPIC/SONY立ち上げから25周年の節目だったため、
これを記念するライブイベントを行なおうというのだ


これが「SUNTORY presents EPIC RECORDS JAPAN 25th ANNIVERSARY “Live Epic25”」である
2003/2/16に大阪城ホール、2/22に代々木体育館で開催とされたが、
反響が大きかったためか、
後に2/23代々木体育館公演も追加発表された
動員数は合計3万人というところだろうか


この企画が立ち上がった背景には、
EPIC/SONY設立者丸山茂雄の去就があった
丸山は1998年2月から、
SMEJ (SONY Music Entertainment (JAPAN) Inc.)の社長を務めたが、
2000年12月にこれを退いた
2001年4月からはSCE (SONY Computer Entertainment Inc.)の会長を務めたが、
翌年7月に70歳でこれも退任したことで、
SONYでは一線から退くことになった


関係者はこれに合わせて、
丸山に感謝の意を表するイベントを開催しようと考え、
かつてのEPIC所属ミュージシャンに声をかけた
この企画は早くから計画されていただろうが、
丸山のSCE会長退任頃から本格的に動き出したと見られる
2002年8月末には開催が発表されたが、
この時点では大江千里・大沢誉志幸・佐野元春・TM NETWORKの出演が予告されていた


TMは言うまでもなく、デビュー当時から丸山にお世話になった身である
またイベントの幹事は、かつてのTMの映像監督坂西伊作だった
2002年時点で現役で活動している旧EPICミュージシャンを代表する一組として、
TMは当初からノミネートされていたに違いない
なお音源集「キヲクトキロク」のリリース日が2003/2/5に設定されたのは、
2週間後の本イベントでの宣伝効果も考えてのことだろう


本イベントはサントリーが協賛についた
そのためサントリーはこのイベントに関連して、
「サントリードリームキャンペーン」を行なった
モルツビールなどサントリーのビール・発泡酒についている応募券6枚を集めて応募すると、
抽選で3000名を「Live Epic25」に招待し、
5000名に企画版アルバム「EPIC25 1980〜85」「EPIC25 1986〜1990」をプレゼントするというものである
応募期間は2002/9/20〜11/30とされた(消印有効)


ここで企画版「EPIC25」も含むEPIC 25周年企画についても触れておきたい
まず有料音楽チャンネルviewsicでは、
2002年11月から2003年3月にかけて「Live Epic25」と前後して、
かつてEPIC/SONYが制作した音楽番組「eZ」が再放送された
TMや小室哲哉の出演回も放送されている


同番組のTM・小室出演分については、
2010年代に様々な商品に分散して収録されたが、
この頃はまだほとんど商品化されていなかった
当時ビデオ録画できなかったファンには貴重な機会だったはずだ


SONYの企画版アルバムとして、
上記「EPIC25 1980〜85」「EPIC25 1986〜1990」もリリースされた
80年代EPICの代表作を各15曲、計30曲集めたものである
2002/11/20に同時リリースされ、
それぞれ50位・18508枚、47位・20171枚を売っている
なお両作には「Live Epic25」優先予約ハガキが封入されていた


TM作品からは、前者に「金曜日のライオン」、後者に「Get Wild」が収録された
「Get Wild」はともかく「金曜日のライオン」が80年代EPICを代表する30曲に選ばれたのは、
かなり意外である


もちろんこれは1980〜85年という縛りがあるからだが、
そもそもこの縛りの中でTMが入れてもらえたのは、
当時における一定のTMの存在感を示してもいよう
なお2枚とも曲が収録されているミュージシャンは、
佐野元春・ラッツ&スター・大江千里・渡辺美里・バービーボーイズ・TMの6組である


さらに2003/1/1には「The Legend」と題して、
旧EPIC/SONY所属ミュージシャンのベストアルバム11枚が、
完全限定生産でリリースされた
またこれと同日には、
「EPIC25」「The Legend」に収録されなかった曲を集めたコンピレーション版として、
「EPIC25 Special Edition」もリリースされた


「The Legend」をリリースしたのは、
大江千里・大沢誉志幸・小比類巻かほる・佐野元春・The Street Sliders・TM NETWORK・バービーボーイズ・松岡英明・The Mods・ラッツ&スター・渡辺美里の11組で、
シークレットゲストを含む「Live Epic25」出演者と同じ顔触れである


この中でTMとバービーボーイズは、
3年前にもSONYの企画ベスト「STAR BOX」をリリースしており、
(特にTMはTM NETWORK名義とTMN名義の2枚)
他のミュージシャンもたいていは複数のベスト盤がすでに存在したから、
多くは記念品以上の意味は持たなかっただろう
ただThe Street Slidersは、おそらくこれが唯一のベスト盤である


TMについては珍しい音源が入っているわけでもないので、
今から入手する必要はまったくない
なおTM盤には、なぜか1987年までの楽曲しか収録されていない
後述のファン投票でも対象曲は1987年以前である
1987年以前という縛りでもあったのだろうか


当時のチャートでベスト300圏内に入ったのは6組で、
初動は美里89位・TM96位・バービー100位・佐野118位・千里230位・Mods300位だった
TMは美里に次ぐ好成績だったことになる
ただ2週目、バービーは82位、美里は87位、佐野は98位に上がったのに対し、
TMは110位に落ちており、
総売上もこれら3組に次ぐ4番目(1.1万枚)となった
「STAR BOX TM NETWORK」の8位・8.9万枚と比べると、
企画としてもかなり小規模なものだったことが分かる
なお「The Legend」中で一番売れたバービーボーイズは1.5万枚である


本題の「Live Epic25」に話を戻そう
最終的に本ライブ開催前の告知で出演するとされたのは、
鈴木雅之・大沢誉志幸・小比類巻かほる・大江千里・The Mods・バービーボーイズ・TM NETWORK・渡辺美里・佐野元春の9組だった


これらのミュージシャンたちは、各3〜4曲を演奏した
当初は出演ミュージシャン1組当たり4〜5曲を演奏するとされていたが、
曲数の減少は出演者が増えたことによるのだろうか
演奏曲は合計34曲に及び、公演時間は4時間近くとなった


SONYは本ライブ開催に先立ち、
公式サイトで各ミュージシャンの演奏希望曲の投票を行なった
1位の曲は必ず演奏するとの触れ込みだった
TMの最終的な1位は把握していないが、
中間発表1位は「Self Control」で、
ライブ本番でもラストはこの曲で締めている


バービーボーイズはこのイベントのために再結成した
参加者中で唯一日替わり曲を用意したほどの気合いの入り様だった
ただライブ映像の商品化は拒否したため、
後日発売されたDVDにはバービーの出演部分は収録されていない


鈴木雅之は桑野信義・鈴木聖美との共演もあった
鈴木はEPICでの経歴を考えれば、
ラッツ&スター(またはシャネルズ)での出演が望ましかっただろう
「The Legend」もラッツ&スター名義でリリースされている


だがメンバーの一人である田代まさしは、
覗きと覚醒剤所持で2001年に逮捕されたことで、
この頃は芸能活動を中止していた
おそらくこのため、ラッツ&スターでの出演は叶わなかったのだろう
ただし鈴木はシャネルズ「ランナウェイ」や、
ラッツ&スター「め組の人」「ロンリー・チャップリン」を歌っており、
自己紹介でも「こんばんは、ラッツ&スターです」と挨拶している


同様の問題があったのが岡村靖幸である
当初は岡村も本ライブへの出演が告知されていたのだが、
その後出演がキャンセルされた
その理由は公式には発表されていなかったが、
この頃岡村が覚醒剤所持で逮捕されていたためだった


ライブ当日はその代役として、
松岡英明が出演して1曲だけ演奏した
「The Legend」には岡村がなく松岡が入っているが
このラインナップも、急遽差替えられたものだろう


当日のサプライズゲストとして出演したのが、
元The Street SlidersのボーカルHARRY(村越弘明)で、
The Street Slidersの「風が強い日」を歌った


「The Legend」にThe Street Sliersがあることを見るに、
HARRYの出演は早くから決まっていたものだろう
The Street Slidersでの出演を希望する者は多かったはずだが、
彼らはすでに2000年を以って解散しており、
HARRYのみの出演となったと考えられる


この他も旧EPIC/SONY所属ミュージシャンは少なくない
たとえばDreams Come True、エレファントカシマシ、Chara、東京スカパラダイスオーケストラなどは、
出演すればそれなりに盛り上がったと思われる


だがおそらくこの時は、
レーベル初期に当たる80年代半ばまでのデビュー組に限定し、
特定のファン層にアピールする布陣にしたのだろう
それは企画版「EPIC25」が、
1980〜90年を対象としていることからもうかがえる


なおスムーズな進行を心掛けたためか、
サポートミュージシャンは複数の出演者で共通とされた
(The Modsやバービーボーイズなどバンド編成の出演者は別)
TMの時には、ギターに佐橋佳幸・葛城哲哉、
ドラムに江口信夫がついた


2/10には全出演者が集まってリハーサルが行なわれた
しかし小室はglobeのレコーディングでハワイにおり、
リハーサルはウツと木根のみとなった
TM揃ってのリハーサルは、2/16大阪公演の直前のみである
仕方ないことではあるが、
「小室のみ欠席」状態はこの頃から常態化していく


出演順を見ると、ライブでトリを務めたのは、
EPIC/SONYを隆盛に導いた立役者佐野元春だった
その前を担当したのが渡辺美里である
これは80年代EPIC/SONY最大の売上を誇った点からも妥当だろう


そしてその前が、TM NETWORKである
松岡・HARRYを含む11組中で最後から3組目という位置は、
やはりTMの存在感を示しているのだと思う
さらにいえばこの時点でSONYに在籍していないミュージシャンの中では、
一番の扱いだったとも言える


TMの前の出演者は本イベントの目玉バービーボーイズであり、
その前はサプライズゲストのHARRYである
この辺りからが終盤の盛り上げ所というところだろう
なお会場スクリーンでは、バービーボーイズ演奏前に1980〜87年の映像が流れ、
演奏後に「eZ」から1988〜92年の映像が流れた
これはバービーの時だけステージのセットを変えたためらしい


「eZ」の映像が終わると、TMの出番である
オリジナル版「Be Together」のイントロが流れ、
スモークの中でステージ中央の奥からTM3人が登場
小室と木根は走って持ち場まで移動し、
ウツはイントロに合わせてゆっくり歩きながらマイクスタンドまで移動する


木根はベージュのジャケットをTシャツの上に羽織っている
ウツはシャツの上にスカーフを巻き、
黒地に青の模様の入ったジャンパーを羽織る
ウツの衣装は、正直なんだこりゃ?と思う
小室はTシャツの上に上着姿だが、
日によって着ている服が違ったらしい



「Be Together」間奏の小室シンセは、
特殊なエフェクトが掛けられているが、
基本的にオリジナルバージョンでの演奏である
この曲では木根と葛城が並んでギターを演奏するなど、
TMファンには嬉しい演出もあった


なお小室はこのライブでヘッドフォンを付け、
ミキシングコンソールの操作も行なった
これはglobeのトランスライブのスタイルを受け継いだものか
これをTMに持ち込んだのは、おそらくこの時が初めてだが、
このスタイルは翌年の「Double Decade “NETWORK”」でも採用される


2曲目は「Get Wild」
イントロでは小室に照明が当てられ、
シンセでジャジャジャと「GeGeGeGeGeGeGeGet Chance」のサンプリングボイス連打
曲の最後は、キュイキュイというシンセ音が継続的に入っている
この音は「Double Decade “NETWORK”」でも使われた
また会場によっては「ゲワーイゲワーイ」のサンプリングボイスも入った
このサンプリングボイスは、多分この時だけと思う


曲が終わるとともに火薬特効
そしてウツMC(以下2/23)

どうもこんばんは。TM NETWORKです!(ぺこり)
びっくりしていないですか?(火薬の件)
このツアー(?)にかなり心臓が弱い人がいるんで、かなりきついみたいなんですが。


木根胸を抑えながら、「ちょっと痛いです」
ウツ、笑いながら話を続ける

EPIC25周年、おめでとうございます! Yeah!
EPICは25周年、そしてですね、TMもほとんど近いですね、来年20周年!


これを受けて木根

20周年を迎えることになりました。
それに向けてね、一つ一つまたぼくらも頑張って行こうと思っていますけども。


ウツ「ですね」
この間、ウツと木根の2人だけでMCが進む
小室はヘッドフォンをしながら、次の曲のイントロの準備


木根のMCは続く
「でも、関係ないけどいいですか?」
ウツ「どうぞ!」
木根「今一つ、戦争をしようとしている指導者たちに言っておきたい一言、「Self Control」ですね」
会場ウォー!


シンセソロで「Self Control」イントロスタート
間奏のフレーズを荘厳な音で手弾きする
アレンジは「Log-on to 21st Century」の時と同様、
「Fanks Cry-Max」の始まり方である
なお2/22には、ウツが冒頭から歌詞を大幅に間違えた


以上の3曲がTM演奏曲となる
おそらくこの組み合わせは、
当時一般客にもっともアピールしそうな曲を、
80年代楽曲から選んだものだろう
この時点ではさほど特別な意味はなかったと思う
実際に直後に行なわれた「tribute LIVE」では、
「Be Together」はセットリストから外されている


だがこの組み合わせは2004年「Double Decade “NETWORK”」以後、
TMのライブ定番曲として固定化し、
2008年に至るまで、すべてのTMライブおよびtribute LIVEで、
この3曲は必ずセットリストに入るようになった
(ただし日替わり曲の場合もあり)
2012年「All That Love」「incubation Period」でも同様である


このように3曲の存在感が高まる契機は、
「Live Epic25」の選曲にあったように思う
私は当時「Self Control」「Get Wild」「Be Together」の3曲を、
TMライブマンネリ化の象徴として、
ライブ定番3点セットと心の中で呼んでいた
もちろんそれは「Live Epic25」の問題ではなく、
後にそれを固定化させたメンバー・スタッフの問題だったのだが


話を「Live Epic25」に戻そう
「Self Control」の演奏が終わると、
ウツは「どうもありがとう!」と述べ、3人は退場した


その後は渡辺美里である
最初は「きみに会えて」だが、
この時作曲者の小室も登場し、グランドピアノを演奏した
続く「My Revolution」でも小室はピアノを演奏した
以上2曲が終わると、
美里は「哲ちゃんサンキュー!」と言って小室と握手
小室はここで退場した


美里はこの後さらに、
「恋したっていいじゃない」「10 Years」を演奏して退場した
続いてトリの佐野元春は3曲を演奏し、
その後にTMを含む全出演ミュージシャンをステージに呼んだ
そして丸山茂雄に感謝の意を述べた後、
参加者全員で佐野の代表曲「SOMEDAY」を演奏した


楽器担当者はその楽器を演奏し(木根はギター)、
ボーカリストはコーラスや手拍子・タンバリンを担当した
ウツはタンバリン、小室はギターを弾いた


以上でライブは終わった
最後には出演者の紹介が行なわれ、ステージに幕が下りた
エンドロールでは当日のライブのダイジェスト映像が流された


なお本ライブは2/23公演の一部は、
5/7NHK BSの「スーパーライブ GOLDEN 80's 〜あの頃音楽は輝いていた〜」や、
5/21NHK BS2「スーパーライブ 「あの日、僕らの青春時代」 〜時を越えた80年代サウンド〜」で放映された


さらに8/20には、2枚組のライブDVDもリリースされている
ただすでに述べた通り、
DVDリリース告知当初はバービーボーイズも収録予定とされていたが、
その後当人たちの意見により収録は見送られることになった


実はTMについて見る場合、このライブについては、
会場で配布されたチラシも大きな「事件」だった
それは第七部のTMの一つの動向を導くものでもあったのだが、
これについては次章で触れることにしたい


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7-6 キヲクトキロク

2018/06/19 19:37
6/27リリースの「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」の収録内容について、
既発表のT盤・K盤に加えて、
6/19に9枚組BOXのボーナスディスクの内容も公開されました


T盤4枚・K盤4枚・ボーナスディスク1枚の9枚の内、
選曲は1990年代が中心で、全体の過半を占めています
ただ注目すべきはむしろ2010年代、
逮捕後の音楽活動再開期で、
いろんなところに提供していて入手が難しかった楽曲が集められています


私はこんなのあったの?て思ったのもありました
小室曲1曲のためだけにアルバムを買うのはためらわれた方には、
2010年代分を入手するだけでも価値があるかもしれません
もしかしたらこの選曲、
発売中止になった「JOBS#2」の残骸なのかもしれないです


未発表曲としては、K盤に梅田彩佳 「MY HISTORY」と、
Tetsuya Komuro feat. Beverly「Guardian」
ボーナスディスクの甲斐よしひろ「against the wind」が収録されます


「Guardian」は今後ゲーム関係の商品に収録される可能性もありますが、
他の2曲は多分この商品以外では聞けないものになるでしょう
なお 「MY HISTORY」は新曲、
「against the wind」は1999年頃にレコーディングされながら、
これまでお蔵入りしていた曲です


他に1980年、Missオレンジ・ショックの「愛しのリナ」あたりも、
一部のコアファンには嬉しいところでしょうか
郷ひろみとかtaecoとか、
単発TK作品を集めたい方にも重宝するかと思います


もっともTKファンには一定の意義はあっても、
TMファンには特に意味がある作品にはならなそうです
TM収録曲は「Self Control」「Get Wild」「Beyond The Time」「Seven Days War」「Get Wild '89」「Love Train」「I am」の7曲ですが、
ファンならだいたい持っているものでしょう
私としては、出費する必要がなくなったので安心しているところです


「TETSUYA KOMURO ARCHIVES」と同日には、
リットーミュージックよりTower Record限定で、
「Tetsuya Komuro Interviews Complete Edition 2018」発売されます
4860円です


これまでリットーミュージックからは、
2013年までの「Keyboard Magazine」「Keyboard Land」の小室さん記事を集めた電子書籍「Tetsuya Komuro Interviews」vol.0〜4、
2014年分の記事を加えて白黒印刷された「Tetsuya Komuro Interviews Complete」が発売されていましたが、
今回のはこれに2015年以後の記事を加えてカラー印刷にしたものです
これで3回目ですが、さすがにこれで完全版でしょうか
他の雑誌でもこういうの出ませんかね


ウツはソロ25周年のファイナルツアー開催が発表されました
9/21〜11/23の2ヶ月で11公演です
て、あれ、最終日にはすでに26年目に入っているんですが…


今回はT.UTU with the BAND名義でもU_WAVE名義でもない、
久しぶりのウツソロのバンドツアーです(2012年以来)
特徴的なのはバンド編成で、
ギターの西山毅さんの他は、
キーボードが土橋安騎夫さん、浅倉大介さん、nishi-kenさんの3人となっています
キーボード3人編成、何か特別な狙いはあるんでしょうか


木根さんはDVDと「2525ツアー」の宣伝か、
6/16にFM西東京の「WEEKLY MUSIC TOP20」に出演しました
また8/24にはかつしかシンフォニーヒルズ モーツァルトホールで、
渡辺美里さんのツアーにゲスト出演するとのことです
木根さん作曲の曲をやるんでしょうか
美里さん、少し前に「ribbon」の豪華版アルバムを出したので、
「さくらの花の咲くころに」あたりをやるかもしれません


それでは本題に入ります

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2002/10/31、シングル「Castle in the Clouds」がリリースされた直後、
TMのアルバムのリリースが11月初頭に発表された
「Castle in the Clouds」リリース前に決定していた企画だろう
アルバムのリリースは、翌年2/5とされた
当時のHMVのサイトの解説文は以下の通りである


80年代から90年代の音楽シーンを常にリードし、
現在活躍している多くのアーティストに影響を与えてきたTM NETWORK。
これまで決して裏側を見せることのなかった彼らが、
数々のヒットを世に出す中で、結局未発表を決心した楽曲や、
CDに収録されなかったリミックス、そしてああのヒット曲のデモまでを
当時のストーリーとともに世に送り出すことが決定!!
同時に彼らがより自由な音楽活動の場を求めて
インディーズレーベルよりリリースした楽曲も収録。
TMファンにとっては涙ものであり、それ以外にもかなり興味深い作品に
仕上がっています!詳細は分かり次第告知します!


上記にあるように、翌年発売予定のアルバムは、
未発表楽曲・未発表テイク・デモ音源に加え、
ROJAM時代の楽曲を収録するというものだった


この企画版は「キヲクトキロク〜Major Turn-Round」と題してリリースされた
DISK1の蔵出し音源集1枚と、
DISK2の「Major Turn-Round」を合わせた2枚組で、
3240円で販売された


TMのアルバムタイトルが日本語なのは、
2018年時点で史上これだけである
小室は後まで自らの栄光を振りかえる際に、
この「記憶と記録」という言葉を使い続けた
「Tour Major Turn-Round」のスクリーンに映し出された3人のメッセージ中の「記録と記憶」に由来するタイトルと考えられる


ジャケットは何を撮影したものかよく分からないが、
スタジオのカセットデッキだろうか
ライナーの中にも3人の写真は使われていない


結論から言っておくと、
本作はベスト盤を除く歴代のTMアルバムの中で、最低の作品である
新作に当たるDISK1には、実際ほとんど商品価値が存しないため、
インディーズ盤「Major Turn-Round」を抱き合わせ販売したものと考えられる


それまで「Major Turn-Round」は一部店舗を除いて一般流通に乗らず、
ROJAM POPSHOPから送料500円込みで通販購入するしかなかった
だが「キヲクトキロク」の発売により、
本品を店舗購入することで、
通販よりも安く「Major Turn-Round」を入手することが可能になった
つまり「Major Turn-Round」の購入に便宜を与えたと言う点において、
本作は後発ファンにとって、多少の意味はある商品となった


なお2002年9月にはROJAMとR&Cが、
お互いに株式を持ち合うことにして、連携関係を強めている
このことも「Major Turn-Round」がR&Cから再販される前提になっただろう
ただROJAMはこれによって、ほとんど唯一の売れ筋商品を失うことになった


一応新作となるDISK1の内容は、
デモや未発表テイクを集めた1994年の「Groove Gear」に類する内容となっている
「終了」以前のEPIC/SONY関係の音源が収録されていないのは、
おそらくSONYとの権利関係があるのだろう
ただSONY系列のTRUE KiSS DiSC時代の音源は収録されている


唯一の「終了」以前の音源としては、
1991年の「月とピアノ」が収録されている
(アルバムには「EPILOGUE 1991〜月とピアノ〜」として収録)
これはヤマハから出版された「K's Magazine vol.3」付録CDに収録されたもので、
SONYは関係していないものである
うまい具合に穴を見つけたというところだろう


ただしこれはTM曲というよりは小室ソロ曲というべきものである
これが「キヲクトキロク」に収録されたことによって、
初めてTM曲としてロンダリングされたとも言える


小室によるピアノ音源である「CAROL」「In The Moment」も、
TM用の音源として作られたものかどうかは疑わしい
音源の出どころも明らかではない


木根のピアノ音源である「We Are Starting Over」に至っては、
1999年の木根ソロライブ「talk & live vol.5」のパンフレットの付属CDであり、
後にTM曲になったとはいえ、本来は木根ソロの音源である


以上4テイクと「Get Wild」ライブ音源を除く7テイクの内訳を見ると、
TRUE KiSS DiSC時代の楽曲は4テイク、
ROJAM時代の楽曲は2テイク、
R&C時代の楽曲は1テイクとなっている


この中でデモ音源もしくはプロトタイプ音源に当たるものは、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「Castle in the Clouds」の3テイクである
既述の「We Are Starting Over」もプロトタイプ音源に数えても良いだろう
またリリース後にリミックスされた未発表音源としては、
「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」の2テイクがある


この他に、新たに制作されたリミックス音源が2つある
「Worldproof」「MESSaGE」である
ただしこの2テイクはいずれもリミックスの担当は小室ではない


以上のようにDISK1は、
未発表音源およびアシスタントのリミックス音源をまとめたものであり、
メンバーが関与した形跡は存在しない
ライブで本商品のアレンジを意識した演奏が行なわれたことがあるのも、
せいぜい2003〜08年の「CAROL」のピアノソロくらいだろう


なお木根がこの頃の動向を記した「新・電気じかけの予言者たち」には、
「キヲクトキロク」は一切登場しない
本作の構成は、とりとめもなく当時の出来事を時系列上で記すだけのもので、
到底文筆家の作品とは言えない出来となっているが、
一方で木根の目に入った情報をそのまま知ることのできる素材ともなっている
(もちろん都合の悪い事実は隠蔽・美化されているだろう)
そこに「キヲクトキロク」が登場しないのは、
ウツ・木根がまったくタッチせずリリースされたことを意味しているのだと思う


チラシでもわざわざ「TMを愛するスタッフがファンへ贈る」とされている(TMが贈るのではない)



プロモーションもほとんど行なわれなかった
ライブはもちろん、雑誌のインタビューなども確認できない
ただそうした中で、2002/12/24NHK-FM では、
FANKS出自の中村貴子をパーソナリティとして特番「TM NETWORK special 」が組まれ、
TMを招いて2時間のトークが行なわれた
12/31にも再放送されている


この時に未発表音源として「CAROL (Unreleased Piano Version)」が放送され、
小室は「倉庫から出てきた」と言っている
同番組ではさらに、「キヲクトキロク」のリリースについても告知され、
小室は「買ってもらえなかったものを集めた」「コレクション」などと、ささやかに述べている
さすがに誇らしく宣伝する気にはなれなかったのだろう


収録音源には、どうしても聴く必要のあるものは存在しない
熱心なファンでも金を払う価値があるのは、
「月とピアノ」「Happiness×3 Loneliness×3」「10 Years After」「Castle in the Clouds」くらいだと思う
「It's gonna be alright」には記念音源としての意味もないことはないが、
それこそROJAM.COMで無料配信すれば十分な代物である


なお必ずしも商品の価値と直結するものではないが、
DISK1収録の12テイクの内、
「CAROL」「10 Years After」「In The Moment」「Worldproof」「We Are Starting Over」「月とピアノ」の6テイク(全体の半分)には、ウツの歌は入っていない
これらはDISK1収録を前提に作られた「Worldproof」を除けば、
そもそもTM用音源として作られたものかどうかも怪しいものである
(少なくとも「We Are Starting Over」「月とピアノ」は明らかに違う)


2年ぶりの再始動シングルの直後に、
なぜこんなもののリリースを発表したのだろうか
一つ想像できるのは、
おそらく年内にアルバム1枚リリースと言う一般的な契約条件が、
TMとR&Cの間にも交わされていただろうということである


その場合に思い出されるのが、
秋のリリースが計画されていたTMのリミックスアルバムである
これは2002年初めにTMメンバー間で合意された後、
春にはメンバーによって公言もされていた
ところが夏に「Castle in the Clouds」の件が具体化する頃から、
この件は語られなくなっていた


その事情は、正直に言ってよくわからないのだが、
おそらくTMはR&Cに移籍した際に、
年度内にアルバム・シングル1枚ずつのリリースを契約しており、
その履行のための新作が(オリジナルであれリミックスであれ)制作困難と判断された時点で、
代替措置として音源集のリリースが決定したものと考えられる
なお2003年度にも、やはりシングル・アルバムを各1枚リリースしている


ただそれにしても、再始動直後の大事な時期に、
このような商品しかリリースできなかったのはどういうことか
リミックスアルバムの中止も「キヲクトキロク」リリースも、
「Castle in the Clouds」リリース以前には決定していたと考えられる
ならばこれらの事態は、
「Castle in the Clouds」のセールス不振を背景としたものではないと考えられる
私はこの事情について、ある可能性を考えているのだが、
これについては別の章で触れることにしたい


ただ事情は何であれ、
個人的にはここまで無残な商品を出すくらいなら、
再始動後の全シングル集を出してくれた方がよほど意味があったと思う
TRUE KiSS DiSC時代のシングルはまだアルバムにまとめられていなかったし、
ROJAM時代のシングルも「Major Turn-Round」ではアルバムミックスになっているから、
シングルバージョンを聴くことができるアルバムはいまだに存在しない


既発売シングルだけでも、
「Get Wild Decade Run」「It's gonna be alright」「10 Years After」「Happiness×3 Loneliness×3」「80's」「MESSaGE」「Ignition, Sequence, Start」「We Are Starting Over」
の8曲が存在しているから、
これに最新シングル「Castle in the Clouds」「君がいる朝」を収録するだけで、
アルバム1枚には十分な分量である


既発表音源の寄せ集めよりは、
未発表テイクを出した方がまだ売れるだろうと言う判断だったのかもしれないが、
結局その結果作られた「キヲクトキロク」は、
単独では商品になりえないカステイクの寄せ集めになってしまったという印象である


本商品はチャートでは、初動25位・1.4万枚の成績を出し、
最終的には2.1万枚を売った
2000年にSONYが出した間に合わせベスト盤「Best Tracks」(26位、3.5万枚)と比べると、
ランクはほぼ同じだが、売り上げは半分以下である
ファンのほぼすべてが持っているであろう過去音源を集めたベスト盤よりも売れなかったのである
本作に対するファンの失望がうかがえよう


なお2004年にもSONYからベスト盤「Welcome to the Fanks!」がリリースされているが、
これは18位・2.9万枚の成績であり、
やはり「キヲクトキロク」よりも売れている


以下ではDISK1収録の音源について簡単に見ていこう
ただ既発表音源である11・12曲目の「月とピアノ」「We Are Starting Over〜ずっと好きだった(Naoto Kine Piano Instrumental Version)」については、
すでに触れたこともあるので(12)、ここでは改めて触れない
また唯一のR&C時代の楽曲として9曲目の「Castle in the Clouds (Yabe Version)」があるが、
このテイクについても以前触れたので、内容は割愛する


まず1曲目は、「CAROL (Unreleased Piano Version)」
これは「CAROL」組曲中の「A Day in the Girl's Life」のピアノ演奏である
2003/9/6・7開催の「Fan Event in Naeba」での演奏は、
おそらくこれを意識しているのだろう
後にも、2007〜08年のTMライブでは必ず演奏した


少し飛ばして6曲目の「In The Moment」に触れよう
新曲ではあるが、曲名はアルバム収録に当たって決められたもので、
元のテープには「PIANO #1」とだけ記されていたという
要するにデモテープの最初にあったものを収録したのである
実際のところ、TMの曲として作られたものかどうかも不明である


両テイクはともに某年1月25日に、
東京ベイブリッジスタジオで録音されたという
おそらく同じ年にレコーディングされたものだろう
日付まで分かって年が分からないのは不自然で、
古いものである可能性を匂わせるために年を伏せたものと考えられる


1998年、小室はピアノアルバムをリリースする計画があったが、
秋に無期延期となったことがある(後に2003年3月にリリース)
あるいはこれと関わるもので、
1998年以後に録りためていた音源の一部だろうか


ならば候補として1999・2000・2001・2002年がありえるが、
2000/1/25は「Touch the globe LIVE!」名古屋公演の日であり、
2001/1/25の小室は上海にいるので、ともに東京のレコーディングはない
だとすると1999年か2002年ということになる
もう少し絞り込む材料があれば確定できそうだが…


8曲目は「Get Wild (Live from 2001 RENDEZVOUS IN SPACE)」
これは2001/1/1に開催された沖縄ライブの音源で、
すでにテレビでは放送されていたが、商品化はされていなかった


ただしライブアレンジも演奏メンバーも「Tour Major Turn-Round」と同じでなので、
DVD「Live Tour Major Turn-Round 02」を持っていれば、
さほど意味があるものではない
未商品化の「Log-on to 21st Century」の音源を入れていれば、
それなりに価値の高いものになったはずだが、権利関係で難しかったのかもしれない


沖縄ライブでは1番Aメロの「チープなスリルに身を任せても」のところで、
ウツが歌詞を噛むというミスをしたが、
この音源ではその部分が上からかぶせた別音源で修正されている
しかしその音質が明らかに前後と異なり、大変気持ち悪い
このあたりは極めて雑な仕事といわざるを得ず、
この商品のやっつけ具合が端的に現れている
むしろこれくらいなら、修正しない方が良かったと思う


これと「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
2017年の「Get Wild」歴代トラック集成アルバムである「Get Wild Song Mafia」「Get Wild 30th Anniversary Collection」にも収録されていない
R&CのライブDVD「Double Decade "NETWORK"」に入っている「Get Wild」の音源は収録されているので、
レーベルの問題でもないようである
関係者からも存在を忘れられた商品だったのだろう


2〜5曲目は、TRUE KiSS DiSC時代の楽曲である
制作が古い順に挙げていこう
まず4曲目「It's gonna be alright (TK Vocoder Version)」は、
1999年6月のハワイレコーディング以前、
1999/4/30に日本で作ったラフミックスである
再始動期TMの音源の中では、
現時点で商品化されているもので最古のものである


2曲目「Get Wild Decade Run ('99 Version)」は、
シングル盤「Get Wild Decade Run」完成の3日前、
1999/6/18にできたラフミックスである
以上2テイクについては、以前触れたことがある


あとの2曲は海外のアレンジャーによるリミックスである
いずれも原曲と大幅に異なるアレンジであり、
本音源集中でも多少の価値は認められるテイクである
まず3曲目「Happiness×3 Loneliness×3 (Club Mix)」は、
レコーディングは1999年で月日・場所は不明である


リミックスを行なったのはBobby D'Ambrosioという人物で
早くからメジャーアーティストのリミックスを手がけていた人物である
当時はニューヨークで活動するDef Mix Productionsに属していた
ハウスなどクラブ系の音に通じた人物だったらしい


本テイクではボーカルは同じながら、
原曲からは大幅にアレンジが変えられている
原曲はフラメンコギターなどを入れ、ラテン風の雰囲気が強いが、
こちらはラテン的な要素を薄め、
クラブ風のパーカッションを強調したオケになっている
曲の長さも8分以上で、原曲の約2倍である


このアレンジを聞くとこの曲の歌メロが極めて平坦で、
半ばラップ状態だったことが、原曲よりもよく分かる
ウツも歌うのは大変だっただろう
逆にこれほど平坦な歌メロであるにもかかわらず、
原曲がそれなりにメロディアスに感じられるアレンジだったことは面白い


問題はこのテイクは何のために作ったのかということである
ROJAM.COMのMailing ListであるTM NEXTで配信された解説には、
「この制作時に、小室哲哉が世界各地のアーティストにリミックス及びリプロダクションを依頼。 そのときの音源集から見つけ出した未発表テイク」
とあるが、結局よく分からない
ただ「Happiness×3 Loneliness×3」のシングル盤のレコーディングは、
1999年11月に完了したことが知られる
その後1999年中に「Club Mix」が完成したのならば、
アレンジの依頼はシングル盤完成から間もない頃に違いない


私は一つの可能性として、
2000年3月リリース予定だったTMのアルバムに収録するはずの音源だったことを考えている
2000年1・2月にTMのアルバムレコーディングが予定されていたと考えられることは、
以前述べたことがある
小室がこのアルバムに入れることを念頭に置いてアレンジを依頼していた可能性は高いと思う


5曲目は「10 Years After (Featuring COMMON)」である
サビの「10 Years After Where Will We Go?」の部分ではコーラスを聞けるものの、
メインボーカルはウツではなく、COMMONのラップである
ラップを前面に出すように、オケは控えめなアレンジである
もともとヒップホップを意識して作った曲だけに、
ラッパーをフィーチャーしたかったのだろう


COMMONはアメリカで活躍していたラッパーで、
当時はSoulquariansのメンバーとして人気を博していた
後に2015年には「Glory」で、
ゴールデングローブ賞とアカデミー賞を獲得している


「10 Years After」のシングル盤レコーディングは1999年6月だが、
「featuring COMMON」のレコーディングはこれよりかなり遅く、2001/4/23である
レコーディングの場所は分からない
2001/9/27ラジオ「それゆけ!TM NETWORK」最終回で、
このテイクが放送されていたという情報がある


この音源は制作日から見て、
2000年のアルバム収録のための音源ではないことは明らかだが、
何のために作られたのかは成案がない
ただウツのボーカルがないことを考えると、
そもそもTM曲として作られたものではないのかもしれない


なおTM NEXTのメールには、
「10 YEARS AFTER('99.7.28 release)制作時、この楽曲にUSで活躍するラッ パーをフューチャーしたい小室哲哉の意向により、その実力・人気ともに高 い評価を得ているCOMMONに白羽の矢を立て、制作したバージョン」とある
この文章は藤井徹貫だろうか
だが本テイクが「10 YEARS AFTER制作時」に作られたとするのは、
ライナーに書いてある日付と矛盾している
要するにこの文章は当てにならないらしい


本作は2001年の制作だが、
当時の小室がglobe・Gaballなどで手掛けたトランスミックスとは異なる流れである
むしろ流れとして近いのは、Kiss Destinationだろう
2001/4/25には2ndアルバム「AMARETTO」がリリースされており、
小室もこの頃までは、R&BやHip Hopへの関心が残っていた
どのような形でこれを発表する予定だったのかは明らかでないが、
実は2001年初めの段階では、
必ずしもトランス一辺倒で行くつもりではなかったのかもしれない


ROJAM期音源2曲は、村上章久がリミックスを担当した
(木根版「We Are Starting Over」は除く)
レコーディングは2002年12月某日、ROJAMスタジオで行なわれた


村上はTK時代以来小室のアシスタントを務めてきた人物である
2000年には「Log-on to 21st Century」でマニピュレータを務め、
「Major Turn-Round」でも岩佐俊秀とともにプログラミングを担当しており、
TMとも関係ないわけではない人物である
だがアシスタントにリミックスを投げると言うのは、
「Castle in the Clouds」でアレンジを吉田健に外注したこととともに、
当時はいささかがっかりさせられた


収録されたのは「Worldproof」「MESSaGE」で、
アルバム代表曲の「Ignition, Sequence, Start」はない
本作についてはすでに2001年ウツのソロアルバムに、
小室も関わった「tatsumaki remix」が収録されたからだろう


それにしても「Worldproof」がリミックスされるとは驚きだ
なにしろ、原曲は単なる水の泡の音であり、
実質的には次に収録される「Ignition, Sequence, Start」につながるSEである
ただこのアレンジでは「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音も用いている
というよりも、実質的には「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭部分のリミックスというべき内容であり、
なぜ「Worldpfoof」の曲名を用いているのかがむしろ不審である


「Ignition, Sequence, Start」イントロ冒頭の音はシングルにはなく、
アルバムで始めて追加されたものである
これが「Worldproof」のリミックスとして扱われているのは、
あるいは制作過程では、この部分が「Worldproof」の一部とされていたこともあったことを反映しているのかもしれない


このリミックスは小室の仕事ではないが、嫌いではない
曲を通じて無機質な電子音が流れ続け、
後半では原曲にはないオリジナルフレーズが展開するなど、
なかなか努力した印象である
(そもそもTMの要素がどこにあるのかと言われると微妙だが)
なお正式タイトルは「Worldproof (A Deep Remix)〜Interlude〜」で、
7曲目に収録される


10曲目「MESSaGE (KIOKU Remix)」は、
ミディアムテンポの原曲を、トランス風のアップテンポの曲に仕上げなおしたものである
思い切ったアレンジだとは思うが、良いアレンジかというと疑問である
むしろ、本商品で一番がっかりしたテイクである


キヲクトキロク
R and C Ltd.
2003-02-05
TM NETWORK
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